説明

酢酸エステルの製造方法

【課題】温和な反応条件下で、ビニルエーテルから酢酸エステルを高収率で得ることができると共に、反応操作が簡便で、かつ環境や人体への影響・毒性がきわめて小さい、酢酸エステルの製造方法を提供する。
【解決手段】ビニルエーテルと過酸化水素水溶液とを、(1)単座ホスフィン配位子を有するパラジウム触媒、および(2)アミン類を含有する混合触媒系の存在下で酸化反応させて酢酸エステルを製造する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、医薬品中間体、電子材料等に用いられる種々の有機化合物の中間体として有用な酢酸エステルの新規な製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
酢酸エステルは医薬品や電子材料等の中間体として使用される種々の有機化合物の部分骨格として広く用いられている。
ビニルエーテルを酸化して酢酸エステルを製造する方法としては、あらかじめ調製されたパラジウム過酸化物を酸化剤として用いる酢酸エチルの合成方法(非特許文献1参照)が報告されているが、この方法は、パラジウム過酸化物の調製が煩雑であるうえ、パラジウム過酸化物を基質と同量用いなければならず、従ってパラジウムを大量に用いる必要があり、操作の簡便さおよび経済性の点で工業的に優れた方法とは言い難い。また、当該文献には、酢酸エチル以外の他の酢酸エステル類の製造については一切言及されていない。
【0003】
これに対して、過酸化水素を酸化剤とし、触媒としてパラジウム触媒を用いる酸化反応は、使用するパラジウム量が少なく、量論反応に比べ安価であり、また、反応後の副生物は無害な水であるために環境負荷が小さく、工業的に利用するのに優れた方法ということができる。
【0004】
これまでに過酸化水素を酸化剤とし、触媒としてパラジウム触媒を用いる酸化反応の具体的事例として、二価パラジウム錯体を触媒としてα,β‐不飽和アルデヒドからα,β‐不飽和カルボン酸を製造する方法(特許文献1参照)、2価パラジウム錯体を触媒として末端アルケンをケトンに変換する方法(非特許文献2参照)、および0価パラジウム錯体を触媒として末端アルケンをケトンに変換する方法(非特許文献3参照)が報告されている。
【0005】
しかしながら、これまでに、ビニルエーテルから酢酸エステルを製造する方法として、過酸化水素を酸化剤とし、触媒としてパラジウム触媒を用いる方法が試みられた例は無く、当該触媒反応により酢酸エステルを高効率で得るための条件等の検討がなされたことはなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2010−189326
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】M. Akita, Inorg.Chem.2002,41,5286.
【非特許文献2】H.Mimoun,J.Org.Chem.1980,45,5387.
【非特許文献3】G.Sleiter,Gazz.Chim.Ital.1992,122,531.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、ビニルエーテルから酢酸エステルを製造する際の上記のような従来技術の問題点を克服し、温和な反応条件下で、ビニルエーテルから酢酸エステルを高収率で得ることができると共に、反応操作が簡便で、経済的、かつ環境や人体への影響・毒性がきわめて小さい、酢酸エステルの製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究した結果、酸化剤を過酸化水素とし、触媒として単座のホスフィン配位子を有するパラジウム触媒およびアミン類を含有する混合触媒系を用いることで、ビニルエーテルから対応する酢酸エステルが高収率で安全かつ簡便に製造できることを見いだし、本発明を完成するに至った。
酸化剤として過酸化水素を用い、ビニルエーテルを酸化する方法においては、触媒としてパラジウム触媒を用いても、パラジウム触媒の種類に応じて、酢酸エステルの生成反応が進まなかったり、あるいは、酢酸エステルは生成するものの、生成する酢酸エステルの加水分解が同時に進行し、酢酸エステルを高効率に得ることはできないことが判明した。
このような状況において、本発明者らは、単座のホスフィン配位子を有するパラジウム触媒とともに、触媒量のアミン類を系に加えることにより、生成する酢酸エステルの加水分解を抑え、酢酸エステルが高収率で得られることを見出したものである。これに対し、他のパラジウム触媒については、アミン類添加によるこのような効果は見いだせない。
【0010】
すなわち、この出願は、以下の発明を提供するものである。
〈1〉ビニルエーテルと過酸化水素水溶液とを、(1)単座のホスフィン配位子を有するパラジウム触媒、および(2)アミン類を含有する混合触媒系の存在下で、酸化反応させることを特徴とする酢酸エステルの製造方法。
〈2〉単座のホスフィン配位子を有するパラジウム触媒がトリフェニルホスフィン配位子を有するパラジウム触媒であることを特徴とする、〈1〉に記載の酢酸エステルの製造方法。
〈3〉アミン類がトリエチルアミン、N−メチルピペリジン、2,2,6,6−テトラメチルピペリジン、または1−メチルピロリジンであることを特徴とする、〈1〉または〈2〉に記載の酢酸エステルの製造方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明の酢酸エステルの製造方法によれば、種々の医薬品および電子材料等の中間体として幅広く用いられる有用な酢酸エステルを、温和な条件下で、高収率で得ることができる。また、本発明の方法は、従来の方法のように酸化剤としてパラジウム過酸化物を大量に消費し、大量のパラジウム金属を副生成物として排出することがなく、副生成物が水のみである過酸化水素を酸化剤に用いて、パラジウムおよびアミン類を触媒量用いるのみで、反応を効果的に進行させることができるため、経済的であるとともに、環境や人体への影響・毒性がきわめて小さく、環境に対する負荷を軽減する効果をも有する。したがって、本発明の方法は、安全かつ簡便で効率的な酢酸エステルの製造方法であり、工業的に多大な効果をもたらす発明ということができる。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明に係る酢酸エステルの製造方法を実施するための形態について説明する。なお、本発明の技術的範囲は以下の実施形態に限定解釈されるものではない。
【0013】
本発明に係る酢酸エステルの製造方法においては、ビニルエーテルと過酸化水素水溶液とを、(1)単座ホスフィン配位子を有するパラジウム触媒、および(2)アミン類を含有する混合触媒系の存在下で、酸化反応させる。
【0014】
原料溶液は、ビニルエーテルと過酸化水素水溶液である。ビニルエーテルとしては、種々のものが使用できるが、通常は、下記一般式(1)で示されるビニルエーテルが好適に用いられる。
【0015】
【化1】


(式中、Rは、置換基を有していてもよいアルキル基、シクロアルキル基、シクロアルキルアルキル基、アリール基またはアラルキル基を示す。)
【0016】
上記一般式(1)において、Rが置換基を有していてもよいアルキル基の場合のアルキル基としては、炭素数は1〜30、好ましくは1〜20の直鎖状又は分岐状のアルキル基が挙げられ、具体例としては例えば、メチル基、エチル基、プロピル基、ブチル基、イソブチル基、ペンチル基、t−ペンチル基、ヘキシル基、オクチル基、等が挙げられ、この中でもプロピル基、ブチル基が好ましい。
【0017】
Rが置換基を有していてもよいシクロアルキル基またはシクロアルキルアルキル基の場合のシクロアルキル基およびシクロアルキルアルキル基としては、例えば、炭素数3〜20、好ましくは3〜10の単環、多環又は縮合環式のシクロアルキル基および前記シクロアルキル基が置換したアルキル基が挙げられ、より具体的には、シクロペンチル基、シクロヘキシル基、シクロオクチル基、シクロヘキシルメチル基等が挙げられ、この中でもシクロヘキシル基、シクロヘキシルメチル基が好ましい。
【0018】
Rが置換基を有していてもよいアリール基の場合のアリール基としては、例えば炭素数は6〜20、好ましくは6〜14の単環、多環又は縮合環式の芳香族炭化水素基が挙げられ、より具体的には、例えば、フェニル基、トリル基、キシリル基、ナフチル基、アントリル基、ビフェニル基等が挙げられ、この中でもフェニル基、ビフェニル基が好ましい。
【0019】
Rが置換基を有していてもよいアラルキル基の場合のアラルキル基としては、例えば、炭素数は7〜20、好ましくは7〜15の単環、多環又は縮合環式のアラルキル基が挙げられ、より具体的には、例えば、ベンジル基、フェネチル基、ナフチルメチル基、ナフチルエチル基等が挙げられ、この中でもベンジル基、フェネチル基が好ましい。
【0020】
Rのアルキル基、シクロアルキル基、シクロアルキルアルキル基、アリール基、アラルキル基の置換基としては、当該反応に悪影響を及ぼさないものであればどのような置換基でも良いが、例えばメチル基、エチル基、プロピル基等のアルキル基、例えばフェニル基、ナフチル基等のアリール基、例えばオキシラニル基、ピリジル基、フリル基等の複素環基、例えばクロロ基などのハロゲン原子基、例えばヒドロキシメチル基等のヒドロキシアルキル基、例えばメトキシ基、エトキシ基、フェノキシ基、ナフチルオキシ基等のアルコキシ基、例えばメトキシカルボニル基、i−プロポキシカルボニル基、t−ブトキシカルボニル基、フェノキシカルボニル基等のアルコキシカルボニル基、スルホン酸基、シアノ基、ニトロ基、例えばトリメチルシリル基、トリフェニルシリル基等のシリル基、ヒドロキシ基、例えば無置換アミド基、メチルアミド基、プロピルアミド基、テトラデシルアミド基等のアミド基、例えばアセチル基、ベンゾイル基等のアシル基、例えばジヒドロキシホスホリル基、ジメトキシホスホリル基等のホスホリル基、例えばメチルスルフィニル基、フェニルスルフィニル基等のスルフィニル基、例えばメチルスルホニル基、フェニルスルホニル基等のスルホニル基、例えばメチルスルホナート基、フェニルスルホナート基等のスルホナート基等が挙げられる。
この発明の方法によれば、上記の一般式(1)中のRが上述の官能基を有している場合であっても、高効率かつ選択的に、ビニル部分のみが酸化され、対応する酢酸エステルが生成する。
【0021】
本発明においては、このような一般式(1)で示されるビニルエーテルとして、種々のものを用いることができるが、好ましくは、プロピルビニルエーテル、3−クロロプロピルビニルエーテル、ブチルビニルエーテル、イソブチルビニルエーテル、t−ペンチルビニルエーテル、2−クロロエチルビニルエーテル、シクロヘキシルビニルエーテル、シクロヘキシルメチルビニルエーテル、ベンジルビニルエーテル、4−ヒドロキシメチルシクロヘキシルメチルビニルエーテル等が挙げられ、この中でもブチルビニルエーテル、シクロヘキシルビニルエーテル、4−ヒドロキシメチルシクロヘキシルメチルビニルエーテル、2−クロロエチルビニルエーテルが好ましい。
【0022】
本発明の方法においては酸化剤として過酸化水素の水溶液を用いる。過酸化水素水溶液の濃度は特に制限はなく、例えば市販の30重量%過酸化水素水溶液を使用可能であり、またこれを希釈して用いてもよい。過酸化水素水溶液の使用量は、式(1)で表わされるビニルエーテルに対して、過酸化水素のモル換算で通常1.0〜5.0モル倍、好ましくは1.0〜2.2モル倍の範囲である。
【0023】
本発明の方法においては、触媒として、(1)単座ホスフィン配位子を有するパラジウム触媒、および(2)アミン類を含有する混合触媒系を用いる。単座ホスフィン配位子を有するパラジウム触媒としては、主にパラジウム原子上に単座ホスフィン配位子が1個以上配位したパラジウム錯体が用いられる。
【0024】
このような単座ホスフィン配位子を有するパラジウム触媒としては、例えば、テトラキス(トリアルキルホスフィン)パラジウム、テトラキス(トリアリールホスフィン)パラジウム、ビス(トリアルキルホスフィン)パラジウムジクロリド、ビス(トリアリールホスフィン)パラジウムジクロリドが挙げられ、なかでも、テトラキス(トリアリールホスフィン)パラジウムおよびビス(トリアリールホスフィン)パラジウムジクロリドが望ましい。
【0025】
テトラキス(トリアリールホスフィン)パラジウムとしては、テトラキス(トリフェニルホスフィン)パラジウム、テトラキス(トリトリルホスフィン)パラジウムが挙げられ、ビス(トリアリールホスフィン)パラジウムジクロリドとしてはビス(トリフェニルホスフィン)パラジウムジクロリド、ビス(トリトリルホスフィン)パラジウムジクロリドが挙げられるが、テトラキス(トリフェニルホスフィン)パラジウムおよびビス(トリフェニルホスフィン)パラジウムジクロリドが好ましい。これらのパラジウム触媒は単独で使用しても、2種類を混合使用しても良い。その使用量は基質のビニルエーテルに対して通常0.0001〜10モル%、好ましくは0.0005〜5モル%の範囲である。
【0026】
単座ホスフィン配位子を有するパラジウム触媒は、単座ホスフィン配位子を含まないパラジウム触媒に単座ホスフィン化合物を添加することによって、反応系中で作成しても良い。例えば、酢酸パラジウムにトリフェニルホスフィンを添加する方法、およびジクロロパラジウムにトリフェニルホスフィンを添加する方法が挙げられる。その使用量は基質のビニルエーテルに対してパラジウム触媒が通常0.0001〜10モル%、好ましくは0.0005〜5モル%の範囲であり、添加するホスフィンは通常0.0002〜30モル%、好ましくは0.001〜10モル%の範囲である。
【0027】
本発明においては、触媒として、単座ホスフィン配位子を有するパラジウム触媒を、アミンと共に用いることが必要である。
すなわち、パラジウムと同じ第10族の金属でも、ニッケルや白金では、単座ホスフィン配位子を有する場合であっても、ビニルエーテルの反応に必要なビニルエーテルの炭素―炭素二重結合部分の金属への配位が効果的に起こらず、後記比較例9から明らかなように、ビニルエーテルが全く反応せず、目的とする酢酸エステルは得られない。
また、後記比較例1および2から明らかなように、単座ホスフィンを配位子に含まない2価パラジウム触媒を用いた場合には、ビニルエーテルの酸化は進むものの、生成した酢酸エステルの加水分解が同時に進行し、所望の酢酸エステルを高収率で得ることができない。また、後記比較例3〜5から明らかなように、単座ホスフィンを配位子に含まない0価パラジウム触媒を用いた場合には、ビニルエーテルの酸化反応が起こらないか、または、僅かしか起こらず、さらに生成した僅かの酢酸エステルは加水分解されるため、所望の酢酸エステルは殆ど得られない。さらに、後記比較例6および7にみられるように、配位力の高いホスフィン2座配位子を配位子とする場合にも、ビニルエーテルの酸化反応は僅かしか起こらず、目的とする酢酸エステルの収率が著しく低下し、所望の触媒効果が得られない。
この理由は現時点では定かではないが、3通りの原因によると推定される。1点目は、後記比較例1および2にみられる例であり、ビニルエーテルの酸化反応は効率よく進行していると思われるが、系中の酸性度が強くなりアミンの添加によっても効率よく酸性度を調整することができないために、生成したエステルが酸によって加水分解したものと推定される。2点目は、後記比較例3〜5にみられる例であり、触媒活性種と推定されるパラジウム金属がビニルエーテルのオレフィン部位からの配位を受けにくいため、パラジウム上でビニルエーテルと過酸化水素が接触する確率が極めて低くなり、反応が進行しにくく、結果として収率が低下したと考えられる。3点目は、後記比較例6および7にみられる例であり、配位力の高い2座ホスフィン配位子がパラジウム原子から脱離しにくく、パラジウム上の配位子と過酸化水素との交換が効率よく行われず、触媒活性種であるPd−OOH種が高効率に発生しないことに帰因するものと推定される。
【0028】
本発明においては、前記パラジウム触媒と共に、アミン類を触媒として混合使用することを特徴とする。
アミン類を触媒量添加することにより、単座ホスフィン配位子を有するパラジウム触媒がビニルエーテルの炭素―炭素二重結合部分からの配位を受けやすくなり、反応活性が向上し、反応が高効率で進行すると同時に、パラジウム触媒が反応中に触媒活性を失い、パラジウム金属として沈殿することを防止する、という効果が得られる。
また、後記実施例1と比較例8との対比から明らかなように、単座のホスフィン配位子を有するパラジウム触媒とともに、触媒量のアミン類を系に加えることにより、生成する酢酸エステルの加水分解が抑制され、酢酸エステルが高収率で得られるという効果が得られる。これに対し、比較例1および2の結果をみると、他のパラジウム触媒ではこのようなアミン類添加の効果は見られない。
【0029】
パラジウム金属触媒と共に、混合触媒として用いるアミン類としては、トリエチルアミン、トリブチルアミン、トリヘキシルアミン、トリオクチルアミン、キヌクリジン、1,4−ジアザビシクロ[2,2,2]オクタン、N,N−ジメチルアミノピリジン、N−メチルピペリジン、2,2,6,6−テトラメチルピペリジン、および1−メチルピロリジン等が挙げられるが、その中でも、トリエチルアミン、N−メチルピペリジン、2,2,6,6−テトラメチルピペリジン、および1−メチルピロリジンが好ましい。これらのアミンは単独で使用しても、2種類以上を混合使用しても良い。その使用量は基質のビニルエーテルに対して通常0.0002〜30モル%、好ましくは0.001〜5モル%の範囲である。
【0030】
本発明の方法においては、炭化水素系、ハロゲン系、アルコール、エーテル、アミド、エステル、カルボン酸などに代表される有機溶媒の使用の有無にかかわらず、該酸化反応が効果的に進行し、対応する酢酸エステルを高収率で製造することができる。このため、有機溶媒を用いない場合には、反応操作がさらに簡便で、反応終了後の溶媒除去操作等が不要であると共に、環境や人体への影響・毒性がきわめて小さく、環境に対する負荷を軽減する効果も有し、さらに安全かつ簡便で効率的に酢酸エステルを得ることができる。
【0031】
本発明方法の反応条件には、特に制約はないが、通常、反応は5〜90℃、好ましくは10〜60℃の範囲で行われる。反応圧力は常圧、加圧、減圧のいずれでも良いが、常圧で行うことが望ましい。
【0032】
本発明の好ましい製造方法においては、ビニルエーテル、パラジウム触媒、およびアミン触媒を混合した溶液を反応実施温度に設定し、ついで過酸化水素水溶液を徐々に滴下して撹拌しながら反応させる方法が採られる。
【0033】
本発明の製造法における反応時間は、所望する副反応抑制の程度により適宜、決定することができる。通常は5時間以内で、好ましくは2時間以内で行われる。
【0034】
かくして生成した目的の酢酸エステルは、反応終了後に水相から分離して取り出し、必要に応じて有機溶媒を除去したのち、蒸留等の通常の方法によって精製される。
【0035】
このようにして得られる酢酸エステルは、以下の一般式(2)で表される構造を有する。
【0036】
【化2】

(式中、Rは、置換基を有していてもよいアルキル基、シクロアルキル基、シクロアルキルアルキル基、アリール基またはアラルキル基を示す。)
【0037】
上記の酸化反応工程で得られる酢酸エステルとしては、例えば、酢酸プロピル、酢酸ブチル、酢酸イソブチル、酢酸t−ペンチル、酢酸 2−クロロエチル、酢酸シクロヘキシル、酢酸シクロヘキシルメチル、酢酸ベンジル、酢酸 4−ヒドロキシメチルシクロヘキシルメチルなどが挙げられる。
【実施例】
【0038】
以下、実施例により本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例により何ら限定されるものではない。
【0039】
(実施例1)
パラジウム触媒として、ビス(トリフェニルホスフィン)パラジウムジクロリド(28.1mg,0.040mmol)およびトリエチルアミン(10.1mg,0.100mmol)を用い、このものとシクロヘキシルビニルエーテル(252mg,2.0mmol)を混合し、30℃で10分間撹拌した。その混合溶液へ30%過酸化水素水溶液(453mg,4.0mmol)を徐々に滴下し、30℃で2時間撹拌した後、水相から分離しHNMRを測定したところ、シクロヘキシルビニルエーテルは84%反応し、酢酸シクロヘキシルの収率は83%であった。また、加水分解生成物として予測されるシクロヘキサノールはほとんど検出されなかった。
【0040】
(比較例1)
実施例1の触媒に代えて、ホスフィンを配位子に含まないパラジウム触媒である、酢酸パラジウム(9.0mg,0.040mmol)をトリエチルアミン(10.1mg,0.100mmol)とともに用いた以外は実施例1と同じ条件で反応を行った。シクロヘキシルビニルエーテルは96%反応したが、酢酸シクロヘキシルの収率は20%であり、加水分解して生成するシクロヘキサノールの収率は60%であった。
【0041】
(比較例2)
実施例1の触媒に代えて、ホスフィンを配位子に含まないパラジウム触媒である、パラジウムジクロリド(7.1mg,0.040mmol)をトリエチルアミン(10.1mg,0.100mmol)とともに用いた以外は実施例1と同じ条件で反応を行った。シクロヘキシルビニルエーテルは99%反応したが、酢酸シクロヘキシルの収率2%であり、加水分解して生成するシクロヘキサノールの収率は76%であった。
【0042】
(比較例3)
実施例1の触媒に代えて、ホスフィンを配位子に含まないパラジウム触媒である、ビス(ジベンジリデンアセトン)パラジウム(23.0mg,0.040mmol)をトリエチルアミン(10.1mg,0.100mmol)とともに用いた以外は実施例1と同じ条件で反応を行った。シクロヘキシルビニルエーテルは全く反応せず(0%反応)、酢酸シクロヘキシルの収率は0%であった。
【0043】
(比較例4)
実施例1の触媒に代えて、ホスフィンを配位子に含まないパラジウム固体触媒である、10重量%パラジウム炭素(炭素粉末状に10重量%パラジウム金属粉末を担持させたもの、42.6mg,0.040mmol)をトリエチルアミン(10.1mg,0.100mmol)とともに用いた以外は実施例1と同じ条件で反応を行った。シクロヘキシルビニルエーテルは全く反応せず(0%反応)、酢酸シクロヘキシルの収率は0%であった。
【0044】
(比較例5)
実施例1の触媒に代えて、ホスフィンを配位子に含まないパラジウム固体触媒である、パラジウムブラック(還元法により生成するパラジウム金属の黒色粉末)(4.3mg,0.040mmol)をトリエチルアミン(10.1mg,0.100mmol)とともに用いた以外は実施例1と同じ条件で反応を行った。シクロヘキシルビニルエーテルは34%反応したが、酢酸シクロヘキシルの収率は0%であり、加水分解して生成するシクロヘキサノールの収率は21%であった。
【0045】
(比較例6)
実施例1の触媒に代えて、ホスフィン2座配位子を含むパラジウム触媒である、[1,2−ビス(ジフェニルホスフィノエタン)パラジウム]ジクロリド(23.0mg,0.040mmol)をトリエチルアミン(10.1mg,0.100mmol)とともに用いた以外は実施例1と同じ条件で反応を行った。シクロヘキシルビニルエーテルは9%反応し、酢酸シクロヘキシルの収率は6%であった。
【0046】
(比較例7)
実施例1の触媒に代えて、ホスフィン2座配位子を含むパラジウム触媒である、[1,4−ビス(ジフェニルホスフィノ)ブタンパラジウム]ジクロリド(24.2mg,0.040mmol)をトリエチルアミン(10.1mg,0.100mmol)とともに用いた以外は実施例1と同じ条件で反応を行った。シクロヘキシルビニルエーテルは9%反応し、酢酸シクロヘキシルの収率は7%であった。
【0047】
(比較例8)
実施例1の触媒のうち、アミンを添加しない他は実施例1と同じ条件で反応を行った。シクロヘキシルビニルエーテルは66%反応したが、酢酸シクロヘキシルの収率は2%、加水分解生成物であるシクロヘキサノールの収率は56%であった。
【0048】
(実施例2)
パラジウム触媒として、酢酸パラジウム(9.0mg,0.040mmol)、トリフェニルホスフィン(42.0mg,0.160mmol)、およびトリエチルアミン(40.4mg,0.400mmol)および有機溶媒としてN,N−ジメチルアセトアミド(2ml)を用い、このものとシクロヘキシルビニルエーテル(252mg,2.0mmol)を混合し、60℃で10分間撹拌した。その混合溶液へ30%過酸化水素水溶液(453mg,4.0mmol)を徐々に滴下し、60℃で1時間撹拌した後、水相から分離しHNMRを測定したところ、酢酸シクロヘキシルの収率は81%であった。
【0049】
(実施例3)
パラジウム触媒として、ビス(トリフェニルホスフィン)パラジウムジクロリド(14.0mg,0.020mmol)およびトリエチルアミン(5.1mg,0.050mmol)を用い、このものとベンジルビニルエーテル(134.2mg,1.0mmol)を混合し、30℃で10分間撹拌した。その混合溶液へ30%過酸化水素水溶液(227mg,2.0mmol)を徐々に滴下し、30℃で2時間撹拌した後、水相から分離しHNMRを測定したところ、酢酸ベンジルの収率は71%であった。
【0050】
(実施例4)
パラジウム触媒として、ビス(トリフェニルホスフィン)パラジウムジクロリド(28.1mg,0.040mmol)およびトリエチルアミン(10.1mg,0.100mmol)を用い、このものと4−ヒドロキシメチルシクロヘキシルメチルビニルエーテル(341mg,2.0mmol)を混合し、30℃で10分間撹拌した。その混合溶液へ30%過酸化水素水溶液(453mg,4.0mmol)を徐々に滴下し、30℃で2時間撹拌した後、水相から分離しHNMRを測定したところ、酢酸メチル4−ヒドロキシメチルシクロヘキシルの収率は90%であった。
【0051】
(実施例5)
パラジウム触媒として、テトラキス(トリフェニルホスフィン)パラジウム(46.2mg,0.040mmol)およびトリエチルアミン(10.1mg,0.100mmol)を用い、このものとシクロヘキシルビニルエーテル(252mg,2.0mmol)を混合し、30℃で10分間撹拌した。その混合溶液へ30%過酸化水素水溶液(453mg,4.0mmol)を徐々に滴下し、30℃で2時間撹拌した後、水相から分離しHNMRを測定したところ、酢酸シクロヘキシルの収率は66%であった。
【0052】
(比較例9)
実施例5に代えて、トリフェニルホスフィン配位子を含むニッケル金属触媒である、テトラキス(トリフェニルホスフィン)ニッケル(44.3mg,0.040mmol)をトリエチルアミン(10.1mg,0.100mmol)とともに用いた以外は実施例5と同じ条件で反応を行った。シクロヘキシルビニルエーテルは全く反応せず(0%反応)、酢酸シクロヘキシルの収率は0%であった。
【0053】
(実施例6)
パラジウム触媒として、ビス(トリフェニルホスフィン)パラジウムジクロリド(28.1mg,0.040mmol)、トリエチルアミン(40.5mg,0.400mmol)および有機溶媒としてN,N−ジメチルアセトアミド(2ml)を用い、このものとシクロヘキシルビニルエーテル(252mg,2.0mmol)を混合し、60℃で10分間撹拌した。その混合溶液へ30%過酸化水素水溶液(453mg,4.0mmol)を徐々に滴下し、60℃で2時間撹拌した後、水相から分離しHNMRを測定したところ、酢酸シクロヘキシルの収率は89%であった。
【0054】
(実施例7)
パラジウム触媒として、ビス(トリフェニルホスフィン)パラジウムジクロリド(28.1mg,0.040mmol)、トリエチルアミン(40.5mg,0.400mmol)を用い、このものと2−クロロエチルビニルエーテル(213mg,2.0mmol)を混合し、30℃で10分間撹拌した。その混合溶液へ30%過酸化水素水溶液(453mg,4.0mmol)を徐々に滴下し、30℃で2時間撹拌した後、水相から分離しHNMRを測定したところ、酢酸2−クロロエチルの収率は33%であった。
【0055】
(実施例8)
パラジウム触媒として、ビス(トリフェニルホスフィン)パラジウムジクロリド(28.1mg,0.040mmol)およびN−メチルピペリジン(9.9mg,0.100mmol)を用い、このものとシクロヘキシルビニルエーテル(252mg,2.0mmol)を混合し、30℃で10分間撹拌した。その混合溶液へ30%過酸化水素水溶液(453mg,4.0mmol)を徐々に滴下し、30℃で2時間撹拌した後、水相から分離しHNMRを測定したところ、酢酸シクロヘキシルの収率は80%であった。
【0056】
(実施例9)
パラジウム触媒として、テトラキス(トリフェニルホスフィン)パラジウム(46.2mg,0.040mmol)および2,2,6,6−テトラメチルピペリジン(14.1mg,0.100mmol)を用い、このものとシクロヘキシルビニルエーテル(252mg,2.0mmol)を混合し、30℃で10分間撹拌した。その混合溶液へ30%過酸化水素水溶液(453mg,4.0mmol)を徐々に滴下し、30℃で2時間撹拌した後、水相から分離しHNMRを測定したところ、酢酸シクロヘキシルの収率は71%であった。
【0057】
(実施例10)
パラジウム触媒として、テトラキス(トリフェニルホスフィン)パラジウム(46.2mg,0.040mmol)および1−メチルピロリジン(8.5mg,0.100mmol)を用い、このものとシクロヘキシルビニルエーテル(252mg,2.0mmol)を混合し、30℃で10分間撹拌した。その混合溶液へ30%過酸化水素水溶液(453mg,4.0mmol)を徐々に滴下し、30℃で2時間撹拌した後、水相から分離しHNMRを測定したところ、酢酸シクロヘキシルの収率は74%であった。
【0058】
(比較例10)
パラジウム触媒として、テトラキス(トリフェニルホスフィン)パラジウム(1.2mg,0.001mmol)を用い、このものとシクロヘキシルビニルエーテル(252mg,2.0mmol)を混合し、その混合溶液へ30%過酸化水素水溶液(2265mg,20.0mmol)を滴下し、25℃で48時間撹拌した後、水相から分離しHNMRを測定したところ、シクロヘキシルビニルエーテルは68%反応し、酢酸シクロヘキシルの収率は15%、加水分解して生成するシクロヘキサノールの収率は36%であった。
【0059】
(比較例11)
パラジウム触媒として、酢酸パラジウム(1.0mg,0.004mmol)を用い、このものとシクロヘキシルビニルエーテル(756mg,6.0mmol)、t−ブチルアルコール2.0mlを混合し、その混合溶液へ30%過酸化水素水溶液(3340mg,30.0mmol)を滴下し、80℃で6時間撹拌した後、水相から分離しHNMRを測定したところ、シクロヘキシルビニルエーテルは100%反応し、酢酸シクロヘキシルの収率は12%、加水分解して生成するシクロヘキサノールの収率は88%であった。
【0060】
(比較例12)
パラジウム触媒として、酢酸パラジウム(1.0mg,0.004mmol)を用い、このものとシクロヘキシルビニルエーテル(756mg,6.0mmol)、酢酸2.0mlを混合し、その混合溶液へ30%過酸化水素水溶液(3340mg,30.0mmol)を滴下し、80℃で6時間撹拌した後、水相から分離しHNMRを測定したところ、シクロヘキシルビニルエーテルは100%反応し、酢酸シクロヘキシルの収率は17%、加水分解して生成するシクロヘキサノールの収率は66%であった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ビニルエーテルと過酸化水素水溶液とを、(1)単座ホスフィン配位子を有するパラジウム触媒、および(2)アミン類を含有する混合触媒系の存在下で、酸化反応させることを特徴とする酢酸エステルの製造方法。
【請求項2】
単座のホスフィン配位子を有するパラジウム触媒がトリフェニルホスフィン配位子を有するパラジウム触媒であることを特徴とする、請求項1に記載の酢酸エステルの製造方法。
【請求項3】
アミン類がトリエチルアミン、N−メチルピペリジン、2,2,6,6−テトラメチルピペリジン、または1−メチルピロリジンであることを特徴とする、請求項1または2に記載の酢酸エステルの製造方法。


【公開番号】特開2012−246262(P2012−246262A)
【公開日】平成24年12月13日(2012.12.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−120375(P2011−120375)
【出願日】平成23年5月30日(2011.5.30)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成23年度独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構委託研究「グリーン・サステイナブルケミカルプロセス基盤技術開発/廃棄物、副生成物を削減できる革新的プロセス及び化学品の開発/革新的酸化プロセス基盤技術開発」産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】