説明

単核系金属錯体を有効成分とする酸化触媒

【課題】単核系金属錯体を有効成分とする新規酸化触媒を提供する
【解決手段】一般式(1)で表される単核系金属錯体を有効成分とする。なお、一般式(I)中のR,R,R,Rは、それぞれ独立に、水素原子及び炭素数1〜3の炭化水素基から選択されるいずれかであり、Mは、平面四配位型の配位構造を形成する金属原子であり、Xはハロゲン原子である。
【化1】

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、単核系金属錯体を有効成分とする酸化触媒に関するものである。
【背景技術】
【0002】
本出願人は、特許文献1に開示の通り、新規の二核系金属錯体を有効成分とする酸化触媒について出願している。この酸化触媒は、シクロヘキサン、トルエン、ベンゼン等のいろいろな難度の高い酸化反応を触媒的に水酸化する触媒である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2009−136807号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、特許文献1に開示の酸化触媒は、触媒反応回数が数十回と低いことが難点であった。これは、例えば、ベンゼンからのフェノールへの一段階反応では、過酸化水素存在下で触媒反応を遂行するため、過酸化水素存在下での加熱によって、二核系金属錯体が分解することが原因の1つであった。すなわち、酸化触媒を構成する金属錯体が二核系であることが原因の1つであると考えられる。
【0005】
そこで、二核系金属錯体ではなく単核系金属錯体を有効成分とする酸化触媒が望まれる。
【0006】
本発明は上記点に鑑みて、単核系金属錯体を有効成分とする新規酸化触媒を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的を達成するため、本発明者が鋭意検討した結果、単核系金属錯体においても触媒機能を発現することが分かり、本発明を創出するに至った。
【0008】
すなわち、請求項1に記載の発明は、一般式(I)で表される新規単核金属錯体である。
【0009】
【化1】

【0010】
なお、式中のR,R,R,Rは、それぞれ独立に、水素原子及び炭素数1〜3の炭化水素基から選択されるいずれかであり、Mは、平面四配位型の配位構造を形成する金属原子であり、Xはハロゲン原子である。
【0011】
請求項2に記載の発明は、一般式(I)におけるR,R,Rがプロピル基、Rが水素原子、Mが銅である請求項1に記載の新規単核系金属錯体である。
【0012】
請求項3に記載の発明は、請求項1または2に記載の単核系金属錯体を有効成分とする新規酸化触媒である。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本発明の実施例で得られた新規錯体[Cu(Pr3bbim)Cl2]の構造を示す図である。
【図2】本発明の実施例で得られた新規錯体[Cu(Pr3bbim) Br2]の構造を示す図である。
【図3】本発明の実施例での酸化反応における溶媒に水を用いた場合に促進されると考える疎水性相互作用を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明の酸化触媒は、一般式(I)で表される新規単核金属錯体(単核のベンズイミダゾリル錯体)を有効成分として含むものである。なお、新規単核金属錯体のみによって酸化触媒が構成されていても良い。
【0015】
【化2】

【0016】
この新規単核金属錯体は、一般式(II)で表される配位子を用いて合成されるものであり、単核のため、頑強で安定した構造を有している。
【0017】
【化3】

【0018】
一般式(I)、(II)におけるR,R,R,Rは、それぞれ独立に、水素原子及び炭素数1〜3の炭化水素基から選択されるいずれかであり得る。
【0019】
また、一般式(I)におけるMは、平面四配位型の配位構造を形成する金属原子(例えばCu)であり、Xは塩素 (Cl)や臭素 (Br)などのハロゲン原子である。
【0020】
新規単核金属錯体の例としては、R,R,Rがプロピル基、Rが水素原子、金属原子Mが銅 (Cu)、Xが塩素である単核銅錯体[Cu(Pr3bbim)Cl2]や、Xが臭素である単核銅錯体[Cu(Pr3bbim)Br2]が挙げられる。
【0021】
本発明の酸化触媒は、種々の形態をとることができる。例えば、上述したいずれかの金属錯体またはその塩(錯体塩)を粉末状、塊状等の状態で含む形態とすることができる。このような錯体塩を形成するカウンターイオン(対イオン)は特に限定されず、例えばClO、SbF、CFSO、PF等を採用することができる。水系溶媒中で電離しやすい錯体塩を形成し得るカウンターイオンを選択することが好ましい。なお、ここで「水系溶媒」とは、水または水を主体とし水と均一に混合し得る有機溶媒を含有する混合溶媒をいう。
【0022】
また、本発明の酸化触媒は、上記錯体が液状媒体中に存在している形態をとることができる。この液状媒体としては、水、アセトニトリル、低級アルコール(例えば、炭素数1〜4程度のアルコール)、アセトンその他の低級ケトン(例えば、炭素数3〜5程度のケトン)等から選択される一種または二種以上を用いることができる。かかる酸化触媒は、典型的には、上述したいずれかの錯体の塩を液状媒体に溶解させる工程を含む処理によって調製(製造)することができる。また、液状媒体中に上記錯体またはその塩が分散した形態の酸化触媒であってもよい。
【0023】
また、本発明の酸化触媒のとり得る他の形態として、上記錯体が固体状の担体に保持されている形態が挙げられる。錯体を担持する担体としては、微粒子状物質、多孔質体等を好ましく用いることができる。例えば、活性炭等の微粒子を好ましく用いることができる。また、ゼオライト、シリカ等の材質からなる多孔質体を好ましく用いることができる。そのような多孔質体が粒子状、繊維状、ハニカム状等に成形されたものであってもよい。質量当たりの表面積が広いものが好ましい。例えば、表面積が1000m/g以上(典型的には、1200〜1500m/g)である担体を好ましく用いることができる。なお、微粒子状の担体に錯体を担持したもの(錯体担持微粒子)が液状媒体に分散している形態は、「錯体が液状媒体中に存在している形態」の一例である。
【0024】
本発明の酸化触媒は、例えば以下に示す過酸化水素存在下での酸化反応に利用することができる。
・メチルフェニルチオエーテル等のチオエーテル(SR,ここでRは同一のまたは異なる一価の有機基である。)を酸化してS(=O)Rを生成する反応。
シクロヘキセン等の不飽和炭化水素(典型的にはアルケン、シクロアルケン等)を酸化して、ケトン、アルコール(典型的にはエノール型化合物)、エポキシ化合物等の一種または二種以上を生成する反応。
・イソプロピルベンゼン等の、芳香環(典型的にはベンゼン環)に結合した一または二以上の第二級炭素上に水素原子を有する基質化合物を酸化して、該第二級炭素に結合した水素原子を水酸基に置換する反応。
・トルエン等の、芳香環に結合した一または二以上のCH基を有する(典型的には他の官能基を有しない)基質化合物を酸化して、上記CH基がCHOHに変換された化合物および該CH基がCHOに変換された化合物の一種または二種以上を生成する反応。
・シクロヘキサン、メタン等の飽和炭化水素(典型的にはアルカン、シクロアルカン等)を酸化して、アルコール、ケトン、アルデヒド等の一種または二種以上を生成する反応。
ベンゼン等の、芳香環(典型的にはベンゼン環)を有する基質化合物を酸化してフェノール類を生成する(換言すれば、上記芳香環にフェノール性水酸基を導入する)反応。
【実施例】
【0025】
〈単核銅錯体[Cu(Pr3bbim)Cl2]の合成〉
新規錯体[Cu(Pr3bbim)Cl2]の合成法とキャラクタリゼーションの結果を以下に示す。
CuCl2 26.9 mg (0.20 mmol) をメタノール 1 ml に溶解させた緑色の溶液に、メタノール 2 ml に溶かした1,1- bis(N-propylbenzimidazolyl)-butane (Pr3bbim) 74.8 mg (0.20 mmol) をゆっくり滴下し、12時間静置したところ、褐色の沈殿が生じた。吸引濾過を行い、真空ラインを用いて減圧乾燥し、黄褐色結晶64.4 mg (Yield 63.4 %)を得た。なお、Pr3bbimは、上記特許文献1の実施例に記載の合成法によって合成したものを使用した。
【0026】
得られた粉末をアセトンに溶解し、ジエチルエーテルを用いて室温において気液拡散により精製し、元素分析、UV-visスペクトル、ESI-TOF-Massスペクトル、ESRスペクトル、IRスペクトルを測定した。測定結果は以下の通りである。
Anal. Calcd for C24H30N4CuCl2: C, 56.6; H, 5.94; N, 11.0. Found: C, 56.6; H, 5.79; N, 10.7.
FT-IR (KBr, cm-1): n 3092, 3059 (aromatic C−H), 2961 (as, C−CH3), 2928 (as, −(CH3)2−), 2871 (s, C−CH3), 2852 (s, −(CH3)2−), 1596, 1510 (aromatic C=C), d 1382 (s, C−CH3), 763 (aromatic C−H).
ESI-TOF-Mass (in acetone, ion mode positive):m/z 518.2 [M -Cl]+, 892.5 [M - Cl + Pr3bbim]+
ESR: g = 2.07, g// = 2.27, |A//| =160 (G).
UV-vis absorption (in MeCN) [lmax /nm (e/M-1cm-1)]: 360 (1500), 420 (1100) (Cl-to-Cu(II) LMCT), 830 (140) (d-d transition).
また、X線結晶構造解析により得られた結晶構造を図1に示す。
〈単核銅錯体[Cu(Pr3bbim) Br2]の合成〉
[Cu(Pr3bbim) Br2] の合成法とキャラクタリゼーションの結果を以下に示す。
【0027】
CuBr2 46.2 mg (0.20 mmol) をメタノール 1 ml に溶解させた緑色の溶液に、メタノール 2 ml に溶かしたPr3bbim 74.8 mg (0.20 mmol) をゆっくり滴下し、12間静置したところ、褐色の沈殿が生じた。吸引濾過を行い、真空ラインを用いて減圧乾燥し、褐色結晶62.0 mg (Yield 51.9 %)を得た。得られた粉末をアセトンに溶解し、ジエチルエーテルを用いて室温において気液拡散により精製し、元素分析、UV-visスペクトル、ESI-TOF-Massスペクトル、ESRスペクトル、IRスペクトルを測定した。
Anal. Calcd for C24H30N4CuBr2: C, 48.2; H, 5.06; N, 9.37. Found: C, 48.2; H, 4.94; N, 8.65.
FT-IR (KBr, cm-1): n 3074, 3057 (aromatic C−H), 2960 (as, C−CH3), 2932 (as, −(CH3)2−), 2874 (s, C−CH3), 1614, 1492 (aromatic C=C), d 1384 (s, C−CH3), 762 (aromatic C−H).
ESI-TOF-Mass (in acetone, ion mode positive):m/z 472.4 [M -Br]+, 846.8 [M - Br + Pr3bbim]+
ESR: g = 2.08, g// = 2.32, |A//| =140 (G).
UV-vis absorption (in MeCN) [lmax /nm (e/M-1cm-1)]: 450 (1400), 555 (490) (Br-to-Cu(II) LMCT), 870 (200) (d-d transition).
また、X線結晶構造解析により得られた結晶構造を図2に示す。
〈新規単核銅錯体を用いてのベンゼンの酸化反応〉
上記合成法によって得られた新規単核銅錯体[Cu(Pr3bbim)Cl2]および[Cu(Pr3bbim)Br2]を用いて、次の酸化反応スキーム(化4)に示されるベンゼンの酸化反応を試みた。
【0028】
【化4】

【0029】
銅(II)錯体2.0 mmol、基質2.0 mmol (1000 eq)、GC用測定用の内部標準液 (o-ジクロロベンゼン) をアセトニトリル溶媒(MeCN)またはアセトニトリル:水=1 : 1の混合溶媒(MeCN/H2O)2 mlに溶解させ反応溶液に封入し、Ar置換を行った。これを恒温水槽 25 oCにおいて、過酸化水素 4 mmol (2000 eq)をシリンジにて添加して攪拌することにより一時間反応を行った。反応終了後、反応溶液を約 20 ml取り出し、480 mlのヘキサンを添加し脱金属を行った後、GC-Massクロマトグラフ測定により反応生成物としてフェノールおよび1,4−ベンゾキノンが存在することを確認した。すなわち、所定量のフェノールを含む溶液(検量線用試料)のGC測定においてフェノールのピークが10.4分に検出されたのに対し、測定試料のGC測定においても上記検量線とほぼ一致する時間(10.4分)にピークが検出された。同様に、所定量の1,4−ベンゾキノンを含む溶液(検量線用試料)のGC測定においてフェノールのピークが7.2分に検出されたのに対し、測定試料のGC測定においても上記検量線とほぼ一致する時間(7.2分)にピークが検出された。さらにマススペクトルにおいて分子量94、108に有機物のピークが観測され、それぞれフェノール及び1,4−ベンゾキノンのスペクトルパターンと良い一致を示した。これらの測定結果から、ベンゼンの一段階酸化(直接酸化)にフェノールおよび1,4−ベンゾキノンが生成したことを確認した。
【0030】
生成したフェノールおよび1,4−ベンゾキノンの生成量をGC測定により求め、この反応における錯体のTON(Turn Over Number)を算出した結果を表1に示す。なお、表1に示すTONは、単核銅錯体一分子当たりの値として算出した。
【0031】
【表1】

【0032】
酸化反応の結果、今回合成した単核銅錯体はベンゼンの触媒的酸化能を有することが分かった。さらに溶媒の水の割合を増やすことにより、TONが大きく向上した。その理由の一つとして水の添加により溶媒の極性が増加し、図3に示すように、基質であるベンゼンが錯体との疎水性相互作用により活性中心である金属に近づくことを促進したことが考えられる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式(I):
【化1】


(式中のR,R,R,Rは、それぞれ独立に、水素原子及び炭素数1〜3の炭化水素基から選択されるいずれかであり、Mは、平面四配位型の配位構造を形成する金属原子であり、Xはハロゲン原子である。)
で表される単核系金属錯体。
【請求項2】
前記一般式(I)におけるR,R,Rがプロピル基、Rが水素原子、Mが銅である請求項1に記載の単核系金属錯体。
【請求項3】
請求項1または2に記載の単核系金属錯体を有効成分とする酸化触媒。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2012−6839(P2012−6839A)
【公開日】平成24年1月12日(2012.1.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−141175(P2010−141175)
【出願日】平成22年6月22日(2010.6.22)
【出願人】(304021277)国立大学法人 名古屋工業大学 (784)
【Fターム(参考)】