説明

溶接ロボット制御システム

【課題】 アーク溶接時のリトラクトスタート制御をスムーズにかつ良好に行うことのできる溶接ロボット制御システムを提供する。
【解決手段】 本発明の溶接ロボット制御システムは、溶接ワイヤ15をワークWに一旦接触させ、両者を離間させた後に、溶接ワイヤ15とワークWとの間にアークを発生させて溶接を行うものであって、溶接ワイヤ15を送給することにより溶接ワイヤ15をワークWに向けて移動させるワイヤ送給装置16と、溶接ワイヤ15を所定の溶接位置に導く溶接トーチ14をワークWから離間させる方向に移動させるロボット制御装置20とを備え、ロボット制御装置20は、ワイヤ送給装置16によって溶接ワイヤ15を送給させることにより、アークの発生が開始される溶接トーチ14の溶接開始位置Spから溶接ワイヤ15とワークWとが接触する接触位置に溶接ワイヤ15をワークWに向けて移動させ、ロボット制御装置20によって溶接トーチ14を移動させることにより、溶接ワイヤ15を接触位置から溶接開始位置Spに移動させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本願発明は、ワーク(被溶接物)に対して溶接を行う溶接ロボット制御システムに関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、ワークに対して溶接を行う溶接ロボットの制御において、リトラクトスタート制御と呼称される制御が行われている。リトラクトスタート制御とは、アーク溶接における開始制御方法のひとつであり、溶接に用いられる溶接ワイヤとワークとを溶接開始前に一旦接触させた後、即座に離間させてアークを発生させる制御である。
【0003】
溶接ワイヤをワークから離間させることを「溶接ワイヤリトラクト」と一般的に呼称されており、溶接ワイヤをアークから離間させつつ、アークの発生を開始させることから、本制御は「リトラクトスタート制御」と呼称されている。このリトラクトスタート制御により、溶接開始時に発生するスパッタを低減させることができるため、溶接異常が発生しやすいアーク開始時の溶接処理を良好に行うことができる。
【0004】
図5は、従来の溶接ロボット制御システムの構成を示し、図6は、上記リトラクトスタート制御が実施された場合の溶接ワイヤとワークとの位置関係を示す図である。
【0005】
この制御システムは、溶接ロボット10、ロボット制御装置20、及び溶接電源装置30によって大略構成されており、溶接ワイヤ15を消耗電極として用いながらワークWに対して溶接を施すものである。また、後述するワイヤ送給装置16によって溶接ワイヤ15を送給することによりそれをワークWに向けて移動させたり、溶接ワイヤ15を引き込むことによりそれをワークWから離間させたりして、上記したリトラクトスタート制御を実現可能にするものである。
【0006】
溶接ロボット10は、複数のアーム12と、それらの両端又は片端に接続された複数の駆動モータ13とを備えている。複数の駆動モータ13は、ロボット制御装置20に記憶され、予め定められた作業プログラムに基づいて駆動制御され、最も先端のアーム12に取り付けられた溶接トーチ14を上下前後左右に移動させる。
【0007】
溶接ロボット10は、ワイヤ送給装置16を備え、ワイヤ送給装置16は、それに備えられた送給モータ17が溶接電源装置30によって正回転に駆動されることにより、溶接ワイヤ15をコイルライナ19を介して溶接トーチ14に向けて送給させる。また、ワイヤ送給装置16は、送給モータ17が逆回転に駆動されることにより、溶接ワイヤ15を引き込む。溶接トーチ14は、溶接ワイヤ15を所望の溶接点や退避点に導くものである。
【0008】
溶接電源装置30は、溶接トーチ14とワークWとの間に溶接電圧を印加し、溶接ワイヤ15とワークWとの間にアークを発生させるための装置である。また、溶接電源装置30は、上記したように、溶接ワイヤ15を送給させる、あるいは引き込ませるために、ワイヤ送給装置16の送給モータ17を駆動する機能を有する。
【0009】
上記構成において、リトラクトスタート制御が行われるときの作用について説明すると、ロボット制御装置20は、溶接ロボット10を駆動制御し、溶接ロボット10に設けられた溶接トーチ14を、予め教示された溶接開始位置Sp(図6のH1参照)まで移動させ、溶接トーチ14をその位置で停止させる。
【0010】
次いで、溶接電源装置30は、ワイヤ送給装置16の送給モータ17を正回転させる。これにより、溶接ワイヤ15は、図6のH2に示すように、コイルライナ19内を通過しながらワークWに向けて進行する(以下、このときの動作を「前進送給」という。)。
【0011】
溶接電源装置30は、溶接ワイヤ15とワークWとが短絡したことを検出するための図示しない短絡/アーク判別回路を備えており、この短絡/アーク判別回路によって溶接ワイヤ15がワークWに接触したことが判別されると、ワイヤ送給装置16の送給モータ17を逆回転させる。これにより、溶接ワイヤ15は、図6のH3に示すように、ワイヤ送給装置16側に引き込まれ、ワークWから離間する(以下、このときの動作を「後進動作」という。)。なお、図6のH3において、「↑」は溶接ワイヤ15が引き込まれていることを示している。このとき、溶接電源装置30は、溶接ワイヤ15とワークWとの間に、小電流値の初期電流Isを通電し、これにより、初期アークA1を発生させる。
【0012】
その後、溶接電源装置30は、所定のタイミングで送給モータ17を再び正回転させ、溶接ワイヤ15を通常の送給速度で再びワークWに向けて送給させる。これとともに溶接ワイヤ15とワークWとの間に、初期電流Isより大の溶接電流Icを通電する。これにより、溶接ワイヤ15とワークWとの間にアークA2(図6のH4参照)が発生する。一方、ロボット制御装置20は、溶接ロボット10を駆動制御し、停止させていた溶接トーチ14を予め教示しておいた溶接方向へ移動させる。これにより、通常のアーク溶接が施される(図6のH5参照)。
【0013】
上記したようなリトラクトスタート制御は、溶接ワイヤ15の送給及び引き込みによるものであるが、以下の点で問題点があった。すなわち、溶接ワイヤ15の送給によるリトラクトスタート制御では、溶接ワイヤ15の前進送給が後退移動に切り替えられるとき、時間遅れが生じる。
【0014】
すなわち、ワイヤ送給装置16の送給モータ17が前進送給の正回転から後退移動の逆回転に切り替えられるため、送給モータ17の応答時間遅れが上記時間遅れの原因のひとつとなる。
【0015】
また、ワイヤ送給装置16の送給モータ17と溶接トーチ14とをつなぐコイルライナ19の曲がりによる溶接ワイヤ15の遊び分を後退送給によりキャンセルするための遅れが上記時間遅れの原因のひとつとなる。すなわち、コイルライナ19は、図7に示すように、チューブ状に形成され、一端がワイヤ送給装置16に、他端が溶接トーチ14にそれぞれ接続されている。ワイヤ送給装置16では、ワイヤリール41から供給される溶接ワイヤ15が、送給モータ17によって回転駆動されるガイドローラ42に挟持されるようにして繰り出される。
【0016】
溶接ワイヤ15は、コイルライナ19の内部を通して移動され、例えば前進送給されるときには、図7に示すコイルライナ19の内部の略上側部分に沿って移動される(図7の実線参照)。また、引き込まれるときには、コイルライナ19の内部の略下側部分に沿って移動される(図7の点線参照)。そのため、溶接ワイヤ15が送給されるときと、引き込まれるときとでは、図7に示すような遊び分Dが生じる。
【0017】
また、上記したリトラクトスタート制御では、送給モータ17の応答遅れによる遅れと、コイルライナ19内を通る溶接ワイヤ15の遊び分Dをキャンセルするための遅れとを合わせたトータルの応答遅れ時間は、例えば300〜500msecとなっている。
【0018】
溶接ワイヤ15の動作が前進送給から後退移動に切り替えられるときの応答遅れ時間は、リトラクトスタート制御における処理時間の増大の要因になる。すなわち、例えば自動車用部品の溶接においては、数秒程度といった短時間のみアークを発生させる溶接を多点箇所にわたって行う場合が多い。このようなケースにおいて、アークの発生開始毎に余分な時間が必要になると、生産性を悪化させるといった問題が生じる。
【0019】
また、同様の応答遅れ時間は、後退移動から前進送給に切り替えて通常のアークを発生させるときにも生じる。すなわち、初期アークA1(図6のH3参照)が発生した後に、溶接ワイヤ15の動作が後退移動から前進送給に切り替えられる際、上記の応答遅れ時間が発生すると、比較的大きな定常の溶接電流Icを通電した状態で、溶接ワイヤ15の送給速度が過渡的に小さな値となる。そのため、溶接ワイヤ15の溶融速度が送給速度より早くなり、溶接ワイヤ15の先端とワークWとの間の距離が増大することによりアーク長が延びてしまうことがある。このアーク長の増大が、ビード不良等の溶接欠陥を引き起こす原因となる。
【0020】
そこで、上記のような溶接ワイヤ15の送給によるリトラクトスタート制御に代えて、例えば特許文献1に記載されているように、溶接ロボット10の動作、すなわち溶接トーチ14を移動させることによるリトラクトスタート制御が提案されている。つまり、この溶接トーチ14の移動によるリトラクトスタート制御では、溶接ワイヤ15の送給又は引き込みによって行われていた動作を溶接トーチ14の移動によって行うようにしている。
【0021】
【特許文献1】特開2002−205169号公報
【0022】
上記公報の記載の技術に基づいて、溶接トーチ14の移動によるリトラクトスタート制御について、図8を参照して説明する。
【0023】
ロボット制御装置20は、溶接ロボット10を駆動制御し、溶接トーチ14を予め教示された溶接開始位置Sp(図8のH1参照)まで移動させる。次いで、溶接ワイヤ15をワークWに向けて近づけるように溶接トーチ14を移動させる(図8のH2参照)。
【0024】
上記した図示しない短絡/アーク判別回路によって溶接ワイヤ15がワークWに接触したことが判別されると、溶接ロボット10の動作によって、溶接ワイヤ15の送給方向とは逆方向、すなわち溶接ワイヤ15をワークWから遠ざけるように溶接トーチ14を移動させる。このとき、溶接電源装置30は、溶接ワイヤ15とワークWとの間に、予め定めた小電流値の初期電流Isを通電する。この通電により、初期アークA1(図8のH3参照)が発生すると、初期アークを維持したままで後退移動を継続し、溶接トーチ14を溶接開始位置Spに復帰させる(図8のH4参照)。
【0025】
溶接トーチ14が溶接開始位置Spに復帰した時点で、溶接ワイヤ15を通常の送給速度Wsで前進送給するとともに、溶接ワイヤ15とワークWとの間に、通常の溶接電流Icを通電してアークA2を発生させる(図8のH4参照)。また、同時に溶接トーチ14を予め教示しておいた溶接方向に移動させることにより、通常のアーク溶接が施される(図8のH5参照)。
【0026】
このような溶接トーチ14の移動によるリトラクトスタート制御においては、溶接ワイヤ15の送給によるリトラクトスタート制御のように、初期アークA1から通常のアークA2を生じさせるとき、送給モータ17を用いて溶接ワイヤ15の送給方向を反転させることは不要である。したがって、上記した送給モータ17による反転遅れやコイルライナ19内の溶接ワイヤ15の遊び分Dによる遅れ等についての応答遅れ時間をなくすことができ、アークの発生開始毎に余分な時間が必要になることもなく、生産性を悪化させるといった問題も解消することができる。また、アーク溶接時にアーク長が増大するようなことはなく、ビード不良等の溶接欠陥を抑制することができる。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0027】
ところが、溶接トーチ14の移動によるリトラクトスタート制御においても、以下に示す遅れ時間による問題点がある。すなわち、このリトラクトスタート制御では、図略の短絡/アーク判別回路によって溶接ワイヤ15がワークWに接触したことが判別されたとき、溶接トーチ14を即座に前進動作から後退動作へ切り替えなければならないのであるが、このときに動作遅延時間が発生する。
【0028】
より具体的には、溶接ワイヤ15がワークWに接触したことを判別したとき、駆動モータ13は、即座にその回転を停止することができない。すなわち、溶接トーチ14が例えば300cm/分の速度で前進動作している場合、数mmもしくは数十mm、惰走してしまい、この惰走の後に溶接トーチ14が停止し、後退動作に移行する。この惰走により、溶接ワイヤ15がワークWに衝突し、溶接ワイヤ15の先端部が屈曲してしまい、その後の後退動作で初期アークA1を発生させることができないといった問題がある。
【0029】
一般に、溶接ロボット10のアーム12を駆動するための駆動モータ13の負荷である慣性モーメントは、ワイヤ送給装置16の溶接ワイヤ15を送給するためのガイドローラ42(図7参照)を駆動するための送給モータ17にかかる慣性モーメントの10倍以上である。そのため、溶接ロボット10においては、アーム12と溶接ワイヤ15とでは、アーム12の方が圧倒的に止まり難いという機械的特性を有する。また、アーム12の動作を滑らかにするために、アーム12を駆動するサーボ(図略)には各種のサーボフィルター(図略)が組み込まれており、これも溶接ワイヤ15と比べてアーム12を止まり難くする要因となっている。
【0030】
本願発明は、上記した事情のもとで考え出されたものであって、アーク溶接時のリトラクトスタート制御をスムーズにかつ良好に行うことのできる溶接ロボット制御システムを提供することを、その課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0031】
上記の課題を解決するため、本願発明では、次の技術的手段を講じている。
【0032】
本願発明によって提供される溶接ロボット制御システムは、溶接ワイヤを被溶接物に一旦接触させ、両者を離間させた後に、前記溶接ワイヤと前記被溶接物との間にアークを発生させて溶接を行う溶接ロボット制御システムであって、前記溶接ワイヤを送給することにより前記溶接ワイヤを前記被溶接物に向けて移動させるワイヤ送給手段と、前記溶接ワイヤを所定の溶接位置に導く溶接トーチを前記被溶接物から離間させる方向に移動させるトーチ移動手段と、前記ワイヤ送給手段によって前記溶接ワイヤを送給させることにより、前記アークの発生が開始される前記溶接トーチの第1の位置から前記溶接ワイヤと前記被溶接物とが接触する接触位置に前記溶接ワイヤを前記被溶接物に向けて移動させ、前記トーチ移動手段によって前記溶接トーチを移動させることにより、前記溶接ワイヤを前記接触位置から前記第1の位置に移動させる動作制御手段と、を備えることを特徴としている(請求項1)。
【0033】
この構成によれば、溶接ワイヤを被溶接物(ワーク)に一旦接触させ、両者を離間させた後に、溶接ワイヤと被溶接物との間にアークを発生させるといった、いわゆるリトラクトスタート制御が行われる溶接ロボットの制御システムにおいて、溶接ワイヤを被溶接物に接近させるときには、溶接ワイヤを送給させるワイヤ送給手段が用いられ、溶接ワイヤを被溶接物から離間させるときには、溶接トーチを移動させるトーチ移動手段が用いられる。
【0034】
従来の構成では、溶接ワイヤを被溶接物に向けて移動させる及び離間させる場合に、いずれも溶接ワイヤを送給させるワイヤ送給手段が用いられ、溶接ワイヤを送給するための送給モータを反転させるために遅延時間が生じていた。また、従来の他の構成では、溶接ワイヤを被溶接物に向けて移動させる及び離間させる場合に、いずれも溶接トーチを移動させるトーチ移動手段が用いられ、溶接トーチを移動させるための駆動モータを反転させるために遅延時間が生じていた。しかしながら、本願発明では、溶接ワイヤを被溶接物に向けて移動させる場合に、ワイヤ送給手段が用いられ、溶接ワイヤを被溶接物から離間させる場合に、トーチ移動手段が用いられるため、それぞれのモータを反転させる必要がなく、遅延時間も生じない。したがって、アーク発生開始毎に余分な時間を費やすことがなく、生産性の向上が図れるとともに、上記遅延時間によるアーク溶接時における弊害を抑制することができる。
【0035】
好ましい実施の形態によれば、前記動作制御手段は、前記溶接ワイヤを前記被溶接物に向けて移動させるとき、予め前記第1の位置から前記接触位置側に第1所定距離、離れた第2の位置に前記トーチ移動手段によって前記溶接トーチを移動させるとよい(請求項2)。
【0036】
他の好ましい実施の形態によれば、前記動作制御手段は、前記第1の位置から第1所定距離、離れた第2の位置に前記トーチ移動手段によって前記溶接トーチを移動させる前に、前記溶接ワイヤを前記被溶接物に向けて第2所定距離送給させるとよい(請求項3)。
【0037】
本願発明のその他の特徴及び利点は、添付図面を参照して以下に行う詳細な説明によって、より明らかとなろう。
【発明を実施するための最良の形態】
【0038】
以下、本願発明の好ましい実施の形態を、添付図面を参照して具体的に説明する。 なお、以下の説明では、背景技術の欄で説明した図5を再び参照する。
【0039】
本願発明に係る溶接ロボットが適用される制御システムは、溶接ロボットに設けられた溶接トーチによってワークに対して溶接を施すものであり、特にこの制御システムでは、リトラクトスタート制御が行われる。リトラクトスタート制御とは、上述したように、溶接に用いられる溶接ワイヤと被溶接物であるワークとを溶接開始前に一旦接触させ、即座に離間させた後、アークを発生させる制御である。
【0040】
この制御システムは、図5に示したように、溶接ロボット10と、ロボット制御装置20と、溶接電源装置30とによって大略構成されている。
【0041】
溶接ロボット10は、ワークWに対して例えばアーク溶接を自動で行うものである。溶接ロボット10は、フロア等の適当な箇所に固定されるベース部材11と、それに複数の軸を介して連結された複数のアーム12と、複数のアーム12の両端又は片端に設けられた複数の駆動モータ13(一部図示略)とによって構成されている。
【0042】
溶接ロボット10には、最も先端側に設けられたアーム12の先端部に、溶接トーチ14が設けられている。溶接トーチ14は、溶加材としての例えば直径1mm程度の溶接ワイヤ15をワークWの所定の溶接位置に導くものである。溶接ロボット10は、ロボット制御装置20によって複数の駆動モータ13が回転駆動されることにより、複数のアーム12を制御し、結果的に溶接トーチ14を上下前後左右に移動可能とする。
【0043】
駆動モータ13には、図示しないエンコーダが設けられている。エンコーダの出力は、ロボット制御装置20に与えられ、ロボット制御装置20では、エンコーダの出力によって溶接トーチ14の現在位置を認識するようになっている。
【0044】
溶接ロボット10の上部には、ワイヤ送給装置16が設けられている。ワイヤ送給装置16は、溶接トーチ14に対して溶接ワイヤ15を送り出すためのものである。ワイヤ送給装置16は、溶接ワイヤ15が巻回された図示しないリールと、リールを回転させる送給モータ17とによって構成され、送給モータ17は、溶接電源装置30によって回転駆動される。
【0045】
ワイヤ送給装置16には、溶接ワイヤ15を案内するためのコイルライナ19が接続されている。コイルライナ19は、チューブ状に形成され、溶接ワイヤ15の直径より大の内径を有している。コイルライナ19の先端は、溶接トーチ14に接続されており、コイルライナ19によって案内された溶接ワイヤ15は、溶接トーチ14に導かれている(図7参照)。
【0046】
溶接実行時に、ワイヤ送給装置16の送給モータ17が溶接電源装置30によって回転駆動されると、ワイヤリール41(図7参照)が回転し、それに巻回された溶接ワイヤ15がコイルライナ19の内部に繰り出される。繰り出された溶接ワイヤ15は、溶接トーチ14から外部に突出して消耗電極として機能する。
【0047】
なお、本実施形態においては、溶接電源装置30は、送給モータ17を正回転又は必要に応じて逆回転させる。送給モータ17が正回転されると、溶接ワイヤ15がワークWに向けて繰り出される。一方、送給モータ17が逆回転されると、ワークWに対する送給方向とは逆方向に溶接ワイヤ15が引き込まれる。
【0048】
また、溶接電源装置30は、送給モータ17を通常溶接時の回転速度で回転させる。さらに、溶接電源装置30は、通常溶接時の回転速度より小の初期回転速度で回転させる。これらの制御により、溶接ワイヤ15の送給速度は、2段階に切換可能となる。
【0049】
ロボット制御装置20は、溶接ロボット10の動作を制御するためのものである。ロボット制御装置20は、図1に示すように、動作制御回路21と、インターフェース回路22とによって構成されている。ロボット制御装置20は、インターフェース回路22を介して溶接電源装置30と接続されており、溶接電源装置30と各種信号をやり取りする。
【0050】
動作制御回路21は、図示しないマイクロコンピュータ及びメモリを有し、メモリには、溶接ロボット10の各種の動作が設定された作業プログラムが記憶されている。動作制御回路21は、作業プログラム及び図示しないエンコーダからの座標情報等に基づいて、溶接ロボット10に対して動作制御信号Mcを与えることにより、各駆動モータ13を回転駆動させて、溶接トーチ14をワークWの所定の溶接開始位置に移動させたり、溶接後、所定の退避位置に移動させたりする。
【0051】
ロボット制御装置20は、ユーザによって各種動作を設定するための図示しない操作設定装置が接続されている。動作制御回路21は、例えばこの操作設定装置からの溶接開始信号Stが入力されると、溶接トーチ14を溶接開始位置Spに移動させる制御を行う。
【0052】
また、動作制御回路21は、詳細は後述するが、溶接トーチ14を溶接開始位置Spに移動させた後、溶接ワイヤ15の送給方向に溶接開始位置Spから予め決められた距離Lfだけ移動させる制御を行う。なお、上記距離Lfの値は、予め作業プログラム中に設定されていてもよいし、上記操作設定装置から操作入力されてもよい。
【0053】
動作制御回路21は、インターフェース回路22を介して溶接電源装置30に対して電圧設定信号Vs、出力開始信号On、及び溶接トーチ14が溶接開始位置Spに復帰したことを示す復帰信号Rpを出力する。
【0054】
動作制御回路21は、上記した溶接開始信号Stが入力されると、インターフェース回路22を介して溶接電源装置30に電圧設定信号Vsを出力する。電圧設定信号Vsは、溶接電源装置30から出力される電圧を設定するものである。
【0055】
動作制御回路21は、溶接トーチ14を距離Lfだけ移動させた後、インターフェース回路22を介して溶接電源装置30に出力開始信号Onを出力する。出力開始信号Onは、溶接電源装置30からワイヤ送給装置16の送給モータ17の駆動を開始させるものである。
【0056】
動作制御回路21は、短絡/アーク判別信号Saによって溶接ワイヤ15とワークWとが短絡したことを示す短絡信号を溶接電源装置30からインターフェース回路22を介して受け取ると、溶接ロボット10に対して動作制御信号Mcを出力し、溶接トーチ14を後退(溶接ワイヤ15の送給方向とは反対方向)移動させ、溶接開始位置Spに復帰させる。
【0057】
動作制御回路21は、溶接トーチ14を溶接開始位置Spへ復帰移動させると、インターフェース回路22を介して溶接電源装置30に復帰信号Rpを出力する。また、溶接ロボット10に対して動作制御信号Mcを出力し、溶接ロボット10を教示された溶接方向に移動させる。
【0058】
動作制御回路21は、通常のアーク溶接時における溶接ワイヤ15の送給速度を設定するための送給速度設定信号Wsをインターフェース回路22を介して溶接電源装置30に出力する。
【0059】
溶接電源装置30は、溶接ワイヤ15(又は溶接トーチ14)とワークWとの間に溶接電圧Vwを印加するための装置であるとともに、溶接ワイヤ15の送給を行うための装置である。溶接電源装置30は、図1に示すように、出力制御回路31と、電圧検出回路32と、短絡/アーク判別回路33と、送給制御回路34と、インターフェース回路35とを備えている。
【0060】
出力制御回路31は、例えば複数のサイリスタ素子からなる3相ブリッジ位相制御回路を有し、外部から入力される商用電源(例えば3相200V)を3相ブリッジ位相制御回路によって例えばサイリスタ位相制御を行って、アークを安定に維持するために適した高電圧の溶接電圧Vw及び溶接電流Iwを出力するものである。
【0061】
出力制御回路31の出力は、例えば正極側がワークWに接続され、負極側が溶接トーチ14に接続されている。なお、溶接トーチ14の先端には図示しないコンタクトチップが装着されており、このコンタクトチップを介して溶接ワイヤ15に出力制御回路31からの溶接電圧Vwが給電されるようになっている。これにより、ワークWと溶接ワイヤ15との間に溶接電圧Vwを印加することができ、溶接電圧Vwが印加されることにより、溶接ワイヤ15の先端とワークWとの間にアークが発生され、その熱で溶接ワイヤ15を溶融させることにより、ワークWに対して溶接が施されるようになっている。
【0062】
電圧検出回路32は、出力制御回路31の出力端の電圧である溶接電圧Vwを検出するものである。電圧検出回路32は、短絡/アーク判別回路33に対して電圧検出信号Vdを出力する。
【0063】
短絡/アーク判別回路33は、電圧検出回路32から供給される電圧検出信号Vdに基づいて、溶接ワイヤ15とワークWとが接触したか否かを検出するとともに、アークが正常に生じているか否かを検出する回路である。短絡/アーク判別回路33は、電圧検出信号Vdによって溶接ワイヤ15とワークWとの間が接触状態と判別したとき、短絡/アーク判別信号Saとして短絡信号(Highレベルの信号)をインターフェース回路35を介してロボット制御装置20に出力するとともに、送給制御回路34及び出力制御回路31にも出力する。
【0064】
短絡/アーク判別回路33は、アーク発生状態のとき、短絡/アーク判別信号Saとしてアーク発生信号(Lowレベルの信号)を溶接電源インターフェース回路35を介してロボット制御装置20に出力する。なお、アーク発生信号としては、短絡/アーク判別信号Saが一旦Highレベルになった後のLowレベルの信号がアーク発生状態を示す。
【0065】
送給制御回路34は、ワイヤ送給装置16の送給モータ17に対して溶接ワイヤ15の送給を行うための送給制御信号Fcを出力するものである。送給制御信号Fcは、例えば溶接ワイヤ15を送給方向に送り出すか、又は送給方向とは反対方向に引き込むかを示す信号である。また、送給制御信号Fcは、溶接ワイヤ15の送給速度を示す信号である。すなわち、溶接ワイヤ15の送給速度としては、通常溶接時の送給モータ17の回転速度Wsに対応する速度と、通常溶接時の回転速度より小の送給モータ17の初期回転速度に対応する速度とがある。
【0066】
送給制御回路34には、ロボット制御装置20からインターフェース回路35を介して出力開始信号On、溶接トーチ14が溶接開始位置Spに復帰したことを示す復帰信号Rp、及び通常のアーク溶接時の溶接ワイヤ15の送給速度を設定するための送給速度設定信号Wsが入力される。
【0067】
送給制御回路34は、ロボット制御装置20からの出力開始信号Onが入力されると、予め定められた初期送給速度設定値Wiを表す送給制御信号Fcを送給モータ17に出力する。これにより、溶接ワイヤ15は、ワークWに向かって初期送給速度で前進送給される。この前進送給は、短絡/アーク判別回路33からの短絡信号(Highレベルの信号)を受け取るまでの間、行われる。
【0068】
送給制御回路34は、復帰信号Rpが入力されると、ロボット制御装置20から入力される通常の送給速度設定信号Wsに相当する送給速度を表す送給制御信号Fcを送給モータ17に出力する。これにより、溶接ワイヤ15は、ワークWに向かって通常の送給速度で前進送給される。
【0069】
一方、出力制御回路31は、ロボット制御装置20からインターフェース回路35を介して電圧設定信号Vs、出力開始信号On、及び復帰信号Rpが入力される。出力制御回路31は、短絡/アーク判別回路33からの短絡/アーク判別信号Saとしての短絡信号が入力されると、予め定めた小電流値の初期電流IsをワークWに向けて流す。初期電流Isは、復帰信号Rpが入力されるまで継続して出力される。また、出力制御回路31は、復帰信号Rpが入力されると、電圧設定信号Vsに相当する溶接電流IcをワークWに向けて流す。
【0070】
次に、上記構成における作用について、図2に示すタイミングチャートを参照して説明する。なお、図中(a) は動作制御信号Mcの変化状態を示し、(b) は溶接開始信号Stの変化状態を示し、(c) は出力開始信号Onの変化状態を示し、(d) は送給制御信号Fcの変化状態を示し、(e) は短絡/アーク判別信号Saの変化状態を示し、(f) は復帰信号Rpの変化状態を示し、(g) は溶接電流Iwの変化状態を示し、(h) は溶接ワイヤ15の先端とワークWとの間の距離Lwの変化状態を示す。以下では、時刻t1〜t6ごとに順を追って説明する。
【0071】
(1)時刻t1〜t2の期間
時刻t1においては、図2(b) に示すように、ユーザによって図示しない操作入力装置から溶接開始信号Stが入力されると(すなわち溶接開始信号StがLowレベルからHighレベルに変化すると)、ロボット制御装置20の動作制御回路21は、図2(a) に示すように、動作制御信号Mcを溶接ロボット10に出力し、溶接ロボット10の各駆動モータ13を回転駆動させて、溶接トーチ14を退避位置から移動させ、図2のH1に示すように、予め教示された溶接開始位置Spに到着させる(時刻t2参照)。
【0072】
(2)時刻t2〜t3の期間
時刻t2において、動作制御回路21は、図2(a) に示すように、動作制御信号Mcを継続して溶接ロボット10に出力し、溶接トーチ14を溶接開始位置Spからさらに溶接ワイヤ15の送給方向(図2では下向き)に予め定められた距離Lfだけ移動させ、溶接ロボット10を停止させる(時刻t3参照)。
【0073】
この距離Lf分の前進動作は、溶接ワイヤ15とワークWとの接触後に実行される溶接ロボット10による溶接トーチ14の後退動作を行うときの後退しろを確保するためである。すなわち、溶接ワイヤ15が溶接トーチ14から十分に突出されていない場合、距離Lfの前進動作を行わずに、溶接開始位置Spから溶接ワイヤ15の前進動作を行うと、次の溶接ロボット10による後退動作で、溶接ワイヤ15の先端が溶接開始位置Spの上方へ位置してしまうことになる。このようになると、必要以上にアーク長が長くなることとなり、溶接品質に悪影響を及ぼしてしまう。したがって、溶接開始位置Spから距離Lfだけ前進動作させることにより、上記アーク長が長くなってしまうことを抑制するようにしている。
【0074】
(3)時刻t3〜t4の期間
次いで、動作制御回路21は、溶接トーチ14を距離Lfだけ移動させた後、時刻t3において、同図(c)に示すように、出力開始信号On(Highレベルの信号)を溶接電源装置30に対して出力する。
【0075】
溶接電源装置30の送給制御回路34は、動作制御回路21から出力開始信号Onが入力されると、同図(d) に示すように、予め定められた初期送給速度設定値Wiを表す送給制御信号Fcを送給モータ17に出力する。これにより、送給モータ17は回転駆動し、溶接ワイヤ15を、ワークWに対して初期送給速度で前進送給させる。そのため、同図(h) に示すように、溶接ワイヤ15の先端とワークWとの間の距離Lwは徐々に短くなる。
【0076】
(4)時刻t4〜t5の期間
時刻t4において、図2のH3に示すように、溶接ワイヤ15の前進送給によって溶接ワイヤ15の先端がワークWに接触すると、短絡/アーク判別回路33は、電圧検出回路32からの電圧検出信号Vdに基づいて、図2(e) に示すように、短絡/アーク判別信号Saとして短絡信号を送給制御回路34、出力制御回路31、及びロボット制御回路20の動作制御回路21に対して出力する(すなわち、短絡/アーク判別信号SaをLowレベルからHighレベルに変化させる)。
【0077】
送給制御回路34は、短絡/アーク判別信号Saとしての短絡信号が入力されると、図2で(d) に示すように、送給モータ17に対する動作制御信号Fcの出力を停止する。そのため、送給モータ17の回転が停止され、溶接ワイヤ15の送給が中止される。
【0078】
また、動作制御回路21は、短絡/アーク判別信号Saとしての短絡信号が入力されると、図2(a) に示すように、動作制御信号Mcを溶接ロボット10に出力し、溶接ロボット10を動作させて溶接トーチ14を溶接開始位置Spまで後退移動させる。
【0079】
また、溶接電源装置30の出力制御回路31は、短絡/アーク判別信号Saとしての短絡信号が入力されると、図2(g) に示すように、予め定めた小電流値の初期電流Isを通電する。この初期電流Isの通電は、出力制御回路31に復帰信号Rpが入力されるまで行う。
【0080】
時刻t4〜t5の期間中、動作制御回路21は溶接トーチ4を後退移動させるが、図2(h) に示すように、溶接ロボット10の駆動モータ13の起動応答遅れによって応答遅れ時間T1(例えば100(ms)以下)が生じる。すなわち、この応答遅れ時間T1の間は、溶接ワイヤ15の先端とワークWとの間の距離Lwは、0(mm)であり、両者が接した状態が継続する。
【0081】
しかしながら、この応答遅れ時間T1は、動作制御回路21から溶接ロボット10に対して動作制御信号Mcが入力されてから各駆動モータ13が駆動し、溶接トーチ14がワークWから離間するまでの間の時間である。すなわち、溶接トーチ14を移動させることによるリトラクトスタート制御を行っていた従来の構成では、溶接トーチ14が前進送給し、ワークWに接触後、即座に溶接トーチ14を後進移動させていた。そのため、回転駆動させていた駆動モータ13を一旦停止させ、さらに逆回転させており、そのときに応答遅れ時間を生じさせていた。これに対し、前進送給を各駆動モータ13の駆動に依存していない、つまり前進送給を送給モータ17によって行い、後進移動を駆動モータ13によって行っている本実施形態では、従来の構成に比べ、応答遅れ時間T1を大幅に少なくすることができる。
【0082】
また、従来の構成では、コイルライナ19内を通る溶接ワイヤ15の遊び分Dによっても応答遅れ時間が生じていた。すなわち、図7に示したように、溶接ワイヤ15は、コイルライナ19の内部を通過して送り出される、又は引き込まれるため、ワイヤ送給装置16によって送り出された後、反転されて即座に引き込まれると、溶接ワイヤ15の先端は、上記遊び分Dによって一瞬、停止する時間が生じ、これが応答遅れ時間となる。
【0083】
しかしながら、本実施形態では、コイルライナ19の内部を通過する溶接ワイヤ15は、送り出されるのみであり、反転して引き込まれることがないため、コイルライナ19内で生じる遊び分Dは生じなくなり、結果的に応答遅れ時間も生じなくなる。
【0084】
(5)時刻t5〜t6の期間
時刻t5〜t6の期間において、図2(a) に示すように、動作制御回路21は引き続き動作制御信号Mcを溶接ロボット10に出力し、図2のH4に示すように、溶接トーチ14を後退移動させる。なお、図2のH4において、「↑」は溶接トーチ14が後退移動(上昇)していることを示している。これにより、溶接ワイヤ15とワークWとが離間する。このとき、溶接ワイヤ15とワークWとの間には、出力制御回路31によって初期電流Isを通電しているので、これにより、初期アークA1(図2のH4参照)が発生する。
【0085】
時刻t5〜t6の期間においては、溶接トーチ14の後退移動が継続されるため、図2(h) に示すように、溶接ワイヤ15の先端と、ワークWとの間の距離Lwは徐々に長くなり、時刻t6において溶接トーチ14は、図2のH5に示すように、溶接開始位置Spに復帰する。
【0086】
(6)時刻t6〜t7の期間
時刻t6において溶接トーチ14が溶接開始位置Spに達すると、動作制御回路21は、復帰信号Rpを出力制御回路31及び送給制御回路34に対して出力する。送給制御回路34は、時刻t6において、復帰信号Rpが入力されると、図2(d) に示すように、送給制御信号Fcとして通常の送給速度(ロボット制御回路21から出力された送給速度信号Wsに相当する送給速度)で溶接ワイヤ15を出力させるための信号を送給モータ17に出力する。これにより、溶接ワイヤ15はワークWに向かって通常の溶接時の送給速度で前進送給される。
【0087】
また、出力制御回路31は、復帰信号Rpが入力されると、電圧設定信号Vsに相当する溶接電圧Vwを出力するとともに、図2(g) に示すように、大電流値の溶接電流Icを通電する。この通電により、アークA2が発生される(図2のH5参照)。ロボット制御装置20の動作制御回路21は、溶接ロボット10に対して動作制御信号Mcを出力し、溶接トーチ14を予め教示しておいた溶接方向に移動させる。これにより、通常のアーク溶接が施される(図2のH6参照)。
【0088】
ここで、時刻t6〜t7の期間においては、溶接トーチ14の後退移動から予め定める教示点に応じた溶接方向への移動に切り換えるため、溶接ロボット10の駆動モータ13の応答遅れ時間が生じる。しかしながら、溶接トーチ14は、移動方向が鉛直方向から水平方向に変化するだけであるので、これによる駆動モータ13の応答遅れ時間は短く、アーク長には影響を与えない。
【0089】
また、時刻t6〜t7の期間においては、図2(h) に示すように、溶接ワイヤ送給装置16の送給モータ17の応答遅れ時間T2が発生する。しかしながら、溶接ワイヤ送給装置16の送給モータ17は、従来の構成のように、逆回転から正回転へ反転するのではなく、正回転に開始されるだけであるので、これによる応答遅れ時間T2は短い。したがって、アーク長が長くなることが抑制され、良好なアーク溶接を施すことができる。
【0090】
このように、本実施形態では、リトラクトスタート制御を行う際、溶接ワイヤ15をワークWに向けて移動させるときには、ワイヤ送給装置16の送給モータ17を駆動させ、溶接ワイヤ15をワークWから離間させるときには、溶接ロボット10の各駆動モータ13を駆動させて溶接トーチ14を移動させる。
【0091】
従来の構成では、溶接ワイヤ15をワークWに向けて移動させる及び離間させる場合に、いずれも溶接ワイヤ15を送給させることによりなされ、溶接ワイヤ15を送給するための送給モータ17を反転させるために遅延時間が生じていた。また、従来の他の構成では、溶接ワイヤ15をワークWに向けて移動させる及び離間させる場合に、いずれも溶接トーチ14を移動させることによりなされ、溶接トーチ14を移動させるための駆動モータ13を反転させるために遅延時間が生じていた。
【0092】
しかしながら、本実施形態では、溶接ワイヤ15をワークWに向けて移動させる及び離間させる場合に、溶接ワイヤ15を送給させる、あるいは溶接トーチ14を移動させるといった異なる方法がそれぞれ用いられているため、送給モータ17及び駆動モータ13を反転させる必要がなく、遅延時間も生じない。したがって、アーク発生開始毎に余分な時間を費やすことがなく、生産性の向上が図れるとともに、上記遅延時間によるアーク溶接時における弊害を抑制することができる。
【0093】
図3は、本実施形態の変形例に係るタイミングチャートを示す図である。上記した実施形態では、溶接トーチ14を溶接開始位置Spからさらに溶接ワイヤ14の送給方向に予め定められた距離Lfだけ移動させている。このとき、溶接トーチ14からの溶接ワイヤ15の突き出し量が長く、溶接ワイヤ14の先端とワークWとの間の距離Lw(mm)が距離Lfより短い場合、距離Lf分だけワイヤ送給方向へ溶接トーチ14が移動することによって、溶接ワイヤ14がワークWと干渉してしまい溶接ワイヤ15が座屈してしまうことがある。
【0094】
そのため、このような場合には、溶接ワイヤ14の送給方向に予め決められた距離Lfだけ溶接トーチ14を移動させる前に、予め決められた所定時間(あるいは距離)だけ溶接ワイヤ15を後退移動させるようにしてもよい。これにより、その後のアーク溶接を確実に実行することが可能になる。
【0095】
より具体的には、溶接トーチ14を溶接開始位置Spに移動させた後、送給制御回路34は、図3(d) に示すように、ワイヤ送給装置16の送給モータ17に負側の送給制御信号Fcを出力し、送給モータ17を予め決められた所定時間、逆回転させる。これにより、溶接ワイヤ15は送給方向とは反対方向に引き込まれることになり、溶接トーチ14からの溶接ワイヤ15の突き出し量が長くなるといったことを抑えることができる。
【0096】
なお、この変形例では、送給モータ14を逆回転させて溶接ワイヤ15を引き込み、その後、通常溶接時のアークA2を発生させるときに溶接ワイヤ15を再び前進送給させるのであるが、溶接ワイヤ15を一旦引き込んだ後に送り出すと、図7に示したように、コイルライナ19内における溶接ワイヤ15の遊び分Dのために、遅延時間が生じる。
【0097】
そこで、送給モータ17を逆回転させて溶接ワイヤ15を引き込んだ後に、送給モータ17を正回転させて溶接ワイヤ15を押し出して、コイルライナ19内における溶接ワイヤ15の遊び分Dをなくするようにしてもよい。すなわち、送給制御回路34は、図4に示すように、ワイヤ送給装置16の送給モータ17に負側の送給制御信号Fcを出力し、送給モータ17を予め決められた所定時間、逆回転させる。
【0098】
その後、送給制御回路34は、ワイヤ送給装置16の送給モータ17に正側の送給制御信号Fcを出力し、送給モータ17を予め決められた所定時間、正回転させる。これにより、溶接ワイヤ15を引き込んだ後、アーク発生時に溶接ワイヤ15を再び前進送給させるときに溶接ワイヤ15の遊び分のために生じる遅延時間をもなくすることができる。なお、上記の制御は、溶接開始信号Stを受けてから、溶接開始位置Spにロボットが到達するまでには時間的な余裕がある場合が多いため、可能となるものである。
【0099】
また、上記実施形態では、溶接ロボット10の各駆動モータ13を駆動させることにより、溶接トーチ14を後退移動させて溶接開始位置Spに戻すようにしているが、溶接開始位置Spからさらに予め決められた後退距離Ls分だけ溶接トーチ14を後退移動させ、距離Lsの後退移動が完了したときに復帰信号Rp(Highレベルの信号)を出力するようにしてもよい。
【0100】
また、上記実施形態では、溶接ロボット10の各駆動モータ13を駆動させることにより、溶接トーチ14を移動させて溶接開始位置Spに戻すようにしている。すなわち、溶接ワイヤ15の前進送給を停止した状態で、溶接開始位置Spに復帰させることにより後退動作を行っているが、これに代えて、溶接ワイヤ15のワークWへ初期送給速度で前進送給を継続しながら上記後退動作を行うようにしてもよい。ただし、この場合には、溶接ワイヤ15の初期送給速度より溶接ロボット10の後退速度の方が早いことが条件となる。
【0101】
また、上記実施形態では、ロボット制御装置20の動作制御回路21は、溶接トーチ14を溶接開始位置Spからさらにワイヤ送給方向に予め決められた距離Lfだけ移動させた後に溶接トーチ14を停止させる。この動作に代えて、溶接開始位置Spへの移動動作とその後の距離Lf分の移動動作を、駆動モータ13を停止させることなく継続して動作させて行ってもよい。これにより、アーク溶接の開始時間を短縮することが可能となる。
【0102】
また、復帰信号Rpが出力された場合、短絡/アーク判別回路33によって、電圧検出回路32からの電圧検出信号Vdに基づいて、通常溶接時のアークが発生していないことが判明したとき、本実施形態に係るワイヤリトラクトスタート制御処理を再度実行するようにしてもよい。これにより、さらにアーク溶接開始時における溶接不良率を改善することが可能になる。
【0103】
もちろん、この発明の範囲は上述した実施の形態に限定されるものではない。上記実施形態では、短絡/アーク判別回路33は、溶接電源装置30内に設けられているが、これに代えて、ロボット制御装置20に備えられたワイヤタッチ検出回路(図略)によって、溶接ワイヤ15がワークWに短絡(接触)していることを検出するようにしてもよい。
【図面の簡単な説明】
【0104】
【図1】本願発明に係る溶接ロボット制御システムを構成する各装置の内部構成を示す図である。
【図2】制御システムの各信号のタイミングチャートを示す図である。
【図3】変形例に係る各信号のタイミングチャートを示す図である。
【図4】他の変形例に係る各信号のタイミングチャートを示す図である。
【図5】従来の溶接ロボット制御システムの構成を示す図である。
【図6】従来のリトラクトスタート制御を説明するための図である。
【図7】従来の他のリトラクトスタート制御を説明するための図である。
【図8】コイルライナとワイヤ送給装置との構成を示す図である。
【符号の説明】
【0105】
10 溶接ロボット
13 駆動モータ
14 溶接トーチ
15 溶接ワイヤ
16 ワイヤ送給装置
17 送給モータ
19 コイルライナ
20 ロボット制御装置
21 動作制御回路
30 溶接電源装置
31 出力制御回路
32 電圧検出回路
34 送給制御回路
33 短絡/アーク判別回路
Fc 送給制御信号
Iw 溶接電流
Lw 溶接ワイヤの先端とワークWとの間の距離
Mc 動作制御信号
Rp 復帰信号
On 出力開始信号
Sa 短絡/アーク判別信号
St 溶接開始信号
W ワーク(被溶接物)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶接ワイヤを被溶接物に一旦接触させ、両者を離間させた後に、前記溶接ワイヤと前記被溶接物との間にアークを発生させて溶接を行う溶接ロボット制御システムであって、
前記溶接ワイヤを送給することにより前記溶接ワイヤを前記被溶接物に向けて移動させるワイヤ送給手段と、
前記溶接ワイヤを所定の溶接位置に導く溶接トーチを前記被溶接物から離間させる方向に移動させるトーチ移動手段と、
前記ワイヤ送給手段によって前記溶接ワイヤを送給させることにより、前記アークの発生が開始される前記溶接トーチの第1の位置から前記溶接ワイヤと前記被溶接物とが接触する接触位置に前記溶接ワイヤを前記被溶接物に向けて移動させ、
前記トーチ移動手段によって前記溶接トーチを移動させることにより、前記溶接ワイヤを前記接触位置から前記第1の位置に移動させる動作制御手段と、を備えることを特徴とする、溶接ロボット制御システム。
【請求項2】
前記動作制御手段は、
前記溶接ワイヤを前記被溶接物に向けて移動させるとき、予め前記第1の位置から前記接触位置側に第1所定距離、離れた第2の位置に前記トーチ移動手段によって前記溶接トーチを移動させる、請求項1に記載の溶接ロボット制御システム。
【請求項3】
前記動作制御手段は、
前記第1の位置から第1所定距離、離れた第2の位置に前記トーチ移動手段によって前記溶接トーチを移動させる前に、前記溶接ワイヤを前記被溶接物に向けて第2所定距離送給させる、請求項2に記載の溶接ロボット制御システム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2006−26642(P2006−26642A)
【公開日】平成18年2月2日(2006.2.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−204501(P2004−204501)
【出願日】平成16年7月12日(2004.7.12)
【出願人】(000000262)株式会社ダイヘン (990)
【出願人】(000005197)株式会社不二越 (625)
【Fターム(参考)】