説明

微細構造体の接着力推定方法および接着力推定装置

【課題】微細構造体の接点に働く接着力を精度よく推定することができる接着力推定方法および接着力推定装置を提供する。
【解決手段】推定装置170は、接触部114が接点部材120に接触した状態から接点部材120から離間するまでに変化する容量を取得し、この容量量に基づいて接着力を推定する。これにより、実際の微細構造体1を同じ状態で接着力を推定することができるので、結果として、微細構造体1の接点に働く接着力を精度良く推定することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、接触部を備えた微細構造体において、接触した接点に作用する接着力を推定する推定方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、薄膜形成技術やフォトリソグラフィ技術を用いてエッチング等を行うことにより、シリコンなどの半導体基板やガラスなどの絶縁体基板の上に立体的な微細加工を行うMEMS(Micro Electro Mechanical Systems)技術が脚光を浴びている。このMEMS技術を利用した微細構造体は、各種センサ分野、医療分野、無線通信分野など、様々な分野で利用されるようになりつつある。例えば、MEMS技術により作製された微細なスイッチ構造を有するMEMSスイッチは、高周波スイッチとして用いられており、優れた特性を有することが知られている(例えば、非特許文献1参照。)。
【0003】
上述したMEMSスイッチは、基板上に配設された固定電極と、基板に対して移動可能とされた可動電極と、この可動電極と連動する接点電極とを備えており、静電引力等により可動電極を変位させて接点電極を固定電極に接触または離間させることにより、電気的なスイッチ動作を実現するものである。このMEMSスイッチのように、構成要素間の接触動作を伴う微細構造体では、接点電極と固定電極の接触時にその接点に接着力が働き、接点電極と固定電極とが接着してしまい、それらを離間させられなくなることがあった。
【0004】
このため、接触動作を伴う微細構造体は、接点電極と固定電極とを引き離す離間力が、それらの間の接点に働く接着力より大きくなるよう設計がされている。これにより、接点電極と固定電極とが接着して、それらを離間させられなくなるのを防いでいる。
【0005】
その設計の際には、微細構造体の使用条件における接着力を定量的に推定する必要があるが、その推定手法としては、圧電素子やばねと錘を組み合わせた系などを用いて接点電極を模した構造を作成し、これを試料に接触させて、この試料に設けられた力センサにより、その接点にかかる押し付ける力や接着力の大きさを計測することが知られている(例えば、非特許文献2、3参照。)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】G.M.Rebeiz and J.B.Muldavin, “RF MEMS switches and switch circuits", IEEE Microwave Magazine, Vol.2, No.4, pp.59-70, Dec.2001.
【非特許文献2】J.Schimkat, "CONTACT MATERIALS FOR MICRORELAYS", Proceedings of Micro Electro Mechanical Systems, pp.190-194, Jan.1998.
【非特許文献3】A.Kobayashi, S.Takano, and T.Kubono, "Measuring equipment and measurements of adhesive force Between gold electrical contacts", IEEE Transactions on Components, Packaging, and Manufacturing Technology, Part A, Vol.21, Issue 1, pp.46-53, Mar.1998.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、接点に働く接着力は、接点の製造プロセス、接点表面の微細形状、接点を押し付ける力の大きさ、接点を通過する電流の大きさ、接点周辺の雰囲気などの実際の微小構造体の状態によって、その値が大きく変化する。したがって、従来のような接点電極を模した構造を用いることにより接着力を計測する方法では、実際の微細構造体と同じ状態で接着力を計測することが困難であった。このため、実際の微細構造体の接点における接着力を精度よく推定できないという課題があった。
【0008】
そこで、本発明は、微細構造体の接点に働く接着力を精度よく推定することができる接着力推定方法および接着力推定装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上述したような課題を解決するために、本発明に係る接着力推定方法は、第1の部材と、外部から働く駆動力によって変形することにより少なくとも一部が第1の部材に接触可能とされた第2の部材とを備え、この第2の部材が第1の部材に接触した状態から離間した状態へ遷移する離間動作が行われる微細構造体における、第1の部材と第2の部材との接点に作用する接着力を推定する方法であって、第2の部材に対して働く第1の駆動力が変化することにより、当該第2の部材が第1の部材に接触した状態から当該第1の部材から離間するまでに当該第2の部材の変形に伴って変化する物理量を取得する第1の取得ステップと、この第1の取得ステップにより取得された物理量に基づいて、第2の部材が第1の部材から離間した瞬間を検出する第1の検出ステップと、この第1の検出ステップにより検出された第2の部材が第1の部材から離間した瞬間における、第1の駆動力と、第2の部材の変形を復元させる向きに働く復元力とを算出する第1の算出ステップと、この第1の算出ステップにより算出された第1の駆動力と復元力との差分の絶対値を接着力として推定する推定ステップとを有することを特徴とするものである。
【0010】
上記接着力推定方法において第2の部材に対して働く第2の駆動力が変化することにより、当該第2の部材が第1の部材と離間した状態から当該第1の部材に接触するまでに変化する物理量を取得する第2の取得ステップと、この第2の取得ステップにより取得された物理量に基づいて、第2の部材が第1の部材に接触する瞬間を検出する第2の検出ステップと、この第2の取得ステップにより検出された第2の部材が第1の部材に接触する瞬間における、第2の駆動力を算出する第2の算出ステップと、この第2の算出ステップにより算出された第2の駆動力に基づいて、微細構造体の構造パラメータを抽出する抽出ステップとをさらに備え、推定ステップは、構造パラメータを用いて、接着力を推定するようにしてもよい。
【0011】
ここで、上記第2の部材の変形に伴って間隔が変化し、容量が形成される一対の電極を備え、物理量は、容量からなるようにしてもよい。
また、第2の部材は、一対の電極間に引加される電圧により発生する静電引力により変形するようにしてもよい。
このような場合、第1の算出ステップは、第2の部材が第1の部材から離間した瞬間における、一対の電極に印加される電圧の値に基づいて第1の駆動力を算出するようにしてもよい。
【0012】
また、物理量は、導電性を有する第1の部材と第2の部材の接触部に流した電気信号に基づく、電圧降下値からなるようにしてもよい。
【0013】
また、物理量は、導電性を有する第1の部材と第2の部材の接触部に流した電気信号に基づく、電流値からなるようにしてもよい。
【0014】
また、第2の部材は、第1の部材が配設された基板上から突出した柱状の支持部と、この支持部の上端に一端が接続され水平方向に延在する可堯性を有するばね部と、このばね部の他端が接続された平板状のマス部と、このマス部に設けられ第1の部材と対向配置された接触部とからなり、抽出ステップは、第2の駆動力とばね部のばね定数とに基づいてばね部の実効的な変位量を抽出するようにしてもよい。
【0015】
また、第2の部材は、第1の部材が配設された基板上から突出した柱状の支持部と、この支持部の上端に一端が接続され水平方向に延在する可堯性を有するばね部と、このばね部の他端が接続された平板状のマス部と、このマス部に設けられ第1の部材と対向配置された接触部とからなり、抽出ステップは、第2の駆動力とばね部の変位量とに基づいてばね部の実効的なばね定数を抽出するようにしてもよい。
【0016】
また、本発明に係る接着力推定装置は、第1の部材と、外部から働く駆動力によって変形することにより少なくとも一部が第1の部材に接触可能とされた第2の部材とを備え、この第2の部材が第1の部材に接触した状態から離間した状態へ遷移する離間動作が行われる微細構造体における、第1の部材と第2の部材との接点に作用する接着力を推定する装置であって、第2の部材に対して働く第1の駆動力が弱まることにより、当該第2の部材が第1の部材に接触した状態から当該第1の部材から離間するまでに当該第2の部材の変形に伴って変化する物理量を取得する取得部と、この取得部により取得された物理量に基づいて、第2の部材が第1の部材から離間した瞬間を検出する検出部と、この検出部により検出された第2の部材が第1の部材から離間した瞬間における、第1の駆動力と、第2の部材の変形を復元させる向きに働く復元力とを算出する算出部と、この算出部により算出された第1の駆動力と復元力との差分の絶対値を接着力として推定する推定部とを備えたことを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、第2の部材が第1の部材に接触した状態から当該第1の部材から離間するまでに変化する物理量を取得し、この物理量に基づいて接着力を推定することにより、実際の微細構造体を同じ状態で接着力を推定することができるので、結果として、微細構造体の接点に働く接着力を精度良く推定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】図1は、本発明の第1の実施の形態に係る微細構造体の構成を模式的に示す側面図である。
【図2】図2は、本発明の第1の実施の形態に係る微細構造体の構成を模式的に示す平面図である。
【図3】図3は、推定装置の構成を示すブロック図である。
【図4】図4は、本発明の第1の実施の形態に係る微細構造体の動作を模式的に示す側面図である。
【図5】図5は、本発明の第1の実施の形態に係る微細構造体における接着力算出動作を説明する図である。
【図6】図6は、本発明の第1の実施の形態に係る微細構造体における駆動力と容量の変化を説明するための図である。
【図7】図7は、図4の符号aで示す微小範囲の拡大図である。
【図8】図8は、復元力の算出方法を説明するための図である。
【図9】図9は、接着力の算出方法を説明するための図である。
【図10】図10は、本発明の第1の実施の形態に係る微細構造体の変形例を模式的に示す側面図である。
【図11】図11は、図10に示す微細構造体の動作を説明するための図である。
【図12】図12は、本発明の第1の実施の形態に係る微細構造体の変形例を模式的示す側面図である。
【図13】図13は、図12に示す微細構造体の動作を説明するための図である。
【図14】図14は、本発明の第1の実施の形態に係る微細構造体における駆動力と電圧降下の変化を説明するための図である。
【図15】図15は、本発明の第1の実施の形態に係る微細構造体における駆動力と電流の変化を説明するための図である。
【図16】図16は、本発明の第1の実施の形態に係る微細構造体の変形例を模式的示す側面図である。
【図17】図17は、図16に示す微罪構造体の平面図である。
【図18】図18は、図16に示す微細構造体の動作を説明するための図である。
【図19】図19は、第2の実施の形態に係る微細構造体における推定装置の構成を示すブロック図である。
【図20】図20は、本発明の第2の実施の形態に係る微細構造体における接着力算出動作を説明する図である。
【図21】図21は、本発明の第2の実施の形態に係る微細構造体における駆動力と容量の変化を説明するための図である。
【図22】図22は、本発明の第2の実施の形態に係る微細構造体における反りを説明する図である。
【図23】図23は、本発明の第2の実施の形態に係る微細構造体における設計上の変位量を説明する図である。
【図24】図24は、本発明の第2の実施の形態に係る微細構造体における実効的な変位量を説明する図である。
【図25】図25は、本発明の第2の実施の形態に係る微細構造体における駆動力と電圧降下の変化を説明するための図である。
【図26】図26は、本発明の第2の実施の形態に係る微細構造体における駆動力と電流の変化を説明するための図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、図面を参照して、本発明の実施の形態について詳細に説明する。
【0020】
[第1の実施の形態]
まず、本発明に係る第1の実施の形態について説明する。
【0021】
<微細構造体の構成>
図1,図2に示すように、本実施の形態に係る微細構造体1は、基板100と、この基板上に配設された片持ち梁構造を有する可動梁110と、基板100上に配設された可動梁110の梁部113端部と対向配置された接点部材120と、基板100上の可動梁110と接点部材120との間に配置され駆動電圧が印加される平板状の第1の駆動電極130と、可動梁110の後述する梁部113の下面に配設され第1の駆動電極130と対向し駆動電圧が印加される平板状の第2の駆動電極140と、基板100上の第1の駆動電極130と接点部材120との間に配置された平板状の第1の状態検出電極150と、可動梁110の後述する梁部113の下面に配設され第1の状態検出電極150と対向する平板状の第2の状態検出電極160と、接点部材120、第1,第2の駆動電極130,140および第1,第2の状態検出電極150,160と電気的に接続された推定装置170とを備えている。
【0022】
基板100は、表面にシリコン酸化膜などの絶縁膜を形成したシリコン等の半導体やガラス等の絶縁体から構成される。
【0023】
可動梁110は、基板100上に配設された基部111と、この基部111から鉛直上方に突出した棒状の支持部112と、この支持部112の上端に一端が接続され、水平方向に延在する棒状の梁部113と、この梁部113の他端から鉛直下方に突出し接点部材120と対向配置された棒状の接触部114とを備えている。このような可動梁110は、例えば、シリコン等の半導体、ガラス等の絶縁体、金属等の導電体などから構成される。
【0024】
接点部材120、第1,第2の駆動電極130,140および第1,第2の状態検出電極150,160は、金属等の導電性を有する材料から構成される。この第1,第2の状態検出電極150,160の間には、容量が形成される。
【0025】
推定装置170は、図3に示すように、第1,第2の駆動電極130,140に対して駆動電圧を印加する駆動電圧印加部171と、第1,第2の状態検出電極150,160の間の容量の値を検出する容量検出部172と、駆動電圧印加部171により第1,第2の駆動電極130,140に印加されている駆動電圧の値や容量検出部172により検出された容量の値などを記憶する記憶部173と、推定部174とを備えている。
【0026】
推定部174は、接着力の算出に必要なデータを取得するデータ取得部174aと、このデータ取得部174により取得されたデータを用いて、接触部114と接点部材120との接触または離間した瞬間を検出する検出部174bと、この検出部174bの検出結果に基づいて後述する駆動力および復元力を算出する駆動復元力算出部174cと、この駆動復元力算出部174cの算出結果に基づいて後述する接着力を算出する接着力算出部174dとを備えている。
【0027】
このような推定装置170は、CPU等の演算装置と、メモリ、HDD(Hard Disk Drive)等の記憶装置と、キーボード、マウス、ポインティングデバイス、ボタン、タッチパネル等の外部から情報の入力を検出する入力装置と、LAN(Local Area Network)、WAN(Wide Area Network)等の通信回線を介して各種情報の送受信を行うI/F装置と、CRT(Cathode Ray Tube)、LCD(Liquid Crystal Display)またはFED(Field Emission Display)等の表示装置を備えたコンピュータと、このコンピュータにインストールされたプログラムとから構成される。すなわちハードウェア装置とソフトウェアとが協働することによって、上記のハードウェア資源がプログラムによって制御され、上述した駆動電圧印加部171、容量検出部172、検出部173、記憶部173および推定部174が実現される。なお、上記プログラムは、フレキシブルディスク、CD−ROM、DVD−ROM、メモリカードなどの記録媒体に記録された状態で提供されるようにしてもよい。
【0028】
<微細構造体の動作>
推定装置170の駆動電圧印加部171により、第1の駆動電極130と第2の駆動電極140とにそれぞれ駆動電圧を印加すると、それらの間に電位差が生じ、この電位差に基づく静電引力(駆動力)によって第1の駆動電極130と第2の駆動電極140とが互いに引き寄せられる。その駆動力が可動梁110の形状を保とうとする力よりも大きくなると、可動梁110の梁部113が変形し、その端部が基板100の側に引き寄せられる。第1の駆動電極130と第2の駆動電極140との間の電位差がさらに大きくなるようにそれらに駆動電圧を印加すると、梁部113はさらに撓んでその端部が基板100の側に引き寄せられ、ついには図4に示すように、接触部114の下端部が接点部材120に接触することとなる。
【0029】
接触部114の下端部が接点部材120に接触した状態において、接触部114と接点部材120との接点には、駆動力に基づく接触部114を接点部材120の方に押しつける向きに働く押圧力と、接触部114を接点部材120の方に引き寄せる接着力と、可動梁110の変形を元に戻す向きに作用する復元力とが働いており、駆動力に基づく押圧力と接着力との合力が、復元力よりも大きくなっている。
【0030】
この状態から、第1の駆動電極130と第2の駆動電極との間の電位差が小さくなるように駆動電圧を変化させると、接触部114と接点部材120との接点には、接着力が働いているために、駆動力に基づく押圧力が少し弱くなるだけでは、接触部114は接点部材120から離間しない。すなわち、復元力に対する押圧力の差分が接着力よりも大きくなる、言い換えると、押圧力と接着力との合力が復元力より小さくならないと、接触部114は接点部材120から離間しない。そこで、第1の駆動電極130と第2の駆動電極との間の電位差が小さくなるように駆動電圧を変化させ、復元力に対する押圧力の差分が接着力よりも大きくなると、梁部113が基板100から離間する方向に移動して、接触部114が接点部材120から離間する。さらに、第1の駆動電極130と第2の駆動電極140との間の電位差を小さくすると、可動梁110は、さらに元の状態に戻るように変形してゆき、ついには図1に示すように、元の状態に戻ることとなる。
【0031】
<接着力算出動作>
次に、本実施の形態に係る微細構造体1の接着力の算出動作について図5を参照して説明する。
【0032】
まず、推定部174のデータ取得部174aは、駆動電圧印加部171により、第1の駆動電極130と第2の駆動電極140とに駆動電圧を印加し、可動梁110の接触部114の下端部を接点部材120に接触させる(ステップS1)。
【0033】
次に、データ取得部174aは、接触部114が接点部材120から離間する瞬間を検出するために、駆動電圧印加部171により第1,第2の駆動電極130,140の間に働く静電引力による駆動力が徐々に弱くなるよう、それらに印加する駆動電圧を変化させる(ステップS2)。これにより、駆動力が所定の値を下回ると、可動梁110の変形を元に戻す向きに作用する復元力により、梁部113が基板100から離間する方向に移動し、接触部114が接点部材120から離間する。このとき、容量検出部172は、第1の状態検出電極150,160の間の容量の値を検出しており、この検出された値は記憶部173に記憶される。この記憶部173は、駆動電圧印加部171により第1,第2の駆動電極130,140に印加されている駆動電圧の値も記憶している。
【0034】
次に、推定部174の検出部174bは、記憶部173に記憶された容量の値に基づいて、次のように接触部114が接点部材120から離間した瞬間を検出する(ステップS3)。すなわち、図6に示すように、接触部114が接点部材120に接触している間は、第1の状態検出電極150と第2の状態検出電極160との間隔は変化しないので、第1,第2の駆動電極130,140に印加する駆動電圧の値を変えても、それらの間の容量も変化しない。ところが、さらに駆動電圧を第1,第2の駆動電極130,140間の電位差が小さくなるよう変化させることにより駆動力に基づく押圧力が弱くなり、接触部114が接点部材120から離間していくと、第1の状態検出電極150と第2の状態検出電極160との間隔も広がっていくので、容量の値も変化する。したがって、容量が不連続に変化した瞬間が、接触部114が接点部材120から離間した瞬間であると検出することができる。このように、本実施の形態では、第1の状態検出電極150と第2の容量検出電極160との間の容量のデータを取得することにより、接触部114が接点部材120から離間した瞬間を容易に検出することができる。
【0035】
次に、接触部114が接点部材120から離間した瞬間が検出されると、推定部174の駆動復元力算出部174cは、その瞬間における駆動電圧の値に基づいて、その離間した瞬間における駆動力の大きさと可動梁110の変形を復元させる向きに働く復元力の大きさとを算出する(ステップS4)。この具体的な手法について以下に説明する。なお、本実施の形態では、重力の値は無視するものとする。
【0036】
まず、駆動力(静電引力)の算出方法について、図4およびこの図4の符号aで示す微小範囲を拡大した図7を参照して説明する。
【0037】
図4に示すように、接触部114が接点部材120に接触しているとき、可動梁110は変形しているので、第1の駆動電極130と第2の駆動電極140との間隔も場所によって異なる。そこで、図10に示すような微小範囲における静電引力を算出し、これを第1の状態検出電極150および第2の状態検出電極160全体の面積に適用することにより、第1の状態検出電極150と第2の状態検出電極160との間に働く駆動力を算出することができる。
【0038】
具体的には、電極間の誘電率をε、接触部114が接点部材120から離間した瞬間に第1の駆動電極130と第2の駆動電極140との間に印加した駆動電圧をVoff、第1の駆動電極130と第2の駆動電極140との間隔をgとすると、図7に示す微小面積領域dsに働く静電引力dFeは、下式(1)から算出することができる。ここで、駆動電圧Voffについては、記憶部173から取得することができる。また、間隔gについては、設計値や実測値などから取得することができる。
【0039】
dFe=ε・ds・Voff2/2g2 ・・・(1)
【0040】
したがって、下式(2)に示すように、第1の駆動電極130と第2の駆動電極130とが見込む面積Sについて上式(1)を積分することにより、本実施の形態に係る微細構造体1全体に働く駆動力Feの大きさを算出することができる。
【0041】
【数1】

【0042】
次に、復元力の算出方法について、図8を参照して説明する。
【0043】
本実施の形態では、可動梁110は、片持ち梁構造を有するので、接触部114における復元力Fkは、可動梁110のヤング率をE、断面二次モーメントをI、支点となる支持部112から接触部114までの距離をL、接触部114におけるたわみ量をδとすると、下式(3)から求めることができる。なお、たわみ量δについては、設計値や実測値などから取得することができる。
【0044】
k=3δEI/L ・・・(3)
【0045】
なお、微細構造体1が多数の部材で構成されたり、幅や厚みに分布を持つ複雑な形状をしている場合は、有限要素法を用いた数値解析により近似的に復元力を求めることが有効である。
【0046】
次に、接触部114が接点部材120から離間した瞬間における駆動力と復元力が算出されると、接着力算出部174dは、接触部114と接点部材120との接点に働く接着力を算出する(ステップS5)。この接着力の算出方法について、図9を参照して説明する。なお、本実施の形態では、重力の値は無視するものとする。
【0047】
図9に示すように、接触部114が接点部材120に接触している間、その接点には、接触部114を接点部材120から離間させる向きに働く復元力(符号α)、静電引力(駆動力)(符号β)に基づく接触部114を接点部材120に押しつける方向に働く押圧力、および、接触部114を接点部材120の方に引き寄せる接着力(符号γ)が働いている。押圧力と接着力の大きさの和が復元力の大きさを上回っている間は、接触部114が接点部材120から離間せず、それらが接触している状態が維持される。接触部114が接点部材120から離間する瞬間は、接触部114を接点部材120に接触させる向きに働く力と離間させる向きに働く力が等しくなる瞬間であるから、このとき、押圧力と接着力の大きさの和が復元力の大きさと等しくなる。そこで、本実施の形態では、下式(4)に示すように、離間の瞬間における復元力Fkの大きさから押圧力Feの大きさを差し引くことにより、接着力の大きさを算出することができる。
【0048】
接着力の大きさ = |Fk−Fe| ・・・(4)
【0049】
以上説明したように、本実施の形態によれば、接触部114が接点部材120に接触した状態から接点部材120から離間するまでに変化する容量を取得し、この容量値に基づいて接着力を推定することにより、実際の微細構造体1を同じ状態で接着力を推定することができるので、結果として、微細構造体1の接点に働く接着力を精度良く推定することができる。
【0050】
なお、本実施の形態では、駆動力が基板に対して垂直な方向に作用する場合を例に説明したが、駆動力が働く向きはこれに限定されず、適宜自由に設定することができる。
【0051】
例えば、図10に示す微細構造体2のように駆動力が基板に対して水平な方向に作用するようにしてもよい。この微細構造体2の構成の詳細について以下に説明する。なお、以下において、上述した微細構造体1と同等の構成要素については、同じ名称および符号を付して説明を行う。
【0052】
微細構造体2は、基板100と、この基板上に配設された片持ち梁構造を有する可動梁110と、基板100上に配設され基板上から鉛直上方に突出した棒状の形状を有し、上端部が梁部113の開放端と水平方向に対向配置された接点部材220と、基板100上の支持部112と接点部材220との間に配置され、鉛直上方に突出した棒状の第1の駆動電極130と、梁部113の下面から鉛直下方に突出した棒状の形状を有し、支持部112と第1の駆動電極230との間に配設された第2の駆動電極240と、基板100上の第1の駆動電極230と接点部材220との間に配設され、鉛直上方に突出した棒状の第1の状態検出電極250と、梁部113の下面から鉛直下方に突出した棒状の形状を有し、第1の駆動電極230と第1の状態検出電極250と間に配設された第2の状態検出電極260と、推定装置170に対応する図示しない推定装置とを備えている。このような微細構造体2は、第1の駆動電極230と第2の駆動電極240とに駆動電力を印加すると、それらの間に電位差が生じ、この電位差に基づく静電引力によって第1の駆動電極230と第2の駆動電力240とが互いに引き寄せられ、図11に示すように、梁部113が水平方向に移動する。このような構成を採っても、上述した微細構造体1の場合と同等の作用効果を得ることができる。
【0053】
また、本実施の形態において、駆動力が働いていないときには接点が形成されず、駆動力が働いたときに接点が形成される場合を例に構造を有する微細構造体1を例に説明したが、例えば、図12,図13に示す微細構造体3のように、駆動力が働いていないときに接点が形成され、駆動力が働いたときに接点が形成されないような構成を有するようにしてもよい。この微細構造体3の構成の詳細について以下に説明する。なお、以下において、上述した微細構造体1と同等の構成要素については、同じ名称および符号を付して説明を行う。
【0054】
微細構造体3は、基板100と、この基板上に配設された片持ち梁構造を有する可動梁110と、基板100上に配設され接触部114と対向配置された接点部材120と、基板100上の基部311の隣に配設され鉛直上方に突出した棒状の支持部331,この支持部331の上端から水平方向に延在する梁部332を備えた駆動電極支持部330と、梁部332の下面に配設された平板状の第1の駆動電極130と、梁部313の上面に配設され第1の駆動電極130と対向する平板状の第2の駆動電極140と、基板100上の支持部331と接点部材120との間に配置された平板状の第1の状態検出電極150と、梁部313の下面に配設され第1の状態検出電極150と対向する平板状の第2の状態検出電極160と、推定装置170に対応する図示しない推定装置とを備えている。
【0055】
このような微細構造体3は、第1の駆動電極130と第2の駆動電極140とに駆動電力を印加すると、それらの間に電位差が生じ、この電位差に基づく静電引力によって第1の駆動電極130と第2の駆動電力140とが互いに引き寄せられ、図13に示すように、梁部313が上方に移動し、接触部114が接点部材120から離間する。このような構成を採っても、上述した微細構造体1の場合と同等の作用効果を得ることができる。
【0056】
また、本実施の形態では、微細構造体1を変形させる駆動力として静電引力を用いた場合を例に説明したが、駆動力は静電引力に限定されず、例えば、磁力や圧電効果などに各種駆動力を用いることができる。
【0057】
また、本実施の形態では、接触部114が接点部材120から離間したことを、容量の変化に基づいて検出する場合を例に説明したが、離間したことを検出する手法は容量の変化に限定されず、各種手法を適宜自由に用いることができる。
【0058】
例えば、接触部114と接点部材120の接点を光学顕微鏡などで直接観察し、離間の瞬間を検出するようにしてもよい。
【0059】
また、接触部114と接点部材120とを導電性を有する部材から構成し、これらの間の電圧降下やそれらの間を流れる電流を測定することにより、より容易に接触部114が接点部材120から離れる瞬間を検出することができる。
【0060】
電圧降下を測定する場合、図14に示すように、接触部114と接点部材120との間には一定の値の電流を流しておく。このような状態から、第1の駆動電極130と第2の駆動電極140の間の電位差を低下させてそれらの間に働く駆動力を低下させることにより、接触部114が接点部材120から離間すると、その瞬間接触部114と接点部材120との間が絶縁され、それらの間の電圧降下は急激に増大する。このように、接触部114が接点部材120から離間した瞬間には、電圧降下の値が不連続に変化するため、より容易に離間した瞬間を検出することができる。この離間した瞬間が検出されると、この情報を用いて上述したステップS4の処理が行われる。
【0061】
また、電流を検出する場合、図15に示すように、接触部114と接点部材120との間の電圧値を一定の状態としておく。このような状態から、第1の駆動電極130と第2の駆動電極140の間の電位差を低下させてそれらの間に働く駆動力を低下させることにより、接触部114が接点部材120から離間すると、その瞬間接触部114と接点部材120との間が絶縁、それらの間を流れる電流値はゼロに近づく。このように、接触部114が接点部材120から離間した瞬間には、電流値が不連続に変化するため、より容易に離間した瞬間を検出することができる。この離間した瞬間が検出されると、この情報を用いて上述したステップS4の処理が行われる。
【0062】
また、本実施の形態のように第1の状態検出電極150と第2の状態検出電極160とを備える場合、これらの電圧を印加して静電引力を作用させ、これを駆動力として微細構造体1を変形させることができる。このようにした場合、第1,第2の駆動電極130,140が不要となるため、製造容易性を向上させることができる。
【0063】
また、本実施の形態では、梁部が片持ち梁構造を有する場合を例に説明したが、梁部の構造は片持ち梁構造に限定されず、例えば、両持ち梁構造など適宜自由に設定することができる。両持ち梁構造を適用する場合には、上式(3)に示した片持ち梁の関係式の変わりに両持ち梁の関係式を用いればよい。
【0064】
また、本実施の形態では、第1の状態検出電極150を接点部材120と第1の駆動電極130との間に、第2の状態検出電極160を接触部140と第2の駆動電極140との間にそれぞれ設ける場合を例に説明したが、接触部114と接点部材120、第1の駆動電極130と第2の駆動電極130および第1の状態検出電極150と第2の状態検出電極160がそれぞれ対向配置されていれば、これらの部材を配設する位置は適宜自由に設定することができる。
【0065】
また、本実施の形態では、可動梁110の支持部112と梁部113とを直接に連結する場合を例に説明したが、それらを可撓性を有するばね部を介して連結するようにしてもよい。例えば、図16,図17に示す微細構造体4のような構成を採るようにしてもよい。この微細構造体4の構成の詳細について以下に説明する。なお、以下において、上述した微細構造体1と同等の構成要素については、同じ名称および符号を付して説明を行う。
【0066】
微細構造体4は、基板100と、この基板上に配設された片持ち梁構造を有する可動梁410と、基板100上に配設された可動梁410の端部と対向配置された接点部材120と、基板100上の可動梁410と接点部材120との間に配置された平板状の第1の駆動電極130と、可動梁410の後述するマス部414の下面に配設され第1の駆動電極130と対向する平板状の第2の駆動電極140と、基板4100上の第1の駆動電極130と接点部材120との間に配置された平板状の第1の状態検出電極150と、可動梁410の後述するマス部414の下面に配設され第1の状態検出電極150と対向する平板状の第2の状態検出電極160と、接点部材120、第1,第2の駆動電極130,140および第1,第2の状態検出電極150,160と、推定装置170に対応する図示しない推定装置とを備えている。ここで、可動梁410は、基板100上に配設された基部411と、この基部411から鉛直上方に突出した棒状の支持部412と、この支持部412の上端に一端が接続され、水平方向に延在する可撓性を有するつづら折り形状のばね部413と、このばね部413の他端に一端が接続され、水平方向に延在する平板状のマス部414と、このマス部414の他端から鉛直下方に突出し接点部材120と対向配置された棒状の接触部415とを備えている。
【0067】
このような構成を有する微細構造体4では、駆動力および復元力の算出をより容易に行うことができる。この原理について、以下に説明する。
【0068】
微細構造体4において、第1の駆動電極130と第2の駆動電極140に駆動電圧を印加し、これらの間に電位差を生じさせて静電引力(駆動力)を働かせると、ばね部413を有するので、図18に示すように、マス部414が基板100と平行を保った状態で変位する。このため、第1の状態検出電極150と第2の状態検出電極160との間隔は、どの場所でも等しくなる。したがって、電極間の誘電率をε、第1の駆動電極130と第2の駆動電極140との間に印加した電圧をVoff、第1の駆動電極130と第2の駆動電極140との間隔をg、第1の駆動電極130と第2の駆動電極140の面積をSとすると、駆動力Feは下式(5)により算出することができる。
【0069】
e=ε・S・Voff2/2g2 ・・・(5)
【0070】
また、復元力Fkは、下式(6)に示すように、ばね部413のばね定数Kと変位量Δdの積として近似することができる。
【0071】
k=k・Δd ・・・(6)
【0072】
[第2の実施の形態]
次に、本発明に係る第2の実施の形態について説明する。なお、本実施の形態は、上述した第1の実施の形態における推定装置170の推定部174にさらにパラメータ抽出部174eを設けたものである。したがって、本実施の形態において、上述した第1の実施の形態と同等の構成要素については、同じ名称および符号を付し、適宜説明を省略する。
【0073】
図19に示すように、推定装置170は、駆動電圧印加部171と、容量検出部172と、記憶部173と、推定部174とを備えている。この推定部174は、データ取得部174aと、検出部174bと、駆動復元力算出部174cと、接着力算出部174dと、バネ部413の実効的なばね定数や変位量等の微細構造体の実効的な構造パラメータを抽出するパラメータ抽出部174eを備えている。
【0074】
微細な構造体によっては、その構造体の残留応力によって構造が反るなど、設計値と実効値との誤差の大きい構造パラメータを有する場合がある。このとき、接点に働く接着力を設計上の構造パラメータで算出すると、算出誤差が大きくなってしまう。そこで、本実施の形態では、接点において接触する瞬間の力のつりあいに着目し、設計値と実効値との誤差を補正した上で接着力を算出する。この接着力算出動作について、図16〜図18を参照して説明した微細構造体4に適用した場合を例に、図20を参照して以下に説明する。なお、以下において、上述した第1の実施の形態で説明した動作を同等の動作については、同じ符号を付して適宜説明を省略する。
【0075】
<接着力算出動作>
まず、推定部174のデータ取得部174aは、駆動電圧印加部171により、第1,第2の駆動電極130,140の間に働く静電引力による駆動力が徐々に強くなるよう、第1の駆動電極130と第2の駆動電極140とに印加する駆動電圧を変化させ、接触部415の下端を接点部材120に接触させる(ステップS11)。このとき、容量検出部172は、第1の状態検出電極150,160の間の容量の値を検出しており、この検出された値は記憶部173に記憶される。
【0076】
次に、推定部174の検出部174bは、記憶部173に記憶された容量の値に基づいて、接触部415が接点部材120に接触した瞬間を検出する(ステップS12)。図21に示すように、接触部415が接点部材120と離間している間は、第1の状態検出電極150と第2の状態検出電極160との間隔が徐々に狭まっていくので、容量は増大していく。接触部415が接点部材120に接触すると、第1の状態検出電極150と第2の状態検出電極160との間隔が殆ど変化しないので、容量の値も変化しない。すなわち、容量が不連続に変化した瞬間が、接触部415が接点部材120に接触した瞬間であると検出することができる。このように、本実施の形態では、第1の状態検出電極150と第2の容量検出電極160との間の容量のデータを取得することにより、接触部114が接点部材120に接触した瞬間を容易に検出することができる。
【0077】
次に、接触部415が接点部材120に接触した瞬間が検出されると、推定部174の駆動復元力算出部174cは、その離間した瞬間における駆動力の大きさを算出する(ステップS13)。
【0078】
図18に示したように、微細構造体4では、マス部414が基板100と平行な状態で変位するため、接触部415と接点部材120とが接触したときの第1の駆動電極130と第2の駆動電極140との間隔は、どの場所でも等しくgとなる。このため、駆動力Feは上式(5)により算出することができる。
なお、図1に示す微細構造体1のように、第1の駆動電極130と第2の駆動電極140の距離が場所によって異なる場合には、図5を参照して説明したステップS4のように、微小面積での駆動力を積分する形で求めればよい。
【0079】
次に、駆動力を算出すると、パラメータ抽出部174eは、微細構造体の構造パラメータを抽出する(ステップS14)。
【0080】
図21に示すように、微細な構造体においては、構造体の残留応力などによって反りが発生することがある。このような場合、図22に示すように、設計上の変位量ΔD1と、図23に示す実効的な変位量ΔD2とが異なる。このような場合に、上述した図5を参照して説明したステップS4において、離間の瞬間における復元力の算出に設計上の変位量ΔD1を用いると、接点における接着力の算出精度が低下してしまう。そこで、本実施の形態では、パラメータ抽出部174eにより実効的な構造パラメータを抽出し、これを用いて上記ステップS4における駆動力と復元力の算出を行うことにより、接着力の算出精度の低下を防ぐことができる。実効的な構造パラメータの算出手法の詳細については、以下に説明する。
【0081】
≪作用する駆動力の大きさが微細構造体との距離に非線形な関係にある系の場合≫
図16,図17に示す微細構造体4のように、第1,第2の駆動電極130,140との間に働く静電引力を用いて微細構造体4を変形させ、この変形に伴って第1,第2の駆動電極130,140との間隔が変化するような微細構造体において、静電引力の大きさは、第1,第2の駆動電極130,140との間隔に対して非線形に変化する。このような系では、微細構造体の変形が所定の量を超えると、復元力と静電引力とのつりあいが成り立たず、急激に微細構造体が変形し、接触部415が接点部材120と接触する「プルイン」という現象が起きることがある。この「プルイン」は、静電引力を駆動力とする系に限らず、作用する駆動力の大きさが微細構造体との距離に非線形な関係にある系で生じる可能性があるものである。以下に、プルインが生じる場合と生じない場合それぞれについて、実効的な構造パラメータを抽出する方法を説明する。
【0082】
(第1のプルイン発生の判別手法)
第1の駆動電極130と第2の駆動電極140との間に印加される駆動電圧がゼロの場合において、第1の駆動電極130と第2の駆動電極140との間隔をg0とすると、第1の駆動電極130と第2の駆動電極140との間に印加される駆動電圧を漸進的に増加させていったときの実効的な変位量Δdが、下式(7)を満たすとき、プルインが生じる。
【0083】
Δd>g0/3 ・・・(7)
【0084】
ここで、第1の駆動電極130と第2の駆動電極140駆動電極との間に印加される駆動電圧がVonのときに、接触部415が接点部材120に接触したとする。
まず、プルインが生じたと仮定し、ばね部のばね定数をKとすると、下式(8)により、第1の駆動電極130と第2の駆動電極140と間に印加させる駆動電圧がゼロのときのそれらの間隔g0を求めることができる。
【0085】
0=(27ε・S・Von2/8K)1/3 ・・・(8)
【0086】
次に、実際にプルインが起こっているかを確認する。接触部415が接点部材120に接触しているとき、第1の駆動電極130と第2の駆動電極140との間隔gに対して上式(8)から算出したg0が、下式(9)を満たす場合にはプルインが生じており、下式(9)満たさない場合にはプルインが生じていないこととなる。
【0087】
0>3g/2 ・・・(9)
【0088】
{プルインが生じている場合}
プルインが生じている場合、実効的な変位量ΔD2は上式(8)で求めたg0を用いて、下式(10)により算出する求めることができる。
【0089】
ΔD2=g0−g ・・・(10)
【0090】
{プルインが生じていない場合}
プルインが生じていない場合、接触の瞬間においても駆動力Feと復元力Fkとのつりあいが成り立つので、駆動力Feの大きさは、Fe=ε・S・Von2/2g2として求められる。すなわち、Fk=Fe=ε・S・Von2/2g2となる。したがって、実効的な変位量ΔD2は、実測したばね部413のばね定数kと、上述した復元力Fkとを用いて、下式(11)より求めることができる。
【0091】
ΔD2=Fk/k ・・・(11)
【0092】
≪作用する駆動力の大きさが微細構造体との距離に線形な関係にある系の場合≫
例えば櫛歯電極を用いて発生させる静電引力など、作用する駆動力の大きさが微細構造体との距離と線形な関係にある系では、プルインが生じないので、接触の瞬間においても復元力と駆動力とのつりあいが成り立ち、復元力の大きさは、駆動力の大きさと等しくなる。接触の瞬間における駆動力Feの大きさは、Fe=ε・S・Von2/2g2として求められる。したがって、復元力Fkの大きさは、Fk=Fe=ε・S・Von2/2g2となる。この場合、実効的な変位量ΔD2は、上述したように求めた接触の瞬間における復元力Fkの大きさ、実測したばね部のばね定数Kを用いて、下式(12)により求めることができる。
【0093】
ΔD2=Fk/K ・・・(12)
【0094】
この式(12)を用いて求めた実効的な変位量ΔD2を、ステップS4における離間の瞬間の復元力の算出に用いることで、接点における接着力の算出精度を向上させることができる。
【0095】
また、微細構造体4をシリコンなどの反りが発生しにくい材料で作製した場合、設計上の変位量ΔD1をもとに、実効的なばね定数Kを容易に算出することができる。以下に、実効的な構造パラメータを抽出する方法について説明する。
【0096】
≪作用する駆動力の大きさが構造体との距離に非線形な関係にある系≫
上述したように作用する駆動力の大きさが構造体との距離に非線形な関係にある系ではプルインが生じる可能性がある。そこで、以下に、プルインが生じる場合と生じない場合それぞれについて、実効的な構造パラメータを抽出する方法を説明する。
【0097】
(第2のプルイン発生の判別手法)
設計上の変位量ΔD1が、下式(13)を満たしていればプルインが生じており、下式(13)満たしていなければプルインが生じていない。
【0098】
ΔD1>g/2 ・・・(13)
【0099】
{プルインが生じている場合}
この場合、実効的なばね定数Kは、下式(14)から求めることができる。
【0100】
K=27ε・S・Von2/8(g+ΔD13 ・・・(14)
【0101】
{プルインが生じていない場合}
この場合、接触の瞬間においても駆動力Feと復元力Fkとのつりあいが成り立ち、復元力の大きさは、駆動力の大きさと等しくなる。すなわち、駆動力Feの大きさは、Fe=ε・S・Von2/2g2として求められ、復元力Fkの大きさは、Fk=Fe=ε・S・Von2/2g2として求められる。実効的なばね定数Kは、設計上の変位量ΔD1を用いて、下式(15)から求めることができる。
【0102】
K=Fk/ΔD1 ・・・(15)
【0103】
≪作用する駆動力の大きさが構造体との距離と線形な関係にある系≫
例えば櫛歯電極を用いて発生させる静電引力など、作用する駆動力の大きさが構造体との距離と線形な関係にある系ではプルインが生じないため、接触の瞬間においても駆動力と復元力のつりあいが成り立ち、復元力の大きさは、駆動力の大きさと等しくなる(Fk=Fe)。接触の瞬間における駆動力Feの大きさは、Fe=ε・S・Von2/2g2として求められる。したがって、その駆動力の値に基づいて、接触の瞬間における復元力の大きさを求めることができる。この場合、実効的なばね定数Kは、上述したように求めた接触の瞬間における復元力Fkの大きさ、設計上の変位量ΔD1を用いて、下式(16)により求めることができる。
【0104】
K=Fk/ΔD1 ・・・(16)
【0105】
この式(16)を用いて求めた実効的なばね定数Kを、ステップS4の式(6)において、離間の瞬間における復元力の算出に用いることで、接点における接着力の算出精度を向上させることができる。
【0106】
微細構造体の構造パラメータが抽出されると、推定装置170は、その構造体パラメータを用いて、第1の実施の形態で説明したステップS1〜S5の処理を行う。
【0107】
このように、本実施の形態によれば、接触部415が接点部材120に接触した状態から接点部材120から離間するまでに変化する容量を取得し、この容量量に基づいて接着力を推定することにより、実際の微細構造体4を同じ状態で接着力を推定することができるので、結果として、微細構造体4の接点に働く接着力を精度良く推定することができる。
【0108】
また、上述したように、微細な構造体によっては、作製プロセス中の応力によって構造が反るなど、設計値と実効値との誤差の大きい構造パラメータがある。このとき、接点に働く接着力を設計上の構造パラメータで算出すると、算出誤差が大きくなってしまう。しかしながら、本実施の形態によれば、接点が接触する瞬間の力のつりあいに着目することで、実効的な構造パラメータを抽出できるため、接着力の算出精度を向上することができる。
【0109】
なお、本実施の形態では、接触部415が接点部材120に接触したことを、容量の変化に基づいて検出する場合を例に説明したが、接触したことを検出する手法は容量の変化に限定されず、各種手法を適宜自由に用いることができる。
【0110】
例えば、接触部415と接点部材120の接点を光学顕微鏡などで直接観察し、接触の瞬間を検出するようにしてもよい。
【0111】
また、接触部415と接点部材120とを導電性を有する部材から構成し、これらの間の電圧降下やそれらの間を流れる電流を測定することにより、より容易に接触部415が接点部材120に接触する瞬間を検出することができる。
【0112】
電圧降下を測定する場合、図25に示すように、接触部415と接点部材120との間には一定の値の電流を流しておく。このような状態から、駆動力を上げさせ接触部415が接点部材120に接触すると、接触部415と接点部材120との間が導通した瞬間、それらの間の電圧降下が低下する。このように、接触部415が接点部材120に接触した瞬間には、電圧降下の値が不連続に変化するため、より容易に離間した瞬間を検出することができる。
【0113】
また、電流を検出する場合、図26に示すように、接触部415と接点部材120との間の電圧値を一定の状態としておく。このような状態から、駆動力を上げさせて接触部415が接点部材120に接触すると、接触部415と接点部材120との間が導通した瞬間、それらの間を流れる電流値が増大する。このように、接触部415が接点部材120に接触した瞬間には、電流値が不連続に変化するため、より容易に接触した瞬間を検出することができる。
【産業上の利用可能性】
【0114】
本発明は、MEMSスイッチなど機械的な接触動作を伴う微小な構造体に適用することができる。
【符号の説明】
【0115】
1〜4…微細構造体、100…基板、110…可動梁、111…基部、112…支持部、113…梁部、114…接触部、120,220…接点部材、130,230…第1の駆動電極、140,240…第2の駆動電極、150,250…第1の状態検出電極、160,260…第2の状態検出電極、170…推定装置、171…駆動電圧印加部、172…容量検出部、173…記憶部、174…推定部、174a…データ取得部、174b…検出部、174c…駆動復元力算出部、174d…接着力算出部、175e…パラメータ抽出部、330…駆動電極支持部、331…支持部、332…梁部、410…可動梁、411…基部、412…支持部、413…ばね部、414…マス部、415…接触部。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
第1の部材と、外部から働く駆動力によって変形することにより少なくとも一部が前記第1の部材に接触可能とされた第2の部材とを備え、この第2の部材が前記第1の部材に接触した状態から離間した状態へ遷移する離間動作が行われる微細構造体における、前記第1の部材と前記第2の部材との接点に作用する接着力を推定する方法であって、
前記第2の部材に対して働く第1の駆動力が変化することにより、当該第2の部材が前記第1の部材に接触した状態から当該第1の部材から離間するまでに当該第2の部材の変形に伴って変化する物理量を取得する第1の取得ステップと、
この第1の取得ステップにより取得された物理量に基づいて、前記第2の部材が前記第1の部材から離間した瞬間を検出する第1の検出ステップと、
この第1の検出ステップにより検出された前記第2の部材が前記第1の部材から離間した瞬間における、前記第1の駆動力と、前記第2の部材の変形を復元させる向きに働く復元力とを算出する第1の算出ステップと、
この第1の算出ステップにより算出された前記第1の駆動力と前記復元力との差分の絶対値を前記接着力として推定する推定ステップと
を有することを特徴とする接着力推定方法。
【請求項2】
前記第2の部材に対して働く第2の駆動力が変化することにより、当該第2の部材が前記第1の部材と離間した状態から当該第1の部材に接触するまでに変化する物理量を取得する第2の取得ステップと、
この第2の取得ステップにより取得された物理量に基づいて、前記第2の部材が前記第1の部材に接触する瞬間を検出する第2の検出ステップと、
この第2の取得ステップにより検出された前記第2の部材が前記第1の部材に接触する瞬間における、前記第2の駆動力を算出する第2の算出ステップと、
この第2の算出ステップにより算出された前記第2の駆動力に基づいて、前記微細構造体の構造パラメータを抽出する抽出ステップと
をさらに備え、
前記推定ステップは、前記構造パラメータを用いて、前記接着力を推定する
ことを特徴とする請求項1記載の接着力推定方法。
【請求項3】
前記第2の部材の変形に伴って間隔が変化し、容量を形成する一対の電極を備え、
前記物理量は、前記電極によって形成される容量である
ことを特徴とする請求項1または2記載の接着力推定方法。
【請求項4】
前記第2の部材は、前記一対の電極間に引加される電圧により発生する静電引力により変形する
ことを特徴とする請求項3記載の接着力推定方法。
【請求項5】
前記第1の算出ステップは、前記第2の部材が前記第1の部材から離間した瞬間における、前記一対の電極に印加される電圧の値に基づいて前記第1の駆動力を算出する
ことを特徴とする請求項3または4記載の接着力推定方法。
【請求項6】
前記物理量は、導電性を有する前記第1の部材と前記第2の部材の接触部に流した電気信号に基づく電圧降下値からなる
ことを特徴とする請求項2記載の接着力推定方法。
【請求項7】
前記物理量は、導電性を有する前記第1の部材と前記第2の部材の接触部に流した電気信号に基づく電流値からなる
ことを特徴とする請求項2記載の接着力推定方法。
【請求項8】
前記第2の部材は、前記第1の部材が配設された基板上から突出した柱状の支持部と、この支持部の上端に一端が接続され水平方向に延在する可堯性を有するばね部と、このばね部の他端が接続された平板状のマス部と、このマス部に設けられ前記第1の部材と対向配置された接触部とからなり、
前記抽出ステップは、前記第2の駆動力と前記ばね部のばね定数とに基づいて前記ばね部の実効的な変位量を抽出する
ことを特徴とする請求項2記載の接着力推定方法。
【請求項9】
前記第2の部材は、前記第1の部材が配設された基板上から突出した柱状の支持部と、この支持部の上端に一端が接続され水平方向に延在する可堯性を有するばね部と、このばね部の他端が接続された平板状のマス部と、このマス部に設けられ前記第1の部材と対向配置された接触部とからなり、
前記抽出ステップは、前記第2の駆動力と前記ばね部の変位量とに基づいて前記ばね部の実効的なばね定数を抽出する
ことを特徴とする請求項2記載の接着力推定方法。
【請求項10】
第1の部材と、外部から働く駆動力によって変形することにより少なくとも一部が前記第1の部材に接触可能とされた第2の部材とを備え、この第2の部材が前記第1の部材に接触した状態から離間した状態へ遷移する離間動作が行われる微細構造体における、前記第1の部材と前記第2の部材との接点に作用する接着力を推定する装置であって、
前記第2の部材に対して働く第1の駆動力が弱まることにより、当該第2の部材が前記第1の部材に接触した状態から当該第1の部材から離間するまでに当該第2の部材の変形に伴って変化する物理量を取得する取得部と、
この取得部により取得された前記物理量に基づいて、前記第2の部材が前記第1の部材から離間した瞬間を検出する検出部と、
この検出部により検出された前記第2の部材が前記第1の部材から離間した瞬間における、前記第1の駆動力と、前記第2の部材の変形を復元させる向きに働く復元力とを算出する算出部と、
この算出部により算出された前記第1の駆動力と前記復元力との差分の絶対値を前記接着力として推定する推定部と
を備えたことを特徴とする接着力推定装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図20】
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【図21】
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【図22】
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【図23】
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【図24】
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【図25】
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【図26】
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【公開番号】特開2011−47869(P2011−47869A)
【公開日】平成23年3月10日(2011.3.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−198165(P2009−198165)
【出願日】平成21年8月28日(2009.8.28)
【出願人】(000004226)日本電信電話株式会社 (13,992)
【Fターム(参考)】