説明

ディーゼルエンジンの制御装置

【課題】 エンジンの過渡状態において予混合燃焼と通常燃焼との切り換えをスムーズ且つ迅速に行う。
【解決手段】 ディーゼルエンジンの制御装置において、通常燃焼を実現させるための通常噴射モードと、予混合燃焼を実現させるための予混合噴射モードとを設定し、実際のエンジンの運転状態が通常領域にあるときには通常噴射モードを実行し、実際のエンジンの運転状態が予混合領域にあるときには予混合噴射モードを実行する。そして、一方のエンジン運転領域においてこれに対応する一方の制御モードが実行されているとき、エンジンが所定の過渡状態になったならば、制御モードを他方の制御モードに強制的に切り換える。通常より早期の切換えが可能になり、特に加速時に所望の加速性能を得られるようになる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はディーゼルエンジンの制御装置に係り、特に、通常の拡散燃焼と予混合圧縮着火燃焼とを切り換える制御を実行するディーゼルエンジンの制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
シリンダ内に燃料を直接噴射するディーゼルエンジンでは、シリンダ内が高温・高圧となるピストンの圧縮上死点近傍で燃料を噴射するのが一般的であった。この場合、燃料の噴射中に着火が始まって火炎が形成され、その火炎に後続の燃料が供給されることで燃焼が継続される。このように、燃料の噴射中に着火が始まる燃焼形態は一般的に拡散燃焼(以下、通常燃焼ともいう)と称されているが、この拡散燃焼ではNOxやスモーク等の低減に限界があるという問題が指摘されている。
【0003】
そこで近年では、燃料の噴射又は供給時期をピストンの圧縮上死点よりも早期にして、燃料の供給完了後に予混合気が着火する、予混合圧縮着火燃焼(以下、予混合燃焼ともいう)と称される燃料形態を実現させることが提案されている。
【0004】
予混合燃焼では、燃料の噴射終了後、ある程度の期間(予混合期間)を経て予混合気が着火するので、着火までに予混合気が充分に希薄・均一化される。従って、局所的な燃焼温度が下がりNOx排出量が低減するうえ、空気不足状態での燃焼も回避されるのでスモークの発生も抑制される。
【0005】
【特許文献1】特開2002−206448号公報
【特許文献2】特開2000−145507号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、予混合燃焼は、均一な希薄予混合気を確保して始めて成立する燃焼形態であり、筒内の空気過剰率が比較的大きいことが要求される。少なくとも現状では、予混合燃焼は低負荷領域という限られた運転領域でしか行うことができない。従って、高負荷領域では通常の拡散燃焼を行う必要があり、エンジンの運転状態に応じてこれら予混合燃焼と拡散燃焼とを切り換える必要がある。
【0007】
予混合燃焼と拡散燃焼とでは、それぞれ要求される制御パラメータ(噴射時期、EGR量等)の値が比較的大きく異なり、この大きく異なる値の間で遷移を行わなければならない場合がある。そして車両用エンジンの場合、エンジン運転状態が定常であることは比較的少なく、むしろ加減速といった過渡状態の連続であることが多い。このようなエンジンの過渡状態で予混合燃焼と拡散燃焼との切り換えが発生する場合、制御パラメータの実際値の遷移が遅れる可能性があり、ドライバビリティの悪化等を引き起こす可能性がある。
【0008】
そこで、本発明の目的は、エンジンの過渡状態において予混合燃焼と通常燃焼との切り換えをスムーズ且つ迅速に行うことのできるディーゼルエンジンの制御装置を提供することにある。
【0009】
また、本発明の他の目的は、特にエンジンの加速時に予混合燃焼から通常燃焼への切り換えをスムーズ且つ迅速に行い、所望の加速性能及びドライバビリティを確保することのできるディーゼルエンジンの制御装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明によれば、ディーゼルエンジンの筒内に噴射される燃料の噴射量と噴射時期とを制御するための制御装置において、噴射された燃料がその噴射期間内に圧縮上死点近傍で着火するように噴射量と噴射時期とを制御する通常噴射モードと、圧縮上死点前に燃料噴射が終了し、その噴射された燃料が予混合期間を経て圧縮上死点近傍で着火するように噴射量と噴射時期とを制御する予混合噴射モードとの二つの制御モードを設定し、エンジンの全運転領域を少なくとも通常領域と予混合領域との二つの領域に区分し、実際のエンジンの運転状態が通常領域にあるときには通常噴射モードを実行し、実際のエンジンの運転状態が予混合領域にあるときには予混合噴射モードを実行するよう、制御モードを切り換える通常切換手段を設け、その一方のエンジン運転領域においてこれに対応する一方の制御モードが実行されているとき、エンジンが所定の過渡状態になったならば、制御モードを他方の制御モードに強制的に切り換える強制切換手段を設けたことを特徴とするディーゼルエンジンの制御装置が提供される。
【0011】
本発明に係るディーゼルエンジンの制御装置は、エンジンの過渡状態が加速状態である場合に特に有効である。即ち、前記強制切換手段が、前記予混合領域において前記予混合噴射モードが実行されているとき、エンジンが所定の加速状態になったならば、前記制御モードを前記通常噴射モードに強制的に切り換える。
【0012】
好ましくは、前記強制切換手段が、エンジン負荷の変化率と所定のしきい値との比較に基づき前記制御モードを切り換える。
【0013】
好ましくは、前記変化率に対しなまし処理を実行するための手段がさらに設けられ、前記強制切換手段が、前記なまし処理後の値と前記しきい値との比較に基づき前記制御モードを切り換える。
【0014】
前記変化率は増加率であってもよい。この場合、好ましくは、前記しきい値が前記増加率の増加側と減少側とで二つ設けられ、前記強制切換手段が、前記増加率が前記増加側のしきい値以上となったとき前記強制切換を開始し、その後前記増加率が前記減少側のしきい値以下となったとき前記強制切換を終了する。
【0015】
好ましくは、前記増加側のしきい値が前記減少側のしきい値より低い値に設定される。
【0016】
好ましくは、前記各制御モードにおいて制御パラメータの目標値が予め個別に設定され、前記予混合領域における前記通常噴射モード用の前記目標値が設定される。
【0017】
好ましくは、排気ガスの一部を吸気側に環流するためのEGR装置と、実際のEGR率を前記目標値としての目標EGR率に近づけるための制御を実行するEGR制御手段とが設けられ、前記予混合領域における前記予混合噴射モードの目標EGR率が50%以上に設定される。
【0018】
好ましくは、前記通常切換手段及び前記強制切換手段の少なくともいずれか一方が、前記制御モードの切換時に、一方の制御モードの目標値を他方の制御モードの目標値に徐々に変更する。
【0019】
好ましくは、前記通常切換手段及び前記強制切換手段の少なくともいずれか一方が、前記制御モードの切換時に、燃料系の目標値の変更を吸気系の目標値の変更より遅れて開始させる。
【0020】
好ましくは、前記通常噴射モードにおいて、少量のパイロット噴射と多量のメイン噴射とが実行され、前記予混合噴射モードにおいて、メイン噴射のみが実行され、前記目標値が、少なくとも、前記通常噴射モードにおける目標パイロット噴射量、目標パイロット噴射時期、目標メイン噴射量及び目標メイン噴射時期と、前記予混合噴射モードにおける目標メイン噴射量及び目標メイン噴射時期とからなり、前記通常噴射モードにおける目標パイロット噴射量と目標パイロット噴射時期とが、前記予混合噴射モードにおける目標メイン噴射量と目標メイン噴射時期とにそれぞれ関連づけられ、前記通常切換手段及び前記強制切換手段の少なくともいずれか一方が、前記制御モードの切換時に、前記通常噴射モードにおける目標パイロット噴射量と前記予混合噴射モードにおける目標メイン噴射量との間で変更を行うと共に、前記通常噴射モードにおける目標パイロット噴射時期と前記予混合噴射モードにおける目標メイン噴射時期との間で変更を行う。
【0021】
好ましくは、前記エンジンが、ピストンの頂部に設けられたリエントラント型のキャビティと、前記いずれの制御モードにおいても噴射された燃料が前記キャビティ内に入るように噴射角度が設定されたインジェクタとを備える。
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば、エンジンの過渡状態において予混合燃焼と通常燃焼とをスムーズ且つ迅速に切り換えることができるという、優れた効果が発揮される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0023】
以下、本発明の好適実施形態を添付図面に基づいて詳述する。
【0024】
図1は、本実施形態に係るディーゼルエンジン(以下、単にエンジンという)の制御装置を示す。なお図1では一気筒のみ示されているが、当然多気筒であっても良い。
【0025】
図中1がエンジン本体であり、これはシリンダ2、シリンダヘッド3、ピストン4、吸気ポート5、排気ポート6、吸気弁7、排気弁8、インジェクタ9等から構成される。シリンダ2、シリンダヘッド3及びピストン4によって燃焼室10が区画形成される。ピストン4の頂部にはキャビティ11が凹設され、燃焼室10内に臨んで設けられたインジェクタ9からキャビティ11内に向かって燃料が直接噴射される。
【0026】
本実施形態のエンジンのキャビティ11及びインジェクタ9は、拡散燃焼を実現させることを前提に設計された通常のディーゼルエンジンのものと同様に設計される。
【0027】
具体的に説明すると、図2に示すように、本実施形態のキャビティ11は、開口部(上端部)の面積がそれよりも下側部分の断面積よりも小さく形成されると共に、その底部中央に上方に隆起した凸部を有するリエントラント型のものであり、インジェクタ9はシリンダ2と略同軸に配置され、複数の噴孔(ホール)から一般的な噴射角β(例えば140°〜165°の範囲)で燃料を噴射するものである。
【0028】
図1に戻り、インジェクタ9はコモンレール24に接続され、そのコモンレール24に貯留された高圧燃料がインジェクタ9に常時供給される。コモンレール24への燃料圧送は高圧サプライポンプ25により行われる。
【0029】
吸気ポート5は吸気管12に接続され、これらが吸気通路を形成する。排気ポート6は排気管13に接続され、これらが排気通路を形成する。
【0030】
本実施形態のエンジンは更に、排気ガスの一部(EGRガス)を吸気側に還流するためのEGR装置19を備えている。
【0031】
EGR装置19は、吸気管12と排気管13とを接続するためのEGR管20と、EGR管20の管路面積を変えてEGR率を調節するためのEGR弁21と、EGR弁21の上流側にてEGRガスを冷却するEGRクーラ22とを備える。EGR弁21の弁開度を大きくすることで、シリンダ内に吸入される吸気のEGR率及びEGR量を増大することができ、逆にEGR弁21の弁開度を小さくすることで、吸気のEGR率及びEGR量を低下することができる。
【0032】
吸気管12には、EGR管20との接続部の上流側で吸入空気を適宜絞るための吸気絞り弁23が設けられる。この吸気絞り弁23もEGR装置19に含まれる。この吸気絞り弁23の開閉を制御することによっても、吸気全体に占める吸入空気(新気)の量ないし割合を制御してEGR率を制御することができる。即ち、吸気絞り弁23の弁開度を大きくすることで、吸入空気量(割合)を増加し、吸気のEGR率及びEGR量を減少することができ、逆に吸気絞り弁23の弁開度を小さくすることで、吸入空気量を減少し、吸気のEGR率及びEGR量を増加することができる。
【0033】
このエンジンを電子制御するための電子制御ユニット(以下ECUという)26が設けられる。ECU26は各種センサ類からエンジンの運転状態を読み取り、そのエンジン運転状態に基づいてインジェクタ9、EGR弁21、吸気絞り弁23等を制御する。前記センサ類としては、アクセル開度を検出するためのアクセル開度センサ14、エンジンのクランク軸(図示せず)の位相即ちクランク角を検出するためのクランク角センサ16、コモンレール24内の燃料圧力を検出するためのコモンレール圧センサ17、吸入空気量を検出するための吸入空気量センサ15等が含まれ、これら各センサの出力信号に基づいてECU26が実際のアクセル開度、クランク角、コモンレール圧、吸入空気量等を決定する。特にECU26は、アクセル開度の値に基づいてエンジンの負荷Lを決定すると共に、時間に対するクランク角の増加割合を演算して実際のエンジンの回転速度NEを決定する。
【0034】
インジェクタ9がECU26によりON/OFFされることでインジェクタ9による燃料噴射が実行/停止される。ECU26は、前記センサ類から検出されたエンジン運転状態を表すパラメータ、特にエンジン回転速度NEとエンジン負荷Lとの検出値に基づいて燃料の噴射量と噴射時期との目標値を決定し、実際のクランク角が目標噴射時期に到達したら、その時から目標噴射量相当の時間だけ、インジェクタ9を通電(ON)する。つまり噴射量はインジェクタの通電時間に相当し、噴射時期とはインジェクタ9の通電開始時期即ち噴射開始時期のことをいう。目標噴射量と目標噴射時期とは実機試験等により予め決定されており、その値がECU26内のメモリにマップ形式で記憶される。
【0035】
また、コモンレール圧即ち噴射圧力のフィードバック制御も実行される。即ち、ECU26は、前記センサ類から検出されたエンジン運転状態を表すパラメータ、特にエンジン回転速度NEとエンジン負荷Lとの検出値に基づいて、予め記憶されたマップから、コモンレール圧の目標値を決定し、この目標値に実際のコモンレール圧が近づくよう、図示しない調量弁の開度を制御して高圧サプライポンプ25からコモンレール24への燃料圧送量を制御する。
【0036】
さらに、EGR率のフィードバック制御も実行されており、ECU26は、実際のEGR率を目標EGR率に近づけるための制御を実行する。本実施形態ではEGR率を制御するために吸入空気量を制御している。このEGR制御の内容は後に明らかとなる。
【0037】
本実施形態のエンジンは、所定の運転領域において「背景技術」の欄で説明したような予混合燃焼を実現させ、それ以外の運転領域では通常の拡散燃焼を実現させる。より具体的に説明すると、図3に示すように、エンジンの運転状態を表すパラメータ(本実施形態ではエンジン回転速度NEと燃料噴射量Q)により定められるエンジン運転領域の全体が、予混合燃焼を実現させる領域(予混合領域)と、通常の拡散燃焼を実現させる領域(通常領域)とに予め区分され、これら各領域の境界を規定するモード切換値A1,A2が予め定められている。予混合領域は通常領域より低負荷側に設定される。
【0038】
そして、本実施形態の制御装置は、制御モードとして、予混合領域にて実行される予混合噴射モードと、通常領域にて実行される通常噴射モードとの二つを備えている。実際のエンジン回転速度NEと目標燃料噴射量Qとが予混合領域にあるときは、予混合噴射モードによる制御が実行され、それらが通常領域にあるときは、通常噴射モードによる制御が実行される。エンジン運転中、運転状態が予混合領域から通常領域へと変わった場合、又はその逆へと変わった場合、これらに応じて制御モードも切り換えられる。これについては後に詳述する。
【0039】
[予混合燃焼]
前述のように、本実施形態のエンジンは、リエントラント型のキャビティ11と、通常の噴射角度βを有するインジェクタ9とを用いて予混合燃焼を実現させる。予混合領域においてECU26は、燃料の噴射時期を、ピストン4の圧縮上死点よりも前に燃料の噴射が終了し、且つその噴射された燃料の全てがキャビティ11内に入るような噴射時期に制御する。そのような噴射時期は例えば上死点前5〜35°の範囲である。燃料の噴射時期は通常燃焼の場合よりも進角化されるが、その進角は、噴射された燃料がキャビティ11外に到達せず、全てキャビティ11内に到達するような範囲に制限される。
【0040】
ここで図2によりこのような噴射時期(噴射開始時期)をより具体的に説明する。
【0041】
(a)は燃料の噴射開始時期(インジェクタがONされた瞬間)の状態を示しており、この時点ではまだ燃料がインジェクタ9から噴射されておらず、ピストン4は比較的下方に位置する。その後ある期間が経過すると、(b)に示すように、ピストン4が若干上昇し、燃料Fがインジェクタ9から径方向外側に飛散し始める。ただしこの時点では燃料Fはまだピストン4のキャビティ11に到達していない。そして更に期間が経過すると、(c)に示すように、燃料Fがキャビティ11の側壁上部に衝突する。このとき、全ての燃料Fがキャビティ11の内側に供給されるような噴射時期が、本実施形態において設定される噴射時期である。逆に、キャビティ11に衝突した燃料の一部が上方に跳ね返ってシリンダヘッド3の下面に付着してしまうような噴射時期は、本実施形態では設定されない。
【0042】
ところで、一般に予混合燃焼では、予混合気が筒内の温度及び圧力等に依存して圧縮自着火するため、着火時期の制御が困難である。そこで本実施形態では、この着火時期を制御するためEGR率を制御している。着火時期は出力及び燃費の観点から圧縮上死点近傍であるのが望ましいが、予混合燃焼では、通常の拡散燃焼の場合より早期に燃料が噴射され、筒内の状態によっては圧縮上死点近傍に到達する前に着火に至る可能性がある。そこで、EGR制御において、筒内に供給される吸気(吸入空気+EGRガス)に対する目標EGR率を、通常燃焼の場合に比べ高く設定し、噴射時期が早期な分、着火時期を遅らせて、圧縮上死点近傍で着火がなされるように制御している。具体的には目標EGR率は50%以上に設定される。
【0043】
また、予混合燃焼を行う従来のエンジンでは、図13に示されるように、比較的狭い噴射角度αと浅皿型ないしオープン型キャビティCAとを組み合わせ、噴射時期を大きく進角させてもインジェクタから噴射された燃料が必ずキャビティCA内に到達するようにされていた。これに対し、本実施形態のように、通常の噴射角度β(140°〜165°の範囲内)を有するインジェクタ9を用いた場合、噴射角度が従来より広くなり、噴射時期の進角可能な範囲が従来のエンジンよりも小さくなる。こうなると筒内圧力及び温度が比較的高い状態で燃料を噴射することになり、圧縮上死点前に着火に至る虞がある。しかし本実施形態では、上述のように目標EGR率が比較的高い値に設定されているので、着火時期を遅らせて圧縮上死点近傍に制御することができる。
【0044】
本実施形態では、EGR率を制御するために、エンジン運転状態に応じた吸入空気量の目標値のマップが予めECU26に記憶されており(図6参照)、ECU26はこのマップに従って、実際の吸入空気量が目標吸入空気量に近づくよう、EGR弁21及び吸気絞り弁23の一方又は両方を制御する。この吸入空気量の目標値のマップは、このマップに従って吸入空気量を制御すると実際のEGR率が目標EGR率となるように予め定められている。ここで吸入空気量はEGR率に対応する値である。なぜなら、吸気量一定の場合、吸入空気量が増加すればEGR率が減少し、吸入空気量が減少すればEGR率が増加するからである。吸気量がエンジン回転速度に応じて決まるので、エンジン回転速度と吸入空気量とからEGR率を算出できる。
【0045】
このように、EGR装置19により比較的多量のEGRを実行して予混合気の酸素濃度を低下させることで、予混合期間を充分に確保することができる。従って、燃料の噴射開始時期を極端に早期化できない本実施形態のエンジンにおいて予混合燃焼を確実に実現させることが可能となる。また、EGR率を制御して(本実施形態では吸入空気量を制御する)着火時期を適切な時期(ピストンの圧縮上死点近傍)に制御しているので、十分な燃費及び出力を確保できる。更に、多量のEGRを実行して予混合気の酸素濃度を低下させることで、排気ガス中のNOxを低減させることもできる。
【0046】
図4は、本実施形態のエンジンと、図13に示したようなオープン型のキャビティCA及び狭い噴射角度αのインジェクタIを用いたエンジン(以下、オープン型エンジンという)とにおける、平均有効圧力Pmi、THC排出量、スモーク排出量の測定結果を示している。
【0047】
図の横軸は燃料の噴射開始時期(ATDC)であり、図中四角ポイントを結ぶラインが本実施形態のエンジン、三角ポイントを結ぶラインがオープン型エンジンの測定結果を示している。なお、菱形ポイントを結ぶラインは、拡散燃焼を行う通常のディーゼルエンジンの測定結果を参考として示したものである。
【0048】
図から分かるように、本実施形態のエンジンは、平均有効圧力Pmi(出力に相当)が全ての噴射開始時期においてオープン型エンジンを上回っている。
【0049】
また、THC及びスモークの排出量についても、全ての噴射開始時期においてオープン型エンジンと同等かそれ以下となっている。特筆すべき点は、本実施形態のエンジンは幅広い噴射開始時期に亘ってスモーク排出量が少ないことである。これは噴射開始時期の設定の自由度が高いことを意味している。つまり、オープン型エンジンではスモーク排出量の少ない噴射時期範囲が狭い(−26°〜−18°ATDC)ため、噴射時期の設定可能範囲も狭くなるが、本実施形態のエンジンではスモーク排出量の少ない噴射時期範囲が広い(−30°〜−14°ATDC)ので、噴射時期をこの広い範囲内で自由に設定することができる。
【0050】
このように、本実施形態のエンジンがオープン型エンジンと比較して、出力、排気ガス共に優れている理由は、リエントラント型のキャビティ11の効果であると推察される。つまり、リエントラント型のキャビティ11では、燃焼のほとんど全てをキャビティ11内で行うことができるため、これが出力の向上につながったと考えられる。また、リエントラント型のキャビティ11は、キャビティ11内で形成されたスワールをキャビティ11内に長期間保持することができるので、予混合気のミキシングにより充分な希薄・均一化が図れる。これが排気ガスの改善につながったと考えられる。更に、リエントラント型のキャビティ11の他の利点である高スキッシュの形成も、排気ガスの改善に貢献していると考えられる。
【0051】
図5は、本実施形態のエンジンにおいて燃料の噴射時期を三種類設定し、各噴射時期においてEGR率を約40〜60%の間で変化させたときの、THC排出量、NOx排出量、スモーク排出量、正味平均有効圧力BMEP(出力に相当)の測定結果を示している。
【0052】
図の横軸は予混合気の空燃比(A/F)であり、図中丸ポイントを結ぶラインが噴射時期20°BTDC、三角ポイントを結ぶラインが噴射時期30°BTDC、菱形ポイントを結ぶラインが噴射時期40°BTDCである。なお、四角ポイントを結ぶラインは、拡散燃焼を行う通常のディーゼルエンジンの測定結果を参考として示したものである。
【0053】
図から分かるように、THC排出量は、噴射時期20°BTDCと30°BTDCとでほぼ同等であるのに対して、噴射時期を40°BTDCとした場合だけ大幅に悪化している。また、正味平均有効圧力BMEPについても、噴射時期を20°及び30°BTDCとした場合はほぼ同等であるのに対し、噴射時期を40°BTDCとした場合だけ大幅に低下している。
【0054】
このように、噴射時期を40°BTDCとした場合、噴射時期を20°及び30°BTDCとした場合と比較して、THC排出量、出力共に悪化する理由は、噴射された燃料の一部がキャビティ11から外に飛散していることが原因であると考えられる。
【0055】
つまり、噴射時期を20°及び30°BTDCとした場合は、噴射された燃料が全てキャビティ11内に入るため、THC排出量、出力共に良好であり、両者に大きな差は見られないが、噴射時期を40°BTDCとした場合、噴射時期が早すぎて燃料の一部がキャビティ11外に飛散し、これがシリンダヘッド3の下面等に付着してTHCの排出につながったと考えられる。また、キャビティ11外へ飛散した燃料はキャビティ11内で燃焼することができないため、これが出力の低下につながったと考えられる。
【0056】
次に、図5において、EGR率と排気ガス及び出力との関係に着目すると、全ての噴射時期において、EGR率が高い程、NOx排出量が大きく低下することが分かる。これは、多量のEGRにより予混合気の酸素濃度が低下したことが理由である。図から分かるように、燃料の噴射時期を20°及び30°BTDCとした場合において、EGR率を50%以上にすれば、NOx排出量をほぼゼロレベルまで低減できる。なお、THC排出量、スモーク排出量及び正味平均有効圧力BMEPについてはEGR率との明確な相関関係は見受けられなかった。
【0057】
図5の測定結果から、燃料の全てがキャビティ11内に入るように噴射時期を設定し、且つ多量のEGRを実行する本実施形態のエンジンによれば、優れた排気ガス特性及び出力が得られることが分かる。
【0058】
[通常燃焼]
本実施形態のエンジンは高負荷側で通常の拡散燃焼を実現させる。本実施形態のエンジンは、拡散燃焼に適したリエントラント型のキャビティ11と、噴射角度βが比較的広い通常のインジェクタ9を用いているので、拡散燃焼を実現させる際にも良好な燃焼を確保できる。つまり、拡散燃焼を実現させるべく、圧縮上死点近傍で燃料を噴射すると、噴射された燃料は、通常のディーゼルエンジンと同様に、キャビティ11の側壁に当たるので、スモーク等が大幅に発生することはない。また、リエントラント型のキャビティ11により、キャビティ11内に形成されたスワールをキャビティ11内に保持できるので優れた排気ガス特性を得ることができる。
【0059】
従って、本実施形態のエンジンによれば、前述したように低負荷領域で良好な予混合燃焼を実現できることに加え、高負荷領域でも拡散燃焼に切り換えて良好な燃焼を確保することができる。
【0060】
ここで、良好な拡散燃焼を確実に実現させるため、インジェクタ9の燃料噴射角度βが次のように設定される。即ち、ピストン4の圧縮上死点近傍で噴射された燃料が、キャビティ11の最低位置J(図2(a)参照)よりも径方向外側のキャビティ内壁に到達するような角度とされる。この条件を満たす範囲内でインジェクタ9の噴射角度βをできるだけ狭くすることにより、予混合燃焼と拡散燃焼とを好適に両立できるうえ、予混合燃焼の際に噴射開始時期を比較的大きく早期化することが可能となる。
【0061】
なお、本発明に係るエンジンでは、予混合燃焼に際し予混合気の混合を更に促進させるために、高スワールタイプのシリンダヘッド3又は吸気ポート5を用いることが好ましい。例えば、吸気ポート5にスワール生成装置を設けても良い。
【0062】
また、本実施形態ではEGR装置として、排気管13内の排気ガスの一部を吸気管12内に還流する外部EGR装置を示したが、本発明はこの点において限定されず、排気弁2又は吸気弁7を開閉制御して排気ガスを燃焼室10内に還流させる内部EGR装置を用いても良い。
【0063】
[エンジン制御]
本実施形態によれば、図3に関連して説明されたように、予混合領域にて実行される予混合噴射モードと、通常領域にて実行される通常噴射モードとの二つの制御モードが備えられる。そしてエンジン運転中、実際のエンジン回転速度NEと目標燃料噴射量Qとの値が所定のモード切換値と常時比較され、これらの値がモード切換値に到達すると制御モードが切り換えられる。これが通常切換制御である。
【0064】
本実施形態ではモード切換値にヒステリシスが設定される。これは準定常運転時に頻繁に制御モードの切り換えが起こるのを防止し、制御の安定を図るためである。高負荷側のモード切換値はA1、低負荷側のモード切換値はA2であり、これらは互いに近い値である。エンジンが予混合領域にて運転中に加速された場合等において、実際のエンジン回転速度NEと目標燃料噴射量Qとの値が高負荷側モード切換値A1に到達した時、制御モードが通常噴射モードに切り換えられる(切換点をBで示す)。他方、エンジンが通常領域にて運転中に減速された場合等において、実際のエンジン回転速度NEと目標燃料噴射量Qとの値が低負荷側モード切換値A2に到達した時、制御モードが予混合噴射モードに切り換えられる(切換点をCで示す)。
【0065】
予混合噴射モードにおいては、圧縮上死点前に燃料噴射が終了し、その噴射された燃料が予混合期間を経て圧縮上死点近傍で着火するように噴射量と噴射時期とが制御される。また、通常噴射モードにおいては、噴射された燃料がその噴射期間内に圧縮上死点近傍で着火するように噴射量と噴射時期とが制御される。
【0066】
図6に示されるように、予混合噴射モードと通常噴射モードとに対してそれぞれ制御パラメータの目標値が個別に設定される。即ち、エンジン運転状態を表す1以上のパラメータ(エンジン回転速度、エンジン負荷等)に応じた制御パラメータ(メイン噴射時期等)の目標値のマップが、複数の異なる制御パラメータ毎にそれぞれ予め設けられ、さらに、同一の制御パラメータに対し、予混合噴射モード用のマップと、通常噴射モード用のマップとが設けられる。本実施形態の制御パラメータはメイン噴射量、メイン噴射時期、パイロット噴射量、パイロット噴射時期、吸入空気量及びコモンレール圧からなる。しかしながら、例えば、可変容量型ターボ過給機を備えたエンジンにおける過給圧や可動ベーン開度など、他の様々な制御パラメータを含めることが可能である。なお、後に詳しく述べるが、本実施形態では予混合噴射モードで1回のメイン噴射のみが実行され、通常噴射モードではパイロット噴射とメイン噴射という2回の燃料噴射が実行される。
【0067】
このように、同一の制御パラメータに対し目標値が別個独立に二つ設定されるので、制御モードが切り換えられた直後、ほぼ同じエンジン運転状態であるにも拘わらず、目標値が大きく変化する場合がある。制御モードの切換時に目標値を急激に大きく(即ち、ステップ状に)変化させると、これに伴って実際の値も急激に大きく変化し、燃焼騒音やトルク変動が発生するほか、過渡時の排ガス悪化などを引き起こしてしまう可能性がある。
【0068】
そこで、このような問題を回避するため、制御モードの切換時に目標値を徐々に変更するのが好ましい。これを実行するのが本実施形態の制御装置で、その様子は図7に示す通りである。図示例では、t1の時点で、制御モードが通常噴射モードから予混合噴射モードに切り換わり、その後t3の時点で、制御モードが予混合噴射モードから通常噴射モードに切り換わっている。この切換時に各制御パラメータの目標値も、一方の制御モードの値(例えばV1)から他方の制御モードの値(例えばV2)に変更されるが、この変更時に一方の値が、ある時間をかけて徐々に、他方の値に変更される。即ち、好ましくは、一方の値から他方の値への変更は、瞬時的且つ急激に行われるステップ状ではなく、ある時間をかけて緩やかに行われるスロープ状である。このような変更は、例えば、基本となるステップ入力に対しなまし処理を実行し、その出力を目標値とすることにより達成することができる。このように目標値を徐々に変更させることで、実際の値の急変を防止でき、燃焼騒音やトルク変動の発生さらに過渡時の排ガス悪化を未然に防止することができる。
【0069】
加えて、本実施形態では、制御モードの切換時に、燃料系の目標値の変更を吸気系の目標値の変更に対し遅らせるディレイ(遅延)制御を行う。ここでいう燃料系の目標値とは、図示例では目標メイン噴射量、目標メイン噴射時期、目標パイロット噴射量、目標パイロット噴射時期及び目標コモンレール圧であり、吸気系の目標値とは、図示例では目標吸入空気量である。
【0070】
図7に示すように、吸気系に係る目標値の変更が開始された後、燃料系に係る目標値の変更が開始される。例えば時刻t1で、制御モードが通常噴射モードから予混合噴射モードに切り換わった時、目標吸入空気量の変更が開始され、その後、目標吸入空気量の値が所定のしきい値MAF1に到達した時(時刻t2)、目標メイン噴射量、目標メイン噴射時期、目標パイロット噴射量、目標パイロット噴射時期及び目標コモンレール圧の変更が開始される。こうして、燃料系の目標値の変更が吸気系の目標値の変更に対しΔt1=t2−t1だけ遅れて実行される。
【0071】
同様に、時刻t3で、制御モードが予混合噴射モードから通常噴射モードに切り換わった時も、先ず目標吸入空気量の変更が開始され、その後、目標吸入空気量の値が所定のしきい値MAF2に到達した時(時刻t4)、目標メイン噴射量、目標メイン噴射時期、目標パイロット噴射量、目標パイロット噴射時期及び目標コモンレール圧の変更が開始される。こうして、燃料系の目標値の変更が吸気系の目標値の変更に対しΔt3=t4−t3だけ遅れて実行される。
【0072】
このようにする理由は、吸気系に係る実際の値が燃料系に係る実際の値よりも遅れて変化するという応答性の違いによる。即ち、目標吸入空気量を変更し、仮に即座に吸気絞り弁23及びEGR弁21を目標値相当の開度に変更できたとしても、吸気絞り弁23及びEGR弁21とシリンダ内燃焼室10との間にある程度の距離及び容積が存在するため、実際に燃焼室10内に存在する吸気のEGR率が目標値相当に変更されるのは一定の時間を経過してからである。また、予混合領域の目標EGR率が50%以上と比較的高い値に設定されるのに対し、通常領域の目標EGR率はほぼ30%程度以下である。よって領域間の移動により目標EGR率は大きく変化し、これも実際のEGR率の追従が遅れる要因である。一方、燃料系の値は、インジェクタ9に目標値相当の信号を送ってしまえば即座に変更でき、またコモンレール圧の変更も比較的迅速に実行できる。従って、本実施形態のように、迅速に変更できる燃料系の値を吸気系の値より遅らせて変更し、実際の燃焼室10内のEGR率の変化を待って燃料系の値を変化させることにより、所望の燃焼状態を実現できるようになる。特にEGR率は予混合燃焼において重要なパラメータであり、実際のEGR率に合わせて制御を行うことは重要である。
【0073】
図8には、エンジン負荷の変化に対応する吸気系の値の変化の様子が示される。(a)〜(c)の各グラフにおいて、横軸はエンジン負荷であり、縦軸は(a)が吸入空気量、(b)がEGR率、(c)がA/F(空燃比)である。各グラフにおいて、実線は通常噴射モードにおける値、破線は予混合噴射モードにおける値である。(a)の線図は目標値を示し、(b)及び(c)の線図は実際値を示す。
【0074】
加速時等においてエンジン負荷が増大方向に変化するとき、各値は太線矢印Eの如く変化する。予混合噴射モードの実行中は破線に沿って右側に移動するように各値が変化する。そして切換点Bに到達すると、各値は通常噴射モードの値である実線上の値に変化し、以降実線に沿って右側に移動するように各値が変化する。切換点Bにおいて、各値がE1で示される如く変化するが、本実施形態では前述のような徐々に変化させる制御が実行されるので、変化は比較的ゆっくりと行われる。
【0075】
(b)に示されるように、予混合領域における予混合噴射モードにおいては、EGR率が50%以上であり、切換点Bの直前で50%付近であり、低負荷側に向かう程その値が大きくなる。そして通常噴射モードに切り換わると、EGR率は30%以下に大きく減少され、切換点Bの直後で30%付近であり、高負荷側に向かう程その値が小さくなる。以上のようなEGR率変化となるように、目標EGR率が設定され、本実施形態では(a)の如く目標吸入空気量が設定される。(a)において、吸入空気量は高負荷側に向かう程その値が大きくなる。これはEGR率が減少していくことに対応する。そして予混合噴射モードから通常噴射モードに切り換わると、吸入空気量はより大きな値に変化する。
【0076】
前述のEGR率の変化に対応したA/Fの変化が(c)に示される。予混合領域における予混合噴射モードのA/Fは、ストイキ(理論空燃比:約14.5)よりも大きな値を有し(即ち、リーン側)、エンジン負荷の増大と共に徐々に減少し、切換点Bでストイキ付近(即ち、ストイキより若干大きい値、例えば15)に達する。この値が予混合燃焼を行う限界である。そして切換点Bで通常噴射モードに切り換わると、A/Fは再度増大され、以降、一旦減少した後ほぼ一定値となる。図示されるように、ストイキより高いA/Fの一定範囲内にスモーク発生領域が存在する。通常領域における通常噴射モードでは、A/Fがスモーク発生領域より若干高い値でほぼ一定となり、スモーク発生領域を回避している。つまり、このようなスモークを発生させるような低A/Fの状態を避けるために、吸入空気量に対して噴射できる最大噴射量を制限するスモークリミット制御が実行される。なお図では予混合領域における予混合噴射モードでスモーク発生領域を通過する部分があるが、実際には燃料が均一予混合化されて燃焼され、前述したリエントラント型キャビティの効果と相俟って、スモークの発生は問題とならない。以上のようなA/F変化が実現されるように、各目標値が設定されている。
【0077】
なお、減速時等においてエンジン負荷が減少方向に変化するときは前記と逆の変化を呈する。
【0078】
図9には、制御モードの切換時における噴射量及び噴射時期の変化の様子が示される。(a)が通常噴射モードの場合、(d)が予混合噴射モードの場合で、(b)、(c)はこれらモード間における遷移状態が示される。図から理解されるように、予混合噴射モードでは1回のメイン噴射のみが実行され、通常噴射モードでは少量のパイロット噴射及び多量のメイン噴射という2回の噴射が実行される。
【0079】
ここで特徴的なのは、予混合噴射モードにおけるメイン噴射(以下、予混合メイン噴射ともいう)の噴射量及び噴射時期と、通常噴射モードにおけるパイロット噴射(以下、通常パイロット噴射ともいう)の噴射量及び噴射時期とが互いに関連づけられ、これらの間で遷移が行われることである。即ち、予混合メイン噴射と通常パイロット噴射とはいずれも噴射時期が圧縮上死点TDC前であり、互いに比較的近いタイミングである。そこで、これらを関連づけて制御を行う方が遷移がスムーズに行えるし、制御上一つの値として取り扱うことができるので、望ましい。現に本実施形態においても、予混合メイン噴射と通常パイロット噴射との噴射時期は一つの或いは共通の制御パラメータとして取り扱っている。
【0080】
(a)から(d)に向かう通常噴射モードから予混合噴射モードへの切り換えに際しては、通常パイロット噴射の噴射時期及び噴射量が徐々に予混合メイン噴射のそれらに移行され、通常噴射モードにおけるメイン噴射(以下、通常メイン噴射ともいう)は、その噴射時期が圧縮上死点近傍に固定されるものの、噴射量は徐々に減少され、最終的にはゼロになる。逆に、(d)から(a)に向かう予混合噴射モードから通常噴射モードへの切り換えに際しては、予混合メイン噴射の噴射時期及び噴射量が徐々に通常パイロット噴射のそれらに移行され、通常メイン噴射は、最初無い状態から徐々に現れ、噴射時期が圧縮上死点近傍に固定されたまま噴射量が徐々に増大され、最終的には通常噴射モードにおける目標値に到達する。
【0081】
通常パイロット噴射と予混合メイン噴射との関係について、噴射量については、通常パイロット噴射の噴射量が予混合メイン噴射の噴射量より少ないのが通常である。噴射時期については、図示例では予混合メイン噴射の噴射時期より通常パイロット噴射の噴射時期の方が早期であるが、後期となる場合も考えられる。通常パイロット・メイン噴射の態様は様々なものが考えられ、例えば、メイン噴射の直前でパイロット噴射を実行し、パイロット噴射により作られた火種でメイン噴射燃料を継続的に燃焼させるもののほか、パイロット噴射を比較的早期に行ってその噴射燃料を均一予混合化し、その後メイン噴射を実行するものなどが考えられる。後者の場合、本出願人が特開2003−148222で開示したような、最大熱発生率が60kJ/s以下となる早期パイロット噴射を適用することが可能である。
【0082】
なおこのように予混合メイン噴射と通常パイロット噴射とを関連づけた場合、図6に示したマップ同士の関係は図14に示す通りとなる。即ち、予混合メイン噴射の噴射時期及び噴射量は、通常パイロット噴射の噴射時期及び噴射量にそれぞれ関連づけられ、それらの間で目標値の移行が行われる。これに対し、予混合噴射モードではパイロット噴射が存在しないので、噴射時期及び噴射量算出マップも存在しない。制御モードが予混合噴射モードから通常噴射モードに切り換えられると、通常噴射モードのメイン噴射時期算出マップからその時のエンジン運転状態に応じた噴射時期の目標値が決定される。他方、通常噴射モードのメイン噴射量算出マップからその時のエンジン運転状態に応じたメイン噴射量の仮の目標値が決定され、最終的な目標値はその仮の目標値に徐々に近付けられる。
【0083】
図10には、予混合メイン噴射の目標噴射時期決定のためのロジックが示される。前述したように、本実施形態では予混合メイン噴射と通常パイロット噴射との噴射時期を同一の制御パラメータとして取り扱っているので、このロジックは通常パイロット噴射の目標噴射時期を決定するものとしても使用される。また、本実施形態では同一のロジックを用いて目標吸入空気量も決定するようにしている。このロジックはECU26によって実行される。
【0084】
図示されるように、先ずベースマップを用いて、実際のエンジン回転速度NEと目標燃料噴射量Qとから、目標予混合メイン噴射時期のベース値を決定する。一方、これら実際のエンジン回転速度NEと目標燃料噴射量Qとから、補正値ベースマップを用いて、ベース補正値を決定する。そしてさらに、水温センサ(図示せず)で検知されるエンジンの水温THW(これはエンジン温度の代用値であり、油温等も使用可能)から、補正係数マップを用いて補正係数を決定する。この補正係数をベース補正値に乗じて最終補正値を決定し、この最終補正値を目標パイロット噴射時期のベース値に加算することで、最終的な目標予混合メイン噴射時期を得る。つまり、このロジックにより、目標予混合メイン噴射時期と、目標通常パイロット噴射時期と、目標吸入空気量とがエンジン温度に基づき補正される。
【0085】
エンジンが完全に暖機されていない状態では、シリンダ内温度や、EGRクーラ22によるEGRガスの冷却効率が暖機後と異なる。そしてエンジンの暖機状態によってEGR率や酸素濃度も変化する。特に予混合燃焼では、酸素濃度やEGR率(又は吸入空気量)が所望値に正確に制御されることが重要である。これがここで説明したようなエンジン温度に基づく補正をする理由である。
【0086】
なお、エンジンの暖機状態やEGRクーラの状態(劣化等を含む)に起因する上記のような補正は、シリンダ内に吸入される実際の吸気の温度や酸素濃度を検出し、これらの値に基づき行うのがより望ましい。
【0087】
図11は、目標予混合メイン噴射時期を決定するためのマップをより具体的に示している。横軸はエンジン回転速度(rpm)、縦軸は燃料噴射量(mm3/st)で、モード切換値Aの低負荷側(下側)のみが使用される。なおここで示すモード切換値Aは前記モード切換値A1,A2の中間値である。また実用上は、燃料噴射量がゼロとなることはフュエルカット時等を除いてあり得ないので、アイドル相当の燃料噴射量(本実施形態では5(mm3/st))以上の領域が使用される。図から理解されるように、予混合メイン噴射時期は上死点前5〜35°の範囲内に設定され、エンジン回転速度及び燃料噴射量(エンジン負荷に相当)が増大するにつれ、早期化する傾向にある。また、エンジン回転速度が一定の場合、噴射時期は負荷が高まる程早期化する。これは噴射量の増大に伴い予混合期間を増大する必要があるからである。一方、燃料噴射量が一定の場合、噴射時期は回転速度が高まる程早期化する。これは回転速度の増大に伴いピストン速度も増加し、予混合期間を確保するためにはより早期に噴射を開始する必要があるからである。
【0088】
図12は、予混合領域における実際のA/Fを実機により調べた試験結果である。ここで示されるA/Fの値は、実際の吸入空気量から計算した値であり、シリンダ内のA/Fを直接測定したものではない。前記同様に、横軸がエンジン回転速度(rpm)、縦軸が燃料噴射量(mm3/st)で、モード切換値Aの低負荷側(下側)且つアイドル噴射量より高負荷側(上側)のみが有効である。A/Fは、モード切換値Aの位置で予混合燃焼限界の約15であり、それより低負荷側に至る程、値が大きくなり、リーン傾向を示す。その最も低負荷側における最大値は35を越える。
【0089】
このように、本実施形態に係るディーゼルエンジンの制御装置によれば、予混合燃焼と拡散燃焼との切り換えをスムーズかつ好適に行うことができ、切換時の燃焼音変化やトルクショックを未然に防止することができる。
【0090】
ところで、エンジンの過渡状態で予混合燃焼と通常燃焼との切り換えが発生する場合、切換時に制御パラメータの実際値の遷移ないし変更が遅れ、ドライバビリティの悪化等を引き起こす可能性がある。
【0091】
例えば、本実施形態においては、予混合噴射モードの目標EGR率と通常噴射モードの目標EGR率とが大きく異なる。前者が50%という大きな値であるのに対し、後者は30%以下という一般的な値である(図8参照)。そして吸気系の実際値は燃料系の実際値に比較して即座に変更できないという応答性の違いがある。かかる状況の下、エンジンの加速又は減速中に制御モードの切り換えが生じると、切換点に到達したにも拘わらず、実際のEGR率が切換後の制御モードの目標値相当の値になかなか到達せず、ドライバビリティが悪化する可能性がある。特に、車両用エンジンにおいて、予混合領域で予混合噴射モードによる運転中に、ドライバが急加速を行って制御モードが通常噴射モードに切り換わるような場合、実際値の変更が遅れると制御モードの切り換えも実質上遅れることになり、十分な加速性能が得られない。このように、この問題は、特にエンジンの加速時に顕著となる。
【0092】
そこで、このような問題を解消するため、本実施形態に係る制御装置では、一方の運転領域においてこれに対応する一方の制御モードの実行中、エンジンが所定の過渡状態になったならば、制御モードを他方の制御モードに強制的に切り換える強制切換手段が設けられる。以下これについて、エンジン過渡状態のうち特に加速時を例にとって詳細に説明する。
【0093】
図8に関連して説明されたような吸気系の目標値及び実際値の変更は、エンジンが定常的に加速されたとき、即ち、比較的ゆっくりと加速された場合の例である。これに対し、エンジンが比較的急激に加速された場合、吸気系の目標値及び実際値の変更は、本実施形態に係る制御に従って図15に示す通りとなる。なお図15において縦軸及び横軸のパラメータは図8と同様である。
【0094】
図15は、エンジン運転状態が予混合領域にあり予混合噴射モードによる制御の実行中、ドライバが比較的急激に大きくアクセルペダルを踏み込んで、急加速を行った場合の例を示す。後述する加速判定に従ってエンジンが所定の加速状態にあると判断された時(エンジン負荷=L1の時)、エンジン運転状態が予混合領域にあるにも拘わらず、制御モードが通常噴射モードに切り換えられる。エンジン運転状態が本来の切換点Bに到達する前に制御モードが切り換えられるので、前述の吸気系の応答遅れの問題を解消し、スムーズ且つ迅速な切り換えが可能となり、ドライバビリティの向上が図れ、所望の加速性能を得られるようになる。
【0095】
このような先行切換を可能とするため、予混合領域にも通常噴射モード用の各制御パラメータの目標値が予め設定されている。図示例では(a)に吸入空気量の目標値(即ち、EGR率の目標値)が示されている。なお、逆の場合、即ち急減速時の切り換えも同様に達成するため、通常領域にも予混合噴射モード用の各目標値が予め設定される。
【0096】
予混合領域において、通常噴射モード用の吸入空気量の目標値は、本来の通常領域における線図をそのまま予混合領域に延長したような値とされる。従って、低負荷側に向かう程その値が小さくなる。しかしながら予混合噴射モード用の目標値よりは高い値である。この吸入空気量の目標値に対応して、(b)で示される実際のEGR率及び(c)で示される実際のA/Fの値は、低負荷側に向かう程その値が大きくなる。実際のEGR率の値は予混合噴射モードのときより低い値となり、実際のA/Fの値は予混合噴射モードのときより高い値となる。
【0097】
図から理解されるように、急加速の場合、制御モードの切換時にエンジン負荷の変化が伴い、各値がモード間で移行するときはE2に示される如くスロープ状となる。また、(c)にE3で示されるように、本来の切換点Bまで待って切り換えを行うようにすると、変化がスロープ状であることから、通常噴射モードに切り換わった直後にA/Fがスモーク発生領域を比較的長時間通過するようになり、スモークの悪化が懸念される。加速が急であるほどE4で示される如くスロープが寝るようになるので、スモーク発生領域をより長く通過し、スモークがさらに悪化してしまう。本実施形態によれば、本来の切換点Bに到達する前に制御モードがE2の如く切り換えられるので、通常燃焼時にA/Fがスモーク発生領域を通過することがなく、スモークの悪化を回避することができる。
【0098】
次に、図16〜図18を参照しつつ、かかる強制切換制御の好適な例を説明する。図16は急加速の場合、図17は中低加速の場合、図18は緩加速の場合である。共通の初期状態として、エンジン運転状態は予混合領域にあり、予混合噴射モードによる燃料噴射制御が実行されているものとする。
【0099】
まず、図16に示される急加速の場合を説明する。ドライバによりアクセルペダルが急激に大きく踏み込まれると、これに伴い目標燃料噴射量(エンジン負荷に相当)が比較的急激に大きく増加する。一方、この目標燃料噴射量の変化率(又は微分値)、本実施形態では増加率が、ECUにより常時計算されている。この増加率とは、単位時間当たりの目標燃料噴射量の増加量をその単位時間で割って得られる値である。制御上は、制御が一定のクランク角周期又は時間周期で実行されることから、そのクランク角周期又は時間周期当たりに増加した目標燃料噴射量の値をそのクランク角周期又は時間周期で割った値である。本実施形態では目標燃料噴射量の値をエンジン負荷の代用値として用いているが、例えばアクセル開度等の他の値を用いることも可能である。
【0100】
増加率に対ししきい値が予め設定され、ECUに記憶される。本実施形態では、(c)に示されるように、増加率の増加側と減少側とで二つのしきい値P1,P2が設定される。増加側しきい値P1は減少側しきい値P2より低い値である。これらしきい値が加速判定を行う際の基準となる。
【0101】
ECUは、これら増加率と増加側しきい値P1とを比較する。そして増加率が増加側しきい値P1以上に達した時(図中Fで示される)、加速フラグをONにする((d)参照)。加速フラグがONになると、制御モードが通常噴射モードに切り換えられる。一方、このFの時点で、(b)に示されるように、目標燃料噴射量は高負荷側ないし加速側のモード切換点A1に到達していない。よって(e)に示されるようにエンジンの運転領域は予混合領域のままである。このように、エンジンが所定の加速状態になったときは運転領域が予混合領域にあるにも拘わらず制御モードが強制的に通常噴射モードに切り換えられる。
【0102】
この後、目標燃料噴射量が高負荷側モード切換点A1以上に到達すると(Gの時点)、本来は通常切換制御に従って制御モードが通常噴射モードに切り換えられる。しかしながら強制切換制御によって既に切り換えが終了しているので、通常噴射モードが維持され、結果的に切り換えは通常の切換タイミングより早期に実行される(アドバンス量がΔt5で示される)。よって、切り換えに伴う実際値の変化の遅れ、特にEGR率の変化の遅れの影響を回避することができ、スムーズ且つ迅速な切り換えを達成して所望のドライバビリティ及び加速性能を得ることができる。
【0103】
なお、この強制切換時にも、図7に関連して説明されたような目標値を徐々に変更させる制御、及び燃料系の目標値の変更を吸気系の目標値の変更より遅れて開始させる制御が実行される。
【0104】
図16(c)に示されるように、本実施形態では増加率に対しなまし処理が実行され、このなまし処理後の値がしきい値P1と比較されて加速判定が実行される。これを実行しないと、ドライバがアクセルペダルの踏み込み操作をした瞬間だけ加速フラグがONとなり、制御モードが極短時間しか切り換えられず実質的効果が得られないからである。なまし処理後は図から理解されるように増加率が緩慢に変化するようになり、一旦立ち上がった増加率の減少を抑制できる。これによって後に理解されるが強制切換後の制御モードを比較的長時間維持できるようになる。
【0105】
ドライバによる加速操作(アクセル踏み込み操作)が終了して、目標燃料噴射量の増加がほぼ無くなると、これに伴って増加率の値が減少する。この減少は前述のなまし処理により緩やかに行われる。そして増加率が減少側しきい値P2以下に達した時点Hで、加速フラグがOFFされる。これにより強制切換制御は終了する。この時点で目標燃料噴射量は低負荷側ないし減速側のモード切換点A2に到達していない。よってエンジンの運転状態は依然通常領域にある。この場合、通常切換制御に従って制御モードが通常噴射モードに維持される。
【0106】
次に、図17に示される中低加速の場合を説明する。この場合、ドライバによるアクセルペダルの踏み込み量及び踏み込み速度は先の急加速の場合に比べ少なく、目標燃料噴射量の値は高負荷側のモード切換点A1に到達しない。従って、エンジン運転状態は予混合領域にあり、通常切換制御による制御モードの切り換えは実行されない。
【0107】
一方、ドライバの加速操作に基づき目標燃料噴射量の増加率が増加側しきい値P1に達した時(F)、加速フラグがONになり、強制切換制御により制御モードが通常モードに強制的に切り換えられる。この後ドライバによる加速操作の終了により、目標燃料噴射量の増加率の値が徐々に減少し、減少側しきい値P2以下に達した時(H)、加速フラグがOFFされ、強制切換制御が終了する。こうなると本来の通常切換制御により、制御モードが予混合噴射モードに切り換えられる。
【0108】
次に、図18に示される緩加速の場合を説明する。この場合、ドライバによるアクセルペダルの踏み込み量及び踏み込み速度は先の中低加速の場合に比べさらに少なく、目標燃料噴射量の値が高負荷側のモード切換点A1に到達しないのみならず、目標燃料噴射量の増加率も増加側しきい値P1に到達しない。従って、加速フラグがONになることはなく、強制切換制御は実行されない。こうなると本来の通常切換制御により制御モードは予混合噴射モードに維持される。
【0109】
以上のように、本発明に係る制御装置によれば、エンジンの加速時に強制切換制御によって通常の切換タイミングより早期に制御モードを切り換えることができる。従って特に吸気系の実際値の変化の遅れの影響を無くすことができ、所望のドライバビリティを確保することができる。
【0110】
また、このような早期切換には次のような利点もある。図8に関連して説明されたように、通常領域における通常噴射モードではスモーク発生領域を回避するためのスモークリミット制御が実行される。一方、このスモークリミット制御において、燃料噴射量のスモークリミットが設定されていると、加速時に実際の吸入空気量が十分に増加されるまでの間(ターボ過給式エンジンにあっては、十分に過給圧が立ち上がるまでの間)、燃料噴射量の増加を待たなくてはならない。図8にE5で示されるような通常切換に伴うA/Fの遷移では、切換直後にA/Fがスモーク発生領域を通過する。従って切換直後、少なくともA/Fがスモーク発生領域を抜ける程度に吸入空気量が増加するまでの間、燃料噴射量の増加を待たなくてはならず、この結果所望の加速を得られない。本発明に係る早期切換によれば、図15に示されるように、加速時においてモード切換点Bに到達する前に吸入空気量の増加が開始されるため、A/FもE2で示される如く切換点Bに到達する前に増加され、スモークリミットの影響を受けずに燃料噴射量を増加でき、所望の加速を得ることができる。
【0111】
一方、車両の実際の走行においては、ドライバがどこまで、どれだけの間、アクセルペダルを踏み込むかをECUが予測することができない。本発明に係る早期切換によれば、ドライバが加速する意思を見せた瞬間に制御モードを切り換えることができるので、加速の遅れを防止して所望のドライバビリティを得られる。
【0112】
さらに、図16〜図18に関連して説明されたように、本実施形態に係る制御装置によれば加速の程度に応じて最適なモード選択を行うことができる。
【0113】
以上、エンジンの過渡状態のうち特に加速状態を例にとって説明したが、本発明は減速状態に適用することも可能である。この場合、通常領域において通常噴射モードの実行中、エンジンが所定の減速状態になったとき、制御モードが予混合噴射モードに強制的に切り換えられる。当業者ならば、図15〜図18に関連して説明された前述の制御を減速状態に応用することは容易であろう。例えば図15において矢印Eの向きは逆になり、図16〜図18において目標燃料噴射量の値は減少し、増加率は減少率となる。
【0114】
本発明の実施形態は前記実施形態に限定されず、様々な他の実施形態を採ることができる。例えば、前記実施形態ではエンジンの全運転領域を通常領域と予混合領域との二つの領域に区分したが、さらに別の領域を含むよう三つ以上の領域に区分してもよく、その別の領域で別の制御モードを実行するようにしても良い。また前記実施形態では吸入空気量をEGR率に関わるパラメータとして用いたが、直接EGR率の値を用いてもよい。即ち、目標EGR率自体を予め設定すると共に、実際のEGR率を検出し、実際のEGR率が目標EGR率に近づくよう制御を行っても良い。また、通常噴射モードにおいて、パイロット噴射は必ずしも必要ではなく、メイン噴射のみとしても良い。また逆に、パイロット噴射を複数回実行するような多段噴射を行っても良い。
【図面の簡単な説明】
【0115】
【図1】本発明の一実施形態に係るディーゼルエンジンの概略図である。
【図2】インジェクタから噴射される燃料とピストンとの関係を示す図である。
【図3】エンジン運転領域における予混合領域と通常領域とを示すマップである。
【図4】本実施形態に係るディーゼルエンジンと従来のオープン型エンジンとの比較結果を示すグラフである。
【図5】予混合燃焼時における噴射時期の相違に対する各値の変化を調べた測定結果を示すグラフである。
【図6】予混合噴射モードと通常噴射モードとにおける各制御パラメータの目標値のマップを示す。
【図7】制御モードの切換時における各目標値の変化の様子を示すタイムチャートである。
【図8】エンジン負荷の変化に対応する吸気系の値の変化の様子を示すグラフである。
【図9】制御モードの切換時における噴射量及び噴射時期の変化の様子を示すタイムチャートである。
【図10】目標予混合メイン噴射時期決定のためのロジックを示す図である。
【図11】目標予混合メイン噴射時期を決定するためのマップをより具体的に示す図である。
【図12】予混合領域における実際のA/Fを調べた試験結果である。
【図13】従来のオープン型エンジンを示す概略図である。
【図14】予混合メイン噴射と通常パイロット噴射とを関連づけた場合のマップ同士の関係を示す図である。
【図15】強制切換制御を行ったときの吸気系の値の変化の様子を示すグラフである。
【図16】強制切換制御の一例を示すタイムチャートで、急加速の場合である。
【図17】同タイムチャートで、中低加速の場合である。
【図18】同タイムチャートで、緩加速の場合である。
【符号の説明】
【0116】
1 エンジン本体
4 ピストン
2 シリンダ
9 インジェクタ
11 キャビティ
14 アクセル開度センサ
15 吸入空気量センサ
16 クランク角センサ
17 コモンレール圧センサ
19 EGR装置
20 EGR通路
21 EGR弁
23 吸気絞り弁
24 コモンレール
26 電子制御ユニット(ECU)
β 噴射角度

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ディーゼルエンジンの筒内に噴射される燃料の噴射量と噴射時期とを制御するための制御装置において、
噴射された燃料がその噴射期間内に圧縮上死点近傍で着火するように噴射量と噴射時期とを制御する通常噴射モードと、圧縮上死点前に燃料噴射が終了し、その噴射された燃料が予混合期間を経て圧縮上死点近傍で着火するように噴射量と噴射時期とを制御する予混合噴射モードとの二つの制御モードを設定し、
エンジンの全運転領域を少なくとも通常領域と予混合領域との二つの領域に区分し、
実際のエンジンの運転状態が通常領域にあるときには通常噴射モードを実行し、実際のエンジンの運転状態が予混合領域にあるときには予混合噴射モードを実行するよう、制御モードを切り換える通常切換手段を設け、
その一方のエンジン運転領域においてこれに対応する一方の制御モードが実行されているとき、エンジンが所定の過渡状態になったならば、制御モードを他方の制御モードに強制的に切り換える強制切換手段を設けた
ことを特徴とするディーゼルエンジンの制御装置。
【請求項2】
前記強制切換手段が、前記予混合領域において前記予混合噴射モードが実行されているとき、エンジンが所定の加速状態になったならば、前記制御モードを前記通常噴射モードに強制的に切り換える
請求項1記載のディーゼルエンジンの制御装置。
【請求項3】
前記強制切換手段が、エンジン負荷の変化率と所定のしきい値との比較に基づき前記制御モードを切り換える
請求項1又は2記載のディーゼルエンジンの制御装置。
【請求項4】
前記変化率に対しなまし処理を実行するための手段がさらに設けられ、前記強制切換手段が、前記なまし処理後の値と前記しきい値との比較に基づき前記制御モードを切り換える
請求項3記載のディーゼルエンジンの制御装置。
【請求項5】
前記変化率が増加率であり、前記しきい値が、前記増加率の増加側と減少側とで二つ設けられ、前記強制切換手段が、前記増加率が前記増加側のしきい値以上となったとき前記強制切換を開始し、その後前記増加率が前記減少側のしきい値以下となったとき前記強制切換を終了する
請求項3又は4記載のディーゼルエンジンの制御装置。
【請求項6】
前記増加側のしきい値が前記減少側のしきい値より低い値に設定される
請求項5記載のディーゼルエンジンの制御装置。
【請求項7】
前記各制御モードにおいて制御パラメータの目標値が予め個別に設定され、前記予混合領域における前記通常噴射モード用の前記目標値が設定される
請求項1乃至6いずれかに記載のディーゼルエンジンの制御装置。
【請求項8】
排気ガスの一部を吸気側に環流するためのEGR装置と、実際のEGR率を前記目標値としての目標EGR率に近づけるための制御を実行するEGR制御手段とが設けられ、
前記予混合領域における前記予混合噴射モードの目標EGR率が50%以上に設定される
請求項7記載のディーゼルエンジンの制御装置。
【請求項9】
前記通常切換手段及び前記強制切換手段の少なくともいずれか一方が、前記制御モードの切換時に、一方の制御モードの目標値を他方の制御モードの目標値に徐々に変更する
請求項7又は8記載のディーゼルエンジンの制御装置。
【請求項10】
前記通常切換手段及び前記強制切換手段の少なくともいずれか一方が、前記制御モードの切換時に、燃料系の目標値の変更を吸気系の目標値の変更より遅れて開始させる
請求項7乃至9いずれかに記載のディーゼルエンジンの制御装置。
【請求項11】
前記通常噴射モードにおいて、少量のパイロット噴射と多量のメイン噴射とが実行され、前記予混合噴射モードにおいて、メイン噴射のみが実行され、
前記目標値が、少なくとも、前記通常噴射モードにおける目標パイロット噴射量、目標パイロット噴射時期、目標メイン噴射量及び目標メイン噴射時期と、前記予混合噴射モードにおける目標メイン噴射量及び目標メイン噴射時期とからなり、
前記通常噴射モードにおける目標パイロット噴射量と目標パイロット噴射時期とが、前記予混合噴射モードにおける目標メイン噴射量と目標メイン噴射時期とにそれぞれ関連づけられ、
前記通常切換手段及び前記強制切換手段の少なくともいずれか一方が、前記制御モードの切換時に、前記通常噴射モードにおける目標パイロット噴射量と前記予混合噴射モードにおける目標メイン噴射量との間で変更を行うと共に、前記通常噴射モードにおける目標パイロット噴射時期と前記予混合噴射モードにおける目標メイン噴射時期との間で変更を行う
請求項7乃至10いずれかに記載のディーゼルエンジンの制御装置。
【請求項12】
前記エンジンが、ピストンの頂部に設けられたリエントラント型のキャビティと、前記いずれの制御モードにおいても噴射された燃料が前記キャビティ内に入るように噴射角度が設定されたインジェクタとを備える
請求項1乃至11いずれかに記載のディーゼルエンジンの制御装置。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ディーゼルエンジンの筒内に噴射される燃料の噴射量と噴射時期とを制御するための制御装置において、
噴射された燃料がその噴射期間内に圧縮上死点近傍で着火するように噴射量と噴射時期とを制御する通常噴射モードと、圧縮上死点前に燃料噴射が終了し、その噴射された燃料が予混合期間を経て圧縮上死点近傍で着火するように噴射量と噴射時期とを制御する予混合噴射モードとの二つの制御モードを設定し、
エンジンの全運転領域を少なくとも通常領域と予混合領域との二つの領域に区分し、
実際のエンジンの運転状態が通常領域にあるときには通常噴射モードを実行し、実際のエンジンの運転状態が予混合領域にあるときには予混合噴射モードを実行するよう、制御モードを切り換える通常切換手段を設け、
その一方のエンジン運転領域においてこれに対応する一方の制御モードが実行されているとき、エンジンが所定の過渡状態になったならば、制御モードを他方の制御モードに強制的に切り換える強制切換手段を設け
前記各制御モードにおいて制御パラメータの目標値が予め個別に設定され、前記予混合領域における前記通常噴射モード用の前記目標値が設定される
ことを特徴とするディーゼルエンジンの制御装置。
【請求項2】
前記強制切換手段が、前記予混合領域において前記予混合噴射モードが実行されているとき、エンジンが所定の加速状態になったならば、前記制御モードを前記通常噴射モードに強制的に切り換える
請求項1記載のディーゼルエンジンの制御装置。
【請求項3】
前記強制切換手段が、エンジン負荷の変化率と所定のしきい値との比較に基づき前記制御モードを切り換える
請求項1又は2記載のディーゼルエンジンの制御装置。
【請求項4】
前記変化率に対しなまし処理を実行するための手段がさらに設けられ、前記強制切換手段が、前記なまし処理後の値と前記しきい値との比較に基づき前記制御モードを切り換える
請求項3記載のディーゼルエンジンの制御装置。
【請求項5】
前記変化率が増加率であり、前記しきい値が、前記増加率の増加側と減少側とで二つ設けられ、前記強制切換手段が、前記増加率が前記増加側のしきい値以上となったとき前記強制切換を開始し、その後前記増加率が前記減少側のしきい値以下となったとき前記強制切換を終了する
請求項3又は4記載のディーゼルエンジンの制御装置。
【請求項6】
前記増加側のしきい値が前記減少側のしきい値より低い値に設定される
請求項5記載のディーゼルエンジンの制御装置。
【請求項7】
排気ガスの一部を吸気側に環流するためのEGR装置と、実際のEGR率を前記目標値としての目標EGR率に近づけるための制御を実行するEGR制御手段とが設けられ、
前記予混合領域における前記予混合噴射モードの目標EGR率が50%以上に設定される
請求項1乃至6いずれかに記載のディーゼルエンジンの制御装置。
【請求項8】
前記通常切換手段及び前記強制切換手段の少なくともいずれか一方が、前記制御モードの切換時に、一方の制御モードの目標値を他方の制御モードの目標値に徐々に変更する
請求項1乃至7いずれかに記載のディーゼルエンジンの制御装置。
【請求項9】
前記通常切換手段及び前記強制切換手段の少なくともいずれか一方が、前記制御モードの切換時に、燃料系の目標値の変更を吸気系の目標値の変更より遅れて開始させる
請求項1乃至8いずれかに記載のディーゼルエンジンの制御装置。
【請求項10】
前記通常噴射モードにおいて、少量のパイロット噴射と多量のメイン噴射とが実行され、前記予混合噴射モードにおいて、メイン噴射のみが実行され、
前記目標値が、少なくとも、前記通常噴射モードにおける目標パイロット噴射量、目標パイロット噴射時期、目標メイン噴射量及び目標メイン噴射時期と、前記予混合噴射モードにおける目標メイン噴射量及び目標メイン噴射時期とからなり、
前記通常噴射モードにおける目標パイロット噴射量と目標パイロット噴射時期とが、前記予混合噴射モードにおける目標メイン噴射量と目標メイン噴射時期とにそれぞれ関連づけられ、
前記通常切換手段及び前記強制切換手段の少なくともいずれか一方が、前記制御モードの切換時に、前記通常噴射モードにおける目標パイロット噴射量と前記予混合噴射モードにおける目標メイン噴射量との間で変更を行うと共に、前記通常噴射モードにおける目標パイロット噴射時期と前記予混合噴射モードにおける目標メイン噴射時期との間で変更を行う
請求項1乃至9いずれかに記載のディーゼルエンジンの制御装置。
【請求項11】
前記エンジンが、ピストンの頂部に設けられたリエントラント型のキャビティと、前記いずれの制御モードにおいても噴射された燃料が前記キャビティ内に入るように噴射角度が設定されたインジェクタとを備える
請求項1乃至10いずれかに記載のディーゼルエンジンの制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【公開番号】特開2006−105047(P2006−105047A)
【公開日】平成18年4月20日(2006.4.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−293965(P2004−293965)
【出願日】平成16年10月6日(2004.10.6)
【出願人】(000000170)いすゞ自動車株式会社 (1,721)
【Fターム(参考)】