説明

切削工具、およびこれを製造する方法

【課題】簡単なやり方で好都合な表面性質を実現することが可能な、切削工具およびこれを製造する方法を提供する。
【解決手段】この工具は、超硬合金基材10を備えている。基材10の上にはダイヤモンド層またはDLC層12が成膜されている。ダイヤモンド層またはDLC層12の表面には、層厚の急激な変化によって形成される複数のエッジ16がある。ダイヤモンド層またはDLC層はCVD法で成膜される。この層にマスク14が塗布される。マスクから露出している表面の個所のエッチングによって、エッジ16が生成される。それにより、工具の機能性を大幅に向上させることができる。エッジ16は追加の切削エッジとしての役目を果たすことができ、または、冷却剤ないし潤滑剤および切削された材料を運び出すための自由空間を形成することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、切削工具、およびこれを製造する方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
切削による製造には種々の工具が知られており、これには(幾何学的に)特定(定形)の切れ刃を備えている工具(旋削、中ぐり、フライス加工)と、(幾何学的に)不特定(不定形)の切れ刃を備えている工具(研削、ホーニング加工、ラッピング加工、研磨)とが含まれる。
【0003】
磨耗の防護性を向上させるためのダイヤモンド層を、工具の機能面に成膜することが知られている。たとえば切れ刃の領域にダイヤモンド層を有する、たとえばインデクサブル・インサート(indexable insert)のような特定の切れ刃を備えている切削工具が知られている。
【0004】
不特定の切れ刃を備える工具についても、ダイヤモンド層の利用が知られている。たとえばドイツ実用新案出願公開第29707111号明細書は、ガラス、貴金属等を研削するための皿形砥石を開示している。この皿形砥石は焼結された硬質材料でできており、たとえば焼結されたWC/Coからなる超硬合金でできている。第1の実施例では、ダイヤモンド被覆された焼結セラミックペレットが固定砥粒として表面に固定されており、それに対して第2の実施例では、ダイヤモンド被覆を備える島状区域が研削層を形成している。ダイヤモンド層はCVD法で成膜される。島状の領域を形成するため、コーティングプロセス中に、被覆されるべきでない領域が遮蔽される。
【0005】
ドイツ実用新案出願公開第29707111号明細書に開示されている島状の領域を製造する方法は、付着力の低下や亀裂形成の危険増大につながる可能性がある。なぜなら、(必然的に一緒に被覆される)遮蔽材料が剥離すると、被覆されている領域もその巻き添えになる可能性があるからである。しかも、コーティング中に基材をマスキングすることには比較的問題が多い。数時間におよぶ典型的には900℃の温度と、反応性ガスおよびラジカルというCVDダイヤモンド被覆の極端な条件のもとでは、大半のマスク材料は安定しない。
【0006】
ドイツ特許出願公開第10326734号明細書には、ダイヤモンドフライス工具およびこれを製造する方法が開示されている。この場合、広い面積のシリコン基材が人工ダイヤモンドで被覆される。基材の上に、フォトリソグラフィによって構造化されたマスクが形成され、それにより、後のダイヤモンド工具の輪郭の形状をもつマスキングが形成される。そして、マスキングされていない基材の部分がエッチングにより化学的に除去される。基材の残った部分は、これに続くエッチングステップで、ダイヤモンド層とともに反応性イオンエッチングプロセスによりエッチングされ、それにより、希望するダイヤモンド工具があとに残る。プロセスガスのさまざまな組成によって、最終的に残るダイヤモンド本体のさまざまなフライスエッジ角が得られる。さらに別のエッチング可能な基質材料として、シリコン、シリコンカーバイド、ガラス、耐火金属、サファイア、酸化マグネシウム、ゲルマニウムなどが挙げられている。
【0007】
ドイツ特許出願公開第1032673号明細書に開示されているダイヤモンド本体は、高精度に製作することができるものの、工具として利用するためには、たとえばクランピングのような特別な方策を必要とする。上述した方法はかなりコスト高であるが、それでも、ダイヤモンド工具の比較的単純で平坦な形状しか製造することができない。
【0008】
さらに、ダイヤモンド被覆は上記以外の分野でも利用されている。たとえば特開平7−223897号公報は、半導体デバイスの製造を開示している。基材の上に、CVD法によって厚さ1μmの薄いダイヤモンド層が成膜される。次いでマスクが成膜され、マスキングされていない領域が反応性プラズマエッチングプロセスで除去されることによって、ダイヤモンド層に所要の構造が刻設される。マスクとしては、厚さ約500nmのアルミニウム被覆が利用される。
【特許文献1】ドイツ実用新案出願公開第29707111号
【特許文献2】ドイツ特許出願公開第10326734号
【特許文献3】特開平7−223897号公報
【0009】
ダイヤモンド層のほか、PVD法またはCVD法で成膜することができるDLC層(diamond like carbonダイヤモンド・ライク・カーボン)も知られている。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明の課題は、簡単なやり方で好都合な表面性質を実現することが可能な、切削工具およびこれを製造する方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
この課題は請求項1に記載の工具によって解決され、および、請求項11に記載の方法によって解決される。従属請求項は、本発明の有利な実施形態に関わるものである。
【0012】
本発明により提案される工具は、ダイヤモンド層またはDLC層を備える超硬合金基材を有している。ここでの超硬合金とは、元素周期表のIUPACグループ4,5,6の炭化物、窒化物、酸化物、硼化物、または珪素化物が、コバルト、ニッケル、または鉄、ないしこれらの合金からなる結合剤マトリクスで固められている、広い意味における焼結材料を意味している。主として結合剤としてのCoを含むWCからなる超硬合金が好ましく、WC−Coだけからなる、もしくは少なくとも98重量%がWC−Coからなる、WC−Co超硬合金が格別に好ましい。
【0013】
その上に成膜される層は、主としてsp結合をもつ結晶構造として存在する炭素からなり(ダイヤモンド層)、または、場合により水素を含むsp/sp結合をもつアモルファス結合として存在する炭素からなる(DLC層)。このような種類のダイヤモンド層を、当業者には原理的に周知のやり方で、CVD法によって超硬合金基材へ成膜することができる。ダイヤモンド層は、ナノクリスタル層またはナノクリスタル層を含むマルチレイヤが好ましい。このような層は亀裂発生率が低いからである。DLC層は、周知のやり方で、PVD法またはCVD法により成膜することができる。
【0014】
一方では、このような層が超硬金属基材へ直接成膜されていてよい。あるいはこれに代えて、(別途に製造された)層が、たとえば溶着によって、後から基材と結合されていることも可能である。典型的には100μm以上の厚みを有している厚膜について、このような技術はそれ自体公知である。より詳細な記載は、VDI指針であるVDI−2840(炭素層)に記載されており、この中ではDLCの呼称についても詳細に説明されている。
【0015】
本発明による方法では、ダイヤモンド層またはDLC層の上にマスクが成膜され、次いで、この層にエッチングプロセスが施され、このときマスキング材料は実質的に侵食を受けない。したがってダイヤモンド層またはDLC層は、実質的に、マスクから露出している表面の部位でのみ食刻される。エッチングにより、これらの部位で層が時間と強度に応じて完全に除去されるか、すなわち基材に達するまで除去されるか、または部分的にのみ剥離されて、そこで小さい層厚を有するようになる。当初の層厚(マスクの下側)と、減少した層厚ないし層が取り除かれた領域との間の変化は急峻であり、その結果、これらの部位ではエッジが形成される。
【0016】
このとき層厚は、有利には当初の層厚の80%よりも低い値まで減少するので、それによって明らかなエッジが形成される。最大で50%よりも低い残留層厚にまで至るさらに深い側面が格別に好ましく、10%よりも低い残留層厚がいっそう好ましい。本発明による方法の枠内では、完全な除去も可能である。エッチングされた領域で、エッチング後に残留層厚が残るほうが好ましく、その場合、工具の表面は連続するダイヤモンド層またはDLC層で引き続き防護される。その場合には、少なくとも0.5μmの残留層厚が好ましい。
【0017】
こうして形成されたエッジは、切削のときに格別に有利に利用することができる。層厚の急激な変化により、このようなエッジは比較的鋭くなっている。ただし、エッチングプロセスにおける避けられない不均一性により、たとえば90°の完全に鋭いエッジは生じないのが普通である。それでも本発明の方法により、簡単なやり方で、追加のエッジを備えるきわめて特定の表面構造を生成することができ、こうした表面構造により、切削にとって好都合な種々の機能性が果たされる。エッジは、一方では追加の切削エッジとしての役目をすることができる。あるいは他方では、このようにして、クーラントや切削された材料を排出するため、ならびに切屑を破断するため、ないし切屑を誘導するための自由空間を形成することもできる。研磨工具の場合、研磨材を供給または固定するために凹部を利用することができる。
【0018】
さらに、本発明による表面構造は、工具全体を識別表示するため(他の工具と区別するため)、または、工具の個々の部分に目印をつけるため(たとえばインデクサブル・インサート チップの異なる切削コーナーに目印をつけるため)に利用することもできる。
【0019】
上記に代えて、層をまずマスキングされていない領域でエッチングにより完全に除去し、次いで、さらに別のダイヤモンド層またはDLC層で工具を再被覆することによって、表面にはエッジが存在しているが、それぞれのエッジの間の領域は引き続き層により覆われている、閉じた層を本発明の工具に生成することができる。
【0020】
本発明の1つの発展例では、ダイヤモンド層またはDLC層の表面における層厚の変化は、複数の突出する島部が形成されるように選択されている。この場合、それでも残留層厚が残っていることに基づいて(または再被覆に基づいて)、それぞれの島部の間の領域は引き続きダイヤモンドないしDLCに覆われている。
【0021】
工具は、不定形(不特定)の切れ刃を備える工具であってよい。本発明の1つの発展例では、工具は研削工具である。この場合、ダイヤモンド層またはDLC層の表面に形成された構造により、層の粗さが増大するという事実が利用される。
【0022】
エッジのところで層厚が明らかに変化しており、段差の高さが層厚の少なくとも20%、有利には少なくとも50%、格別に有利には少なくとも90%であると、著しい粗さが実現される。この場合、μmの単位における段差の高さは、DINおよびISOのRzに基づく粗さ値にほぼ相当している。
【0023】
本発明による工具は、どのような任意の形状でも有することができる。基材は、少なくとも1つの保持領域(たとえばシャンクやクランプ面)と加工領域(特定の切れ刃または不特定の切れ刃)とを有する工具本体であるのが好ましい。この場合、一方では、工具本体自体はすでに加工面の工具機能性を有していることが可能であり(たとえば特定の切れ刃または粗さを有する研削面)、この工具機能性が、層表面の被覆およびこれに続く構造化によって補完される。他方では、被覆と構造化によって初めて加工面の機能性が生じることも可能であり、すなわち、たとえばエッジの形成によって初めて切れ刃が生成され、もしくは構造化によって初めて研削面の粗さが生成されることも可能である。
【0024】
後者のケースについて有利な1つの形状は、ピン形状である。ピン形状の工具は、たとえばフライス削りピンのように特定(定形)の切れ刃を備えていてよく、あるいは、不特定(不定形)の切れ刃を備える工具として利用することができ、たとえば研削ピン、ホーニング針、やすり、または研磨ピンとして利用することができる。
【0025】
1つの発展例では、工具は特定の切れ刃を備える切削工具であり、たとえばインデクサブル・インサート(indexable insert)、フライス、またはドリルである。1つの有利な実施形態では、切れ刃は、ダイヤモンド層またはDLC層が上に形成されたすくい面を有している。すくい面の層の表面の上には、切屑を誘導または破断するための構造が設けられている。特定の切れ刃を備える工具、特にインデクサブル・インサートでは、切屑の破断を促進するために、すくい面が比較的大きい粗さを有しているのがしばしば好都合である。さらに、切屑を破断または方向転換させるために、定義された構造がすくい面の上に存在していてよい。たとえすくい面にある溝も、切屑誘導段部または切屑破断部としての役目を果たすことができる。このような構造は、本発明の方法により、きわめて正確に製作することができる。
【0026】
本発明の方法では、当業者に周知のさまざまなバリエーションのCVD法を適用することができる。熱フィラメント法が好ましい。マスク材料としては、原則として、エッチング条件のもとで耐性を有している、あらゆる材料を使用することができる。マスクは、普及しているどのようなコーティング方法でも塗工することができる。もっとも単純な場合、マスク材料の載置または機械的塗布によってマスキングを行うことができる。きわめて正確な構造は、たとえば半導体産業の当業者には周知であるフォトリソグラフィ法で生成することができる。マスク材料は、エッチングの後、照射、超音波、化学的手法、またはその他の洗浄方法によって除去されるのが好ましい。
【0027】
ダイヤモンド層またはDLC層のエッチングは、酸素を含有するプラズマの中で行うのが好ましい。この場合、基材を恒常的または一時的に負の電位に保つことができる。マスクと基材は一緒にエッチングされないのが好ましい。
【0028】
次に、図面を参照しながら本発明の実施形態について詳しく説明する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0029】
本発明は、選択された個所で層を再び除去することによって、または厚さを減らすことによって、層が構造化されると、コンポーネントや工具のダイヤモンド層やDLC層の機能性を大幅に高めることができるという基本的思想を前提とするものである。このことは、特に特定の切れ刃を備える切削工具、および不特定の切れ刃を備える切削工具について当てはまる。選択的な除去によって生じる構造は、追加の切れ刃エッジを形成し、クーラントや切削された材料を運び出すための自由空間を形成し、工具を識別表示し、目印を付け、もしくは工具をクランプするための面を被覆されていない状態に保つために役立てることができる。このようにして工具機能性をサポートすることができる。形成される構造によって、たとえば加工エッジによって、本来の工具機能性を初めて生起させることも可能である。
【0030】
次に、本発明による方法の1つの実施形態について、図1a−図1eに示す工程シーケンスを参照しながら説明する。
【0031】
まず最初に、基質材料からなる本体10を準備する(図1a)。この基質材料は、たとえばWC/Co等の超硬合金である。これに代えて、基質材料はサーメットであってもよい。本体10は工具基体であるのが好ましい。
【0032】
本体10を、(少なくとも切削されるべき材料と接触することになる機能領域で)CVD法により層12で被覆する。層12は、ダイヤモンド層またはDLC層であってよい。DLC層はPVD法でも成膜することができる。以下においては層12のことをダイヤモンド層とのみ呼ぶが、これはDLC層であっても同様によいことを明記しておく。層厚d0は、非常に薄い層(たとえば0.1μm)から非常に厚い層(たとえば500μm)までの広い範囲内で選択することができる。層厚d0は、0.5−80μmの範囲内にあるのが好ましく、1−20μmであるのが格別に好ましい。ダイヤモンド層12は、熱フィラメントCVD法で堆積されるのが好ましい。
【0033】
次いで、ダイヤモンド層12の表面にマスキング14を塗布する。それにより、次のステップでエッチングされるべきでないダイヤモンド層12の個所が覆われる。
【0034】
次いで、こうしてマスキングされた本体に、酸素を含有するプラズマ中でエッチング処理を施し、このとき、本体にはプラズマに対して負の極性が与えられる。図1dに明らかに見られるように、マスキングされていない個所にある層12の部分が除去され、それに対して、マスク14および直接その下に位置する領域は実質的に侵食されていない、層12の内部の表面構造が得られる。
【0035】
マスキングされていない個所では、層12は、当初の層厚d0から、より小さい層厚d1へと減少する。エッチング処理の時間によって、エッチング深さに影響を及ぼすことができる。80%よりも少ない、または50%よりも少ない、格別に有利には10%よりも少ない比率d1/d0が生じるまで、エッチング処理が実施されるのが好ましいが、ただし、少なくとも0.5μmの残留層厚d1が維持されるのが好ましい。
【0036】
マスクはさまざまな方法で除去することができ、たとえば、あまり強くないサンドブラストで除去することができる。
【0037】
マスキングされた領域の縁部には、エッチング処理により、エッジ16を備える急勾配の側面が生じる。マスキングされた領域は、(マスクの形状に応じて)島状の領域(島部)18としてそのまま残り、その間に介在する窪んだ領域20は、(残留層厚d1の)層12で引き続き覆われている。このように層12は、引き続き連続した層となっている。層の表面では、当初の層厚d0と低減した層厚d1との間の急激な変化によって、複数のエッジ16が形成されている。これらのエッジ16を切削のときに利用することができる。段差が生じることにより、層表面の粗さが著しく大きくなる。さらに、窪んだ領域20はさまざまな機能(冷却剤/潤滑剤の輸送、切屑の誘導、切屑の破断など)を果たすことができる。
【0038】
完全に閉じられた層12により、亀裂を生じやすい層と基材とのインターフェースが、機械的な作用に対して良好に防護される。表面は100%ダイヤモンドでできている。したがって、高い硬度、化学的な不活性といったダイヤモンド材料の利点が維持される。
【0039】
ここで付言しておくと、図1a−図1eに示す状況は当然ながら理想化されたものである。エッチングのときの避けられない不均一性の効果に基づき、現実には、図1d、図1eに示すような厳密に90°の鋭いエッジは生じない。
【0040】
図2a−図2fには、別案の製造方法の各ステップが示されている。上に説明した方法の場合と同じく、基材10をダイヤモンド層(またはDLC層)で被覆し、マスキング14を設けて、エッチングプロセスを施す(図2a−図2d)。しかし前述した方法とは異なり、このエッチングプロセスは完全に実施されるので、当初の層厚d0の層は、マスキングされていない領域で全面的に除去される。このエッチングプロセスにより、基材は侵食されないか、もしくは最低限にしか侵食されない(薄い酸化物膜)。マスク14および場合により薄い酸化物膜は、たとえば、あまり強くないサンドブラストによって除去される。
【0041】
これに続く任意選択のステップでは、本体にさらに別の層12aが再被覆される。図2fに示すように、(両方の層12および12aからなる)閉じたダイヤモンド層またはDLC層22を備える本体10が得られる。この層は表面に複数のエッジ16を有している。島状の突出する領域18と、その間の低いところに位置する領域20とが形成されている。
【0042】
追加の層12aは、同じくCVD法で(ないしDLCでは場合によりPVD法でも)成膜することができる。この層は、たとえば0.5から10μmの間、有利には1から2μmの間であってよい(中程度の)層厚d2を有している。層12aは、当初の層12と同じ材料および同じ(ダイヤモンド)構造を有していてよく、あるいは、層12aがこれと異なる構造を有していることも可能である。
【0043】
たとえば内側の層12は、(若干粗さの大きい)微晶質のダイヤモンド層であってよく、それに対して外側の層12aは(比較的平滑な)ナノクリスタルのダイヤモンド層またはDLC層である。このようにすれば、比較的小さい摩擦しか生じない。
【0044】
この別案の方法の場合にも、閉じた層22によって基材が覆われた本体10が得られる。
【0045】
次に、図3aを参照して、本発明による工具および製造方法の第1の具体的な実施例について説明する。
【0046】
長さ60mm、直径3mmの超硬合金円柱30を、厚さ10μのCVDダイヤモンド層で被覆する。このダイヤモンド層を、粒子サイズが約0.5μmの微粒子酸化チタンからなる懸濁液でマスキングする。次いで、溶剤を空気中または乾燥箱の中で気化させる。真空設備で、円柱10を酸素中のグロー放電のもとで下記のパラメータによりエッチングする:
−酸素流100ml/min
−圧力1hPa
−対称交流電圧50kHzの電気出力800W、250Veff。このとき、基材は金属の室壁に対して逆の極性が与えられる。
−基材温度約450℃
−室容積約30l
−室寸法約30×30×30cm
−時間9h
【0047】
完成した工具30は、やすりまたは回転する研削ピンとして使用することができる。表面には、粗くはあるが連続したダイヤモンド層がある。このダイヤモンド層は、事前のマスキングに応じて、急傾斜の側面とこれに形成されたエッジとを備える突出した島状の領域32を有している。
【0048】
上述した製造方法により、研削工具について、非常にさまざまな表面構造を正確なやり方で生成させることができる。層厚およびエッチングの深さを通じて、広い範囲で粗さを調整することができる。たとえば、ほとんどすべての研削工具で、研削手段製造者の通常の分類を設定することが可能である。従来型のダイヤモンド研削工具の粒子サイズの分類は、ダイヤモンド粒度に関するEFPA標準に準拠して行われることが多い。ダイヤモンド粒子が結合剤に埋め込まれている従来型のダイヤモンド研削工具では、粒子の埋設によって、結合剤の種類や製造者のスペックに応じて平均して粒子直径の20−50%を占める粒子突出部が生じる。それに対して上に説明した工具では、エッジ部に階段高さ(d−dの差)が生じる。こうして製作された表面構造の、従来型の研削工具との一致を実現するために、階段高さは粒子突出部に準じて選択し、エッジの個数は、研削被覆部における粒子の集中度に準じて選択する。
【0049】
従来型の研削工具のダイヤモンド研削粒子が平均25%だけ結合剤から突出していると仮定すると、最大100μmの厚さのダイヤモンド層により、階段高さに応じて、FEPA粒度名称D426からD46を再現することができる。篩い分けされた粒度についてのFEPA規格は、D46で終わっている(識別コードD)。たとえば約0.5μmのわずかな残留層厚を除いて、ほぼ層厚全体にわたってエッチングを行えば、厚さ12μmの層によってD46をもっと簡単なやり方で実現することもできる。同様に、D91は厚さ約20μmの層によって模倣することができる。これに続いて、M63からM1.0の微粒子サイズについてのFEPA規格が始まる。階段高さが十分に小さく選択されていさえすれば、原理的に、下方に向かう限度はない。ただしM4.0およびM1.0の場合には、微晶質のダイヤモンド層の自然な粗さの範囲内に収まるので、これらの粒度はエッチングなしでも実現される。
【0050】
こうして製造された工具は、粒子サイズM6.3からD91の従来型の研削工具の代替として利用することができる。他ならぬ細かい粒度および/または均等な粒子突出部は製造するのが難しいので、上に説明したようにして製作された本体は、その点において格別な利点を示す。同様に、直径の小さい研削ピンまたはホーニング針を製造するのも特別に困難である。そこで本発明による製造は、直径の小さい工具、たとえば1mmよりも小さい工具を対象とする場合に、格別な利点を有している。このようにして、0.3mm以下、あるいは0.1mm以下の特別に小さい直径をもつ工具を製造することさえ可能である。
【0051】
層を部分的に剥離するための上に説明したエッチング処理の別案として、マスキングされていない層を完全に除去するために、エッチング処理を(同一のパラメータで)さらに長い時間実施することもできる。約10時間がたつと、マスキングの外部では10μのダイヤモンド層が完全に除去される。そして、図2a−図2fとの関連で上に説明したように、形成された構造をさらに別のダイヤモンド層で再被覆する。
【0052】
図3bを参照して、さらに別の実施例について説明する。超硬合金円柱34からフライス削りピンを製造する。厚さ15μmのCVDダイヤモンド層で円柱を被覆する。長方形の島状の領域36の規則的な構造が表面にできるように、マスキングを塗布する。このとき、マスクは表面が長方形の穴からなるパターンを有しており、ピン34に同一平面上で被せられた薄い貴金属円周スリーブを用いて塗布することができる。このスリーブは、エッチングの際にそのままマスクとして利用することができ、それによって、長方形の凹部をもつパターンが層に生じる。別案として、スリーブ自体をたとえばPVD等の蒸着法のためのマスクとして利用することができ、それにより、たとえばアルミニウム等のマスク材料が蒸着される。するとこの層には、長方形の島部をもつパターンがエッチングの際に生じる。
【0053】
上に説明したエッチング方法を10hの時間にわたって実施し、それによりダイヤモンド層は、マスキングされていない領域では、約5μmの残留層厚d1を除いて除去される。したがって島状の領域36は、窪んだ領域から約10μmだけ突き出している。その鋭いエッジは、切削エッジとしての役目を果たすことができる。
【0054】
図3cを参照して、さらに別の実施例について説明する。超硬合金フライス削り工具40は、厚さ12μmのダイヤモンド層を有している。このピン40にアルミニウムフィルムを螺旋状に巻き付け、スパッタリングによって厚さ約0.5μmのTiAIN層を成膜することによって、マスクを生成する。引き続いてフィルムを除去し、それにより、それまで覆い隠されていた領域は、それ以外の被覆をダイヤモンド層に有していないことになる。
【0055】
次いで、前述したようにしてピン40にエッチング処理を施し、このときTiAIN層がマスクとして作用する。するとダイヤモンド層の表面では、螺旋状に隆起した領域42の縁部のところにエッジ44が形成される。それぞれの隆起した領域42の間に螺旋状の溝46が延びており、工具40の使用中に、この溝を通って切屑が運び出される。
【0056】
アルミニウムフィルムが十分に密接に当接していれば、それ自体をマスクとして利用することもできる。同様の陰画の構造が得られる。
【0057】
図4aから図4eには、CVDダイヤモンド層で被覆されたインデクサブル・インサート(indexable insert)50を例にとって、本発明の利用可能性についての追加の例が示されている。
【0058】
図4aは、すくい面52と、切れ刃51と、逃げ面54とを備える、ダイヤモンド層60で被覆されたインデクサブル・インサート50を示している。下面56は、CVDダイヤモンド被覆中に基材ホルダの上に載るので、または、上述したエッチング方法によって後からダイヤモンド層60が取り除かれるので、被覆されていない。インデクサブル・インサート50は、すくい面52のところで、上に説明した方法により処理されており、その結果、当該個所では粗さの増大が実現されている。それにより切屑の破断が促進される。
【0059】
図4bに示すインデクサブル・インサート50では、チップがクランプ固定またはろう付けされたとき、取付手段と敏感なダイヤモンド層との直接的な接触を避けるために、追加的に、逃げ面52の一部からもダイヤモンド層がエッチング法で完全に取り除かれている。
【0060】
図4cに示すインデクサブル・インサートは、完全にエッチング除去されたすくい面52を有している。図4dに示すインデクサブル・インサートは、完全にエッチング除去された逃げ面54を有している。
【0061】
図4eに示すインデクサブル・インサート50では、すくい面52において、ダイヤモンド層60に点状の目印62がエッチングで食刻されている。このインデクサブル・インサート50は、図5に平面図として再度示されている。恒久的な目印62は、切削コーナーのうちの1つに目印を付けるものであり、それにより、利用者はそれぞれの切削コーナーを区別することが可能である。このようにして、新たに使用するインデクサブル・インサートを、たとえば必ず最初は目印のある切削コーナーから使い始め、それが磨耗したときに裏返すことができる。
【0062】
特定の切れ刃を備える工具、特にインデクサブル・インサートでは、切屑の排出に好都合な影響を及ぼし、切屑誘導段部または切屑破断部として機能する、特定の構造をエッチングで食刻することができる。
【0063】
図6、および図7の断面図には、周回する溝64がすくい面に設けられたインデクサブル・インサートが示されている。それによって切屑が誘導され、破断される。
【0064】
上に説明した方法および工具は、単なる一例として理解すべきである。数多くの変形例や補足が可能であり、これには、特に次のような事項が含まれる:
−図4e、図5との関連で説明したような工具の目印に加えて、またはこれに代えて、他の工具と区別するために、さらに詳しい工具の識別表示が設けられていてよい。たとえば文字や会社のロゴを、エッチングで食刻することができる。こうして得られた識別表示は恒久的である。
−ダイヤモンド層またはDLC層は、耐酸化性をいっそう高めるために、たとえばホウ素等のドープ材料でドーピングすることができる。
−上述したエッチング方法によって、ダイヤモンド層を完全に除去することもできる。そのようにして、被覆されている損傷を受けた工具を再び処理し、たとえば再研削し、その後で再び被覆することができる。
−ダイヤモンド層の代わりにDLC層を用いると、エッチング時間が大幅に短くなる。たとえば厚さ10μmのDLC層であれば、上に述べた方法パラメータのとき、約2h以内で完全に除去される。それに応じて適用時間が短いので、表面には部分的にのみエッチング処理が得られる。
−原則として、この方法はあらゆるダイヤモンド工具ならびにダイヤモンド半製品、たとえばCVD厚膜の切れ刃等に適用することができる。前述したCVD薄膜およびCVD厚膜に加えて、従来型の単結晶ダイヤモンド工具(MKD)や多結晶ダイヤモンド工具(PKD)にも適用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0065】
【図1】構造化された表面被覆を備える本体の第1の製造方法の各方法ステップである。
【図2】構造化された表面被覆を製作する第2の製造方法の各方法ステップである。
【図3】aは研削ピンの形態の工具の第1の実施形態を示す外観図、bはフライス削りピンの形態の工具の第2の実施形態を示す外観図及び、cはフライス削りピンの形態の工具の第3の実施形態を示す外観図である。
【図4】さまざまな面に食刻された構造を備えるインデクサブル・インサート(indexable insert)のさまざまな実施形態である。
【図5】目印を備える図4eのインデクサブル・インサートを示す平面図である。
【図6】周回する溝を備えるインデクサブル・インサートの形態の工具のさらに別の実施形態を示す平面図である。
【図7】図6のインデクサブル・インサートを示す切断線A.Aに沿った部分断面図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
特定の切れ刃または不特定の切れ刃を備える切削のための工具において、
超硬合金基材(10)と、
前記基材(10)の上のダイヤモンド層またはDLC層(12,22)とを備えており、
前記ダイヤモンド層またはDLC層(12,22)の表面に、層厚(d0,d1)の急激な変化によって形成される複数のエッジ(16,44)が設けられている工具。
【請求項2】
前記ダイヤモンド層またはDLC層(12,22)の表面に、切削された材料および/または冷却剤ないし潤滑剤を運び出すために、少なくとも1つの低い位置にある領域(20,46)が設けられている、請求項1に記載の工具。
【請求項3】
前記ダイヤモンド層またはDLC層(12,22)の表面に複数の突出する島部(18,32,36)が形成されている、前記請求項のうちいずれか1項に記載の工具。
【請求項4】
前記工具は研削工具(30,34)である、前記請求項のうちいずれか1項に記載の工具。
【請求項5】
前記工具(30,34,30)はピン形状を有している、前記請求項のうちいずれか1項に記載の工具。
【請求項6】
前記工具は特定の切れ刃を備える切削工具(34,50)である、請求項1から3までのいずれか1項に記載の工具。
【請求項7】
前記切れ刃はすくい面(52)を有しており、前記ダイヤモンド層またはDLC層(60)は少なくとも前記すくい面(52)の一部に成膜されており、
前記すくい面(52)における前記ダイヤモンド層またはDLC層(60)の表面には切屑を破断または誘導するための構造が設けられている、請求項6に記載の工具。
【請求項8】
前記工具はインデクサブル・インサート(50)である、請求項6または7に記載の工具。
【請求項9】
前記ダイヤモンド層またはDLC層(22)は、少なくとも1つの第1の層(12)と、少なくともその一部に成膜された第2の層(12a)とを含んでいる、前記請求項のうちいずれか1項に記載の工具。
【請求項10】
前記ダイヤモンド層またはDLC層(21,22)の表面に刻設された前記エッジ(16)は識別表示または目印(62)を形成している、前記請求項のうちいずれか1項に記載の工具。
【請求項11】
特定の切れ刃または不特定の切れ刃を備える工具を製造する方法において、
基材(10)にダイヤモンド層またはDLC層(12)を成膜し、
前記ダイヤモンド層またはDLC層(12)にマスク(14)を成膜し、
前記ダイヤモンド層またはDLC層(12)を前記マスク(14)から露出している個所でエッチングにより全面的または部分的に除去し、それにより、前記工具の表面に前記ダイヤモンド層またはDLC層(12)の複数のエッジ(16,44)が生成されるようにする方法。
【請求項12】
前記ダイヤモンド層またはDLC層(12)は酸素を含有するプラズマの中でエッチングされる、請求項11に記載の方法。
【請求項13】
前記エッチングのときに前記基材(10)は一緒にエッチングされない、請求項11または12に記載の方法。
【請求項14】
前記ダイヤモンド層またはDLC層(12)は熱フィラメントCVD法で成膜される、請求項11から13までのいずれか1項に記載の方法。
【請求項15】
前記ダイヤモンド層またはDLC層(12)を前記マスク(14)から露出している個所で全面的に除去し、
次いで、さらに別の前記ダイヤモンド層またはDLC層(12a)を前記工具の表面に成膜する、請求項11から14までのいずれか1項に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公表番号】特表2008−513225(P2008−513225A)
【公表日】平成20年5月1日(2008.5.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−531713(P2007−531713)
【出願日】平成17年9月21日(2005.9.21)
【国際出願番号】PCT/EP2005/010212
【国際公開番号】WO2006/032480
【国際公開日】平成18年3月30日(2006.3.30)
【出願人】(505103518)コムコン・アーゲー (6)
【Fターム(参考)】