説明

マグロ属魚類用飼料、マグロ属魚類用摂餌促進物質及びマグロ属魚類釣獲用の擬似餌

【課題】 消化性の高いマグロ属魚類用飼料及び栄養価・嗜好性に優れたマグロ属魚類用摂餌促進物質を提供するとともに、マグロ属魚類延縄漁業,曳縄漁業などにおける効果的なマグロ属魚類釣獲用擬似餌を提供することにある。
【解決手段】 酵素処理魚粉をタンパク源としたことを特徴とするマグロ属(Thunnus)魚類用飼料とする。また、アラニン、リジン、グルタミン酸又はヒスチジンから選択される1種以上のアミノ酸とイノシン酸とからなることを特徴とするマグロ属(Thunnus)魚類用摂餌促進物質、並びに該摂餌促進物質が添加又は展着されてなるマグロ属(Thunnus)魚類釣獲用の擬似餌とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はマグロ属魚類用飼料、マグロ属魚類用摂餌促進物質及びマグロ属魚類釣獲用の擬似餌に関する。その目的は、マグロ属魚類の摂餌率を向上させることにある。即ち、消化性の高いマグロ属魚類用飼料及び栄養価・嗜好性に優れたマグロ属魚類用摂餌促進物質を提供するとともに、該マグロ属魚類用摂餌促進物質を添加・展着することによりマグロ属魚類延縄漁業,曳縄漁業などにおける効果的なマグロ属魚類釣獲用擬似餌を提供することにある。
【背景技術】
【0002】
本発明の出願人である近畿大学の水産研究所は、2002年6月23日にクロマグロの完全養殖を達成したことを発表している。クロマグロの完全養殖はそれまで世界には例がなく、他種も含めた大型マグロ類でも初めてであった。マグロ類の需要が多い日本においては特に、クロマグロの健全種苗を安定的に生産し、計画的な養殖が望まれている。本発明は、同大学のマグロ類に関する鋭意研究の結果、成し得たものである。
【0003】
マグロ類は肉食魚であることから,同大学の養殖には一貫してイカナゴ,マイワシ,サバなど沿岸性多穫魚、即ち、生餌を用いて飼育されてきた。しかしながら、生餌を使用することは、自家汚染の進行、疾病の蔓延、生産効率の低下、脂質多寡に基づく肉質の劣化等の問題が挙げられ、更には、生餌の保存には大型の冷凍庫(−20℃)が必要である。また、漁獲時期によって体成分に大きな変化があるため,脂質酸化による弊害も指摘されている。このような理由から,安定的且つ計画的なマグロ類養殖を実現するためにも、人工飼料の開発が進められてきた。
【0004】
もし、マグロ類の人工飼料の使用が実現すれば、自家汚染の進行や疾病の発生を軽減できるとともに、生産効率や肉質の向上に繋がる。また、飼料原料の配合割合を人為的に変化させることにより、他の魚種より成長が早いマグロ類の成長段階や、季節による栄養要求の違いに対応できる。例えば、特許文献1には、魚粉と小麦粉とその他の添付物とを配合した飼料、特許文献2には、タンパク質源の少なくとも一部に、ハンセヌラ属に属する酵母を配合してなることを特徴とする養魚用飼料が開示されている。その他の特許文献においても種々の魚類用配合飼料が開示されているが、これら特許文献中において、実際にマグロ類に用いられ、良好な摂餌性等を示す配合飼料の実施例はない。即ち、マグロ類養殖において、人工飼料が生餌と同等の摂餌性を維持することは極めて困難であるため、日本のみならず、地中海沿岸各国,オーストラリアなどの研究機関・企業で人工飼料に関する研究が進められているが、未だに実用の段階に至っていないのが現状である。
【0005】
このような現状の1つの原因としては、人工飼料を給餌した際、マグロ類の摂餌性が劣り、飼育成績も著しく劣ることが挙げられる。即ち、摂餌率が低下すると、成長率、肥満率、生残率も降下することとなる。言い換えれば、摂餌率を向上させることができれば、成長率、肥満率及び生残率の向上を実現することが可能となる。
【0006】
一方,マグロ類延縄漁業では釣餌としてイワシ類、特にマイワシが従来から多く用いられている。延縄漁業においては多獲性沿岸魚が利用されている。延縄針への取り付けは非常に煩雑な作業であるとともに,年によって資源量が大きく変化することから安定した供給が行えない問題があった。特に、マイワシの資源量が激減して価格が高騰し、クロマグロ漁家経営を逼迫させている。このような理由から、マグロ類用擬似餌に関する検討も種々行われてきた。
【0007】
特に肉食であるマグロ類による疑似餌への食いつき率を向上させるために、疑似餌に用いる添加物、或は、調整等種々の工夫がなされてきたが、顕著な効果を示す方法は未だ開発されていない。即ち、嚥下性に優れた疑似餌の開発が望まれているが、それらの効果を判定するには天然海域での操業試験しかなく、多大な費用が必要であり、明確な結果も得られていない。
【特許文献1】特開平11−225687
【特許文献2】特開2002−125600
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
マグロ属魚類養殖における人工飼料の実用化を妨害する1つの原因として、マグロ属魚類の消化力が低いことが考えられる。一般的に利用可能な他種用の養殖用飼料に、そのタンパク源として含まれる魚粉は、加熱粉砕処理されているため、タンパク変性を起こしている。このような魚粉は、マグロ類にとって消化困難なものである。
【0009】
その他の原因としては、マグロ属魚類の成長が他の魚類に比べて著しく早いことにある。即ち、早い成長を支えるためには、短時間に多量の栄養素を摂取・吸収しなければならないが、これまでの魚粉主体の人工飼料では嗜好性が低くて摂餌量が減少し、成長を支えるだけの栄養素を供給できない。以上の諸点を踏まえると、これまでの常識に則った飼料設計では、マグロ属魚類の嗜好性を満たす人工飼料の調製は極めて困難である。
【0010】
また、マグロ属魚類延縄漁業,曳縄漁業等においては、嚥下効果の高い、効率的な擬似餌を提供することにより、マグロ属魚類の摂餌行動が活発化して摂餌量が増大させる擬似餌が望まれている。
【0011】
本発明は、優れたクロマグロの種苗生産や飼育技術を持ち、そのような環境を用いて鋭意研究を行うことができる本発明者らにおいてのみ成し得るものであり、即ち、消化性の高いマグロ属魚類用飼料及び栄養価・嗜好性の優れたマグロ属魚類摂餌促進物質を提供することにより、マグロ属魚類の摂餌率を向上させることを目的とする。さらに、マグロ属魚類養殖において、生餌と略同等の、成長率、肥満率、生残率を実現することが可能である。また、嗜好性の優れたマグロ属魚類用摂餌促進物質を用いることにより、マグロ属魚類延縄漁業,曳縄漁業などにおける、嚥下効果の高い効果的なマグロ属魚類釣獲用擬似餌を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
請求項1に係る発明は、酵素処理魚粉をタンパク源としたことを特徴とするマグロ属(Thunnus)魚類用飼料に関する。
請求項2に係る発明は、前記酵素がペプチダーゼ、プロテアーゼ又はプロテイナーゼから選択される1種以上の生物由来酵素であることを特徴とする請求項1記載のマグロ属魚類用飼料に関する。
請求項3に係る発明は、前記魚粉がニシン目ニシン科(Clupeidae)、ニシン目カタクチイワシ科(Engraulidae)、スズキ目アジ科(Carangidae)又はスズキ目サバ科(Scombridae)魚類から選択される1種以上からなる魚粉であることを特徴とする請求項1又は2記載のマグロ属魚類用飼料に関する。
請求項4に係る発明は、アラニン、リジン、グルタミン酸又はヒスチジンから選択される1種以上のアミノ酸とイノシン酸とからなることを特徴とするマグロ属(Thunnus)魚類用摂餌促進物質に関する。
請求項5に係る発明は、アラニン、リジン及びイノシン酸の組み合せ又は、グルタミン酸、ヒスチジン及びイノシン酸の組み合せのいずれかの組み合せからなることを特徴とする請求項4記載のマグロ属魚類用摂餌促進物質に関する。
請求項6に係る発明は、前記リジン、グルタミン酸、ヒスチジン及びイノシン酸がアルカリ金属塩又は塩酸塩であることを特徴とする請求項4又は5記載のマグロ属魚類用摂餌促進物質に関する。
請求項7に係る発明は、請求項1乃至3記載のいずれかに記載のマグロ属魚類用飼料に請求項4乃至6のいずれかに記載のマグロ属魚類用摂餌促進物質が配合されてなることを特徴とするマグロ属(Thunnus)魚類用配合飼料に関する。
請求項8に係る発明は、請求項4乃至6のいずれかに記載の摂餌促進物質が添加又は展着されてなるマグロ属(Thunnus)魚類釣獲用の擬似餌に関する。
【発明の効果】
【0013】
本発明のマグロ属魚類用飼料は、マグロ属魚類において消化性に優れており、また、本発明の摂餌促進物質は、栄養価・嗜好性が高いため、これらが、マグロ属魚類用飼料に配合された場合、マグロ属魚類の摂餌率を向上させ、成長を促進することができる。
さらに、本発明のマグロ属魚類用飼料は、含まれる酵素処理魚粉によって、養殖飼料として一般的に使用可能な魚粉より、摂餌率が高く、また生餌と同等或はより高い摂餌率を実現する。
詳細には、本発明のマグロ属魚類用飼料は、一般的に使用可能な魚粉より高い成長率と肥満度及び見かけの飼料効率を示す人工飼料である。
さらに、本発明のマグロ属魚類用飼料が、マグロ属魚類に飽食給与された場合、生餌と比較して、略同等の成長率、摂餌性及び生残率を実現する。即ち、生餌の代替飼料となることができる。
本発明の摂餌促進物質は、マグロ属魚類の摂餌行動が活発化して摂餌量を増大させることができる。さらに、本発明の摂餌促進物質は、マグロ属魚類延縄漁業,曳縄漁業等にも利用する事ができ、嚥下効果の高い、効率のよい擬似餌を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
本発明に係るマグロ属魚類とは、分類学的には、サバ科魚類のなかのマグロ属(Thunnus)に含まれる魚類をさす。即ち、本発明に係るマグロ属魚類には、クロマグロ(Thunnus thynnus (Linnaeus))、キハダマグロ(Thunnus albacares (Bonnaterre))、メバチマグロ(Thunnus obesus (Lowe))、ビンナガマグロ(Thunnus alalunga (Bonnaterre))、ミナミマグロ(Thunnus maccoyii (Castelnau))、コシナガマグロ(Thunnus tonggol (Bleeker))、タイセイヨウマグロ(Thunnus atlanticus (Lesson))が含まれる。
【0015】
本発明に係る酵素処理魚粉は、タンパク源としてマグロ属魚類用飼料に含有される。前記酵素処理魚粉を製造するために用いられる酵素は特に限定されないが、好ましくは、ペプチダーゼ、プロテアーゼ又はプロテイナーゼの生物由来酵素が用いられる。
本発明に係る酵素処理魚粉は特に限定されないが、好ましくは、ニシン目ニシン科(Clupeidae)、ニシン目カタクチイワシ科(Engraulidae)、スズキ目アジ科(Carangidae)又はスズキ目サバ科(Scombridae)から選択される1種以上の魚粉から製造される。
例えば、マイワシ(Sardinops melanostictus)やカタクチイワシ(Engraulis japonicus)、アンチョビー(ニシン目カタクチイワシ科(Engraulidae)に属する)などのイワシ類、マサバ(Scomber japonicus)やゴマサバ(Scomber australasicus)などのサバ類、マアジ(Trachurus japonicus)、マルアジ(Decapterus maruadsi)のアジ類又は大西洋ニシン(Clupea harengus)などニシン類が挙げられる。
また、上記魚類の漁獲海域は特に限定されないが、ペルー・チリ付近の太平洋東部沿岸で漁獲されたものが多く用いられる。
このうちアジ類が40%〜100%含有される魚粉からなる酵素処理魚粉は、アミノ酸バランスや保存性に優れているため、特に好ましく用いられる。
前記酵素処理魚粉として、例えば、酵素処理魚粉BIO−CP(商品名:BIO−CP/ナガセ生化学品販売(株))が挙げられる。
【0016】
本発明に係る酵素処理魚粉は、ペプチド、ポリペプチド、アミノ酸、ビタミン類、ミネラル、脂肪酸が含まれている。
前記アミノ酸としては、リジン、メチオニン、トリプトファン、ヒスチジン、シスチン等の必須アミノ酸等が含まれる。前記ビタミン類としては、塩化コリン、ビタミンA、ビタミンD、ビタミンB群等が含まれ、前記ミネラルとしては、リン、カルシウム、セレン、亜鉛等が含まれている。前記脂肪酸としては、魚由来のEPA,DHA等のオメガ3、オメガ6の不飽和脂肪酸をも多く含んでいる。
さらに、本発明に係る酵素処理魚粉は、ペレットを固める効果を有するものである。また、品質保持のため、最小限必要な抗酸化剤が使用され、製造の最終工程では、低温殺菌とスプレー乾燥を行い、栄養成分を維持しつつバクテリアの汚染を防いでいる。
【0017】
本発明のマグロ属魚類用飼料に好適に配合される酵素処理魚粉中、好ましくは、蛋白が55〜85%含まれ、67〜75%含まれることがより望ましい。さらに、脂質は10〜35%含まれることが好ましく、20〜28%含まれることがより望ましい。
【0018】
本発明に係るマグロ属魚類用飼料に関して、タンパク源の酵素処理魚粉以外に配合される物質については特に限定しない。例えば、カゼイン、グルテン類、デンプン類、グアム類、ミネラル混合物、ビタミン混合物、セルロース等が挙げられる。
本発明のマグロ属魚類用飼料の形態については、特に限定されない。モイストペレットやドライペレット(エクストルーデッドペレットを含む)が例示でき、市販あるいは自家製のものを用いることができる。
【0019】
マグロ属魚類用飼料中の酵素処理魚粉の配合量は、成長段階を考慮して適宜調整するが、45%〜75%が好ましく、50%〜70%がより好ましい。45%未満では、栄養要求を満たすことができない場合もあり、75%を超えると、高タンパク質のため栄養素バランスが低下し、各種飼育成績が悪化するため、いずれの場合も好ましくない。なお、マグロ属魚類は、成長に伴って体重に対する摂餌量、即ち、摂餌率が低下するので、タンパク質消化能は向上することになる。そこで,成長すると本発明の酵素処理魚粉の一部を、BFM(イワシ類、サバ類、アジ類、ニシン類などの魚粉)或は、他の動物・植物タンパク源に置換することも可能になる。しかしながら、前記BFMは脱脂・加熱・粉砕工程により調製されるので、その消化性は、本発明の酵素処理魚粉に劣るものである。
【0020】
本発明に係る摂餌促進物質は、アラニン、リジン、グルタミン酸及びヒスチジンから選択される1種以上のアミノ酸とイノシン酸からなる。アラニン、リジン、グルタミン酸及びヒスチジンの4種のアミノ酸は任意に選択可能であるが、好適には、それぞれの化合物間で優れた相加・相乗効果が認められるため、アラニン、リジン及びイノシン酸、或はグルタミン酸、ヒスチジン及びイノシン酸の組み合わせを選択することが望ましい。
【0021】
本発明のマグロ属魚類用疑似餌は、本発明の摂餌促進物質が何らかの担体に添加或は展着されてなる。前記担体は特に限定されないが、例えば、線維を束ねたものやスポンジなど吸着しやすい担体が挙げられる。また、添加、展着される本摂餌促進物質の量も特に限定されず、担体の特性、大きさ、海域等で適宜定めれば良い。
【0022】
以下にマグロ属魚類養殖における本発明の酵素処理魚粉及び摂餌促進物質の使用例を示す。
例えば、クロマグロの月齢約0ヶ月〜12ヶ月(体重がおよそ1.0g〜3.0kg)の間は、クロマグロの消化能が極めて低いため、マグロ用飼料中の本発明の酵素処理魚粉の配合量を比較的多くすることが好ましい。また、この時期のマグロ属魚類には、摂餌促進物質を併用することが望ましい。しかしながら、約1.0kgを超えるものには、摂餌促進物質を併用しなくても良好な摂餌率を維持することが可能である。
さらに、月齢約12ヶ月を超えと、徐々に本発明の酵素処理魚粉の配合量を減らすことができ、そのかわりとして、前記BFM或は他の動物・植物タンパク源を用いても構わない。
【実施例】
【0023】
本発明に係る酵素処理魚粉の配合成分の分析値の一例を以下に示す。
【0024】
【表1】

【0025】
【表2】

【0026】
【表3】

【0027】
【表4】

【0028】
【表5】

【0029】
【表6】

【0030】
以下、実施例に基づいてさらに詳細に説明するが,本発明はこれらに限定されるものではない。
<試験例1>マグロ属魚類配合飼料における本発明酵素処理魚粉の効果
本発明に係る酵素処理魚粉には、実施例1として、酵素処理魚粉BIO−CP(商品名:BIO−CP/ナガセ生化学品販売(株))を用いた。
比較例として、イカナゴ切餌および魚粉(BMF:チリミール)を混合した配合飼料を調製して飼育試験を実施し,成長や各種飼育成績からクロマグロ実用配合飼料に適したタンパク質源を検索した。
【0031】
尚、魚粉BFMは、イワシ類、サバ類、アジ類、ニシン類などからなる魚粉であり、脱脂・加熱・粉砕工程を経て製造されており、酵素処理は施されていない。
【0032】
(1)供試魚および飼育方法
近畿大学水産養殖種苗センター浦神事業場で人工種苗生産した平均体重1.48gのクロマグロ稚魚を,1.5トンFRP製円形水槽に40尾ずつ収容して各試験区を設けた。各水槽には6L/minで濾過海水を注水した。期間中の水温は25.8〜27.8℃,溶存酸素量は6.1〜8.7 mg/Lであった。試験飼料の組成を表7に示した。原料をよく混合してから外割で30%の水道水を加え,試験用造粒機で直径1.2mmのペレットに調製した。飼育期間は7日間とし,毎日7:00,9:00,11:00,13:00,15:00および17:00に,所定の飼料を飽食給与した。なお,試験区は2反復区を設けた。また,給餌量は乾物重量で示した。
【0033】
【表7】

*1スケトウダラ肝油9:DHAオイル(70%DHA)1.
*2 Halver処方(1957)
*3アラニン:13.7,グルタミン酸:8.5,ヒスチジン塩酸塩・1水和物:232.8,リジン塩酸塩:44.1,イノシン酸2Na塩:200.9 mg.
【0034】
(2)飼育成績
7日間の飼育成績を表8に示した。終了時における平均体重は,イカナゴ区および実施例1区でそれぞれ5.44gおよび4.95gと優れていたが,BFM区では3.92gで劣っていた。また,終了時における肥満度や増重率もイカナゴ区と実施例1区がBFM区より高い傾向にあった。一方,給餌量は実施例1区で58.5gと最も少なく,BFM区,イカナゴ区の順に増加したので,見かけの飼料効率は実施例1区が125%と最も高く,イカナゴ区85%,BFM区75%と低下した。
【0035】
一方, 実施例1区の生残率は42.5%で他の区に比べて低かった。クロマグロ稚魚は光・音・振動などに敏感で,僅かな刺激によって突発的な遊泳をおこない,水槽壁に激しく衝突して斃死することが頻繁に起こる。実施例1区の斃死魚は脊椎骨折や頭部の変形が殆どであり,それらの平均体重は2.1gと比較的大型でイカナゴ区とほぼ等しかった。 一方,BFMの斃死魚の平均体重は,1.6gと小さかったことから,実施例1区における高い斃死率は本発明の実施例1の配合に起因するものでなく,主に外的な刺激による突発的遊泳に基づく衝突死であると考えられる。
【0036】
【表8】

肥満度,平均増重率,生残率,見かけの飼料効率は以下のとおり。
肥満度=体重・1000 / 体長3
平均増重率=(終了時平均体重−開始時平均体重)・100 / 開始時平均体重
生残率=終了時尾数・100 / 開始時尾数
見かけの飼料効率=見かけの増体重・100 / 摂餌量
【0037】
<試験例2>マグロ属魚類配合飼料における本発明に係る酵素処理魚粉の効果
大型水槽でクロマグロの長期飼育を行い,本発明のマグロ属魚類用飼料の実用性を確認した。
【0038】
(1)供試魚および飼育方法
近畿大学水産養殖種苗センター浦神事業場で人工種苗生産した平均体重1.48gのクロマグロ稚魚を,15トンコンクリート製8角水槽に400尾ずつ収容してイカナゴおよび実施例1区を設けた。各水槽には10L/minになるように濾過海水を注水し酸素を通気した。期間中の水温・溶存酸素量は26.0〜27.9℃・6.12〜10.7mg/Lであった。
【0039】
実施例1の飼料組成は表7に示した。原料をよく混合してから外割で30%の水道水を加え,試験用造粒機で直径1.2mmおよび3.0 mmのモイストペレットに調製した。飼育期間は14日間とし,毎日7:00,9:00,11:00,13:00,15:00および17:00に,各試験区に所定の飼料を飽食給与した。なお,給餌量は乾物重量で示した。
【0040】
(2)長期飼育成績
14日間の飼育成績を表9に示した。終了時における平均体重はイカナゴ区が24.2gであり,実施例1区では19.9gと若干低かったが,イカナゴ区の約83%を維持した。しかし,肥満度,生残率および給餌量に区間差はなかった。また,HtやHbにも顕著な差異は認められず,クロマグロ用配合飼料のタンパク質源として実施例1が、生餌と略同等の飼育成績を達成できることを確認した。
【0041】
【表9】

【0042】
<試験例3>クロマグロ摂餌促進物質の効果試験
クロマグロに対する数種化合物の摂餌促進活性を,ミルクカゼインをタンパク質源とする精製試験飼料に添加して調べた。
【0043】
(1)試験液および試験飼料
精製基本飼料の組成を表10に,摂餌促進活性について検討する試験液を表5に示した。これらの飼料原料を均質になるまで混合してから,pHを6.8に調整した各試験液を所定量添加し,試験用造粒機で直径3mmのモイストペレットに成型し各試験飼料とした。なお,試験液に用いたアミノ酸のリジンおよびヒスチジンは塩酸塩に限らず、イノシン酸もNa塩に限らない。また,グルタミン酸はNa塩を用いても良い。
尚、本試験のポジティブコントロールとして、マアジ合成エキス(分析値に基づくアミノ酸18種・核酸関連物質5種・有機塩基4種の混合物)を用いた。マアジ合成エキスの組成を表12に示す。
【0044】
【表10】

*基本飼料のpHはNaOHで6.8に調整し,基本飼料100gに
試験液を加えて全量を200gとした。
【0045】
【表11】

*化合物のうちアミノ酸についてはHCl塩に限定しない。グルタミン酸はNa塩でも良い。また,試験液のpHはHClあるいはNaOHで6.8に調整した。なお,これら化合物の添加量はマアジエキスの分析値に基づく。
【0046】
【表12】

【0047】
(2)供試魚,飼育方法および摂餌促進活性測定法
供試魚として近畿大学水産養殖種苗センターで生産した平均体重1.6gのクロマグロ稚魚を,1.5m容積の円形水槽に30尾ずつ収容して各試験区を設け,所定の飼料を1日5回(7:00,9:00,11:00,13:00,15:00および17:00)飽食給与して4日間の摂餌量を測定した。なお,各試験液の摂餌促進活性は毎日1尾当たりの摂餌量を算出し,対照の脱イオン水飼料に対する1尾当たりの摂餌量で除した値とした。
【0048】
【表13】

*1 A4:アラニン(Ala),リジン・HCl(Lys)・グルタミン酸(Glu)・ヒスチジンHCl塩1水和物(His)混合物. IMP:イノシン酸2Na塩.
*2 (各試験液の日間摂餌量/尾)/(脱イオン水の日間摂餌量/尾).
*3 平均±標準偏差 (n=4).
【0049】
(3)各試験液の摂餌促進活性
各試験液の摂餌促進活性を表13に示した。最も高い活性はイノシン酸2Na塩,グルタミン酸およびヒスチジン塩酸塩1水和物混合物の3.48で,ポジティブコントロールであるマアジ合成エキスの3.15より高かった。また,イノシン酸2Na塩,アラニンおよびリジン塩酸塩混合物の活性は2.76であり,イノシン酸2Na塩,アラニン,リジン塩酸塩,グルタミン酸およびヒスチジン塩酸塩1水和物混合物の2.38より優れていた。なお,イノシン酸と上記4種アミノ酸混合物の活性は,それぞれ1.81および0.87であったことから,クロマグロの摂餌を促進する主な化合物はイノシン酸であり,イノシン酸とアミノ酸との間の付加あるいは相乗効果が示唆された。
【0050】
クロマグロの摂餌促進物質として,イノシン酸,グルタミン酸およびヒスチジンと,イノシン酸,アラニンおよびリジンの2混合物を同定した。これらを添加した配合飼料およびなんらかの担体に添加・展着した擬似餌は,優れた摂餌活性と高い嚥下活性をもつ。





【特許請求の範囲】
【請求項1】
酵素処理魚粉をタンパク源としたことを特徴とするマグロ属(Thunnus)魚類用飼料。
【請求項2】
前記酵素がペプチダーゼ、プロテアーゼ又はプロテイナーゼから選択される1種以上の生物由来酵素であることを特徴とする請求項1記載のマグロ属魚類用飼料。
【請求項3】
前記魚粉がニシン目ニシン科(Clupeidae)、ニシン目カタクチイワシ科(Engraulidae)、スズキ目アジ科(Carangidae)又はスズキ目サバ科(Scombridae)魚類から選択される1種以上からなる魚粉であることを特徴とする請求項1又は2記載のマグロ属魚類用飼料。
【請求項4】
アラニン、リジン、グルタミン酸又はヒスチジンから選択される1種以上のアミノ酸とイノシン酸とからなることを特徴とするマグロ属(Thunnus)魚類用摂餌促進物質。
【請求項5】
アラニン、リジン及びイノシン酸の組み合せ又は、グルタミン酸、ヒスチジン及びイノシン酸の組み合せのいずれかの組み合せからなることを特徴とする請求項4記載のマグロ属魚類用摂餌促進物質。
【請求項6】
前記リジン、グルタミン酸、ヒスチジン及びイノシン酸がアルカリ金属塩又は塩酸塩であることを特徴とする請求項4又は5記載のマグロ属魚類用摂餌促進物質。
【請求項7】
請求項1乃至3記載のいずれかに記載のマグロ属魚類用飼料に請求項4乃至6のいずれかに記載のマグロ属魚類用摂餌促進物質が配合されてなることを特徴とするマグロ属(Thunnus)魚類用配合飼料。
【請求項8】
請求項4乃至6のいずれかに記載の摂餌促進物質が添加又は展着されてなるマグロ属(Thunnus)魚類釣獲用の擬似餌。

【公開番号】特開2006−223164(P2006−223164A)
【公開日】平成18年8月31日(2006.8.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−39829(P2005−39829)
【出願日】平成17年2月16日(2005.2.16)
【出願人】(000125347)学校法人近畿大学 (389)
【出願人】(504174180)国立大学法人高知大学 (174)
【Fターム(参考)】