説明

スリップ抑制および起動効率を備えた油圧モータ

【課題】停止時のスリップ抑制と起動時の起動効率性を両立させることが可能な油圧モータを提供する。
【解決手段】ポート100は弁板BPの右端面に臨む油室100aと流路100bを介して連通しており、前記油室には小型ピストンSPSが収納されている。ON、OFF用の切換弁110にはパイロットポンプからの圧油が与えられている。油圧モータを起動するとき切換弁は遮断状態に、また停止のときは導通状態となる。当該油圧モータ停止の場合、パイロットポンプからの圧油が流路100bを介して小型ピストンSPSに与えられるので弁板BPを押圧し、結果として弁板BPはシリンダブロック16の左端面を押圧しスリップ抑制を行う。したがって、傾斜地等での停止状態で油圧モータの出力軸18に作用する回転負荷があっても静摩擦によるスリップ抑制作用が機能する。起動指令信号SGが与えられると、切換弁は遮断状態となり、シリンダブロックには前記静摩擦力は作用していないので起動がスムーズとなり、さらに動摩擦の状態へ移行することとなる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、油圧モータに係り、特に、油圧ショベル等の建設機械に搭載される油圧モータにおけるスリップの抑制と起動時の効率性に関する。
【背景技術】
【0002】
前述の油圧モータとしては、特許文献1に示されるように、ハウジング内にシリンダブロックを軸とともに回転自在に設け、そのシリンダブロックのシリンダ孔内にピストンを嵌挿してシリンダ室を構成し、そのピストンを斜板に沿って摺動自在とし、前記シリンダ室を油圧源とタンクに交互に連通することでシリンダブロックを軸とともに回転する可変ピストンモータが知られている。当該油圧モータのブレーキ装置としてはシリンダブロックとハウジングに回転側摩擦板と固定側摩擦板を交互に取付け、その摩擦板と対向してピストンを設け、このピストンをばねにより押して固定側摩擦板と回転側摩擦板を圧着することでシリンダブロックを固定して制動し、前記ピストンのピストン受圧室に高圧油を供給することでピストンをばねに抗して移動して固定側摩擦板と回転側摩擦板を離隔してシリンダブロックを回転可能として非制動している。かかる油圧モータのブレーキ装置はピストン受圧室に高圧油を供給すると非制動となり、ピストン受圧室内の高圧油を排出すると制動となるものである。
【0003】
ところで、上述の油圧モータが建設機械の旋回用あるいは走行用モータとして使用されている場合、その稼動中すなわち、非制動状態において、当該油圧モータへの圧油の供給が切換弁により停止され旋回や走行が停止状態のときであっても、当該建設機械が例えば傾斜地でその姿勢が傾斜した状態を保持する必要のある場合がある。このような状態では、操縦者の意図しないことであるが、ブームやアームを搭載している旋回台が重力の影響を受け、その油圧モータ軸に回転負荷が与えられ、結果として、油圧モータの出口側が高圧となり弁板の隙間を介して漏れが発生し徐々にその姿勢が変化する、あるいは停止位置が徐々に変化する。こうした問題を防ぐため、前記弁板の中に小型のピストンを設け、前記発生した高圧を利用してシリンダブロック端面に弁板を押し付けることにより重力による意図しない姿勢や位置の変化を防止するようにしている。図2、3および4を参照してその詳細を説明する。
【0004】
図2は、本願出願人が採用している、従来の油圧モータの軸方向に沿う正面の縦断面図を示し、図3は図2の断面と直角方向の縦断面を示す。また、図4は弁板の形状を示す図であって、(a)は正面図、(b)は(a)のz−z線断面図である。
【0005】
図2において、参照符号10は油圧モータのハウジングであり、同ハウジング10には円すいころ軸受12およびニードル軸受け14により回転可能に軸支されたシリンダブロック16およびそれと一体の出力軸18が設けられている。シリンダブロック16内部には円周上に等配の複数のシリンダが設けられその各シリンダ内にピストンPSが摺動可能に収納されている。ピストンPSの左端の頭部は環状のリテーナ20に係合されピストン頭部のシューが斜板22上を滑動(摺動)するようになっている。
【0006】
参照符号BPは弁板であってその左端側の面はシリンダブロック16の右端面に当接し、その右端側の面はハウジング10に締結されたモータカバー30の左端面に当接されている。モータカバー30には圧油の給排用のポートが設けられている。参照符号40は、一般にパーキングブレーキと称される油圧モータのブレーキであって、ピストン40aと対になった固定側摩擦板および回転側摩擦板40bと、ばね40cと、ハウジング10の内周面との間に形成された圧油供給用シリンダ40dとからなっている。この圧油供給用シリンダ40dに圧油例えば建設機械のパイロット圧油が与えられるとピストン40aは右行し、それまで固定側摩擦板および回転側摩擦板40bを密着押圧していたばね40cを圧縮すると共に固定側摩擦板および回転側摩擦板40bを離隔させる。前記パイロット圧の供給を解除するとばね40cの弾発力により前記固定側摩擦板および回転側摩擦板40bは密着押圧しその結果シリンダブロック16はハウジング10と一体になりその回転が阻止される。すなわち、建設機械のエンジンを停止し、図示しない主ポンプおよびパイロットポンプが停止した状態でも回転が阻止されている。
【0007】
前記弁板BPの内部には小型ピストンSPSが設けられている。図4(b)に示されるように、小型ピストンSPSのモータカバー30側にはシリンダ30aが複数(2個)設けられその中に前記小型ピストンSPSが収納されている。参照符号50は部分的に形成された環状の溝であって、図4(a)に示すように、上下に一対が形成されている。参照符号50a、50bは圧油の供給および排出用のポートであり、これらのポートの角位置の範囲内でシリンダブロック16内の各ピストンPSを収納する油室HRと圧油の授受をおこなう。同図4(a)ではポート50aが排出用、ポート50bが供給用である。なお、逆の場合もある(右・左回転)。
【0008】
図3において、参照符号60aおよび60bは、ブッシュおよびサラバネであって、弁板BPとシリンダブロック16の摺動面が適切な油膜厚さとなるように設定されている。参照符号RFはリリーフ弁である。
【0009】
いま、建設機械の主ポンプおよびパイロットポンプは駆動状態であるが、旋回台駆動用の油圧モータの回転が停止されている場合、すなわち、圧油の供給・排出が行われない状態で、前述したように、建設機械が傾斜面に位置しているとすると当該油圧モータの出力軸18には回転負荷が作用しシリンダブロック16を回転させようとする。その作用により排出側に位置するピストンPSは当該油室HR内の油を、ポート50aを介して排出しようとするが出口が塞がれているのでその圧力は溝50(図4(b)参照)および流路30bを介して小型ピストンSPSに作用する。したがって、同ピストンSPSの右端面はモータカバー30を力Fで押し付ける。一方、モータカバー30はハウジング10に固定されているので、結局力Fの反力で弁板BPがシリンダブロック16の右端面に押し付けられ、摩擦力によりシリンダブロック16の回転すなわち、スリップを阻止する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開平8−177899号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
前記の従来技術においては、小型ピストンから排出される圧油を利用して弁板BPとシリンダブロック16の間に静摩擦力を発生させ、それにより旋回用油圧モータの回転すなわち、スリップを阻止するものであるが、同油圧モータを停止状態から駆動状態に切り換えるとき、その阻止の状態が保持されているため、起動時にはそれを上回る圧力を与え弁板BPに対しシリンダブロック16の右端面を動摩擦の状態でスリップさせる必要がある。このような停止から起動への切り換えは建設機械の一連の作業中頻繁に起きるので、傾斜地での作業においては、その都度に要する起動力にためのエネルギは無視できないものである。
【0012】
本発明は、上記問題を解決せんとするもので、その目的とするところは、停止時におけるスリップの抑制と起動時の起動効率性を両立させることが可能な油圧モータを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
前記目的を達成するための本発明によるスリップ抑制と起動効率を有する油圧モータは、ハウジング内にシリンダブロックを出力軸と一体に回転自在に設け、前記シリンダブロック内に形成された複数のシリンダ孔内にそれぞれピストンを嵌挿してシリンダ室を構成し、前記ピストンを斜板に沿って摺動自在とし、前記シリンダ室を油圧源とタンクに交互に連通することでシリンダブロックを前記出力軸とともに回転する可変ピストンモータであって、前記出力軸と反対側の前記シリンダブロック端面に一側面が当接され、前記シリンダ室を油圧源とタンクに交互に連通せしめる開口部を有する弁板と、前記弁板の他側面と当接するとともに前記ハウジング端面に固定され、圧油の給排ポートを有するモータカバーと、前記モータカバーと弁板との間に設けられ前記シリンダブロック端面に前記弁板を所定のばね力で押圧する押圧手段と、前記ハウジング内で前記シリンダブロック外周部とモータカバーの間に設けられたパーキングブレーキ用の第1ブレーキ手段と、前記弁板の他側面を所定の油圧力で押圧する第2ブレーキ手段からなり、前記第2ブレーキ手段は、前記弁板の他側面に臨み前記モータカバー側に設けられた複数の油室と同各油室に収納された小型ピストンと、前記各油室に連通する小型ピストン加圧用のポートと、同ポートを介して前記各油室に圧油を供給および停止する切換弁を備えたことを特徴とする。
【0014】
その場合、前記第1および第2ブレーキ手段は建設機械の制御可能な外部圧力を利用することが可能である。
【0015】
またその場合、前記油圧モータは好適には建設機械の旋回台駆動用の油圧モータとすることが可能である。
【0016】
またその場合、前記油圧モータは建設機械の走行用の油圧モータとすることが可能である。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、ハウジング内にシリンダブロックを出力軸と一体に回転自在に設け、前記シリンダブロック内に形成された複数のシリンダ孔内にそれぞれピストンを嵌挿してシリンダ室を構成し、前記ピストンを斜板に沿って摺動自在とし、前記シリンダ室を油圧源とタンクに交互に連通することでシリンダブロックを前記出力軸とともに回転する可変ピストンモータであって、前記出力軸と反対側の前記シリンダブロック端面に一側面が当接され、前記シリンダ室を油圧源とタンクに交互に連通せしめる開口部を有する弁板と、前記弁板の他側面と当接するとともに前記ハウジング端面に固定され、圧油の給排ポートを有するモータカバーと、前記モータカバーと弁板との間に設けられ前記シリンダブロック端面に前記弁板を所定のばね力で押圧する押圧手段と、前記ハウジング内で前記シリンダブロック外周部とモータカバーの間に設けられたパーキングブレーキ用の第1ブレーキ手段と、前記弁板の他側面を所定の油圧力で押圧する第2ブレーキ手段からなり、前記第2ブレーキ手段は、前記弁板の他側面に臨み前記モータカバー側に設けられた複数の油室と同各油室に収納された小型ピストンと、前記各油室に連通する小型ピストン加圧用のポートと、同ポートを介して前記各油室に圧油を供給および停止する切換弁を備えたので、スリップを抑制することが可能であり、建設機械が傾斜地で作業する場合でも停止中に建設機械の旋回台が回転したり、建設機械が走行したりする恐れがなくなり、さらに、停止状態から起動する際には前記切換弁の操作によりスリップ抑制状態を瞬時に解除できるので、余分なエネルギを使用することがなくスムーズな起動を行うことが可能となり起動効率の向上が得られる。
【0018】
また、従来のスリップの抑制では、図4(b)に示されるように、反力Fは排出側の小型ピストンSPSにより与えられるが、吸入側では生じないが、本発明では、スリップ抑制時に両方の溝50にパイロット圧を与えることが可能であり、より確実に弁板をシリンダブロック端面に向けて押し付けることが可能である。
【0019】
さらにまた、従来の例では、図4(b)に示されるように、他の隣接する部材に比べ比較的薄い弁板BPには小型ピストンSPSを収納する油室30aが溝50と反対側に形成される必要性のためその加工上の手間と精度および剛性が要求されるという問題がある。しかしながら、本発明においては、小型ピストンSPSを収納する油室はモータカバー側に設けられているため弁板BPへのそうした問題はなくなる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】本発明による実施例の油圧モータの正面の縦断面図である。
【図2】従来の油圧モータの軸方向に沿う正面の縦断面図である。
【図3】図2の断面と直角方向の縦断面図である。
【図4】弁板の形状を示す図であって、(a)は正面図、(b)は(a)のz−z線断面図である。
【発明を実施するための形態】
【実施例】
【0021】
以下に本発明の好適な実施例について、詳細に説明する。
【0022】
なお、以下の説明において、図1の参照符号のうち図2乃至4において該当するものは同一の構成部分であり重複を避けるためそれらの説明は省略するものとする。
【0023】
図1において、参照符号100はモータカバー30の外周部に設けられた小型ピストン加圧用のポートであって、同ポート100は弁板BPの右端面に臨む油室100aと流路100bを介して連通しており、前記油室100aには小型ピストンSPSが収納されている。
【0024】
参照符号110はON、OFF用の切換弁であって、同弁110には図示しない建設機械のパイロットポンプからの圧油が与えられており、また同弁110の出口側は前記ポート100に接続されている。参照符号SGはON、OFF指令用の信号であって、当該油圧モータを起動するとき弁のスプールは図の遮断位置となり、停止のときは導通位置となる。この信号SGはパイロット操作圧信号を利用した油圧信号であってもよいし、対応する電気信号でもよい。したがって、当該油圧モータの停止の場合にはパイロットポンプからの圧油が流路100bを介して小型ピストンSPSに与えられるので同ピストンの左端面は弁板BPを押圧し、結果として弁板BPはシリンダブロック16の左端面を押圧しスリップ抑制を行う。したがって、傾斜地等での停止状態で油圧モータの出力軸18に作用する回転負荷があっても静摩擦によるスリップ抑制作用によりシリンダブロック16の回転が阻止される。
【0025】
その停止状態から起動指令用の信号SGが与えられると、切換弁110は直ちに遮断状態となり、したがって、小型ピストンSPSへの通路がタンクへ連通し、弁板BPとシリンダブロック16との間隙はブッシュ60a、サラバネ60bにより設定されている所定圧による間隙に戻り、シリンダブロック16には前記静摩擦力は作用していないので起動がスムーズとなり、さらに動摩擦の状態へ移行することとなる。
【0026】
以上本発明の好適な実施例について図面により説明したが、当業者であれば、上記の図面および説明に基づいて種々の変形をすることが可能であることはもちろんである。
【符号の説明】
【0027】
10 ハウジング
12 円すいころ軸受
14 ニードル軸受
16 シリンダブロック
18 出力軸
20 リテーナ
22 斜板
30 モータカバー
30a 油室
30b 流路
40 ブレーキ装置
40a ピストン
40b 固定側摩擦板および回転側摩擦板
40c ばね
40d シリンダ
50 溝
50a 排出側ポート
50b 供給側ポート
60a ブッシュ
60b サラバネ
100 小型ピストン加圧用のポート
100a 油室
100b 流路
110 切換弁
HR 油室
PS ピストン
RF リリーフ弁
SPS 小型ピストン
SG 指令信号
BP 弁板

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ハウジング内にシリンダブロックを出力軸と一体に回転自在に設け、前記シリンダブロック内に形成された複数のシリンダ孔内にそれぞれピストンを嵌挿してシリンダ室を構成し、前記ピストンを斜板に沿って摺動自在とし、前記シリンダ室を油圧源とタンクに交互に連通することでシリンダブロックを前記出力軸とともに回転する可変ピストンモータであって、前記出力軸と反対側の前記シリンダブロック端面に一側面が当接され、前記シリンダ室を油圧源とタンクに交互に連通せしめる開口部を有する弁板と、前記弁板の他側面と当接するとともに前記ハウジング端面に固定され、圧油の給排ポートを有するモータカバーと、前記モータカバーと弁板との間に設けられ前記シリンダブロック端面に前記弁板を所定のばね力で押圧する押圧手段と、前記ハウジング内で前記シリンダブロック外周部とモータカバーの間に設けられたパーキングブレーキ用の第1ブレーキ手段と、前記弁板の他側面を所定の油圧力で押圧する第2ブレーキ手段からなり、
前記第2ブレーキ手段は、前記弁板の他側面に臨み前記モータカバー側に設けられた複数の油室と同各油室に収納された小型ピストンと、前記各油室に連通する小型ピストン加圧用のポートと、同ポートを介して前記各油室に圧油を供給および停止する切換弁とを備えたことを特徴とするスリップ抑制および起動効率を備えた油圧モータ。
【請求項2】
前記第1および第2ブレーキ手段は建設機械のパイロットポンプ圧を利用することを特徴とするスリップ抑制および起動効率を備えた油圧モータ。
【請求項3】
前記油圧モータは建設機械の旋回台駆動用の油圧モータである請求項1または2記載のスリップ抑制および起動効率を備えた油圧モータ。
【請求項4】
前記油圧モータは建設機械の走行用の油圧モータである請求項1または2記載のスリップ抑制および起動効率を備えた油圧モータ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2011−12582(P2011−12582A)
【公開日】平成23年1月20日(2011.1.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−156434(P2009−156434)
【出願日】平成21年6月30日(2009.6.30)
【出願人】(000003458)東芝機械株式会社 (843)
【Fターム(参考)】