説明

ハイス工具

【課題】ハイス工具の耐摩耗性を大きく低下させることなく潤滑性能を向上させる。
【解決手段】焼入焼戻し処理によって工具基材18に生成された炭化物30が所定の溶剤によって溶かして除去されることにより、工具基材18の表面20に多数の窪み32が形成され、その窪み32が油溜りとして用いられることにより、潤滑油剤を用いてねじ転造加工を行う際の潤滑性能が向上する。その場合に、炭化物30は硬質であるため、それが除去されることにより工具基材18の耐摩耗性が低下することが避けられないが、従来の水蒸気処理によって設けられる多孔質の酸化膜に比べると高い耐摩耗性が得られ、油溜り(窪み32そのもの)による潤滑性能の向上効果が長時間に亘って得られるようになって耐久性が向上する

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は高速度工具鋼にて工具基材が構成されているハイス工具に係り、特に、潤滑性および耐摩耗性に優れたハイス工具に関するものである。
【背景技術】
【0002】
高速度工具鋼にて工具基材が構成されているハイス工具(高速度工具鋼製工具)が、ドリルやエンドミル、フライス等の回転切削工具、バイト等の非回転の切削工具、或いは転造タップ(盛上げタップ)等の非切削工具など、種々の加工工具に用いられている(特許文献1参照)。そして、このようなハイス工具において、例えば転造タップのように高い潤滑性能が要求される場合には、水蒸気処理を施すことにより表面に多孔質の酸化膜を形成するようにしているのが普通である。すなわち、その酸化膜の穴が油溜りとして機能することにより、潤滑油が良好に保持されるようになって優れた潤滑性能が得られるようになるのである。
【特許文献1】特開2007−190626号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
しかしながら、上記酸化膜は脆くて取れ易く、耐摩耗性が低いため、摩耗の進行が早くて潤滑性能が持続しないという問題があった。
【0004】
本発明は以上の事情を背景として為されたもので、その目的とするところは、ハイス工具の耐摩耗性を大きく低下させることなく潤滑性能を向上させることにある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
かかる目的を達成するために、第1発明は、高速度工具鋼にて工具基材が構成されているとともに、工具の最表面には多数の微小な油溜りが設けられているハイス工具において、焼入焼戻し処理により前記工具基材の表面に生成された炭化物が所定の溶剤によって溶かして除去されることにより、その工具基材の表面に多数の窪みが形成され、その窪みに基づいて前記油溜りが設けられていることを特徴とする。
【0006】
第2発明は、第1発明のハイス工具において、前記工具基材の表面の多数の窪みは、最大直径が1μm以上のものを含んでいることを特徴とする。
なお、最大直径とは、種々の形状の窪みの開口部の任意の2点を結んだ差し渡し寸法の中の最大寸法を意味する。
【0007】
第3発明は、第1発明または第2発明のハイス工具において、前記溶剤は、アルカリ5〜20%水溶液で、その溶剤中に前記工具基材が10分以上浸漬されることにより、前記炭化物が除去されて前記窪みが設けられていることを特徴とする。なお、本明細書に記載の「%」は、何れも質量%を意味している。
【0008】
第4発明は、第3発明のハイス工具において、前記アルカリ5〜20%水溶液は、水酸化カリウム〈6〜10%〉+トリエタノールアミン〈5〜10%〉(但し、〈 〉内は溶剤全体に対する配合率)を含み、残りが実質的に水であることを特徴とする。
【0009】
第5発明は、第1発明または第2発明のハイス工具において、前記溶剤は、過酸化水素35%水溶液〈30〜60%〉+水〈30〜60%〉+アルカリ溶剤〈1〜7%〉+強酸溶剤〈1〜7%〉(但し、〈 〉内は溶剤全体に対する配合率)で、40〜60℃に加熱保温されたその溶剤中に前記工具基材が10分以上浸漬されることにより、前記炭化物が除去されて前記窪みが設けられていることを特徴とする。
【0010】
第6発明は、第1発明〜第5発明の何れかのハイス工具において、前記多数の窪みが設けられた前記工具基材の表面が工具の最表面で、その窪みがそのまま前記油溜りとして用いられることを特徴とする。
【0011】
第7発明は、第1発明〜第5発明の何れかのハイス工具において、前記工具基材の表面には所定の硬質被膜がコーティングされており、その硬質被膜の表面が工具の最表面で、前記多数の窪みに対応して最大直径が0.5μm以上のものを含む多数の油溜りが設けられていることを特徴とする。
【発明の効果】
【0012】
すなわち、高速度工具鋼にて工具基材が構成されているハイス工具は、基本的に焼入焼戻し処理が施されて用いられるため、高速度工具鋼の含有元素であるW(タングステン)やMo(モリブデン)、V(バナジウム)等の炭化物が生成され、それ等の炭化物の一部は工具基材の表面に露出するように存在しているため、その炭化物を所定の溶剤によって溶かして除去することにより工具基材の表面に多数の窪み(炭化物の抜け跡)が形成され、その窪みに基づいて油溜りを設けることができるのである。これ等の炭化物は硬質であるため、それが除去されることにより工具基材の耐摩耗性が低下するが、水蒸気処理によって設けられる従来の多孔質の酸化膜に比べると高い耐摩耗性が得られ、油溜りによる潤滑性能の向上効果が長時間に亘って得られるようになって耐久性が向上する。
【0013】
第2発明では、最大直径が1μm以上のものを含むように多数の窪みが形成されるため、それに基づいて多数の油溜りが設けられることにより優れた潤滑性能が得られる。窪みの大きさや分布は溶剤による処理時間(浸漬時間)によって変化するものの、基本的には炭化物の大きさや分布によって決まるため、最大直径が1μm以上の窪みを含むように処理時間を定めれば、それと同程度の大きさのものが所定の割合で分布しているのが普通で、所定の潤滑性能が得られる。
【0014】
第3発明、第4発明では、アルカリ5〜20%水溶液に工具基材が10分以上浸漬されることにより、その工具基材の表面の炭化物が除去されて窪みが設けられているため、高速度工具鋼の成分や焼入焼戻し処理条件等によって変化するものの、本発明者等の実験によれば最大直径が1μm以上のものを含んで多数の窪みが設けられるようになり、第7発明のように硬質被膜をコーティングする場合でも所定の大きさの油溜りが形成されて優れた潤滑性能が得られるようになる。
【0015】
第5発明では、過酸化水素35%水溶液〈30〜60%〉+水〈30〜60%〉+アルカリ溶剤〈1〜7%〉+強酸溶剤〈1〜7%〉(但し、〈 〉内は溶剤全体に対する配合率)から成る溶剤を40〜60℃に加熱保温し、その溶剤中に工具基材が10分以上浸漬されることにより、その工具基材の表面の炭化物が除去されて窪みが設けられているため、高速度工具鋼の成分や焼入焼戻し処理条件等によって多少変化するものの、本発明者等の実験によれば最大直径が1μm以上のものを含んで多数の窪みが設けられるようになり、第7発明のように硬質被膜をコーティングする場合でも所定の大きさの油溜りが形成されて優れた潤滑性能が得られるようになる。
【0016】
第6発明は、多数の窪みが設けられた工具基材の表面がそのまま工具の最表面とされ、その窪みがそのまま油溜りとして用いられるため、優れた潤滑性能が得られて耐久性が向上する。
【0017】
第7発明では、工具基材の表面に所定の硬質被膜がコーティングされており、その硬質被膜の表面には多数の窪みに対応して最大直径が0.5μm以上の油溜りを含んで多数の油溜りが設けられているため、その油溜りによって所定の潤滑性能が得られるとともに、硬質被膜の存在で優れた耐摩耗性が得られることから、潤滑性能の向上効果が一層持続するようになり、耐久性が大幅に向上する。また、工具基材の窪みに硬質被膜が入り込んでコーティングされるため、アンカー効果により硬質被膜の付着力が向上して剥離等が抑制され、この点でも耐久性が向上する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
本発明は、高い潤滑性能が要求される転造タップ等の転造加工用のハイス工具に好適に適用され、特にステンレス鋼に転造加工を行う場合に優れた耐久性向上効果が得られるが、ドリルやエンドミル、フライス等の回転切削工具、バイト等の非回転の切削工具など転造加工用以外のハイス工具にも適用され得るし、ステンレス鋼以外の材料の加工に用いることも可能である。
【0019】
溶剤によって炭化物が除去されることによって工具基材の表面に形成される窪みの大きさは、最大直径が1μm以上、特に工具基材の表面に硬質被膜をコーティングする場合には2μm以上のものを含むことが望ましいが、工具の最表面の油溜りは最大直径が0.5μm以上あれば所定の潤滑性能が得られるため、例えば第6発明のように工具基材の表面がそのまま工具の最表面とされて窪みが油溜りとなる場合には、最大直径が0.5μm以上のものを含むように多数の窪みが設けられても良い。窪みの最大直径が大きくなると油溜りの寸法も大きくなるため、被加工物の加工面粗さが悪くなる可能性があるが、窪みの大きさの最大寸法は工具基材に存在する炭化物の大きさによって決まり、本発明者等の実験によれば、溶剤中に工具基材を長時間浸漬した場合の窪みの最大直径は4〜6μm程度で、加工面粗さを損なう程ではなく、特に規定する必要はない。
【0020】
工具基材の表面の炭化物の有無や、その炭化物の溶解除去で形成される窪みは、例えばエネルギー分散型X線分析および走査型電子顕微鏡を用いて確認することができる。
【0021】
第3発明〜第5発明に記載の溶剤はあくまでも一例であり、炭化物を溶かして除去できる他の溶剤を採用することも可能である。炭化物は、高速度工具鋼の成分元素に応じて複数種類存在するが、必ずしも表面に露出している総ての炭化物を溶解除去できる必要はなく、一部の種類の炭化物のみを溶解除去できる溶剤を用いることも可能である。なお、第3発明〜第5発明の溶剤は、焼入焼戻し処理で生成される略総ての種類の炭化物を溶解除去することができる。
【0022】
第3発明〜第5発明では、何れも溶剤中に工具基材を10分以上浸漬して炭化物を除去するようになっているが、本発明者等の実験によれば何れの場合も20分程度で最大直径が2μm以上の窪みが設けられるようになり、第7発明のように硬質被膜をコーティングする場合でも十分な大きさの油溜りが形成されるようになる。第3発明〜第5発明に記載の溶剤を使用した場合、浸漬時間が30分程度までは窪みが大きくなるが、30分以上になると窪みの大きさや分布は殆ど変化しなくなるため、30分以上行う必要はなく、10分〜30分の範囲内で特に20分〜30分程度が適当と考えられる。なお、第6発明のように工具基材の表面がそのまま工具の最表面とされて窪みが油溜りとなる場合には、窪みの最大直径が0.5μm程度でも所定の潤滑性能が得られるため、上記浸漬時間が10分未満であっても良い。また、溶剤の各成分の割合が第3発明〜第5発明に規定の範囲から外れていても、浸漬時間を長くするなどして所定の大きさの窪みを形成できる場合には、それ等の溶剤を用いることも可能である。
【0023】
第3発明では、アルカリ5〜20%水溶液が用いられるが、アルカリ水溶液の濃度が5%未満では炭化物の溶解に時間が掛かり、20%を超えると、溶解時間の短縮の割に溶剤ランニングコストが高くなり、全体としてコスト高になる。また、第5発明のアルカリ溶剤は水酸化ナトリウムなどで、強酸溶剤はホスホン酸などである。
【0024】
硬質被膜としては、TiNやTiCNなどが好適に用いられるが、例えば元素の周期表の IIIb族、IVa族、Va族、またはVIa族の金属の炭化物、窒化物、炭窒化物、或いはそれらの相互固溶体から成る他の化合物被膜などを用いることも可能である。これ等の硬質被膜は、例えばアークイオンプレーティング法やスパッタリング法等のPVD法によって好適に設けられるが、プラズマCVD法等の他の成膜法で設けられても良い。硬質被膜の膜厚は、被膜の種類などによって適宜定められるが、所定の大きさの油溜りが形成されるようにする上で例えば1〜3μm程度が適当である。2種類以上の硬質被膜が交互に積層されている多層の積層被膜を用いたり、2層或いは3層等の硬質被膜を用いたりすることも可能である。
【実施例】
【0025】
以下、本発明の実施例を、図面を参照しつつ詳細に説明する。
図1は、本発明の一実施例である転造タップ10を説明する図で、(a) は軸心Oと直角方向から見た正面図、(b) は(a) におけるIB−IB断面の拡大図、(c) は表面付近の断面の拡大図である。この転造タップ10は、図示しないチャックを介して主軸に取り付けられるシャンク12と、下穴内にねじ込まれることによりめねじを形成する加工部16とを同軸上に一体に備えており、工具基材18は高速度工具鋼にて構成されている。本実施例では、JISに規定のSKH58相当の高速度工具鋼が用いられており、その含有成分および割合はC:1.0、Cr:4.0、Mo:8.8、W:1.8、V:2.0で、残りが実質的にFeである。また、図1の(c) は、上記加工部16における表面近傍の断面を模式的に示す図で、工具基材18の表面20がそのまま工具の最表面を構成している。本実施例では、転造タップ10がハイス工具に相当する。
【0026】
加工部16は、外側へ湾曲した辺からなる多角柱形状、本実施例では略四角柱形状の断面を成しているとともに、その外周面には、被加工物の下穴の表層部に食い込んで塑性変形させることによりめねじを盛上げ加工するおねじ22が設けられている。おねじ22のねじ山は、形成すべきめねじの溝の形状に対応した断面形状を成しており、そのめねじに対応するリード角のつる巻き線に沿って一定の高さ寸法で設けられている。すなわち、加工部16には、おねじ22のねじ山が径方向の外側へ突き出してめねじを加工する4箇所のマージン部Mと、そのマージン部Mよりも小径の4箇所の逃げ部24とが、それぞれ軸心Oと平行に軸方向へ連なるように、軸心Oまわりにおいて交互に且つ等角度間隔で設けられているのである。マージン部Mの寸法は、形成すべきめねじと同じ寸法か、或いは塑性変形に対する弾性復帰を考慮して、めねじよりも大き目に設定される。また、この加工部16は、軸方向においてねじ山の径寸法が一定の完全山部26と、先端側へ向かうに従って径寸法が小さくなる食付き部28とを備えている。なお、図1の(b) は、おねじ22の溝の谷底においてつる巻き線に沿って切断した断面図である。
【0027】
このような転造タップ10は、上記おねじ22やマージンM等が研削加工等によって設けられた後に、所定の焼入焼戻し処理が施されて硬化させられる。この時、Mo(モリブデン)やW(タングステン)、V(バナジウム)等の炭化物30が形成され、その一部は表面20に露出しているが、本実施例では、この表面20に露出している炭化物30が所定の溶剤によって溶かして除去されることにより、最大直径が1μm以上の窪みを含んで多数の窪み32が形成され、潤滑油を用いてねじの転造加工が行われる際に、この窪み32が油溜りとして機能して優れた潤滑作用が得られるようになっている。この場合の溶剤としては、以下の《溶剤1》または《溶剤2》が好適に用いられる。
【0028】
《溶剤1》
水酸化カリウム〈6〜10%〉+トリエタノールアミン〈5〜10%〉(但し、〈 〉内は溶剤全体に対する配合率)を含み、残りが実質的に水から成るアルカリ5〜20%水溶液
《溶剤2》
過酸化水素35%水溶液〈30〜60%〉+水〈30〜60%〉+アルカリ溶剤〈1〜7%〉+強酸溶剤〈1〜7%〉(但し、〈 〉内は溶剤全体に対する配合率)
なお、上記アルカリ溶剤の主成分は水酸化ナトリウムで、強酸溶剤の主成分はホスホン酸である。
【0029】
そして、《溶剤1》を用いる場合は、その溶剤中に工具基材18を10分以上浸漬し、《溶剤2》を用いる場合は、その溶剤を40〜60℃に加熱保温して工具基材18を10分以上浸漬する。これ等の溶剤中に工具基材18を20分以上浸漬すると、窪み32が大きくなって最大直径が2μm以上の窪み32が形成されるようになり、30分程度までは窪み32が拡大するが、それ以上は窪み32の大きさや分布は殆ど変化しない。
【0030】
図2は、上記《溶剤1》を用いて浸漬時間20分で炭化物30の溶解処理を行った場合の工具基材18の表面20の電子顕微鏡写真で、(b) は(a) において白色で示す枠内を更に拡大した写真である。図3は、図2の(b) に示す写真に対応する図で、最大直径が1μm以上の窪み32を取り出して示した概略図であり、この中のクロスのハッチングを施したものは最大直径が2μm以上ある。なお、図示は省略するが、前記《溶剤2》を用いて炭化物30の溶解処理を行った場合も、図2と同様な表面状態となる。
【0031】
図5の(a) は、このように《溶剤1》を用いて20分溶解処理を行って多数の窪み32を設けた本実施例の転造タップ10(本発明品)と、比較品1〜3とをそれぞれ2本ずつ用意し、以下の加工条件でめねじの転造加工を行って、工具の摩耗によりめねじの寸法が小さくなり、通りねじプラグゲージ(GP)の通り抜けが不可となるゲージアウトとなるか、または工具折損までの加工穴数(工具寿命に相当)を調べた結果を示す図である。比較品1は水蒸気処理で酸化膜を形成して油溜りを設けた従来品で、比較品2はマイクロブラスト処理で凹凸を形成して油溜りとしたもので、比較品3は本発明品と同様に《溶剤1》を用いて溶解処理を行ったものであるが、溶解の処理時間が5分と短く、表面20に炭化物30が残存している。
(加工条件)
・ねじサイズ:M3×0.5
・被削材:SUS304(JISに規定のステンレス鋼)
・加工速度:6m/分
・ねじ立て長さ:6mm
・潤滑油剤:水溶性
【0032】
図5の(a) において、比較品1(水蒸気処理品)は酸化膜が脆くて取れ易いため、その酸化膜の摩耗で潤滑性能が持続しなくて寿命が短いとともに、そのばらつきが大きくて品質が安定しない。比較品2(マイクロブラスト処理品)は、表面の凹凸深さが均一で浅いため、油溜りとしての効果が小さくて潤滑性能が十分に得られず、本発明品に比べて加工穴数は2/3程度である。比較品3(炭化物残存)は、窪み32の最大直径が1μm未満で油溜りとしての機能が十分に得られないとともに、表面20が粗くて加工時の被加工物の流れが悪く、抵抗が大きいため、工具の摩耗が促進されて寿命が短く、本発明品に比べて加工穴数は2/3程度である。
【0033】
一方、図4は、前記図1の転造タップ10において、多数の窪み32が設けられた工具基材18の表面20に、所定の硬質被膜40がコーティングされている場合で、その硬質被膜40の表面42が工具の最表面で、前記多数の窪み32に対応して最大直径が0.5μm以上の油溜りを含んで多数の油溜り44が設けられている。本実施例では、前記《溶剤1》を用いて工具基材18に対して20分間溶解処理を行って多数の窪み32を形成し、その上に上記硬質被膜40として膜厚が約2μmのTiNがアークイオンプレーティング法によって設けられている。図4は、前記図1の(c) に対応する断面図である。
【0034】
図5の(b) は、図4の実施例の転造タップ10(本発明品)と、比較品とをそれぞれ2本ずつ用意し、以下の加工条件でめねじの転造加工を行って、通りねじプラグゲージ(GP)の通り抜けが不可となるゲージアウトとなるか工具折損までの加工穴数(工具寿命に相当)を調べた結果を示す図である。比較品は、《溶剤1》による溶解処理を行うことなく、焼入焼戻し処理が施された工具基材18の表面20にそのまま硬質被膜40をコーティングしたものである。
(加工条件)
・ねじサイズ:M3×0.5
・被削材:SUS304(JISに規定のステンレス鋼)
・加工速度:8m/分
・ねじ立て長さ:6mm
・潤滑油剤:水溶性
【0035】
図5の(b) において、比較品(コートのみ)は、コーティングにより耐摩耗性の効果が得られるものの、油溜りが存在しないため潤滑作用が十分に得られず、本発明品に比べて加工穴数は2/3以下である。
【0036】
このように、本実施例の転造タップ10は、焼入焼戻し処理によって工具基材18に生成された炭化物30が所定の溶剤によって溶かして除去されることにより、工具基材18の表面20に多数の窪み32が形成され、図1の実施例ではその窪み32がそのまま油溜りとして用いられ、図4の実施例ではその窪み32に基づいて硬質被膜40の表面42に油溜り44が設けられるため、潤滑油剤を用いてねじ転造加工を行う際の潤滑性能が向上する。その場合に、炭化物30は硬質であるため、それが除去されることにより工具基材18の耐摩耗性が低下するが、硬質被膜40がコーティングされる図4の実施例は勿論、工具基材18のまま使用される図1の実施例においても、従来の水蒸気処理によって設けられる多孔質の酸化膜に比べると高い耐摩耗性が得られ、油溜り(図1では窪み32そのもの、図4では油溜り44)による潤滑性能の向上効果が長時間に亘って得られるようになって耐久性が向上する。
【0037】
また、本実施例では最大直径が1μm以上の窪み32が含まれるように、溶剤の種類や浸漬時間が定められるため、その窪み32に基づいて多数の油溜り(図1では窪み32そのもの、図4では油溜り44)が設けられることにより優れた潤滑性能が得られる。特に、前記《溶剤1》または《溶剤2》を用いて、工具基材18を20分以上それ等の溶剤に浸漬して溶解処理を行えば、最大直径が2μm以上の窪み32が形成されるようになるため、工具基材18のまま用いられる図1の実施例は勿論、図4の実施例のように硬質被膜40をコーティングする場合でも最大直径が0.5μm以上の油溜り44が形成され、何れの場合も優れた潤滑性能が得られる。
【0038】
また、工具基材18の表面20に硬質被膜40がコーティングされる図4の実施例では、硬質被膜40の存在で優れた耐摩耗性が得られることから、潤滑性能の向上効果が一層持続するようになって耐久性が大幅に向上する。この実施例ではまた、工具基材18の窪み32に硬質被膜40が入り込んでコーティングされるため、アンカー効果により硬質被膜40の付着力が向上して剥離等が抑制され、この点でも耐久性が向上する。
【0039】
以上、本発明の実施例を図面に基づいて詳細に説明したが、これはあくまでも一実施形態であり、本発明は当業者の知識に基づいて種々の変更、改良を加えた態様で実施することができる。
【図面の簡単な説明】
【0040】
【図1】本発明の一実施例である転造タップを説明する図で、(a) は正面図、(b) は(a) におけるIB−IB断面の拡大図、(c) は工具基材の炭化物や窪みを模式的に示す断面図である。
【図2】図1の実施例における工具表面の電子顕微鏡写真で、(b) は(a) の白色で示す枠内を更に拡大した写真である。
【図3】図2の(b) の電子顕微鏡写真に示される窪みを具体的に説明する図である。
【図4】工具基材の表面に硬質被膜がコーティングされている実施例を説明する図で、図1の(c) に対応する断面図である。
【図5】図1および図4の実施例の転造タップを用いて耐久性試験を行った結果を所定の比較品と比較して示す図である。
【符号の説明】
【0041】
10:転造タップ(ハイス工具) 18:工具基材 20:表面 30:炭化物 32:窪み(油溜り) 40:硬質被膜 42:表面 44:油溜り

【特許請求の範囲】
【請求項1】
高速度工具鋼にて工具基材が構成されているとともに、工具の最表面には多数の微小な油溜りが設けられているハイス工具において、
焼入焼戻し処理により前記工具基材の表面に生成された炭化物が所定の溶剤によって溶かして除去されることにより、該工具基材の表面に多数の窪みが形成され、該窪みに基づいて前記油溜りが設けられている
ことを特徴とするハイス工具。
【請求項2】
前記工具基材の表面の多数の窪みは、最大直径が1μm以上のものを含んでいる
ことを特徴とする請求項1に記載のハイス工具。
【請求項3】
前記溶剤は、アルカリ5〜20%水溶液で、該溶剤中に前記工具基材が10分以上浸漬されることにより、前記炭化物が除去されて前記窪みが設けられている
ことを特徴とする請求項1または2に記載のハイス工具。
【請求項4】
前記アルカリ5〜20%水溶液は、水酸化カリウム〈6〜10%〉+トリエタノールアミン〈5〜10%〉(但し、〈 〉内は溶剤全体に対する配合率)を含み、残りが実質的に水である
ことを特徴とする請求項3に記載のハイス工具。
【請求項5】
前記溶剤は、過酸化水素35%水溶液〈30〜60%〉+水〈30〜60%〉+アルカリ溶剤〈1〜7%〉+強酸溶剤〈1〜7%〉(但し、〈 〉内は溶剤全体に対する配合率)で、40〜60℃に加熱保温された該溶剤中に前記工具基材が10分以上浸漬されることにより、前記炭化物が除去されて前記窪みが設けられている
ことを特徴とする請求項1または2に記載のハイス工具。
【請求項6】
前記多数の窪みが設けられた前記工具基材の表面が工具の最表面で、該窪みがそのまま前記油溜りとして用いられる
ことを特徴とする請求項1〜5の何れか1項に記載のハイス工具。
【請求項7】
前記工具基材の表面には所定の硬質被膜がコーティングされており、該硬質被膜の表面が工具の最表面で、前記多数の窪みに対応して最大直径が0.5μm以上のものを含む多数の油溜りが設けられている
ことを特徴とする請求項1〜5の何れか1項に記載のハイス工具。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2009−297863(P2009−297863A)
【公開日】平成21年12月24日(2009.12.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−157281(P2008−157281)
【出願日】平成20年6月16日(2008.6.16)
【出願人】(000103367)オーエスジー株式会社 (180)
【Fターム(参考)】