説明

印刷用版材およびその製造方法

【課題】光触媒機能を利用する印刷用版材において、版材の耐久性、とくに光触媒機能を発揮可能な層の基材への密着性を格段に高め、版材全体の耐久性を大幅に高めるとともに、光触媒機能を強化して、印刷版の生産性を高め、高精細な印刷を可能とする。
【解決手段】加熱処理により、基材(1)自体の表層が、光触媒機能を発揮可能な酸化層(4)に改質されているとともに、酸化層(4)の表面に、光触媒機能を発揮可能な微粒子(2)が焼き付けられており、その上に、疎水性の化合物を含み光触媒機能により分解可能な層(5)が被覆されていることを特徴とする印刷用版材(6)、およびその製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、印刷用版材およびその製造方法に関し、とくに、印刷用の版を作製した際に優れた耐久性を有し、使用後に再生することも可能であり、しかも高精細な印刷に対応可能な版を容易に作製可能な、オフセット印刷等に用いて好適な印刷用版材とその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
光触媒機能を利用して印刷用の版を作製する技術が知られている(例えば、特許文献1)。この特許文献1に開示されている技術は、基材の表面に直接又は中間層を介し、酸化チタン光触媒のバンドギャップエネルギよりも高いエネルギをもつ波長の光、すなわち活性光を照射することにより水酸基が予め形成されている酸化チタン光触媒を含むコート層と、該コート層上に上記活性光を照射することで分解可能な化合物からなる塗布層を備えた印刷用版材を用いる技術である。この塗布層の表面は疎水性を示し、塗布層に向けて所定のパターンで活性光を照射することにより、活性光が照射された部分の塗布層をコート層の光触媒機能により分解除去してコート層表面を現出させるとともにその露出したコート層表面部分を親水性表面に変換し、活性光が照射されず分解されなかった塗布層部分を疎水性表面をもつ部分として残すことにより、疎水性表面部分と親水性表面部分とが目標とする印刷パターンに区画された印刷用版が形成される。この印刷用版の疎水性表面をもつ部分を、印刷の際に印刷用インクが塗布され被印刷物に転写される、所定の印刷用パターン部分として用いる。
【0003】
このような光触媒機能を利用して印刷用版を形成することによって、デジタルデータに対応した光照射を行うことによりデジタルデータから直接版を作製することが可能になる。また、印刷に使用した後の印刷用版に、さらに活性光を照射して印刷パターンを形成していた塗布層を除去し、全面に現れた酸化チタン光触媒を含むコート層上に再び塗布層を設ければ、版材の再生が可能であり、再利用が可能になる。したがって、デジタル化への対応と、版材の再生が可能になり、高精細な印刷と、使用版材の低コスト化が可能になる。
【特許文献1】特許第3495605号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、上記特許文献1に開示された印刷用版材、印刷用版の作製技術は原理的には優れた技術であるが、実際の印刷に適用する場合には、以下のような基本的な問題がある。すなわち、印刷用版は、被印刷物に対して多数回繰り返し使用されるものであるから、極めて高い耐久性が要求される。印刷用インクが塗布、転写される所定の印刷用パターン部分が目標とする所定のパターンや表面形態に維持されるのは勿論のこと、印刷用パターン部分を画成するための、前記塗布層が除去され露出されたコート層部分にも高い耐久性が要求される。このコート層の耐久性は、印刷に使用した後の版材の再生の可否にも大きな影響を及ぼす。
【0005】
ところが、前述の特許文献1に開示された印刷用版材では、このような高耐久性の要求を確実に満たすことが困難である。特許文献1に記載の印刷用版材においては、酸化チタン光触媒を含む層が、基材の表面に基材自体とは別のコート層として設けられるため、基材自体の層とこのコート層との間の密着性、固定性が求められることとなるが、完全に別の層として形成されている限り、層間剥離やずれの問題は完全には除去し切れず、コート層と基材自体の層とを含む版材の層全体の耐久性を向上することには限界がある。この問題に対し、特許文献1では、中間層を介してコート層を設けることにより、基材自体の層とコート層との間の密着性を向上できる旨記載されているが、この方法では、中間層を設ける工程が増え製造工程全体の煩雑化は避けられない。また、基材自体の層とこのコート層とが完全に別の層として形成されることに変わりはないので、やはりコート層と基材との間の密着性には限界があり、版材全体の耐久性を向上することには限界がある。
【0006】
とくに、特許文献1では、特許文献1に記載の印刷用版材を大型の輪転機に適用することを目指していたようであるが、輪転機に適用する場合には印刷用版材から作製された印刷用版は湾曲されて装着されることになるため、基材自体の層とコート層との間にさらに高い密着性が要求されることになる。しかし、基材自体の層とコート層とが完全に別の層として形成されている限り、このような高い密着性を満足するのは極めて困難であると考えられる。
【0007】
上記特許文献1に開示された印刷用版材の上記のような基本的な問題に着目し、未だ出願未公開の段階にあるが、先に本出願人により、基材自体の表層が、加熱処理により光触媒機能を有する酸化層に改質され、その酸化層の上に、疎水性の化合物を含み光触媒機能により分解可能な層を被覆した印刷用版材が提案されている(特願2008−042824)。この提案では、基材自体の表層が光触媒機能を有する酸化層として形成されるが、この酸化層とその下の基材層(基材自体の層)は、もともと同一の材質の一体層として構成されていたものであるため、改質された光触媒機能を有する酸化層とその下の基材層との間の密着性が、光触媒機能を有する層が別の層として付加されていた場合に比べ、格段に高くなり、版材全体の耐久性を大幅に高めることが可能になった。しかしながら、版材全体の耐久性を大幅に高めることはできたが、一方で、この提案構造では、光触媒機能を高めることに限界があるという問題が判明した。光触媒機能が低いと、前述のような方法で印刷パターンを形成するための時間が長くなり、かつ、印刷パターン形成後の疎水性と親水性部分の差が小さくなるおそれが生じて高精細な印刷に支障を来すおそれが生じ、また、再生のために印刷パターンを形成していた塗布層を除去するための時間も長くなるという問題が残ることになる。
【0008】
そこで本発明の課題は、まず、特許文献1に開示された印刷用版材の上記のような基本的な問題に着目し、光触媒機能を利用すべき印刷用版材において、版材の耐久性、とくに光触媒機能を有する層の基材自体の層への密着性を格段に高め、それによって版材全体の耐久性を大幅に高めて、その版材を実際の印刷工程に問題なく使用できるようにするとともに、さらに、光照射による光触媒の活性の発現を強化して印刷パターンを形成するための時間の短縮化をはかり、それに伴ってより高精細な印刷を可能とし、しかも、短時間で容易に再生できるようにすることにある。すなわち、先に本出願人により提案した印刷用版材における耐久性向上の利点を活かしつつ、併せて、印刷パターン形成時間の短縮、より高精細な印刷、再生時間の短縮を可能とした、印刷用版材およびその製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するために、本発明に係る印刷用版材の製造方法は、基材の表面に、光触媒機能を発揮可能な微粒子を含有する層を設け、基材を加熱処理することにより、基材自体の表層を光触媒機能を発揮可能な酸化層に改質するとともに、前記微粒子を該酸化層の表面に焼き付け、表面に微粒子が焼き付けられた酸化層の上に、疎水性の化合物を含み前記光触媒機能により分解可能な層を被覆することを特徴とする方法からなる。そして、本発明に係る印刷用版材は、加熱処理により、基材自体の表層が、光触媒機能を発揮可能な酸化層に改質されているとともに、該酸化層の表面に、光触媒機能を発揮可能な微粒子が焼き付けられており、表面に微粒子が焼き付けられた酸化層の上に、疎水性の化合物を含み前記光触媒機能により分解可能な層が被覆されていることを特徴とするものからなる。
【0010】
すなわち、本発明においては、光触媒機能を発揮可能な層は、基材の上にコート層として設けられるのではなく、基材自体の表層が加熱処理されることによって改質された層である光触媒機能を発揮可能な酸化層と、その表面に焼き付けられた光触媒機能を発揮可能な微粒子とからなる。このうち、光触媒機能を発揮可能な酸化層とその下の基材層(基材自体の層)は、もともと同一の材質の一体層として構成されていたものであるから、改質された光触媒機能を発揮可能な酸化層とその下の基材層との間の密着性は、光触媒機能を発揮可能な層が別の層として付加されていた場合に比べ、格段に高い。したがって、この光触媒機能を発揮可能な酸化層は、版材が印刷用版に作製された後多数回繰り返し印刷に使用された後にあっても、優れた耐久性のまま維持され、印刷用版全体としての耐久性も大幅に向上される。その結果、印刷使用後にあっても、上記光触媒機能を発揮可能な酸化層とその下の基材層との間の密着性および両層間の形態は初期の望ましい特性、形態にそのまま維持され、印刷パターンを形成していた印刷使用後の疎水性の化合物を含む被覆層の除去、再被覆により、印刷用版材は問題なく容易に再生できるようになる。そして、上記光触媒機能を発揮可能な酸化層の表面に光触媒機能を発揮可能な微粒子が焼き付けられていることにより、微粒子と酸化層との間の密着性も高く保たれることができ、同時に、この微粒子の存在により、後述の試験結果に示すように、驚くべきことに光照射による表面の光触媒活性が大幅に高められることとなる。すなわち、目標とした、印刷用版の耐久性向上と、光触媒活性向上とが、ともに達成されることとなる。光触媒活性の向上により、印刷パターン形成時間の短縮、より高精細な印刷、再生時間の短縮が可能になる。
【0011】
光触媒機能を有する上記微粒子が焼き付けられた酸化層の表面にその光触媒機能を発揮させるには、光活性を発揮させ得る光の照射が必要であり、光活性を発揮させ得る光としては、所定の波長範囲の紫外線、例えば300〜500nmの波長の紫外線を挙げることができる。このような光照射により、微粒子が焼き付けられた酸化層の表面に光触媒機能を発揮させ、後述の遮光パターン形成用の遮光インクが塗布された部分以外の被覆層を分解、除去して、分解、除去されなかった被覆層部分を疎水性表面を有する印刷用パターン部分として残すことができるとともに、被覆層が分解、除去されることにより露出された上記微粒子が焼き付けられた酸化層の表面を良好に親水化して親水性の表面に変換することができ、それによって、所望の印刷用版の形成が可能になるとともに、高精細な印刷が可能となる。
【0012】
本発明における微粒子を含有する層は、基材の表面にコーティング層として設けることができるが、これに限定されず、要は、焼付け前に微粒子が基材の表面に均一に分散されていればよい。
【0013】
上記基材の材質としては、代表的にはチタンを適用できる。基材がチタンからなる場合には、上記光触媒機能を発揮可能な基材自体の改質層は、酸化チタンを含む酸化層として形成される。焼き付けられる微粒子としても、代表的には酸化チタン粒子を使用できる。基材がチタンからなり、微粒子が酸化チタンからなる場合には、加熱処理は、例えば500℃の温度で、1時間程度の処理が適切である。上記基材の材質としては、チタン以外に、ジルコニウム、タンタル、ニオブ、モリブデン、タングステン等の使用も可能であり、これら材質の基材においても、加熱処理により基材自体の表層を光触媒機能を発揮可能な酸化層に改質することが可能である。加熱処理は、酸化層を形成するために、酸化性雰囲気下で行うことが好ましい。
【0014】
また、本発明において、上記被覆層としては上記光触媒機能を発揮可能な微粒子が焼き付けられた酸化層の表面の光触媒機能により分解可能な層であればとくに限定されないが、この被覆層に含まれる、上記光触媒機能により分解可能な疎水性の化合物としては、分解効率や、印刷パターンとして残される被覆層上への遮光パターン形成用の遮光インクの塗布性および印刷パターン形成後の除去性等の面からは、例えば、オクタデシルホスホン酸またはオクタデシルトリメトキシシランを用いることが好ましい。ただし、後述するように、その他の各種疎水性化合物も使用可能である。
【0015】
上記光触媒機能により分解可能な被覆層は、前述の如く、この印刷用版材を用いて印刷用版を作製する際には、印刷用のパターン部分のみが残される(パターニングが施される)層であるので、光触媒機能により分解、除去される際には、印刷用パターンに応じたパターン部分に対しては遮光して光触媒機能により分解しないようにし、それ以外の部分に対しては光を照射して光触媒機能により分解、除去できるようにする必要がある。そのために、この光触媒機能により分解可能な被覆層は、遮光パターン形成用の遮光インクを表面に塗布可能な層に形成されている。塗布の容易性、印刷用パターン形成後の除去の容易性の面からは、この遮光パターン形成用の遮光インクは水性インクであることが好ましい。
【0016】
本発明に係る印刷用版材の全体形状はとくに限定されず、例えば、板形態、とくに平版形態に構成することができる。平版形態であれば、この印刷用版材を印刷用版として形成した後、直ちに平板印刷、例えばオフセット印刷に使用できる。
【発明の効果】
【0017】
本発明に係る印刷用版材およびその製造方法によれば、加熱処理により基材自体の表層を光触媒機能を発揮可能な酸化層に改質するとともに、その酸化層上に光触媒機能を発揮可能な微粒子を焼き付け、その上に、疎水性の化合物を含み光触媒機能により分解可能な被覆層を設けるようにしたので、光触媒機能を発揮可能な改質層とその下の基材自体の層とが実質的に一体化された構成とでき、両層間の密着性を、光触媒機能を有する層を基材自体とは完全に別の層として設ける場合に比べ、格段に高めることができるとともに、焼き付けられた微粒子により、表面の光触媒機能を大幅に高めることができる。その結果、印刷用版の耐久性向上と、光触媒機能向上による印刷パターン形成時間の短縮、より高精細な印刷、再生時間の短縮とが可能になる。また、この印刷用版材は、耐久性が極めて高いので、多数回の印刷に使用された後にあっても、問題なく容易に再生できるようになる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
以下に、本発明について、望ましい実施の形態とともに図面を参照しながら詳細に説明する。
図1は、本発明の一実施態様に係る印刷用版材とその製造方法、および再生までの一連の工程を、一実施例として例示している。図1において、1は印刷用版材の素材基板としてのチタン板を示しており、このチタン板1の表面にエッチング処理が施された後、その表面に、光触媒機能を発揮可能な微粒子としての酸化チタン粒子2を含有する層3が設けられる。本実施例では、微粒子含有層3はコーティング層として設けられ、イソプロピルアルコール(IPA)中に平均粒径6nmの酸化チタン粒子2を2wt%含有させたゾル(テイカ社製)に、浸漬速度0.5mm/sにてディップコーティングすることにより微粒子含有層3が設けられている。この状態にて、例えば加熱炉中で、例えば500℃で1時間加熱処理(焼成処理:calcination)され、基材1自体の表層が光触媒機能を発揮可能な酸化層4(酸化チタンを含む層)に改質されるとともに、酸化チタン粒子2が酸化層4の表面に焼き付けられる。この酸化チタン粒子2が焼き付けられた酸化層4の表面は、後述の試験結果に示すように、所定の光照射により極めて優れた光触媒活性を発現する。
【0019】
上記酸化チタン粒子2が焼き付けられた酸化層4の表面に、疎水性の化合物を含み光触媒機能により分解可能な層、例えば、自己組織化単分子膜5が被覆される。本実施例では、オクタデシルトリメトキシシラン(ODS)を120℃、3時間の条件で化学蒸着法にて蒸着することにより、自己組織化単分子膜5が被覆されている。この疎水性の化合物を含み光触媒機能により分解可能な層としての自己組織化単分子膜5(以下、被覆層5とも言う。)を被覆することにより、印刷用版材6が完成する。
【0020】
疎水性の化合物を含み上記光触媒機能により分解可能な被覆層5は、ごく薄い膜でよく、例えば、通常の平版印刷に用いられる、印刷パターンとして残される膜厚等に合わせればよい。この疎水性の化合物を含む被覆層5の表面は撥水性を有し、パターニング後の被覆層5の表面は印刷時の印刷用インクの塗布、被印刷物への転写面となる。
【0021】
被覆層5を形成する撥水性薄膜層としては、疎水性を有する膜成分により構成される薄膜であれば特に限定されるものではなく、吸着膜、堆積膜、上述の如き自己組織化単分子膜など、例えば平版印刷版の使用態様に応じて適宜選択することができる。例えば、平版印刷版の製造において、光触媒機能を発揮可能な上記酸化層4および微粒子2と酸素分子との接触可能性を担保する点、撥水性薄膜層の撥水性を向上させる点、および後述の遮光インクにより微細なパターン形成を可能する点から、撥水性薄膜層としては、疎水性基を有する化合物により形成される自己組織化単分子膜を採用することが好ましい。
【0022】
疎水性基を有する化合物を用いて撥水性薄膜層を形成する場合、疎水性基を有する化合物と光触媒機能を発揮可能な上記酸化層4および微粒子2との結合様式は特に限定されるものではなく、共有結合、配位結合、水素結合、ファンデルワールス結合等が挙げられる。ただし、経時的に安定な自己組織化単分子膜を形成するという観点からは、上記結合様式は共有結合であることが好ましい。
【0023】
疎水性基を有する化合物としては、疎水性基と、光触媒機能を発揮可能な上記酸化層4および微粒子2への結合を達成できる化合物であれば、特に限定されるものではない。ただし、例えば平版印刷版の製造において、光触媒機能層の光触媒作用により容易に分解除去される化合物であるという点、および光触媒機能層との結合性の観点から、下記一般式(1)及び(2)で表される化合物の少なくとも1種を用いることが好ましい。
【0024】
1nSiX4-n ・・・(1)
2−PO32 ・・・(2)
〔上記一般式中、R1 及びR2 はそれぞれ独立に水素原子の一部又は全部がフッ素原子により置換されていてもよい炭素数1〜20の炭化水素基を示し、Xは加水分解性基を示し、nは1〜3の整数を示す。〕
【0025】
ここで、上記一般式(1)におけるXの具体例としては、メトキシ基、エトキシ基、プロポキシ基、イソプロポキシ基、ブトキシ基、sec−ブトキシ基、t−ブトキシ基等のアルコキシ基;ビニロキシ基、2−プロペノキシ基等のアルケノキシ基;フエノキシ基、アセトキシ基等のアシロキシ基;ブタノキシム基等のオキシム基;アミノ基等が挙げられる。これらの中でも、炭素数1〜5のアルコキシ基が好ましく、特に加水分解、縮合時の制御のし易さから、メトキシ基、エトキシ基、イソプロポキシ基、及びブトキシ基が好ましい。
【0026】
また、上記一般式(1)で表される化合物において、隣接して存在する当該化合物のケイ素原子がシロキサン結合を形成することにより、撥水性薄膜層の安定性をより向上させることができるという観点から、nは1又は2であることが好ましく、1であることがより好ましい。上記一般式(1)又は(2)で表される化合物の好ましい具体例としては、オクタデシルホスホン酸およびオクタデシルトリメトキシシランが挙げられる。
【0027】
前記のような印刷用版材6は、例えば図1に示すような工程により、印刷用版に作製され、印刷(例えば、平版印刷)に供される。まず、印刷パターンに応じた形状にて、遮光インクとしての水性インク7が上記被覆層5の表面に塗布される。この遮光インク7は、例えば平版印刷原版の撥水性薄膜層上に遮光パターンを形成する際に用いられるものである。遮光インク7による遮光パターンは、例えばインクジェット方式で形成することができ、それによってCTP等のデジタル化にも対応できるようになる。
【0028】
この遮光インク7としては、光触媒機能を発揮可能な酸化層4および微粒子2の光触媒活性を発揮させることが可能な所定の波長域の光に対して高い吸収能を有するものであれば、特に限定されるものではない。好適な具体例としては、300〜500nmの波長の紫外光(UV光)に対して高い吸収能を有する水溶性染料を含有するインク(水性インク)が挙げられる。
【0029】
300〜500nmの波長域の光に対して高い吸収能を有する水溶性染料としては、水中での吸収スペクトルにおいて300〜500nmの波長域に高い吸収があり、かつ水に対する溶解度が5質量%以上、好ましくは7質量%以上であるものを適宜選択すればよい。このような染料の具体例としては、水溶性の銅フタロシアニン染料、黄色染料、褐色染料等が挙げられる。これらの水溶性染料は2種以上併用してもよい。
【0030】
遮光インクは、水を媒体として調製することができる。水溶性染料は、この遮光インク中に5〜20質量%、好ましくは5〜15質量%含有される。この遮光インクは、必要に応じて、水溶性有機溶剤を少量含有してもよい。この水溶性有機溶剤は、染料溶解剤、乾燥防止剤(湿潤剤)、粘度調整剤、浸透促進剤、表面張力調整剤、消泡剤等として使用される。また、遮光インクは、防腐防黴剤、pH調整剤、キレート試薬、防錆剤、紫外線吸収剤、粘度調整剤、染料溶解剤、表面張力調整剤、消泡剤、分散剤等の公知の添加剤を含有していてもよい。水溶性有機溶剤の含有量は、遮光インク全体に対して0〜60質量%が好ましく、10〜50質量%がより好ましい。その他の添加剤の含有量は、遮光インク全体に対して0〜25質量%が好ましく、0〜20質量%がより好ましい。上記以外の残部は水である。
【0031】
遮光インク7が所定の印刷パターンにて被覆層5の表面に塗布された後、例えば、上記のような所定の範囲内の波長の紫外光8(UV光)で露光され、遮光インク7により遮光されていない部位の被覆層5(自己組織化単分子膜(は、光触媒機能を発揮可能な酸化層4および微粒子2の光触媒活性により分解、除去されて、酸化層3の表面が、被覆層4を持たない部位9として露出される。この露出された部位9の表面には、さらに紫外光8が照射され、その表面が親水性化される。つまり、光照射による光触媒機能の発現により、表面が親水性化される。
【0032】
一方、遮光インク7により遮光されていた部位は、光触媒活性によっては分解、除去されないので、遮光インク7の塗布パターン(つまり、印刷パターン)と同一平面形状のまま残される。したがって、この部位の遮光インク7が除去されることにより、所定のパターンで残されていた被覆層部分は、印刷パターン10を形成する層として形成される。遮光インク7が水性インクからなる場合には、水洗により容易に遮光インク7が除去される。印刷パターン10を形成する層として形成された被覆層5部分の表面は、被覆層5自体が元々有していた所定の疎水性を示すから、例えば、平版印刷における印刷パターン面として機能でき、それ以外の部分、つまり上記露出された部位9の酸化層4およびそこに焼き付けられた微粒子2の表面は親水性を示すから、目標とする性能を有する印刷版11、例えば、オフセット印刷用の平版印刷用版が作製され、印刷に供される。
【0033】
上記印刷版11の性能、とくに、高精細な印刷のための性能は、印刷パターン10を形成する層として残された被覆層5の疎水性と、光触媒機能の発現により親水性化された、被覆層5が分解除去され表面が露出された酸化層4およびそこに焼き付けられた微粒子2の親水性との差の程度に依存する。また、所定レベル以上の疎水性と親水性との差を持たせるための光照射時間は、所望の印刷版を作製するために要する時間となるから、初期設定された被覆層5の疎水性に対し、いかに短時間で光照射により印刷パターン10以外の部分の被覆層5を分解除去し、分解除去後に露出された酸化層4およびそこに焼き付けられた微粒子2に所望の親水性を持たせるかが、印刷版の生産性を左右する。
【0034】
そこで本発明に係る印刷用版材について、この面から以下の試験を行った。図1に示したような印刷用版材6に7.5mW/cm2 の強度で紫外光を照射して、照射時間と水の接触角の低下度合の推移との関係を測定した。この水の接触角の低下度合は、被覆層5(有機物)の分解除去速度と露出面の親水性化の評価尺度となっている。試験は、一般にPS板と呼ばれているアルミニウム板の表面にそれとは別の酸化チタンを含むコート層を設けた従来の印刷用版材(酸化チタン微粒子が表面に存在するPS板)と、チタン板の表層自体を熱処理により酸化層に改質したものと、本発明に係る印刷用版材、つまり、熱処理によりチタン板の表層自体を酸化層に改質するとともに、酸化チタン微粒子を酸化層に焼き付けたものとについて、行った。結果を図2に示す。
【0035】
図2に示すように、PS板+微粒子の結果に比べ、チタン板+熱処理の結果では、水の接触角の低下特性を実質的に改善できなかった。しかし、前述の如く、チタン板+熱処理にてチタン板(基板)自体の表層を酸化層に改質することにより、印刷版としての耐久性を実用レベルまでに向上できた。本発明では、さらに熱処理によりチタン板の表層自体を酸化層に改質するとともに、酸化チタン微粒子を酸化層に焼き付けることにより、驚くべきことに、水の接触角の低下特性を大幅に改善でき、PS板+微粒子の結果よりも優れた結果を得ることができた。すなわち、印刷版としての耐久性の向上と、水の接触角の迅速な低下、つまり、迅速な被覆層5(有機物)の分解除去と分解除去後の露出面の親水性化との両方が達成され、印刷版の作製時間の短縮と良好な親水性化による高精細な印刷とが可能になった。換言すれば、チタン板の表層自体を熱処理により酸化層に改質するだけでは達成し得なかった残された課題が、見事に解決されたわけである。
【0036】
本発明に係る印刷用版材がこのような優れた効果を奏する理由は明らかではないが、図2におけるPS板+微粒子の結果とチタン板+熱処理の結果と比較から分かるように、表面に存在する酸化チタン微粒子は、その実質的な表面積の大きさからか、非常に高い光触媒活性を示す。したがって、本発明に係る印刷用版材において、チタン板(基板)自体の表層を酸化層に改質するとともに、酸化チタン微粒子を酸化層に焼き付けて高い光触媒活性を示す酸化チタン微粒子を酸化層の表面に存在させることにより、酸化層の表面による光触媒活性と酸化チタン微粒子による光触媒活性が相乗的に発現され、結果的に非常に優れた光触媒活性が示されたものと考えられる。
【0037】
このように、本発明に係る印刷用版材では、本発明で課題とした印刷版の優れた耐久性と印刷版の優れた生産性と高精細印刷可能な印刷版のすべてが達成される。
【0038】
さらに図1に示すように、前記印刷版11は、繰り返し印刷に使用後、元の印刷用版材へと再生することが可能である。酸化層4およびその表面に焼き付けれた微粒子2は、上記のように優れた耐久性を有しているため、印刷使用後にも元の形態のまま維持されている。印刷使用後の印刷版11に、前記同様の所定波長の紫外光8を照射することにより、印刷パターン10を形成していた被覆層5を光触媒機能を利用して分解、除去することができる。被覆層5が除去され、露出された酸化層4およびその表面に焼き付けれた微粒子2上に、再び、疎水性の化合物を含む被覆層5を設けることにより、印刷用版材6として再生される。このように、耐久性、密着性の高い酸化層4とその表面に焼き付けれた微粒子2はそのまま維持されているから、所望の印刷用版材6が効率よく、容易に再生されることになる。この再生の場合にも、改質層としての酸化層4とともに、酸化チタン微粒子2が存在することにより、印刷パターン10を形成していた被覆層5の分解除去時間は短時間で済む。
【産業上の利用可能性】
【0039】
本発明に係る印刷用版材は、耐久性に優れた印刷用版が求められ、印刷版作製に優れた生産性が要求され、しかも高精細な印刷状態の維持が求められるあらゆる印刷用途に適用できる。
【図面の簡単な説明】
【0040】
【図1】本発明の一実施態様に係る印刷用版材とその製造方法、および再生までの一連の工程を例示した説明図である。
【図2】各種印刷用版材についての試験における、光照射時間と接触角との関係図である。
【符号の説明】
【0041】
1 素材基板としてのチタン板
2 光触媒機能を発揮可能な微粒子としての酸化チタン粒子
3 微粒子含有層
4 酸化層
5 疎水性の化合物を含み光触媒機能により分解可能な層としての自己組織化単分子膜
6 印刷用版材
7 遮光インクとしての水性インク
8 紫外光
9 露出された部位
10 印刷パターン
11 印刷版

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材の表面に、光触媒機能を発揮可能な微粒子を含有する層を設け、基材を加熱処理することにより、基材自体の表層を光触媒機能を発揮可能な酸化層に改質するとともに、前記微粒子を該酸化層の表面に焼き付け、表面に微粒子が焼き付けられた酸化層の上に、疎水性の化合物を含み前記光触媒機能により分解可能な層を被覆することを特徴とする、印刷用版材の製造方法。
【請求項2】
前記微粒子を含有する層を、基材の表面にコーティング層として設ける、請求項1に記載の印刷用版材の製造方法。
【請求項3】
前記基材がチタンからなる、請求項1または2に記載の印刷用版材の製造方法。
【請求項4】
前記酸化層が、酸化チタンを含む層からなる、請求項3に記載の印刷用版材の製造方法。
【請求項5】
前記微粒子が酸化チタン粒子からなる、請求項1〜4のいずれかに記載の印刷用版材の製造方法。
【請求項6】
前記加熱処理を酸化性雰囲気下で行う、請求項1〜5のいずれかに記載の印刷用版材の製造方法。
【請求項7】
前記光触媒機能により分解可能な被覆層に含まれる疎水性の化合物として、オクタデシルホスホン酸またはオクタデシルトリメトキシシランを用いる、請求項1〜6のいずれかに記載の印刷用版材の製造方法。
【請求項8】
前記光触媒機能により分解可能な被覆層を、遮光パターン形成用の遮光インクを表面に塗布可能な層に形成する、請求項1〜7のいずれかに記載の印刷用版材の製造方法。
【請求項9】
前記光触媒機能により分解可能な被覆層を、遮光パターン形成用の遮光インクとして水性インクを表面に塗布可能な層に形成する、請求項8に記載の印刷用版材の製造方法。
【請求項10】
印刷用版材を平版形態に形成する、請求項1〜9のいずれかに記載の印刷用版材の製造方法。
【請求項11】
加熱処理により、基材自体の表層が、光触媒機能を発揮可能な酸化層に改質されているとともに、該酸化層の表面に、光触媒機能を発揮可能な微粒子が焼き付けられており、表面に微粒子が焼き付けられた酸化層の上に、疎水性の化合物を含み前記光触媒機能により分解可能な層が被覆されていることを特徴とする印刷用版材。
【請求項12】
前記基材がチタンからなる、請求項11に記載の印刷用版材。
【請求項13】
前記酸化層が、酸化チタンを含む層からなる、請求項12に記載の印刷用版材。
【請求項14】
前記微粒子が酸化チタン粒子からなる、請求項11〜13のいずれかに記載の印刷用版材。
【請求項15】
前記光触媒機能により分解可能な被覆層に含まれる疎水性の化合物が、オクタデシルホスホン酸またはオクタデシルトリメトキシシランからなる、請求項11〜14のいずれかに記載の印刷用版材。
【請求項16】
前記光触媒機能により分解可能な被覆層が、遮光パターン形成用の遮光インクを表面に塗布可能な層に形成されている、請求項11〜15のいずれかに記載の印刷用版材。
【請求項17】
前記光触媒機能により分解可能な被覆層が、遮光パターン形成用の遮光インクとしての水性インクを表面に塗布可能な層に形成されている、請求項16に記載の印刷用版材。
【請求項18】
平版形態に構成されている、請求項11〜17のいずれかに記載の印刷用版材。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2009−248540(P2009−248540A)
【公開日】平成21年10月29日(2009.10.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−102759(P2008−102759)
【出願日】平成20年4月10日(2008.4.10)
【出願人】(591243103)財団法人神奈川科学技術アカデミー (271)
【出願人】(000220239)東京応化工業株式会社 (1,407)
【Fターム(参考)】