説明

切削インサート及びそれを用いた切削工具並びに切削方法

【課題】 切削インサートの逃げ面に工具の情報を表示する切削インサートにおいて、研磨工程を短時間で行うことが可能であり、切屑を原因とする表示部分の汚れを抑制し、表示の読み取りが容易な切削インサート及び該切削インサートを工具ホルダに取り付けた切削工具並びに該切削工具を用いた切削方法を提供する。
【解決手段】前記複数の側面のうち、逃げ面を備えた側面は、研磨加工が施されるとともに前記切刃と連続して形成される第1平滑部と、研磨加工が施されるとともに前記第1平滑部と離間して形成された第2平滑部と、研磨加工が施されていないとともに前記第1平滑部と前記第2平滑部との間に位置する粗面部とを備えており、
前記第2平滑部には、前記切削インサートに関する情報が表示されていることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、基体の表面に被覆層を備えた切削インサート及び該切削インサートを工具ホルダに取り付けた切削工具並びに該切削工具を用いた切削方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、鋼、鋳鉄等の切削加工に用いる切削インサートについて、WC基超硬合金やTiCN基サーメット等の基体表面に、Tiの窒化物、炭化物、または炭窒化物や、Al2O3、或いはTiとAlの固溶体の窒化物、炭化物、炭窒化物、または炭酸化物等の被覆層を形成することにより、工具寿命を改善する技術が知られている。
【0003】
また、切削インサートにおける切刃部にホーニング加工やチャンファ加工等の刃先処理を施すことにより、刃先強度を向上させて工具寿命を高める方法が知られている。
【0004】
本出願人は、逃げ面の研磨方法を改良し、シャープエッジの切刃部を形成するとともに、逃げ面における切刃部から逃げ面の途中までの領域の表面粗さ(Ra)を0.1μm以下とし、かつ逃げ面の途中から他端までの領域Bにおける表面粗さ(Ra)が領域Aにおけるそれよりも大きい構成とする技術を提案している。これにより、容易に切刃部にシャープエッジを形成できるとともに、切屑排出性に影響を与える切刃近傍領域だけの面粗度を向上させることができる。その結果、切れ味が良好となって、被削材の仕上げ面を滑らかにすることが可能となる(例えば、特許文献1参照)。
また、上記のような切削インサート、具体的には金属部品等の切削加工に用いる切削インサートは、その形状、寸法がJIS規格等の工業規格で規定されている。また、実際に切削インサートを使用する際の作業効率向上のために、切削インサートの種類を外観上で簡単に認識できるように切削インサートの表面に記号を付したり(例えば、特許文献2)、使用コーナーを識別できるようにコーナー近傍に記号をつけたりする技術が開示されている(例えば、特許文献3)。
【特許文献1】特開2005−7531号公報
【特許文献2】特開平8−66805号公報
【特許文献3】登録実用新案第3004884号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、切削インサートの逃げ面に工具の識別情報を表示するにあたり、研磨されていない部分、即ち、表面粗さの大きい未研磨部分に表示した場合、表面の粗さに起因して表示の外形がぼやけてしまったり、背景色と表示色の関係で読み取り難くなってしまったりするという問題があった。また、切削加工において、表面粗さが大きい部分に切削による汚れ(切屑や切削油等を原因とするもの)が付着しやく、表示の読み取りが困難になってしまうという問題があった。
【0006】
また、このような問題が発生しないように逃げ面全面に研磨加工を施すことが考えられる。ところが、基体の表面に形成されている被覆層は非常に硬い材質からできているため、研磨工程に長時間かかり、その結果、生産効率が低下するという問題がある。
【0007】
さらに、切削インサートのすくい面が形成される上面に表示を設けることも考えられるが、すくい面は切屑が通りやすいとともに、ブレーカ溝等によって表面形状に加工が加えられている場合は表示箇所が制限されてしまうため好ましくない。
【0008】
そこで、本発明は、上記問題点に鑑み、切削インサートの逃げ面に工具の情報を表示する切削インサートにおいて、研磨工程を短時間で行うことが可能であり、切屑を原因とする表示部分の汚れを抑制し、表示の読み取りが容易な切削インサート及び該切削インサートを工具ホルダに取り付けた切削工具並びに該切削工具を用いた切削方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明に係る切削インサートは、基体と、該基体の表面に形成された被覆層とを有し、 すくい面を備えた上面と、逃げ面を備えた側面を含む複数の側面と、前記すくい面と前記逃げ面との交差稜線の少なくとも一部に形成された切刃と、を有する切削インサートにおいて、前記複数の側面のうち、逃げ面を備えた側面は、研磨加工が施されるとともに前記切刃と連続して形成される第1平滑部と、研磨加工が施されるとともに前記第1平滑部と離間して形成された第2平滑部と、研磨加工が施されていないとともに前記第1平滑部と前記第2平滑部との間に位置する粗面部とを備えており、前記第2平滑部は、識別情報が表示されていることを特徴とする。
【0010】
また、上記発明において、すくい面はブレーカが形成されていることが好ましい。さらに、すくい面は、研磨加工が施されていることが好ましい。
【0011】
また、基体は、第2すくい面を備える下面を有しており、前記第2すくい面と逃げ面との交差稜線の少なくとも一部に第2切刃を有しており、前記逃げ面を備えた側面は、研磨加工が施されるとともに前記第2切刃と連続して形成される第3平滑部と、前記第2平滑部と前記第3平滑部との間に第2粗面部とを備えていることが好ましい。
【0012】
また、基体は、前記逃げ面を備えた側面を基準に一面置きの側面に粗面部を備えていることが好ましい。
【0013】
また、被覆層は、酸化アルミニウムからなる層を少なくとも1層含み、且つ、最表面にチタン、ジルコニウム、ハフニウムから選ばれる元素の窒化物、炭化物、炭窒化物、酸化物、炭酸化物、窒酸化物、炭窒酸化物からなる層を有することが好ましい。
【0014】
また、第1平滑部は、切削加工時における切削抵抗低減用であることが好ましい。
【0015】
また、切削インサートは、鋳鉄加工用であることが好ましい。
【0016】
本発明の切削工具は、上記本発明に係る切削インサートを工具ホルダに取り付けたことを特徴とする。
【0017】
また、本発明の切削方法は、上記本発明に係る切削工具を用いて被削材を切削する切削方法であって、前記被削材に切削工具を相対的に近づける近接工程と、前記被削材又は切削工具を回転させ、該切削工具を前記被削材の表面に接触させて、前記被削材を切削する切削工程と、前記被削材と前記切削工具とを相対的に遠ざける離間工程とを、備えることを特徴とする。
【発明の効果】
【0018】
上記請求項1の発明においては、切刃と連続して形成される第1平滑部によって、切刃付近における切屑の付着を抑制するともに、第1平滑部と第2平滑部の間に位置する粗面部において切屑の付着を促進することにより表示されている第2平滑部への切屑の付着をも抑制することが可能となる。即ち、切刃の性能を向上させつつ、表示の読み取りを維持することができる。また、研磨加工を逃げ面の全面に行う必要がないため、研磨時間が短くなり、生産効率も向上させることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
本発明は、基体の表面に被覆層を備えた切削インサートに関するものであり、切削インサートは工具ホルダのインサートポケットに単数又は複数個取り付けられ切削工具として使用される。そして、当該切削工具は、鋼、鋳鉄等の被削材の切削加工に用いられる。
【0020】
本発明の第1の実施形態を、図1及び図2を参照して説明する。図1は、本発明の第1の実施形態に係る切削インサートの斜視図であり、図2は、本発明の第1の実施形態に係る切削インサートの逃げ面を備えた側面の側面図である。本発明の第1の実施形態に係る切削インサート1は、WC基超硬合金やTiCN基サーメット等の基体の表面上に、TiC、TiN、Al等の被覆層が形成されている。この切削インサート1は、切屑が擦れて通っていくすくい面が設けられた上面2と、少なくとも1つの逃げ面を備える側面を含む複数の側面3を有している。すくい面と逃げ面との交差稜線の少なくとも1部には切刃5が形成されている。換言すると、切刃5と連続して上面側にすくい面が、側面側に逃げ面がそれぞれ形成されている。
【0021】
本発明の特徴として、逃げ面を備えた側面3において、研磨加工が施されるとともに切刃と連続して形成される第1平滑部31と、研磨加工が施されるとともに当該側面3の高さ方向において第1平滑部31と離間して形成された第2平滑部32と、研磨加工が施されていないとともに当該側面において第1平滑部31と第2平滑部32との間に位置する粗面部を備えている。また、第2平滑部32には、切削インサート1の識別情報である表示5が付されている。
【0022】
切刃と連続して形成される第1平滑部31は、切刃5付近における切屑の付着や、被削材が直接逃げ面を擦って生じる逃げ面摩耗(フランク摩耗)の進行を抑制することができる。また、第1平滑部31と第2平滑部32の間に位置する粗面部35は、表面の粗さに起因して切屑の付着を促進することができる。その結果、表示4がなされている第2平滑部に切屑による汚れが付着し難くなる。また、第2平滑部32自体にも研磨加工が施されているため、切屑の付着が起こりくい。これらの相乗効果により、切刃の性能を向上させつつ、表示5の読み取りを維持することができる。また、研磨加工が施されている第2平滑部内に表示部分を設けていることにより、研磨加工が施されていない箇所に形成するよりも表示5の外形が明確になるため、表示5の読み取りが容易になる。
【0023】
また、第2平滑部32を鏡面加工によって形成した場合は、綺麗なキャンパス上に文字を書いたように外形がより明確になるため、表示情報を容易に確認することができる。さらに、研磨加工を逃げ面の全面に行う必要がないため、研磨時間が短くなり、生産効率も向上させることができる。
【0024】
また、第1平滑部31は、最大高さRzが0.05〜0.6μm、表面粗さスキューネスRskが−0.6〜−0.2の範囲内であることが好ましい。この範囲内においては、切刃付近に汚れが付着しにくく、切削性能を低下させることなく長時間の切削加工を行うことができる。
【0025】
さらに、粗面部35は、最大高さRzが1〜5μm、表面粗さスキューネスRskが−0.2〜0.5の範囲内であることが好ましい。この範囲内においては、切屑を起因とする汚れが付着しやすい。当該箇所で汚れを付着させることにより、第2平滑部に汚れが付着することを抑制することができる。
【0026】
なお、最大高さRz及び表面粗さスキューネスRskの測定方法については、測定対象の切削インサートについて触針式の表面粗さ測定器を用いて、測定領域における最大高さRz及び表面粗さスキューネスRskをJIS B0601‘01に準拠してカットオフ値0.25mm、基準長さ0.8mm、走査速度0.1mm/秒の条件で測定した。測定値は各領域において任意の3箇所について測定したものである。
【0027】
なお、表示する切削インサート1の情報としては、例えばJIS規格等の工業規格で規定されているものが挙げられる。具体的には、内接円寸法、コーナー高さ、チップ厚さ等の各種寸法に関する等級が該当する。これは切削加工されて作製される製品に求められる加工仕上げ面粗さや仕上げ寸法精度等に応じて使い分けされる。
【0028】
上述の第1の実施形態としては、上面視が四角形(正方形)であるものを例示したが、切削インサートの形状としてはこれに限定されるものでなく、少なくとも1つの逃げ面を備える側面を含む複数の側面3を有しているものであればよく、従来から用いられている三角形、ひし形等の多角形や、円形その他の特殊形状のものを用いることができる。
【0029】
また、すくい面には、切屑の処理をするための突起や溝からなるブレーカが形成されていてもよく、また、すくい面に研磨加工が施されていてもよい。
【0030】
切削工具におけるすくい面に表示を設けることも可能であるが、すくい面は切屑が擦れて通っていくため、切削加工時には最も高温となる。従って、すくい面に表示を設けた場合は切屑の摩擦によって当該表示が削れてしまい易い。また、すくい面上にブレーカを設ける場合は、表示箇所がブレーカを除いた部分に付する必要があり切削インサートに設計が制限されてしまう。それに対して、本発明においては、逃げ面に表示部分を設けているため、これらの問題を防止することができる。
【0031】
本発明における表示5については、文字、記号、図形等の記載内容およびインクジェットやレーザ加工等の表示方法としては、特に限定はなく、従来から用いられているものが使用可能である。
【0032】
また、被覆層としては、酸化アルミニウムからなる層を少なくとも1層含み、且つ、最表面にチタン、ジルコニウム、ハフニウムから選ばれる元素の窒化物、炭化物、炭窒化物、酸化物、炭酸化物、窒酸化物、炭窒酸化物からなることが好ましい。被覆層とし酸化アルミニウム層を含む場合は、特に表面が荒れやすく汚れが付着しやすいため、本発明の作用効果がより顕著に現れる。また、最表面に窒化チタン等の明るい色の被覆層を形成することにより、表示の外形がより明瞭なり、表示の読み取りがさらに容易になる。
【0033】
なお、本発明における切削インサート1は、切屑に起因して汚れが付着しやすい鋳鉄加工に用いられるものである場合は特に有効である。
【0034】
また、逃げ面を備える側面に形成されている粗面部35を有効に利用して、当該粗面部35を基準に一面置きの側面に粗面部を備えていることにより、切削インサートの取替え時において滑り止めとして作用し、取替え作業の効率を向上させることができる。即ち、逃げ面の全面に研磨加工を施しているものは、手作業で切削インサートを取り付けおよび取り外しする場合にすべり落ちやすいといった問題があった。それに対して、少なくとも一面置きの2側面に粗面部を形成することにより、作業者が手作業で挟み込んで切削インサートを保持する時の滑り止めとして効果を発揮する。
【0035】
次に、第2の実施形態について説明する。図3は第2の実施形態に係る切削インサートの逃げ面を備えた側面の側面図である。この切削インサート1は、すくい面を備えた上面2と逃げ面を備えた側面3との交差稜線の少なくとも一部に切刃を有するとともに、第2すくい面を備える下面6と上記と同じの側面3との交差稜線の少なくとも一部に第2の切刃を有している。
【0036】
また、第1の実施形態と同様に逃げ面を備えた側面3において、研磨加工が施されるとともに切刃と連続して形成される第1平滑部31と、研磨加工が施されるとともに当該側面の高さ方向において第1平滑部31と離間して形成された第2平滑部32と、研磨加工が施されていないとともに当該側面において第1平滑部31と第2平滑部32との間に位置する粗面部を備えている。また、第2平滑部32には、切削インサート1の情報が付された表示4部分を有している。
【0037】
さらに、逃げ面を備えた側面2は、研磨加工が施されるとともに第2切刃と連続して形成される第3平滑部33と、第2平滑部32と第3平滑部の間に位置する第2粗面部36が形成されている。
【0038】
これにより、切削インサートの上下面を入れ替えて使用する、所謂両面使いが可能になるとともに、切刃または第2切刃のどちらを使用して切削加工を行った場合であったとしても第2平滑部32への切屑を起因とする汚れの付着を抑制することができる。そのため、両面使いによる切削インサートの寿命向上と、表示5が読み取り難くなるまでの期間の向上の両方の効果を同時に得ることができる。
【0039】
また、第2の実施形態においては、粗面部35と第2粗面部36が当該側面の第2平滑部の左右でつながっているが、図4に示すように粗面部35、第2平滑部32、第2粗面部36がともに当該側面の長手方向短部まで形成されており、切削インサートの厚み方向に連続して形成されている構成であってもよい。
【0040】
本発明の切削インサートは、例えば図5に示すような工具ホルダに取り付けられて切削工具として使用される。図5では、切削工具として被削材を固定して工具を回転させて使用する転削工具を図示しているが、これに限定されるものではなく、工具を固定して被削材を回転させて使用する旋削工具に使用することも可能である。
【0041】
[製造方法]
以下に本発明の製造方法について説明する。上述の基体は、炭化タングステン(WC)と、所望により周期表第4、5、6族金属の炭化物、窒化物、炭窒化物の群から選ばれる少なくとも1種からなる硬質相をコバルト(Co)および/またはニッケル(Ni)の鉄属金属からなる結合相にて結合させた超硬合金や、Ti基サーメット、または窒化ケイ素、酸化アルミニウム、ダイヤモンド、立方晶窒化ホウ素等のセラミックスのいずれかからなる。
【0042】
かかる基体の製法は、例えば基体として超硬合金を用いる場合には、炭化タングステン(WC)粉末に対し、金属コバルト(Co)粉末を5〜10質量%、周期表第4、5、6族金属の炭化物(炭化タングステンを除く)、窒化物、炭窒化物の群から選ばれる少なくとも1種の化合物を0.1〜8.0質量%の割合で添加、混合して、プレス成形により切削工具形状に成形する。そして、この成形体に対して脱バインダ処理を施した後、真空中にて、1350〜1550℃で0.5〜3時間焼成して超硬合金からなる基体を作製する。
【0043】
次に、被覆層を成膜する前の基体表面に対して、被覆層と基体の密着性を向上させ、かつ被覆した被覆層の表面性状に反映させる目的で、基体表面全体にブラスト加工を施す。加工条件はアルミナ#200〜1000の砥粒を使用し、噴出圧力が2〜10Mpaにて最大高さ(Rz)が0.3μm〜1.5μm程度の均一な粗さに調節する。このとき、切刃に向かって集中的にブラスト加工を施すことによって、切刃に丸ホーニングを形成してもよく、また成形時に生じる切刃のバリを除去することも可能である。
【0044】
さらに、ホーニング量は曲率半径がR=0.02〜0.06mmとすることで、切れ味、耐欠損性ともにバランスが取れた切刃形状となるようにブラシ、ブラスト等の加工を施す。
例えば、基体の表面に第1層として0.1〜1.0μm厚みのTiN層を成膜し、第2層として耐摩耗性、耐欠損性に優れる柱状結晶組織からなるTiCN層を1.5〜15μm厚みにて成膜する。第3層として粒状のTiCN層を0.05〜1.0μm厚み成膜し、第4層としてTiCNO層を0〜0.2μm厚み成膜する。そして、第5層として耐酸化性に優れるAl層を0.5〜8.0μm被覆する。さらに、第6層としてTiN層またはTiC層を0.5〜1.5μmの厚みで成膜する。これらの被覆層3は膜厚みが厚いほど耐摩耗性に優れる反面、基体と被覆層との熱膨張差による残留応力により耐欠損性が低下する。したがって、層厚みは被削材や切削条件などの工具の切削用途に応じた最適な値を設定する必要がある。
【0045】
上記被覆層の具体的な成膜条件としては、最下層の第1層である窒化チタン(TiN)層を成膜するには、反応ガス組成として塩化チタン(TiCl)ガスを0.1〜10体積%、窒素(N)ガスを5〜60体積%、残りが水素(H)ガスからなる混合ガスを順次調整し、チャンバ内を炉内温度800〜1100℃、圧力5〜85kPaとなるように調整する。次に第2層である炭窒化チタン(TiCN)層を成膜するには、反応ガス組成として塩化チタン(TiCl)ガスを0.1〜10体積%、窒素(N)ガスを0〜40体積%、アセトニトリル(CHCN)ガスを0.3〜2.0%、残りが水素(H)ガスからなる混合ガスを順次調整し、チャンバ内を炉内温度750〜900℃、圧力5〜85kPaとなるように調整する。また、第3層である粒状のTiCN層を成膜するには、反応ガス組成として塩化チタン(TiCl)ガスを3〜10体積%、窒素(N)ガスを5〜40体積%、メタン(CH)ガスを1〜15体積%、残りが水素(H)ガスからなる混合ガスを順次調整し、チャンバ内を炉内温度950〜1100℃、圧力5〜85kPaとなるように調整する。さらに、第4層であるTiCNO層を成膜するには、塩化チタン(TiCl)ガスを0.1〜3体積%、メタン(CH)ガスを0.1〜10体積%、二酸化炭素(CO)ガスを0.01〜5体積%、窒素(N)ガスを5〜60体積%、残りが水素(H)ガスからなる混合ガスを調整して反応チャンバ内に導入し、チャンバ内を800〜1100℃、5〜30kPaとなるように調整する。そして、第5層であるAl層を成膜するには、塩化アルミニウム(AlCl)ガスを3〜20体積%、塩化水素(HCl)ガスを0.5〜3.5体積%、二酸化炭素(CO)ガスを0.01〜5.0体積%、硫化水素(HS)ガスを0〜0.1体積%、残りが水素(H)ガスからなる混合ガスを用い、900〜1100℃、5〜10kPaとなるように調整する。最後に第6層である窒化チタン(TiN)または炭化チタン(TiC)を成膜するには、反応ガス組成として塩化チタン(TiCl)ガスを0.1〜10体積%、窒化チタン(TiN)の場合は窒素(N)ガスを5〜60体積%、炭化チタン(TiC)の場合はメタン(CH)ガスを5〜60体積%、残りが水素(H)ガスからなる混合ガスを調整し、チャンバ内を炉内温度800〜1100℃、圧力5〜85kPaとなるように調整する。
【0046】
そして、成膜された被覆層の表面のうち、第1平滑部および第2平滑部(第2実施形態においては、さらに第3平滑部)に対して、#1000以上のダイヤモンド砥粒や#300以上のSiC砥粒、または#300以上のAl砥粒を用い、豚毛、またはナイロン製でかつ毛丈が100mm以上の比較的柔らかいブラシを使用して研磨加工を行う。基体の表面性状を反映した表面を除去しすぎないために加工時間を20秒〜100秒の間で調整することで、最適な表面性状に加工することができる。また、弾性体素材と硬質素材が混在した砥粒による遠心投射式ブラスト加工やエアーなどの媒体を使用したブラスト加工をすることでも所望の加工を行うことが可能である。
【0047】
また、この際に研磨加工を実施しない粗面部(第2実施形態においては、さらに第2粗面部)には、マスキングを行い、研磨加工がされないようにして研磨加工を行う。マスキング材質としては、研磨されにくい金属、セラミックスであればよい。
【0048】
なお、第2平滑部は、第1平滑部や第3平滑部と比較して表面粗さが小さくなるように加工することが好ましい。つまり、第1平滑部と第3平滑部が切削加工時における切削抵抗を低減するのを目的としているのに対して、第2平滑部は、表示の明瞭な読み取りを維持することを目的としている。そのため、切削加工時における切削抵抗低減に求められる表面粗さの値よりも表示の外形の明瞭化に求められる表面粗さの値が小さいためである。
【0049】
[切削方法]
以下に、本発明の切削インサート1を取り付けた切削工具10を用いて被削材15を加工する切削方法について、図面を参照して説明する。
【0050】
まず、図5に示すように工具ホルダに本発明に係る切削インサート1を取り付ける。次いで、図6に示すように直方体状の被削材15に切削工具10を回転させた状態で近接させ、被削材15の表面に切削インサートの切刃を接触させる。これにより被削材15の表面を切削する。その後、図7に示すように切削工具10を被削材15から離間させる。当該工程を繰り返すことにより被削材を目的の形状に加工する。
【0051】
本発明の切削方法においては、切削加工時において逃げ面を備える側面に付された表示部分に切屑に起因する汚れの付着を抑制することができるため、長期の切削加工が可能であり、また、加工後においても切削インサートの情報を容易に判断することができる。
【0052】
また、本発明に係る切削方法を図5から図7において転削工具を例示して説明したが、これに限定されるものでなく、同様の工程を経由していれば旋削工具を使用した場合であっても同様の効果を得ることができる。

【図面の簡単な説明】
【0053】
【図1】本発明の第1の実施形態に係る切削インサートの斜視図である。
【図2】本発明の第1の実施形態に係る切削インサートの逃げ面を備えた側面の側面図である。
【図3】本発明の第2の実施形態に係る切削インサートの逃げ面を備えた側面の側面図である。
【図4】本発明のその他の実施形態に係る切削インサートの逃げ面を備えた側面の側面図である。
【図5】本発明の切削方法における近接工程を示す斜視図である。
【図6】本発明の切削方法における切削工程を示す斜視図である。
【図7】本発明の切削方法における離間工程を示す斜視図である。
【符号の説明】
【0054】
1:切削インサート
2:上面
3:側面
31:第1平滑部
32:第2平滑部
33:第3平滑部
35:粗面部
36:第2粗面部
5:表示
6:下面
10:切削工具
15:被削材

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基体と、該基体の表面に形成された被覆層とを有し、
すくい面を備えた上面と、逃げ面を備えた側面を含む複数の側面と、前記すくい面と前記逃げ面との交差稜線の少なくとも一部に形成された切刃と、を有する切削インサートにおいて、
前記複数の側面のうち、逃げ面を備えた側面は、研磨加工が施されるとともに前記切刃と連続して形成される第1平滑部と、研磨加工が施されるとともに前記第1平滑部と離間して形成された第2平滑部と、研磨加工が施されていないとともに前記第1平滑部と前記第2平滑部との間に位置する粗面部とを備えており、
前記第2平滑部は、識別情報が表示されていることを特徴とする切削インサート。
【請求項2】
前記すくい面は、ブレーカが形成されていることを特徴とする請求項1に記載の切削インサート。
【請求項3】
前記すくい面は、研磨加工が施されていることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の切削インサート。
【請求項4】
前記基体は、第2すくい面を備える下面を有しており、前記第2すくい面と逃げ面との交差稜線の少なくとも一部に第2切刃を有しており、
前記逃げ面を備えた側面は、研磨加工が施されるとともに前記第2切刃と連続して形成される第3平滑部と、前記第2平滑部と前記第3平滑部との間に第2粗面部とを備えていることを特徴とする請求項1乃至3のいずれかに記載の切削インサート。
【請求項5】
前記基体は、前記逃げ面を備えた側面を基準に一面置きの側面に粗面部を備えていることを特徴とする請求項1乃至4のいずれかに記載の切削インサート。
【請求項6】
前記第1平滑部は、最大高さRzが0.05〜0.6μm、表面粗さスキューネスRskが−0.6〜−0.2であり、
粗面部は、最大高さRzが1〜5μm、表面粗さスキューネスRskが−0.2〜0.5であることを特徴とする請求項1乃至5のいずれかに記載の切削インサート。
【請求項7】
前記被覆層は、酸化アルミニウムからなる層を少なくとも1層含み、且つ、最表面にチタン、ジルコニウム、ハフニウムから選ばれる元素の窒化物、炭化物、炭窒化物、酸化物、炭酸化物、窒酸化物、炭窒酸化物からなる層を有することを特徴とする請求項1乃至6のいずれかに記載の切削インサート。
【請求項8】
前記第1平滑部は、切削加工時における切削抵抗低減用であることを特徴とする請求項1乃至7のいずれかに記載の切削インサート。
【請求項9】
鋳鉄加工用であることを特徴とする請求項1乃至8のいずれかに記載の切削インサート。
【請求項10】
請求項1乃至9に記載の切削インサートを工具ホルダに取り付けたことを特徴とする切削工具
【請求項11】
請求項10に記載の切削工具を用いて被削材を切削する切削方法であって、
前記被削材に切削工具を相対的に近づける近接工程と、
前記被削材又は切削工具を回転させ、該切削工具を前記被削材の表面に接触させて、前記被削材を切削する切削工程と、
前記被削材と前記切削工具とを相対的に遠ざける離間工程とを、備えることを特徴とする切削方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2009−28861(P2009−28861A)
【公開日】平成21年2月12日(2009.2.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−196500(P2007−196500)
【出願日】平成19年7月27日(2007.7.27)
【出願人】(000006633)京セラ株式会社 (13,660)
【Fターム(参考)】