説明

ルッコラスプラウトの製造方法及びルッコラカールスプラウト

【課題】ルッコラをカールスプラウト栽培等の水と接触した状態での栽培でも窒息死することなく、スプラウトに栽培でき、大規模な栽培にも適した新たな方法を提供する。
【解決手段】ルッコラ種子を酸含有水溶液または酸及びアルコール含有水溶液に浸漬処理する工程、及び浸漬処理した種子を発芽させる工程を含む、ルッコラスプラウトの製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ルッコラスプラウトの製造方法に関する。さらに本発明は、ルッコラカールスプラウトに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、スプラウト(芽だし野菜)が注目されている。その最大の理由は、スプラウトが、成熟した野菜よりも概して機能性物質含有量が多いことにある。ルッコラスプラウトもまたグリコシレート等の機能性物質を多く含有し、さらに独特の風味と味を有するために、ベビーリーフ等のスプラウトとして普及している。
【0003】
スプラウトには、「ベビーリーフ」、「縦型スプラウト」、「カールスプラウト」等、栽培方法の異なるいくつかの種類が存在する。それらのうちカールスプラウトは、栽培期間が短いため最も生産効率が良く、柔らかいため植物体全体を食べることができ独特の食感を有する、等の特徴を有する。カールスプラウトの製造には、種子が小さく発芽後殻が直ぐに離れる植物が適する。しかし、そのような栽培作物はあまりなく、マメ科の一部(アルファルファ)に限定されている。一方、メーカーは品目を増やし、消費を拡大したいと考えている。
【0004】
ルッコラスプラウトについては、機能性食品の原料やスプラウトエキスの原料として用いることが、特許文献1及び2に記載されている。しかし、特許文献1及び2には、ルッコラスプラウトの具体的な製造方法についての言及はない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2006−232805号公報
【特許文献2】特開2009−82031号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ルッコラをカールスプラウト栽培すると、発芽吸水時にゲル状組織が生成し、種子全体を包み込むため窒息死してしまう。ゲル状組織は種子に強固に密着するため取り除くことは困難である。それゆえに、ルッコラを用いたカールスプラウトを栽培することは不可能であった。また、縦型スプラウトにおいても、水耕栽培の場合は同様の現象により窒息死率が高く問題となっている。
【0007】
そこで本発明の目的は、ルッコラをカールスプラウト栽培等の水と接触した状態での栽培でも窒息死することなく、スプラウトに栽培でき、大規模な栽培にも適した新たな方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは上記目的を達成すべく検討し、その結果、ルッコラ種子を酸含有水溶液または酸及びアルコール含有水溶液に浸漬処理した後に、発芽させることで、水と接触した状態での栽培でも窒息死することなく、スプラウトに栽培できることを見出して、本発明を完成させた。
【0009】
本発明は、ルッコラ種子を酸含有水溶液または酸及びアルコール含有水溶液に浸漬処理する工程、及び浸漬処理した種子を発芽させる工程を含む、ルッコラスプラウトの製造方法に関する。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、ルッコラスプラウト、特にルッコラのカールスプラウトを製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】実施例1の試験結果を示す。
【図2】実施例1の試験結果を示す。
【図3】実施例1の試験結果を示す。
【図4】実施例2−1の試験結果を示す。
【図5】実施例2−1の試験結果を示す。
【図6】実施例2−1の試験結果を示す。
【図7】実施例3の試験結果を示す。
【図8】実施例3の試験結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0012】
ルッコラはアブラナ科に属する植物であり、本発明では、ルッコラの種子を原料として用いる。
【0013】
ルッコラ種子を浸漬処理するために用いる水溶液は、酸含有水溶液または酸及びアルコール含有水溶液である。酸含有水溶液並びに酸及びアルコール含有水溶液に含まれる酸は、無機酸及び有機酸のいずれでも良く、例えば、無機酸としては、塩酸、硫酸、リン酸、次亜塩素酸等を挙げることができ、有機酸としては、酢酸、乳酸、クエン酸等を挙げることができる。尚、これらの酸は、一部が塩(例えば、アルカリ金属塩またはアンモニウム塩等の水溶性の塩)であっても良い。また、酸は1種類でも、2種類以上の混合物であっても良い。
【0014】
酸含有水溶液並びに酸及びアルコール含有水溶液に含まれる酸の濃度は、浸漬処理により良好な発芽が得られる範囲で適宜設定でき、酸の種類や浸漬時間によっても異なるが、例えば、0.1〜5Mの範囲、好ましくは0.3〜3Mの範囲である。特に、アルコールを含有しない水溶液における酸の濃度は、比較的高いことが好ましく、例えば、1〜3Mの範囲である。
【0015】
浸漬処理による発芽効果は、酸含有水溶液でも問題なく得られるが、酸にさらにアルコールを共存させることで強化できる場合がある。特に、発芽を常時水と接触する条件で実施する場合には、酸にアルコールを共存させた水溶性での処理が有効である。アルコールとしては、入手が容易であり、安全性にも優れることから、例えば、エタノールを挙げることができる。エタノールの濃度は、併用する酸の種類や濃度、浸漬処理時間及び温度、さらには得られる発芽効率等を考慮して、適宜決定できるが、例えば、5〜70%の範囲とすることができ、好ましくは10〜50%の範囲である。
【0016】
浸漬処理時間は、酸の種類や濃度、アルコールの併用の有無、アルコールの種類や濃度、浸漬処理温度、さらには得られる発芽効率等を考慮して、適宜決定できる。典型的には、5分〜60分の範囲とすることかでき、好ましくは15分から30分の範囲であるが、この範囲を外れた時間とすることもできる。
【0017】
浸漬処理温度は、酸の種類や濃度、アルコールの併用の有無、アルコールの種類や濃度、浸漬処理時間、さらには得られる発芽効率等を考慮して、適宜決定できる。暖房や冷房の必要がない、常温(室温)であることが生産コストを考慮すれば適切であり、典型的には、例えば、4〜50℃の範囲、好ましくは10〜30℃の範囲である。
【0018】
浸漬処理した種子は、発芽させる。但し、前記浸漬処理した種子は、発芽の前に水洗をして処理液を洗い流した後に発芽に供することが、発芽に対する処理液の影響を排除出来るという観点からは好ましい。浸漬処理した種子の発芽は、例えば、種子表面が常時接水した状態で行うことが、良好な発芽が得られるという観点から好ましい。但し、発芽は、種子表面が一時的に乾燥した状態で行うこともできる。尚、常時接水した状態とは、種子(植物体)表面に水分がついている状態、すなわち一時的に空気に触れるが表面は乾燥せずに湿っている状態も含む。発芽は、従来のスプラウトの製造に用いられているいずれの方法や条件も採用することができる。例えば、「カールスプラウト」の場合、市販のカールスプラウト製造装置内に直接播種し、常時潅水しながら発芽に適する光・温度等の環境条件下にて発芽させる。「縦型スプラウト」の場合、ポリウレタンを敷いたプラスチックポット等に播種し、種子が乾燥しないよう随時潅水しながら、発芽に適する光・温度等の環境条件下にて発芽させる。「ベビーリーフ」の場合、土耕、あるいは水耕にて種子が乾燥しないよう随時潅水しながら、発芽に適する光・温度等の環境条件下にて発芽させる。発芽の日数は、例えば、1〜5日であり、発芽の条件(温度や接水の条件)にもよるが、食用と適したルッコラのカールスプラウトを得るという観点からは、3〜5日の範囲とすることが適当である。
【0019】
本発明は、ルッコラのカールスプラウトも包含する。従来は、前述の理由でルッコラのカールスプラウトを製造することはできなかった。それに対して、本発明では、上記浸漬処理を採用することで、ルッコラの種子からカールスプラウトであっても、製造することができるようになった。本発明のルッコラのカールスプラウトは、発芽後3-5日生育したものであり、植物体の長さは1.5cmから4.5cm程度ものであり、その植物体は真っ直ぐ、あるいは曲がっている(カールしている)ものである。発芽後3-5日生育したものであり、植物体の長さは1.5cmから4.5cm程度ものであれば、食感および味等の観点から食用として最適である。
【実施例】
【0020】
実施例1:
ゲル状組織生成効果を有する酸を探索した。
【0021】
(試験方法)
ルッコラ種子1.55g(2.0ml)を各種処理溶液3mlに20分浸漬後、直ちに十分に水洗し、水に1時間浸漬後、種子の体積(ゲル状組織が生成した場合はそれも含む)を測定した。(図1)
【0022】
体積測定後、種子の半量を、湿らせたろ紙をのせたシャーレに移し、22℃で発芽させ、3日後に種子50粒について発芽率調査をした。(=通常条件での発芽率)(図2)この発芽試験では、種子表面が乾燥する。ゲル状組織は乾燥状態では非常に薄くなるため種子は窒息死すること無く発芽できる。
【0023】
また、体積測定後の残った半量は、ポリウレタンを敷いたプラスチックポット上に移し、10分ごとに2分間散水を行い常時水に接した状態(種子表面が乾燥しない条件)で発芽させ、3日後に種子50粒について発芽率調査した。(=常時接水条件での発芽率)(図3)また、発芽程度の概観を調査した(表1)。
【0024】
(結果・考察)
図1:浸漬処理後の体積相対値は対照区(水区)に比べ、各種酸を含有する区のほうが小さくなった。またエタノール0%区に比べエタノール50%区で体積が小さくなった。体積の減少はゲル状組織の生成程度が少ないためである。
【0025】
図2:浸漬処理後の通常条件での発芽率は、NaOH区では浸漬処理により発芽能力を失い全く発芽しなかった。その他の試験区では浸漬処理は発芽能力に影響を与えなかったため問題なく発芽した。
【0026】
図3、表1:浸漬処理後の常時接水状態での発芽率は、エタノール50%区では酢酸区、リン酸区、クエン酸区、硫酸区、塩酸区、エタノール0%区ではリン酸区、クエン酸区、硫酸区、塩酸区ではゲル状組織の生成が少なかったため、窒息を防ぐことができ発芽率は良好であった(以上図3)。また、発芽状況の概観は発芽率が良好な試験区で「可」以上の結果を得た(表1)。
【0027】
【表1】

【0028】
実施例2−1:
実施例1で良好な結果を得た試験区についての酸濃度を検討した。
【0029】
(試験方法)
ルッコラ種子1.55g(2.0ml)を各種処理溶液3mlに20分浸漬後、直ちに十分に水洗し、水に1時間浸漬後、体積を測定した。(図4)
【0030】
体積測定後、種子の半量を、湿らせたろ紙をのせたシャーレに移し、22℃で発芽させ、3日後に種子50粒について発芽率調査した。(=通常条件での発芽率)(図5)
【0031】
また、体積測定後の残った半量は、ポリウレタンを敷いたプラスチックポット上に移し、10分ごとに2分間散水を行い常時水に接した状態(種子表面が乾燥しない条件)で発芽させ、3日後に種子50粒について発芽率調査した。(=常時接水条件での発芽率)(図6)また、発芽程度の概観を調査した(表2)。
【0032】
(結果・考察)
図4:浸漬処理後の体積相対値は酸濃度が濃いほど小さくなった。リン酸(3M)区以外はエタノール50%区のほうがエタノール0%区より体積が小さくなった。
【0033】
図5:浸漬処理後の通常条件での発芽率はいずれの区も水区とほぼ同程度と高かった。
【0034】
図6、表2:酸濃度が高いほどゲル状組織生成が妨げられ種子が窒息死しにくい傾向があったため、発芽率は高くなる傾向にあった。リン酸(3M)区以外はエタノール50%区のほうがエタノール0%区より発芽率が高かった(以上図6)。また、発芽状況の概観は、エタノール0%区のリン酸(0.33M)区、硫酸(0.33M)区、塩酸(0.33M)区は「悪い」であったが、それ以外の試験区は「可」以上であった(表2)。
【0035】
【表2】

【0036】
実施例2−2:
実施例2−1で良好な結果を得た試験区について、カールスプラウト、縦型スプラウトを製造・評価した。
【0037】
(試験方法)
通常のカールスプラウト製造方法に準じてカールスプラウト製造を行った。すなわち回転ドラム内に適量の種子を播き、25℃・光条件下でドラムを回転させつつ連続潅水を行い、適度に生育した段階で収穫し、概観を評価した(表3)。また、縦型スプラウトは通常の縦型スプラウト製造方法に準じて行った。すなわちポリウレタンマット上に適量の種子を播き、2 5℃・光条件下で、2時間ごとに20分の潅水を行い、適度に生育した段階で収穫し、概観を評価した(表4)。いずれの試験もルッコラ種子は、前項までの試験同様にルッコラ種子1.55gあたり各種処理溶液3mlの割合で20分浸漬後、直ちに十分に水洗し、水に1時間浸漬したものを用いた。
【0038】
(結果・考察)
表3:水区ではゲル状組織生成による窒息のため種子が全く発芽せず、カールスプラウトを製造できなかった。エタノール0%区のリン酸(0.33M)区、硫酸(0.33M)区、塩酸(0.33M)区もゲル状組織生成による窒息のため種子発芽率が低くカールスプラウト概観は「悪い」であったが。それ以外の試験区は「可」以上であった。
【0039】
【表3】

【0040】
表4:水区ではゲル状組織生成による窒息のため種子発芽率が低く縦型スプラウトの概観は「可」であった。その他の試験区ではゲル状組織生成を抑制できたため種子発芽率が高く、概観は「良好」以上であったが。
【0041】
【表4】

【0042】
実施例3:
(処理液浸漬時間の検討)
【0043】
(試験方法)
ルッコラ種子1.55g(2.0ml)を各種処理溶液3mlに10、20、40および60分浸漬後、直ちに十分に水洗し、水に1時間浸漬後、体積を測定した(図7)。
【0044】
体積測定後、種子の半量を、ポリウレタンを敷いたプラスチックポット上に移し、10分ごとに2分間散水を行い常時水に接した状態(種子表面が乾燥しない条件)で発芽させ、3日後に種子50粒について発芽率調査した。(=常時接水条件での発芽率)(図8)
【0045】
(結果・考察)
図7:浸漬時間を長くするほど体積は小さくなる傾向にあった。
【0046】
図8:浸漬時間20分までは発芽率は概ね良好であったが、40分以上になると発芽率が低下する傾向にあった。
【産業上の利用可能性】
【0047】
本発明は農業及び食品分野に有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ルッコラ種子を酸含有水溶液または酸及びアルコール含有水溶液に浸漬処理する工程、及び浸漬処理した種子を発芽させる工程を含む、ルッコラスプラウトの製造方法。
【請求項2】
前記水溶液の酸濃度が0.1〜5Mの範囲である請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
前記アルコールがエタノールであり、エタノール濃度が5〜60%の範囲である請求項1または2に記載の製造方法。
【請求項4】
前記酸含有水溶液に浸漬する時間が15分〜30分である請求項1〜3のいずれかに記載の製造方法。
【請求項5】
前記浸漬処理後、発芽の前に種子を水洗する請求項1〜4のいずれかに記載の製造方法。
【請求項6】
前記発芽は、種子表面が常時接水した状態で行う請求項1〜5のいずれかに記載の製造方法。
【請求項7】
前記発芽は、種子表面が一時的に乾燥した状態で行う請求項1〜5のいずれかに記載の製造方法。
【請求項8】
ルッコラのカールスプラウト。
【請求項9】
植物体の長さが1.5cmから4.5cmの範囲である請求項8に記載のカールスプラウト。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2011−139635(P2011−139635A)
【公開日】平成23年7月21日(2011.7.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−303(P2010−303)
【出願日】平成22年1月5日(2010.1.5)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成20年度、経済産業省「地域資源活用型研究開発事業」委託事業、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(501203344)独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構 (827)
【Fターム(参考)】