説明

作業車両の走行伝動装置

【課題】機器構成のコンパクト化とともに、円滑な変速伝動を可能とする変速伝動性とを共に確保することができる作業車両の走行伝動装置を提供する。
【解決手段】作業車両の走行伝動装置は、エンジン出力を受けて走行車輪2,3に変速伝動する変速伝動系を備え、この変速伝動系に切替クラッチにより高低速2段変速伝動する高低速変速機構11と、シンクロメッシュ同期により複数段変速伝動する主変速機構12と、切替クラッチにより正逆切替伝動する正逆転切替機構13と、多段に変速可能な副変速機構14とを直列に介設して多段変速可能に構成され、上記高低速変速機構11は、2系統に並列配置してエンジン出力を共に受け、また、上記主変速機構12は、高低速変速機構11の出力側にそれぞれ系統別に構成して両出力側に共通して上記正逆転機構13を直列に配置したものである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、多段変速制御により走行車速を多段変速する作業車両の走行伝動装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
特許文献1の作業車両の走行伝動装置は、高低速変速機構、前後進切替機構および多段変速用の主変速機構をエンジン出力に直列して操作具により変速段の切替えが可能な変速伝動系に副変速部をさらに直列して構成される。この走行伝動装置は、走行車軸側で高トルクを受ける主変速機構をコンパクトなシンクロメッシュ式多段変速ギヤを用いることで、変速装置の全長を抑えて構成することができるので、車両のコンパクト化による作業車両の小回り性の向上に寄与することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特許第3891171号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、上記主変速機構は、切替クラッチ式の高低速変速機構によってエンジン出力側を遮断して変速する際に、走行車輪の回転を受けて伝動切替部に回転差を生じ、特に、下り坂等において大きな回転差を生じた時に迅速に同期接続するためには大きなシンクロ容量が必要となることから、結果として変速装置の全長低減も限界となり、幅広い変速伝動性との両立が困難となるという問題があった。
【0005】
本発明の目的は、機器構成のコンパクト化とともに、円滑な変速伝動を可能とする変速伝動性とを共に確保することができる作業車両の走行伝動装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
請求項1に係る発明は、エンジン出力を受けて走行車輪(2,3)に変速伝動する変速伝動系を備え、この変速伝動系に切替クラッチにより高低速2段変速伝動する高低速変速機構(11)と、複数段変速伝動する主変速機構(12)と、切替クラッチにより正逆切替伝動する正逆転切替機構(13)と、多段に変速可能な副変速機構(14)とを直列に介設して多段変速可能に構成した作業車両の走行伝動装置において、上記高低速変速機構(11)は、2系統に並列配置してエンジン出力を共に受け、また、上記主変速機構(12)は、高低速変速機構(11)の出力側にそれぞれ系統別に構成して両出力側に共通して上記正逆転機構(13)を直列に配置したことを特徴とする。
【0007】
上記並列配置の主変速機構は、それぞれが前側のクラッチ式の高低速変速機構2系統の伝動系を構成し、それぞれが前後のクラッチ式の高低速変速機構と正逆転部とによって挟まれることから、これら前後のクラッチ機構によりエンジンと車軸の両方からの回転伝達遮断が可能となり、エンジン回転と車速との回転差を受けることシンクロ機構によって同期接続される。
【0008】
請求項2に係る発明は、請求項1の構成において、前記高低速変速機構(11)と共にエンジン動力を受ける作業入力軸(15a)を設け、この作業入力軸(15a)に作業動力を変速伝動するPTO変速伝動部(15)を設けたことを特徴とする。
上記作業入力軸は、2つの高低速変速機構と共に常時エンジン動力が供給されてPTO変速伝動部に動力を供給する。
【0009】
請求項3に係る発明は、請求項1または請求項2のいずれかの構成において、前記高低速変速機構(11)は、2系統の高低の変速段を互いに共通に構成し、かつ、前記主変速機構(12)は、2系統の全変速段を互いに異なる変速比で、変速比順位が隣接する変速段を互いに他の系統に構成したことを特徴とする。
2系統の主変速機構により隣接の変速段の同時伝動接続が可能となる。
【0010】
請求項4に係る発明は、請求項1乃至請求項3のいずれかの構成において、走行動力の伝動を遮断するためのクラッチペダル(21)を設け、このクラッチペダル(21)の踏込みにより前記高低速変速機構(11)および正逆転切替機構(13)を共に伝動遮断するとともに、前記主変速機構(12)の両系統とも、いずれかの変速段に切替え伝動することを特徴とする。
上記クラッチペダルを踏込んだ場合は、高低速変速機構および正逆転切替機構を共に伝動遮断するとともに、主変速機構の両系統ともいずれかの変速段に切替え伝動するように伝動制御することにより、エンジン側と車軸側のいずれについてもクラッチのつき回りによる動力伝達が防止され、また、変速済みの主変速機構により、クラッチペダルの戻し操作に応じて動力伝達が開始される。
【発明の効果】
【0011】
請求項1に係る発明により、並列配置のシンクロメッシュ式の主変速機構は、それぞれの前側がクラッチ式の高低速変速機構の系統別の伝動系を構成するとともに、後側のクラッチ式の正逆転部に伝動することから、これら前後のクラッチ機構によりエンジンと車軸の両方からの回転伝達遮断が可能となり、エンジン回転と車速との回転差を受けることがないので、容易に接続することができる。したがって、上記走行変速装置は、走行中における変速対応性を確保した上で、主変速機構の小型化によるトランスミッション全長の短縮化が可能となり、それに伴う車両のコンパクト化によって作業車両の小回り性の向上に寄与することができる。
【0012】
請求項2に係る発明により、請求項1の効果に加え、PTO変速伝動部の作業入力軸に高低速変速機構と共にエンジン動力を受けることから、最小限の伝動構成によって走行系と作業系にエンジン動力を供給する走行変速装置を構成することができる。
【0013】
請求項3に係る発明により、請求項1または請求項2のいずれかの効果に加え、高低速変速機構の2系統の高低の変速段を互いに共通に構成し、かつ、主変速機構の2系統の全変速段を互いに異なる変速比で、変速比順位が隣接する変速段を互いに他の系統に構成したことから、2系統の主変速機構の同時の変速駆動が可能となるので、1段ずつの変速の際に最小限の伝動遮断で円滑な変速が可能となる。
【0014】
請求項4に係る発明により、請求項1乃至請求項3のいずれかの効果に加え、クラッチペダルを踏込んだ場合は、高低速変速機構および正逆転切替機構を共に伝動遮断するとともに、主変速機構の両系統ともいずれかの変速段に切替え伝動するように伝動制御することから、エンジン側と車軸側のいずれについてもクラッチのつき回りによる動力伝達が防止され、また、変速済みの主変速機構により、クラッチペダルの戻し操作に応じて動力伝達が開始されることから、主変速機構の変速動作性によることなく、応答性を確保することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】トラクタの全体側面図
【図2】走行伝動装置の伝動系統展開図
【図3】変速伝動系の変速段別伝動構成リスト
【図4】変速制御のシステムブロック図
【図5】主変速レバーのレバーガイドの見取図
【図6】停車時(a)と発進操作時(b)の変速制御の伝動構成リスト
【図7】前後進レバー操作による発進時のタイミングチャート
【図8】クラッチペダル操作による発進時のタイミングチャート
【図9】走行中の変速制御の伝動構成リスト1
【図10】走行中の変速制御の伝動構成リスト2
【図11】走行中の変速操作例1のタイミングチャート
【図12】走行中の変速操作例2のタイミングチャート
【図13】走行中の変速操作例3のタイミングチャート
【図14】変速パターン別のクラッチの油圧制御(a)〜(e)
【発明を実施するための形態】
【0016】
上記技術思想に基づいて具体的に構成された実施の形態について以下に図面を参照しつつ説明する。
図1は、本発明の適用対象となる作業車両の一例として示すトラクタの全体側面図である。この作業車両1は、前後の走行車輪2,3によって圃場作業可能に機体を支持し、機体前部のエンジン4の動力を受けて走行車輪2,3に変速伝動する変速伝動系を内設した走行伝動装置5であるトランスミッションを備える。この走行伝動装置5は、また、PTOと略称される作業動力供給部6に伝動する作業機伝動系を内設し、後部ヒッチに装着したロータリ等の作業機Wを駆動可能に構成される。
【0017】
走行伝動装置5は、図2の伝動系統展開図に示すように、高低速の2つの伝動要素をそれぞれのクラッチにより2段変速伝動する2つの高低速変速機構11,11と、複数速の伝動要素をパワーシンクロシフトにより多段変速伝動する2つの主変速機構12,12と、正逆転の2つの伝動要素をそれぞれのクラッチにより正逆切替伝動する前後進切替機構13と、ギヤシフトによって多段に変速可能な副変速機構14とを直列に介設して多段変速可能にエンジン動力を変速伝動する走行用の変速伝動系を備え、また、作業機伝動系としてPTO変速伝動部15を設けてその作業クラッチ入力軸である作業入力軸15aを高低速変速機構11,11と共にエンジン動力を受け、PTO軸15bを介して作業動力供給部6に伝動する。
【0018】
高低速変速機構11,11は、2系統に並列配置してエンジン出力軸4aから共通入力軸11aを介してそれぞれ高低速軸11b,11bに高低出力を伝動し、また、主変速機構12,12は、高低速変速機構11,11の出力側にそれぞれ系統別に構成して主変速軸12bに共通に伝動出力し、直列配置の前後進切替機構13の前後進軸13bから4段変速の副変速機構14を介して前後輪2,3に伝動する。
【0019】
主変速機構12,12は、2系統のそれぞれの上下流両側をクラッチ式の高低速変速機構11,11と前後進切替機構13とによって挟まれることから、これら上下流両側の変速機構11,13のクラッチによりエンジン4と走行車輪2,3の両方からの回転伝達の遮断が可能となり、エンジン回転と車速との回転差を受けることがないので、小容量のシンクロ機構によって迅速に変速切替えができる。したがって、上記走行伝動装置5は、走行中における変速切替性を確保した上で、主変速機構12,12の小型化によるトランスミッション全長の短縮化が可能となり、それに伴う車両のコンパクト化によって作業車両の小回り性の向上に寄与することができる。
【0020】
前後進切替機構13は、前進ギヤと後進ギヤをクラッチにより切替え可能に構成することによりコンパクト化できるので、クラッチの前或いは後にギヤシフト式の前後進切替機構を設ける場合より、必要な前後長寸法を短縮して構成することができる。
【0021】
高低速変速機構11,11の切替え駆動は切替弁によってクラッチを作動させ、また、前後進切替機構13の切替え駆動は比例圧力制御弁によって伝動力制御可能に構成することにより、圧力制御の際に、クラッチやバルブ、制御部の駆動回路のそれぞれの特性のバラツキに対応した安定化が可能となる。すなわち、変速時のクラッチ駆動中に常にどちらか接続状態となる側のクラッチ圧力コントロールすることで、個々の比例弁制御が不要となり、製品間の変速特性のバラツキを小さく抑えて低コストで安定したシステムを構成することができる。
【0022】
また、作業入力軸15aは、高低速変速機構11,11と共にエンジン動力を受けて作業機動力制御用のPTO変速伝動部15を設けることにより、高低速変速機構11,11と作業入力軸15aに常時エンジン動力が供給されることから、最小限の伝動構成によって走行系と作業系にエンジン動力を供給する走行変速伝動装置5を構成することができる。
【0023】
高低速変速機構11,11の2系統の高低の変速段は互いに共通に構成し、かつ、主変速機構12,12の2系統の全変速段は互いに異なる変速比に構成し、変速比の順位が隣接する2つの変速段は別々の系統に構成する。具体的には、図例の主変速機構12,12について、変速比の順位が2系統の一方に第1と第3の変速比による1速と3速の減速ギヤ列、他方に第2と第4の変速比による2速と4速の減速ギヤ列をそれぞれ切替え可能に全4速に構成する。
【0024】
上記構成の変速伝動系の具体的な伝動構成は、図3の変速段別リストに示すように、低速Lと高速Hを切替える高低速変速機構11,11の一方を主変速機構12,12の1速−3速の切替えによる1L、1H、3L、3Hの4変速段、他方を2速−4速の切替えによる2L、2H、4L、4Hの4変速段が選択でき、前進Fと後進Rを切替える前後進切替機構13の組合わせにより、前後進についてそれぞれ8速の多段変速が可能となる。また、主変速機構12,12の系統別に不連続の変速段を切替え構成することにより、両系統を同時に変速駆動することが可能となることから、1段ずつの順次変速の際に最小限の伝動遮断で円滑な変速が可能となる。
【0025】
上記構成の走行伝動装置5は、変速を含む走行制御のための操作具と変速制御用の制御部Cを備えて走行伝動装置を構成し、操作具として、踏込操作用のクラッチペダル21、順次式変速指示具である主変速レバー22、前後進選択用の前後進レバー23を設け、図4のシステムブロック図に示すように、操作具それぞれの操作センサ21s…および各機器の動作センサ12s…、回転センサ4r,13r等の信号を制御部Cに入力して各変速機器の駆動部11d…を制御可能な変速制御システムを構成する。
【0026】
クラッチペダル21は、クラッチペダルセンサ21sからの踏込量信号を制御部Cに入力し、踏込操作に応じて高低速変速機構11,11と前後進切替機構13とを共に中立に伝動遮断制御し、また、主変速レバー22は、図5のレバーガイドの見取図に示すように、ポジション1から8までの変速段ポジションとニュートラルNおよびアクセル変速用の自動変速ATのポジションを設け、ニュートラルNのポジションで高低速変速機構11,11と前後進切替機構13の伝動を共に中立とするとともに、主変速機構12,12の両系統をいずれかの変速段に切替え伝動制御することにより、エンジン側と走行車輪側のいずれについてもクラッチのつき回りによる動力伝達が防止され、また、変速済みの主変速機構12,12により、クラッチペダル21の戻し操作に応じて動力伝達が開始されることから、主変速機構12,12のシンクロ動作特性によることなく、応答性を確保することができる。
【0027】
主変速機構12,12は、非伝動側の系統についても変速を完了状態に保持するように構成し、主変速レバー22の指示に応じて異なる変速位置に保持する。例えば、主変速レバー22の指示がポジション2の場合は、1速−3速の系統の高低速変速機構11を高速H側、1速―3速の主変速機構12を1速に変速制御し、前後進切替機構13を伝動制御し、この時、他の2速―4速の系統は、高低速変速機構11を中立、主変速機構12を2速に変速制御した状態に保持することにより、レバー操作で変速した時は主変速機構12が既に変速済みであることから、多くの場合において変速操作と連動した切替えが不要となるので、変速時の機器動作を少なくして変速完了までの時間を最小限に短縮することができる。
【0028】
主変速レバー22の変速指示位置と主変速機構12,12の変速位置の関係は、少なくとも以下の如くに制御する。すなわち、主変速レバー22の指示位置が1〜3速の場合は両系統の変速段を1速と2速とし、指示が6〜8速の場合は変速段を3速と4速とし、指示が4,5速の場合はいずれかの変速段に変速することにより、変速制御処理のアルゴリズムが簡単になり、変速操作と連動したシンクロシフト式の変速部の変速動作を少なくすることができる。
【0029】
変速の際の詳細な制御は、主変速機構12,12の変速が完了してから動力伝達できるようにクラッチ伝動を制御し、高低速変速機構11,11は変速後のクラッチのミート位置までのピストン移動時間を加味し、クラッチを変速前のポジションに伝動状態で保持するように制御することで、動力遮断を極力少なくすることができる。
【0030】
また、変速前に高低速変速機構11,11の中立動作とほぼ同時に前後進切替機構13を減圧側に駆動し、変速後に高低速変速機構11,11のクラッチの推定ミートタイミングに合わせて減圧側から徐々に接続トルクを大きくする側(昇圧)に駆動することにより、変速した際の動力遮断が少なく、二重噛みなしに制御できるので、変速のフィーリングを改善することができる。
【0031】
変速指示変化幅が複数段以上の場合は中間変速段への変速を介して最終変速目標位置に変速するように、主変速レバー22による変速位置の変化量によって変速方式を変更する。例えば、1速から8速などの車速差が大きい場合は、一気に変速するとその車速差に応じた加速度が発生して変速ショックが大きくなるので、複数段の変速の際は、1変速段から2変速段を間に置いた中間変速位置を入れて変速することで、車速差を少なくした変速によって変速ショックを和らげることができる。
【0032】
主変速レバー22の変速位置は、ポテンショメータ等のアナログ量で検出し、検出刻み量をほぼ一定にした刻み幅の範囲で変速指示位置を決定するように構成することにより、指示位置毎に幅を設けて変速指示位置を容易に確定することができる。また、検出値をアナログ量とすることで操作を継続しているのか完了したのか判断でき、例えば、1速から4速に変速している過程における2速位置なのか、1速から2速までの操作の完了による2速なのか、その判断が可能となる。
【0033】
この場合において、操作方向に対して、変速指示位置範囲にヒステリシスを設ける等の方策により、変速制御の安定化を図ることができる。例えば、1速と2速の検出が繰り返し変化する等の切替わりの位置での検出のチャタリング的な検出を防止することができる。
【0034】
(中間変速段制御)
次に、中間変速段による変速制御について説明する。
変速制御部Cの制御処理により、変速指示具22の操作途中と操作終了との操作区分を所定の基準によって判定し、操作途中の判定であれば、全変速段から選択した所定の中間変速段の通過により、通過した中間変速段に順次切替え、その終了に続いて操作終了の判定による変速段に切替える。
【0035】
このように変速制御を構成することにより、高低速変速機構11、主変速機構12、および前後進切替機構13からなる変速伝動系を変速指示具22の操作に応じて変速制御部Cにより前後進の多段の変速段に切替えができ、また、変速指示具の操作状況について操作途中と操作終了の操作区分を判別し、操作終了までの中間変速段の切替を経て操作終了の判定による変速段に切替えられる。したがって、多段の変速段の一部を選択して中間変速段を設定することにより、変速指示具を大きく操作する場合にあっても操作開始とともに迅速に変速段の切替えが開始され、また、変速指示具を急速に操作した場合にあっても、操作終了時の変速段まで中間変速段の順次切替えを経て変速ショック無しに円滑な変速が可能となる。
【0036】
変速指示具22の操作途中と操作終了の操作区分は、変速指示具の操作速度に基づいて操作状況を判定することができ、この判定区分により、変速指示具を一気に操作した場合は操作終了時を含む中間点毎に変速され、また、操作を低速で継続した場合は1段ずつの変速となり、いずれも操作に対応して制御動作されることから、作業者が違和感なく操作することができる。
【0037】
(レバー中立制御)
変速指示具22を中立Nにポジション操作した場合については、高低速変速機構11,11と前後進切替機構13とを共にクラッチオフして伝動遮断するとともに、主変速機構12,12の両系統をそれぞれの低速側の変速段に伝動制御することにより、次に変速指示具22による変速操作が開始された際に、主変速機構12,12のシンクロ動作を要することなく、上下流両側の変速機構11,13のクラッチの伝動動作とともに変速伝動が可能となるので、変速動作の応答性を向上することができる。
【0038】
(伝動中立制御)
副変速14の中立操作を除く変速伝動系の中立制御は、高低速変速機構11,11と前後進切替機構13を共に中立に伝動制御するとともに、主変速機構12,12の両系統を所定の変速段に伝動制御することにより、二重噛み状態の主変速機構12,12がその上下流両側で伝動遮断状態となることから、つき回り動力による走行車輪への伝動が遮断されて機体の安定を確保することができる。
【0039】
(変速制御例)
次に、変速制御動作の具体例について説明する。
まず、停車時の変速伝動系の変速伝動制御は、図6(a)の伝動構成リストに示すように、2系統の高低速変速機構11,11と前後進切替機構13をオフに制御するとともに、2系統の主変速機構12,12については、主変速レバー22の位置と対応した位置に伝動制御する。
【0040】
例えば、前後進レバー23を中立のN位置に操作して停車中のときは、主変速レバー22が1速位置であれば、2系統の主変速機構12,12のみを準備のために立ち上げて1速オンと2速オンに伝動制御する。また、クラッチペダル21を踏込み位置に操作して停車中のときは、主変速レバー22が1速位置であれば、同様に、2系統の主変速機構12,12のみを準備のために立ち上げて1速オンと2速オンに伝動制御する。
【0041】
また、発進操作時の変速伝動系の変速伝動制御は、図6(b)の伝動構成リストに示すように、前後進レバー23または、クラッチペダル21の操作と対応して高低速変速機構11と前後進切替機構13をクラッチにより伝動制御する一方で、2系統の主変速機構12,12についてはその伝動状態を維持する。
【0042】
この発進時の変速制御の詳細は、前後進レバー23による発進の場合を図7のタイミングチャートに示すように、クラッチペダル21を戻して開放し、主変速レバー22を1速位置とし、前後進レバーを中立位置で停車している場合に、この前後進レバー23を前進位置に操作すると、Hi−Loクラッチ(1−3)をオフからL(1)オンに制御し、同時に前後進切替機構13のクラッチをオフから前進に所定の油圧カーブで昇圧して接続し、この間、Hi−Loクラッチ(2−4)をオフ、主変速(1−3)を1速オン、主変速(2−4)を準備のために2速オンに立ち上げたままに伝動状態を維持する。この場合、クラッチピストンはそれぞれの移動時間t1、t2を経て接続動作を開始する。
【0043】
このように、前後進レバー23を中立位置から前進位置に操作して発進する際は、主変速レバー22位置と対応する伝動系統の主変速機構12をそのままで高低速変速機構11と前後進切替機構13の該当側のクラッチを昇圧して動力を伝達する一方で、待機系統の高低速変速機構11は中立のままで主変速機構12を準備のためにその伝動状態を維持する。
【0044】
また、クラッチペダル21による発進の場合を図8のタイミングチャートに示すように、前後進レバー23を中立位置、主変速レバー22を1速位置とし、クラッチペダル21を踏込んで停車している場合に、このクラッチペダル21を戻し操作すると、Hi−Loクラッチ(1−3)をオフからL(1)オンに制御し、同時に前後進切替機構13のクラッチをオフから前進にクラッチペダル21の戻し操作に応じた油圧カーブで昇圧して接続し、この間、Hi−Loクラッチ(2−4)をオフ、主変速(1−3)を1速オン、主変速(2−4)を準備のために2速オンに立ち上げたままに伝動制御する。この場合、クラッチピストンはそれぞれの移動時間t1、t2を経て接続動作を開始する。
【0045】
このように、クラッチペダル21の戻し操作によって発進する際は、主変速レバー22位置と対応する伝動系統高低速変速機構11と前後進切替機構13の該当側のクラッチを昇圧して動力伝達を開始する一方で、待機系統の高低速変速機構11を中立のままで主変速機構12を準備のためにその伝動状態を維持する。
【0046】
次に、走行中の変速伝動制御については、主変速レバー22が4速以下のポジションの場合と5速以上のポジションの場合を図9の伝動構成リスト1と図10の伝動構成リスト2にそれぞれ示すように、主変速レバー22の操作に伴い、変速操作幅が大きい場合は括弧書きの中間変速段を経て、2系統の主変速機構12,12について主変速レバー22の位置と対応した位置に伝動制御を行う。
【0047】
この変速伝動制御について詳細に説明すると、図11の走行中の変速操作例1のタイミングチャートに示すように、クラッチペダル21を開放、前後進レバー23を前進、主変速レバー22をポジション1で前進走行中においてポジション2に操作した場合は、Hi−Loクラッチ(1−3)はL(1)オンからH(3)オンに切換え、前後進クラッチを前進でL(1)オフのタイミングで一旦動力伝達しない程度の低い圧力まで減圧し、徐々に昇圧する一方、Hi−Loクラッチ(2−4)はオフ、主変速機構12(1−3)は、1速オンで使用のまま、主変速(2−4)は2速オンに準備のため立ち上げる。この場合、レバー操作時間t3には移動速度による操作完了判定時間t4を含み、レバー操作時間t3とクラッチピストンの移動時間t1を経て高低速変速機構11の該当クラッチが接続開始し、その一定時間t5前(略10ミリ秒前)に前後進クラッチをオフして二重噛みを防止する。
【0048】
このように、主変速レバー22をポジション1で前進走行中にポジション2に操作した時は、伝動側の系統の高低速変速機構11の伝動要素を低速から高速に切替制御し、その際に、前後進切替機構13を一時的に減圧して所定の油圧カーブの昇圧により伝動接続する。
【0049】
また、図12の走行中の変速操作例2のタイミングチャートに示すように、クラッチペダル21を開放、前後進レバー23を前進、主変速レバー22をポジション1で前進走行中においてポジション5に操作した場合は、Hi−Loクラッチ(1−3)はL(1)オンからオフに切換えて再びL(1)オン、Hi−Loクラッチ(2−4)はオフからL(2)オンに切換えて再びオフ、主変速クラッチ(1−3)は1速オンの使用からオフにして3速オンで使用、主変速クラッチ(2−4)は2速オンのまま準備で立ち上げておき、前後進クラッチは前進維持でHi−Loクラッチ切替えの都度減圧して徐々に昇圧する。この場合、レバー操作時間t3は、ポジション3以上への変速操作により確定された時点であり、その時点からポジション3の変速伝動制御が開始され、また、主変速の切替えは、所定の中立保持時間t6を確保する。
【0050】
このように、主変速レバー22をポジション1で前進走行中の場合においてポジション5に操作した時は、ポジション3の中間変速段制御を間に挟んで伝動制御し、また、高低速変速機構11の切替の都度、前後進切替機構13を一時的に減圧して所定の油圧カーブで昇圧する。
【0051】
また、図13の走行中の変速操作例3のタイミングチャートに示すように、主変速レバー22をポジション2で前進走行中においてポジション7に操作した場合において、変速位置や車両転がり条件によってポジション4と5を中間変速段とする例については、ポジション4以上への変速操作により、変速完了が未確定のまま4速への切替え動作を開始し、また、7速確定操作によって5速への変速を行うとともに、その変速の終了に続いて事前に主変速(2―4)を切替える。
【0052】
次に、変速時の伝動切替えのクラッチ油圧制御について説明する。
クラッチの油圧制御について、図14に示すように、ポジション1から2への変速例(a)は、動力遮断の無い変速で、高低速変速機構11のクラッチ切換えのみの場合であり、二重噛みしないように、また、油温が低い場合は被らないように制御する。このような変速パターンのポジション移行は、1→2、2→1、3→4、4→3、5→6、6→5、7→8、8→7が該当する。
【0053】
また、ポジション1から5への変速例(b)は、一気に変速すると動力遮断する変速(使わない)で、主変速機構12のみ切換の場合である。このような変速パターンのポジション移行は、1→5、5→1、2→6、6→2、3→7、7→3、4→8、8→4が該当する。
【0054】
また、ポジション2から3への変速例(c)は、動力遮断の無い変速で、高低速変速機構11のクラッチ切換えと主変速機構12,12の系統切換えの場合であり、油温が低い場合は被らないように制御する。このような変速パターンのポジション移行は、1→4,7,8、2→3,4,7,8、3→1,2,5,6、4→1,2,5,6、5→3,4,7,8、6→3,4,7,8、7→1,2,5,6、8→1,2,5,6が該当する。
【0055】
また、ポジション1から6への変速例(d)は、一気に変速すると動力遮断する変速(使わない)で、主変速機構12と高低速変速機構11のクラッチ切換の場合である。このような変速、パターンのポジション移行は、1→6、2→5、3→8、4→7、6→1、5→2、8→3、7→4が該当する。この場合において、同一主変速機構12を変速する際は、中立保持後、100ミリ秒程度待ち時間を確保する。
【0056】
また、ポジション4から5への変速例(e)は、動力遮断の無い変速で、変速する際にシンクロ式の主変速部を切換える必要がある変速の場合で、高低速変速機構11のクラッチピストンイニシャル時間(ミート時間)が主変速切換時間より短い場合は、その時間の経過時を変速先の入りタイミングとする。すなわち、主変速切換に十分時間をとってから高低切替え変速を行う。
【0057】
(動作確認)
次に、変速機器の動作確認制御について説明する。
変速機器の動作確認のための制御として、副変速機構14が中立状態にあるときは、その上流側の高低速変速機構11、主変速機構12、および前後進切替機構13からなる変速伝動系を変速操作と連動した変速挙動をするように制御することにより、メンテナンスにおける機器動作チェック等において、クラッチ式やシンクロシフト式の各変速機構の挙動を、走行停止状態で確認することができる。
【0058】
また、クラッチ調整のためにクラッチのピストンを測定する調整モードを設け、各クラッチ出力軸より下流側に回転センサを設け、調整モードにより各クラッチを駆動した時の回転変化によってピストンストロークを測定するように構成することにより、変速時の動力遮断を少なくし、かつ、回転センサにより確実にミートポイントまでのストロークを検出することができる。
【0059】
この場合において、作動油の油温Tが規定温度以上であることをピストンストロークの測定条件として牽制制御することにより、オイル粘性に応じた圧力損失による流量変化誤差を防止することができる。
また、回転センサは、前後進切替機構13の出力軸である前後進軸13bより下流に設けた1個のセンサ13rにより、各クラッチの駆動順位を変えながら検出することにより、各クラッチ室の圧力を個別に検出するセンサを要することなく、確実なミートポイントが検出できるとともに、低コスト化が可能となる。
また、回転センサは、副変速機構14のギヤ切換による回転数変化が発生しない部位に設置することにより、副変速機構14を中立にして停車状態で調整作業が可能となることから、走行スペースがとれない狭い場所でも実施することができる。
【0060】
ピストンストロークの測定は、駆動バルブをほぼ最大流量になる開度で駆動してクラッチのピストンストローク相当の時間(クラッチピストンが初期位置からミートポイントまで規定の駆動方法で動く時間)を測定することにより安定した測定が可能となる。
【0061】
また、ピストンストローク相当の時間は、該当するクラッチ測定時の検出位置(回転センサ位置)での減速比回転数を測定中のエンジン回転数から演算し、この減速比回転数に対し、検出回転数が規定割合以上になったポイントまでの時間で求め、ピストンストローク基準時間として各クラッチ制御に使用するように構成する。このように、チェックモードで測定時、測定中のエンジン回転数と減速比で演算した回転数と比較して検出することにより、測定時のエンジン回転合わせをラフに行っても正しい検出ができる。
【0062】
測定した高低速変速機構11のピストンストローク基準データは、変速先のクラッチがミートする直前に変速元のクラッチをオフするタイミングを決めるデータとして変速先のピストンストローク基準データを元に演算使用し、測定ピストンストローク基準データに対し、若干少ない時間で変速元のクラッチをオフするように構成することにより、二重噛みを起こさないように駆動し、クラッチの耐久性を向上することができる。
【0063】
測定した前後進切替機構13のピストンストローク基準データは、前後進操作やクラッチピストン操作で動力伝達開始する際の前進クラッチ或いは後進クラッチのクラッチミートまでの時間を素早く行うとともに、クラッチミート時の初期圧力を走行変速位置などの条件に応じて適正なものでコントロールするための比例制御弁での初期大電流(流量大)駆動時間として使用し、測定時ピストンストローク基準データに対し、バルブおよびバルブ駆動回路の応答遅れを考慮した若干短い時間で制御データに使用する。このように、ミート時初期圧力を安定的に出すため、バルブの応答性により駆動圧力が高めにならないように、少し短めのイニシャル時間として制御に使用することで、安定的なフィーリングの良いクラッチ制御が可能となる。
【0064】
また、主変速機構12,12(主1−3、主2−6)は、測定するクラッチの間に位置することから、調整モードでクラッチピストンストローク測定中に、少なくとも前後進切替機構13のクラッチ測定中1回の測定が終了して暫くの間変速状態を保持しておくように制御処理を構成する。
【0065】
例えば、前進クラッチ測定を終了し、後進クラッチ測定を実施する場合、クラッチケースが前後進一体で構成してあるため、測定後の回転停止が遅いと次の測定開始が遅くなり、ピストンストローク測定がトータルで長時間を要することになる。本案では、例えば、前進クラッチ測定後に同クラッチ出力をオフすることで主変速切替機構12でブレーキを掛けてクラッチケースの回転を早めに停止させることができ、調整モードのトータル時間を短縮することができる。
【0066】
測定の回数は個々のクラッチ毎に複数回行い、その全結果の中より基準データを決める構成とし、また、クラッチのピストンが初期ポジションに戻るのを待ってから駆動する必要があることから、同一クラッチを複数回継続して測定する場合は、調整モードに長時間を要することとなるので、その測定の順番は、同一クラッチの連続測定を避け、例えば、前進クラッチと後進クラッチを交互に行う等、少なくとも、異なるクラッチを挟んで順次行うように構成することで、トータル時間を短縮することができる。
【0067】
(伝動開始操作)
伝動開始操作においては、クラッチペダル21を踏込み操作している場合における主変速レバー22の操作時は、前記同様に主変速レバー22の操作途中或いは操作終了を判定できるように構成し、操作途中の場合は中間変速位置を通過した際に主変速切替機構12のみを変速し、操作終了時は操作終了に基づき主変速切替機構12のみ動作するように構成する。このように、主変速機構12,12の変速は主変速レバー22の操作時と同様に必要なポジションに動かすように構成することにより、クラッチペダル21を徐々に戻す操作を開始したときに、直ぐに応答することができる。
【0068】
その他の変速操作具により中立ポジションをとっている場合の主変速レバー22の操作でも、上記クラッチペダル21の踏込み時と同様に、主変速レバー22の操作途中或いは操作終了を判定できるように構成し、操作途中の場合は中間変速位置を通過した際に主変速切替機構12のみを変速し、操作終了時は操作終了に基づき主変速機構12のみ動作するように構成することにより、前後進レバー23等の変速操作開始時に応答性良く動かすことができる。
【符号の説明】
【0069】
1 作業車両
2 走行車輪
3 走行車輪
4 エンジン
4a エンジン出力軸
5 走行伝動装置
6 作業動力供給部
11 高低速変速機構(クラッチ)
11a 共通入力軸
12 主変速機構
13 前後進切替機構(クラッチ)
14 副変速機構
15 PTO変速伝動部
15a 作業入力軸
21 クラッチペダル
22 主変速レバー(変速指示具)
23 前後進レバー
W 作業機

【特許請求の範囲】
【請求項1】
エンジン出力を受けて走行車輪(2,3)に変速伝動する変速伝動系を備え、この変速伝動系に切替クラッチにより高低速2段変速伝動する高低速変速機構(11)と、複数段変速伝動する主変速機構(12)と、切替クラッチにより正逆切替伝動する正逆転切替機構(13)と、多段に変速可能な副変速機構(14)とを直列に介設して多段変速可能に構成した作業車両の走行伝動装置において、
上記高低速変速機構(11)は、2系統に並列配置してエンジン出力を共に受け、また、上記主変速機構(12)は、高低速変速機構(11)の出力側にそれぞれ系統別に構成して両出力側に共通して上記正逆転機構(13)を直列に配置したことを特徴とする作業車両の走行伝動装置。
【請求項2】
前記高低速変速機構(11)と共にエンジン動力を受ける作業入力軸(15a)を設け、この作業入力軸(15a)に作業動力を変速伝動するPTO変速伝動部(15)を設けたことを特徴とする請求項1記載の作業車両の走行伝動装置。
【請求項3】
前記高低速変速機構(11)は、2系統の高低の変速段を互いに共通に構成し、かつ、前記主変速機構(12)は、2系統の全変速段を互いに異なる変速比で、変速比順位が隣接する変速段を互いに他の系統に構成したことを特徴とする請求項1または請求項2のいずれかに記載の作業車両の走行伝動装置。
【請求項4】
走行動力の伝動を遮断するためのクラッチペダル(21)を設け、このクラッチペダル(21)の踏込みにより前記高低速変速機構(11)および正逆転切替機構(13)を共に伝動遮断するとともに、前記主変速機構(12)の両系統とも、いずれかの変速段に切替え伝動することを特徴とする請求項1乃至請求項3のいずれかに記載の作業車両の走行伝動装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【公開番号】特開2013−24305(P2013−24305A)
【公開日】平成25年2月4日(2013.2.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−158686(P2011−158686)
【出願日】平成23年7月20日(2011.7.20)
【出願人】(000000125)井関農機株式会社 (3,813)
【Fターム(参考)】