抗原ペプチドおよびその利用
プロピオニバクテリウム・アクネスの感染に対して有効なワクチンを提供するため、特定のアミノ酸配列からなるペプチド、または特定のアミノ酸配列の1または数個のアミノ酸が欠失、置換、挿入または付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、免疫応答によって、プロピオニバクテリウム・アクネス感染により惹起される炎症を抑制するペプチドを提供する。
【発明の詳細な説明】
【発明の詳細な説明】
【0001】
本PCT国際出願は、35 U.S.C.119条(e)に基づき、米国仮出願第61/396,574(2010年5月27日出願)の利益を主張し、その記載内容の全ては参照として本明細書に組み込まれる。
〔技術分野〕
本発明は、プロピオニバクテリウム・アクネスに対する抗原ペプチド、およびその利用に関するものである。
〔背景技術〕
ニキビは、思春期を中心に、また大人においても、首から顔にかけて出現することが多い炎症性の疾患である。炎症の出現場所からして、ニキビが出現したときの精神的な影響は大きい。
【0002】
これまで、種々のニキビ治療薬の開発が行われてきており、とりわけ、ニキビの病原体であるプロピオニバクテリウム・アクネス(Propionibacterium acnes)に直接作用する薬剤の開発が数多く進められてきている。
【0003】
2004年にプロピオニバクテリウム・アクネスの完全ゲノム配列が解読され、多くの遺伝子が毒性因子をコードしていることが明らかとなっている(非特許文献1参照)。そして、この情報を利用して、プロピオニバクテリウム・アクネスのシアリダーゼをワクチン開発のターゲットとした研究がなされている(非特許文献2参照)。非特許文献2においては、マウス耳介皮内で炎症が再現されている。
〔先行技術文献〕
〔非特許文献1〕Bruggemann H. et al, "The Complete Genome Sequence of Propionibacterium Acnes, a Commensal of Human Skin", Science, 2004, 305, 671-673.
〔非特許文献2〕Nakatsuji T. et al, "Vaccination Targeting a Surface Sialidase of P. acnes: Implication for New Treatment of Acne Vulgaris", PLoS ONE, 2008, 3, 2, 1-9.
〔発明の概要〕
〔発明が解決しようとする課題〕
これまで開発されてきている薬剤のほとんどが、ニキビの原因となるプロピオニバクテリウム・アクネスの菌体自体に作用して、抗炎症効果をもたらすものである。そのため、プロピオニバクテリウム・アクネスが再感染した場合、再度の炎症が惹起されることになる。また、これらの薬剤の使用は、一次的に効果的であったとしても、薬剤耐性菌の出現を促すことになる。この場合、より治療の難しい状況に陥るといった問題がある。
【0004】
そこで、本発明は上記の問題点に鑑みてなされたものであり、その目的は、持続的なニキビの治療を可能とする化合物を提供することにある。
〔課題を解決するための手段〕
ニキビに対する持続的な治療法として期待ができるのは、免疫療法、つまり、ワクチンの開発である。一度、効果的な抗ニキビ免疫が樹立(特定のプロピオニバクテリウム・アクネスの認識および免疫的記憶)されれば、少なくとも、同じプロピオニバクテリウム・アクネス菌株に対しては、再度の感染に対しても、速やかにプロピオニバクテリウム・アクネス菌の排除が進行する。したがって、免疫療法では、持続的に抗炎症効果がもたらされることが期待される。
【0005】
本発明者らは、鋭意検討を行なった結果、マウス腹部正中皮内にプロピオニバクテリウム・アクネスを接種することによって、マウス耳皮内に接種するよりも効果的に炎症を惹起できることを見出した。さらに、この炎症惹起を利用することによって、従来技術からは容易に想到し得ないアミノ酸配列からなるペプチドが、プロピオニバクテリウム・アクネスによって惹起される炎症を、非常に効率よく抑制し得ることを見出し、本発明に完成させるに至った。
【0006】
すなわち、本発明に係るペプチドは、上記課題を解決するために、以下の(a)および(b)からなる群より選択されるペプチドであることを特徴としている:
(a)配列番号1に示されるアミノ酸配列からなるペプチド;
(b)配列番号1に示されるアミノ酸配列の1または数個のアミノ酸が欠失、置換、挿入または付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、免疫応答によって、プロピオニバクテリウム・アクネス感染により惹起される炎症を抑制するペプチド。
【0007】
本発明に係るペプチドを用いれば、プロピオニバクテリウム・アクネス感染により惹起される炎症(ニキビ、および吹き出物)を抑制することができる。
【0008】
本発明に係るペプチドは、上記課題を解決するために、以下の(c)および(d)からなる群より選択されるペプチドでもある:
(c)配列番号3に示されるアミノ酸配列からなるペプチド;
(d)配列番号3に示されるアミノ酸配列の1または数個のアミノ酸が欠失、置換、挿入または付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、免疫応答によって、プロピオニバクテリウム・アクネス感染により惹起される炎症を抑制するペプチド。
【0009】
本発明に係るペプチド組成物は、以下の(e)および(f)のペプチドを含むペプチド組成物でもある:
(e)上述の(a)もしくは(b)に記載のペプチド、または、上述の(a)もしくは(b)に記載のペプチドがリンカーを介して複数結合してなる多価抗原性ペプチド形態であるペプチド;
(f)上述の(c)もしくは(d)に記載のペプチド、または、上述の(c)もしくは(d)に記載のペプチドがリンカーを介して複数結合してなる多価抗原性ペプチド形態であるペプチド。
【0010】
本発明に係るワクチンは、上述のペプチドまたはペプチド組成物を含む、プロピオニバクテリウム・アクネスに対するワクチンであることを特徴としている。
【0011】
本発明に係るポリヌクレオチドは、上述のペプチドをコードすることを特徴としている。
【0012】
本発明に係る発現ベクターは、上述のポリヌクレオチドが作動可能に連結されていることを特徴としている。本発明に係る発現ベクターを用いれば、プロピオニバクテリウム・アクネス感染により惹起される炎症を抑制することができるペプチドを提供し得る。
【0013】
本発明に係る抗体は、上述のペプチドを特異的に認識することを特徴としている。
【0014】
本発明に係るプロピオニバクテリウム・アクネスに対するワクチンの有効性の判定方法は、生体から採取した試料における上述のペプチドをコードするポリヌクレオチドの有無を検出する検出工程を含むことを特徴としている。本発明に係る判定方法を用いれば、プロピオニバクテリウム・アクネスに対するワクチンを投与する前に、その生体におけるワクチンの有効性を簡便に判定することができる。
【0015】
本発明に係るプロピオニバクテリウム・アクネスにより惹起される炎症の治療または予防をするための方法は、上記ペプチドの治療有効量を含む上述のワクチンを個体に投与する工程を含むことを特徴とする。
【0016】
また、本発明に係るプロピオニバクテリウム・アクネスにより惹起される炎症の治療または予防をするための方法は、上記ポリヌクレオチドの治療有効量を含む上述のワクチンを個体に投与する工程を含むことを特徴とする。
〔発明の効果〕
本発明に係るペプチドは非常に高い抗原性を有している。そのため、本発明に係るペプチドを用いれば、プロピオニバクテリウム・アクネスに対するワクチンを提供することができる。
〔図面の簡単な説明〕
図1は、プロピオニバクテリウム・アクネス接種による炎症面積の測定結果を接種部位別に示す図である。
図2は、プロピオニバクテリウム・アクネス接種による炎症面積と接種後経過時間との関係を示す図である。
図3は、ペプチドの抗炎症効果の確認のための作業工程を示す図である。
図4は、ペプチドの抗炎症効果の確認結果を示す図である。
図5は、ペプチドの抗炎症効果の別の確認結果を示す図である。
図6は、患者から単離した株と標準株との16SrDNAの塩基配列を比較した図である。
図7は、患者から単離したプロピオニバクテリウム・アクネス接種に対する、ペプチドの抗炎症効果の確認結果を示す図である。
図8は、本発明に係るワクチンを投与したニキビ患者の経過観察の写真を示す図である。
図9は、本発明に係るワクチンを投与した別のニキビ患者の経過観察の写真を示す図である。
図10は、本発明に係るワクチンを投与したさらに別のニキビ患者の経過観察の写真を示す図である。
図11は、本発明に係るワクチンを投与したさらに別のニキビ患者の経過観察の写真を示す図である。
〔発明を実施するための形態〕
<ペプチドおよびポリヌクレオチド>
本発明は、プロピオニバクテリウム・アクネス感染に対して免疫応答を誘導し得る抗原ペプチドを提供する。
【0017】
1つの局面において、本発明は、以下の(a)〜(d)の何れかのペプチドであり得る:
(a)配列番号1に示されるアミノ酸配列からなるペプチド;
(b)配列番号1に示されるアミノ酸配列の1または数個のアミノ酸が欠失、置換、挿入または付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、免疫応答によって、プロピオニバクテリウム・アクネスの増殖を抑制する抗体を生成するペプチド;
(c)配列番号3に示されるアミノ酸配列からなるペプチド;
(d)配列番号3に示されるアミノ酸配列の1または数個のアミノ酸が欠失、置換、挿入または付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、免疫応答によって、プロピオニバクテリウム・アクネスの増殖を抑制する抗体を生成するペプチド。
【0018】
ここで「数個のアミノ酸」とは、例えば、2個または3個のアミノ酸であり得、より好ましくは2個であり得る。
【0019】
アミノ酸が置換されている場合、例えば、LysからArgへの置換およびGluからAspへの置換などの側鎖官能基が一致しているアミノ酸への置換、ならびに、IleからValへの置換など疎水性アミノ酸から疎水性アミノ酸への置換など、同性質へのアミノ酸への置換が好ましい。
【0020】
本明細書中で使用される場合、用語「ペプチド」は、「ポリペプチド」または「タンパク質」と交換可能に使用される。
【0021】
配列番号1に示されるアミノ酸配列からなるペプチドは、Genbank/EMBL/DDBJアクセッション番号AAT84059に登録されているアミノ酸配列からなるプロピオニバクテリウム・アクネスの膜タンパク質における、90番目のアミノ酸残基から103番目のアミノ酸残基に相当するものである。また、配列番号3に示されるアミノ酸配列からなるペプチドは、Genbank/EMBL/DDBJアクセッション番号YP_056445に登録されているアミノ酸配列からなるプロピオニバクテリウム・アクネスの膜タンパク質における、260番目のアミノ酸残基から272番目のアミノ酸残基に相当するものである。上記アクセッション番号に登録されているアミノ酸配列からなるタンパク質は、上記非特許文献1で示されるゲノム解析の結果、発現していることが予測されているタンパク質である。一般的に、抗体産生にあたって抗原として有力なアミノ酸の配列は、親水性のアミノ酸および電荷に富むアミノ酸配列であり、さらに、ターン構造が推定されるアミノ酸配列である。荷電は正および負のいずれでもよく、5つ以上含まれていることが望ましい。また、選択されるアミノ酸長は、10〜15残基であることが望ましい。配列番号1または3に示されるアミノ酸配列は、この概念に基づき選択されている。
【0022】
これらのペプチドは、生体異物であるプロピオニバクテリウム・アクネスを対象とした免疫を誘導する。このときTh2優位な免疫を誘導して特異的な抗体産生を促すものと推察される。
【0023】
本発明に係るポリペプチドの作製方法は、化学合成であっても発現ベクターを用いるものであってもよい。化学合成による場合は、本発明に係るペプチドは、公知のペプチド合成法によって製造することができる。ペプチド合成法としては、液相ペプチド合成法、および固相ペプチド合成法などの化学合成法が挙げられるが、これらに限定されるものではない。発現ベクターを用いる場合は、発現ベクターを導入した形質転換体からペプチドを生成しても、インビトロ翻訳系を用いてペプチドを生成してもよい。例えば、上記ペプチドをコードするポリヌクレオチド(例えば、配列番号2または4に示される塩基配列からなるポリヌクレオチド)を挿入した発現ベクターを導入した宿主細胞中にて目的のペプチドを生成することができる。本明細書中において使用される場合、用語「形質転換体」は、細胞、組織または器官だけでなく、生物個体もまた意図される。形質転換体の作製方法としては、当該分野で周知の手順が採用されればよく、例えば、組換えベクターを宿主に導入して形質転換する方法が挙げられる。形質転換の対象となる生物は、特に限定されないが、各種微生物、植物および動物が挙げられる。また、遺伝子が導入されたか否かの確認は、PCR法、サザンハイブリダイゼーション法、およびノーザンハイブリダイゼーション法などの当該分野において周知の手順に従って行なうことができる。
【0024】
形質転換体を作製することにより本発明に係るペプチドを生成する場合には、ペプチドは、宿主細胞中において安定的に発現していることが好ましいが、一過性に発現するものであってもよい。このようにして生成されたペプチドを、公知の方法に従って精製することができる。ペプチドの精製方法としては、特に限定されないが、例えば、ゲル濾過クロマトグラフィー、イオン交換クロマトグラフィー、およびアフィニティクロマトグラフィーなどが挙げられる。
【0025】
別の局面において、本発明に係るペプチドは、以下の(a)もしくは(b)のペプチド、または以下の(c)もしくは(d)のペプチドがリンカーを介して複数結合してなる、多価抗原性ペプチド(MAP;Multiple Antigen Peptide、とも称される)形態のペプチドであり得る:
(a)配列番号1に示されるアミノ酸配列からなるペプチド;
(b)配列番号1に示されるアミノ酸配列の1または数個のアミノ酸が欠失、置換、挿入または付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、免疫応答によって、プロピオニバクテリウム・アクネスの増殖を抑制する抗体を生成するペプチド;
(c)配列番号3に示されるアミノ酸配列からなるペプチド;
(d)配列番号3に示されるアミノ酸配列の1または数個のアミノ酸が欠失、置換、挿入または付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、免疫応答によって、プロピオニバクテリウム・アクネスの増殖を抑制する抗体を生成するペプチド。
【0026】
MAPは、より高い抗原性を提示できるペプチド形態であり、特定ペプチドのC末端側にリンカーを付加し、このリンカーを介して、Lysを基に構築されたMAP骨格(マトリックス)と特定ペプチドとを結合させた多価ペプチドである。MAPの合成は、従来公知の方法により実施すればよい。MAP1分子あたりに含まれる特定ペプチドの数に特に制限はないが、5分子以上が好ましい。なお、MAP1分子あたりに含まれる特定ペプチドの数は、抗原性の観点から多いほうが好ましいため上限にも制限はないが、現在の合成技術的制限の観点から、15分子以下で合成され得る。
【0027】
特定ペプチドに付加されるリンカーを構成するアミノ酸としては、Cys残基が一般的である。しかしながら、本発明に係るMAP形態のペプチドにおいては、特定ペプチドとCys残基との間にGly残基を含むリンカーを用いている。具体的には、リンカーとして−GlyCysまたは−GlyGlyCysを特定ペプチドのC末端側に付加している。例えば、配列番号1に示されるアミノ酸配列からなるペプチドのC末端側に−GlyCysを付加し、配列番号3に示されるアミノ酸配列からなるペプチドのC末端側に−GlyGlyCysを付加している。Gly残基をCys残基と特定ペプチドのC末端との間に付加することにより、MAP骨格との結合反応に際して、特定ペプチド部分が立体障害を起こさず、リンカー部分のCys残基がMAP反応基に接近できる角度を取れるように、Cys残基に回転の自由度を与えている。本発明に係るMAP形態のペプチドにおいてリンカーはこれに限定されず、Cys残基からなる一般的なリンカーであってもよい。
【0028】
別の局面において、本発明に係るペプチドは、以下の(e)および(f)のペプチドを含むペプチド組成物として提供される:
(e)上述の(a)もしくは(b)のペプチド、または、上述の(a)もしくは(b)のペプチドがリンカーを介して複数結合してなる多価抗原性ペプチド形態であるペプチド;
(f)上述の(c)もしくは(d)のペプチド、または、上述の(c)もしくは(d)のペプチドがリンカーを介して複数結合してなる多価抗原性ペプチド形態であるペプチド。
【0029】
なお、本明細書中において使用される場合、「組成物」は各種成分が含有されている一物質であることが意図される。
【0030】
組成物の各成分の混合比は特に制限されないが、例えば、1:1(重量比)であり得る。またより高い免疫原性を提示させるために、配列番号1に示されるアミノ酸配列からなるペプチドがリンカーを介して複数結合してなる多価抗原性ペプチド形態であるペプチドと、配列番号3に示されるアミノ酸配列からなるペプチドがリンカーを介して複数結合してなる多価抗原性ペプチド形態であるペプチドと、を含むペプチド組成物であることが好ましい。
【0031】
本発明はまた、上記(a)〜(d)のペプチドをコードするポリヌクレオチドを提供する。本発明に係るポリヌクレオチドとしては、例えば、配列番号2または4に示される塩基配列からなるポリヌクレオチドが挙げられるが、これらに限定されるものではない。なお、本明細書中に使用される場合、用語「塩基配列」は、「核酸配列」または「ヌクレオチド配列」と交換可能に使用され、デオキシリボヌクレオチド(A、G、CおよびTと省略される)の配列として示される。配列番号2に示される塩基配列は、配列番号1に示されるアミノ酸配列からなるペプチドをコードするものであり、配列番号4に示される塩基配列は、配列番号3に示されるアミノ酸配列からなるペプチドをコードするものである。
【0032】
本発明に係るポリヌクレオチドは、DNAの形態であってもRNAの形態であってもよく、当業者であれば、本発明に係るペプチドのアミノ酸配列情報、およびこのペプチドをコードする塩基配列情報に基づけば容易に製造することができる。具体的には、一般的なDNA合成法、およびPCR法などによって製造することが可能である。
【0033】
本発明はさらに、上記ペプチドをコードするポリヌクレオチドを含んでいるベクターを提供する。上記ペプチドの生成に用いられる場合は、上記ベクターは、上記ポリヌクレオチドを作動可能に連結した発現ベクターであることが好ましい。本明細書中で使用される場合、用語「作動可能に連結」は、目的のペプチドをコードするポリヌクレオチドが、プロモータなどの制御領域の制御下にあって、このペプチドを宿主細胞中で発現し得る形態にあることが意図される。目的のペプチドをコードするポリヌクレオチドを発現ベクターに「作動可能に連結」して所望のベクターを構築する手順は当該分野において周知である。また、発現ベクターを宿主細胞に導入する方法もまた、当該分野において周知である。よって、当業者は、容易に所望のペプチドを宿主細胞内に生成させることができる。
【0034】
本発明に係るペプチドおよびポリヌクレオチドを用いれば、プロピオニバクテリウム・アクネスに対する免疫を誘導し得る。すなわち、本発明に係るペプチドおよびポリヌクレオチドは、プロピオニバクテリウム・アクネスに対するワクチンとして機能し得る。したがって、本発明に係るペプチドおよびポリヌクレオチドを用いれば、プロピオニバクテリウム・アクネスが惹起する皮内での炎症(ニキビ、および吹き出物)を抑制することができる。
【0035】
<ワクチン>
本発明に係るワクチンは、プロピオニバクテリウム・アクネスに対するワクチンであり、有効成分として上述のペプチドもしくはペプチド組成物または上述のポリヌクレオチドを含有している。本明細書中において使用される場合、「ワクチン」は、免疫療法(ワクチン療法)に用いられるものであり、本発明に係るペプチドに特異的な免疫応答を誘導するものが意図される。
【0036】
本発明に係るワクチンは、ワクチン組成物として提供されても、ワクチンキットとして提供されてもよい。本明細書中では、「有効成分を含有しているワクチン組成物」と「有効成分を備えているワクチンキット」を総称して、「有効成分を有しているワクチン」という。また、「キット」は各種成分の少なくとも1つが、残りの成分が含有されている物質とは異なる物質に含有されている形態であることが意図される。なお、ワクチン組成物およびワクチンキットについては、以下に詳述する。
【0037】
一般に、用語「組成物」は「二種以上の成分が全体として均質に存在し、一物質として把握されるもの」が意図され、例えば、物質Aを主成分として含有する単一物、主成分としての物質Aと物質Bとを含有する単一物であり得る。すなわち、本発明に係るワクチンは、例えば、配列番号1に示されるアミノ酸配列からなるペプチドもしくは配列番号3に示されるアミノ酸配列からなるペプチドの単独投与、またはこれら2種のペプチドの混合物の投与であり得る。2種のペプチドの混合物を用いる場合、プロピオニバクテリウム・アクネスにおいて、一方のペプチドに対応する由来抗原タンパク質のアミノ酸配列に変異が生じておりこのペプチドの抗炎症効果が失われている場合であっても、他方のペプチドによる抗炎症効果が期待できる。このような組成物は、物質Aおよび物質B以外に他の成分(例えば、薬学的に受容可能な担体)を含有してもよい。本発明に係るワクチン組成物は、後述する有効成分を物質Aまたは物質Bとして含有していることを特徴としており、単独で使用されても、他の物質または組成物と併用されてもよい。この場合、併用されるべき他の物質または組成物が本発明に係るワクチン組成物中に提供されてもされなくてもよい。後者の場合は、これらを全体として一組成物として認識し得ないが、この場合は、後述する「キット」の範疇に入り得、組成物としてではなくキットとして提供され得ることを当業者は容易に理解する。
【0038】
1つの局面において、本発明は、ワクチン組成物を提供する。一実施形態において、本発明に係るワクチン組成物は、本発明に係るペプチドを含有していることを特徴としている。別の実施形態において、本発明に係るワクチン組成物は、本発明に係るポリヌクレオチドを含有していることを特徴としている。本実施形態において、本発明に係るポリヌクレオチドは、コードするペプチドを発現し得る形態であることが好ましく、本発明に係るポリヌクレオチドが作動可能に連結されている発現ベクターの形態であることがより好ましい。このように、本発明にかかるペプチドまたはポリヌクレオチドが、ワクチンの有効成分としてプロピオニバクテリウム・アクネスに対するワクチンの調製において使用される。
【0039】
本発明に係るワクチンは、プロピオニバクテリウム・アクネスに対する予防ワクチンまたは治療ワクチンとして使用することができる。本明細書中において使用される場合、用語「予防ワクチン」は、疾患発生を予防するために未処置の個体に投与されるワクチンである。また、用語「治療ワクチン」は、既に罹患している個体に、その感染を低減もしくは最小にするか、またはこの疾患の免疫病理的結果を排除するために投与されるワクチンである。
【0040】
有効成分としての物質を含むワクチンの調製は、当業者に公知である。代表的には、本発明に係るワクチンは、溶液または懸濁液の何れかの注射可能物として調製されるが、注射前に液体に溶解または懸濁するために適切な固体形態としてもまた調製され得る。この調製物は、乳化され得るか、またはリポソーム中に乳化されたタンパク質であり得る。
【0041】
本発明に係るワクチン組成物の有効成分は、薬学的に受容可能かつ有効成分と適合性の賦形剤と混合され得る。好ましい賦形剤としては、例えば、水、生理食塩水、デキストロース、グリセロールおよびエタノールなどならびにそれらの混合物が挙げられる。さらに、所望される場合、本発明に係るワクチン組成物は、微量の補助物質(例えば、湿潤剤または乳化剤およびpH緩衝剤)を含み得る。
【0042】
本発明に係るワクチン組成物の処方形態は、種々の経路(鼻腔内投与、粘膜投与、経口投与、腟内投与、尿道投与または眼内投与)による注射(皮内、皮下および筋肉内注射を含む。)や、パッチ剤(経皮投与)および坐剤のような非経口投与形態であり得る。
【0043】
また、本発明に係るワクチン組成物の処方形態は、経口投与形態であってもよい。経口投与に用いられる場合、本発明に係るワクチン組成物は、例えば、製薬等級のマンニトール、ラクトース、澱粉、ステアリン酸マグネシウム、サッカリンナトリウム、セルロースおよび炭酸マグネシウムなどのような賦形剤が併用される。経口投与形態の組成物は、溶液、懸濁液、錠剤、丸剤、カプセル剤、徐放性処方物、または散剤の形態であり得る。ワクチン組成物が凍結乾燥形態にて提供される場合、この凍結乾燥物質は、投与前に、例えば、懸濁液として再構成され得、再構成は、好ましくは緩衝液中で行われる。
【0044】
本発明に係るワクチン組成物はまた、ワクチンの有効性を増強するためのアジュバントを含み得る。有効であり得るアジュバントの例としては、水酸化アルミニウム、リン酸アルミニウム、硫酸アルミニウムカリウム(ミョウバン)、硫酸ベリリウム、シリカ、カオリン、炭素、油中水型乳化物、水中油型乳化物、ムラミルジペプチド、細菌内毒素、脂質X、百日咳菌(Bordetella pertussis)、コリネバクテリウム・パルバム(Corynebacterium parvum)、ポリリボヌクレオチド、アルギン酸ナトリウム、ラノリン、リゾレシチン、ビタミンA、サポニン、リポソーム、レバミゾール、DEAE−デキストランおよびブロックコポリマーまたは他の合成アジュバントが挙げられるが、これらに限定されない。このようなアジュバントは、種々の供給元から市販されている。代表的には、水中油型アジュバント、水酸化アルミニウムアジュバント、またはこれらとの混合物のようなアジュバントが使用される。なお、ヒトへの適用のためには、水酸化アルミニウムが認可されている。
【0045】
他の局面において、本発明は、ワクチンキットを提供する。本発明に係るワクチンキットは、上述したワクチン組成物に対応するものであり、本発明に係るペプチドまたはポリヌクレオチドをワクチンの有効成分として備えていればよく、上述したワクチン組成物の成分をさらに備えていてもよい。
【0046】
一実施形態において、本発明に係るワクチンキットは、本発明に係るペプチドを含有していることを特徴としている。別の実施形態において、本発明に係るワクチンキットは、本発明に係るポリヌクレオチドを含有していることを特徴としている。本実施形態において、本発明に係るポリヌクレオチドは、コードするペプチドを発現し得る形態であることが好ましく、本発明に係るポリヌクレオチドが作動可能に連結されている発現ベクターの形態であることがより好ましい。
【0047】
本明細書中において使用される場合、用語「キット」は、特定の材料を内包する容器(例えば、ボトル、プレート、チューブおよびディッシュなど)を備えた包装が意図される。好ましくは各材料を使用するための指示書を備える。本明細書中においてキットの局面において使用される場合、「備えた(備えている)」は、キットを構成する個々の容器のいずれかの中に内包されている状態が意図される。また、本発明に係るキットは、複数の異なる組成物を1つに梱包した包装であり得、ここで、組成物の形態は上述したような形態であり得、溶液形態の場合は容器中に内包されていてもよい。本発明に係るキットは、物質Aおよび物質Bを同一の容器に混合して備えていても別々の容器に備えていてもよい。「指示書」は、紙またはその他の媒体に書かれていても印刷されていてもよく、あるいは磁気テープ、コンピューター読み取り可能ディスクまたはテープ、CD−ROMなどのような電子媒体に付されてもよい。本発明に係るキットはまた、希釈剤、溶媒、洗浄液またはその他の試薬を内包した容器を備え得る。さらに、本発明に係るキットは、プロピオニバクテリウム・アクネス感染によるニキビ予防/治療に適用するために必要な器具をあわせて備えていてもよい。
【0048】
このように本発明に係るワクチンを用いれば、プロピオニバクテリウム・アクネス感染によって引き起こされる炎症(ニキビ)に対して有効な予防/治療を提供し得る。
【0049】
すなわち、本発明に係るペプチドの治療有効量を含むワクチンまたは本発明に係るポリヌクレオチドの治療有効量を含むワクチンを個体に投与する工程を含む、プロピオニバクテリウム・アクネスにより惹起される炎症の治療または予防をするための方法もまた、本発明の範疇に包含されるものである。
【0050】
本明細書中において使用される場合、用語「治療有効量」は、個体に投与された場合に所望する治療効果または予防効果を提供するペプチドまたはポリヌクレオチドの量である。治療有効量は、ワクチンが投与される個体の年齢、体重およびその他の健康状態、治療対象となる炎症の状態、ならびに投与方法によって相違し得る。しかしながら一例としては、皮下投与の場合、1投与あたり5〜10μgのペプチド/kg体重または10〜50μgのポリヌクレオチド/kg体重が供給されるように各ワクチンが投与され得る。抗炎症作用に十分な免疫応答を誘導するために、各ワクチンは同一個体に対して2回以上投与されることが可能であり、その場合、一定の投与間隔で実施される。
【0051】
また別の例としては、配列番号1に示されるアミノ酸配列からなるペプチドに基づくMAPと配列番号3に示されるアミノ酸配列からなるペプチドに基づくMAPとの混合物(1:1の重量比)を含むワクチンの場合、1種のペプチドあたり100〜500μg/1shot、接種間隔が3〜5日、接種回数が5回程度で、生理食塩水にペプチドを溶解させた、皮下注射による投与もまたあり得る。
【0052】
なお、パッチ剤による投与であれば、1回の投与量が少なくて済み、また投与回数を減少でき、自己治療が可能となる。
【0053】
ここで「個体」とは、ヒトおよび非ヒト哺乳動物(例えば、ラット、マウス、ウサギ、ブタ、ウシ、およびサルなど)を意図している。
【0054】
<抗体>
本発明は、本発明に係るペプチドの何れかを特異的に認識する抗体を提供する。すなわち、本発明に係る抗体は、上述のペプチドの何れかと特異的に結合し得る。一実施形態において、本発明に係る抗体は、(1)配列番号1もしくは3に示されるアミノ酸配列からなるペプチド、または(2)配列番号1に示されるアミノ酸配列からなるペプチドもしくは配列番号3に示されるアミノ酸配列からなるペプチドからMAP法により合成された多価抗原性ペプチド、に結合することが好ましい。
【0055】
本明細書中において使用される場合、用語「抗体」は、免疫グロブリン(IgA、IgD、IgE、IgGおよびIgMならびにこれらのFabフラグメント、F(ab’)2フラグメントおよびFcフラグメント)が意図される。抗体の例としては、ポリクローナル抗体、モノクローナル抗体、単鎖抗体および抗イディオタイプ抗体が挙げられるがこれらに限定されない。
【0056】
本発明に係る抗体は、当該分野において周知の方法によって製造され得る。例えば、本発明に係るペプチドを哺乳動物の生体内に投与し、免疫反応を起こさせることによって生体内に抗体を生成することにより、得ることができる。この場合に得られる抗体は、通常ポリクローナル抗体である。モノクローナル抗体は、本発明に係るペプチドを用いて従来公知のハイブリドーマ技術などによって生産することができる。あるいは、組換えDNA技術の適用または化学合成によって産生され得る。
【0057】
本発明に係る抗体を用いれば、本発明に係るペプチドの精製を容易にすることが可能となる。例えば、本発明に係るベクターまたは形質転換体を用いて細胞内で発現させた本発明に係るペプチドを、本発明に係る抗体を用いてアフィニティ精製することによって、効率よく回収することができる。
【0058】
本発明に係る抗体は、本発明に係るペプチドと特異的に結合する抗体であればよく、本明細書中に具体的に記載した個々の免疫グロブリンの種類(IgA、IgD、IgE、IgGまたはIgM)、キメラ抗体作製方法、ペプチド抗原作製方法等によって限定されるべきではない。したがって、上記各方法以外によって取得される抗体も本発明の範囲に属することに留意しなければならない。
【0059】
<ワクチンの有効性の判定方法>
本発明に係るプロピオニバクテリウム・アクネスに対するワクチンの有効性の判定方法は、生体から採取した試料における上述のペプチドをコードするポリヌクレオチドの有無を検出する検出工程を含めばよく、その他の具体的な工程、ならびに使用する器具および装置は特に限定されるものではない。
【0060】
検出工程において上述のペプチドをコードするポリヌクレオチドが検出された場合には、この被験者は、本発明に係るワクチンを投与することにより、プロピオニバクテリウム・アクネスにより惹起される炎症が効率よく抑制される可能性が高いと判定することができる。より具体的にいえば、上述のペプチドをコードするポリヌクレオチドが検出されれば、本発明に係るワクチンが、プロピオニバクテリウム・アクネスに対して有効である可能性があると判定する。
【0061】
上述のペプチドをコードするポリヌクレオチドを検出する方法は特に制限されないが、例えば、PCR法による増幅による検出、およびPCRの反応産物の塩基配列決定による検出が可能である。反応産物の塩基配列を決定することにより、接種効果が得られる可能性の確からしさをより高めることができるが、PCR断片の増幅の有無によっても判定は可能である。例えば、上述のポリヌクレオチドを増幅させる特定のプライマーを用いて、増幅により所望の長さの断片が生成される場合(PCR検査が陽性の場合)、上述のポリヌクレオチドを保持しているプロピオニバクテリウム・アクネスに感染している可能性が高く、ワクチンの接種効果が期待できると判定できる。一方、所望の長さの断片の増幅が見られない場合(PCR検査が陰性の場合)、接種効果の期待は薄いと判定できる。なお、PCR法により増幅を行う前に、被験者から採取した試料に含まれ得るプロピオニバクテリウム・アクネスを培養により増殖させてもよい。
【0062】
本発明に係るプロピオニバクテリウム・アクネスに対するワクチンの使用判断法としては、生体から採取した試料におけるプロピオニバクテリウム・アクネスの16S rDNAの一部の配列の有無を検出する方法であってもよい。16S rDNAの一部の配列の有無を検出する方法としては、PCR法による増幅による検出、および反応産物の塩基配列決定による検出が可能である。本判断法は、患者患部の炎症がプロピオニバクテリウム・アクネスに基づくことを示し、同ワクチンを使用する根拠となり得る。
【0063】
なお、後述する実施例に示している、マウスなどの非ヒト哺乳動物の腹部正中皮内に所定の菌体濃度以上のプロピオニバクテリウム・アクネスを接種して、プロピオニバクテリウム・アクネスによる炎症を惹起させたモデル動物、および当該モデル動物の製造方法も、本発明の範疇に含まれる。当該モデル動物では、従来の炎症惹起方法よりも、効果的にプロピオニバクテリウム・アクネスによる炎症が惹起されている。これまで、抗ニキビ薬の開発に利用されている判定系は、薬剤を塗布することを念頭に置いた判定系である。そのため、ワクチンの開発にあっては、その効果をin vivoで判定する確固たる判定系がこれまでに構築されていない。上述のワクチンの有効性の判定方法、モデル動物、および当該モデル動物の製造方法は、プロピオニバクテリウム・アクネスに対するワクチンの開発に好適に利用することができる。
【0064】
以下に実施例を示し、本発明の実施の形態についてさらに詳しく説明する。もちろん、本発明は以下の実施例に限定されるものではなく、細部については様々な態様が可能であることはいうまでもない。さらに、本発明は上述した実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、それぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。また、本明細書中に記載された文献の全てが参考として援用される。
〔実施例〕
<実施例1:P.acnesの培養>
プロピオニバクテリウム・アクネス(以下、「P.acnes」という)の菌株(ATCC6919)は、理研バイオリソースセンターから購入した(JCMカタログNo.6425)。同センターからの培養条件情報に従い、購入したP.acnesを培養した。具体的には、嫌気グローブボックス内で、GAM培地(日本水産株式会社製)100mlに懸濁し、バイアルを用いて37℃で3日間、嫌気培養した。
【0065】
<実施例2:P.acnesによるマウス皮内炎症惹起>
脱気した生理食塩水に、P.acnesの生菌体数が5×107cells/ml、1×108cells/ml、または5×108cells/mlとなるように、嫌気性を保った状態で、浮遊液を調製した。嫌気性の維持は、窒素ガスの吹き付けにより行った。なお、P.acnesの生菌体数の換算は、非特許文献:Ramstad S et al., Photochem. Photobiol. Sci., 2006, 5, 66-72.を参照して、分光光度計による550nmのOD測定値が0.98〜1.02である場合を5×108cells/mlとした。
【0066】
調製したP.acnesの浮遊液50μlを、雄のBalb/cマウス(9−10週齢)の剃毛した腹部正中、頚背部、腰背部、尾根背側部または耳介に皮内接種した。皮内接種した各部における炎症面積(長径×短径:mm2)を経過測定した。各群ともに5匹を1群として検討した。
【0067】
その結果、浮遊液における菌体濃度が5×108cells/mlであるP.acnesを接種した群では、明らかな炎症が確認された。図1は、接種後5日目に観察した、各接種部位における炎症面積の結果のグラフを示す図である。図1に示されるように、皮内接種した各部において炎症が確認されたが、腹部正中皮内において最も大きい炎症面積を呈した。すなわち、マウス皮内炎症惹起において、腹部正中への皮内接種が最も効果的であった。耳介における炎症は観察した部位の中では最も軽微なものであった。図2は、腹部正中皮内接種後の各経過時間における炎症面積の結果のグラフを示す図である。図2に示されるように、腹部正中における炎症面積は、P.acnes接種後5日目に最大となった。
【0068】
一方、浮遊液における菌体濃度が5×107cells/ml、および1×108cells/mlであるP.acnesを接種した群では、何れの接種部位、何れの経過時間においても、全く炎症を惹起できなかった。
【0069】
<実施例3:ペプチドの調製>
配列番号1に示されるアミノ酸配列からなるペプチドであるPepA、または配列番号3に示されるアミノ酸配列からなるペプチドであるPepDのペプチド粉末を生理食塩水(大塚製薬株式会社製)に溶解し、800μg/mlのペプチド溶液を調製した。
【0070】
なお、比較例として、Genbank/EMBL/DDBJアクセッション番号AAT81852に登録されているアミノ酸配列からなるプロピオニバクテリウム・アクネスの膜タンパク質における、10番目のアミノ酸残基から26番目のアミノ酸残基に相当するペプチドであるPepB、およびGenbank/EMBL/DDBJアクセッション番号YP_055518に登録されているアミノ酸配列からなるプロピオニバクテリウム・アクネスの膜タンパク質における、145番目のアミノ酸残基から166番目のアミノ酸残基に相当するペプチドであるPepCを用いた。各ペプチドのアミノ酸配列の情報を表1に示す。比較例として用いた配列も、抗体産生にあたって抗原として有力なアミノ酸の配列、すなわち、親水性のアミノ酸および電荷に富むアミノ酸配列であり、さらに、ターン構造を持つアミノ酸配列の中から選択されている。また、上記アクセッション番号に登録されているアミノ酸配列からなるタンパク質は、上記非特許文献1で示されるゲノム解析の結果、発現していることが予測されているタンパク質である。
【0071】
【表1】
【0072】
<実施例4:P.acnesが惹起する炎症に対する、ペプチドPepAの抗炎症効果>
上記実施例2において、P.acnesによって惹起される炎症が最大面積を呈したのは、50μlのP.acnes(5×108cells/ml)を腹部正中皮内に接種した場合であって、接種後5日目であった。そこで、各ペプチドにおける抗炎症効果の判定を、同条件をもって、すなわち50μlのP.acnes(5×108cells/ml)の腹部正中皮内への接種、および接種後5日目における炎症面積(mm2)をもって行なった。抗炎症効果の確認のための作業工程を図3に示す。
【0073】
図3は、抗炎症効果の確認のための作業工程を模式的に示した図である。図3に示すように、P.acnes生菌体の接種18日前(図3中、Days "0")、11日前(図3中、Days "7")および4日前(図3中、Days "14")の計3回にわたって、PepA(40μg/50μl/1匹)を、雄のBalb/cマウス(1回目のPepA投与時において7週齢)の背部皮内へ投与した。次いで、P.acnesをマウスの腹部正中皮内へ接種し、接種後5日目(図3中、Days "23")に炎症面積を測定した。各群ともに10匹を1群として検討した。なお、比較例として、PepAを含まないPBSを投与した群、およびPepAの代わりにPepBまたはPepCを投与した群を用意して、同様にP.acnesを接種した。この結果を図4に示す。
【0074】
図4は、PepAによる抗炎症効果の結果のグラフを示した図である。図4に示されるように、PepAを投与した群では、PBSを投与したコントロール群と比較して統計的に有意に(P=0.00865(P<0.01))、炎症面積が減少していた。すなわち、P.acnesによって惹起される炎症について、PepAが統計的に有意に抗炎症効果を有することが示された。なお、PepBを投与した群ではP=1であり、PepCを投与した群ではP=0.1655であり、何れも統計的有意差を示さず、P.acnesによって惹起される炎症について抗炎症効果を有するとは認められなかった。
【0075】
以上から、ペプチドPepAを含む組成物が、P.acnesに対するワクチン、すなわち、ニキビワクチンとして有効であることが示された。
【0076】
<実施例5:P.acnesが惹起する炎症に対する、ペプチドPepAおよびPepDの抗炎症効果>
P.acnes接種前にマウスに投与するペプチドを、PepA、PepBおよびPepCからPepAおよびPepDに変更した以外は、実施例4と同様の条件下の炎症惹起系を用いて、各ペプチドの抗炎症効果の確認を行った。この結果を図5に示す。
【0077】
図5は、PepAおよびPepDによる抗炎症効果の結果のグラフを示した図である。図5に示されるように、PepAを投与した群では、実施例4の結果と同様に、PBSを投与したコントロール群と比較して統計的に有意に(P=0.0012(P<0.01))、炎症面積が減少していた。また、PepDを投与した群でも、PBSを投与したコントロール群と比較して統計的に有意に(P=0.00175(P<0.01))、炎症面積が減少していた。
【0078】
以上から、ペプチドPepAまたはペプチドPepDを含む組成物が、P.acnesに対するワクチン、すなわちニキビワクチンとして有効であることが示された。
【0079】
<実施例6:ニキビ患者が保有している菌株の同定>
(16s rDNAの抽出)
ニキビ患者の患部から採取した膿をGAM平板寒天培地上にて37℃にて嫌気培養し、その一部の菌体を採取した。採取した菌体を、GAM平板寒天培地に移植してさらに嫌気培養し、単コロニーを形成させた。この単コロニーに基づく菌体を回収し、20mM NaOH水溶液に懸濁した。この懸濁液を94℃で3分間加熱し、菌体を溶解して、16S rDNAを抽出した。抽出した16S rDNAを用いて、患者に感染していた菌体における16S rDNAの塩基配列を決定した。塩基配列の決定は、3人のニキビ患者から菌体を回収して、それぞれについて行なった。
【0080】
(16S rDNAの塩基配列の決定)
鋳型DNAとして、抽出した16S rDNAを用いた。また、プライマーとして、プライマー9F(forward primer):5’−GTTTGATCCTGGCTCA−3’(配列番号5)およびプライマー800R(reverse primer):5’−TACCAGGGTATCTAATCC−3’(配列番号6)を用いた。PCRは、AmpliTaq Gold DNA Polymerase(アプライドバイオシステムズ社)を用いて、94℃で30秒間、55℃で60秒間および72℃で60秒間を30サイクルの条件で実施した。反応後、PCR産物を精製した。次いで、精製したPCR産物を用いてサイクルシークエンス反応を行なった。この反応産物を精製して、ABI PRISM 310 Genetic Analyzer System(Applied Biosystems社)に供して、解析ソフトウェアBioEditを用いて塩基配列の決定を行なった。サイクルシークエンス反応に用いたプライマーは、上述のプライマー9Fおよびプライマー536R:5’−GTATTACCGCGGCTGCTGG−3’(配列番号7)である。サイクルシークエンス反応は、96℃で10秒間、50℃で5秒間および60℃で4分間を25サイクルの条件で実施した。
【0081】
(塩基配列決定の結果)
塩基配列を決定した結果、株化された患者由来の3つの分離菌株(患者株1〜3)の何れについても、増幅箇所における16S rDNAの塩基配列(配列番号16)は、P.acnesのATCC6919株における対応する塩基配列(配列番号8)と同一の配列を有していた。患者株1について、その結果を図6に示す。したがって、患者由来の3つの分離菌株とも、P.acnesであると同定された。
【0082】
<実施例7:患者由来のP.acnesが惹起する炎症に対する、ペプチドPepAの抗炎症効果>
マウスに接種するP.acnes菌体を、実施例6において単離したニキビ患者由来のP.acnes菌体とした以外は、実施例5と同様の作業工程により、PepAの抗炎症効果を確認した。その結果を図7に示す。
【0083】
図7は、PepAによる免疫付与後、患者株1〜3(P1−P.acnes〜P3−P.acnes)それぞれをマウス腹部正中皮内に接種して、接種後5日目の炎症面積を測定した結果を示す図である。図7に示されるように、PepAの代わりにPBSを投与したコントロール群を対照に、PepA投与群は、患者株1ではP=0.0252(P<0.05)、患者株2ではP=0.0476(P<0.05)、および患者株3ではP=0.0237(P<0.05)の値を示した。すなわち、PepAの投与により、いずれの患者株の接種に対しても、統計的有意差をもって炎症面積を減少させることができた。これは、PepAが広くニキビワクチンとして有効であることを示唆していると考えられる。
【0084】
<実施例8:ニキビ患者由来のP.acnesにおけるPepAまたはPepDをコードする塩基配列の確認>
PepAおよびPepDがワクチンとして効果的に働くためには、対象となるP.acnes株がPepAまたはPepDを含むタンパク質を保持していることが望ましい。そこで、対象となるP.acnes株が、PepAまたはPepDを含むタンパク質を保持しているか否かについて、PCRによる確認およびPCR産物の塩基配列決定による塩基配列の確認を行った。
【0085】
(PCRによるPepAの確認)
PepAのアミノ酸配列をコードする塩基配列の検出に用いたプライマーとしては、プライマーL:5’−GATGAAAGCCATCCAGGAAA−3’(配列番号9)、およびプライマーR:5’−GCACACGAAACAACGCTAGA−3’(配列番号10)を用いた。PCRは、AmpliTaq Gold DNA Polymerase(アプライドバイオシステムズ社)を用いて、95℃で15秒間、60℃で20秒間および72℃で30秒間を35サイクルの条件で実施した。
【0086】
この結果、検査した患者由来P.acnesから所望の長さのPCR増幅断片が得られたため、PepAのアミノ酸配列をコードする塩基配列の存在が推認された。したがって、PepAに対応するタンパク質においてPepAと同一のアミノ酸配列を保持していることが示唆される。
【0087】
さらに、21人のボランティアから回収した検体について、PepAのアミノ酸配列をコードする塩基配列の有無について検討した結果、21例中19例で陽性を示した。本実施例において「陽性」とは、特定のプライマーを用いたPCRによって所望の長さの増幅断片が得られたことを意味している。所望の長さの増幅断片が得られなかった場合を「陰性」とする。
【0088】
同様に、上述の21人のボランティアから回収した検体について、P.acnesの16S rDNAを有しているか否かPCRにて調べた。その結果、PepAのアミノ酸配列をコードする塩基配列の検査において陽性を示した19例においては同様に陽性を示し、PepAのアミノ酸配列をコードする塩基配列の検査において陰性を示した2例においては同様に陰性を示した。すなわち、PepAのアミノ酸配列をコードする塩基配列の確認のためのPCR検査で陰性となった2例はいずれも、PepAのアミノ酸配列をコードする塩基配列が保持されていないのではなく、P.acnes菌の細胞数が非常に少なく、菌細胞自体を検出できなかったことが判明した。この結果、P.acnesの16S rDNAが確認された検体19例においては、PepAのアミノ酸配列を含むタンパク質の存在が示唆された。結果を表2に示す。
【0089】
【表2】
【0090】
さらに別の11人のボランティアから検体を回収し、上記と同様にしてP.acnesの16S rDNAをPCRにて検出した。その結果、何れの検体においてもP.acnes陽性であることが示された。また、PepAのアミノ酸配列をコードする塩基配列の有無について検討した結果、11例全てにおいて陽性を示した。同様に陽性を示した上記の19例の結果とあわせた結果を表3に示す。
【0091】
【表3】
【0092】
(PepAおよびPepDをコードする塩基配列の確認)
5人のボランティアから回収した検体および実施例1に記載のP.acnesについて、まず、PepAのアミノ酸配列をコードするDNAおよびPepDのアミノ酸配列をコードするDNAをPCRにより増幅した。PepAをコードするDNAの増幅には、プライマーとして、上述のプライマーL(配列番号9)およびプライマーR(配列番号10)を用いた。PepDをコードするDNAの増幅には、プライマーとして、プライマーomlL:5’−GGTGCTGTCGTCAATAACAACTTC−3’(配列番号14)、およびプライマーomlR:5’−GGAGTGGCCAGAGACGATCT−3’(配列番号15)を用いた。PCRは、95℃で5分間の後に、95℃で15秒間、53℃で20秒間および72℃で30秒間を35サイクル繰り返し、次いで72℃で7分間および25℃で10分間の条件で実施した。その結果を表4に示す。
【0093】
表4に示すように、全ての検体において、PepAに関しては所望のサイズのPCR産物が増幅された。増幅された場合を「陽性」として示している。一方、PepDに関しては患者株Dの検体を除いて、所望のサイズのPCR産物が増幅された。
【0094】
次いで、PCR産物の塩基配列を決定することにより、推定アミノ酸配列を決定した。塩基配列の決定には、3130xl Geneteic AnalyzerならびにSequencing Analysis Software ver5.3.1およびKB BaseCaller(何れも、Applied Biosystems社)を使用した。その結果を表4に示す。表4に示すように、PepAについては、全ての検体で配列が保持されていた。すなわち、得られた推定アミノ酸配列は配列番号1に示されるアミノ酸配列と同一であった。一方、PepDについては、患者株Cおよび患者株Eの検体において配列が保持されていた。すなわち、得られた推定アミノ酸配列が配列番号3に示されるアミノ酸配列と同一であった。患者株Aおよび患者株Bの検体においては、アミノ酸の変異が1つ含まれていた。具体的には、配列番号3に示されるアミノ酸配列のN末側から11番目のアミノ酸残基がGlnからLysに変異していた。また、この変異は、上述の実施例において各ペプチドの抗炎症効果の判定を行うために用いていた理研バイオリソースセンター由来の株においても含まれていた。なお、患者株Aは、上記実施例6におけるニキビ患者由来の検体である。
【0095】
【表4】
【0096】
しかしながら、上記実施例5および図5に示すように、PepDのアミノ酸配列に変異を含む理研バイオリソースセンター由来の株によって惹起した炎症に対しても、PepDの単独投与において抗炎症効果を得ることができる。すなわち、PepDは、1アミノ酸の変異を含むPepDを含む株によって惹起した炎症に対しても、ワクチンとして効果的に働くことができることが示されている。
【0097】
同様に、表5に挙げられた30人のボランティアから回収した検体のP.acnesについて、PepAのアミノ酸配列をコードするDNAおよびPepDのアミノ酸配列をコードするDNAをPCRにより増幅し、PCR産物の塩基配列を決定することにより、推定アミノ酸配列を決定した。結果を表5に示す。
【0098】
【表5】
【0099】
表5に示されるように、PepAは、検討した全ての検体において、そのアミノ酸配列が完全に保存されていた。表4及び表5の結果から、実際の患者由来P.acnesにおいて、PepA配列が、非常によく保存されていることが示されている。
【0100】
一方、PepDは、検討30例中20例において、そのアミノ酸配列が完全に保存されていた(66.7%)。検討30例中6例は、一部変異したアミノ酸配列(11Gln→Lys)であった。これは、上述のとおり、マウスを用いた実験で、ワクチンの有効性が確認された理研バイオリソースセンター株と同様の一部変異である。したがって、ワクチン効果有効性の観点からいえば、30例中26例において、PepDの配列は、有効であると推定される配列である(86.7%)。すなわち、PepDも、よく保存された配列であるといえる。
【0101】
以上から、PepAおよびPepDは、患者における菌体においてもよく保存されている配列を有しており、それゆえ、患者でのワクチンとしての有効性が高いと推測される。
【0102】
<実施例9:P.acnesに対するワクチンとしての利用>
(ワクチンの調製)
実施例5におけるマウスを用いたニキビ菌炎症惹起実験系において、2種類の単鎖ペプチド(PepAおよびPepD)が抗炎症効果を有することが示された。これらがより効果的に働くようにするために、PepAおよびPepDについて、MAP法によるMAPペプチドの合成を行った。これにより得られた合成ペプチドは、PepAまたはPepDの単鎖ペプチド7〜13分子が1分子のMAP骨格に結合した形態を有している。PepAおよびPepDそれぞれのMAPペプチドを混合したMAPペプチド混合液を調製し、この混合液をワクチンとして使用した。
【0103】
混合液の調製は、まず、各MAPペプチドを調製後、蒸留水にて透析し、凍結乾燥して粉末状にした。次いで、各粉末を生理食塩水(大塚製薬株式会社)に溶解し、それぞれの濃度が1mg/mlとなるようにして調製した(この溶液を、以下、「PA−MAP溶液」と呼ぶ)。得られたPA−MAP溶液について、エンドトキシン検査および細胞障害性検査を行った。エンドトキシンは、NIHに準拠した許容量(5EU以内/kg体重/1shot)を満たしていた。また、細胞障害性検査では、10μlの被験ペプチド溶液と、90μlの末梢血単核球(2×106cells/ml in plain RPMI 1640)とを、37℃で24時間、共培養し、その細胞生存率が、コントロールの生理食塩水を添加した末梢血単核球を培養した場合と同等(細胞生存率が±5%以内の相違)であり、毒性は認められなかった。
【0104】
(症例1)
調製したPA−MAP溶液を、1回あたりの接種量を100μlとし、5日間隔で5回、上記実施例8において患者株Aを保有していたニキビ患者の上腕皮下に接種した。経過観察の結果を図8に示す。
【0105】
図8に示すように、治療前(初回投与時)は、皮下ニキビ菌増殖により、皮膚全体が広い範囲で膨隆し(図中の矢印)、炎症を合併していた。初回のワクチン接種から1ヶ月後では、ニキビの膨隆は認められるものの、2箇所に分散しており、炎症所見も軽快し、局在化してきていた。最後のワクチン接種から3ヶ月後では、炎症が徐々に衰退し、ニキビも瘢痕化して、膨隆も平坦化しつつあった。なお、治療過程であるため、色素沈着が認められた。ワクチン接種による特記すべき有害事象は認められなかった。
【0106】
(症例2)
上記実施例8において患者株Cを保有していたニキビ患者から検体を回収し、P.acnesの感染の有無を、P.acnesの16S rDNAをPCR増幅することによって確認した。その結果、P.acnesの感染が陽性であることが確認された。P.acnesの16S rDNAのPCRによる増幅は、プライマーとして上述のプライマー9Fと同一の配列からなるプライマーL1およびプライマーR2:5’−GCACGTAGTTAGCCGGTGCT−3’(配列番号13)を用いて、下記の反応条件にて行った。95℃で5minの後、95℃で15sec、55℃で20secおよび72℃で30secを35cycle繰り返し、最後に72℃で7min。
【0107】
このニキビ患者に対し、調製したPA−MAP溶液を、1回あたりの接種量を300μlとし、3日間隔で5回、上腕皮下に接種した。経過観察の結果を図9に示す。
【0108】
図9に示されるように、治療前(初回投与時)に観察された頬の炎症が、初回のワクチン接種から1ヶ月後および3ヶ月後において、全体的に軽快化していた。ワクチン接種による特記すべき有害事象は認められなかった。
【0109】
(症例3)
上記実施例8において患者株Dを保有していたニキビ患者から検体を回収し、P.acnesの感染の有無を、症例2の場合と同様の条件でP.acnesの16S rDNAをPCR増幅することによって確認した。その結果、P.acnesの感染が陽性であることが確認された。
【0110】
このニキビ患者に対し、調製したPA−MAP溶液を、1回あたりの接種量を300μlとし、3日間隔で5回、上腕皮下に接種した。経過観察の結果を図10に示す。
【0111】
図10に示されるように、治療前(初回投与時)に鼻の周囲に観察された炎症が、初回のワクチン接種から1ヶ月後および3ヶ月後において、全体的に軽快化していた。ワクチン接種による特記すべき有害事象は認められなかった。
【0112】
(症例4)
上記実施例8において患者株Eを保有していたニキビ患者から検体を回収し、P.acnesの感染の有無を、症例2の場合と同様の条件でP.acnesの16S rDNAをPCR増幅することによって確認した。その結果、P.acnesの感染が陽性であることが確認された。
【0113】
このニキビ患者に対し、調製したPA−MAP溶液を、1回あたりの接種量を300μlとし、5日間隔で5回、上腕皮下に接種した。経過観察の結果を図11に示す。
【0114】
図11に示されるように、治療前(初回投与時)に頬の広範な部位に観察された炎症が、初回のワクチン接種から1ヶ月後および3ヶ月後において全体的に軽快化し、目立った炎症が認められなくなった。ワクチン接種による特記すべき有害事象は認められなかった。
【0115】
以上から、ペプチドPepAおよびペプチドPepDを含む組成物が、P.acnesに対するワクチン、すなわちニキビワクチンとして有効であることが示された。
〔産業上の利用可能性〕
本発明を用いれば、ニキビの予防/治療に対する免疫療法が可能になる。このため、本発明は、医療業、および製薬産業などに利用することができ、非常に有用である。
【図面の簡単な説明】
【0116】
【図1】プロピオニバクテリウム・アクネス接種による炎症面積の測定結果を接種部位別に示す図である。
【図2】プロピオニバクテリウム・アクネス接種による炎症面積と接種後経過時間との関係を示す図である。
【図3】ペプチドの抗炎症効果の確認のための作業工程を示す図である。
【図4】ペプチドの抗炎症効果の確認結果を示す図である。
【図5】ペプチドの抗炎症効果の別の確認結果を示す図である。
【図6】患者から単離した株と標準株との16SrDNAの塩基配列を比較した図である。
【図7】患者から単離したプロピオニバクテリウム・アクネス接種に対する、ペプチドの抗炎症効果の確認結果を示す図である。
【図8】本発明に係るワクチンを投与したニキビ患者の経過観察の写真を示す図である。
【図9】本発明に係るワクチンを投与した別のニキビ患者の経過観察の写真を示す図である。
【図10】本発明に係るワクチンを投与したさらに別のニキビ患者の経過観察の写真を示す図である。
【図11】本発明に係るワクチンを投与したさらに別のニキビ患者の経過観察の写真を示す図である。
【発明の詳細な説明】
【0001】
本PCT国際出願は、35 U.S.C.119条(e)に基づき、米国仮出願第61/396,574(2010年5月27日出願)の利益を主張し、その記載内容の全ては参照として本明細書に組み込まれる。
〔技術分野〕
本発明は、プロピオニバクテリウム・アクネスに対する抗原ペプチド、およびその利用に関するものである。
〔背景技術〕
ニキビは、思春期を中心に、また大人においても、首から顔にかけて出現することが多い炎症性の疾患である。炎症の出現場所からして、ニキビが出現したときの精神的な影響は大きい。
【0002】
これまで、種々のニキビ治療薬の開発が行われてきており、とりわけ、ニキビの病原体であるプロピオニバクテリウム・アクネス(Propionibacterium acnes)に直接作用する薬剤の開発が数多く進められてきている。
【0003】
2004年にプロピオニバクテリウム・アクネスの完全ゲノム配列が解読され、多くの遺伝子が毒性因子をコードしていることが明らかとなっている(非特許文献1参照)。そして、この情報を利用して、プロピオニバクテリウム・アクネスのシアリダーゼをワクチン開発のターゲットとした研究がなされている(非特許文献2参照)。非特許文献2においては、マウス耳介皮内で炎症が再現されている。
〔先行技術文献〕
〔非特許文献1〕Bruggemann H. et al, "The Complete Genome Sequence of Propionibacterium Acnes, a Commensal of Human Skin", Science, 2004, 305, 671-673.
〔非特許文献2〕Nakatsuji T. et al, "Vaccination Targeting a Surface Sialidase of P. acnes: Implication for New Treatment of Acne Vulgaris", PLoS ONE, 2008, 3, 2, 1-9.
〔発明の概要〕
〔発明が解決しようとする課題〕
これまで開発されてきている薬剤のほとんどが、ニキビの原因となるプロピオニバクテリウム・アクネスの菌体自体に作用して、抗炎症効果をもたらすものである。そのため、プロピオニバクテリウム・アクネスが再感染した場合、再度の炎症が惹起されることになる。また、これらの薬剤の使用は、一次的に効果的であったとしても、薬剤耐性菌の出現を促すことになる。この場合、より治療の難しい状況に陥るといった問題がある。
【0004】
そこで、本発明は上記の問題点に鑑みてなされたものであり、その目的は、持続的なニキビの治療を可能とする化合物を提供することにある。
〔課題を解決するための手段〕
ニキビに対する持続的な治療法として期待ができるのは、免疫療法、つまり、ワクチンの開発である。一度、効果的な抗ニキビ免疫が樹立(特定のプロピオニバクテリウム・アクネスの認識および免疫的記憶)されれば、少なくとも、同じプロピオニバクテリウム・アクネス菌株に対しては、再度の感染に対しても、速やかにプロピオニバクテリウム・アクネス菌の排除が進行する。したがって、免疫療法では、持続的に抗炎症効果がもたらされることが期待される。
【0005】
本発明者らは、鋭意検討を行なった結果、マウス腹部正中皮内にプロピオニバクテリウム・アクネスを接種することによって、マウス耳皮内に接種するよりも効果的に炎症を惹起できることを見出した。さらに、この炎症惹起を利用することによって、従来技術からは容易に想到し得ないアミノ酸配列からなるペプチドが、プロピオニバクテリウム・アクネスによって惹起される炎症を、非常に効率よく抑制し得ることを見出し、本発明に完成させるに至った。
【0006】
すなわち、本発明に係るペプチドは、上記課題を解決するために、以下の(a)および(b)からなる群より選択されるペプチドであることを特徴としている:
(a)配列番号1に示されるアミノ酸配列からなるペプチド;
(b)配列番号1に示されるアミノ酸配列の1または数個のアミノ酸が欠失、置換、挿入または付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、免疫応答によって、プロピオニバクテリウム・アクネス感染により惹起される炎症を抑制するペプチド。
【0007】
本発明に係るペプチドを用いれば、プロピオニバクテリウム・アクネス感染により惹起される炎症(ニキビ、および吹き出物)を抑制することができる。
【0008】
本発明に係るペプチドは、上記課題を解決するために、以下の(c)および(d)からなる群より選択されるペプチドでもある:
(c)配列番号3に示されるアミノ酸配列からなるペプチド;
(d)配列番号3に示されるアミノ酸配列の1または数個のアミノ酸が欠失、置換、挿入または付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、免疫応答によって、プロピオニバクテリウム・アクネス感染により惹起される炎症を抑制するペプチド。
【0009】
本発明に係るペプチド組成物は、以下の(e)および(f)のペプチドを含むペプチド組成物でもある:
(e)上述の(a)もしくは(b)に記載のペプチド、または、上述の(a)もしくは(b)に記載のペプチドがリンカーを介して複数結合してなる多価抗原性ペプチド形態であるペプチド;
(f)上述の(c)もしくは(d)に記載のペプチド、または、上述の(c)もしくは(d)に記載のペプチドがリンカーを介して複数結合してなる多価抗原性ペプチド形態であるペプチド。
【0010】
本発明に係るワクチンは、上述のペプチドまたはペプチド組成物を含む、プロピオニバクテリウム・アクネスに対するワクチンであることを特徴としている。
【0011】
本発明に係るポリヌクレオチドは、上述のペプチドをコードすることを特徴としている。
【0012】
本発明に係る発現ベクターは、上述のポリヌクレオチドが作動可能に連結されていることを特徴としている。本発明に係る発現ベクターを用いれば、プロピオニバクテリウム・アクネス感染により惹起される炎症を抑制することができるペプチドを提供し得る。
【0013】
本発明に係る抗体は、上述のペプチドを特異的に認識することを特徴としている。
【0014】
本発明に係るプロピオニバクテリウム・アクネスに対するワクチンの有効性の判定方法は、生体から採取した試料における上述のペプチドをコードするポリヌクレオチドの有無を検出する検出工程を含むことを特徴としている。本発明に係る判定方法を用いれば、プロピオニバクテリウム・アクネスに対するワクチンを投与する前に、その生体におけるワクチンの有効性を簡便に判定することができる。
【0015】
本発明に係るプロピオニバクテリウム・アクネスにより惹起される炎症の治療または予防をするための方法は、上記ペプチドの治療有効量を含む上述のワクチンを個体に投与する工程を含むことを特徴とする。
【0016】
また、本発明に係るプロピオニバクテリウム・アクネスにより惹起される炎症の治療または予防をするための方法は、上記ポリヌクレオチドの治療有効量を含む上述のワクチンを個体に投与する工程を含むことを特徴とする。
〔発明の効果〕
本発明に係るペプチドは非常に高い抗原性を有している。そのため、本発明に係るペプチドを用いれば、プロピオニバクテリウム・アクネスに対するワクチンを提供することができる。
〔図面の簡単な説明〕
図1は、プロピオニバクテリウム・アクネス接種による炎症面積の測定結果を接種部位別に示す図である。
図2は、プロピオニバクテリウム・アクネス接種による炎症面積と接種後経過時間との関係を示す図である。
図3は、ペプチドの抗炎症効果の確認のための作業工程を示す図である。
図4は、ペプチドの抗炎症効果の確認結果を示す図である。
図5は、ペプチドの抗炎症効果の別の確認結果を示す図である。
図6は、患者から単離した株と標準株との16SrDNAの塩基配列を比較した図である。
図7は、患者から単離したプロピオニバクテリウム・アクネス接種に対する、ペプチドの抗炎症効果の確認結果を示す図である。
図8は、本発明に係るワクチンを投与したニキビ患者の経過観察の写真を示す図である。
図9は、本発明に係るワクチンを投与した別のニキビ患者の経過観察の写真を示す図である。
図10は、本発明に係るワクチンを投与したさらに別のニキビ患者の経過観察の写真を示す図である。
図11は、本発明に係るワクチンを投与したさらに別のニキビ患者の経過観察の写真を示す図である。
〔発明を実施するための形態〕
<ペプチドおよびポリヌクレオチド>
本発明は、プロピオニバクテリウム・アクネス感染に対して免疫応答を誘導し得る抗原ペプチドを提供する。
【0017】
1つの局面において、本発明は、以下の(a)〜(d)の何れかのペプチドであり得る:
(a)配列番号1に示されるアミノ酸配列からなるペプチド;
(b)配列番号1に示されるアミノ酸配列の1または数個のアミノ酸が欠失、置換、挿入または付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、免疫応答によって、プロピオニバクテリウム・アクネスの増殖を抑制する抗体を生成するペプチド;
(c)配列番号3に示されるアミノ酸配列からなるペプチド;
(d)配列番号3に示されるアミノ酸配列の1または数個のアミノ酸が欠失、置換、挿入または付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、免疫応答によって、プロピオニバクテリウム・アクネスの増殖を抑制する抗体を生成するペプチド。
【0018】
ここで「数個のアミノ酸」とは、例えば、2個または3個のアミノ酸であり得、より好ましくは2個であり得る。
【0019】
アミノ酸が置換されている場合、例えば、LysからArgへの置換およびGluからAspへの置換などの側鎖官能基が一致しているアミノ酸への置換、ならびに、IleからValへの置換など疎水性アミノ酸から疎水性アミノ酸への置換など、同性質へのアミノ酸への置換が好ましい。
【0020】
本明細書中で使用される場合、用語「ペプチド」は、「ポリペプチド」または「タンパク質」と交換可能に使用される。
【0021】
配列番号1に示されるアミノ酸配列からなるペプチドは、Genbank/EMBL/DDBJアクセッション番号AAT84059に登録されているアミノ酸配列からなるプロピオニバクテリウム・アクネスの膜タンパク質における、90番目のアミノ酸残基から103番目のアミノ酸残基に相当するものである。また、配列番号3に示されるアミノ酸配列からなるペプチドは、Genbank/EMBL/DDBJアクセッション番号YP_056445に登録されているアミノ酸配列からなるプロピオニバクテリウム・アクネスの膜タンパク質における、260番目のアミノ酸残基から272番目のアミノ酸残基に相当するものである。上記アクセッション番号に登録されているアミノ酸配列からなるタンパク質は、上記非特許文献1で示されるゲノム解析の結果、発現していることが予測されているタンパク質である。一般的に、抗体産生にあたって抗原として有力なアミノ酸の配列は、親水性のアミノ酸および電荷に富むアミノ酸配列であり、さらに、ターン構造が推定されるアミノ酸配列である。荷電は正および負のいずれでもよく、5つ以上含まれていることが望ましい。また、選択されるアミノ酸長は、10〜15残基であることが望ましい。配列番号1または3に示されるアミノ酸配列は、この概念に基づき選択されている。
【0022】
これらのペプチドは、生体異物であるプロピオニバクテリウム・アクネスを対象とした免疫を誘導する。このときTh2優位な免疫を誘導して特異的な抗体産生を促すものと推察される。
【0023】
本発明に係るポリペプチドの作製方法は、化学合成であっても発現ベクターを用いるものであってもよい。化学合成による場合は、本発明に係るペプチドは、公知のペプチド合成法によって製造することができる。ペプチド合成法としては、液相ペプチド合成法、および固相ペプチド合成法などの化学合成法が挙げられるが、これらに限定されるものではない。発現ベクターを用いる場合は、発現ベクターを導入した形質転換体からペプチドを生成しても、インビトロ翻訳系を用いてペプチドを生成してもよい。例えば、上記ペプチドをコードするポリヌクレオチド(例えば、配列番号2または4に示される塩基配列からなるポリヌクレオチド)を挿入した発現ベクターを導入した宿主細胞中にて目的のペプチドを生成することができる。本明細書中において使用される場合、用語「形質転換体」は、細胞、組織または器官だけでなく、生物個体もまた意図される。形質転換体の作製方法としては、当該分野で周知の手順が採用されればよく、例えば、組換えベクターを宿主に導入して形質転換する方法が挙げられる。形質転換の対象となる生物は、特に限定されないが、各種微生物、植物および動物が挙げられる。また、遺伝子が導入されたか否かの確認は、PCR法、サザンハイブリダイゼーション法、およびノーザンハイブリダイゼーション法などの当該分野において周知の手順に従って行なうことができる。
【0024】
形質転換体を作製することにより本発明に係るペプチドを生成する場合には、ペプチドは、宿主細胞中において安定的に発現していることが好ましいが、一過性に発現するものであってもよい。このようにして生成されたペプチドを、公知の方法に従って精製することができる。ペプチドの精製方法としては、特に限定されないが、例えば、ゲル濾過クロマトグラフィー、イオン交換クロマトグラフィー、およびアフィニティクロマトグラフィーなどが挙げられる。
【0025】
別の局面において、本発明に係るペプチドは、以下の(a)もしくは(b)のペプチド、または以下の(c)もしくは(d)のペプチドがリンカーを介して複数結合してなる、多価抗原性ペプチド(MAP;Multiple Antigen Peptide、とも称される)形態のペプチドであり得る:
(a)配列番号1に示されるアミノ酸配列からなるペプチド;
(b)配列番号1に示されるアミノ酸配列の1または数個のアミノ酸が欠失、置換、挿入または付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、免疫応答によって、プロピオニバクテリウム・アクネスの増殖を抑制する抗体を生成するペプチド;
(c)配列番号3に示されるアミノ酸配列からなるペプチド;
(d)配列番号3に示されるアミノ酸配列の1または数個のアミノ酸が欠失、置換、挿入または付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、免疫応答によって、プロピオニバクテリウム・アクネスの増殖を抑制する抗体を生成するペプチド。
【0026】
MAPは、より高い抗原性を提示できるペプチド形態であり、特定ペプチドのC末端側にリンカーを付加し、このリンカーを介して、Lysを基に構築されたMAP骨格(マトリックス)と特定ペプチドとを結合させた多価ペプチドである。MAPの合成は、従来公知の方法により実施すればよい。MAP1分子あたりに含まれる特定ペプチドの数に特に制限はないが、5分子以上が好ましい。なお、MAP1分子あたりに含まれる特定ペプチドの数は、抗原性の観点から多いほうが好ましいため上限にも制限はないが、現在の合成技術的制限の観点から、15分子以下で合成され得る。
【0027】
特定ペプチドに付加されるリンカーを構成するアミノ酸としては、Cys残基が一般的である。しかしながら、本発明に係るMAP形態のペプチドにおいては、特定ペプチドとCys残基との間にGly残基を含むリンカーを用いている。具体的には、リンカーとして−GlyCysまたは−GlyGlyCysを特定ペプチドのC末端側に付加している。例えば、配列番号1に示されるアミノ酸配列からなるペプチドのC末端側に−GlyCysを付加し、配列番号3に示されるアミノ酸配列からなるペプチドのC末端側に−GlyGlyCysを付加している。Gly残基をCys残基と特定ペプチドのC末端との間に付加することにより、MAP骨格との結合反応に際して、特定ペプチド部分が立体障害を起こさず、リンカー部分のCys残基がMAP反応基に接近できる角度を取れるように、Cys残基に回転の自由度を与えている。本発明に係るMAP形態のペプチドにおいてリンカーはこれに限定されず、Cys残基からなる一般的なリンカーであってもよい。
【0028】
別の局面において、本発明に係るペプチドは、以下の(e)および(f)のペプチドを含むペプチド組成物として提供される:
(e)上述の(a)もしくは(b)のペプチド、または、上述の(a)もしくは(b)のペプチドがリンカーを介して複数結合してなる多価抗原性ペプチド形態であるペプチド;
(f)上述の(c)もしくは(d)のペプチド、または、上述の(c)もしくは(d)のペプチドがリンカーを介して複数結合してなる多価抗原性ペプチド形態であるペプチド。
【0029】
なお、本明細書中において使用される場合、「組成物」は各種成分が含有されている一物質であることが意図される。
【0030】
組成物の各成分の混合比は特に制限されないが、例えば、1:1(重量比)であり得る。またより高い免疫原性を提示させるために、配列番号1に示されるアミノ酸配列からなるペプチドがリンカーを介して複数結合してなる多価抗原性ペプチド形態であるペプチドと、配列番号3に示されるアミノ酸配列からなるペプチドがリンカーを介して複数結合してなる多価抗原性ペプチド形態であるペプチドと、を含むペプチド組成物であることが好ましい。
【0031】
本発明はまた、上記(a)〜(d)のペプチドをコードするポリヌクレオチドを提供する。本発明に係るポリヌクレオチドとしては、例えば、配列番号2または4に示される塩基配列からなるポリヌクレオチドが挙げられるが、これらに限定されるものではない。なお、本明細書中に使用される場合、用語「塩基配列」は、「核酸配列」または「ヌクレオチド配列」と交換可能に使用され、デオキシリボヌクレオチド(A、G、CおよびTと省略される)の配列として示される。配列番号2に示される塩基配列は、配列番号1に示されるアミノ酸配列からなるペプチドをコードするものであり、配列番号4に示される塩基配列は、配列番号3に示されるアミノ酸配列からなるペプチドをコードするものである。
【0032】
本発明に係るポリヌクレオチドは、DNAの形態であってもRNAの形態であってもよく、当業者であれば、本発明に係るペプチドのアミノ酸配列情報、およびこのペプチドをコードする塩基配列情報に基づけば容易に製造することができる。具体的には、一般的なDNA合成法、およびPCR法などによって製造することが可能である。
【0033】
本発明はさらに、上記ペプチドをコードするポリヌクレオチドを含んでいるベクターを提供する。上記ペプチドの生成に用いられる場合は、上記ベクターは、上記ポリヌクレオチドを作動可能に連結した発現ベクターであることが好ましい。本明細書中で使用される場合、用語「作動可能に連結」は、目的のペプチドをコードするポリヌクレオチドが、プロモータなどの制御領域の制御下にあって、このペプチドを宿主細胞中で発現し得る形態にあることが意図される。目的のペプチドをコードするポリヌクレオチドを発現ベクターに「作動可能に連結」して所望のベクターを構築する手順は当該分野において周知である。また、発現ベクターを宿主細胞に導入する方法もまた、当該分野において周知である。よって、当業者は、容易に所望のペプチドを宿主細胞内に生成させることができる。
【0034】
本発明に係るペプチドおよびポリヌクレオチドを用いれば、プロピオニバクテリウム・アクネスに対する免疫を誘導し得る。すなわち、本発明に係るペプチドおよびポリヌクレオチドは、プロピオニバクテリウム・アクネスに対するワクチンとして機能し得る。したがって、本発明に係るペプチドおよびポリヌクレオチドを用いれば、プロピオニバクテリウム・アクネスが惹起する皮内での炎症(ニキビ、および吹き出物)を抑制することができる。
【0035】
<ワクチン>
本発明に係るワクチンは、プロピオニバクテリウム・アクネスに対するワクチンであり、有効成分として上述のペプチドもしくはペプチド組成物または上述のポリヌクレオチドを含有している。本明細書中において使用される場合、「ワクチン」は、免疫療法(ワクチン療法)に用いられるものであり、本発明に係るペプチドに特異的な免疫応答を誘導するものが意図される。
【0036】
本発明に係るワクチンは、ワクチン組成物として提供されても、ワクチンキットとして提供されてもよい。本明細書中では、「有効成分を含有しているワクチン組成物」と「有効成分を備えているワクチンキット」を総称して、「有効成分を有しているワクチン」という。また、「キット」は各種成分の少なくとも1つが、残りの成分が含有されている物質とは異なる物質に含有されている形態であることが意図される。なお、ワクチン組成物およびワクチンキットについては、以下に詳述する。
【0037】
一般に、用語「組成物」は「二種以上の成分が全体として均質に存在し、一物質として把握されるもの」が意図され、例えば、物質Aを主成分として含有する単一物、主成分としての物質Aと物質Bとを含有する単一物であり得る。すなわち、本発明に係るワクチンは、例えば、配列番号1に示されるアミノ酸配列からなるペプチドもしくは配列番号3に示されるアミノ酸配列からなるペプチドの単独投与、またはこれら2種のペプチドの混合物の投与であり得る。2種のペプチドの混合物を用いる場合、プロピオニバクテリウム・アクネスにおいて、一方のペプチドに対応する由来抗原タンパク質のアミノ酸配列に変異が生じておりこのペプチドの抗炎症効果が失われている場合であっても、他方のペプチドによる抗炎症効果が期待できる。このような組成物は、物質Aおよび物質B以外に他の成分(例えば、薬学的に受容可能な担体)を含有してもよい。本発明に係るワクチン組成物は、後述する有効成分を物質Aまたは物質Bとして含有していることを特徴としており、単独で使用されても、他の物質または組成物と併用されてもよい。この場合、併用されるべき他の物質または組成物が本発明に係るワクチン組成物中に提供されてもされなくてもよい。後者の場合は、これらを全体として一組成物として認識し得ないが、この場合は、後述する「キット」の範疇に入り得、組成物としてではなくキットとして提供され得ることを当業者は容易に理解する。
【0038】
1つの局面において、本発明は、ワクチン組成物を提供する。一実施形態において、本発明に係るワクチン組成物は、本発明に係るペプチドを含有していることを特徴としている。別の実施形態において、本発明に係るワクチン組成物は、本発明に係るポリヌクレオチドを含有していることを特徴としている。本実施形態において、本発明に係るポリヌクレオチドは、コードするペプチドを発現し得る形態であることが好ましく、本発明に係るポリヌクレオチドが作動可能に連結されている発現ベクターの形態であることがより好ましい。このように、本発明にかかるペプチドまたはポリヌクレオチドが、ワクチンの有効成分としてプロピオニバクテリウム・アクネスに対するワクチンの調製において使用される。
【0039】
本発明に係るワクチンは、プロピオニバクテリウム・アクネスに対する予防ワクチンまたは治療ワクチンとして使用することができる。本明細書中において使用される場合、用語「予防ワクチン」は、疾患発生を予防するために未処置の個体に投与されるワクチンである。また、用語「治療ワクチン」は、既に罹患している個体に、その感染を低減もしくは最小にするか、またはこの疾患の免疫病理的結果を排除するために投与されるワクチンである。
【0040】
有効成分としての物質を含むワクチンの調製は、当業者に公知である。代表的には、本発明に係るワクチンは、溶液または懸濁液の何れかの注射可能物として調製されるが、注射前に液体に溶解または懸濁するために適切な固体形態としてもまた調製され得る。この調製物は、乳化され得るか、またはリポソーム中に乳化されたタンパク質であり得る。
【0041】
本発明に係るワクチン組成物の有効成分は、薬学的に受容可能かつ有効成分と適合性の賦形剤と混合され得る。好ましい賦形剤としては、例えば、水、生理食塩水、デキストロース、グリセロールおよびエタノールなどならびにそれらの混合物が挙げられる。さらに、所望される場合、本発明に係るワクチン組成物は、微量の補助物質(例えば、湿潤剤または乳化剤およびpH緩衝剤)を含み得る。
【0042】
本発明に係るワクチン組成物の処方形態は、種々の経路(鼻腔内投与、粘膜投与、経口投与、腟内投与、尿道投与または眼内投与)による注射(皮内、皮下および筋肉内注射を含む。)や、パッチ剤(経皮投与)および坐剤のような非経口投与形態であり得る。
【0043】
また、本発明に係るワクチン組成物の処方形態は、経口投与形態であってもよい。経口投与に用いられる場合、本発明に係るワクチン組成物は、例えば、製薬等級のマンニトール、ラクトース、澱粉、ステアリン酸マグネシウム、サッカリンナトリウム、セルロースおよび炭酸マグネシウムなどのような賦形剤が併用される。経口投与形態の組成物は、溶液、懸濁液、錠剤、丸剤、カプセル剤、徐放性処方物、または散剤の形態であり得る。ワクチン組成物が凍結乾燥形態にて提供される場合、この凍結乾燥物質は、投与前に、例えば、懸濁液として再構成され得、再構成は、好ましくは緩衝液中で行われる。
【0044】
本発明に係るワクチン組成物はまた、ワクチンの有効性を増強するためのアジュバントを含み得る。有効であり得るアジュバントの例としては、水酸化アルミニウム、リン酸アルミニウム、硫酸アルミニウムカリウム(ミョウバン)、硫酸ベリリウム、シリカ、カオリン、炭素、油中水型乳化物、水中油型乳化物、ムラミルジペプチド、細菌内毒素、脂質X、百日咳菌(Bordetella pertussis)、コリネバクテリウム・パルバム(Corynebacterium parvum)、ポリリボヌクレオチド、アルギン酸ナトリウム、ラノリン、リゾレシチン、ビタミンA、サポニン、リポソーム、レバミゾール、DEAE−デキストランおよびブロックコポリマーまたは他の合成アジュバントが挙げられるが、これらに限定されない。このようなアジュバントは、種々の供給元から市販されている。代表的には、水中油型アジュバント、水酸化アルミニウムアジュバント、またはこれらとの混合物のようなアジュバントが使用される。なお、ヒトへの適用のためには、水酸化アルミニウムが認可されている。
【0045】
他の局面において、本発明は、ワクチンキットを提供する。本発明に係るワクチンキットは、上述したワクチン組成物に対応するものであり、本発明に係るペプチドまたはポリヌクレオチドをワクチンの有効成分として備えていればよく、上述したワクチン組成物の成分をさらに備えていてもよい。
【0046】
一実施形態において、本発明に係るワクチンキットは、本発明に係るペプチドを含有していることを特徴としている。別の実施形態において、本発明に係るワクチンキットは、本発明に係るポリヌクレオチドを含有していることを特徴としている。本実施形態において、本発明に係るポリヌクレオチドは、コードするペプチドを発現し得る形態であることが好ましく、本発明に係るポリヌクレオチドが作動可能に連結されている発現ベクターの形態であることがより好ましい。
【0047】
本明細書中において使用される場合、用語「キット」は、特定の材料を内包する容器(例えば、ボトル、プレート、チューブおよびディッシュなど)を備えた包装が意図される。好ましくは各材料を使用するための指示書を備える。本明細書中においてキットの局面において使用される場合、「備えた(備えている)」は、キットを構成する個々の容器のいずれかの中に内包されている状態が意図される。また、本発明に係るキットは、複数の異なる組成物を1つに梱包した包装であり得、ここで、組成物の形態は上述したような形態であり得、溶液形態の場合は容器中に内包されていてもよい。本発明に係るキットは、物質Aおよび物質Bを同一の容器に混合して備えていても別々の容器に備えていてもよい。「指示書」は、紙またはその他の媒体に書かれていても印刷されていてもよく、あるいは磁気テープ、コンピューター読み取り可能ディスクまたはテープ、CD−ROMなどのような電子媒体に付されてもよい。本発明に係るキットはまた、希釈剤、溶媒、洗浄液またはその他の試薬を内包した容器を備え得る。さらに、本発明に係るキットは、プロピオニバクテリウム・アクネス感染によるニキビ予防/治療に適用するために必要な器具をあわせて備えていてもよい。
【0048】
このように本発明に係るワクチンを用いれば、プロピオニバクテリウム・アクネス感染によって引き起こされる炎症(ニキビ)に対して有効な予防/治療を提供し得る。
【0049】
すなわち、本発明に係るペプチドの治療有効量を含むワクチンまたは本発明に係るポリヌクレオチドの治療有効量を含むワクチンを個体に投与する工程を含む、プロピオニバクテリウム・アクネスにより惹起される炎症の治療または予防をするための方法もまた、本発明の範疇に包含されるものである。
【0050】
本明細書中において使用される場合、用語「治療有効量」は、個体に投与された場合に所望する治療効果または予防効果を提供するペプチドまたはポリヌクレオチドの量である。治療有効量は、ワクチンが投与される個体の年齢、体重およびその他の健康状態、治療対象となる炎症の状態、ならびに投与方法によって相違し得る。しかしながら一例としては、皮下投与の場合、1投与あたり5〜10μgのペプチド/kg体重または10〜50μgのポリヌクレオチド/kg体重が供給されるように各ワクチンが投与され得る。抗炎症作用に十分な免疫応答を誘導するために、各ワクチンは同一個体に対して2回以上投与されることが可能であり、その場合、一定の投与間隔で実施される。
【0051】
また別の例としては、配列番号1に示されるアミノ酸配列からなるペプチドに基づくMAPと配列番号3に示されるアミノ酸配列からなるペプチドに基づくMAPとの混合物(1:1の重量比)を含むワクチンの場合、1種のペプチドあたり100〜500μg/1shot、接種間隔が3〜5日、接種回数が5回程度で、生理食塩水にペプチドを溶解させた、皮下注射による投与もまたあり得る。
【0052】
なお、パッチ剤による投与であれば、1回の投与量が少なくて済み、また投与回数を減少でき、自己治療が可能となる。
【0053】
ここで「個体」とは、ヒトおよび非ヒト哺乳動物(例えば、ラット、マウス、ウサギ、ブタ、ウシ、およびサルなど)を意図している。
【0054】
<抗体>
本発明は、本発明に係るペプチドの何れかを特異的に認識する抗体を提供する。すなわち、本発明に係る抗体は、上述のペプチドの何れかと特異的に結合し得る。一実施形態において、本発明に係る抗体は、(1)配列番号1もしくは3に示されるアミノ酸配列からなるペプチド、または(2)配列番号1に示されるアミノ酸配列からなるペプチドもしくは配列番号3に示されるアミノ酸配列からなるペプチドからMAP法により合成された多価抗原性ペプチド、に結合することが好ましい。
【0055】
本明細書中において使用される場合、用語「抗体」は、免疫グロブリン(IgA、IgD、IgE、IgGおよびIgMならびにこれらのFabフラグメント、F(ab’)2フラグメントおよびFcフラグメント)が意図される。抗体の例としては、ポリクローナル抗体、モノクローナル抗体、単鎖抗体および抗イディオタイプ抗体が挙げられるがこれらに限定されない。
【0056】
本発明に係る抗体は、当該分野において周知の方法によって製造され得る。例えば、本発明に係るペプチドを哺乳動物の生体内に投与し、免疫反応を起こさせることによって生体内に抗体を生成することにより、得ることができる。この場合に得られる抗体は、通常ポリクローナル抗体である。モノクローナル抗体は、本発明に係るペプチドを用いて従来公知のハイブリドーマ技術などによって生産することができる。あるいは、組換えDNA技術の適用または化学合成によって産生され得る。
【0057】
本発明に係る抗体を用いれば、本発明に係るペプチドの精製を容易にすることが可能となる。例えば、本発明に係るベクターまたは形質転換体を用いて細胞内で発現させた本発明に係るペプチドを、本発明に係る抗体を用いてアフィニティ精製することによって、効率よく回収することができる。
【0058】
本発明に係る抗体は、本発明に係るペプチドと特異的に結合する抗体であればよく、本明細書中に具体的に記載した個々の免疫グロブリンの種類(IgA、IgD、IgE、IgGまたはIgM)、キメラ抗体作製方法、ペプチド抗原作製方法等によって限定されるべきではない。したがって、上記各方法以外によって取得される抗体も本発明の範囲に属することに留意しなければならない。
【0059】
<ワクチンの有効性の判定方法>
本発明に係るプロピオニバクテリウム・アクネスに対するワクチンの有効性の判定方法は、生体から採取した試料における上述のペプチドをコードするポリヌクレオチドの有無を検出する検出工程を含めばよく、その他の具体的な工程、ならびに使用する器具および装置は特に限定されるものではない。
【0060】
検出工程において上述のペプチドをコードするポリヌクレオチドが検出された場合には、この被験者は、本発明に係るワクチンを投与することにより、プロピオニバクテリウム・アクネスにより惹起される炎症が効率よく抑制される可能性が高いと判定することができる。より具体的にいえば、上述のペプチドをコードするポリヌクレオチドが検出されれば、本発明に係るワクチンが、プロピオニバクテリウム・アクネスに対して有効である可能性があると判定する。
【0061】
上述のペプチドをコードするポリヌクレオチドを検出する方法は特に制限されないが、例えば、PCR法による増幅による検出、およびPCRの反応産物の塩基配列決定による検出が可能である。反応産物の塩基配列を決定することにより、接種効果が得られる可能性の確からしさをより高めることができるが、PCR断片の増幅の有無によっても判定は可能である。例えば、上述のポリヌクレオチドを増幅させる特定のプライマーを用いて、増幅により所望の長さの断片が生成される場合(PCR検査が陽性の場合)、上述のポリヌクレオチドを保持しているプロピオニバクテリウム・アクネスに感染している可能性が高く、ワクチンの接種効果が期待できると判定できる。一方、所望の長さの断片の増幅が見られない場合(PCR検査が陰性の場合)、接種効果の期待は薄いと判定できる。なお、PCR法により増幅を行う前に、被験者から採取した試料に含まれ得るプロピオニバクテリウム・アクネスを培養により増殖させてもよい。
【0062】
本発明に係るプロピオニバクテリウム・アクネスに対するワクチンの使用判断法としては、生体から採取した試料におけるプロピオニバクテリウム・アクネスの16S rDNAの一部の配列の有無を検出する方法であってもよい。16S rDNAの一部の配列の有無を検出する方法としては、PCR法による増幅による検出、および反応産物の塩基配列決定による検出が可能である。本判断法は、患者患部の炎症がプロピオニバクテリウム・アクネスに基づくことを示し、同ワクチンを使用する根拠となり得る。
【0063】
なお、後述する実施例に示している、マウスなどの非ヒト哺乳動物の腹部正中皮内に所定の菌体濃度以上のプロピオニバクテリウム・アクネスを接種して、プロピオニバクテリウム・アクネスによる炎症を惹起させたモデル動物、および当該モデル動物の製造方法も、本発明の範疇に含まれる。当該モデル動物では、従来の炎症惹起方法よりも、効果的にプロピオニバクテリウム・アクネスによる炎症が惹起されている。これまで、抗ニキビ薬の開発に利用されている判定系は、薬剤を塗布することを念頭に置いた判定系である。そのため、ワクチンの開発にあっては、その効果をin vivoで判定する確固たる判定系がこれまでに構築されていない。上述のワクチンの有効性の判定方法、モデル動物、および当該モデル動物の製造方法は、プロピオニバクテリウム・アクネスに対するワクチンの開発に好適に利用することができる。
【0064】
以下に実施例を示し、本発明の実施の形態についてさらに詳しく説明する。もちろん、本発明は以下の実施例に限定されるものではなく、細部については様々な態様が可能であることはいうまでもない。さらに、本発明は上述した実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、それぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。また、本明細書中に記載された文献の全てが参考として援用される。
〔実施例〕
<実施例1:P.acnesの培養>
プロピオニバクテリウム・アクネス(以下、「P.acnes」という)の菌株(ATCC6919)は、理研バイオリソースセンターから購入した(JCMカタログNo.6425)。同センターからの培養条件情報に従い、購入したP.acnesを培養した。具体的には、嫌気グローブボックス内で、GAM培地(日本水産株式会社製)100mlに懸濁し、バイアルを用いて37℃で3日間、嫌気培養した。
【0065】
<実施例2:P.acnesによるマウス皮内炎症惹起>
脱気した生理食塩水に、P.acnesの生菌体数が5×107cells/ml、1×108cells/ml、または5×108cells/mlとなるように、嫌気性を保った状態で、浮遊液を調製した。嫌気性の維持は、窒素ガスの吹き付けにより行った。なお、P.acnesの生菌体数の換算は、非特許文献:Ramstad S et al., Photochem. Photobiol. Sci., 2006, 5, 66-72.を参照して、分光光度計による550nmのOD測定値が0.98〜1.02である場合を5×108cells/mlとした。
【0066】
調製したP.acnesの浮遊液50μlを、雄のBalb/cマウス(9−10週齢)の剃毛した腹部正中、頚背部、腰背部、尾根背側部または耳介に皮内接種した。皮内接種した各部における炎症面積(長径×短径:mm2)を経過測定した。各群ともに5匹を1群として検討した。
【0067】
その結果、浮遊液における菌体濃度が5×108cells/mlであるP.acnesを接種した群では、明らかな炎症が確認された。図1は、接種後5日目に観察した、各接種部位における炎症面積の結果のグラフを示す図である。図1に示されるように、皮内接種した各部において炎症が確認されたが、腹部正中皮内において最も大きい炎症面積を呈した。すなわち、マウス皮内炎症惹起において、腹部正中への皮内接種が最も効果的であった。耳介における炎症は観察した部位の中では最も軽微なものであった。図2は、腹部正中皮内接種後の各経過時間における炎症面積の結果のグラフを示す図である。図2に示されるように、腹部正中における炎症面積は、P.acnes接種後5日目に最大となった。
【0068】
一方、浮遊液における菌体濃度が5×107cells/ml、および1×108cells/mlであるP.acnesを接種した群では、何れの接種部位、何れの経過時間においても、全く炎症を惹起できなかった。
【0069】
<実施例3:ペプチドの調製>
配列番号1に示されるアミノ酸配列からなるペプチドであるPepA、または配列番号3に示されるアミノ酸配列からなるペプチドであるPepDのペプチド粉末を生理食塩水(大塚製薬株式会社製)に溶解し、800μg/mlのペプチド溶液を調製した。
【0070】
なお、比較例として、Genbank/EMBL/DDBJアクセッション番号AAT81852に登録されているアミノ酸配列からなるプロピオニバクテリウム・アクネスの膜タンパク質における、10番目のアミノ酸残基から26番目のアミノ酸残基に相当するペプチドであるPepB、およびGenbank/EMBL/DDBJアクセッション番号YP_055518に登録されているアミノ酸配列からなるプロピオニバクテリウム・アクネスの膜タンパク質における、145番目のアミノ酸残基から166番目のアミノ酸残基に相当するペプチドであるPepCを用いた。各ペプチドのアミノ酸配列の情報を表1に示す。比較例として用いた配列も、抗体産生にあたって抗原として有力なアミノ酸の配列、すなわち、親水性のアミノ酸および電荷に富むアミノ酸配列であり、さらに、ターン構造を持つアミノ酸配列の中から選択されている。また、上記アクセッション番号に登録されているアミノ酸配列からなるタンパク質は、上記非特許文献1で示されるゲノム解析の結果、発現していることが予測されているタンパク質である。
【0071】
【表1】
【0072】
<実施例4:P.acnesが惹起する炎症に対する、ペプチドPepAの抗炎症効果>
上記実施例2において、P.acnesによって惹起される炎症が最大面積を呈したのは、50μlのP.acnes(5×108cells/ml)を腹部正中皮内に接種した場合であって、接種後5日目であった。そこで、各ペプチドにおける抗炎症効果の判定を、同条件をもって、すなわち50μlのP.acnes(5×108cells/ml)の腹部正中皮内への接種、および接種後5日目における炎症面積(mm2)をもって行なった。抗炎症効果の確認のための作業工程を図3に示す。
【0073】
図3は、抗炎症効果の確認のための作業工程を模式的に示した図である。図3に示すように、P.acnes生菌体の接種18日前(図3中、Days "0")、11日前(図3中、Days "7")および4日前(図3中、Days "14")の計3回にわたって、PepA(40μg/50μl/1匹)を、雄のBalb/cマウス(1回目のPepA投与時において7週齢)の背部皮内へ投与した。次いで、P.acnesをマウスの腹部正中皮内へ接種し、接種後5日目(図3中、Days "23")に炎症面積を測定した。各群ともに10匹を1群として検討した。なお、比較例として、PepAを含まないPBSを投与した群、およびPepAの代わりにPepBまたはPepCを投与した群を用意して、同様にP.acnesを接種した。この結果を図4に示す。
【0074】
図4は、PepAによる抗炎症効果の結果のグラフを示した図である。図4に示されるように、PepAを投与した群では、PBSを投与したコントロール群と比較して統計的に有意に(P=0.00865(P<0.01))、炎症面積が減少していた。すなわち、P.acnesによって惹起される炎症について、PepAが統計的に有意に抗炎症効果を有することが示された。なお、PepBを投与した群ではP=1であり、PepCを投与した群ではP=0.1655であり、何れも統計的有意差を示さず、P.acnesによって惹起される炎症について抗炎症効果を有するとは認められなかった。
【0075】
以上から、ペプチドPepAを含む組成物が、P.acnesに対するワクチン、すなわち、ニキビワクチンとして有効であることが示された。
【0076】
<実施例5:P.acnesが惹起する炎症に対する、ペプチドPepAおよびPepDの抗炎症効果>
P.acnes接種前にマウスに投与するペプチドを、PepA、PepBおよびPepCからPepAおよびPepDに変更した以外は、実施例4と同様の条件下の炎症惹起系を用いて、各ペプチドの抗炎症効果の確認を行った。この結果を図5に示す。
【0077】
図5は、PepAおよびPepDによる抗炎症効果の結果のグラフを示した図である。図5に示されるように、PepAを投与した群では、実施例4の結果と同様に、PBSを投与したコントロール群と比較して統計的に有意に(P=0.0012(P<0.01))、炎症面積が減少していた。また、PepDを投与した群でも、PBSを投与したコントロール群と比較して統計的に有意に(P=0.00175(P<0.01))、炎症面積が減少していた。
【0078】
以上から、ペプチドPepAまたはペプチドPepDを含む組成物が、P.acnesに対するワクチン、すなわちニキビワクチンとして有効であることが示された。
【0079】
<実施例6:ニキビ患者が保有している菌株の同定>
(16s rDNAの抽出)
ニキビ患者の患部から採取した膿をGAM平板寒天培地上にて37℃にて嫌気培養し、その一部の菌体を採取した。採取した菌体を、GAM平板寒天培地に移植してさらに嫌気培養し、単コロニーを形成させた。この単コロニーに基づく菌体を回収し、20mM NaOH水溶液に懸濁した。この懸濁液を94℃で3分間加熱し、菌体を溶解して、16S rDNAを抽出した。抽出した16S rDNAを用いて、患者に感染していた菌体における16S rDNAの塩基配列を決定した。塩基配列の決定は、3人のニキビ患者から菌体を回収して、それぞれについて行なった。
【0080】
(16S rDNAの塩基配列の決定)
鋳型DNAとして、抽出した16S rDNAを用いた。また、プライマーとして、プライマー9F(forward primer):5’−GTTTGATCCTGGCTCA−3’(配列番号5)およびプライマー800R(reverse primer):5’−TACCAGGGTATCTAATCC−3’(配列番号6)を用いた。PCRは、AmpliTaq Gold DNA Polymerase(アプライドバイオシステムズ社)を用いて、94℃で30秒間、55℃で60秒間および72℃で60秒間を30サイクルの条件で実施した。反応後、PCR産物を精製した。次いで、精製したPCR産物を用いてサイクルシークエンス反応を行なった。この反応産物を精製して、ABI PRISM 310 Genetic Analyzer System(Applied Biosystems社)に供して、解析ソフトウェアBioEditを用いて塩基配列の決定を行なった。サイクルシークエンス反応に用いたプライマーは、上述のプライマー9Fおよびプライマー536R:5’−GTATTACCGCGGCTGCTGG−3’(配列番号7)である。サイクルシークエンス反応は、96℃で10秒間、50℃で5秒間および60℃で4分間を25サイクルの条件で実施した。
【0081】
(塩基配列決定の結果)
塩基配列を決定した結果、株化された患者由来の3つの分離菌株(患者株1〜3)の何れについても、増幅箇所における16S rDNAの塩基配列(配列番号16)は、P.acnesのATCC6919株における対応する塩基配列(配列番号8)と同一の配列を有していた。患者株1について、その結果を図6に示す。したがって、患者由来の3つの分離菌株とも、P.acnesであると同定された。
【0082】
<実施例7:患者由来のP.acnesが惹起する炎症に対する、ペプチドPepAの抗炎症効果>
マウスに接種するP.acnes菌体を、実施例6において単離したニキビ患者由来のP.acnes菌体とした以外は、実施例5と同様の作業工程により、PepAの抗炎症効果を確認した。その結果を図7に示す。
【0083】
図7は、PepAによる免疫付与後、患者株1〜3(P1−P.acnes〜P3−P.acnes)それぞれをマウス腹部正中皮内に接種して、接種後5日目の炎症面積を測定した結果を示す図である。図7に示されるように、PepAの代わりにPBSを投与したコントロール群を対照に、PepA投与群は、患者株1ではP=0.0252(P<0.05)、患者株2ではP=0.0476(P<0.05)、および患者株3ではP=0.0237(P<0.05)の値を示した。すなわち、PepAの投与により、いずれの患者株の接種に対しても、統計的有意差をもって炎症面積を減少させることができた。これは、PepAが広くニキビワクチンとして有効であることを示唆していると考えられる。
【0084】
<実施例8:ニキビ患者由来のP.acnesにおけるPepAまたはPepDをコードする塩基配列の確認>
PepAおよびPepDがワクチンとして効果的に働くためには、対象となるP.acnes株がPepAまたはPepDを含むタンパク質を保持していることが望ましい。そこで、対象となるP.acnes株が、PepAまたはPepDを含むタンパク質を保持しているか否かについて、PCRによる確認およびPCR産物の塩基配列決定による塩基配列の確認を行った。
【0085】
(PCRによるPepAの確認)
PepAのアミノ酸配列をコードする塩基配列の検出に用いたプライマーとしては、プライマーL:5’−GATGAAAGCCATCCAGGAAA−3’(配列番号9)、およびプライマーR:5’−GCACACGAAACAACGCTAGA−3’(配列番号10)を用いた。PCRは、AmpliTaq Gold DNA Polymerase(アプライドバイオシステムズ社)を用いて、95℃で15秒間、60℃で20秒間および72℃で30秒間を35サイクルの条件で実施した。
【0086】
この結果、検査した患者由来P.acnesから所望の長さのPCR増幅断片が得られたため、PepAのアミノ酸配列をコードする塩基配列の存在が推認された。したがって、PepAに対応するタンパク質においてPepAと同一のアミノ酸配列を保持していることが示唆される。
【0087】
さらに、21人のボランティアから回収した検体について、PepAのアミノ酸配列をコードする塩基配列の有無について検討した結果、21例中19例で陽性を示した。本実施例において「陽性」とは、特定のプライマーを用いたPCRによって所望の長さの増幅断片が得られたことを意味している。所望の長さの増幅断片が得られなかった場合を「陰性」とする。
【0088】
同様に、上述の21人のボランティアから回収した検体について、P.acnesの16S rDNAを有しているか否かPCRにて調べた。その結果、PepAのアミノ酸配列をコードする塩基配列の検査において陽性を示した19例においては同様に陽性を示し、PepAのアミノ酸配列をコードする塩基配列の検査において陰性を示した2例においては同様に陰性を示した。すなわち、PepAのアミノ酸配列をコードする塩基配列の確認のためのPCR検査で陰性となった2例はいずれも、PepAのアミノ酸配列をコードする塩基配列が保持されていないのではなく、P.acnes菌の細胞数が非常に少なく、菌細胞自体を検出できなかったことが判明した。この結果、P.acnesの16S rDNAが確認された検体19例においては、PepAのアミノ酸配列を含むタンパク質の存在が示唆された。結果を表2に示す。
【0089】
【表2】
【0090】
さらに別の11人のボランティアから検体を回収し、上記と同様にしてP.acnesの16S rDNAをPCRにて検出した。その結果、何れの検体においてもP.acnes陽性であることが示された。また、PepAのアミノ酸配列をコードする塩基配列の有無について検討した結果、11例全てにおいて陽性を示した。同様に陽性を示した上記の19例の結果とあわせた結果を表3に示す。
【0091】
【表3】
【0092】
(PepAおよびPepDをコードする塩基配列の確認)
5人のボランティアから回収した検体および実施例1に記載のP.acnesについて、まず、PepAのアミノ酸配列をコードするDNAおよびPepDのアミノ酸配列をコードするDNAをPCRにより増幅した。PepAをコードするDNAの増幅には、プライマーとして、上述のプライマーL(配列番号9)およびプライマーR(配列番号10)を用いた。PepDをコードするDNAの増幅には、プライマーとして、プライマーomlL:5’−GGTGCTGTCGTCAATAACAACTTC−3’(配列番号14)、およびプライマーomlR:5’−GGAGTGGCCAGAGACGATCT−3’(配列番号15)を用いた。PCRは、95℃で5分間の後に、95℃で15秒間、53℃で20秒間および72℃で30秒間を35サイクル繰り返し、次いで72℃で7分間および25℃で10分間の条件で実施した。その結果を表4に示す。
【0093】
表4に示すように、全ての検体において、PepAに関しては所望のサイズのPCR産物が増幅された。増幅された場合を「陽性」として示している。一方、PepDに関しては患者株Dの検体を除いて、所望のサイズのPCR産物が増幅された。
【0094】
次いで、PCR産物の塩基配列を決定することにより、推定アミノ酸配列を決定した。塩基配列の決定には、3130xl Geneteic AnalyzerならびにSequencing Analysis Software ver5.3.1およびKB BaseCaller(何れも、Applied Biosystems社)を使用した。その結果を表4に示す。表4に示すように、PepAについては、全ての検体で配列が保持されていた。すなわち、得られた推定アミノ酸配列は配列番号1に示されるアミノ酸配列と同一であった。一方、PepDについては、患者株Cおよび患者株Eの検体において配列が保持されていた。すなわち、得られた推定アミノ酸配列が配列番号3に示されるアミノ酸配列と同一であった。患者株Aおよび患者株Bの検体においては、アミノ酸の変異が1つ含まれていた。具体的には、配列番号3に示されるアミノ酸配列のN末側から11番目のアミノ酸残基がGlnからLysに変異していた。また、この変異は、上述の実施例において各ペプチドの抗炎症効果の判定を行うために用いていた理研バイオリソースセンター由来の株においても含まれていた。なお、患者株Aは、上記実施例6におけるニキビ患者由来の検体である。
【0095】
【表4】
【0096】
しかしながら、上記実施例5および図5に示すように、PepDのアミノ酸配列に変異を含む理研バイオリソースセンター由来の株によって惹起した炎症に対しても、PepDの単独投与において抗炎症効果を得ることができる。すなわち、PepDは、1アミノ酸の変異を含むPepDを含む株によって惹起した炎症に対しても、ワクチンとして効果的に働くことができることが示されている。
【0097】
同様に、表5に挙げられた30人のボランティアから回収した検体のP.acnesについて、PepAのアミノ酸配列をコードするDNAおよびPepDのアミノ酸配列をコードするDNAをPCRにより増幅し、PCR産物の塩基配列を決定することにより、推定アミノ酸配列を決定した。結果を表5に示す。
【0098】
【表5】
【0099】
表5に示されるように、PepAは、検討した全ての検体において、そのアミノ酸配列が完全に保存されていた。表4及び表5の結果から、実際の患者由来P.acnesにおいて、PepA配列が、非常によく保存されていることが示されている。
【0100】
一方、PepDは、検討30例中20例において、そのアミノ酸配列が完全に保存されていた(66.7%)。検討30例中6例は、一部変異したアミノ酸配列(11Gln→Lys)であった。これは、上述のとおり、マウスを用いた実験で、ワクチンの有効性が確認された理研バイオリソースセンター株と同様の一部変異である。したがって、ワクチン効果有効性の観点からいえば、30例中26例において、PepDの配列は、有効であると推定される配列である(86.7%)。すなわち、PepDも、よく保存された配列であるといえる。
【0101】
以上から、PepAおよびPepDは、患者における菌体においてもよく保存されている配列を有しており、それゆえ、患者でのワクチンとしての有効性が高いと推測される。
【0102】
<実施例9:P.acnesに対するワクチンとしての利用>
(ワクチンの調製)
実施例5におけるマウスを用いたニキビ菌炎症惹起実験系において、2種類の単鎖ペプチド(PepAおよびPepD)が抗炎症効果を有することが示された。これらがより効果的に働くようにするために、PepAおよびPepDについて、MAP法によるMAPペプチドの合成を行った。これにより得られた合成ペプチドは、PepAまたはPepDの単鎖ペプチド7〜13分子が1分子のMAP骨格に結合した形態を有している。PepAおよびPepDそれぞれのMAPペプチドを混合したMAPペプチド混合液を調製し、この混合液をワクチンとして使用した。
【0103】
混合液の調製は、まず、各MAPペプチドを調製後、蒸留水にて透析し、凍結乾燥して粉末状にした。次いで、各粉末を生理食塩水(大塚製薬株式会社)に溶解し、それぞれの濃度が1mg/mlとなるようにして調製した(この溶液を、以下、「PA−MAP溶液」と呼ぶ)。得られたPA−MAP溶液について、エンドトキシン検査および細胞障害性検査を行った。エンドトキシンは、NIHに準拠した許容量(5EU以内/kg体重/1shot)を満たしていた。また、細胞障害性検査では、10μlの被験ペプチド溶液と、90μlの末梢血単核球(2×106cells/ml in plain RPMI 1640)とを、37℃で24時間、共培養し、その細胞生存率が、コントロールの生理食塩水を添加した末梢血単核球を培養した場合と同等(細胞生存率が±5%以内の相違)であり、毒性は認められなかった。
【0104】
(症例1)
調製したPA−MAP溶液を、1回あたりの接種量を100μlとし、5日間隔で5回、上記実施例8において患者株Aを保有していたニキビ患者の上腕皮下に接種した。経過観察の結果を図8に示す。
【0105】
図8に示すように、治療前(初回投与時)は、皮下ニキビ菌増殖により、皮膚全体が広い範囲で膨隆し(図中の矢印)、炎症を合併していた。初回のワクチン接種から1ヶ月後では、ニキビの膨隆は認められるものの、2箇所に分散しており、炎症所見も軽快し、局在化してきていた。最後のワクチン接種から3ヶ月後では、炎症が徐々に衰退し、ニキビも瘢痕化して、膨隆も平坦化しつつあった。なお、治療過程であるため、色素沈着が認められた。ワクチン接種による特記すべき有害事象は認められなかった。
【0106】
(症例2)
上記実施例8において患者株Cを保有していたニキビ患者から検体を回収し、P.acnesの感染の有無を、P.acnesの16S rDNAをPCR増幅することによって確認した。その結果、P.acnesの感染が陽性であることが確認された。P.acnesの16S rDNAのPCRによる増幅は、プライマーとして上述のプライマー9Fと同一の配列からなるプライマーL1およびプライマーR2:5’−GCACGTAGTTAGCCGGTGCT−3’(配列番号13)を用いて、下記の反応条件にて行った。95℃で5minの後、95℃で15sec、55℃で20secおよび72℃で30secを35cycle繰り返し、最後に72℃で7min。
【0107】
このニキビ患者に対し、調製したPA−MAP溶液を、1回あたりの接種量を300μlとし、3日間隔で5回、上腕皮下に接種した。経過観察の結果を図9に示す。
【0108】
図9に示されるように、治療前(初回投与時)に観察された頬の炎症が、初回のワクチン接種から1ヶ月後および3ヶ月後において、全体的に軽快化していた。ワクチン接種による特記すべき有害事象は認められなかった。
【0109】
(症例3)
上記実施例8において患者株Dを保有していたニキビ患者から検体を回収し、P.acnesの感染の有無を、症例2の場合と同様の条件でP.acnesの16S rDNAをPCR増幅することによって確認した。その結果、P.acnesの感染が陽性であることが確認された。
【0110】
このニキビ患者に対し、調製したPA−MAP溶液を、1回あたりの接種量を300μlとし、3日間隔で5回、上腕皮下に接種した。経過観察の結果を図10に示す。
【0111】
図10に示されるように、治療前(初回投与時)に鼻の周囲に観察された炎症が、初回のワクチン接種から1ヶ月後および3ヶ月後において、全体的に軽快化していた。ワクチン接種による特記すべき有害事象は認められなかった。
【0112】
(症例4)
上記実施例8において患者株Eを保有していたニキビ患者から検体を回収し、P.acnesの感染の有無を、症例2の場合と同様の条件でP.acnesの16S rDNAをPCR増幅することによって確認した。その結果、P.acnesの感染が陽性であることが確認された。
【0113】
このニキビ患者に対し、調製したPA−MAP溶液を、1回あたりの接種量を300μlとし、5日間隔で5回、上腕皮下に接種した。経過観察の結果を図11に示す。
【0114】
図11に示されるように、治療前(初回投与時)に頬の広範な部位に観察された炎症が、初回のワクチン接種から1ヶ月後および3ヶ月後において全体的に軽快化し、目立った炎症が認められなくなった。ワクチン接種による特記すべき有害事象は認められなかった。
【0115】
以上から、ペプチドPepAおよびペプチドPepDを含む組成物が、P.acnesに対するワクチン、すなわちニキビワクチンとして有効であることが示された。
〔産業上の利用可能性〕
本発明を用いれば、ニキビの予防/治療に対する免疫療法が可能になる。このため、本発明は、医療業、および製薬産業などに利用することができ、非常に有用である。
【図面の簡単な説明】
【0116】
【図1】プロピオニバクテリウム・アクネス接種による炎症面積の測定結果を接種部位別に示す図である。
【図2】プロピオニバクテリウム・アクネス接種による炎症面積と接種後経過時間との関係を示す図である。
【図3】ペプチドの抗炎症効果の確認のための作業工程を示す図である。
【図4】ペプチドの抗炎症効果の確認結果を示す図である。
【図5】ペプチドの抗炎症効果の別の確認結果を示す図である。
【図6】患者から単離した株と標準株との16SrDNAの塩基配列を比較した図である。
【図7】患者から単離したプロピオニバクテリウム・アクネス接種に対する、ペプチドの抗炎症効果の確認結果を示す図である。
【図8】本発明に係るワクチンを投与したニキビ患者の経過観察の写真を示す図である。
【図9】本発明に係るワクチンを投与した別のニキビ患者の経過観察の写真を示す図である。
【図10】本発明に係るワクチンを投与したさらに別のニキビ患者の経過観察の写真を示す図である。
【図11】本発明に係るワクチンを投与したさらに別のニキビ患者の経過観察の写真を示す図である。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の(a)および(b)からなる群より選択される、ペプチド:
(a)配列番号1に示されるアミノ酸配列からなるペプチド;
(b)配列番号1に示されるアミノ酸配列の1または数個のアミノ酸が欠失、置換、挿入または付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、免疫応答によって、プロピオニバクテリウム・アクネス感染により惹起される炎症を抑制するペプチド。
【請求項2】
以下の(c)および(d)からなる群より選択される、ペプチド:
(c)配列番号3に示されるアミノ酸配列からなるペプチド;
(d)配列番号3に示されるアミノ酸配列の1または数個のアミノ酸が欠失、置換、挿入または付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、免疫応答によって、プロピオニバクテリウム・アクネス感染により惹起される炎症を抑制するペプチド。
【請求項3】
請求項1または2に記載のペプチドがリンカーを介して複数結合してなる多価抗原性ペプチド形態である、ペプチド。
【請求項4】
以下の(e)および(f)のペプチドを含むペプチド組成物:
(e)請求項1に記載のペプチド、または、請求項1に記載のペプチドがリンカーを介して複数結合してなる多価抗原性ペプチド形態であるペプチド;
(f)請求項2に記載のペプチド、または、請求項2に記載のペプチドがリンカーを介して複数結合してなる多価抗原性ペプチド形態であるペプチド。
【請求項5】
請求項1〜3の何れか1項に記載のペプチドまたは請求項4に記載のペプチド組成物を含む、プロピオニバクテリウム・アクネスに対する、ワクチン。
【請求項6】
請求項1または2に記載のペプチドをコードする、ポリヌクレオチド。
【請求項7】
請求項6に記載のポリヌクレオチドが作動可能に連結されている、発現ベクター。
【請求項8】
請求項6に記載のポリヌクレオチドを含む、プロピオニバクテリウム・アクネスに対する、ワクチン。
【請求項9】
請求項1〜3の何れか1項に記載のペプチドを特異的に認識する、抗体。
【請求項10】
生体から採取した試料における請求項1または2に記載のペプチドをコードするポリヌクレオチドの有無を検出する検出工程を含む、プロピオニバクテリウム・アクネスに対するワクチンの有効性の判定方法。
【請求項11】
上記ペプチドの治療有効量を含む請求項5に記載のワクチンを個体に投与する工程を含むことを特徴とする、プロピオニバクテリウム・アクネスにより惹起される炎症の治療または予防をするための方法。
【請求項12】
上記ポリヌクレオチドの治療有効量を含む請求項8に記載のワクチンを個体に投与する工程を含むことを特徴とする、プロピオニバクテリウム・アクネスにより惹起される炎症の治療または予防をするための方法。
【請求項1】
以下の(a)および(b)からなる群より選択される、ペプチド:
(a)配列番号1に示されるアミノ酸配列からなるペプチド;
(b)配列番号1に示されるアミノ酸配列の1または数個のアミノ酸が欠失、置換、挿入または付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、免疫応答によって、プロピオニバクテリウム・アクネス感染により惹起される炎症を抑制するペプチド。
【請求項2】
以下の(c)および(d)からなる群より選択される、ペプチド:
(c)配列番号3に示されるアミノ酸配列からなるペプチド;
(d)配列番号3に示されるアミノ酸配列の1または数個のアミノ酸が欠失、置換、挿入または付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、免疫応答によって、プロピオニバクテリウム・アクネス感染により惹起される炎症を抑制するペプチド。
【請求項3】
請求項1または2に記載のペプチドがリンカーを介して複数結合してなる多価抗原性ペプチド形態である、ペプチド。
【請求項4】
以下の(e)および(f)のペプチドを含むペプチド組成物:
(e)請求項1に記載のペプチド、または、請求項1に記載のペプチドがリンカーを介して複数結合してなる多価抗原性ペプチド形態であるペプチド;
(f)請求項2に記載のペプチド、または、請求項2に記載のペプチドがリンカーを介して複数結合してなる多価抗原性ペプチド形態であるペプチド。
【請求項5】
請求項1〜3の何れか1項に記載のペプチドまたは請求項4に記載のペプチド組成物を含む、プロピオニバクテリウム・アクネスに対する、ワクチン。
【請求項6】
請求項1または2に記載のペプチドをコードする、ポリヌクレオチド。
【請求項7】
請求項6に記載のポリヌクレオチドが作動可能に連結されている、発現ベクター。
【請求項8】
請求項6に記載のポリヌクレオチドを含む、プロピオニバクテリウム・アクネスに対する、ワクチン。
【請求項9】
請求項1〜3の何れか1項に記載のペプチドを特異的に認識する、抗体。
【請求項10】
生体から採取した試料における請求項1または2に記載のペプチドをコードするポリヌクレオチドの有無を検出する検出工程を含む、プロピオニバクテリウム・アクネスに対するワクチンの有効性の判定方法。
【請求項11】
上記ペプチドの治療有効量を含む請求項5に記載のワクチンを個体に投与する工程を含むことを特徴とする、プロピオニバクテリウム・アクネスにより惹起される炎症の治療または予防をするための方法。
【請求項12】
上記ポリヌクレオチドの治療有効量を含む請求項8に記載のワクチンを個体に投与する工程を含むことを特徴とする、プロピオニバクテリウム・アクネスにより惹起される炎症の治療または予防をするための方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【公表番号】特表2012−528566(P2012−528566A)
【公表日】平成24年11月15日(2012.11.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−551343(P2011−551343)
【出願日】平成23年5月23日(2011.5.23)
【国際出願番号】PCT/JP2011/062305
【国際公開番号】WO2011/149099
【国際公開日】平成23年12月1日(2011.12.1)
【出願人】(501190125)
【出願人】(511291131)
【Fターム(参考)】
【公表日】平成24年11月15日(2012.11.15)
【国際特許分類】
【出願日】平成23年5月23日(2011.5.23)
【国際出願番号】PCT/JP2011/062305
【国際公開番号】WO2011/149099
【国際公開日】平成23年12月1日(2011.12.1)
【出願人】(501190125)
【出願人】(511291131)
【Fターム(参考)】
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