説明

閉鎖系育成温室及びその使用方法

【課題】外部と隔離されていながら開放型の圃場と同等の環境条件を温室内に実現することが可能な閉鎖系育成温室を提供する。
【解決手段】外部の環境と遮断されている植物の育成温室1であって、上記育成温室1は、温度、湿度、時間当たり降水量、風速、風向き、日照時間、及び日射量を検知する環境センサー2aと、散水装置、送風機、エアコンディショナー、投光機及びこれらの制御コントローラーとからなる制御ユニット2bとを備え、上記環境センサー2aによって得られたデータにより上記制御ユニット2bを稼動させて、上記外部環境と略同一の環境を上記育成温室1内に作り出す。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は遺伝子組み換え作物の育成等に使用される閉鎖系の育成温室及びその使用方法に関する。
【背景技術】
【0002】
遺伝子組み換え作物(以下単に「組換え体」と記す。)の育成栽培試験には通常の作物の耐農薬試験等以上に留意しなければならない問題がある。それは、組換え体の種子や花粉等の外部環境への飛散防止である。組換え体の育成評価は自然環境化で行うのが評価の信頼性確保の観点からは望ましいのであるが、環境安全面から上記の点を厳しく管理しなければならないため、従来、自然環境下での育成栽培を行う場合は隔離圃場を使用していた。
【0003】
隔離圃場とは、花粉や種子の飛散等による影響が一般の圃場に及ばないことを目的として、一般の圃場から所定距離を隔てて設置される圃場であり、試験的に栽培される品種について温室外の自然環境で育成試験を行う際に利用される。
【0004】
また、組換え体に限らず一般の作物の育成評価や、肥料等の評価を行うために、育成温室やチャンバーが用いられる。
特許文献1、2には従来の温室及びチャンバーの発明について記載されている。
【0005】
【特許文献1】特開2008−092821号公報
【特許文献2】実用新案3105360号明細書
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1には人工光下で根に養分を散水する育成温室の発明、特許文献2には上部から散水する植物育成装置の発明についての記載はあるものの、外部環境をモニターし制御を行うものではない。
【0007】
このような植物栽培用の温室やチャンバーは、環境要因を人為的に制御し、生産者の希望する条件で植物を栽培することを目的に作られているであるため、温度変化や風雨に関しては無視されており、組換え体の持つ特性、特に圃場抵抗性や収量特性等の農業形質を正しく評価することはできない。植物は生育環境に強く影響を受けるため、現実の外部の生育環境と異なる一定条件の温室での生育データでは信頼性が低くなるからである。
【0008】
これに対し、上記の隔離圃場を用いれば一般の圃場と同じ条件で評価することが可能であるが、PA(Public Acceptance)や安全性評価が必要なため多大な労力と時間が必要であるだけでなく、環境面からも本質的な対策とはいえない。
【0009】
本発明は、上記問題点を解決し、外部と隔離されていながら開放型の圃場と同等の環境条件を温室内に実現することを可能として、環境安全性と組換え体の育成評価の信頼性とを両立させる閉鎖系育成温室を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するために請求項1の発明は、外部の環境と遮断されている植物の育成温室であって、上記育成温室は、該育成温室の外部環境を検知する手段と、上記育成温室の内部環境を制御する手段とを備えており、上記検知手段によって得られたデータに基づいて上記制御手段を稼動させて、上記外部環境と略同一の環境を上記育成温室内に作り出すことを特徴とする。これにより、温室の内部環境を外部と遮断し、なおかつ、外部の環境条件を温室内部に再現することができる。
請求項2の発明は、さらに、上記検知手段は、温度、湿度、時間当たり降水量、風速、風向き、日照時間、及び日射量を検知するセンサーを含み、上記検知手段のデータにより、これらの外部環境因子を上記育成温室内に再現する制御手段は、散水装置、送風機、エアコンディショナー、投光機及びこれらの制御コントローラーを含むことを特徴とする。これにより、育成温室の外部の環境条件を忠実に再現して育成試験を行うことができる。
請求項3の発明は、さらに、上記散水装置は2種類の容量の異なる散水機により構成されており、上記育成温室の天井及び/又は側壁に設けられていることを特徴とする。これにより、育成温室内部に外部の雨量に応じた雨量を容易に再現することができる。
請求項4の発明は、さらに、上記扇風機は上記育成温室の天井及び/又は側壁に設けられていることを特徴とする。これにより、育成温室内部に外部の風速及び風向きを再現することができる。
請求項5の発明は、請求項1ないし4のいずれかに記載の育成温室の使用方法であって、上記外部環境の検知手段を上記育成温室の設置場所以外の場所に設置して、当該センサー設置場所の外部環境を上記制御装置にて育成温室内に再現することを特徴とする。これにより、任意の場所の自然環境条件を再現して育成試験を実施することができる。
請求項6の発明は、請求項1ないし4のいずれかに記載の育成温室の使用方法であって、インターネット情報により得られた環境条件のデータまたは任意の仮想の環境条件のデータに基づいて、当該環境条件を上記制御装置にて上記育成温室内に作り出すことを特徴とする。これにより、任意の環境条件を設定して育成試験を実施することができる。
【発明の効果】
【0011】
以上説明したように、本発明の育成温室により温室の内部環境を外部と遮断し、なおかつ、外部の環境条件を温室内部に再現することができ、組換え体の適正な育生データの取得と環境安全性の確保とを両立させることができる。
また、本発明の閉鎖系育成温室により温室の設置場所の外部環境のみならず、インターネット経由で外部の環境条件を再現することも可能となり、さらに、過去の環境条件や、外気温度+5℃といった仮想の環境条件における生育試験についても実施が可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下に本発明の閉鎖系育成温室の実施形態について図面を用いて説明する。
図1は本発明の閉鎖系育成温室の一実施形態を示す概観図である。まず、本実施形態の構成について説明する。
育成温室1の寸法としては、長さ3600×幅3600×高さ3000であって、育成温室1の外部には各種環境センサー2aと、それらから得られた環境情報を基に温室の内部環境を制御する各種制御ユニット2bが設けられている。本実施形態の温室は、この環境センサー2aと制御ユニット2bからなるモニタリング装置2により、外部環境と遮断された閉鎖系温室でありながら、温室の内部に外部環境を再現することを可能とする。
なお、温室壁面に使用するガラスには表面に汚れを分解するために酸化チタンの塗布がなされている。
【0013】
環境センサー2aとしては、温度、湿度、時間当たり降水量、風速、風向き、日照時間、及び日射量を検知するセンサーを備えており、制御ユニット2bとしては、これらのセンサーのデータにより、外部環境因子を上記育成温室内に再現する散水装置、送風機、エアコンディショナー、投光機及びこれらの制御コントローラーを備えている。
【0014】
図2に示すように、天井面には、大容量の散水機3aと小容量の散水機3bからなる散水機3が設けられており、その内、2台のうち1台が環境追随型降雨システムに組み込まれる散水量可変型であり、残り半分は手動により散水量が固定値に設定される従来型である。
【0015】
天井面には散水機3の他に投光機4が設置されている。この投光機4を使用して育成温室1内の日照時間及び照度の制御を行う。
【0016】
図3に示すように、育成温室1の側面には、各面に送風機5が設けられており、その内、2台のうち1台が環境追随型風速システムに組み込まれる風速可変型であり、残り半分は手動により風速が固定値に設定される従来型である。
【0017】
育成温室1の地表面からの排水処理装置として、床面グレーチングの下に外部への防水処理が施され、排水枡600角(不図示)が設置されている。この排水枡に排水を溜めて定期的に排水処理を行うことで、外部に排水が排出されない方式としている。
その他、育成温室1内に散水栓を1箇所、コンセント(3P2口コンセント)を1箇所設けている。
【0018】
さらに、安全装置として、漏電警報、ヒーター異常警報、冷凍機異常警報、温度上下限異常警報、一括異常警報、ブザー警報が備えられている。
【0019】
次に、上記構成の育成温室1の機能について説明する。
温度制御は不図示のエアコンディショナーで行い、温度制御の方式としては、制御コントローラーへの入力により昼夜で2段階の温度変化を行わせる手動設定方式と、外部温度センサーによる偏差追尾方式の2つの方式の選択が可能な構成となっている。
【0020】
湿度制御の方式も同様に、制御コントローラーへの入力による昼夜で2段階の湿度変化を行わせる手動設定方式と、外部湿度センサーによる偏差追尾方式の2つの方式の選択が可能な構成となっている。湿度制御には小容量の散水機3bを用いる。
【0021】
換気方式は、アッパー方式横吸い込みを採用しており、側壁に設けられた送風機用の開口部から吸気を行い、天井から排気を行う方式である。そして、排気側に中性能フィルターを取付け遺伝子組み換え植物の花粉飛散防止を行う「P1P」方式を採用している。
【0022】
上記構成では、経済面の要請から、天井や側壁に上記ガラスを使用することで外部の自然光を取り入れる方式としている。しかし、上述のように散水機、投光機等の制御装置を取付けるため、部分的に日照が妨げられることや、投光機による照度調整や、内外面の汚れに対する透明度の維持等を考慮して、日照を全面的に投光機により制御する方式とすることが望ましい。
【0023】
雨や風の条件も作物に多大な影響を与えることは勿論である。本実施形態の温室は、外部の実際の風雨の状態を温室内に再現するため、以下の方式にて行う。
まず雨についてであるが、雨量は散水機3を構成する大容量の散水機3aと小容量の散水機3bを組み合わせて用いることで、外部の雨量データと同等の雨量を再現する。2種類の散水機を設けたのは、雨の場合、大雨から小雨までの雨量の振れ幅が大きく、1種類の散水機のみでは微妙な差のある小雨の場合と、大雨の場合の両方を再現することが困難だからである。散水機3bは上述のように湿度の制御に対しても使用される。
【0024】
次に風については風速、風向きを再現可能なように以下の方式としている。
すなわち図3に示すような4面に設置された送風機5を制御して、外部と同じ風向き、風速を作り出すのである。そして、これらの送風機5と散水機3を組み合わせて制御することで、外部と同様の斜め降りの雨を再現することができる。つまり、風向きとしては4方向のみならず、地面に対して吹きつける角度についても再現可能としている。このような制御を行うのは、実際の圃場における環境で作物の風に対する耐久力を評価する上で重要な要素と考えられるからである。なお、送風機5は天井面に設置してもよい。
【0025】
水はけについても土壌の内部状況のモニタリングを正確に行うために重要な要素である。本実施形態では上述のように排水処理方式として、排水枡を設置し、排水枡に水を溜めることで外部に肥料の成分等が排出しないようにしている。
【0026】
さらに、上記の安全装置を設置することで、環境条件の異常や制御機器の異常を早期に検知して、壁の破損や制御機器の故障等のトラブルに直ちに対処できるようにし、外部への組換え体の種子や肥料等の漏れ出しを防止している。
【0027】
上記構成のように外部環境をモニターし、育成温室内を近似の環境に制御するものは従来存在せず、特に育成温室内の雨や風を制御するものはなかった。これは従来、組換え体の育成栽培のように、環境安全面から外部との遮断が強く要請され、しかも自然環境と同等の環境での育成評価が求められる、という両立しにくい条件が与えられることがなかったためとも考えられる。
【0028】
以下に、本発明の育成温室の効果について述べる。
本発明の育成温室は完全閉鎖型であり、内部の組換え体の遺伝子が花粉の飛散等によって外部に出ることはない。これに加え、上述のようにモニタリング装置により、温度・湿度に加え、雨量並びに風力・風向き等の外部の環境条件が温室内部に再現される。本発明の育成温室を利用することで、組換え体の持つ特性を隔離圃場に出すことなく評価することが可能となる。したがって、本発明の育成温室によれば組換え体の適正な育生データの取得と環境安全性の確保とを両立させることができる。
【0029】
また、既存の施設に比べ組換え体の生育が良くなることが予測され、種子の大量増殖にも利用可能であると考えられる。ほぼ自然環境での生育が行われることに加えて、本発明の育成温室を用いて環境条件のデータと育成状況を詳しく分析評価することで種子の大量増殖の条件を把握できる可能性が高まると考えられるからである。これは、生育中に常態的に繰り返される刺激等の差異や受粉期前後等の生育のある段階のわずかの環境条件の違い等が、作物の生育そのものや、種子の数量に大きく影響することがあり、本発明の育成温室を用いれば上記の分析評価が可能となることによる。
【0030】
さらに、本発明の育成温室によれば、実際の現地の環境データや想定上の環境データにより温室内にそれらの環境を再現することができるため、さまざまの環境における作物の耐環境性を、正確に評価することが可能となる。
【産業上の利用可能性】
【0031】
今後組換え体の研究開発が進むことが予想されるが、国内では隔離圃場自体が少ないこと並びに近隣の住民に対するPAの問題もあり、依然として圃場での栽培・評価が困難な社会状況は変わらないと考えられる。そのため、閉鎖系育成温室において評価や種子の大量増殖を可能にする本発明への大学や研究機関における潜在的な需要は高いと推測される。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】本発明の閉鎖系育成温室の一実施形態を示す概観図である。
【図2】本実施形態の閉鎖系育成温室の天井部を示す模式図である。
【図3】本実施形態の閉鎖系育成温室の側壁部の扇風機配置を示す模式図である。
【符号の説明】
【0033】
1 育成温室
1a 天井部
2 モニタリング装置
2a 環境センサー
2b 制御ユニット
3 散水機
3a 散水機(大)
3b 散水機(小)
4 投光機
5 送風機

【特許請求の範囲】
【請求項1】
外部の環境と遮断されている植物の育成温室であって、
上記育成温室は、該育成温室の外部環境を検知する手段と、上記育成温室の内部環境を制御する手段とを備えており、
上記検知手段によって得られたデータに基づいて上記制御手段を稼動させて、
上記外部環境と略同一の環境を上記育成温室内に作り出す
ことを特徴とする育成温室。
【請求項2】
上記検知手段は、温度、湿度、時間当たり降水量、風速、風向き、日照時間、及び日射量を検知するセンサーを含み、上記検知手段のデータにより、これらの外部環境因子を上記育成温室内に再現する制御手段は、散水装置、送風機、エアコンディショナー、投光機及びこれらの制御コントローラーを含むことを特徴とする、請求項1に記載の育成温室。
【請求項3】
上記散水装置は2種類の容量の異なる散水機により構成されており、上記育成温室の天井及び/又は側壁に設けられていることを特徴とする、請求項1又は2に記載の育成温室。
【請求項4】
上記扇風機は上記育成温室の天井及び/又は側壁に設けられていることを特徴とする、請求項1ないし3のいずれかに記載の育成温室。
【請求項5】
上記外部環境の検知手段を上記育成温室の設置場所以外の場所に設置して、当該センサー設置場所の外部環境を上記制御装置にて育成温室内に再現する、
ことを特徴とする請求項1ないし4のいずれかに記載の育成温室の使用方法。
【請求項6】
インターネット情報により得られた環境条件のデータまたは任意の仮想の環境条件のデータに基づいて、当該環境条件を上記制御装置にて上記育成温室内に作り出す、
ことを特徴とする請求項1ないし4のいずれかに記載の育成温室の使用方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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