説明

置換されたフェナントレン環構造を有する化合物および有機エレクトロルミネッセンス素子

【課題】高効率、高耐久性の有機EL素子用の材料として、電子の注入・輸送性能に優れ、正孔阻止能力を有し、薄膜状態での安定性が高い優れた特性を有する有機化合物の提供。
【解決手段】一般式(1)で表される2位および7位が芳香族炭化水素基、縮合多環芳香族基または芳香族複素環基で置換されたフェナントレン環構造を有する化合物および、一対の電極とその間に挟まれた少なくとも一層の有機層を有する有機EL素子において、該化合物が、少なくとも1つの有機層の構成材料として用いられていることを特徴とする有機EL素子。


(式中、Ar1およびAr2は同一でも異なってもよく、置換もしくは無置換の芳香族炭化水素基、置換もしくは無置換の縮合多環芳香族基または置換もしくは無置換の芳香族複素環基を表す。)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、各種の表示装置に好適な自発光素子である有機エレクトロルミネッセンス(EL)素子に適した化合物と素子に関するものであリ、詳しくは2位および7位が芳香族炭化水素基、縮合多環芳香族基または芳香族複素環基で置換されたフェナントレン環構造を有する化合物と、該化合物を用いた有機EL素子に関するものである。
【背景技術】
【0002】
有機EL素子は自己発光性素子であるため、液晶素子にくらべて明るく視認性に優れ、鮮明な表示が可能であるため、活発な研究がなされてきた。
【0003】
1987年にイーストマン・コダック社のC.W.Tangらは各種の役割を各材料に分担した積層構造素子を開発することにより有機材料を用いた有機EL素子を実用的なものにした。彼らは電子を輸送することのできる蛍光体と正孔を輸送することのできる有機物とを積層し、両方の電荷を蛍光体の層の中に注入して発光させることにより、10V以下の電圧で1000cd/m2以上の高輝度が得られるようになった(例えば、特許文献1および特許文献2参照)。
【0004】
【特許文献1】特開平8−48656号公報
【特許文献2】特許第3194657号公報
【0005】
現在まで、有機EL素子の実用化のために多くの改良がなされ、各種の役割をさらに細分化して、基板上に順次、陽極、正孔注入層、正孔輸送層、発光層、電子輸送層、電子注入層、陰極を設けた電界発光素子によって高効率と耐久性が達成されている(例えば、非特許文献1参照)。
【0006】
また発光効率の更なる向上を目的として三重項励起子の利用が試みられ、燐光発光体の利用が検討されている(例えば、非特許文献2参照)。
【0007】
【非特許文献1】応用物理学会第9回講習会予稿集55〜61ページ(2001)
【非特許文献2】応用物理学会第9回講習会予稿集23〜31ページ(2001)
【0008】
発光層は、一般的にホスト材料と称される電荷輸送性の化合物に、蛍光体や燐光発光体をドープして作製することもできる。上記、非特許文献1および非特許文献2に記載されているように、有機EL素子における有機材料の選択は、その素子の効率や耐久性など諸特性に大きな影響を与える。
【0009】
有機EL素子においては、両電極から注入された電荷が発光層で再結合して発光が得られるが、電子の移動速度より正孔の移動速度が速いため、正孔の一部が発光層を通り抜けてしまうことによる効率低下が問題となる。そのため電子の移動速度の速い電子輸送材料が求められている。
【0010】
代表的な発光材料であるトリス(8−ヒドロキシキノリン)アルミニウム(以後、Alq3と略称する)は電子輸送材料としても一般的に用いられるが、正孔阻止性能があるとは言えない。
【0011】
正孔の一部が発光層を通り抜けてしまうことを防ぎ、発光層での電荷再結合の確率を向上させる方策には、正孔阻止層を挿入する方法がある。正孔阻止材料としてはこれまでに、トリアゾール誘導体(例えば、特許文献3参照)やバソクプロイン(以後、BCPと略称する)、アルミニウムの混合配位子錯体(例えば、BAlq)などが提案(例えば、非特許文献2参照)されている。
【0012】
例えば、正孔阻止性に優れた電子輸送材料として、3−(4−ビフェニリル)−4−フェニル−5−(4−t−ブチルフェニル)−1,2,4−トリアゾール(以後、TAZと略称する)が提案されている(例えば、特許文献3参照)。
【0013】
【特許文献3】特許第2734341号公報
【0014】
TAZは仕事関数が6.6eVと大きく正孔阻止能力が高いために、真空蒸着や塗布などによって作製される蛍光発光層や燐光発光層の、陰極側に積層する電子輸送性の正孔阻止層として使用され、有機EL素子の高効率化に寄与している(例えば、非特許文献3参照)。
【0015】
しかし電子輸送性能が低いことがTAZにおける大きな課題であり、より電子輸送性能の高い電子輸送材料と組み合わせて、有機EL素子を作製することが必要であった(例えば、非特許文献4参照)。
【0016】
【非特許文献3】第50回応用物理学関係連合講演会28p−A−6講演予稿集1413ページ(2003)
【非特許文献4】応用物理学会有機分子・バイオエレクトロニクス分科会会誌11巻1号13〜19ページ(2000)
【0017】
また、BCPにおいても仕事関数が6.7eVと大きく正孔阻止能力が高いものの、ガラス転移点(Tg)が83℃と低いことから、薄膜の安定性に乏しく、正孔阻止層として十分に機能しているとは言えない。
【0018】
いずれの材料も膜安定性が不足しており、もしくは正孔を阻止する機能が不十分である。有機EL素子の素子特性を改善させるためには、電子の注入・輸送性能と正孔阻止能力に優れ、薄膜状態での安定性が高い有機化合物が求められている。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0019】
本発明の目的は、高効率、高耐久性の有機EL素子用の材料として、電子の注入・輸送性能に優れ、正孔阻止能力を有し、薄膜状態での安定性が高い優れた特性を有する有機化合物を提供し、さらにこの化合物を用いて、高効率、高耐久性の有機EL素子を提供することにある。本発明に適した有機化合物の物理的な特性としては、(1)電子の注入特性が良いこと、(2)電子の移動速度が速いこと、(3)正孔阻止能力に優れること、(4)薄膜状態が安定であること(5)耐熱性に優れていることをあげることができる。また、本発明に適した素子の物理的な特性としては、(1)発光効率が高いこと、(2)発光開始電圧が低いこと、(3)実用駆動電圧が低いこと、(4)最大発光輝度が高いことをあげることができる。
【課題を解決するための手段】
【0020】
そこで本発明者らは上記の目的を達成するために、分子内にπ電子が豊富に存在する縮合多環芳香族化合物であるフェナントレン環が電子輸送性に優れること、さらには2位および7位への芳香族炭化水素基、縮合多環芳香族基または芳香族複素環基の導入が電子注入性を高めることに着目して、2位および7位が芳香族炭化水素基、縮合多環芳香族基または芳香族複素環基で置換されたフェナントレン環構造を有する化合物を設計し、実際に化学合成を行った後に、該化合物を用いて種々の有機EL素子を試作し、素子の特性評価を行った。これら一連の作業を鋭意行なった結果、本発明を完成するに至った。
【0021】
すなわち本発明は、一般式(1)で表される2位および7位が芳香族炭化水素基、縮合多環芳香族基または芳香族複素環基で置換されたフェナントレン環構造を有する化合物であり、一対の電極とその間に挟まれた少なくとも一層の有機層を有する有機EL素子において、該化合物が、少なくとも1つの有機層の構成材料として用いられていることを特徴とする有機EL素子である。
【0022】
【化1】

【0023】
(式中、Ar1およびAr2は同一でも異なってもよく、置換もしくは無置換の芳香族炭化水素基、置換もしくは無置換の縮合多環芳香族基または置換もしくは無置換の芳香族複素環基を表す。)
【0024】
一般式(1)中のAr1およびAr2で表される、置換もしくは無置換の芳香族炭化水素基、置換もしくは無置換の縮合多環芳香族基または置換もしくは無置換の芳香族複素環基の芳香族炭化水素基、縮合多環芳香族基または芳香族複素環基としては、具体的に次のような基をあげることができる。フェニル基、ビフェニリル基、ターフェニリル基、テトラキスフェニル基、スチリル基、ナフチル基、アントリル基、アセナフテニル基、フルオレニル基、フェナントリル基、インデニル基、ピレニル基、ピリジル基、ピリミジル基、ピリドインドリル基、フラニル基、ピロニル基、チオフェニル基、キノリル基、イソキノリル基、ベンゾフラニル基、ベンゾチオフェニル基、インドリル基、カルバゾリル基、ベンゾオキサゾリル基、ベンゾチアゾリル基、キノキサリル基、ベンゾイミダゾリル基、ピラゾリル基、ジベンゾフラニル基、ジベンゾチオフェニル基、ナフチリジニル基、フェナントロリニル基、アクリジニル基。
【0025】
一般式(1)中のAr1およびAr2で表される、置換もしくは無置換の芳香族炭化水素基、置換もしくは無置換の縮合多環芳香族基または置換もしくは無置換の芳香族複素環基の置換基として、具体的には、フッ素原子、塩素原子、シアノ基、水酸基、ニトロ基、アルキル基、シクロアルキル基、アルコキシ基、アミノ基、フェニル基、ナフチル基、アントリル基、スチリル基、ピリジル基、ピリドインドリル基、キノリル基、ベンゾチアゾリル基のような基をあげることができ、これらの置換基はさらに置換されていても良い。
【0026】
本発明の一般式(1)で表される、2位および7位が芳香族炭化水素基、縮合多環芳香族基または芳香族複素環基で置換されたフェナントレン環構造を有する化合物は、従来の電子輸送材料より電子の移動が速く、優れた正孔の阻止能力を有し、かつ薄膜状態が安定である。
【0027】
本発明の一般式(1)で表される、2位および7位が芳香族炭化水素基、縮合多環芳香族基または芳香族複素環基で置換されたフェナントレン環構造を有する化合物は、有機EL素子の電子輸送層の構成材料として使用することができる。従来の材料に比べて電子の注入・移動速度の高い材料を用いることにより、電子輸送層から発光層への電子輸送効率が向上して、発光効率が向上すると共に、駆動電圧が低下して、有機EL素子の耐久性が向上するという作用を有する。
【0028】
本発明の一般式(1)で表される、2位および7位が芳香族炭化水素基、縮合多環芳香族基または芳香族複素環基で置換されたフェナントレン環構造を有する化合物は、有機EL素子の正孔阻止層の構成材料としても使用することができる。優れた正孔の阻止能力と共に従来の材料に比べて電子輸送性に優れ、かつ薄膜状態の安定性の高い材料を用いることにより、高い発光効率を有しながら、駆動電圧が低下し、電流耐性が改善されて、有機EL素子の最大発光輝度が向上するという作用を有する。
【0029】
本発明の一般式(1)で表される、2位および7位が芳香族炭化水素基、縮合多環芳香族基または芳香族複素環基で置換されたフェナントレン環構造を有する化合物は、有機EL素子の発光層の構成材料としても使用することができる。従来の材料に比べて電子輸送性に優れ、かつバンドギャップの広い本発明の材料を発光層のホスト材料として用い、ドーパントと呼ばれている蛍光体や燐光発光体を担持させて、発光層として用いることにより、駆動電圧が低下し、発光効率が改善された有機EL素子を実現できるという作用を有する。
【0030】
本発明の有機EL素子は、従来の電子輸送材料より電子の移動が速く、優れた正孔の阻止能力を有し、かつ薄膜状態が安定な、2位および7位が芳香族炭化水素基、縮合多環芳香族基または芳香族複素環基で置換されたフェナントレン環構造を有する化合物を用いているため、高効率、高耐久性を実現することが可能となった。
【発明の効果】
【0031】
本発明は、有機EL素子の電子輸送層、正孔阻止層あるいは発光層の構成材料として有用な、2位および7位が芳香族炭化水素基、縮合多環芳香族基または芳香族複素環基で置換されたフェナントレン環構造を有する化合物であり、該化合物を用いて作製した有機EL素子である。本発明によって、従来の有機EL素子の発光効率と耐久性を改良することができた。
【発明を実施するための最良の形態】
【0032】
本発明の2位および7位が芳香族炭化水素基、縮合多環芳香族基または芳香族複素環基で置換されたフェナントレン環構造を有する化合物は以下のようにして合成することができる。例えば、9,10−ジヒドロフェナントレンを臭素化して、9,10−ジヒドロ−2,7−ジブロモフェナントレンとした後、酸化反応(例えば、非特許文献5および非特許文献6参照)を行うことによって2,7−ジブロモフェナントレンを合成する。これらと、種々の芳香族炭化水素化合物、縮合多環芳香族化合物または芳香族複素環化合物のボロン酸またはボロン酸エステルとSuzukiカップリングなどのクロスカップリング反応(例えば、非特許文献7参照)を行うことによって、目的とする2位および7位が芳香族炭化水素基、縮合多環芳香族基または芳香族複素環基で置換されたフェナントレン環構造を有する化合物を合成することができる。また、アミノ基を有する芳香族複素環基で置換されたフェナントレン環構造を有する化合物の場合は、2,7−ジブロモフェナントレンとのウルマン反応またはブッフワルドやハートウィッヒらによって報告されているフォスフィン配位子をパラジウムに配位させた触媒を用いたアミネーション反応(例えば、非特許文献8および非特許文献9参照)によって、目的とする2位および7位が芳香族複素環基で置換されたフェナントレン環構造を有する化合物を合成することができる。
【0033】
【非特許文献5】J.Chem.Soc.,Perkin Trans.1,p.1663(1997)
【非特許文献6】J.Am.Chem.Soc.,p.8175(1977)
【非特許文献7】Synth.Commun.,11,513(1981)
【非特許文献8】J.Am.Chem.Soc.,p.827(1998)
【非特許文献9】Org.Lett.,p.1403(2000)
【0034】
一般式(1)で表される2位および7位が芳香族炭化水素基、縮合多環芳香族基または芳香族複素環基で置換されたフェナントレン環構造を有する化合物の中で、好ましい化合物の具体例を以下に示すが、本発明は、これらの化合物に限定されるものではない。
【0035】
【化2】

【0036】
【化3】

【0037】
【化4】

【0038】
【化5】

【0039】
【化6】

【0040】
【化7】

【0041】
【化8】

【0042】
【化9】

【0043】
【化10】

【0044】
【化11】

【0045】
【化12】

【0046】
【化13】

【0047】
【化14】

【0048】
【化15】

【0049】
【化16】

【0050】
【化17】

(化合物17)
【0051】
【化18】

(化合物18)
【0052】
【化19】

(化合物19)
【0053】
【化20】

(化合物20)
【0054】
【化21】

(化合物21)
【0055】
【化22】

(化合物22)
【0056】
【化23】

(化合物23)
【0057】
【化24】

(化合物24)
【0058】
【化25】

【0059】
【化26】

【0060】
【化27】

【0061】
【化28】

【0062】
【化29】

【0063】
【化30】

【0064】
これらの化合物の精製はカラムクロマトグラフによる精製、シリカゲル、アルミナ、活性白土、活性炭による吸着精製、溶媒による再結晶や晶析法などによって行った。化合物の同定は、元素分析やNMR分析によって行なうことができる。物性値として、DSC測定(Tg)と融点の測定を行った。融点は蒸着性の指標となるものであり、ガラス転移点(Tg)は薄膜状態の安定性の指標となるものである。
【0065】
融点とガラス転移点は、粉体を用いて、ブルカー・エイエックスエス製の高感度示差走査熱量計DSC3100Sを用いて測定した。
【0066】
また仕事関数は、ITO基板の上に100nmの薄膜を作製して、理研計器製の大気中光電子分光装置AC2型を用いて測定した。仕事関数は正孔阻止能力の指標となるものである。
【0067】
本発明の有機EL素子の構造としては、基板上に順次、陽極、正孔注入層、正孔輸送層、発光層、正孔阻止層、電子輸送層、陰極からなるもの、また、電子輸送層と陰極の間に電子注入層を有するものがあげられる。これらの多層構造においては有機層を何層か省略することが可能であり、例えば基板上に順次、陽極、正孔輸送層、発光層、電子輸送層、陰極とすることもできる。
【0068】
有機EL素子の陽極としては、ITOや金のような仕事関数の大きな電極材料が用いられる。正孔注入層としては銅フタロシアニン(以後、CuPcと略称する)のほか、スターバースト型のトリフェニルアミン誘導体などの材料や塗布型の材料を用いることができる。
【0069】
正孔輸送層にはベンジジン誘導体であるN,N’−ジフェニル−N,N’−ジ(m−トリル)ベンジジン(以後、TPDと略称する)やN,N’−ジフェニル−N,N’−ジ(α−ナフチル)ベンジジン(以後、NPDと略称する)、種々のトリフェニルアミン4量体などを用いることができる。また、正孔の注入・輸送層として、PEDOT/PSSなどの塗布型の高分子材料を用いることができる。
【0070】
本発明の有機EL素子の発光層、正孔阻止層、電子輸送層としては2位および7位が芳香族炭化水素基、縮合多環芳香族基または芳香族複素環基で置換されたフェナントレン環構造を有する化合物のほか、アルミニウムの錯体、チアゾール誘導体、オキサゾール誘導体、カルバゾール誘導体、ポリジアルキルフルオレン誘導体などを用いることができる。
【0071】
アルミニウムの錯体、スチリル誘導体などの従来の発光材料を発光層に用い、置換されたピリジル基が連結したピリドインドール環構造を有する化合物を正孔阻止層、電子輸送層として用いることにより、高性能の有機EL素子を作製することができる。また、発光層のホスト材料として、例えば、キナクリドン、クマリン、ルブレンなどの蛍光体、あるいはフェニルピリジンのイリジウム錯体などの燐光発光体であるドーパントを添加することによっても、高性能の有機EL素子を作製することができる。
【0072】
さらに、2位および7位が芳香族炭化水素基、縮合多環芳香族基または芳香族複素環基で置換されたフェナントレン環構造を有する化合物に、従来からの電子輸送性の材料を重層、あるいは共蒸着して電子輸送層として用いることができる。
【0073】
本発明の有機EL素子は電子注入層を有していても良い。電子注入層としてはフッ化リチウムなどを用いることができる。陰極としては、アルミニウムのような仕事関数の低い電極材料や、アルミニウムマグネシウムのような、より仕事関数の低い合金が電極材料として用いられる。
【0074】
以下、本発明の実施の形態について、実施例により具体的に説明するが、本発明はその要旨を越えない限り、以下の実施例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0075】
([9,2';7',9”]ターフェナントレン(以後、Phen−Bと略称する)(化合物3)の合成)
窒素雰囲気下、2,7−ジブロモフェナントレン1.5g、9−(4,4,5,5−テトラメチル−1,3,2−ジオキサボロラン−2−イル) フェナントレン2.85g、2M炭酸カリウム水溶液6.7ml、テトラキス(トリフェニルホスフィン)パラジウム(0)0.15g、トルエン36ml、エタノール9mlを加えて8時間加熱還流しながら、攪拌を行った。室温まで冷却し、不溶分をろ別した。得られた固体にトルエン400mlを加えて加熱溶解し、80℃にて熱ろ過を行った。ろ液を室温まで冷却し、不溶分をろ別した。得られた個体をクロロホルム500mlに溶解し、シリカゲル25gで吸着精製を行った。シリカゲルをろ過によって除去し、ろ液を濃縮して粗製物を得た。得られた粗製物をメタノール洗浄した後、70℃で12時間減圧乾燥し、Phen−B(化合物3)1.21g(収率52%)の白色粉末を得た。
【0076】
得られた白色粉末についてNMRを使用して構造を同定した。1H−NMR測定結果を図1に示した。
【0077】
1H−NMR(CDCl3)で以下の26個の水素のシグナルを検出した。8.915−8.762(6H)、8.135−7.862(12H)、7.742−7.759(8H)。
【実施例2】
【0078】
([2,2';7',2”]ターフェナントレン(以後、Phen−Aと略称する)(化合物4)の合成)
窒素雰囲気下、2,7−ジブロモフェナントレン2.0g、2−(4,4,5,5−テトラメチル−1,3,2−ジオキサボロラン−2−イル) フェナントレン3.8g、2M炭酸カリウム水溶液8.9ml、テトラキス(トリフェニルホスフィン)パラジウム(0)0.21g、トルエン48ml、エタノール12mlを加えて8時間加熱還流しながら、攪拌を行った。室温まで冷却し、不溶分をろ別した。得られた固体をトルエン、続いてクロロホルムにて順次洗浄することによって、粗製物5.5gを得た。粗製物5.5gにo−ジクロロベンゼン2750mlを加えて加熱溶解し、110℃で熱ろ過を行った。ろ液を室温まで冷却し、不溶分をろ別した。得られた固体をメタノール洗浄した後、70℃で12時間減圧乾燥し、Phen−A(化合物4)1.71g(収率41%)の白色粉末を得た。
【0079】
得られた白色粉末について昇華精製を行った。昇華精製品について元素分析によってその構造を確認した。元素分析の結果は以下の通りであった。測定値(C;95.18%、H;5.07%、N;0.00%)、理論値(C;95.06%、H;4.94%、N;0.00%)。
【実施例3】
【0080】
本発明の化合物について、高感度示差走査熱量計(ブルカー・エイエックスエス製、DSC3100S)によって融点とガラス転移点を求めた。
融点 ガラス転移点
本発明実施例1の化合物 311℃ 137℃
本発明実施例2の化合物 432℃ − −
【0081】
本発明の化合物は、ガラス転移点が高く、あるいはガラス転移点がなく、微細な微結晶膜が可能で、薄膜状態が安定である。
【実施例4】
【0082】
本発明の化合物を用いて、ITO基板の上に膜厚100nmの蒸着膜を作製して、大気中光電子分光装置(理研計器製、AC2型)で仕事関数を測定した。

仕事関数
本発明実施例1の化合物 5.75eV
本発明実施例2の化合物 5.96eV
【0083】
このように本発明の化合物はNPD、TPDなどの一般的な正孔輸送材料がもつ仕事関数5.4eVより深い値を有しており、大きな正孔阻止能力を有している。
【実施例5】
【0084】
有機EL素子は、図2に示すように、ガラス基板1上に透明陽極2としてITO電極をあらかじめ形成したものの上に、正孔輸送層3、発光層4、正孔阻止層5、電子輸送層6、陰極(マグネシウム電極)7の順に蒸着して作製した。膜厚110nmのITOを成膜したガラス基板1を有機溶媒洗浄後に、UVオゾン処理にて表面を洗浄した。これを、真空蒸着機内に取り付け0.001Pa以下まで減圧した。
【0085】
続いて、正孔輸送層3として、NPDを蒸着速度6nm/minで約50nm形成した。その上に、発光層4としてAlq3を蒸着速度6nm/minで約20nm形成した。この発光層4の上に、正孔阻止層兼電子輸送層5および6として本発明であるPhen−A(化合物4)を蒸着速度6nm/minで約30nm形成した。最後に、大気圧に戻して陰極蒸着用のマスクを挿入し、再び減圧にして、MgAgの合金を10:1の比率で約200nm蒸着して陰極7を形成した。作製した素子は、真空デシケーター中に保存し、大気中、常温で特性測定を行なった。
【0086】
このように形成された本発明の有機EL素子に直流電圧を印加した結果、5.8Vで100mA/cm2の電流が流れ、Alq3による緑色発光を得た。この輝度での外部量子効率は0.88%であった。
【0087】
[比較例1]
比較のために、電子輸送層6の材料をAlq3に代えて、それ以外は実施例5と同様の条件で有機EL素子を作製してその特性を調べた。すなわち発光層兼電子輸送層4および6としてAlq3を蒸着速度6nm/minで約50nm形成した。7.4Vで100mA/cm2の電流が流れ、Alq3による緑色発光を得た。この輝度での外部量子効率は0.90%であった。
【0088】
このように本発明の有機EL素子は、一般的な電子輸送材料として用いられているAlq3を用いた素子と比較して、駆動電圧の低電圧化において極めて優れていることがわかった。
【産業上の利用可能性】
【0089】
本発明の2位および7位が芳香族炭化水素基、縮合多環芳香族基または芳香族複素環基で置換されたフェナントレン環構造を有する化合物は、電子の注入が良く、薄膜状態が安定であるため、有機EL素子用の化合物として優れている。該化合物を用いて有機EL素子を作製することにより、駆動電圧を低下させることができ、耐久性を改善させることができる。例えば、家庭電化製品や照明の用途への展開が可能となった。
【図面の簡単な説明】
【0090】
【図1】実施例1の1H−NMRチャート図である。
【図2】実施例5のEL素子構成を示した図である。
【図3】比較例1のEL素子構成を示した図である。
【符号の説明】
【0091】
1 ガラス基板
2 透明陽極
3 正孔輸送層
4 発光層
5 正孔阻止層
6 電子輸送層
7 陰極

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式(1)で表される2位および7位が芳香族炭化水素基、縮合多環芳香族基または芳香族複素環基で置換されたフェナントレン環構造を有する化合物。
【化1】

(式中、Ar1およびAr2は同一でも異なってもよく、置換もしくは無置換の芳香族炭化水素基、置換もしくは無置換の縮合多環芳香族基または置換もしくは無置換の芳香族複素環基を表す。ただし、Ar1およびAr2が同時に2−フェナントリル基ではない。)
【請求項2】
一対の電極とその間に挟まれた少なくとも一層の有機層を有する有機エレクトロルミネッセンス素子において、下記一般式(1)で表される2位および7位が芳香族炭化水素基、縮合多環芳香族基または芳香族複素環基で置換されたフェナントレン環構造を有する化合物が、少なくとも1つの有機層の構成材料として用いられていることを特徴とする有機エレクトロルミネッセンス素子。
【化2】

(式中、Ar1およびAr2は同一でも異なってもよく、置換もしくは無置換の芳香族炭化水素基、置換もしくは無置換の縮合多環芳香族基または置換もしくは無置換の芳香族複素環基を表す。)
【請求項3】
前記した有機層が電子輸送層であり、一般式(1)で表される化合物が、該電子輸送層中に、少なくとも一つの構成材料として用いられていることを特徴とする請求項2記載の有機エレクトロルミネッセンス素子。
【請求項4】
前記した有機層が正孔阻止層であり、一般式(1)で表される化合物が、該正孔阻止層中に、少なくとも一つの構成材料として用いられていることを特徴とする請求項2記載の有機エレクトロルミネッセンス素子。
【請求項5】
前記した有機層が発光層であり、一般式(1)で表される化合物が、該発光層中に、少なくとも一つの構成材料として用いられていることを特徴とする請求項2記載の有機エレクトロルミネッセンス素子。
【請求項6】
前記した有機層が電子注入層であり、一般式(1)で表される化合物が、該電子注入層中に、少なくとも一つの構成材料として用いられていることを特徴とする請求項2記載の有機エレクトロルミネッセンス素子。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2009−51764(P2009−51764A)
【公開日】平成21年3月12日(2009.3.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−219310(P2007−219310)
【出願日】平成19年8月27日(2007.8.27)
【出願人】(000005315)保土谷化学工業株式会社 (107)
【出願人】(504145342)国立大学法人九州大学 (960)
【Fターム(参考)】