説明

セルロース含有材料からの有用物質の生産方法

【課題】セルラーゼ製剤を用いずにしかも効率的にセルロースを利用して有用物質を生産する方法を提供する

【解決手段】セルロース含有材料から有用物質を生産するとき、セルロース含有材料とイオン液体とを接触させて前記セルロース含有材料に前記イオン液体を浸透させ、前記イオン液体の存在下で前記セルロース含有材料中のセルロースを含む炭素源を、セルラーゼを生産する微生物で糖化しつつ発酵するようにする。こうすることで、簡易にかつ効率的にセルロースを利用して有用物質を生産できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、セルロース含有材料から有用物質を生産する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
有限である石油資源を代替するものとして、植物の光合成作用に由来するバイオマスへの期待が高まってきており、バイオマスをエネルギーや各種材料に利用するための各種の試みがなされている。また、バイオマスを利用し、化成品やバイオ燃料に利用しようとする試みであるバイオリファイナリーの重要性が指摘され、実用化に向けた技術開発が進められている。バイオマスを、エネルギー源やその他の原料として有効利用するためには、バイオマスを動物や微生物が容易に利用可能な炭素源にまで分解・糖化することが必要である。実用化のために解決すべき課題としては、木質系又は草本系のバイオマスの主成分であるセルロース、なかでも結晶性セルロースの効率的な分解方法の開発が挙げられる。
【0003】
現状の糖化プロセスでは、バイオマスを高温・高圧処理や酸処理により前処理してセルロースを分離後、セルラーゼを作用させている。しかしながら、前処理に多大なエネルギーがかかるうえに大量のセルラーゼが必要となっているため、実用化において大きな課題となっている。
【0004】
近年、イオン液体がセルロースを可溶化することが報告されている。例えば、クロライド系のイオン液体に100℃程度の条件下でセルロースを可溶化させる性質が見出されている(特許文献1、非特許文献1)。また、非クロライド系イオン液体が、よりマイルドな条件でセルロースを可溶化できることもわかってきている(特許文献2、非特許文献2、3、4)。
【0005】
さらに、イオン液体で可溶化したセルロースをセルラーゼで糖化する試みもなされているが、イオン液体中ではセルラーゼが不活性化されるという報告がなされている(非特許文献2,4)。イオン液体でセルロースを可溶化するという前処理を施した後、可溶化後のセルロースを水などの親水性溶媒で洗浄してイオン液体を取り除き、その後、水に投入することでセルラーゼで分解できることが報告されている(非特許文献5)。
【0006】
さらにまた、イオン液体でセルロースを膨潤化し、その後イオン液体を除去した後に、酵素処理を行うという手法も試みられている(特許文献3、非特許文献6)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特表2005−506401号公報
【特許文献2】特開2006−137677号公報
【特許文献3】米国特許公開2008/0227162号明細書
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】R D. Rogerら、J. Am. Chem. Soc. 124(18),4974-4975, 2002
【非特許文献2】大野ら、Polym. Prep. Jpn., 55(1), 2090, 2006
【非特許文献3】大野ら、Polym. Prep. Jpn., 56(1), 2198-2199, 2007
【非特許文献4】R D. Rogerら、Green Chem., 5, 443-447, 2003
【非特許文献5】C A. Schallら、Biotechnol. Bioeng., 95(5), 904-910,2006
【非特許文献6】Q. Liら,Bioresour Technol., Vol.100, p3570-3575, 2009
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、以上の技術はいずれも、セルロースからの糖化に主眼を置いた技術であり、糖化反応においていずれも市販のセルラーゼ製剤を用い、糖化物を発酵原料として用いている。すなわち、実バイオマスなどのセルロース含有材料からの有用物質の生産を試みる場合、セルロース含有材料の前処理、糖化及び発酵は、それぞれ別々に検討されていた。これは、リグノセルロースの強固な複合構造ゆえに、通常、過酷な前処理条件を要すること、セルロースを効率的に分解するにはセルラーゼ製剤を使用するのが好適であったこと等が挙げられる。しかしながら、バイオマスからのアルコール等の有用物質の生産において、セルラーゼの使用が高コストの一因となっている。
また、上記先行技術に開示されるように、イオン液体を用いてセルロース含有材料を前処理したとしても、イオン液体処理後のセルロース含有材料を糖化し微生物によって効率的に有用物質を生産する方法はいまだ知られていない。
【0010】
本発明は、セルラーゼ製剤を用いずにしかも効率的にセルロースを利用して有用物質を生産する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記した課題を解決するために、イオン液体で処理したセルロース含有材料を直接微生物で利用することにより、従来、困難であった前処理、糖化及び発酵の非効率性を改善できると考え、イオン液体に対する微生物の耐性を検討した。その結果、酵母などの微生物は、一定の濃度範囲で、イオン液体に抗して生存可能でありかつセルロースを糖化しつつ発酵も可能であるという知見を初めて得た。本明細書の開示は、こうした知見に基づいて提供される。
【0012】
本明細書の開示によれば、セルロース含有材料から有用物質を生産する方法であって、
以下の工程(a)及び(b):
(a)セルロース含有材料とイオン液体とを接触させて前記セルロース含有材料に前記イオン液体を浸透させる工程、
(b)前記イオン液体の存在下で前記セルロース含有材料中のセルロースを含む炭素源を、セルラーゼを生産する微生物で糖化しつつ発酵する工程、
を、備える、方法が提供される。
【0013】
また、本生産方法は、前記工程(a)は、前記セルロース含有材料及び前記イオン液体を加熱することを含んでいてもよい。さらに、本生産方法は、前記工程(a)の後、以下の工程(c):
(c)セルロース含有画分とセルロース非含有画分とに固液分離する工程、
を備えることができる。また、この場合、さらに、以下の工程(d):
(d)前記工程(c)で分離されたセルロース非含有画分である前記イオン液体を回収し、前記工程(a)に供給する工程、を備えていてもよい。
【0014】
さらに、前記イオン液体は、親水性イオン液体を含むことができる。さらにまた、前記工程(b)は、前記微生物として、セルラーゼを発現する遺伝子組換え酵母を用いる工程としてもよいし、前記微生物はセルラーゼを分泌又は表層提示する酵母であってもよい。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】本明細書に開示の有用物質の生産方法のフローの一例を示す図である。
【図2】本明細書に開示の有用物質の生産方法の実施形態を示す図である。
【図3】各種イオン液体存在下における酵母のエタノール発酵挙動を示す図である。
【図4】各濃度のイオン液体が共存する発酵培地中での酵母の生菌数を示す図である。
【図5】実施例2における操作の概要を示す図である。
【図6】アーミング酵母(セルラーゼを細胞表層に提示した酵母)によるイオン液体前処理セルロースからのエタノール発酵挙動を示す図である。
【図7】再生セルロースの分解傾向を示す図である。
【図8】発酵開始後各時間における酵母の生菌数を示す図である。
【図9】実施例3における操作の概要を示す図である。
【図10】アーミング酵母(セルラーゼを細胞表層に提示した酵母)によるイオン液体前処理セルロース含有材料(バガス)からのエタノール発酵挙動を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本明細書の開示は、セルロース含有材料から有用物質の生産方法に関する。本明細書の開示によれば、セルロース含有材料とイオン液体とを接触させた後、前記イオン液体の存在下で前記セルロース含有材料を含む炭素源を用いてセルラーゼを生産する微生物で糖化しつつ発酵する。本発明者らは、セルラーゼを生産する微生物(以下、セルラーゼ生産微生物という。)は、イオン液体の存在下であっても、イオン液体によって溶解、崩壊あるいは構造緩和されたセルロースを糖化して生存しかつ発酵することができるという特性をはじめて見出した。本願出願前には、イオン液体は、セルラーゼや微生物に対して阻害効果や毒性があるとされており、こうした悪影響を回避するために、上記先行技術では、イオン液体処理後のセルロース含有材料を充分に洗浄してイオン液体を除去した上で糖化処理を行っていた。
【0017】
本発明者らによって初めて見出された、イオン液体に関するセルラーゼ生産微生物のこうした特性を利用することで、セルロース含有材料中のセルロースをイオン液体で溶解、崩壊又は構造緩和することで、セルロース含有材料を、一挙に糖化発酵して有用物質を生産することができる。この結果、高エネルギーを要する過酷な前処理ステップやセルラーゼなどの酵素製剤による糖化ステップを回避して、セルロース含有材料から簡易にかつ効率的に有用物質を生産することができる。
【0018】
以下、本明細書に開示される各種の実施形態について適宜図面を参照しながら詳細に説明する。図1は、本明細書に開示される有用物質の生産方法のフローの一例を示す図であり、図2は、本明細書に開示される有用物質の生産方法の典型的な実施形態を示す図である。
【0019】
(セルロース含有材料から有用物質を生産する方法)
(セルロース含有材料)
本明細書において、セルロースとは、グルコースがβ-1,4-グルコシド結合により重合した重合体及びその誘導体をいう。セルロースにおけるグルコースの重合度は特に限定しないが、好ましくは200以上である。また、誘導体としては、カルボキシメチル化、アルデヒド化、若しくはエステル化などの誘導体が挙げられる。また、セルロースは、その部分分解物である、セロオリゴ糖、セロビオースを含んでいてもよい。さらに、セルロースは、配糖体であるβグルコシド、リグニン及び/又はヘミセルロースとの複合体であるリグノセルロース、さらにペクチンなどとの複合体であってもよい。セルロース は、結晶性セルロースであってもよいし、非結晶性セルロースであってもよいが、好ましくは結晶性セルロースを含む。さらに、セルロースは、天然由来のものでも、人為的に合成したものでもよい。セルロースの由来も特に限定しない。植物由来のものでも、真菌由来のものでも、細菌由来のものであってもよい。
【0020】
本明細書において、セルロース含有材料とは、上記したセルロースを含むものであればよい。セルロースは結晶性セルロースであっても非結晶性セルロースであってもよく、セルロースのほか、ヘミセルロースやリグニンを含んでいてもよい。セルロース含有材料としては、綿や麻などの天然繊維品、レーヨン、キュプラ、アセテート、リヨセルなどの再生繊維品、稲ワラなどの各種ワラ、籾殻、バガス、木材チップなどの農産廃棄物、古紙、建築廃材などの各種廃棄物などを含むバイオマス(木質系及び草本系)が挙げられる。
【0021】
本明細書に開示される生産方法に適用されるセルロース含有材料は特に限定されない。後述する実施例においても開示するように、イオン液体は、結晶性セルロースであっても、リグニンとマトリックスを構成していても、その一部を溶解、崩壊又は構造緩和させることがわかっている。すなわち、結晶性セルロースのように、水素結合により強固に相互作用して結晶性の高い領域を形成していても、イオン液体が浸透し、溶解し、崩壊し、又はその構造を緩和してセルラーゼによる分解を促進できる。また、本発明者らが見出したイオン液体のセルロースを含むマトリックスへの作用を考慮すると、セルロース含有材料は水に不溶性あるいは難溶解性のものであることが好ましい。かかるセルロース含有材料としては、結晶性セルロースを含有するセルロース含有材料が挙げられ、また、例えば、セルロースのほかリグニン及び/又はヘミセルロースを含有する植物細胞壁由来のセルロース含有マトリックスを含む材料が挙げられる。典型的には、草本系や木質系のバイオマスが挙げられる。
【0022】
セルロース含有材料がリグノセルロースを有するなど実バイオマスの場合には、イオン液体の浸透性を向上させるため及び糖化効率向上のために、浸透工程に先立って適宜粉砕等により微細化されていることが好ましい。なお、浸透工程内で微細化されてもよい。
【0023】
(有用物質)
有用物質としては特に限定しないで、グルコースを利用して微生物が生成可能なものであればよい。例えば、エタノール、プロパノール、イソプロパノール、ブタノール、イソブタノール等の低級アルコール、イソプレノド合成経路の追加によるファインケミカル(コエンザイムQ10、ビタミン及びその原料等)、乳酸等の有機酸、解糖系の改変によるグリセリン、プラスチック・化成品原料など、バイオリファイナリー技術が対象とする材料が挙げられる。
【0024】
(浸透工程)
本明細書に開示されるセルロース含有材料の処理方法は、セルロース含有材料とイオン液体とを接触させて前記セルロース含有材料中に前記イオン液体を浸透させる工程、を備えることができる。浸透工程では、液相であるイオン液体と固相であるセルロース含有材料とを接触させる。イオン液体は、セルロース含有材料のセルロースを含むマトリックスに浸透性を有しており、セルロース含有材料の少なくとも一部を溶解、又は崩壊させ又はその構造を緩和することができる。本明細書の開示を拘束するものではないが、セルロースは、多くの場合、疎水性領域と親水性領域とを併せ持つ高分子材料である。イオン液体は、そのカチオンとアニオンとの組み合わせにより、水への親和性が異なるが、上記のとおり、セルロースは、疎水性領域と親水性領域とを併せ有するため、種々の態様でセルロース含有マトリックスに浸透してセルロースの構造を緩和できると考えられる。また、イオン液体は、セルロースに対して浸透性を有するほか、実バイオマスにおいてセルロースと共存するリグニンやヘミセルロースへの浸透性を有し、これらと相互作用しこれらの構造を緩和する作用を有していると考えられる。したがって、いずれの形態によっても、結果として、少なくともセルロースの構造を緩和するかセルロースの周囲の構造を緩和するかして、セルラーゼによるアタックを受けやすくなると考えられる。
【0025】
(イオン液体)
浸透工程においては、各種のイオン液体を用いることができる。発酵工程で液体状態である必要があるため、融点は好ましくは80℃以下である。さらに好ましくは40℃以下であり、最も好ましくは20℃以下である。浸透工程で用いるイオン液体の種類は問わないで、疎水性イオン液体及び親水性イオン液体を利用できる。その後の発酵工程を考慮すると、親水性イオン液体を用いることが好ましい。本明細書において、親水性イオン液体は、水と二相分離せずに混合するイオン液体をいうものとする。なお、親水性イオン液体は、少なくとも、微生物による発酵温度の範囲で水と混合するイオン液体であればよい。セルロース含有材料へ浸透性を有する親水性イオン液体は、例えば、セルロース含有材料と混合したとき、セルロース含有材料を懸濁ないし分散することができるようなイオン液体が挙げられる。
【0026】
親水性イオン液体としては、特に限定されないが、例えば、第四級アンモニウム塩、第四級ホスホニウム塩、炭化水素基等で置換された置換イミダゾリウム塩、置換ピリジニウム塩、置換ピペリジニウム塩(脂環式第4級アンモニウム塩)、第三級スルホニウム塩等が挙げられ、本発明のイオン液体としては、第四級アンモニウム塩、第四級ホスホニウム塩、置換イミダゾリウム塩、置換ピリジニウム塩及び置換ピペリジニウム塩が好ましく用いられる。第4級アンモニウム塩、第4級ホスホニウム塩、置換イミダゾリウム塩、置換ピリジニウム塩及び置換ピペリジニウム塩をそれぞれ一般式(I)〜(V)として表す。
【0027】
【化1】

【0028】
親水性イオン液体の構成カチオン種としては、一般式(I)に示すように、同一または相異なる4つ置換基が窒素原子に結合したアンモニウムカチオン、一般式(II)に示すように、同一または相異なる4つの置換基がリン原子に結合したホスホニウムカチオン、一般式(III)に示すように、イミダゾール環の2つの窒素原子が同一又は相異なる置換基と結合したイミダゾリウムカチオン、一般式(IV)に示すように、ピリジン環上の窒素原子が置換基と結合したピリジニウムカチオン、一般式(V)に示すように、ピペリジン環上の窒素原子が置換基と結合したピペリジニウムカチオン、同一または相異なる3つの置換基がイオウ原子に結合したスルホニウムカチオンなどが挙げられる。なお、環状構造を有するカチオン種にあっては、各種環上の炭素原子に低級アルキル等の置換基が結合されていてもよい。
【0029】
好ましい構成カチオン種としては、イミダゾール環の2つの窒素原子が同一又は相異なる置換基と結合したイミダゾリウムカチオン、ピリジン環上の窒素原子が置換基と結合したピリジニウムカチオン及びピペリジン環上の窒素原子が置換基と結合したピペリジニウムカチオンが挙げられる。なお、これらの環状体は、2個が連結されるなどの多環構造を形成していてもよい。
【0030】
これらのカチオン種における置換基(一般式(I)〜(V)中においてはR1〜R4で表される。)としては、それぞれ独立に炭素数1〜8程度であって、直鎖状又は分岐状のアルキル基、アルケニル基、アルキニル基等であることが好ましい。好ましいアルキル基としては、炭素数1〜6、より好ましくは炭素数1〜4の直鎖状のアルキル基が挙げられる。具体的には、例えば、メチル基、エチル基、n−プロピル基、n−ブチル基、n−ペンチル基、n−ヘキシル基などが挙げられる。また、置換基には、メチル基、エチル基、n−プロピル基、n−ブチル基の炭素数1〜4程度のアルキル基を備えるアルコキシ基を有していてもよい。好ましくは、2−メトキシエチル基のように、アルキル鎖の末端にアルコキシ基を備える。
【0031】
好ましいカチオン種としては、例えばN-メチルイミダゾリウム、N-エチルイミダゾリウム、1,3−ジメチルイミダゾリウム、1,3−ジエチルイミダゾリウム、1−エチル−3−メチルイミダゾリウム、1−プロピル−3−メチルイミダゾリウム、1−ブチル−3−メチルイミダゾリウム、1−ヘキシル−3−メチルイミダゾリウム、1,2,3−トリメチルイミダゾリウムおよび1,2,3,4−テトラメチルイミダゾリウムなどが挙げられる。また、N−プロピルピリジニウム、N−ブチルピリジニウム、1,4−ジメチルピリジニウム、1−ブチル−4−メチルピリジニウムおよび1−ブチル−2,4−ジメチルピリジニウムなどが挙げられる。さらに、トリメチルアンモニウム、エチルジメチルアンモニウム、ジエチルメチルアンモニウム、トリエチルアンモニウム、テトラメチルアンモニウム、トリエチルメチルアンモニウム、テトラエチルアンモニウム等が挙げられる。
【0032】
カチオンは、1種を用いてもよいし、2種以上を組み合わせて用いることもできる。好ましいのはイミダゾリウムカチオンである。例えば、1−エチル−3−メチルイミダゾリウムカチオンなどの非対照イミダゾリウムカチオン、1−(2−メトキシ)エチル−3−メチルイミダゾリウムカチオンなどの非対照イミダゾリウムカチオン等が挙げられる。
【0033】
親水性イオン液体の構成アニオン種としては、例えば、ハロゲンアニオン、カルボキシレートアニオン、スルホネートアニオン、リン酸アニオンが挙げられる。ハロゲンアニオンとしては塩素アニオン、臭素アニオンおよびヨウ素アニオンなどが挙げられる。カルボキシレートアニオンとしては、炭素数1〜18のモノカルボキシレートアニオンおよびジカルボキシレートアニオン、例えばホルメートアニオン、アセテートアニオン、フマレートイオアニン、オキサレートアニオン、ラクテートアニオンおよびピルベートアニオン等が挙げられる。スルホネートアニオンとしては、スルホン酸アニオン、メタンスルホン酸アニオン、オクタンスルホン酸アニオン、ドデカンスルホン酸アニオンおよびエイコサンスルホン酸アニオンなどが挙げられる。リン酸アニオンとしては、リン酸アニオン、メチルリン酸モノエステルアニオン、エチルリン酸モノエステルアニオン、プロピルリン酸モノエステルアニオン、ブチルリン酸モノエステルアニオン、メチルリン酸ジエステルアニオン、エチルリン酸ジエステルアニオン、プロピルリン酸ジエステルアニオン、ブチルリン酸ジエステルアニオンなどが挙げられる。これらのうち、好ましくは、各種リン酸アニオン、カルボキシレートアニオン、ハロゲンアニオンである。
【0034】
イオン液体(A)のうち、このようなイオン液体としては、例えば、イミダゾリウムカルボキシレート、イミダゾリウムクロライド及びイミダゾリウムジアルキルホスフェートなどが挙げられ、更に好ましくは、1−エチル−3−メチルイミダゾリウムジアルキルホスフェート、1−エチル−3−メチルイミダゾリウムホルメート、1−エチル−3−メチルイミダゾリウムアセテート、1−エチル−2,3−ジメチルイミダゾリウムアセテート、1−ブチル−3−メチルイミダゾリウムアセテート、1−エチル−3−メチルイミダゾリウムフマレート、1−エチル−3−メチルイミダゾリウムラクテート、1−ブチル−3−メチルイミダゾリウムクロライド、1−エチル−3−メチルイミダゾリウムクロライドである。特に好ましくは、1−エチル−3−メチルイミダゾリウムジアルキル(特にはジエチル)ホスフェート、1−エチル3−メチルイミダゾリウムホルメート、1−エチル−3−メチルイミダゾリウムアセテート、1−ブチル−3−メチルイミダゾリウムアセテート、1−エチル−3−メチルイミダゾリウムクロライド、1−ブチル−3−メチルイミダゾリウムクロライドが挙げられる。
【0035】
イオン液体は、カチオンとアニオンとの組み合わせであり、上述したカチオン種及びアニオン種を含む従来公知のカチオン種及びアニオン種を適宜組み合わせて用いることができる。イオン液体は、商業的に入手できるものであるほかは、公知の方法で合成することができる。合成方法は特に限定されないで、カチオンを塩化物との塩として合成、精製し、その後、得ようとするイオン液体のアニオンの塩と反応させるなどするか、一旦水酸化物とした上でアニオンを含む酸で中和してもよい。イオン液体は、1種又は2種以上を組み合わせて用いることができる。
【0036】
イオン液体の純度は高いことが好ましい。イオン液体の合成工程の不純物は、イオン液体と親水性溶媒とを混合して得られる媒体のpHに大きく影響し、結果として酵素の触媒活性やセルラーゼ生産微生物の生存性等に大きく影響する場合があるからである。
【0037】
セルロース含有材料とイオン液体とを接触させる方法は特に限定されない。セルロース含有材料はイオン液体が浸透されていれば足り、必ずしもイオン液体中にセルロース含有材料が浸漬され、分散され、あるいは懸濁された状態であることを要しない。セルロース含有材料にイオン液体を浸透させるには、例えば、十分量のイオン液体の液相中にセルロース含有材料を供給し浸漬するようにしてもよいし、セルロース含有材料に対してイオン液体を噴霧等によりセルロース含有材料に浸透させるのに必要量程度供給し、セルロース含有材料にイオン液体を浸透させるようにしてもよい。
【0038】
セルロース含有材料中にイオン液体を浸透させるための処理は適宜設定することができる。適度に、例えば、150℃以下程度の範囲で加熱してもよい。好ましくは40℃以上、より好ましくは50℃以上、さらに好ましくは60℃以上、一層好ましくは80℃以上に加熱する。加熱を行うことで、イオン液体のセルロース含有材料への浸透を促進することができる。150℃を超えると、セルロース含有材料の種類によっては好ましくない反応が生じる可能性があり、40℃未満では、加熱の効果が得られにくいからである。加熱時間は、用いるセルロース含有材料の大きさ(粉砕されている場合には、平均粒子径、チップ等の場合には、平均長さ等)や起源(ソフトバイオマス、ハードバイオマス、さらにはその中での分類まで含む)のほか、セルロースをイオン液体に溶解するか、あるいはセルロースを固相として残留させるか(セルロース構造緩和ないし結晶性の低下の範囲とする)に応じて適宜決定する。例えば、セルロースの溶解を意図する場合には、イオン液体の種類や処理温度にもよるが2時間以上とすることができる。また、セルロースの構造緩和又は結晶性低下を意図する場合には、2時間未満とすることができる。
【0039】
浸透工程では、セルロース含有材料へのイオン液体の浸透を促進するために、セルロース含有材料とイオン液体とを混合(攪拌)してもよいし、プレス処理してもよいし、粉砕処理してもよいし、超音波処理を行ってもよい。加熱を含めたこれらの各種処理は、単独で採用してもよいが、適宜組み合わせて採用してもよい。処理の種類は、用いるセルロース含有材料や用いるイオン液体の量によっても適宜変更される。
【0040】
なお、イオン液体の使用量をできるだけ低減するには、浸透に必要量程度のイオン液体をセルロース含有材料に供給してもよいし、後述するように、十分量のイオン液体に浸漬したセルロース含有材料を、その後、ろ過や遠心分離等の固液分離手段によりイオン液体から分離してもよい。
【0041】
このような浸透工程の実施により、セルロース含有材料にはイオン液体が浸透され、少なくともそのセルロース含有マトリックスが緩んだようになるものと考えられる。イオン液体によってセルロース含有材料の構造が緩和されることにより、後段の発酵工程で培地と接触したとき、セルロースの親水性領域がセルラーゼを含む溶媒に露出されやすくなり、セルラーゼによって分解されると考えられる。また、セルロースの疎水性領域もイオン液体による緩和により前記溶媒に露出されやすくなりセルラーゼによって分解されると考えられる。さらに、セルロースがイオン液体に溶解した場合(特に親水性イオン液体)には、後段の発酵工程の培地中に、よりセルラーゼからアタックされやすい状態で存在できる。こうした浸透工程を経てイオン液体が浸透されたセルロース含有材料は、その後、セルラーゼによるセルロースの分解に供することができる。
【0042】
(固液分離工程)
本明細書に開示される生産方法においては、浸透工程後に、さらに、セルロース含有画分とセルロース非含有画分とに固液分離する工程を備えることができる。すなわち、浸透工程が、セルロース含有材料中のセルロースの構造緩和を意図しており、セルロースのイオン液体への溶解を意図していないときには、固相であるセルロース含有材料中にほとんどのセルロースが存在する。すなわち、固相がセルロース含有画分であり、イオン液体がセルロース非含有画分である。この場合、固液分離によって、浸透工程に用いたイオン液体を再利用に都合のよい形で簡易に回収することができるとともに、セルロース含有材料から過剰のイオン液体を除去することで、後段の発酵工程における、イオン液体がセルラーゼやセルラーゼ生産微生物に及ぼす悪影響を回避又は抑制して、セルロースの分解効率及び発酵効率を向上させることができる。なお、浸透工程において、セルロース含有材料にイオン液体が浸透できる量又はそれに近い量のみが供給されている場合には、固液分離工程は必ずしも要しない。また、セルラーゼ生産微生物のイオン液体耐性が強化されている場合も同様に、固液分離工程は必ずしも要しない。
【0043】
一方、浸透工程がセルロースのイオン液体への溶解を意図している場合には、液相であるイオン液体がセルロース含有画分であり、固相が溶解残渣としてリグニン等が含まれるセルロース非含有画分となる。したがって、固液分離工程によりイオン液体を分離回収することで、リグニン等を含む溶解残渣等の供雑物のない状態で発酵工程を実施できる。
【0044】
なお、セルロース非含有画分は、まったくセルロースを含有しない画分だけを言うのみならず、一部のセルロースが含まれることがあってもよい。
【0045】
固液分離工程における固液分離の方法は特に限定しない。ろ過、圧搾、遠心分離、沈降分離等が挙げられる。良好な分離のために、適宜ろ過時においてプレス等してもよい。また、圧搾等のように、イオン液体により少なくとも部分的に構造が緩和したセルロース含有材料を固液分離しつつ粉砕、すりつぶし等してもよい。浸透工程がセルロースの構造緩和を意図している場合、固液分離工程の実施により、セルロース含有材料から液相としてイオン液体が分離され、セルロース含有材料は固相として分離される。なお、分離されたセルロース含有材料には、緩和されたセルロース等にイオン液体がなんらかの形態で保持された状態で残留していると考えられる。セルロース含有材料に残留したイオン液体は、後段の発酵工程において、セルロースのセルラーゼへの暴露に関し有利に作用していると考えられる。
【0046】
(発酵工程)
本明細書に開示される有用物質の生産方法は、イオン液体の存在下に、セルロース含有材料中のセルロースを含む炭素源を、セルラーゼを生産する微生物で糖化しつつ発酵する工程を備えることができる。こうした発酵工程によれば、セルロース含有材料を利用して有用物質を発酵生産するのにあたり、過酷で高エネルギーを要する前処理やその影響を取り除くための洗浄、さらには糖化のステップを省略化又は簡略化できる。
【0047】
発酵工程は、浸透工程で用いたイオン液体の存在下で実施される。イオン液体の発酵工程における濃度は、500mM以下であることが好ましい。500mMを超えると、生存能力及び発酵能力とも低下する傾向があるからである。より好ましくは、300mM以下である。300mM以下であると、イオン液体の生存能力や発酵能力に及ぼす影響が低減されるからである。さらに好ましくは、200mM以下である。200mM以下であると、イオン液体が添加されない場合とおおよそ同様に生存能力及び発酵能力を発揮できるからである。
【0048】
発酵工程で用いる炭素源は、溶解、崩壊又は構造が緩和されたセルロースを含んでいる。なお、微生物の培養開始直後の増殖性を確保するために、炭素源として、用いる微生物が本来的に資化可能なグルコース等の糖類を含んでいてもよい。発酵工程の実施態様は特に限定しない。図2(a)に示すように、発酵工程に先立って、固液分離工程を実施した場合には、固液分離後のセルロース含有画分に対してセルラーゼ生産微生物が増殖及び発酵可能な培地と当該微生物を供給して発酵工程を開始できる。また、図2(b)に示すように、固液分離工程を実施していない場合には、浸透工程後のセルロース含有材料とイオン液体との混合物に対して培地とセルラーゼ生産微生物を供給して発酵工程を開始できる。
【0049】
発酵工程で用いる微生物は、特に限定しないで、セルラーゼを生産し、セルロースを分解できる微生物であればよい。セルラーゼは、セルロースをグルコースにまで加水分解するのに作用する各種の酵素の総称である。セルラーゼとしては、狭義には、β1,4エンドグルカナーゼ(EC3.2.1.4)、グルカン1,4−βグルコシダーゼ(EC3.2.1.74)、セルロース1,4−βセロビオシダーゼ(EC3.2.1.91)、βグルコシダーゼ(EC3.2.1.21)等が挙げられる。また、セルラーゼは、天然由来であっても人工的に改変されたものであってもよい。天然由来のものとしては、特に限定しないが、クロストリジウム・サーモセラム(Clostridium thermocellum)などのClostridium属、Trichoderma reesei等のTrichoderma属又はAspergillus oryzaeや、Aspergillus niger等のAspergillus属由来のセルラーゼなどを好ましく用いることができる。また、例えば、Pyrococcus属に代表される超好熱性古細菌由来のセルラーゼであってもよい。
【0050】
本発明においては、上記した狭義のセルラーゼを1種類又は2種類以上を組み合わせて用いることができる。異種のセルラーゼでなく、同種であっても2種類以上組み合わせてもよい。また、由来の異なるセルラーゼを組み合わせて用いることもできる。微生物に生産させるセルラーゼは、セルラーゼ生産微生物がセルロースを利用できる態様となるように決定されるが、好ましくは、グルコースにまで分解することが可能に組み合わされる。
【0051】
セルラーゼを生産する微生物としては、セルロースを利用するために微生物が必要とする1種又は2種以上のセルラーゼを生産可能なものが選択され、あるいは必要なセルラーゼを生産するように遺伝子改変されたものが選択される。微生物は、一つの発酵工程で2種類以上組み合わせて用いてもよい。
【0052】
微生物は、酵母の他、大腸菌、枯草菌、麹菌等、グルコースを利用して有用物質を生産可能な微生物であって遺伝子組換え系の確立したものであれば用いることができる。微生物としては、例えば、グルコースからの代謝系の1種又は2種以上の酵素を遺伝子組換えにより置換、追加等して本来の代謝物でない化合物を産生可能に改変したものであってもよい。
【0053】
例えば、酵母としては、特に限定されないで公知の各種酵母を利用できる。サッカロマイセス・セレビジエ(Saccharomyces cerevisiae)等のサッカロマイセス属の酵母、シゾサッカロマイセス・ポンベ(Schizosaccharomyces pombe)等のシゾサッカロマイセス属の酵母、カンジダ・クルゼイ(Candida krusei)、キャンディダ・シェハーテ(Candida shehatae)等のキャンディダ属の酵母、ピヒア・パストリス(Pichia pastoris)、ピヒア・スティピティス(Pichia stipitis)等のピヒア属の酵母、ハンセヌラ(Hansenula)属の酵母、トリコスポロン(Trichosporon)属の酵母、ブレタノマイセス(Brettanomyces)属の酵母、パチソレン(Pachysolen)属の酵母、ヤマダジマ(Yamadazyma)属の酵母、クルイベロマイセス・マーキシアヌス(Kluyveromyces marxianus)、クルイベロマイセス・ラクティス(Kluveromyces lactis)等のクルイベロマイセス属の酵母が挙げられる。なかでも、工業的利用性等の観点からサッカロマイセス属酵母が好ましく、サッカロマイセス・セレビジエがより好ましい。
【0054】
また、酵母としては、遺伝子工学的な改変により、乳酸などの有機酸、C3〜C5アルコールなど工業原料等にもなる化合物を生産する酵母も利用できる。こうした酵母によれば、セルロースを原料として直接有用物質を生産できる。例えば、乳酸生産酵母などの形質転換酵母は、例えば、特開2003−334092、特開2004−187643、特開2005−137306、特開2006−6271、特開2006−20602、特開2006−42719、特開2006−75133、特開2006−296377等に開示されており、本発明においてはこれらの形質転換酵母を用いることができる。これらの公報に記載の内容の全ては引用により本明細書の一部に組み込まれる。
【0055】
セルラーゼは、微生物の菌体外にて分泌ないし細胞表層提示させることが好ましい。セルラーゼを酵母等の細胞外に分泌させるには、公知の分泌シグナルペプチドをセルラーゼに付与したものを酵母で生産させるようにすればよい。また、セルラーゼは各種形態で酵母等の細胞表層に保持される。一つは、セルラーゼを、そのまま公知の酵母細胞表層提示システムを用いて酵母の細胞表層に保持させる形態である。2種類以上のセルラーゼは、同一酵母の細胞表層に保持されてもよく、また、それぞれ別の酵母の細胞表層に保持されてもよい。
【0056】
セルラーゼを酵母の細胞表層に提示する場合、セルラーゼは、さらに、細胞表層提示に必要な細胞表層結合ドメインを有することが好ましい。酵母表層提示システムとしては、例えば、表層タンパク質であるα−アグルチニン又はそのレセプターを利用することができる。例えば、分泌シグナルに加えて凝集性タンパク質であるα−アグルチニンC末端側の320アミノ酸残基からなるペプチドが利用される。所望のタンパク質を細胞表層に提示するためのポリペプチドや手法は、WO01/79483号公報や、特開2003−235579号公報、WO2002/042483号パンフレット、WO2003/016525号パンフレット、特開2006−136223号公報、藤田らの文献(藤田ら,2004. Appl Environ Microbiol 70:1207-1212および藤田ら, 2002. Appl Environ Microbiol 68:5136-5141.)、村井ら, 1998. Appl Environ Microbiol 64:4857-4861.に開示されている。例えば、シグナル配列は、ベクターに組み込まれる要素であってもよいが、セルラーゼ遺伝子の一部であってもよい。アグルチニンを利用したタンパク質の細胞表層提示システムは、例えば、インビトロジェン社からpYD1ベクター及びEBY100サッカロマイセス・セレビジエを含む酵母用ディスプレイキットとして入手することができる。また、細胞表層提示システムとしては、このほか、SAG1、FLO1〜FLO11などの細胞表層タンパク質を用いるシステム等を用いることができる。また、特開2008-263975号公報に記載の方法を採用してもよい。
【0057】
セルラーゼを酵母の細胞表層に保持させる他の一つの形態は、セルロソームのスキャホールディンタンパク質由来のタンパク質を介して保持させる形態である。セルロソームを利用した細胞表層提示は、特開2009-33993号公報及び特開2009-142260号公報に開示される方法を採用できる。すなわち、酵母の細胞表層にセルロソームのスキャホールディンタンパク質由来のタンパク質をセルラーゼの保持用の骨格タンパク質として用いてもよい。なお、セルロソームは、嫌気性細菌や嫌気性糸状菌によって菌体外に形成され、通常、微生物表面に結合して又は培養液中に存在している。セルロソームとしては、各種の嫌気性微生物等、公知のセルロソーム生産微生物が生産するセルロソーム及び将来的に明らかにされるセルロソーム並びにこれらの改変体のいずれであってもセルラーゼの保持用の骨格タンパク質として用いることができる。セルロース分解能力の高さ等を考慮すると、クロストリジウム・サーモセラム等の好熱嫌気性微生物やクロストリジウム・セルロリティカム等のクロストリジウム属菌の生産するセルロソーム又はその改変体を用いることができる。
【0058】
こうしたセルラーゼ保持用の骨格タンパク質に対してセルラーゼを保持させるには、セルラーゼを酵母において細胞外に分泌生産させ、そのセルラーゼを第1の骨格タンパク質に対して供給することで保持させることができる。酵母におけるタンパク質の分泌生産には、酵母において機能するシグナルペプチドを付与するなどすればよい。例えば、酵母に由来するシグナルペプチド配列としては、例えば酵母インベルターゼリーダー、α因子リーダー、またはRhizopus oryzae やC. albicansグルコアミラーゼリーダーなどが挙げられる。また、細胞外で生産したセルラーゼを、保持用の骨格タンパク質を細胞表層に発現した酵母と接触させて、当該保持用の骨格タンパク質に保持させてもよい。
【0059】
セルラーゼを分泌発現させたり細胞表層提示させたりすることで、セルラーゼ生産微生物を得ることができる。各種態様のセルラーゼは、こうしたセルラーゼをコードするセルラーゼ遺伝子を取得し、セルラーゼを微生物において発現保持させることができる。セルラーゼをコードする遺伝子は、データベースから取得したセルラーゼの塩基配列等に基づいて取得できる。すなわち、所定の酵母から抽出したDNA、各種cDNAライブラリー又はゲノムDNAライブラリー等由来の核酸を鋳型としたPCR増幅やハイブリダイゼーションにより核酸断片として得ることができる。あるいはセルラーゼ遺伝子は、化学合成法等の当技術分野で公知の各種の核酸配列合成法によって、核酸断片として合成してもよい。
【0060】
微生物の遺伝的改変のための組換えベクターの作製、組換え体宿主としての酵母等の取り扱いに必要な一般的な操作は、当業者間で通常行われているものであり、たとえば、T.Maniatis,J. Sambrookらの実験書(Molecular Cloning, A Laboratory Manual、Cold Spring Harbor Laboratory、1982,1989、2001)等を適宜参照することにより当業者であれば実施することができる。酵母を含む各種細胞に対するこうした遺伝子導入による外来タンパク質の発現のための各種操作は、例えば、Molecular Cloning A Laboratory Manual second edition(Maniatis et al.,Cold Spring Harbor Laboratory press.1989)等のプロトコールに従うことができる。また、ベクターの導入方法としては、従来公知の各種方法、例えば、リン酸カルシウム法、トランスフォーメーション法や、トランスフェクション法、接合法、プロトプラスト法、エレクトロポレーション法、リポフェクション法、酢酸リチウム法または他の方法が挙げられる。このような手法は、上記した実験書等に記載される。ベクターを導入した酵母等につき、マーカー遺伝子を用いた選抜及び活性発現による選抜により、必要なタンパク質を発現する酵母を得ることができる。
【0061】
発酵工程は、用いる微生物の種類や生産しようとする有用物質に応じて実施すればよい。発酵のための培養は、静置培養、振とう培養または通気攪拌培養等を用いることができる。通気条件は、嫌気条件下、微好気条件下及び好気条件等、適宜選択することができる。培養温度も、特に限定しないが、25℃〜55℃等の範囲とすることができる。また、培養時間も必要に応じて設定されるが、数時間〜150時間程度とすることができる。また、pHの調整は、無機あるいは有機酸、アルカリ溶液等を用いて行うことができる。培養中は、必要に応じてアンピシリン、テトラサイクリンなどの抗生物質を培地に添加することができる。
【0062】
発酵工程の実施により、用いた微生物が有している有用物質生産能力に応じて有用物質が生産される。例えば、一般的な酵母はエタノール発酵するため、エタノールを得ることができる。遺伝子工学的改変等により乳酸などの有機酸生産能力を有している酵母は、乳酸等を生産することができる。有用物質の生産工程終了後、培養液から有用物質含有画分を回収する工程、さらにこれを精製又は濃縮する工程を実施することもできる。回収工程や精製等の工程は有用物質の種類等に応じて適宜選択される。
【0063】
(発酵残渣の回収工程)
発酵工程後に、発酵液に固相残渣がある場合、この残渣を固液分離により回収してもよい。回収した固相は、セルラーゼによる分解残渣であり、セルロース含有材料中の非セルロース画分(典型的にはリグニンを含み、ヘミセルロースも含まれる。)を回収できる。この残渣は、芳香族系高分子であるリグニンを高率で含有しており、かつ、このリグニンは過度な縮合等が抑制されているため、多種の用途に利用が可能である。また、リグニンを分解する酵素と接触させることで、フェノール系化合物を得ることもできる。さらに、この固相残渣に、セルロースが残存する場合には、再度、浸透工程及び発酵工程に供してもよい。
【0064】
(イオン液体の再利用工程)
本明細書に開示される有用物質の生産方法においては、固液分離工程によってセルロース含有材料から分離されたイオン液体を回収し、さらに浸透工程や他の用途に利用するイオン液体の再利用工程を含んでいてもよい。イオン液体の再利用は、工程全体のコストを大きく低下させることができる。再利用工程は、発酵工程後の培養液からイオン液体を回収することによっても可能である。培養液からのイオン液体の回収は、蒸留等によって行うことができる。
【0065】
次に、図2に示す本明細書に開示される有用物質の生産方法の典型的な実施形態について説明する。図2(a)には、浸透工程が、セルロースの溶解でなく構造緩和を意図している実施形態の一例を示す。この形態では、実バイオマス中のセルロースの構造をイオン液体を用いて加熱して緩和する浸透工程を実施する。セルロース含有材料は、イオン液体が通過可能な通液部を有する区画(典型的には少なくとも底部をメッシュ状等の通液部とする容器)内にある状態でイオン液体中に浸漬され加熱される。その後、セルロース含有画分を、固相を含む区画ごとイオン液体槽から取り出し、区画ごとセルラーゼ生産微生物を含む培地中に浸漬させて発酵工程を実施する。発酵後は、培地中に有用物質が蓄積する一方、区画内に発酵残渣(典型的にはリグニン)が残留する。この実施形態によれば、イオン液体は実質的な移送等を伴うことがなく、簡易に浸透工程〜固液分離工程〜発酵工程を実施することができる。また、イオン液体は有効に再利用可能であり、発酵残渣の回収も容易となっている。
【0066】
図2(b)には、浸透工程が、セルロースの溶解を意図している実施形態の一例を示す。この形態では、実バイオマス中のセルロースをイオン液体を用いて加熱して溶解する浸透工程を実施する。セルロース含有材料は、イオン液体中に浸漬され加熱される。セルロースは、液相であるイオン液体に溶解する。さらに、セルラーゼ生産微生物とともに培地を浸透工程を実施したイオン液体槽に投入して発酵工程を実施する。発酵後は、培地中に有用物質が蓄積し、発酵残渣が培地中に残留する。この実施形態も、イオン液体もセルロース含有画分も実質的な移送等を伴うことがなく、一層簡易に浸透工程〜固液分離工程〜発酵工程を実施することができる。
【0067】
以上説明したように、本明細書に開示される有用物質の生産方法によれば、従来に比して簡易なステップでセルロース含有材料を有用物質にまで変換し利用することができるため、セルロース含有材料の利用性(コスト)を飛躍的に高めることができる。
【実施例】
【0068】
以下、本発明を、実施例を挙げて具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0069】
(イオン液体が酵母のエタノール発酵および生存性に及ぼす影響)
イオン液体処理したバイオマスからのアルコール製造技術を検証するに際し、イオン液体が酵母のエタノール発酵および生育性に及ぼす影響を検討した。すなわち、糖化発酵に利用する遺伝子組換え酵母の培養を実施した。YPDプレート培地上のMT8−1株のコロニーからYPD液体培地(30ml)へ植菌し、30℃、150rpmで24時間培養した。上記培養液をYPD液体培地400mlにOD=0.05となるように加え、30℃、150rpmで72時間培養した。遠心分離により菌体を回収し、脱イオン水で2回洗浄した。
【0070】
グルコースを基質としたエタノール発酵を検討した。なお、イオン液体としては、1-ethyl-3-methylimidazolium diethylphosphate (以下、[Emim][DEP]と称す)、1-ethyl-3-methylimidazolium chloride (以下、[Emim][Cl]と称す)、1-ethyl-3-methylimidazolium acetate (以下、[Emim][OAc]と称す) を使用した。なお、それぞれの構造式を以下に示した。
【0071】
【化2】

【0072】
50mM酢酸ナトリウム緩衝液(pH5)を含むYPD培地(グルコース40g/l)に上記3種類のイオン液体を終濃度が0、50、100、200、500及び1000mMとなるように調製した。この溶液に酵母をOD=20となるように加えて最終容量を2mlとし、注射針を通したシリコン栓で封をした試験管内で30℃、200rpmで発酵を開始した。また、比較対象(コントロール)実験としてイオン液体を含まない系での発酵も行った。
【0073】
一定時間(4時間、6時間、24時間)毎に発酵液から100μlサンプリングし、遠心分離により酵母を除去した。上清20μlを脱イオン水により200μlに希釈し、この希釈サンプル50μlに内部標準物質である1−プロパノール50μlとアセトン900μlを加えた。生成した不要物を遠心分離により除去し、上清のエタノール濃度をガスクロマトグラフィーにより測定した。
【0074】
各イオン液体共存下における酵母のエタノール発酵挙動を図3に示した。いずれのイオン液体を添加した系においても、イオン液体濃度が200mM程度まではコントロールと同等の発酵挙動を示し、十分なエタノール発酵が行えることが示された。また、イオン液体濃度が500mMではエタノール生産性は低下し、1000mMになると発酵能力は大きく低下した。一方、共存するイオン液体の種類は発酵能力に大きく影響しないことが示された。
【0075】
各濃度のイオン液体が共存する発酵培地中での酵母の生菌数を図4に示した。[Emim][DEP]、[Emim][Cl]ではイオン液体濃度200mMまでは酵母の生存性にさほど大きな影響を与えなかった。以上の結果から、イオン液体混在溶液において、酵母の生育および、発酵が進行することを確認した。
【実施例2】
【0076】
(イオン液体処理セルロースからのワンステップ型アルコール発酵)
本実施例では、図2(b)に示すプロセスを検証するため、セルロース分解酵素を酵母表層に提示した遺伝子組換え酵母(アーミング酵母)を利用した以下の実験を実施した。すなわち、糖化発酵に利用する遺伝子組換え酵母の培養を実施した。最小培地(SD選択)プレート培地上のセルラーゼ表層提示酵母(アーミング酵母)のコロニーからSD選択液体培地30mlへ植菌し、30℃、150rpmで24時間培養した。上記培養液を、SD培地に終濃度で20g/lとなるようにカザミノ酸を添加した培地(SDC選択培地)400mlにOD=0.05となるように加え、30℃、150rpmで96時間培養した。遠心分離により菌体を回収し、脱イオン水で2回洗浄した。
【0077】
なお、本セルラーゼ表層提示酵母(アーミング酵母)は、セロビオヒドラーゼ、エンドグルカナーゼ、βグルコシダーゼが細胞表層に提示される形で発現されることを特徴とする遺伝子組換え酵母である。本組換え酵母の詳細は、Appl.Environ. Microbiol.(2004)70:1207-1212. Synergistic Saccharification,and Direct Fermentation to Ethanol, of Amorphous Cellulose by Use of an Engineered Yeast Strain Codisplaying Three Types of Cellulolytic Enzyme Yasuya Fujita, Junji Ito, Mitsuyoshi Ueda, Hideki Fukuda, and Akihiko Kondo.に開示されている。
【0078】
続いて、イオン液体によるセルロースの前処理を実施した。結晶性セルロース(Avicel PH-101, Fluka)100mgとイオン液体[Emim][DEP]1.056gを試験管(直径30mm)に入れ、Chemi Station(東京理化器械)にセットし、十字型テフロン(登録商標)攪拌子で攪拌しながら80℃で2時間加熱することでセルロースを完全に溶解した。室温まで放冷後、200mM酢酸ナトリウム緩衝液(pH5.0)5mlを加え、1時間静置すると半透明の寒天状の再生セルロースの塊が生成した。これに脱イオン水4.09ml、4×YP培地5ml、アーミング酵母をOD=20となるように加えて最終容量を20mlとした。発酵は注射針を通したシリコン栓で封をした試験管内で30℃、200rpmで行った。発酵液から24時間毎にサンプリングを行い、ガスクロマトグラフィーによりエタノール濃度を定量した。一連の操作を図5に示す。
【0079】
図6にアーミング酵母によるイオン液体前処理セルロースからのエタノール発酵挙動を示す。アーミング酵母はイオン液体[Emim] [DEP]で前処理したセルロースを[Emim] [DEP]を含む培地中で資化し、エタノールを生産した。発酵開始120時間で1.43g/lのエタノールが得られ、これは理論収率の約56%に相当する。また、図7に示すように、発酵の進行とともに、炭素源である再生セルロースが減少していく様子が目視により確認された。
【0080】
図8に、発酵開始後各時間における酵母の生菌数を示す。イオン液体共存下においてもアーミング酵母は生存しており、発酵を行えることが示された。以上の結果から、イオン液体で処理したセルロース反応溶液中に、直接、遺伝子組換え酵母を添加して、アルコールが出来ることを確認した。したがって、図2(b)に示すようなアルコール生産プロセスを実施可能であることがわかった。
【実施例3】
【0081】
(イオン液体処理実バイオマスからのアルコール発酵)
本実施例では、図2(a)に示すプロセスを検証するため、実施例2で使用したセルロース分解酵素を酵母表層に提示した遺伝子組換え酵母(アーミング酵母)を利用した以下の実験を実施した。すなわち、糖化発酵に利用する遺伝子組換え酵母の培養を実施した。最小培地(SD選択)プレート培地上のセルラーゼ表層提示酵母(アーミング酵母)のコロニーからSD選択液体培地5mlへ植菌し、30℃、120rpmで40時間培養した。上記培養液をSDC選択培地50mlに加え、30℃、100rpmで48時間培養した。遠心分離により菌体を回収し、脱イオン水で2回洗浄した。
【0082】
続いて、イオン液体によるセルロースの前処理を実施した。粒径4mm程度に粉砕したバガス粉末300mgとイオン液体[Emim][OAc]10gをバイアル瓶に加え、これを120℃にて30分間、静置条件下で反応を行った。バイアル瓶に滅菌水10mlを添加し、フィルターにて溶液を分離し、バイオマス試料のみを採取した。本バイオマス試料を別の容器に移し、4×YP培地2.5ml、クエン酸緩衝液5.5ml、およびOD=50に濃縮した上記アーミング酵母2mlとなるようそれぞれ加えて最終容量を10mlとした。本容器を30℃、300rpmにて、同時糖化発酵を行った。発酵液から24時間毎にサンプリングを行い、酵素センサーによりエタノール濃度を定量した。一連の操作を、図9に示し、図10に、アーミング酵母によるイオン液体前処理セルロースからのエタノール発酵挙動を示す。
【0083】
図10に示すように、コントロールである非組換え酵母と比較し、アーミング酵母添加試料では、市販セルラーゼを添加していないにも関わらず、実バイオマスからエタノールの生産が認められた。以上の結果から、イオン液体で処理したセルロース反応溶液中に、直接、遺伝子組換え酵母を添加して、アルコールが出来ることを確認した。したがって、図2(a)に示すようなアルコール生産プロセスが実施可能であることがわかった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
セルロース含有材料から有用物質を生産する方法であって、
以下の工程(a)及び(b):
(a)セルロース含有材料とイオン液体とを接触させて前記セルロース含有材料に前記イオン液体を浸透させる工程、
(b)前記イオン液体の存在下で前記セルロース含有材料中のセルロースを含む炭素源を、セルラーゼを生産する微生物で糖化しつつ発酵する工程、
を、備える、方法。
【請求項2】
前記工程(a)は、前記セルロース含有材料及び前記イオン液体を加熱することを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
さらに、前記工程(a)の後、以下の工程(c):
(c)セルロース含有画分とセルロース非含有画分とに固液分離する工程、
を備える、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
前記イオン液体は、親水性イオン液体を含む、請求項1〜3のいずれかに記載の方法。
【請求項5】
前記工程(b)は、前記微生物として、セルラーゼを発現する遺伝子組換え酵母を用いる工程である、請求項1〜4のいずれかに記載の方法。
【請求項6】
前記遺伝子組換え酵母は、前記セルラーゼを分泌又は表層提示する酵母である、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
さらに、以下の工程(d):
(d)前記工程(c)で分離されたセルロース非含有画分である前記イオン液体を回収し、前記工程(a)に供給する工程、
を備える、請求項3に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2011−36144(P2011−36144A)
【公開日】平成23年2月24日(2011.2.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−183880(P2009−183880)
【出願日】平成21年8月6日(2009.8.6)
【出願人】(000003609)株式会社豊田中央研究所 (4,200)
【出願人】(504150450)国立大学法人神戸大学 (421)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】