説明

内燃機関の制御装置

【課題】この発明は、内燃機関の制御装置に関し、筒内のデポジット堆積量を精度良く推定することを目的とする。
【解決手段】
筒内圧センサ28を備える。内燃機関10の工場出荷時に第1負荷条件(KL1)で算出された第1基準燃焼期間T0(KL1)と当該第1負荷条件(KL1)で基準状態よりも後の運転中に算出された第1燃焼期間T(KL1)との第1燃焼期間変化量ΔT1と、工場出荷時に第2負荷条件(KL2)で算出された第2基準燃焼期間T0(KL2)と当該第2負荷条件(KL2)で基準状態よりも後の運転中に算出された第2燃焼期間T(KL2)との第2燃焼期間変化量ΔT2とを算出したうえで、第1燃焼期間変化量ΔT1と第2燃焼期間変化量ΔT2との差である燃焼期間変化量ΔT12の大きさに基づいて筒内のデポジット堆積量を推定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、内燃機関の制御装置に係り、特に、筒内のデポジット堆積量を推定する装置として好適な内燃機関の制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、例えば特許文献1には、筒内のデポジット堆積量を算出するエンジンのデポジット量検出装置が開示されている。具体的には、この従来の装置は、熱発生率、ノック発生時期および実ノック強度に基づいて、筒内のデポジット堆積量を算出するというものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2005−226481号公報
【特許文献2】特開2009−002241号公報
【特許文献3】特開平11−022541号公報
【特許文献4】特開2008−196387号公報
【特許文献5】特開平7−279736号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
空燃比やEGRガス量などが異なると、ノック発生時期やノック強度が変化する。従って、上記特許文献1に記載の手法では、筒内のデポジット堆積量を精度良く推定するためには、複雑なロジックが必要となる。
【0005】
この発明は、上述のような課題を解決するためになされたもので、筒内のデポジット堆積量を精度良く推定することのできる内燃機関の制御装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
第1の発明は、内燃機関の制御装置であって、
内燃機関の燃料状態を取得する燃焼状態取得手段と、
前記内燃機関の負荷を取得するエンジン負荷取得手段と、
複数の負荷条件で取得した燃焼状態と、前記内燃機関が筒内にデポジットが付着していないもしくは当該デポジットの付着の少ない基準状態にある時に前記複数の負荷条件で取得した基準燃焼状態との比較結果に基づいて、筒内のデポジット堆積量を推定するデポジット堆積量推定手段と、
を備えることを特徴とする。
【0007】
また、第2の発明は、第1の発明において、
前記燃焼状態取得手段は、
筒内圧力を検知する筒内圧センサと、
前記筒内圧センサにより検知される筒内圧力に基づいて筒内での燃焼期間を算出する燃焼期間算出手段と、
を含み、
前記デポジット堆積量推定手段は、前記内燃機関が前記基準状態にある時に前記複数の負荷条件のうちの第1負荷条件で算出された第1基準燃焼期間と前記基準状態よりも後の運転中に前記第1負荷条件で算出された第1燃焼期間との第1燃焼期間差と、前記内燃機関が前記基準状態にある時に前記複数の負荷条件のうちの第2負荷条件で算出された第2基準燃焼期間と前記基準状態よりも後の運転中に前記第2負荷条件で算出された第2燃焼期間との第2燃焼期間差とを算出したうえで、前記第1燃焼期間差と前記第2燃焼期間差との差の大きさに基づいて筒内のデポジット堆積量を推定することを特徴とする。
【0008】
また、第3の発明は、第1の発明において、
前記内燃機関では、運転中に点火時期を最適点火時期に制御する最適点火時期制御が実行されており、
前記燃焼状態取得手段は、ノックを検知するノックセンサを含み、
前記デポジット堆積量推定手段は、前記内燃機関が前記基準状態にある時に前記複数の負荷条件のうちの第1負荷条件でノックが検知された時の第1基準点火時期と前記基準状態よりも後に前記第1負荷条件でノックが検知された時の第1点火時期との第1点火時期差と、前記内燃機関が前記基準状態にある時に前記複数の負荷条件のうちの第2負荷条件でノックが検知された時の第2基準点火時期と前記基準状態よりも後に前記第2負荷条件でノックが検知された時の第2点火時期との第2点火時期差とを算出したうえで、前記第1点火時期差と前記第2点火時期差との差の大きさに基づいて筒内のデポジット堆積量を推定することを特徴とする。
【0009】
また、第4の発明は、第1乃至第3の発明の何れかにおいて、
所定のノック判定指標値が所定のノック判定基準値に達した場合にノックが発生したと判定するノック判定手段と、
前記デポジット堆積量推定手段によって推定されたデポジット堆積量が所定値以上である場合に、前記内燃機関の運転領域に応じて前記ノック判定基準値を異ならせるノック判定基準値変更手段と、
を更に備えることを特徴とする。
【0010】
また、第5の発明は、第4の発明において、
前記ノック判定基準値変更手段は、前記デポジット堆積量推定手段によって推定されたデポジット堆積量が所定値以上である場合に、所定の低回転高負荷領域に対して用いる前記ノック判定基準値を小さくすることを特徴とする。
【0011】
また、第6の発明は、第4または第5の発明において、
前記ノック判定基準値変更手段は、前記デポジット堆積量推定手段によって推定されたデポジット堆積量が所定値以上である場合に、所定の低回転高負荷領域以外の運転領域の少なくとも一部の領域に対して用いる前記ノック判定基準値を大きくすることを特徴とする。
【0012】
また、第7の発明は、第4乃至第6の発明の何れかにおいて、
前記デポジット堆積量推定手段によって推定されたデポジット堆積量が所定値以上である場合において、前記内燃機関の運転領域が所定の低回転高負荷領域となる時に、ノックの発生を抑制する所定のノック抑制制御を実行するノック抑制制御実行手段を更に備えることを特徴とする。
【発明の効果】
【0013】
筒内壁面にデポジットが堆積すると、燃焼速度が高くなる。また、デポジットの堆積が燃焼速度に与える影響は、内燃機関の負荷によって異なるものとなる。第1の発明によれば、複数の負荷条件で取得した燃焼状態と、内燃機関が基準状態(筒内にデポジットが付着していないもしくは当該デポジットの付着の少ない状態)にある時に上記複数の負荷条件で取得した基準燃焼状態との比較結果に基づいて、筒内のデポジット堆積量が推定される。これにより、上記知見に利用して、筒内のデポジット堆積量を精度良く推定することが可能となる。
【0014】
第2の発明によれば、燃焼状態を示す指標として筒内での燃焼期間を用いつつ、2つの負荷条件における燃焼期間の変化の相対的な比較に基づいた判断が行われる。これにより、使用される燃料の性状の変更などによって燃焼速度が変化することがあったとしても、複雑なロジックを必要とすることなく、デポジット堆積量を精度良く推定することが可能となる。
【0015】
第3の発明によれば、燃焼状態を示す指標としてノック検出時の点火時期を用いつつ、2つの負荷条件における上記点火時期の変化の相対的な比較に基づいた判断が行われる。これにより、使用される燃料の性状の変更などによって燃焼速度が変化することがあったとしても、複雑なロジックを必要とすることなく、デポジット堆積量を精度良く推定することが可能となる。
【0016】
筒内壁面にデポジットが付着している状態でノックが発生すると、付着していたデポジットの一部が筒内壁面から剥がれることがある。剥がれたデポジットは、筒内で燃焼が行われる際に燃焼しながら筒内を浮遊する。そのようなデポジットが次サイクル以降にまで残留すると、プレイグニッションの着火源となることが分かった。第4の発明によれば、デポジット堆積量が所定値以上である場合に、運転領域に応じてノック判定基準値が異なるものとされることにより、運転領域に応じてノックの発生頻度が変更される。これにより、ノックの発生による堆積デポジットの剥がれの抑制や促進を運転領域に応じて異なるものとすることが可能となる。このため、本発明を用いることで、プレイグニッションの発生を抑制できるように、ノックの発生による堆積デポジットの剥がれをコントロールすることが可能となる。
【0017】
第5の発明によれば、低回転高負荷領域において、ノック判定基準値を小さくすることにより、ノックの発生が抑制されることになる。これにより、ノックの発生による堆積デポジットの剥がれが抑制されるので、プレイグニッションの発生が懸念される上記低回転高負荷領域において、堆積デポジットの剥がれに起因するプレイグニッションの発生頻度を低下させることができる。
【0018】
第6の発明によれば、低回転高負荷領域以外の運転領域において、ノック判定基準値を大きくすることにより、プレイグニッションの発生頻度が低い運転領域を用いて、ノックを利用して堆積デポジットの剥離を促進させることができる。
【0019】
第7の発明によれば、デポジット堆積量が所定値以上である場合には、そのことを契機として、内燃機関の運転領域が低回転高負荷領域となる時に所定のノック抑制制御が実行される。これにより、デポジット堆積量が多いと判断された状況下において、デポジットの剥離の要因となるノックの発生を好適に抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】本発明の実施の形態1のシステム構成を説明するための図である。
【図2】筒内へのデポジットの堆積の有無に応じた燃焼時の筒内圧波形の変化を表したP−θ線図である。
【図3】クランク角度を横軸として、筒内へのデポジットの堆積の有無に応じた質量燃焼割合(MFB)の波形の変化を表した図である。
【図4】筒内へのデポジットの堆積の有無に応じた、燃焼期間Tとエンジン負荷(負荷率KL)との関係の変化を表した図である。
【図5】燃料期間変化量ΔT(ΔT1、ΔT2)およびΔT12と、デポジット堆積量との関係をそれぞれ表した図である。
【図6】本発明の実施の形態3において実行されるルーチンのフローチャートである。
【図7】本発明の実施の形態3において実行されるルーチンのフローチャートである。
【図8】本発明の実施の形態1のシステム構成を説明するための図である。
【図9】筒内へのデポジットの堆積の有無に応じた、ノック時点火時期SAとエンジン負荷(負荷率KL)との関係の変化を表した図である。
【図10】点火時期変化量ΔSA(ΔSA1、ΔSA2)およびΔSA12と、デポジット堆積量との関係をそれぞれ表した図である。
【図11】本発明の実施の形態2において実行されるルーチンのフローチャートである。
【図12】本発明の実施の形態2において実行されるルーチンのフローチャートである。
【図13】エンジン負荷を示す指標としての正味平均有効圧(BMEP)とエンジン回転数とを用いて内燃機関の運転領域を表した図である。
【図14】筒内壁面に付着したデポジットを着火源とするプレイグニッションの発生を表したイメージ図である。
【図15】燃焼室内に堆積したデポジットが剥離される様子(一例としてピストンの頂面からの剥離)を表した図である。
【図16】本発明の実施の形態3において実行されるルーチンのフローチャートである。
【図17】燃焼期間変化量ΔT12と筒内のデポジット堆積量との関係を表した図である。
【図18】プレイグニッションの発生頻度とデポジット堆積量との関係を表した図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
実施の形態1.
図1は、本発明の実施の形態1のシステム構成を説明するための図である。図1に示すシステムは、内燃機関10を備えている。内燃機関10は、ここでは、過給機(一例としてターボ過給機)を備えた火花点火式内燃機関(一例としてガソリンエンジン)であるものとする。内燃機関10の各気筒内には、ピストン12が設けられている。各気筒内には、ピストン12の頂部側に燃焼室14が形成されている。燃焼室14には、吸気通路16および排気通路18が連通している。
【0022】
吸気通路16の入口近傍には、吸気通路16に吸入される空気の流量に応じた信号を出力するエアフローメータ20が設けられている。エアフローメータ20の下流には、電子制御式のスロットルバルブ22が設けられている。吸気通路16の各吸気ポート16aには、各吸気ポート16a内に向けて燃料を噴射するための燃料噴射弁24が設けられている。また、各気筒には、燃焼室14内の混合気に点火するための点火プラグ26が設けられている。更に、各気筒には、筒内圧力を検出するための筒内圧センサ28が配置されている。
【0023】
図1に示すシステムは、ECU(Electronic Control Unit)30を備えている。ECU30は、CPU、メモリー(ROMおよびRAM)並びにA/D変換器を含む入出力回路などによって構成されている。ECU30の入力部には、上述したエアフローメータ20および筒内圧センサ28に加え、エンジン回転数を検出するためのクランク角センサ32、および、エンジン冷却水温度を検出するための水温センサ34等の内燃機関10の運転状態を検知するための各種センサが接続されている。また、ECU30の出力部には、上述したスロットルバルブ22、燃料噴射弁24および点火プラグ26等の内燃機関10の運転を制御するための各種のアクチュエータが接続されている。ECU30は、上述した各種センサの出力に基づき、所定のプログラムに従って各種アクチュエータを作動させることにより、内燃機関10の運転状態を制御するものである。
【0024】
図2は、筒内へのデポジットの堆積の有無に応じた燃焼時の筒内圧波形の変化を表したP−θ線図である。より具体的には、図2(A)は、筒内にデポジットが堆積している状態において、エンジン回転数、負荷率KL、点火時期SA等が同一である運転条件下における複数回の筒内圧波形を表したものであり、図2(B)は、筒内にデポジットが堆積していない状態(工場出荷時の状態)において、図2(A)と同一の運転条件下における複数回の筒内圧波形を表したものである。また、図3は、クランク角度を横軸として、筒内へのデポジットの堆積の有無に応じた質量燃焼割合(MFB)の波形の変化を表した図である。質量燃焼割合は、筒内に供給された燃料の質量に対する燃焼ガスの質量の比率を表す指標値であって、点火時に0%であり、完全燃焼によって100%に達するものである。
【0025】
内燃機関10の運転中には、燃料の未燃成分やオイル等がデポジットとして筒内(燃焼室14内)に堆積することがある。筒内にデポジットが堆積すると、燃焼状態が変化する。具体的には、同一運転条件であってもデポジットが堆積するにつれ、燃焼速度が高くなる。このため、図2に示すように、デポジットが堆積している場合の方が、デポジットが堆積していない場合と比べ、点火後の筒内圧力(燃焼圧力)の変化が急峻となる。また、図3に示すように、デポジットが堆積している場合の方が、デポジットが堆積していない場合と比べ、質量燃焼割合の変化が早くなる。
【0026】
図4は、筒内へのデポジットの堆積の有無に応じた、燃焼期間Tとエンジン負荷(負荷率KL)との関係の変化を表した図である。
図2、3を参照して既述した理由により、デポジット堆積(付着)ありの場合の燃焼期間Tは、図4に示すように、筒内壁面へのデポジット堆積なしの場合の燃焼期間T0と比べて短くなる。更に、デポジットの堆積が燃焼速度に与える影響としては、負荷率KLが低いほど、燃焼速度をより高くするものであることが分かった。その結果、デポジット堆積ありの場合には、燃焼期間Tは、図4に示すように、負荷率KLが低いほど、より短くなり、デポジットの堆積が無い時の値との差が大きくなる。
【0027】
以上説明したように、本発明者らの鋭意研究によって、筒内壁面にデポジットが堆積した場合には、燃焼速度に与える影響が負荷率KLの値によって異なるものとなるという知見、より具体的には、負荷率KLが低いほど、燃焼速度が高くなるという知見が得られた。本実施形態は、上記の知見に基づく筒内のデポジット堆積量の推定手法に特徴を有している。
【0028】
本実施形態のデポジット堆積量の推定手法では、予め、内燃機関10が新品である基準状態(すなわち、工場出荷時の状態)において、KL1、KL2(>KL1)という負荷の異なる2つの運転条件にて推定の基準となる基準燃焼期間T0(T0(KL1)とT0(KL2))が算出され、ECU30のメモリーに記憶される。そのうえで、内燃機関10の運転中に、上記2つの運転条件(KL1、KL2)にて、第1燃焼期間T(T(KL1)と第2燃焼期間T(KL2))とが算出される。
【0029】
そして、第1基準燃焼期間T0(KL1)と運転中に算出される第1燃焼期間T(KL1)との差(T0(KL1)−T(KL1))である第1燃焼期間変化量ΔT1が算出され、同様に、第2基準燃焼期間T0(KL2)と運転中に算出される第2燃焼期間T(KL2)との差(T0(KL2)−T(KL2))である第2燃焼期間変化量ΔT2が算出される。更に、第1燃焼期間変化量ΔT1と第2燃焼期間変化量ΔT2との差(ΔT1−ΔT2)である燃焼期間変化量ΔT12が算出される。
【0030】
図5は、燃料期間変化量ΔT(ΔT1、ΔT2)およびΔT12と、デポジット堆積量との関係をそれぞれ表した図である。
各負荷条件(KL1、KL2)における燃焼期間変化量ΔT(ΔT1、ΔT2)は、デポジットの堆積に伴って新品時よりも燃焼期間Tが徐々に短くなることに起因して、図5(A)に示すような傾向で、デポジットの堆積量が多くなるにつれ、大きくなっていく。また、上述したように、デポジット堆積時には負荷率KLが低いほど燃焼期間がより短くなることに起因して、より低負荷側の第1燃焼期間変化量ΔT1の方が第2燃焼期間変化量ΔT2よりも大きくなる。更に、負荷率KLが低いほど、基準状態の値に対する燃焼速度の差が拡大する。このため、図5(A)に示すように、低負荷側の負荷率KL1の運転条件における第1燃焼期間変化量ΔT1の方が、高負荷側の負荷率KL2の運転条件における第2燃焼期間変化量ΔT2よりも、デポジット堆積量の増加に対する変化率が大きくなる。
【0031】
その結果、第1燃焼期間変化量ΔT1と第2燃焼期間変化量ΔT2との差である燃焼期間変化量ΔT12は、図5(B)に示すように、正の値となり、かつ、デポジット堆積量が増えるにつれ、大きくなる。従って、予め実験等によって図5(B)に示すような燃料期間変化量ΔT12とデポジット堆積量との関係を取得してECU30に記憶させておくことで、運転中に定期的に算出される燃焼期間変化量ΔT12に基づいて、デポジット堆積量を推定することが可能となる。
【0032】
図6は、基準燃焼期間T0を取得するために、内燃機関10の工場出荷時に予め実行されるルーチンを示すフローチャートである。
図6に示すルーチンでは、先ず、燃焼期間Tを計測するための所定の第1計測条件が設定される(ステップ100)。第1計測条件は、ここでは、一例として、エンジン回転数が1200rpm、KL1としての負荷率が35%、および、水温が80°となる条件である。負荷率KLは、エアフローメータ20により計測される吸入空気量等に基づいて算出することができる。
【0033】
次に、上記第1計測条件が得られるように内燃機関10が制御された状態で、筒内圧センサ28およびクランク角センサ32を利用して、第1基準燃焼期間T0(KL1)が計測される(ステップ102)。より具体的には、筒内圧センサ28により検出される燃焼時の筒内圧力に基づいて、公知の関係式に従って質量燃焼割合(図3参照)が所定クランク角度毎に算出される。そして、燃焼期間T(この場合は基準燃焼期間T0)は、筒内における燃焼開始(すなわち、質量燃焼割合が0%となる時)から質量燃焼割合が所定値となる時までのクランク角期間として算出される。次いで、算出された第1基準燃焼期間T0(KL1)がECU30のメモリーに記憶される(ステップ104)。
【0034】
次に、燃焼期間Tを計測するための所定の第2計測条件が設定される(ステップ106)。ここでは、第2計測条件は、上記第1計測条件とは負荷率KLを異ならせつつ、他の運転条件パラメータは合わせた条件の一例として、エンジン回転数が1200rpm、KL2としての負荷率が80%、および、水温が80°となる条件とされている。
【0035】
次に、上記第2計測条件が得られるように内燃機関10が制御された状態で、筒内圧センサ28およびクランク角センサ32を利用して、第2基準燃焼期間T0(KL2)が計測される(ステップ108)。次いで、算出された第2基準燃焼期間T0(KL2)がECU30のメモリーに記憶される(ステップ110)。
【0036】
図7は、内燃機関10の運転中に筒内のデポジット堆積量を推定するために、ECU30が実行するルーチンを示すフローチャートである。
図7に示すルーチンでは、先ず、所定の第1計測条件(負荷率KL1)および第2計測条件(負荷率KL2)における、現状の第1燃焼期間T(KL1)および第2燃焼期間T(KL2)がそれぞれ計測される(ステップ200)。
【0037】
次に、ECU30が記憶している第1、第2基準燃焼期間T0(KL1)、T0(KL2)と、上記ステップ200において計測された最新の第1、第2燃焼期間T(KL1)、T(KL2)とを用いて、第1燃焼期間変化量ΔT1と第2燃焼期間変化量ΔT2とが算出される(ステップ202)。
【0038】
次に、上記ステップ202において算出された第1燃焼期間変化量ΔT1と第2燃焼期間変化量ΔT2との差である燃焼期間変化量ΔT12が算出されたうえで、この燃焼期間変化量ΔT12に基づいて現状のデポジット堆積量が推定(算出)される(ステップ204)。ECU30には、上記図5(B)に示すように燃焼期間変化量ΔT12とデポジット堆積量との関係を予め実験等により定めた情報(例えば、マップ)がメモリーに記憶されている。本ステップ204では、そのような情報を利用して、最新の燃焼期間変化量ΔT12から現状のデポジット堆積量が推定される。従って、本ステップ204によれば、燃焼期間変化量ΔT12が大きいほど、デポジット堆積量が多いと推定されることになる。そのうえで、内燃機関10では、推定された最新のデポジット堆積量に応じたエンジン制御(例えば、後述する実施の形態3において説明する制御)が実施される(ステップ206)。
【0039】
以上説明した図7に示すルーチンによれば、KL1、KL2という負荷の異なる2つの運転条件において、基準燃焼期間T0(KL1)、T0(KL2)に対する燃焼期間T(KL1)、T(KL2)の差である第1、第2燃焼期間変化量ΔT1、ΔT2が算出されたうえで、これらの変化量ΔT1、ΔT2の差である燃焼期間変化量ΔT12に基づいて、デポジット堆積量が推定される。このような推定手法とは異なり、1つの負荷条件での燃焼期間Tの変化量ΔTに基づく判断による手法では、デポジット以外の要因で燃焼速度が変化した場合にデポジット堆積量を正確に推定することができなくなる。これに対し、本実施形態の推定手法によれば、2つの負荷条件(KL1、KL2)における燃焼期間Tの変化の相対的な比較に基づいた判断がなされることになる。このため、使用される燃料の性状の変更などによって燃焼速度が変化することがあったとしても、複雑なロジックを必要とすることなく、デポジット堆積量を精度良く推定することが可能となる。
【0040】
尚、上述した実施の形態1においては、ECU30が、上記ステップ102、108または200の処理を実行することにより前記第1の発明における「燃焼状態取得手段」が、吸入空気量などに基づいて負荷率KLを算出することにより前記第1の発明における「エンジン負荷取得手段」が、上記ステップ202および204の処理を実行することにより前記第1の発明における「デポジット堆積量推定手段」が、それぞれ実現されている。
また、上述した実施の形態1においては、ECU30が上記ステップ102、108または200の処理を実行することにより前記第2の発明における「燃焼期間算出手段」が実現されている。また、負荷率KL1および負荷率KL2が前記第2の発明における「第1負荷条件」および「第2負荷条件」に、燃焼期間変化量ΔT1および燃焼期間変化量ΔT2が前記第2の発明における「第1燃焼期間差」および「第2燃焼期間差」に、燃焼期間変化量ΔT12が前記第2の発明における「前記第1燃焼期間差と前記第2燃焼期間差との差」に、それぞれ相当している。
【0041】
実施の形態2.
次に、図8乃至図12を参照して、本発明の実施の形態2について説明する。
図8は、本発明の実施の形態1のシステム構成を説明するための図である。尚、図8において、上記図1に示す構成要素と同一の要素については、同一の符号を付してその説明を省略または簡略する。
【0042】
図8に示すシステムは、内燃機関40を備えている。内燃機関40は、筒内圧センサ28に代えてノックセンサ42を備える点を除き、上述した実施の形態1の内燃機関10と同様に構成されている。ノックセンサ42は、内燃機関40が備えるECU30に接続されている。ノックセンサ42は、シリンダブロックに伝わる内燃機関40の燃焼に伴う振動に基づいて、ノックの発生の有無を検知または予測するためのセンサである。
【0043】
本実施形態のシステムは、上述した実施の形態1における筒内圧センサ28を利用した燃焼状態(燃焼期間T)の取得に代え、ノックセンサ42によってノックが検出された際の点火時期(以下、「ノック時点火時期」と称する)を燃焼状態を示す指標値として取得し、当該ノック時点火時期の変化を利用して筒内のデポジット堆積量を推定するという点に特徴を有している。
【0044】
前提として、内燃機関40では、運転中に点火時期を最適点火時期MBTに制御する最適点火時期制御が実行されている。より具体的には、ECU30のメモリーには、内燃機関40の運転状態(例えば、負荷率KLとエンジン回転数とで規定)に応じて基本点火時期を定めた基本点火時期マップが記憶されている。そのうえで、運転中には、ノックセンサ42により検出されるノックの有無に応じて、点火時期を進角または遅角させることにより、内燃機関の個体差や経時変化などの影響を受けることなく点火時期が(ノックが発生する直前の)最適点火時期MBTとなるように制御されている。上記ノック時点火時期は、より詳細に説明すると、最適点火時期MBTを求めて点火時期を進角させていった際にノックが検出された時の点火時期のことである。
【0045】
図9は、筒内へのデポジットの堆積の有無に応じた、ノック時点火時期SAとエンジン負荷(負荷率KL)との関係の変化を表した図である。より具体的には、図9の縦軸は、ノック時点火時期SAを圧縮上死点に対する進角度を用いて表したものである。
【0046】
実施の形態1において既述したように、筒内壁面にデポジットが堆積している場合の方がデポジットが堆積していない場合と比べて、燃焼の進行が早くなる。このため、デポジットが堆積している場合には、デポジットが堆積していない場合と比べて、最適点火時期MBTは、遅角側に移動することになる。その結果、図9に示すように、デポジットが堆積している場合には、デポジットが堆積していない場合と比べて、ノック時点火時期SAは遅角側の値となる。
【0047】
更に、デポジットが堆積していると、負荷率KLが低いほど、燃焼がより早くなる。このため、筒内壁面にデポジットが堆積している場合には、最適点火時期MBTは、負荷率KLが低いほど、より遅角側に移動することになる。その結果、デポジットが堆積していると、図9に示すように、ノック時点火時期SAは、負荷率KLが低いほど、より遅角側の値となり、デポジットの堆積が無い時の値との差が大きくなる。
【0048】
本実施形態では、上記のようなデポジットの堆積に伴うノック時点火時期SAの変化を利用して、筒内のデポジット堆積量を推定するというものである。具体的には、本実施形態のデポジット堆積量の推定手法では、予め、内燃機関10が新品である状態(すなわち、工場出荷時の状態)において、KL1、KL2(>KL1)という負荷の異なる2つの運転条件にて推定の基準となる基準ノック時点火時期SA0(SA0(KL1)とSA0(KL2))が算出され、ECU30のメモリーに記憶される。そのうえで、内燃機関10の運転中に、上記2つの運転条件(KL1、KL2)にて、第1ノック時点火時期SA(SA(KL1)と第1ノック時点火時期SA(KL2))とが算出される。
【0049】
そして、第1基準ノック時点火時期SA0(KL1)と運転中に算出される第1ノック時点火時期SA(KL1)との差(SA0(KL1)−SA(KL1))である第1点火時期変化量ΔSA1が算出され、同様に、第2基準ノック時点火時期SA0(KL2)と運転中に算出される第2ノック時点火時期SA(KL2)との差(SA0(KL2)−SA(KL2))である第2点火時期変化量ΔSA2が算出される。更に、第1点火時期変化量ΔSA1と第2点火時期変化量ΔSA2との差(ΔSA1−ΔSA2)である点火時期変化量ΔSA12が算出される。
【0050】
図10は、点火時期変化量ΔSA(ΔSA1、ΔSA2)およびΔSA12と、デポジット堆積量との関係をそれぞれ表した図である。
上述したように、デポジットの堆積に伴って新品時よりも燃焼が徐々に早くなることに起因して、ノック時点火時期SAはより遅角側の値となる。このため、各負荷条件(KL1、KL2)における点火時期変化量ΔSA(ΔSA1、ΔSA2)は、図10(A)に示すような傾向で、デポジットの堆積量が多くなるにつれ、大きくなっていく。また、上述したように、デポジット堆積時には負荷率KLが低いほど燃焼がより早くなることに起因して、より低負荷側の第1点火時期変化量ΔSA1の方が第2点火時期変化量ΔSA2よりも大きくなる。更に、負荷率KLが低いほど、基準状態の値に対する燃焼速度の差が拡大する。このため、図10(A)に示すように、低負荷側の負荷率KL1の運転条件における第1点火時期変化量ΔSA1の方が、高負荷側の負荷率KL2の運転条件における第2点火時期変化量ΔSA2よりも、デポジット堆積量の増加に対する変化率が大きくなる。
【0051】
その結果、第1点火時期変化量ΔSA1と第2点火時期変化量ΔSA2との差である点火時期変化量ΔSA12は、図10(B)に示すように、正の値となり、かつ、デポジット堆積量が増えるにつれ、大きくなる。従って、予め実験等によって図10(B)に示すような点火時期変化量ΔSA12とデポジット堆積量との関係を取得してECU30に記憶させておくことで、運転中に定期的に算出される点火時期変化量ΔSA12に基づいて、デポジット堆積量を推定することが可能となる。
【0052】
図11は、基準ノック時点火時期SA0を取得するために、内燃機関40の工場出荷時に予め実行されるルーチンを示すフローチャートである。尚、図11において、実施の形態1における図6に示すステップと同一のステップについては、同一の符号を付してその説明を省略または簡略する。
【0053】
図11に示すルーチンでは、上記ステップ100において設定された上記第1計測条件が得られるように内燃機関10が制御された状態で、ノックセンサ42およびクランク角センサ32を利用して、第1基準ノック時点火時期SA0(KL1)が計測される(ステップ300)。より具体的には、第1計測条件において点火時期を徐々に進角させた際にノックが検出された時の点火時期である第1基準ノック時点火時期SA0(KL1)が取得される。次いで、計測された第1基準ノック時点火時期SA0(KL1)がECU30のメモリーに記憶される(ステップ302)。
【0054】
次に、上記ステップ106において上記第2計測条件が得られるように内燃機関40が制御された状態で、上記ステップ300と同様の処理を行うことによって、第2基準ノック時点火時期SA0(KL2)が計測される(ステップ304)。次いで、計測された第2基準ノック時点火時期SA0(KL2)がECU30のメモリーに記憶される(ステップ306)。
【0055】
図12は、内燃機関40の運転中に筒内のデポジット堆積量を推定するために、ECU30が実行するルーチンを示すフローチャートである。
図12に示すルーチンでは、先ず、所定の第1計測条件(負荷率KL1)および第2計測条件(負荷率KL2)における、現状の第1ノック時点火時期SA(KL1)および第2ノック時点火時期SA(KL2)がそれぞれ計測される(ステップ400)。
【0056】
次に、ECU30が記憶している第1、第2基準ノック時点火時期SA0(KL1)、SA0(KL2)と、上記ステップ400において計測された最新の第1、第2ノック時点火時期SA(KL1)、SA(KL2)とを用いて、第1点火時期変化量ΔSA1と第2点火時期変化量ΔSA2とが算出される(ステップ402)。
【0057】
次に、上記ステップ402において算出された第1点火時期変化量ΔSA1と第2点火時期変化量ΔSA2との差である点火時期変化量ΔSA12が算出されたうえで、この点火時期変化量ΔSA12に基づいて現状のデポジット堆積量が推定(算出)される(ステップ404)。ECU30には、上記図10(B)に示すように点火時期変化量ΔSA12とデポジット堆積量との関係を予め実験等により定めた情報(例えば、マップ)がメモリーに記憶されている。本ステップ404では、そのような情報を利用して、最新の点火時期変化量ΔSA12から現状のデポジット堆積量が推定される。従って、本ステップ204によれば、燃焼期間変化量ΔT12が大きいほど、デポジット堆積量が多いと推定されることになる。従って、本ステップ404によれば、点火時期変化量ΔSA12が大きいほど、デポジット堆積量が多いと推定されることになる。そのうえで、内燃機関40では、推定された最新のデポジット堆積量に応じたエンジン制御(例えば、後述する実施の形態3において説明する制御)が実施される(ステップ406)。
【0058】
以上説明した図11に示すルーチンによれば、KL1、KL2という負荷の異なる2つの運転条件において、基準ノック時点火時期SA0(KL1)、SA0(KL2)に対するノック時点火時期SA(KL1)、SA(KL2)の差である第1、第2点火時期変化量ΔSA1、ΔSA2が算出されたうえで、これらの変化量ΔSA1、ΔSA2の差である点火時期変化量ΔSA12に基づいて、デポジット堆積量が推定される。このような推定手法によれば、2つの負荷条件(KL1、KL2)におけるノック時点火時期SAの変化の相対的な比較に基づいた判断がなされることになる。このため、実施の形態1において既述したように1つの負荷条件でのノック時点火時期SAの変化量ΔSAに基づく判断がなされる場合とは異なり、使用される燃料の性状の変更などによって燃焼速度が変化することがあったとしても、複雑なロジックを必要とすることなく、デポジット堆積量を精度良く推定することが可能となる。
【0059】
尚、上述した実施の形態2においては、ECU30が、上記ステップ300、304または400の処理を実行することにより前記第1の発明における「燃焼状態取得手段」が、吸入空気量などに基づいて負荷率KLを算出することにより前記第1の発明における「エンジン負荷取得手段」が、上記ステップ402および404の処理を実行することにより前記第1の発明における「デポジット堆積量推定手段」が、それぞれ実現されている。
また、上述した実施の形態2においては、ECU30が上記ステップ102、108または200の処理を実行することにより前記第2の発明における「燃焼期間算出手段」が実現されている。また、負荷率KL1および負荷率KL2が前記第3の発明における「第1負荷条件」および「第2負荷条件」に、点火時期変化量ΔSA1および点火時期変化量ΔSA2が前記第3の発明における「第1点火時期差」および「第2点火時期差」に、点火時期変化量ΔSA12が前記第3の発明における「前記第1点火時期差と前記第2点火時期差との差」に、それぞれ相当している。
【0060】
実施の形態3.
次に、図13乃至図18を参照して、本発明の実施の形態3について説明する。
本実施形態のシステムは、上記図1に示すハードウェア構成を用いるようにしたうえで、上述した実施の形態1の推定手法によって運転中に順次推定されるデポジット堆積量に応じて、内燃機関10の制御方法を変更するというものである。尚、以下、一例として、実施の形態1の記載を前提として用いた内容について説明する。しかしながら、これに代え、上記図8に示すハードウェア構成を用いてノック時点火時期SAを利用したデポジット堆積量の推定を行う実施の形態2の記載を前提として用いるようにしてもよい。
【0061】
図13は、エンジン負荷を示す指標としての正味平均有効圧(BMEP)とエンジン回転数とを用いて内燃機関10の運転領域を表した図である。図14は、筒内壁面に付着したデポジットを着火源とするプレイグニッションの発生を表したイメージ図である。
【0062】
図13中にハッチングを付して示すような低回転高負荷側の領域Aは、点火プラグ26による点火が行われる前に混合気が自着火する現象(プレイグニッション)が発生し得る領域である。このようなプレイグニッションの発生原因の1つとして、図14に示すように、燃焼室14内のデポジットが着火源となっている可能性があることが分かった。より具体的には、ノックの発生によって筒内壁面に付着したデポジットが剥がれることがある。そして、剥がれたデポジットが燃焼しながら筒内を浮遊して次サイクル以降にまで残留した場合には、筒内に残留したデポジットが着火源となり、プレイグニッションの発生要因の1つとなることが分かった。
【0063】
そこで、本実施形態では、実施の形態1において既述した手法によって推定された筒内のデポジット堆積量が所定値以上である場合には、以下の3つのエンジン制御(ノック制御法)を変更するようにした。尚、これらの3つのエンジン制御は、以下のように3つ同時に実行されるものに限らず、何れか1つが単独で実施されたり、何れか2つが組み合わせて実施されるようになっていてもよい。
【0064】
具体的には、本実施形態では、筒内のデポジット堆積量が所定値以上である場合には、低回転高負荷側の上記領域Aにおいて、ノックが検出されたか否かを判定するノック判定レベルを下げるようにした。図15は、燃焼室14内に堆積したデポジットが剥離される様子(一例としてピストン12の頂面からの剥離)を表した図である。ノックが発生すると、図15に示すように、プレイグニッション発生の要因となる堆積デポジットの剥がれが促進される。従って、上記領域Aでは、ノック判定レベルを下げることにより、微弱なノックが発生した場合であっても、点火時期の遅角や燃料増量などの所定のノック抑制制御が実施されるようにする。
【0065】
また、本実施形態では、筒内のデポジット堆積量が所定値以上である場合には、上記領域Aが使用される際に、点火時期の遅角や燃料増量などの上記所定のノック抑制制御を実施するようにした。
【0066】
更に、本実施形態では、筒内のデポジット堆積量が所定値以上である場合には、上記領域A以外の領域B(図13参照)におけるノック判定レベルを上げるようにした。上記領域Aから外れた領域Bでは、プレイグニッション発生の可能性が低くなる。そこで、本実施形態では、そのような領域Bの使用時には、ノック判定レベルを上げることによって、上記所定のノック抑制制御が実行されにくくすることで、ノックの発生頻度が高められるようにした。これにより、筒内壁面に堆積したデポジットの剥離が促進されることとなる。尚、図13に示す領域Bの一部においてノックの発生頻度を高めるようにしてもよい。このような制御は、できるだけノック音が小さい高回転域で実施されるようにすることが望ましい。また、図13では、領域Bを領域A以外の低負荷かつ広いエンジン回転数範囲に及ぶ一部の領域として図示しているが、領域Bは、領域A以外の全領域とされていてもよい。
【0067】
図16は、本発明の実施の形態3においてデポジット堆積量が所定値以上である場合にECU30が実行する制御ルーチンを示すフローチャートである。尚、本ルーチンの処理は、上記図7に示すルーチンにおけるステップ206の処理に対応するものである。
【0068】
図16に示すルーチンでは、先ず、上記図7に示すルーチンの処理によって算出されるデポジット堆積量の最新の推定値が取得される(ステップ500)。次いで、取得されたデポジット堆積量が所定値以上であるか否かが判定される(ステップ502)。その結果、デポジット堆積量が上記所定値未満であると判定された場合には、ノック制御法の変更は実施されない(ステップ504)。
【0069】
一方、上記ステップ502においてデポジット堆積量が上記所定値以上であると判定された場合には、上記領域Aにおけるノック判定レベルを下げる処理が実行される(ステップ506)。筒内で発生するノックのレベルは、例えば、内燃機関10が備える図示省略のノックセンサ(図8に示すノックセンサ42と同様のセンサ)を用いて検出される、燃焼に伴う振動の大きさに基づいて把握することができる。本ステップ506の処理によってノック判定レベルが下げられることによって、より弱い振動が燃焼時に検出された場合にも、ノックが検出されることになる。
【0070】
次に、上記領域Aが使用される際に点火時期の遅角や燃料増量などの上記所定のノック抑制制御が実施されるように、エンジン制御が変更される(ステップ508)。次いで、上記領域Bにおけるノック判定レベルを上げる処理が実行される(ステップ510)。
【0071】
次に、所定期間におけるデポジット堆積量の減少量が所定値以下となったか否かが判定される(ステップ512)。上述したように、領域Bにおいてノック判定レベルを上げることにより、ノックの発生頻度を高めて、堆積したデポジットの剥離を促すことができる。本ステップ512の判定によれば、このようなデポジットの剥離を促す制御の実施によって、所定期間をおいて取得されるデポジット堆積量に変化がなくなったかどうかが判定される。
【0072】
その結果、上記ステップ512の判定が不成立となる場合、つまり、デポジットの剥離を促す上記制御の実施によってデポジット堆積量の有効な減少が認められる間は、上記ステップ502の判定が成立していることを条件として、上記ステップ506〜510のノック制御法の実施が継続されることとなる。一方、上記ステップ512の判定が成立する場合、つまり、デポジットの剥離を促す上記制御の実施によってデポジット堆積量の変化がなくなったと判断できる場合には、ノック制御法を元に戻す(通常運転時の制御に戻す)処理が実行される(ステップ514)。
【0073】
以上説明した図16に示すルーチンによれば、低回転高負荷側の上記領域Aにおけるノック判定レベルを下げることにより、デポジット堆積量が多いと判断された状況下において、微弱なノックが発生した場合であっても、点火時期の遅角や燃料増量などの所定のノック抑制制御が実施されるようになる。これにより、ノックの発生に起因して、プレイグニッション発生の原因となる堆積デポジットの剥がれが生ずるのを抑制することができ、プレイグニッションの発生頻度を低下させることができる。
【0074】
また、上記ルーチンによれば、筒内のデポジット堆積量が上記所定値以上である場合には、そのことを契機として、上記領域Aが使用される際に、点火時期の遅角や燃料増量などの上記所定のノック抑制制御が実施される。これにより、デポジット堆積量が多いと判断された状況下において、デポジットの剥離の要因となるノックの発生を好適に抑制することができる。
【0075】
また、上記ルーチンによれば、上記領域A以外の上記領域Bにおけるノック判定レベルを上げることにより、プレイグニッションの発生頻度が低い運転領域を用いて、ノックを利用して堆積デポジットの剥離を促進させることができる。
【0076】
図17は、燃焼期間変化量ΔT12と筒内のデポジット堆積量との関係を表した図である。図18は、プレイグニッションの発生頻度とデポジット堆積量との関係を表した図である。
デポジットの剥離を促す上記制御の実施によってデポジット堆積量が減少すると、燃焼速度はデポジットの堆積のない状態の値に近づくようにして遅れるため、図17に示すように、燃焼期間変化量ΔT12は、例えばX点からY点に向けて移動する。そして、図18に示すように、プレイグニッションの着火源となるデポジットの堆積量が減少すると、プレイグニッションの発生頻度が低下する(小さくなる)。また、図18に示すように、プレイグニッションの発生頻度は、標準ノック制御(上記ステップ506および508の処理が行われない一般的なノック抑制制御)が実行される場合よりも、デポジット堆積時のノック制御(デポジット堆積量が上記所定値以上である場合に上記領域Aに対して上記ステップ506および508の処理が実行される際のノック制御)が実行される場合の方が、ノック発生の抑制によって堆積デポジットの剥がれが抑制されるため低くなる。
【0077】
尚、上述した実施の形態3においては、ノック判定レベルが前記第4の発明における「ノック判定基準値」に相当している。また、ECU30が、ノックセンサ42の出力を利用してノック発生の有無を判定することにより前記第4の発明における「ノック判定手段」が、上記ステップ502の判定が成立する場合に上記ステップ506および510の処理を実行することにより前記第4の発明における「ノック判定基準値変更手段」が、それぞれ実現されている。
また、上述した実施の形態3においては、ECU30が上記ステップ502の判定が成立する場合に上記ステップ508の処理を実行することにより前記第7の発明における「ノック抑制制御実行手段」が実現されている。
【0078】
ところで、上述した実施の形態1および2においては、異なる2つの負荷条件(KL1、KL2)で取得した燃焼状態(燃焼期間Tもしくはノック時点火時期SA)を利用して、筒内のデポジット堆積量を推定するようにしている。しかしながら、本発明はこれに限定されるものではなく、燃焼状態を取得する負荷条件は、3つ以上であってもよい。
【0079】
また、上述した実施の形態1および2においては、基準燃焼状態(基準燃焼期間T0もしくは基準ノック時点火時期S0)を取得するために、工場出荷時を利用するようにしている。しかしながら、本発明において取得される基準燃焼状態は、必ずしも工場出荷時に限られるものではない。すなわち、本発明において、基準燃焼状態を取得する際の内燃機関の基準状態とは、筒内にデポジットが付着していない状態(例えば、工場出荷時)に限らず、当該デポジットの付着の少ない状態(例えば、内燃機関をある期間使用した後に内燃機関の内部を洗浄して筒内のデポジットを除去した直後の状態)であってもよい。
【符号の説明】
【0080】
10、40 内燃機関
12 ピストン
14 燃焼室
16 吸気通路
16a 吸気ポート
18 排気通路
20 エアフローメータ
22 スロットルバルブ
24 燃料噴射弁
26 点火プラグ
28 筒内圧センサ
30 ECU(Electronic Control Unit)
32 クランク角センサ
34 水温センサ
42 ノックセンサ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
内燃機関の燃料状態を取得する燃焼状態取得手段と、
前記内燃機関の負荷を取得するエンジン負荷取得手段と、
複数の負荷条件で取得した燃焼状態と、前記内燃機関が筒内にデポジットが付着していないもしくは当該デポジットの付着の少ない基準状態にある時に前記複数の負荷条件で取得した基準燃焼状態との比較結果に基づいて、筒内のデポジット堆積量を推定するデポジット堆積量推定手段と、
を備えることを特徴とする内燃機関の制御装置。
【請求項2】
前記燃焼状態取得手段は、
筒内圧力を検知する筒内圧センサと、
前記筒内圧センサにより検知される筒内圧力に基づいて筒内での燃焼期間を算出する燃焼期間算出手段と、
を含み、
前記デポジット堆積量推定手段は、前記内燃機関が前記基準状態にある時に前記複数の負荷条件のうちの第1負荷条件で算出された第1基準燃焼期間と前記基準状態よりも後の運転中に前記第1負荷条件で算出された第1燃焼期間との第1燃焼期間差と、前記内燃機関が前記基準状態にある時に前記複数の負荷条件のうちの第2負荷条件で算出された第2基準燃焼期間と前記基準状態よりも後の運転中に前記第2負荷条件で算出された第2燃焼期間との第2燃焼期間差とを算出したうえで、前記第1燃焼期間差と前記第2燃焼期間差との差の大きさに基づいて筒内のデポジット堆積量を推定することを特徴とする請求項1記載の内燃機関の制御装置。
【請求項3】
前記内燃機関では、運転中に点火時期を最適点火時期に制御する最適点火時期制御が実行されており、
前記燃焼状態取得手段は、ノックを検知するノックセンサを含み、
前記デポジット堆積量推定手段は、前記内燃機関が前記基準状態にある時に前記複数の負荷条件のうちの第1負荷条件でノックが検知された時の第1基準点火時期と前記基準状態よりも後の運転中に前記第1負荷条件でノックが検知された時の第1点火時期との第1点火時期差と、前記内燃機関が前記基準状態にある時に前記複数の負荷条件のうちの第2負荷条件でノックが検知された時の第2基準点火時期と前記基準状態よりも後の運転中に前記第2負荷条件でノックが検知された時の第2点火時期との第2点火時期差とを算出したうえで、前記第1点火時期差と前記第2点火時期差との差の大きさに基づいて筒内のデポジット堆積量を推定することを特徴とする請求項1記載の内燃機関の制御装置。
【請求項4】
所定のノック判定指標値が所定のノック判定基準値に達した場合にノックが発生したと判定するノック判定手段と、
前記デポジット堆積量推定手段によって推定されたデポジット堆積量が所定値以上である場合に、前記内燃機関の運転領域に応じて前記ノック判定基準値を異ならせるノック判定基準値変更手段と、
を更に備えることを特徴とする請求項1乃至3の何れか1項記載の内燃機関の制御装置。
【請求項5】
前記ノック判定基準値変更手段は、前記デポジット堆積量推定手段によって推定されたデポジット堆積量が所定値以上である場合に、所定の低回転高負荷領域に対して用いる前記ノック判定基準値を小さくすることを特徴とする請求項4記載の内燃機関の制御装置。
【請求項6】
前記ノック判定基準値変更手段は、前記デポジット堆積量推定手段によって推定されたデポジット堆積量が所定値以上である場合に、所定の低回転高負荷領域以外の運転領域の少なくとも一部の領域に対して用いる前記ノック判定基準値を大きくすることを特徴とする請求項4または5記載の内燃機関の制御装置。
【請求項7】
前記デポジット堆積量推定手段によって推定されたデポジット堆積量が所定値以上である場合において、前記内燃機関の運転領域が所定の低回転高負荷領域となる時に、ノックの発生を抑制する所定のノック抑制制御を実行するノック抑制制御実行手段を更に備えることを特徴とする請求項4乃至6の何れか1項記載の内燃機関の制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【公開番号】特開2013−60885(P2013−60885A)
【公開日】平成25年4月4日(2013.4.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−199829(P2011−199829)
【出願日】平成23年9月13日(2011.9.13)
【出願人】(000004695)株式会社日本自動車部品総合研究所 (1,981)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】