説明

有機塩素を含む化学兵器の無害化処理法

【課題】有機塩素を含む危険な化学兵器を、たとえ少ない採掘量であっても、温和な条件で安全に、しかも簡便且つ経済的に無害化処理することのできる技術を確立すること。
【解決手段】有機塩素を含む化学兵器を無害化処理する方法であって、化学兵器と、当該化学兵器中の塩素に対し1.5倍モル以上のアルカリ金属アルコラートを有機溶媒中で混合し、50℃以下の温度で反応させ、反応性生物からアルカリ金属塩化物を沈殿として採取する一方、残液は燃焼処理して完全に無害化する方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は化学兵器の無害化処理法に関し、より詳細には、クロロアセトフェノンやルイサイト、アダムサイト、クロロピクリンなどの有機塩素を含む化学兵器を、安全な方法で効率よく経済的に無害化処理する方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
有機塩素を含む化学兵器とは、例えばクロロアセトフェノン、ルイサイト、クロロベンジリデンマロノニトリル、アダムサイト、窒素マスタード、ホスゲンオキシム、ジホスゲン、フェニルジクロロアルシン、エチルジクロロアルシン、クロロピクリンなどが挙げられ、これらは、呼吸による吸入、経皮吸収(液体または蒸気)、経口摂取などによって人体に重大な損傷を与えることから、戦時中に化学兵器として開発された有毒物質であり、最近、ある地域で過去の投棄・埋蔵物が発見されるに及び、その発見と無害化処理が急がれている。
【0003】
それらの化学兵器は、戦中・前の忌むべき有害な遺物であって、化学兵器の処分に関するCWC条約の締結に伴って、日本国内はもとより中国に残留している旧日本軍関連の化学兵器の処分も急務となっている。これら化学兵器の処分法は勿論汎用化されている訳ではないが、大抵の場合は燃焼法が検討され一部では実施されている様である。しかし、燃焼法で安全に処理するには大規模な燃焼設備や排ガス処理設備が必要になるばかりでなく、多量に含まれる塩素に由来して有害なダイオキシンが発生するという2次公害の問題も指摘される。
【0004】
また、もし一箇所に大量の化学兵器が埋蔵されている地域があるとすれば、ダイオキシン等の2次公害防止設備や排液処理設備なども組み込んだ大規模な焼却設備を建造して処理することも考えられる。しかし現実には、それらの化学兵器は広く分布して少量ずつ発見されることが殆どであり、その様に少量ずつ広く分散して埋蔵されている場合は、埋蔵場所毎に大規模な燃焼処理設備を建設することは現実的でない。
【0005】
そのため現在実施されているのは、発見された少量の化学兵器を発見現場から離れた大規模処理設備まで搬送して処理する方法である。しかし、少量とはいえ危険な化学兵器を運搬するには非常なリスクを伴うため、小規模な設備で安全に無害化処理できる方法の開発が望まれる。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は上記の様な事情に着目してなされたものであって、その目的は、有機塩素を含む危険な化学兵器を、たとえ少ない採掘量であっても、温和な条件で安全に、しかも簡便且つ経済的に無害化処理することのできる技術を確立することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決することのできた本発明に係る無害化処理法とは、有機塩素を含む化学兵器を無害化処理する方法であって、化学兵器と、該化学兵器中の塩素に対し1.5倍モル以上のアルカリ金属アルコラートを有機溶媒中で混合し、50℃以下の温度で反応させるところに特徴を有している。この方法を実施する際には、上記反応の後、生成するアルカリ金属塩化物を固形物として分離する一方、残液は燃焼処理することにより有機物を完全に分解して無害化するのがよい。
【0008】
また化学兵器は、前述した如く複数箇所から少量ずつ分散して発見され、採掘されることが多いことから、本発明の処理法を実施する際には、各々の採掘現場でアルカリ金属アルコラートとの反応による無害化処理を行い、殆ど無害化された生成物、即ちアルカリ金属塩化物と残液は、大規模処理設備へ送って一括処理する方法を採用すれば、危険物としての搬送リスクを最小限に抑えて安全且つ低コストで効率よく処理することができるので好ましい。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、人体にとって非常に危険な有機塩素含有化学兵器を、アルカリ金属アルコラートと50℃以下の低温で反応させることにより、少量ずつであっても安全に効率よく処理することができ、また、生成物は実質的に無害のアルカリ金属塩化物を固形物として分離すると共に、若干の毒性が残存することのある残液は焼却処理することで完全に無害化できる。特に本発明で採用される化学兵器とアルカリ金属アルコラートとの反応は、小規模な装置、たとえば移動可能なコンパクトな装置でも実施することができ、該装置で処理した後、大規模な燃焼処理設備などへ送って一括処理する方法を採用すれば、危険物としての搬送リスクを軽減しつつ安全に効率よく、しかも経済的に処理することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
化学兵器は分子中に有機塩素を含むものが多く、特に旧日本軍が製造したとされる化学兵器で塩素を含んでいないのは極僅か(ジフェニルシアノアルシン、青酸ガスなど)で、殆どは塩素を含んでいる。例えば、最も代表的な糜爛系の毒ガスは硫黄マスタード、塩化ジエチルスルフィドであり、代表的な催涙ガスはクロロアセトフェノンである。しかもこれら化学兵器の毒性は塩素に負うものが多く、脱塩素化処理することで毒性を失う化合物が大半である。また嘔吐剤であるジフェニルクロロアルシンの様な有機塩素砒素系化合物は、脱塩素化処理で完全に毒性を失うことはないが、揮発性等が大幅に低下するため取扱いの危険度は激減する。
【0011】
そのため、有機塩素含有化学兵器を処理する最も簡単な方法は、これらを燃焼設備で燃焼することにより分解する方法であるが、前述した如く燃焼法で安全に処理するには大規模な燃焼設備や排ガス処理設備が必要になるばかりでなく、多量に含まれる塩素に由来して有害なダイオキシンが発生するという2次公害の問題も懸念される。
【0012】
また、前述した如く大量の化学兵器が一箇所から集中して採掘されることは殆どなく、少量ずつ広範囲に分散して発見されることが多いので、採掘現場毎にダイオキシン等の排ガス処理設備や廃水処理設備なども組み込んだ大規模な燃焼設備を建造して処理することは現実的でない。
【0013】
そこで本発明者らは、有機塩素を含む化学兵器を小規模な装置で安全に効率よく無害化処理することのできる技術の開発を期して研究を進めてきた。その結果、前述した如く、
1)塩素含有化学兵器をアルカリ金属のアルコラートと有機溶剤中で接触させると、両者は50℃程度以下の温和な条件で簡単に反応し、有機溶剤に不溶性のアルカリ金属塩化物の沈殿と、脱塩素化されることで毒性が大幅に低減した化合物を含む残液が得られること、
2)上記反応は、反応槽と固液分離部を備えたコンパクトな設備で安全に実施できること、
3)この反応で得られる反応生成物は、有機溶剤に不溶性の固形物である無害なアルカリ金属塩化物と、脱塩素化により毒性が大幅に低減した化合物を含む残液であり、該残液は更に燃焼処理することで完全に無害化できること、
4)従って、上記1)の反応装置と固液分離機能を備えたコンパクトな設備で、採掘現場毎に化学兵器の脱塩素化処理を行い、毒性を低減した状態で生成物を大規模な処理設備へ搬送して一括処理する方法を採用すれば、危険物の搬送リスクを大幅に軽減できると共に、処理を安全に効率よく且つ経済的に実施できること
を突き止めた。
【0014】
本発明を実施するに当たっては、化学兵器を、当該化学兵器は溶解するがアルカリ金属塩化物は溶解しない有機溶剤、例えば、メタノール、エタノール等のアルコール類;エチルエーテル、メチルエーテル等のエーテル類;アセトン、メチルエチルケトン等のケトン類;酢酸エチル、酢酸メチル等のエステル類などに溶解し、これにナトリウムやカリウムなどのアルカリ金属のアルコラートを添加して反応させる。この反応は、50℃程度以下の温和な条件でも速やかに進行し、化学兵器の分子中の塩素はアルカリ金属と反応してアルカリ金属塩化物となって固定され、毒性は大幅に低減される。
【0015】
この反応は、化学兵器を構成する化合物中の塩素に対し基本的には当モル量のアルカリ金属アルコラートを使用することによって進行するが、毒性の高い化学兵器を50℃程度以下の温和な条件でより短時間に完結させるには、化学兵器中の塩素に対して1.5倍モル以上、より好ましくは2.0倍モル以上のアルカリ金属アルコラートを使用することが望ましい。
【0016】
また本発明では、反応温度を50℃以下の低温に維持することで、化学兵器からの有害ガスの発生や副次的な反応を抑えることができ、且つ急激な発熱を起こすこともなく安全に無害化反応を進めることができる。ちなみに、反応温度が50℃を超えると、化学兵器の種類によってはアルコラートとの反応速度が過大となったり副反応が起こり易くなり、或いは、急激な発熱反応により化学兵器が反応装置外へ漏洩する恐れも生じてくる。しかし、反応温度を50℃以下に抑えれば、化学兵器の如何を問わず上記のような危険を生じる恐れはない。
【0017】
尚、化学兵器の中でも性状が常温で固形のクロロアセトフェノンや粘性の高いマスタード等は、有機溶剤に溶解し、好ましくはアルコラート溶液と同じアルコールに溶解しておくことで、反応をより効率よく進めることができる。
【0018】
上記の反応を進めると、生成する有機溶剤に不溶性のアルカリ金属塩化物は反応容器内に不溶物として沈殿し、脱塩素化反応で毒性の低減した化合物は有機溶剤に溶解した残液として残る。このうちアルカリ金属塩化物は、安定で無害な無機化合物であるので、濾過、遠心分離、デカンテーションなど任意の手段で固液分離し、必要によっては有機溶剤で洗浄してから投棄し、或いは適宜の場所に集めて農薬などの製造原料として有効利用することもできる。
【0019】
上記反応には、化学兵器とアルコラートを反応させるための反応容器と、反応生成物を固液分離するための固液分離装置さえあればよく、小規模な設備で十分にその機能を果たし、或いは、これらを例えば自動車や軌道車などに搭載した可動タイプとすることも可能である。従って、埋蔵量の多少や場所の如何を問わず当該採掘現場で上記反応を行うことができる。
【0020】
なお固形物(アルカリ金属塩化物)を分離した後の残液には、化学兵器の種類によっては若干の毒性物質が含まれていることもあるので、焼却設備へ送って燃焼処理し完全に無害化すればよい。燃焼条件は特に制限されないが、通常は680℃程度以上、好ましくは750℃以上で滞留時間2秒程度以上、好ましくは5秒以上で処理することにより、有害物を完全に焼却できる。この際、残液中には実質的に有機塩素は含まれていないので、当該燃焼処理する際に、設備腐食や排ガス汚染の原因となる塩化水素ガスや有害物質であるダイオキシンなどが副生することもない。
【0021】
この燃焼処理は、上記反応設備に付帯して設けた燃焼装置で行なうことも不可能ではないが、好ましいのは、排ガスや排液処理設備を備えた専用の大規模焼却設備へ送って一括処理する方法である。ちなみに燃焼処理装置は、前述した如く排ガスや排液処理設備を含めた全体設備が大規模となり、化学兵器の採掘現場毎に建造するのは現実的でなく、複数の埋蔵地域に共通の一括焼却設備として1基乃至数基建造するだけで済ませることが望ましいからである。しかも前記残液は、脱塩素化反応により毒性が大幅に低減されており、化学兵器をそのまま搬送する場合に較べると、専用焼却設備への搬送に要する危険負担も軽微であり、該焼却設備までの距離が多少長くてもそれほどの負担にはならない。
【0022】
図1は、本発明に係る無害化処理法を例示する概念説明図であり、複数箇所の化学兵器採掘箇所で各々にアルカリ金属アルコラート処理を行い、固液分離後、固形物(塩)は廃棄する一方、残液は共通の焼却設備へ搬送して焼却することにより完全に無害化する。この際、固液分離して得た固形物(塩)も一箇所に集め、一括して処理(廃棄もしくは再利用等のための処理)することも可能である。
【0023】
本発明は以上の様に構成されており、危険な化学兵器を比較的簡単な設備で安全に且つ低コストで無害化処理することができる。特に、採掘現場毎のアルコラート処理と、該処理で生成した残液を大規模焼却設備へ搬送して一括処理するシステムを採用することにより、危険物の搬送による危険負担を最小限に抑えつつ経済的で且つ効率的な無害化処理を実現できることになった。
【実施例】
【0024】
以下、実施例を挙げて本発明の構成および作用効果をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例によって制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも可能であり、それらは何れも本発明の技術的範囲に含まれる。
【0025】
実施例1
ナトリウムエチラート15gをエタノール100gに溶かした溶液にクロロアセトフェノン5gを加え、室温(25℃)で10分間撹拌して反応させた。撹拌を停止してから30分間静置すると、底部に白色の沈殿が生成するので、濾過して沈殿を分離した。濾液中のCN濃度および塩化物イオン濃度を、前者はGC−MS(Agilent社製の品番「6890-5973」)、後者はイオンクロマトグラフィー(ダイオネックス社製の商品名「BXi-500」)によって測定したところ、いずれも検出限界(CN濃度は1ppm、塩化物イオン濃度は0.1ppm)以下であった。
【0026】
また、濾液を廃油用焼却炉(メトロボックスエンジニアリング社製の「ミニミニサンプラー」、燃焼温度;750℃、滞留時間;2秒以内)によって燃焼したところ、排ガス中に塩素や塩素含有化合物は検出されなかった。濾取した沈殿からエタノールを揮発除去したところ、残部は塩化ナトリウムでCN含有化合物は検出されなかった。
【0027】
実施例2
ナトリウムエチラート15質量%を含むプロピルアルコール溶液100gにクロロアセトフェノン5gを加え、室温(25℃)で10分間撹拌して反応させた。撹拌を停止してから30分間静置すると、底部に白色の沈殿が生成するので、濾過して沈殿を分離した。濾液中のCN濃度および塩化物イオン濃度を実施例1と同様の方法で測定したところ、いずれも検出限界(CN濃度は1ppm、塩化物イオン濃度は0.1ppm)以下であった。
【0028】
また、濾液を実施例1で用いたのと同じ廃液用焼却炉で燃焼したところ、排ガス中に塩素や塩素含有化合物は検出されなかった。濾取した沈殿からプロピルアルコールを揮発除去したところ、残部は塩化ナトリウムでCN含有化合物は検出されなかった。
【0029】
実施例3
ナトリウムエチラート14.5質量%のエタノール溶液60リットルに、クロロアセトフェノン5.2kgを加えて溶解し、これをエアー駆動の撹拌機で1時間撹拌した後、2時間静置した。上澄み液を採取してCNを検出したところ、検出限界(1ppm)以下であった。また、濾液を実施例1で用いたのと同じ廃液用焼却炉で燃焼したところ、排ガス中に塩素や塩素含有化合物は検出されなかった。濾取した沈殿からエタノールを揮発除去したところ、残部は塩化ナトリウムでCN含有化合物は検出されなかった。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】本発明の代表的な無害化処理法を例示する概念図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
有機塩素を含む化学兵器を無害化処理する方法であって、化学兵器と、当該化学兵器中の塩素に対し1.5倍モル以上のアルカリ金属アルコラートを有機溶媒中で混合し、50℃以下の温度で反応させることを特徴とする有機塩素含有化学兵器の無害化処理法。
【請求項2】
上記反応の後、生成するアルカリ金属塩化物を固形物として分離すると共に、残液は燃焼処理する請求項1に記載の無害化処理法。
【請求項3】
複数箇所から分散して採掘される有機塩素含有化学兵器を、当該採掘位置付近でアルカリ金属アルコラートと反応させ、生成物は大規模処理設備へ搬送して処理する請求項1または2に記載の無害化処理法。

【図1】
image rotate