説明

C4−ジカルボン酸ジ低級アルキルエステルの製造方法

【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】本発明は、アクリル酸低級アルキルエステルと水素を含む一酸化炭素と低級飽和脂肪族一価アルコールとを原料とし、コバルトカルボニルとピリジン塩基から成る錯体を触媒とするC4−ジカルボン酸ジ低級アルキルエステル(以下、C4−ジエステルと略記することもある)を製造する方法に関するものである。
【0002】
【従来の技術】コハク酸ジメチル等のC4−ジエステルと、エチレングリコールや1,4−ブタンジオール等のジオール類との脱アルコール縮合により得られるポリエステルは、ポリエチレン程度の強度を持つ上に生分解性を有することから、産業上の利用性の非常に高いものである。しかし、その原料となるC4−ジエステルの合成法に難点があり、その工業的に有利な製造方法の開発が求められている。現在、コハク酸ジエステルは、無水マレイン酸を水和後に水素化して得られるコハク酸をエステル化して製造されている。しかし、この方法は工程が長い上に水素化工程に難点があるから、より優れた方法の開発が望まれている。そこで、従来各種の方法が提案されたが、C4−ジエステルの工業的製法としては未だ満足し得るものではなかった。本発明者らの一人は、アクリル酸メチルとメタノールをコバルトカルボニルとピリジン塩基の存在下に、5〜7容量%の水素を含む一酸化炭素雰囲気中、160〜200気圧の加圧下に110〜160℃で反応させると、67〜82%の収率でコハク酸ジメチルが得られることを見い出し、Bull.Chem.Soc.Jpn.,42 571(1969)に発表した。この方法は、従来技術より大幅に利点の多いC4−ジエステル製造方法であるが、反応圧が高くC4−ジエステル収率が未だ充分に大きいと云えない上に、触媒の循環再使用が困難なために工業化技術としては充分満足できるものでない。
【0003】
【発明が解決しようとする課題】本発明は、アクリル酸低級アルキルエステルと一酸化炭素と低級飽和脂肪族一価アルコールの反応によるC4−ジエステル製造方法において、工業的に有利な条件下で高い収率でC4−ジエステルの製造を可能にし、かつ効率良く触媒及び反応溶媒を循環再使用できる方法を提供することをその課題とする。
【0004】
【課題を解決するための手段】本発明者らは、前記課題を解決すべく鋭意研究を重ねた結果、本発明を完成するに至った。すなわち、本発明によれば、アクリル酸低級アルキルエステルと水素を含む一酸化炭素と低級飽和脂肪族一価アルコールとを反応させてC4−ジエステルを製造する方法において、芳香族炭化水素と飽和脂肪族炭化水素との混合物を反応溶媒とし、コバルトカルボニルとピリジン塩基から成る錯体を触媒とすることを特徴とするC4−ジエステルの製造方法が提供される。また、本発明によれば、アクリル酸低級アルキルエステルと水素を含む一酸化炭素と低級飽和脂肪族一価アルコールとを反応させてC4−ジカルボン酸ジ低級アルキルエステルを製造する方法において、芳香族炭化水素と飽和脂肪族炭化水素との混合物を反応溶媒としコバルトカルボニルとピリジン塩基から成る錯体を触媒として反応させる反応工程と、反応工程で得られた高温の反応生成液をその液中に含まれるコバルトカルボニルとピリジン塩基との錯体が相分離するのに十分な低温度に冷却する第1冷却工程と、第1冷却工程で冷却された反応生成液からコバルトカルボニルとピリジン塩基との錯体を触媒液として分離する第1分離工程と、触媒液を分離後の反応生成液をその液中に含まれる反応溶媒が相分離するのに十分な低温度に冷却する第2冷却工程と、第2冷却工程で冷却された反応生成液から反応溶媒を分離する第2分離工程からなり、前記第1分離工程で得られた触媒液を反応工程に循環使用すると共に、前記第2分離工程で得られた反応溶媒を反応工程に循環使用することを特徴とするC4−ジカルボン酸ジ低級アルキルエステルの製造方法が提供される。
【0005】本発明によれば、C4−ジエステルが収率良く得られる上に触媒や反応溶媒のほぼ完全な循環再使用が可能であり、無水マレイン酸を原料とする従来法より大幅に低価格でC4−ジエステルを製造することができる。これらの触媒や反応溶媒の循環再使用を可能にした主因は、芳香族炭化水素と飽和脂肪族炭化水素の混合物を反応溶媒として使ったことである。本発明で反応溶媒に用いられる一方の成分は芳香族炭化水素であり、このものとしては、例えば、ベンゼン、トルエン、キシレン、エチルベンゼン、クメン等が挙げられる。本発明で反応溶媒に用いられる他方の成分は飽和脂肪族炭化水素であり、このものとしては、例えば、ペンタン、ヘキサン、ヘプタン、オクタン、ノナン、デカン、シクロヘキサン、メチルシクロヘキサン等が挙げられる。本発明で用いる反応溶媒は、これらの芳香族炭化水素と飽和脂肪族炭化水素とを混合することにより調製されるが、この場合、その混合物の凝固点はできるだけ低くするのが良い。その理由は、本発明で効率良く触媒や反応溶媒を分離するためには反応生成液をできるだけ低い温度に冷却するのが好ましいためである。また、価格、安全性、触媒の分離性能、反応溶媒としての性能等の諸因子について総合評価すると、トルエンとn−ヘキサンとの混合物の使用が好ましい。
【0006】本発明で反応溶媒に用いる芳香族炭化水素及び飽和脂肪族炭化水素は、両者とも単一品又は2種以上の混合物として使用することができるが、前者と後者の混合比を重量比で1:1.5〜10、好ましくは1:2〜5とするのが良い。反応溶媒中の芳香族炭化水素混合比が前記範囲より過多では、触媒が芳香族炭化水素に良く溶けるために反応溶媒と触媒との分離が困難になる。一方、芳香族炭化水素の混合比過少では触媒が反応生成物に溶解して反応溶媒とは別の相を形成するようになることから、反応速度が大きく低下する上に反応生成液からの触媒の分離が困難になる。反応溶媒量は、原料に使用するアクリル酸低級アルキルエステル量の0.5〜10重量倍、好ましくは2〜5重量倍が望ましい。反応溶媒量が多すぎる場合は、反応速度が低下する上に装置効率が低下する。また、反応溶媒量が少なすぎると触媒が失活する場合が多く、失活しなくても劣化速度が増加して多数回の循環使用が困難になる。
【0007】本発明で用いられる触媒は、ピリジン塩基を配位したコバルトカルボニルである。コバルトカルボニルはジコバルトオクタカルボニルやコバルトヒドロカルボニルピリジニウム塩の形で反応系に添加すれば良い。ピリジン塩基としては、従来公知の各種のピリジン塩基の使用が可能であり、例えば、ピリジン、アルキルピリジン、ジアルキルピリジン等を用いることができるが、特に、3−アルキルピリジンを用いるのが好ましい。3−アルキルピリジンのアルキル基の炭素数は6以下に規定するのがよい。触媒系におけるコバルトカルボニルとピリジン塩基とのモル比は、コバルト原子1個当りピリジン塩基2〜10分子、好ましくは2.5〜6分子とするのが良く、この範囲よりピリジン塩基量が多くても少なくても触媒能が低下する。コバルトカルボニルの添加量は、原料アクリル酸エステル1モル当りコバルトとして0.01〜0.1モル、好ましくは0.025〜0.075モルである。
【0008】本発明で主原料として用いるアクリル酸低級アルキルエステルは、アクリル酸と炭素数1〜6個の低級飽和脂肪族一価アルコールとのエステル、例えばアクリル酸メチル、アクリル酸エチル、アクリル酸プロピル等である。本発明で副原料として用いる低級飽和脂肪族一価アルコールは、炭素数1〜6個の低級アルコール、例えばメタノール、エタノール、プロパノール、ブタノール等である。低級飽和脂肪族一価アルコールの使用量は、アクリル酸低級アルキルエステル使用量の1〜3モル倍、好ましくは1.1〜1.5モル倍である。本発明で副原料として用いる一酸化炭素は、0.2〜7.0容量%、好ましくは0.25〜5.0容量%、さらに好ましくは2.0〜3.0容量%の水素を含むものである。この水素は触媒活性を維持するために必要であり、水素が存在しないと時間の経過と共に触媒活性が急速に低下する。本発明では、反応系に水素を存在させることから下記(3)、(4)式によってプロピオン酸エステルやγ−ケトピメリン酸エステルを副生することが避けられないが、本発明の場合には水素混入量が前記のように少量で良いため、プロピオン酸エステル等の副生量を少なくすることができる。
【0009】本発明でC4−ジエステルを製造する際の反応を化学式で示すと下記(1)、(2)式となり、(1)式は主反応(コハク酸ジエステル生成反応)を、(2)式は副反応(メチルマロン酸ジエステル生成反応)を示している。
CH2=CHCOOCH3 + CH3OH + CO → CH3OCOCH2CH2COOCH3 (1)


以上に示したほか、本発明では副原料の一酸化炭素に少量の水素が含まれるため、(3)及び(4)式に示す副反応も多少生起する。
CH2=CHCOOCH3 + H2 → CH3-CH2-COOCH3 (3)
プロピオン酸エステル 2CH2=CH-COOCH3 + CO + H2 → CH3OCOCH2CH2COCH2CH2COOCH3 (4)
γ-ケトピメリン酸エステル
【0010】本発明でC4−ジエステルを製造する場合、反応温度は100〜130℃、好ましくは110〜120℃である。また、反応圧は25〜150気圧、好ましくは40〜80気圧である。本発明の場合、反応は100〜120℃程度の温度及び25〜50気圧の圧力の条件下でも円滑に進行する。そして、このように比較的穏和な条件を採用することによって、原料アクリル酸エステルの重合による収率低下が防がれる上に触媒の劣化速度も低下し、触媒の多数回循環使用が可能になる等の利点が得られる。なお、この反応では反応温度によって最適反応圧が変化し、反応温度100〜120℃の場合は反応圧力50気圧以下でよいが、応温度が高い場合は反応圧も高くするのが好ましい。
【0011】本発明によれば、反応生成液中の触媒及び反応溶媒を容易に分離し得ることから、触媒や反応溶媒の循環使用が可能になる。これらの分離は、反応生成液を冷やして反応溶媒への触媒やC4−ジエステルの溶解度を下げることによって行うことができる。次に、本発明の反応工程で得られた反応生成液から、コバルトカルボニルとピリジン塩基との錯体からなる液状の触媒(以下、触媒液とも言う)及び反応溶媒を分離し、循環する方法について詳述する。
【0012】(第1分離工程)反応工程で得られる高温の反応生成液は、これを冷却して触媒液を相分離させる。反応生成液の冷却温度は、反応生成液から触媒液が相分離するのに十分低い温度であればよく、通常は5〜40℃、好ましくは15〜25℃である。反応生成液から相分離した触媒液は、これを反応生成液から分離させるが、この場合の触媒液の分離は、触媒液の比重が反応溶媒の比重より大きい事を利用して比重差分離すれば良く、具体的には従来公知の静置分離法や遠心分離法等で分離することができる。反応生成液を冷却して触媒液を分離する場合、触媒液の分離効率は反応溶媒量に依存し、反応溶媒量が多いほど触媒液の分離効率は高くなる。反応生成液中の反応溶媒量は、一般的には反応原料として使ったアクリル酸エステル1重量部当り1〜5重量部、好ましくは2〜4重量部の範囲にするのがよい。反応生成液中の反応溶媒量が前記範囲より少ない場合、或いは触媒液の分離効率をより高くする場合には、その反応溶媒と実質的に同一組成を有する芳香族炭化水素と飽和脂肪族炭化水素から成る混合溶媒を反応生成液に添加混合し、この混合物を冷却して触媒液を相分離させるのが好ましい。
【0013】以上のようにして分離された触媒液(B液)は、一般に下記組成を持った暗赤色の均一液なので、反応工程に循環して触媒として再使用することができる。
(1)錯体触媒:9〜35重量%(2)C4−ジエステル:39〜75重量%(3)反応溶媒:5〜50重量%(4)その他(プロピオン酸エステル、ピリジン塩基等):1〜5重量%
【0014】反応生成液から触媒液(B液)を分離後の反応生成液(残液)(A液)は、一般に下記組成を持った透明で淡褐色の均一液である。
(1)C4−ジエステル:15〜35重量%(2)反応溶媒:60〜80重量%(3)錯体触媒:0.01〜0.15重量%(4)その他(プロピオン酸エステル、ピリジン塩基等):0.5〜2.5重量%
【0015】(第2分離工程)前記A液は、これを冷却して反応溶媒に対するC4−ジエステルの溶解度を下げれば、反応溶媒を主成分とする相とC4−ジエステルを主成分とする相とに分離させることができる。この冷却温度は、反応溶媒がC4−ジエステルから分離するのに十分に低い温度であれば良く、相分離の点からはできるだけ低温が好ましい。この場合の冷却温度は、通常、0〜−15℃、好ましくは−5〜−10℃とするのが良く、C4−ジエステルがコハク酸ジメチルのように高融点の場合は、冷却温度が−20℃に近づくと結晶として析出することがある。
【0016】以上のように冷却され、反応溶媒を主成分とする相が相分離したA液は、C4−ジエステルの比重が反応溶媒の比重より大きい事を利用して比重差分離すれば良く、具体的には従来公知の静置分離法や遠心分離法等で分離することができる。そして、比重の小さいC液は一般に下記組成を持ったほぼ無色透明の液なので、反応工程や分離工程に循環して再使用することができる。
(1)反応溶媒:85〜95重量%(2)C4−ジエステル:5〜15重量%(3)プロピオン酸エステル:0〜1重量%(4)その他(γ−ケトピメリン酸エステル、ピリジン塩基等):0〜1重量%
【0017】A液からC液を分離後の残液(D液)は、C4−ジエステルのほかに少量の触媒等を含む褐色液であり、一般に下記組成を持っている。
(1)C4−ジエステル:60〜80重量%(2)反応溶媒:20〜40重量%(3)錯体触媒:0.05〜1.0重量%(4)その他(プロピオン酸エステル、ピリジン塩基等):1〜5重量%
【0018】以上に詳記した触媒液及び反応溶媒の分離方法によれば、触媒の95%以上と反応溶媒の94%以上を反応生成液から分離し、循環使用することができる。また、前記のD液からは減圧蒸留等によってC4−ジエステルを分離精製することができ、この分離精製に際して触媒や反応溶媒を回収すれば、プロセス全体として触媒の99%以上と反応溶媒の99.9%以上の循環使用が可能になる。すなわち、D液を減圧蒸留してC4−ジエステルを留出させる際に、塔頂成分として反応溶媒を分離回収することができ、蒸留残成分として触媒液を分離回収することができる。なお、蒸留残の一般的組成は下記の通りである。
(1)錯体触媒:2〜7重量%(2)C4−ジエステル:75〜85重量%(3)その他(例えば、γ−ケトピメリン酸エステル):10〜25重量%本発明でカルボニル化反応に用いる錯体触媒は、一酸化炭素不在下では分解したり変質劣化したりすることが多く、空気中に長時間保存すると触媒活性が失われる。従って、前記した触媒の循環使用時には触媒が劣化しないように注意が必要である。例えば、触媒液(B液)の保存は窒素等の不活性ガス雰囲気下とするのが良く、前記のD液からC4−ジエステルを蒸留分離して触媒を回収する際には、蒸留時の釜温を80℃以下とするのが望ましい。
【0019】上記の反応生成液から触媒及び反応溶媒を分離して再使用する方法は、バッチ法でも流通法でも行うことができるが、工業化法としては流通法が好ましい。そこで、触媒と反応溶媒を循環使用する流通法の一例について図面で説明する。図1は、本発明によるC4−ジエステル製造方法の一例を示すフローシートである。図中、1は補給混合溶媒貯槽、2は液体原料貯槽、3は補給触媒貯槽、4は原料ガス貯槽、5は製品、6は反応器、7は気液分離装置、8及び9は静置槽、10は減圧蒸留器、11及び12は冷却器、13はバルブ、14はポンプ、15はA液の輸送管、16は触媒液循環ライン、17はD液の輸送管、18は溶媒循環ライン、19は蒸留残の輸送管、20は低沸点液の輸送管、21は蒸留残の抜き出し管、22は触媒液貯槽、23は混合溶媒貯槽、24はD液の貯槽を示している。
【0020】所定の一酸化炭素圧及び所定温度に保たれている反応器6に、液体原料貯槽からアクリル酸低級アルキルエステルと低級飽和脂肪族アルコールとを所定速度で圧入し、同時に触媒液循環ライン16からポンプ14で加圧された触媒液を所定速度で圧入すると共に、混合溶媒循環ライン18から混合溶媒を所定速度で圧入する。なお、触媒液循環ライン16にはジコバルトオクタカルボニルのピリジン塩基溶液が補給されて触媒量が調整され、混合溶媒循環ライン18には混合溶媒が補給されて反応溶媒量が調整されている。以上のようにして供給された原料、触媒及び反応溶媒を反応器内で良く撹拌して液組成や液温を均一に保つと共に、反応器内の液量が一定値となるように反応器内の液を一定速度で抜き出す。そして、反応器から出た液は気液分離装置7で気体を分離して常圧とし、必要に応じて混合溶媒循環ライン18から供給される混合溶媒と混合し、冷却器11で冷却してから静置槽8に送られる。ここで追加供給される混合溶媒は反応溶媒と同一組成である。また、気液分離装置7で分離された気体は水素を含む一酸化炭素であり、そのまま再使用することができ、図1ではポンプ14で加圧して原料ガス貯槽4に戻される。
【0021】静置槽8においては、反応生成液は30〜60分間静置される。静置槽は2槽設けられており、連続反応中に一方の静置槽には反応生成液が満たされていて新しい液の流入はなく、別の静置槽には液が満たされていないが新しい反応生成液が流入するようにバルブ13を操作する。また、所定時間が経過して充分に分離されたA液とB液とはバルブ13を開いて速やかに抜き出し、空となった静置槽には液の流入用バルブから新しい反応生成液を流入させると共に、これまで液が流入していた方の静置槽の液流入用バルブは閉じる。このように、二つの静置槽を切り替えて使用すれば、反応生成液はA液とB液とに連続的に分離される。静置槽8の下方から抜き出されたB液は、触媒循環ライン16を通って触媒液貯槽22に貯留される。そして、この貯槽で不足触媒を補給してからポンプ14で加圧し、一定速度で反応器6に圧入される。なお、貯槽22の気相部は該触媒の活性低下を防止するために窒素置換されている。
【0022】静置槽8の上方から抜き出されたA液は、輸送管15を通って冷却器12に入り、ここで0℃以下に冷却されてから静置槽9に入り、10〜40分間、好ましくは20〜30分間静置される。静置槽8の場合と同様に静置槽9も2槽設けられており、これを切り替え使用する。また、この場合の2層分離は一般に0℃以下で行われるから、静置槽9は保冷するのが望ましい。なお、冷却器12を使わずに、静置槽9で冷却と静置を同時に行うこともできる。静置槽9の上方から抜き出された上層液(C液)は、混合溶媒循環ライン18を通って混合溶媒貯槽23に入り、ここで分離工程やガスパージの際に蒸発したりして失われた混合溶媒を補給してから、混合溶媒循環ライン18を通って一定速度で反応工程や分離工程に供給される。また、静置槽9の下方から抜き出されたD液は輸送管17を通って貯槽24に入り、ここに貯留されたD液は減圧蒸留塔10に供給される。
【0023】減圧蒸留塔10は、目的とするC4−ジエステルを分離精製するための蒸留塔であり、単蒸留塔であっても多段蒸留塔であっても良いが、前記のように釜温を80℃以下とするのが好ましい。また、釜温が80℃以下となるように減圧度を調整して単蒸留した場合は、生成したC4−ジエステルの85〜90%が留出液として回収され、蒸留残中には4〜5重量%の触媒が含まれている。減圧蒸留塔10から排出される蒸留残は、輸送管19を通って触媒液循環ライン16に供給され、その一部は抜き出し管21から外部に排出される。また、D液に含まれている少量の反応溶媒は減圧蒸留塔の頂部から排出され、輸送管20を経由して溶媒循環ライン18に供給される。
【0024】本発明は、図1に示したフローシートに示した方法に限られるものではなく、各種の方法で実施することができる。例えば、図1において、混合溶媒循環ライン18を通して冷却器11の前で反応生成液に対して添加されている混合溶媒は、その冷却器11の後の反応生成液に添加することができる。また、ライン15を通って静置槽8から抜出された触媒液を分離された後の反応生成液(A液)は、冷却器12及び静置槽9を通過させることなく直接減圧蒸留塔10に供給し、反応溶媒を蒸留分離させることができる。この場合、反応生成液からの触媒液の分離はできるだけ高率で行い、蒸留工程に導入される触媒量をできるだけ少なくするのが好ましい。このためには混合溶媒の量と冷却温度とを調節して、反応生成液からの触媒液の分離を98%以上、好ましくは99〜100%の分離効率で行うのがよい。さらに、A液は、これを結晶化分離工程に供給し、A液中に含まれるC4−ジエステルを結晶化分離させることも可能である。
【0025】
【実施例】次に、本発明を実施例によって更に具体的に説明するが、本発明はこの実施例によって限定されるものではない。なお、以下に示す特記されていない%はいずれも重量%である。また、反応生成物及び溶媒の分析はガスクロマトグラフ法によって行い、コバルト量の分析はEDTA−キレート滴定法によって行った。
【0026】実施例1本実施例では23回反応に使用後の混合溶媒80gを使い、その40%を反応工程に導入し、その60%は分離工程に導入される反応生成液に加えた。混合溶媒組成は、n−ヘキサン60%、トルエン26%、コハク酸ジメチル12%、メチルマロン酸ジメチル1%、プロピオン酸メチル0.7%、3−メチルピリジン0.14%、その他0.16%であった。アクリル酸メチル8.6g(0.1モル)とメタノール4.0g(0.125モル)に混合溶媒32gを加え、これにジコバルトオクタカルボニル0.855g(Coとして5ミリモル)と3−メチルピリジン1.4g(15ミリモル)の両者を溶解混合し、この液を内容積300cm3の上下撹拌式オートクレーブに仕込んだ。このオートクレーブを2.5容量%の水素を含む一酸化炭素で40気圧とし、撹拌下にオートクレーブ内温度を110℃に昇温して反応を始めた。反応開始後は、消費一酸化炭素を補給してオートクレーブ内の圧を50気圧に保つと15分でガス吸収は終了するが、その後も1時間110℃で撹拌を継続後にオートクレーブを室温まで冷却した。
【0027】オートクレーブ内のガスをパージしてオートクレーブを開け、これに室温の前記混合溶媒48gを添加混合して静置すると反応生成液が上下2層に分離した。この上層液(A液)82gをピペットでオートクレーブ外に取り出すと、オートクレーブには暗赤色の下層液(B液)14gが残った。このB液を分析すると反応に使ったコバルトの95.6%が含まれており、このB液にはコバルトカルボニル3分子と3−メチルピリジン5分子から成る錯体が含まれていると推定されるから、その含有量は1.5gと計算される。このほか、B液には5.5gのコハク酸ジメチルと6gの反応溶媒が含まれており、この液は窒素雰囲気下にオートクレーブ内に保存して次回反応用触媒とした。A液を−10℃に約20分間保つと、溶媒を主成分とする上層液(C液)71gと反応生成物を主成分とする下層液(D液)10.8gに分れた。前者にはトルエン27%、n−ヘキサン58%、コハク酸ジメチル13%及び3−メチルピリジン0.6%が含まれ、後者にはコハク酸ジメチル60%、メチルマロン酸ジメチル3%、トルエン12%、n−ヘキサン23%及び3−メチルピリジン1.5%のほか、コバルトが金属として0.12%含まれていた。
【0028】以上に詳記した初回実験後に、初回実験と類似条件で2回目の実験を行った。すなわち、D液中に逃散した触媒量に相当するジコバルトオクタカルボニル及び3−メチルピリジンを補給したB液14gに、循環溶媒32gと初回実験時と同量のアクリル酸メチル及びメタノールを加え、初回実験時と同条件でカルボニル化反応を行った。なお、循環溶媒としては前記のC液71gに30%のトルエンを含むトルエン−n−ヘキサン混合液を加えて80gとした液を使用した。このようにして、触媒と溶媒を循環再使用する実験を4回行ったところ、反応時間(ガス吸収時間)は多少増加するが反応率はほとんど変らないから、触媒と混合溶媒の循環再使用がほぼ完全に行われ、この方法で触媒と混合溶媒を循環再使用しても反応に影響しないことが分った。そこで、初回を含む5回の実験で得られたD液を集め、この中に含まれている触媒も循環再使用する実験を試みた。なお、初回〜5回目の実験で得られたD液の量及び組成は表1の通りである。
【0029】
【表1】


【0030】D液中の触媒を再使用する実験は、D液83gを3〜5mmHgの減圧下に釜温80℃以下で単蒸留して、コハク酸ジメチル留分43g及び反応溶媒を留去した後の蒸留残9.5gを触媒として再使用する実験であり、該蒸留残中にはコバルト1.6ミリモル〔コバルトカルボニルの3−メチルピリジン錯体として0.48g〕と、コハク酸ジメチル7.2gとケトピメリン酸ジメチル0.8gと不明成分1gとが含まれている。そして、D液中の触媒を再使用する実験は前記した5回の実験に引続いて5回試みたが、不足する触媒を新触媒で補充する代りに蒸留残中に含まれている触媒で補充した他は、前半5回の実験(D液中の触媒を使わない実験)と後半5回の実験は全く同じ方法で行った。例えば、6回目の実験(D液中の触媒を循環再使用する最初の実験)では5回目の実験のB液中に含まれているコバルト量が4.72ミリモルなので、不足するコバルト量0.28ミリモルに相当するD液の蒸留残1.7gを原料液に加えて実験を行った。
【0031】前記の方法で後半の実験を行ったところ、反応時間は初回実験の2倍以上になったが、反応率はほとんど変らないことが分った。この結果は、蒸留残中の触媒を含むほぼ全触媒の循環再使用が可能なことを示している。また、後半5回の実験で得られた生成物のアクリル酸メチルからの総合収率は、コハク酸ジメチル87.7モル%、メチルマロン酸ジメチル3.9モル%、プロピオン酸メチル1.1モル%、ケトピメリン酸ジメチル2.0モル%であり、C4−ジエステルの合計収率は91.6モル%に達した。なお、前半の3回目から5回目までの実験で得られた生成物のアクリル酸メチルからの総合収率は、コハク酸ジメチル88.2モル%、メチルマロン酸ジメチル4.2モル%、プロピオン酸メチル1.1モル%、ケトピメリン酸ジメチル2.0モル%であり、生成物の収率は前半と後半とでほとんど変化していないことが分る。以上に示した10回の実験結果を表2に示す。表中の反応時間はガス吸収が行われている時間を示し、反応率は原料アクリル酸メチルの反応率を示し、Aは新しく添加したコバルトカルボニルの添加量を示し、Bは不足するコバルトを補給するために添加した蒸留残中のコバルト量を示している。また、Coリサイクル率は循環使用されたコバルトの比率を示している。
【0032】
【表2】


【0033】実施例2本実施例では、n−ヘキサン64%とトルエン30%とコハク酸ジメチル6%の混合溶媒84gに、3−エチルピリジン7.5ミリモル(0.80g)を添加して反応及び分離用の混合溶媒とした。この溶媒20gを反応溶媒とし、これに実施例1の場合と等量の原料及びジコバルトオクタカルボニルを溶解し、さらに15ミリモルの3−エチルピリジン(1.6g)を添加混合してオートクレーブに仕込んだ。そして、実施例1の場合と全く同じ方法でオートクレーブ内原料のカルボニル化反応を行ったところ、ガス吸収に30分を要した。この実験では、ガス吸収が終ると直ちにオートクレーブを室温まで冷却し、実施例1の場合と同様に残ガスをパージしてから、オートクレーブを開けて混合溶媒の残り約64gを反応生成物に加えたところ、実施例1の場合と同様に2層に分離したので実施例1の場合と同様に処理し、B液は窒素雰囲気下に室温で保存して次回反応用の触媒とした。
【0034】実施例2の触媒及び溶媒再使用実験では、実施例1の場合と同様に前回実験のB液の全量を触媒として再使用したが、実施例1の場合と異なってA液中に逃散したコバルトカルボニルを補充しないで反応させた。すなわち、実施例1の場合と同じ方法でC液と30%トルエン−n−ヘキサン混合液とを原料にして85gの混合溶媒を調製し、この混合溶媒20gとD液中に逃散した量と同量の3−エチルピリジンとを前記のB液に加え、これに初回実験時と等量のアクリル酸メチル及びメタノールを添加混合して、初回実験時と同様にしてカルボニル化反応を行った。そして、初回実験の場合と同様にガス吸収の停止後直ちにオートクレーブを室温まで冷却し、反応生成物を初回実験の場合と同様に処理した。このようにして再使用実験を3回繰り返して行った結果を表3に示す。なお、表3に示した反応時間、反応率及びCoリサイクル率は表2の場合と同じ意味である。
【0035】
【表3】


表3に示した実験で得られた全生成物の分析結果から、4回の反応におけるアクリル酸メチルからの反応生成物の総合収率は、コハク酸ジメチル85.2モル%、メチルマロン酸ジメチル5.1モル%、プロピオン酸メチル1.1モル%であった。従って、C4−エステルの合計収率は90.3モル%となる。
【0036】実施例33−エチルピリジンの代りに3−n−ブチルピリジンを使用し、それ以外は実施例2と全く同じ方法で初回実験及び3回の触媒と溶媒の再使用実験を行い、表4の結果を得た。
【0037】
【表4】


表4に示した実験結果を総括すると、アクリル酸メチルからの反応生成物の総合収率は、コハク酸ジメチル89.4モル%、メチルマロン酸ジメチル5.8モル%、プロピオン酸メチル1.7モル%であった。従ってC4−エステルの合計収率は95.2モル%に達する。
【0038】実施例1〜3の結果から、B液を触媒として再使用しC液を反応溶媒として再使用すると、それぞれ95%以上及び94%以上が循環使用されることが分る。また、D液から触媒及び溶媒を回収再使用すれば、触媒の循環使用率は99%以上、反応溶媒の循環使用率は99.9%以上になることが認められる。そして、触媒の活性や循環使用率は配位子として添加されるピリジン塩基の種類によって多少異なり、3−n−ブチルピリジンを添加した場合は活性及び循環使用率の両者とも優れていることが分る。原料アクリル酸メチルからのC4−ジエステル収率は全実験で90モル%を超えており、3−n−ブチルピリジンを配位子とする実施例3では95モル%以上であった。従って、3−n−ブチルピリジン−コバルトカルボニル錯体は、活性、選択性及び循環使用率の全部の点で最適なC4−ジエステル生成触媒である。
【0039】
【発明の効果】本発明の方法によれば、アクリル酸低級アルキルエステルと一酸化炭素と低級飽和脂肪族一価アルコールとを原料とし、反応温度100〜120℃で反応圧25〜50気圧の温和な条件下に、理論量の95%以上の収率でC4−ジエステルが得られる上に、反応に使った触媒及び反応溶媒を容易に循環再使用することができる。従って、本発明の方法は従来のC4−ジエステル製造方法よりコスト面で大幅に有利な製造方法である。
【図面の簡単な説明】
【図1】本発明の方法によるC4−ジエステル製造方法の一例を示すフローシートである。
【符号の説明】
1 補給混合溶媒貯槽 2 液体原料貯槽
3 補給触媒貯槽 4 原料ガス貯槽
5 製品 6 反応器
7 気液分離装置 8,9 静置槽
10 減圧蒸留器 11,12 冷却器
13 バルブ 14 ポンプ
15,17,19,20 輸送管 16 触媒液循環ライン
18 混合溶媒循環ライン 21 蒸留残の抜き出し管
22,23,24 貯槽

【特許請求の範囲】
【請求項1】 アクリル酸低級アルキルエステルと水素を含む一酸化炭素と低級飽和脂肪族一価アルコールとを反応させてC4−ジカルボン酸ジ低級アルキルエステルを製造する方法において、芳香族炭化水素と飽和脂肪族炭化水素との混合物を反応溶媒とし、コバルトカルボニルとピリジン塩基から成る錯体を触媒とすることを特徴とするC4−ジカルボン酸ジ低級アルキルエステルの製造方法。
【請求項2】 反応生成液をその液中に含まれているコバルトカルボニルとピリジン塩基との錯体が相分離するのに十分な低温度に冷却し、冷却された反応生成液からコバルトカルボニルとピリジン塩基との錯体を触媒液として分離し、前記反応用触媒として用いることを特徴とする請求項1に記載した方法。
【請求項3】 アクリル酸低級アルキルエステルと水素を含む一酸化炭素と低級飽和脂肪族一価アルコールとを反応させてC4−ジカルボン酸ジ低級アルキルエステルを製造する方法において、芳香族炭化水素と飽和脂肪族炭化水素との混合物を反応溶媒としコバルトカルボニルとピリジン塩基から成る錯体を触媒として反応させる反応工程と、反応工程で得られた高温の反応生成液をその液中に含まれるコバルトカルボニルとピリジン塩基との錯体が相分離するのに十分な低温度に冷却する第1冷却工程と、第1冷却工程で冷却された反応生成液からコバルトカルボニルとピリジン塩基との錯体を触媒液として分離する第1分離工程と、触媒液を分離後の反応生成液をその液中に含まれる反応溶媒が相分離するのに十分な低温度に冷却する第2冷却工程と、第2冷却工程で冷却された反応生成液から反応溶媒を分離する第2分離工程からなり、前記第1分離工程で得られた触媒液を反応工程に循環使用すると共に、前記第2分離工程で得られた反応溶媒を反応工程に循環使用することを特徴とするC4−ジカルボン酸ジ低級アルキルエステルの製造方法。
【請求項4】 反応工程から得られる高温の反応生成液に、反応溶媒と実質的に同一組成の芳香族炭化水素と飽和脂肪族炭化水素との混合物を添加することを特徴とする請求項3に記載した方法。
【請求項5】 反応溶媒が、芳香族炭化水素1重量部と飽和脂肪族炭化水素1.5〜10重量部の混合物であることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載した方法。
【請求項6】 ピリジン塩基が、3−アルキルピリジンであることを特徴とする請求項1〜5のいずれかに記載した方法。

【図1】
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【特許番号】第2585976号
【登録日】平成8年(1996)12月5日
【発行日】平成9年(1997)2月26日
【国際特許分類】
【出願番号】特願平6−191964
【出願日】平成6年(1994)7月22日
【公開番号】特開平8−27062
【公開日】平成8年(1996)1月30日
【出願人】(000001144)工業技術院長 (75)
【上記1名の指定代理人】
【氏名又は名称】工業技術院物質工学工業技術研究所長 (外1名)
【出願人】(591178012)財団法人地球環境産業技術研究機構 (153)
【上記1名の代理人】
【弁理士】
【氏名又は名称】池浦 敏明
【出願人】(000003193)凸版印刷株式会社 (10,630)
【出願人】(000002901)ダイセル化学工業株式会社 (1,236)
【上記2名の代理人】
【弁理士】
【氏名又は名称】池浦 敏明
【参考文献】
【文献】特開 昭58−72539(JP,A)
【文献】特開 平6−199736(JP,A)
【文献】特公 昭45−32416(JP,B1)