説明

RUNX1を指標とした毛質評価方法

【課題】生化学・分子生物学レベルで行うことが可能な毛質の評価方法を提供する。
【解決手段】毛質の評価方法であって、毛髪中のRUNX1遺伝子に由来するmRNAをリアルタイムポリメラーゼ連鎖方法により測定することにより、毛質の指標として評価する方法。また、毛髪中のRUNX1の量をRUNX1に特異的な抗体を使用する免疫学的測定方法とによる評価方法とすることもできる。評価は測定キットを用いて行うことができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はRUNX1(runt-related transcription factor 1)を指標とした毛質評価方法に関する。
【背景技術】
【0002】
毛髪に関する悩みとしては、薄毛、抜け毛といった毛根、毛包の健康状態に関わるものと、硬い、柔らかい、はり・こしがない、枝毛、くせ毛、パサツクといった毛髪の物性に関わるものとがある。また、毛髪の物性に関わる悩みであっても、外的要素に起因するダメージ、例えばパーマ剤やブリーチ剤処理、紫外光暴露、大気汚染物質暴露、コーミング摩擦など、毛髪に対する直接的なダメージによるものと、毛幹形成における内的要素が関与する場合とが考えられる。後者の場合におけるヘアケアでは、毛髪の質の改善を図るだけでなく、毛根、毛包自体の健康状態を良好にする手当てが必要とされる。従って、一口に毛質の状態が良くないといっても、そのケア方法はその原因により様々である。
【0003】
従来の毛質の評価は、例えば美容師や店頭などでの販促員による触感を頼りとした主観的手法、あるいは各種物性測定器、例えば水分計、硬度計、ヤング率測定器により毛髪の物性を物理的に測定するといった客観的手法を採用する。いずれも適切なアドバイスの提供のために活用され得るが、これらの評価方法では毛質の良し悪しの根本的な原因を解明し、より毛質に合った適切なヘアケアアドバイスを引き出すことはできない。
【0004】
毛髪自体はその表面を覆うキューティクル(毛小皮)、その内部にあって毛髪の大部分を占める毛皮質及び中心部の毛髄質から構成される。毛髪の硬さやはり・こし感にはキューティルが大きく寄与していることが明らかにされている(曽我部敦他、J.Soc.Cosmet.Chem.Japan,Vol.36,No.3(2002)pp.207−216「毛髪物性に関する研究1−毛髪の短径・長径測定と曲げ応力評価法」)。キューティクルは酸性ヘアケラチンHa1、Ha2、塩基性ケラチンHb1、Hb2などの繊維タンパク質や修飾酵素、例えばトランスグルタミナーゼ、ペプチジルアルギニンディミナーゼ、さらには顆粒成分トリコヒアリンS100など、様々な成分から構成されることまでは知られている。しかしながら、これら各成分と毛質、例えば毛髪のはりやこしとの関係については十分に解明されていない。毛質を左右するメカニズムが生化学・分子生物学レベルにおいて十分には解明されれば、既存の毛質改善剤に比べ一層顕著な効果を奏するものの提供が可能となり得る。
【0005】
特開2002-97116号公報にはタウリンを有効成分とする細胞賦活剤が、国際公開WO2002/034253号公報にはN−メチルタウリンを有効成分とする細胞賦活剤および毛髪はり・こし改善剤が記載されている。これらの薬剤の作用効果として、細胞増殖の活性化による、毛髪細胞コントロール、毛髪成長期延長、毛髪細胞増殖の活性化、毛髪はり・こし改善が記載されているが、ここでの毛髪はり・こし改善効果は、依然として、毛髪の物性試験(ねじりトルク)により評価されている。従って、生化学・分子生物学レベルでの活性評価に基づく新規な毛髪はり・こし改善剤が求められている。
【0006】
【特許文献1】特開平8-20523
【特許文献2】特開2001-302543
【特許文献3】特開2002-97116
【特許文献4】WO 2002/034253
【非特許文献1】J. Invest. Dermatol, 122:147‐158, 2004
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は生化学・分子生物学レベルでの毛質の評価方法の提供を課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は以前、上記問題を鑑み、毛髪のこし・はりの尺度となる硬さ、詳しくはヤング率と、毛髪関連各種遺伝子の発現との相関関係を調べたところ、ヘアケラチン遺伝子、特にKAP5遺伝子、詳しくはKAP5.1〜5遺伝子の発現が亢進するほど、毛髪のヤング率が高くなる、即ち毛髪にはり、こし感がでることを見出し、毛質の評価方法であって、毛髪中のKAP5.1〜5遺伝子の発現を毛質の指標とする方法に関する特許出願を行っている(特願2004‐348325号)。
【0009】
さらに最近になって、KAPファミリーに属するKAP10/KAP12遺伝子のプロモーター領域のバイオインフォマティックス解析により、いくつかのエンハンサーエレメントがその領域に存在していることが示され、そのエンハンサーエレメントの一つに転写因子RUNX1(またの名を「AML1」(急性骨髄性白血病遺伝子))の結合エレメントが含まれていることが見出されている(Michael A. Rogers, et al., J. Invest. Dermatol. 122:147−158, 2004)。本発明者はこの事実を鑑み、RUNX1と、毛髪のこし・はりに影響を及ぼすKAP5遺伝子との関係を調べたところ、RUNX1の発現量に依存して、KAP5遺伝子の発現が亢進されることが確認された。
【0010】
その結果、本発明は第一の観点において、毛質の評価方法であって、毛髪中のRUNX1遺伝子の発現を毛質の指標とする方法を提供する。
【0011】
好適な態様において、前記測定は、毛髪中のRUNX1遺伝子に由来するmRNAを測定することにより実施される。より好ましくは、かかる遺伝子の測定はリアルタイムポリメラーゼ連鎖方法により実施される。
【0012】
別の態様においては、前記評価は、毛髪中のRUNX1の量の測定によりに実施される。さらに好適な態様において、上記測定はRUNX1に特異的な抗体を利用する免疫学的測定方法、例えばELISA法又はRIA法による。
【0013】
別の観点において、本発明は毛質の評価を実施するためのキット又は装置を提供する。かかるキット又は装置は、毛髪中のRUNX1遺伝子の発現を毛質の指標として測定することにより評価を行うことを特徴とする。
【0014】
さらに、KAP5遺伝子の発現量が多いほど毛髪のヤング率が有意に高まることから、KAP5遺伝子の発現を亢進させることのできるRUNX1の発現を亢進させる薬剤は毛髪の硬さを向上し、毛髪のはり・こしを改善することが当然に期待される。従って、RUNX1又はそれをコードする遺伝子は、毛髪の硬さを向上させ、毛髪のはり・こしを改善する薬剤のスクリーニング方法の指標として利用できるものと考えられる。
【発明の効果】
【0015】
本発明により、遺伝子レベルでの毛質の評価方法の提供が可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
毛質の評価方法
本発明は、毛髪の硬さ、一般には「はり」や「こし」感と称される物性を評価することを目的とする。上述のとおり、本発明者は毛髪の硬さと毛髪から抽出される各種遺伝子との相関性を調べるため、毛髪のヤング率を測定し、その測定結果と各種遺伝子のRT−PCRにより測定した発現量との関係をSpearmanの順位相関係数を用い、統計学的に分析した(Zar, J.H.J.Amer.Stat.Assoc.67:578〜580, 1970「Significance testing of the Spearman rank correlation coefficient」)結果、毛髪のヤング率がKAP5遺伝子の発現量が多いと統計学的に有意に高まることがわかり(特願2004‐348325号)、さらに今回、かかるKAP5遺伝子の発現がRUNX1により亢進されることが明らかとなった。
【0017】
RUNXファミリーは近年急速に発生・分化・癌化の分野で注目を浴びるようになった転写因子である。RUNXタンパク質はN末端側にRUNTドメインと称されるDNA結合ドメイン及び調節領域を有し、C末端側に転写制御領域及び各マトリックス結合部位を有する。RUNTドメインによるDNA結合活性はDNA非結合性の転写調節因子CBFβがRUNTドメインに結合することで増大する。RUNX1はヒト白血病において最も高頻度に染色体転座の標的であり、また造血細胞特異的な遺伝子発現に関与し、造血細胞の分化/増殖を制御することで知られる。RUNX1におけるRUNTドメインのアミノ酸配列は他のRUNXファミリータンパク質、RUNX2や3と90%以上の相同性を有し、ほぼ同じ立体構造を有するものと考えられている。
【0018】
ヒトケラチン関連タンパク質(KAP)5ファミリーに属するKAP5遺伝子(Homo sapiens genomic DNA, chromosome 11 clone:RP11-684B2, complete sequences. ACCESSION:AP000867)は塩基配列のみ既知のヒトESTであり、機能に関する報告はされていない。KAP5遺伝子の発現の亢進と毛髪の硬さとの関係は不明であった。特に何らかの理論に拘束されるわけではないが、例えばKAP5.2遺伝子によりコードされる推定タンパク質はシステインリッチであり(約35.5%)、また低分子アミノ酸であるグリシンとセリンを豊富に含む(それぞれ18.8%及び24.2%)アミノ酸186個からなるため、α−ヘリックスなどの二次構造を形成せず、ケラチン繊維の間に容易に入り込むことができ、また多数セリン残基のOH基による多数の水素結合の形成も考えられるため、毛髪の機械的強度に大きく寄与している可能性がある。他のKAP5遺伝子も同様にシステイン、グリシン、セリンを豊富に含み、発現生成物はKAP5.2と同様の構造を有し、毛髪の機械的強度に大きく寄与すると考えられる。
【0019】
本発明でいう毛質とは、主に毛髪の硬さ、即ち、「はり」や「こし」感をいう。毛髪の硬さは例えば曲げ応力測定装置、例えばトルク感知式曲げ応力測定装置KES-SH(カトーテック)を用いてその「曲げかたさ」又は「曲げ応力」を測定することで数値化することができ、好ましくは毛髪径や形状による因子を最小限にするため、毛髪の毛径も測定し、ヤング率で表すことが好ましい。毛髪のヤング率は例えば以降の実施例に記載のとおりにして求めることができる。
【0020】
毛髪中のRUNX1遺伝子の発現は、毛髪中の当該タンパク質の量を測定することにより決定してよい。好ましくは、この測定はRUNX1に特異的な抗体を利用し、当業界において周知の方法、例えば蛍光物質、色素、酵素等を利用する免疫染色法、ウェスタンブロット法、免疫測定方法、例えばELISA法、RIA法等、様々な方法により実施できる。また、例えば、毛髪中のtotal RNAを抽出し、RUNX1をコードするmRNAの量を測定することにより決定することもできる。mRNAの抽出、その量の測定も当業界において周知であり、例えばRNAの定量は定量ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)法、例えばリアルタイムポリメラーゼ連鎖反応(RT−PCR)により行われる。RT−PCRに適切なプライマーの選定は、当業者周知に方法により実施することができる。
【0021】
本発明に係る毛質評価方法に従えば、例えば、上記のようにして測定したRUNX1遺伝子の発現量が所定の基準値に対し高いか低いかにより、遺伝子レベルで毛髪が硬い又は柔らかい、換言すれば「はり」や「こし」感があるかないかが判定できる。基準値としては、例えば統計学的に有意義な人数、例えば5人以上、好ましくは10人以上、より好ましくは20人以上の個体由来の毛髪の各遺伝子の発現レベルの平均値であってよい。その基準値は、評価の対象となる個体の性別、年齢、人種、その他の要因に応じて異なることができる。例えば、20歳の日本人女性の毛質を調べる場合、その基準値は同世代(例えば15歳から30歳)の日本人女性のグループの所望の遺伝子発現レベルの平均値であることが好ましい。各遺伝子の発現レベルが標準値に比べて高いか低いかは、例えば標準値と比べて少なくとも10%、又は20%、又は30%、又は50%、又は100%高ければ有意に高いとし、例えば標準値と比べて少なくとも10%、又は20%、又は30%、又は50%、又は90%低ければ有意に低いとすることができる。
【0022】
本発明でいう上記RUNX1には、その遺伝子(RUNX1 isoform B;NM_001001890;配列番号1)やその転写変異体(RUNX1 isoform A;NM_001754;配列番号2)の他にそれらの変異体、例えばRUNX遺伝子1において1又は数個のヌクレオチドが置換、付加又は欠失しており、しかもその発現の亢進が毛髪のヤング率と相関する変異遺伝子、又はRUNX遺伝子と60%以上、好ましくは70%以上、より好ましくは90%以上、さらにより好ましくは95%以上、最も好ましくは99%以上の相同を示す、しかもその発現の亢進が毛髪のヤング率と相関する変異遺伝子、又は上記各遺伝子と高ストリンジェント条件下でハイブリダイゼーション可能であり、しかもその発現の亢進が毛髪のヤング率と相関する変異遺伝子も含まれる。なお、ここでいうハイブリダイゼーションは周知の方法又はそれに準じる方法、例えばJ.SambrookらMolecular Cloning 2nd, Cold Spring Harbor Lab. Press, 1989に記載の方法に従って行うことができ、そして高ストリンジェントなハイブリダイゼーション条件とは、例えばナトリウム濃度が約10〜40mM、好ましくは約20mM、温度が約50〜70℃、好ましくは約60〜65℃であることを含む条件をいう。
【0023】
以下、具体例を挙げて、本発明を更に具体的に説明する。なお、本発明はこれにより限定されるものではない。
【実施例】
【0024】
KAP5.2遺伝子発現量の測定方法
抜去毛髪検体からのcDNA調製法
頭髪を抜きその毛根部約1cmを液体窒素中で凍結し、そのまま液体窒素中に放置した。凍結した毛根部5本を集め、RNA抽出液ISOGEN(ニッポンジーン)1mlの入った1.5mlチューブに入れ、ボルテックスミキサーにて十分に攪拌した。クロロフォルム200μlを加えて再度ボルテックスミキサーにて十分に攪拌した後に、小型微量遠心分離機により遠心分離(15000rm、15分間)し、RNAを含む水相約500μlを回収した。回収した溶液に50μlの3M酢酸ナトリウムと1μlのエタ沈メイト(ニッポンジーン)を添加して十分に攪拌した。さらに1mlのイソプロパノールを加えて攪拌し、小型微量遠心分離機により遠心分離(15000rm、20分間)して、全RNAを沈殿させた。上清を捨てた後に75%エタノールを加え、再び小型微量遠心分離機により遠心分離(15000rm、10分間)した。上清を捨てて沈殿を風乾させ、50μlのnuclease free waterに溶解させた。DNaseI処理により混在するゲノムDNAを除去し、再度エタノール沈殿により全RNAを回収して、20μlのnuclease free waterに溶解させた。このうち、1.0μlを用いてNanoDrop(Technologies, Inc.)によりRNAの濃度を測定した。得られた全RNA 100ngからcDNAを合成し、PCRによる各遺伝子発現量の定量に用いた。
【0025】
リアルタイムPCR法による遺伝子発現の定量化
合成したcDNA、検出・定量化する遺伝子に特異的なプライマー、リアルタイムPCR 試薬(Roche)を混合し、ライトサイクラークイックシステムにて350SにてリアルタイムPCRを行い、検出・定量化する遺伝子の断片を増幅した。この際、濃度既知の同じ遺伝子断片(PCR産物102〜1011コピー相当)を同様にリアルタイムPCRにより増幅して検量線を作成し、サンプル中に含まれる検出・定量化する遺伝子の発現量を、単位(1μg)RNA当たりのコピー数として算出した。
【0026】
KAP5.2遺伝子に特異的かつgenomic DNAを増幅しないプライマーとして、以下の組合せのプライマーを用いた。
センス ACTGTAGCTGTGTCCTGA (配列番号5)
アンチセンス GATGAAGATGAAGGGTGGA (配列番号6)
【0027】
毛髪の硬さ(ヤング率)の測定
測定用サンプルの調製法
毛髪1本ずつについて、両端(間隔3cm)に耐水紙のタグをつけて番号を記入する。シャンプーにて軽く洗浄してから水洗し、イオン交換水に浸した後に恒温・恒湿室(25℃、湿度50%)で風乾させた。
【0028】
毛径の測定
恒温・恒湿室(25℃、湿度50%)にて、レーザー光を利用した毛径測定装置SK-2000(カトーテック/資生堂)により、毛髪サンプルの長径および短径を2mm間隔にて20mmの長さに亘って測定し、これらの平均値をその毛髪サンプルの長径および短径とした。
【0029】
曲げ応力測定
毛髪サンプルの曲げ応力は、トルク感知式曲げ応力測定装置KES-SH(カトーテック)により、恒温・恒湿室(25℃、湿度50%)にて測定した。曲げ速さは、0.5cm-1/sec.に設定し、曲率(ρ)±1.0〜2.0cm-1における各毛髪サンプルの曲げ応力(M)を測定した。
【0030】
ヤング率の算出
各毛髪サンプル1本1本について毛径と曲げ応力を測定し、断面二次モーメント(I)を用いた以下の算出式により各毛髪サンプル1本1本のヤング率(E)を算出した。
E=M・ρ/I
このとき、毛髪断面を楕円に近似し、さらに毛髪が曲がるときには短径側で曲がると仮定した場合、断面二次モーメント(I)は次の式で表される。
I=π/4・a3・b(aは毛髪の短半径、bは毛髪の長半径)
【0031】
遺伝子発現との比較には、まとめてRNA抽出した毛髪サンプル5本それぞれについてヤング率を算出し、それらの平均値を用いた。
【0032】
KAP5.2遺伝子の発現量と、毛髪のヤング率との関係を図1に示す。KAP5.2遺伝子発現量と毛髪のヤング率のSpearman順位相関係数rsは0.487であった(両側確立*P<0.05となる最小のrs=0.447(Spearmanの検定表)。
【0033】
以上の実験から、パネル20名によるヒト試験において、毛髪の硬さ(ヤング率)とヒトKAP5.2遺伝子の発現に有意な相関が認められた。
【0034】
毛髪のヤング率とKAP5.1及び5.4遺伝子の発現との関係の検討
パネル11名の頭髪の硬さ(ヤング率)を上記のとおりに測定し、ヤング率11.4以上を「高ヤング率頭髪」、換言すれば「はり・こし感」のある髪、10.2以下を低ヤング率毛髪、換言すれば「はり・こし感」のない髪にグループ分けし、それぞれのグループについてKAP5.1及びKAP5.4遺伝子の発現量を、上記と同様にしてリアルタイムPCR法により調べた。
使用したプライマーは以下のとおりである:
ヒトKAP5.1
センス tctcttccca agtcaactgc (配列番号3)
アンチセンス agagtgttgg acaggcaaag (配列番号4)
ヒトKAP5.4
センス ttctccagct catcatccat (配列番号9)
アンチセンス ggtcagacct tgcatctcag (配列番号10)
【0035】
その結果を図2に示す。図2(a)は「高ヤング率頭髪」(High)と「低ヤング率頭髪」(Low)の平均値及び標準偏差(p<0.05)を示す。この図は、上記グループ分けにより、「高ヤング率頭髪」グループと「低ヤング率頭髪」グループのヤング率において有意な差があることを示している。図2(b)はKAP5.1遺伝子について、「高ヤング率頭髪」(High)と「低ヤング率頭髪」(Low)における発現量の差を示している。低ヤング率頭髪に比べ、高ヤング率頭髪においてKAP5.1遺伝子の発現が亢進していることが明らかである。図2(c)はKAP5.4遺伝子について、「高ヤング率頭髪」(High)と「低ヤング率頭髪」(Low)における発現量の差を示している。低ヤング率頭髪に比べ、高ヤング率頭髪においてKAP5.4遺伝子の発現が亢進していることが明らかであり、また図2(b)との対比から、高い及び低ヤング率の頭髪におけるKAP5.4遺伝子の発現量の差はKAP5.1遺伝子のそれに比べて顕著でもあった。以上の結果から、ヤング率が高い頭髪、即ちはり・こし感のある頭髪においては、KAP5.1及びKAP5.4遺伝子、特にKAP5.4遺伝子の発現も有意に高まることが明らかとなった。従って、毛質の評価の指標として、KAP5.1及びKAP5.4遺伝子の発現の測定も有意義であることがわかった。
【0036】
先に記載のとおり、KAP5.1〜5.5遺伝子はヒトケラチン関連タンパク質KAP5ファミリーに属する、互いに相同性の比較的高い遺伝子群である。各遺伝子によりコードされる推定タンパク質のアミノ酸配列同士の相同性の高さは、図3及び4、並びに以下の表から明らかである。
【0037】
【表1】

【0038】
また、先にも述べたが、KAP5.1〜5遺伝子によりコードされる各推定タンパク質は全てシステインリッチであり、また低分子アミノ酸であるグリシンとセリンを豊富に含むため、α−ヘリックスなどの二次構造を形成せず、ケラチン繊維の間に容易に入り込むことができ、また多数セリン残基のOH基による多数の水素結合の形成も考えられるため、毛髪の機械的強度に大きく寄与していると考えられる。以下の表にKAP5.1〜5遺伝子推定コードタンパク質の一部アミノ酸組成を示す。
【0039】
【表2】

従って、KAP5遺伝子ファミリーにおける遺伝子間の相同性の高さ及びコードタンパク質間の構造類似性に基づき、KAP5.1、5.2及び5.4に関して得られた上記結果から、KAP5.3及び5.5の発現を調べることによっても毛質の評価が可能であるものと類推できる。
【0040】
in situ ハイブリダイゼーション法(ISH法)によるヒトKAP5遺伝子発現部位の同定
KAP5.1〜5リボプローブの作製
抜去毛髪より調製したcDNAと、KAP5.1, KAP5.2, KAP5.3, KAP5.4, KAP5.5のそれぞれについて、以下の表に示すプライマーを用いて、T7ポリメラーゼのプロモーター配列をアンチセンス側に付加した形で、各KAP5の遺伝子断片を増幅した。
【0041】
【表3】

増幅した各遺伝子断片を市販のキット(Wizard SV Gel and PCR clean-up System: Promega)で精製した後に、T7ポリメラーゼとDIG RNAラベリングキット(Roche)により、各KAP5遺伝子特異的なリボプローブを作製した。
【0042】
各KAP遺伝子の発現部位の同定
頭皮組織の中性ホルマリン固定・パラフィン包埋サンプルをミクロトームにより5μmに薄切して頭髪毛包を含む組織切片(スライドガラス)を作製し、ベンタナ社の自動染色装置(ベンタナHXシステムディスカバリー)およびin situ hybridization 用の試薬リボマップキット(ベンタナ)を用いて、各KAP5遺伝子特異的なリボプローブ(スライド1枚当たり200ng)と反応させた。さらに、プローブと反応させた組織切片を自動染色装置上でアルカリフォスファターゼ標識抗DIG抗体(Roche)と反応させた。自動染色装置より組織切片の載ったスライドガラスを取り出し、トリス-塩酸バッファー(pH9.0)で洗浄した後にBM-purple (Roche)と約5時間程度反応させ、各KAP5遺伝子の発現部位を青紫色の染色部位として可視化した。その結果、KAP5.1, KAP5.2, KAP5.3, KAP5.4, KAP5.5遺伝子全てが、キューティクル部位に特異的に存在することが認められた。
【0043】
免疫染色法によるヒト成長期毛包におけるRUNX1の発現部位同定
頭皮組織を中性ホルマリンにより1週間固定した後に、エタノール系列で脱水し、パラフィン包埋後、厚さ6μmの切断を作製した。上記切片をキシレン・エタノール系列により脱パラフィンおよび親水処理し、10mMクエン酸-水酸化ナトリウム(pH6.0)溶液中で電子レンジを用いて加熱・煮沸処理を行って、RUNX1抗原の賦活化を行った。一次抗体として抗RUNX1抗体(Abcam社)を用い、ストレプトアビジン−ビオチン−パーオキシダーゼ複合体法により免疫組織化学的に染色し、発色基質として赤色の沈着を呈する3−アミノ−9−エチルカルバゾール(AEC)を用いた。結果、RUNX1免疫染色性は、ヒト成長期毛包の毛幹部分の角化帯や外毛根鞘の細胞の核に認められた。またキューティクル層においては、はり・こしとの関連性があるKAP5ファミリー、KAP5.1〜5.5の遺伝子発現が認められる部位より毛球部側にRUNX1の免疫染色性が確認され、これらKAP5遺伝子の転写を調節する可能性が示唆された。
【0044】
KAP5.1レポーターアッセイによるRUNX1転写調節活性の測定
不死化外毛根鞘細胞(IORS)(特開2000-89号公報)を24ウェルのマルチウェルプレートに1ウェル当たり10〜16万細胞となるように播き、37℃・5%CO2 の条件下で一晩培養した。培地はケラチノサイト−SFM培地(Gibco)を用いた。
1日目:プラスミドDNA導入(一過性)。培養したIORS細胞を、FuGENE6 Transfection Reagent(ROCHE)のマニュアルに従って、レポータープラスミドpGL3−KAP5.1(firefly luciferase)(特願2003−416987)と、市販の内部標準プラスミドpRL−TK(renilla luciferase)、さらに市販のマウスRUNX1遺伝子(GenBank#:BC069929)(配列番号12)の発現プラスミドまたは陰性コントロールのβ-ガラクトシダーゼ遺伝子の発現プラスミド(pCMVSport β-gal、Invitrogen社)を加えて形質転換した。
2日目:アッセイ。デュアル−ルシフェラーゼ・レポーター・アッセイ系(Dual−Luciferase Reporter Assay System)(Promega)を用い、該製造者のマニュアルに従って各ウェルのルシフェラーゼ活性を測定した。ルミノメーターはAutoLumat LB953(BERTHOLD)を用いた。
その結果を図5に示す。陰性コントロールのβ-ガラクトシダーゼ遺伝子の発現プラスミドを共導入した場合には、その導入量に依らずKAP5.1転写活性の変化は認められなかった。一方、マウスRUNX1遺伝子の発現プラスミドを共導入した場合には、その導入量に依存してKAP5.1転写活性の上昇が認められ、0.1μgで約2.5倍に上昇した。
【0045】
不死化外毛根鞘細胞(IORS)の内在性KAP5.1遺伝子発現へのRUNX1の影響
不死化外毛根鞘細胞(IORS)(特開2000−89号公報)を6ウェルのマルチウェルプレートに1ウェル当たり50〜80万細胞となるように播き、37℃・5%CO2の条件下で一晩培養した。培地はKeratinocyte−SFM培地(Gibco)を用いた。
【0046】
1日目:プラスミドDNA導入(一過性)
培養したIORS細胞を、FuGENE6 Transfection Reagent(ROCHE)のマニュアルに従って、市販のマウスRUNX1遺伝子(GenBank#:BC069929)(配列番号12)の発現プラスミドまたは陰性コントロールのβ-ガラクトシダーゼ遺伝子の発現プラスミド(pCMVSport β-gal、Invitrogen社)を加えて形質転換した。
【0047】
2日目:リアルタイムPCRによる定量
RNA抽出液ISOGEN(ニッポンジーン)1mlを培養したIORS細胞に加えて溶解させて、1.5mlマイクロチューブに回収した。ボルテックスミキサーにて十分に攪拌し、クロロフォルム200μlを加えて再度ボルテックスミキサーにて十分に攪拌した後に、小型微量遠心分離機により遠心分離(15000rm、15分間)を行いRNAを含む水相約500μlを回収した。回収した溶液に50μlの3M酢酸ナトリウムと1μlのエタ沈メイト(ニッポンジーン)を添加して十分に攪拌した。さらに1mlのイソプロパノールを加えて攪拌し、小型微量遠心分離機により遠心分離(15000rm、20分間)して、全RNAを沈殿させた。上清を捨てた後に75%エタノールを加え、再び小型微量遠心分離機により遠心分離(15000rm、10分間)した。上清を捨てて全RNAの沈殿を風乾させ、50μlのnuclease free waterに溶解させた。DNaseI処理により混在するゲノムDNAを除去し、再度エタノール沈殿により全RNAを回収して、20μlのnuclease free waterに溶解させた。このうち、1.0μlを用いてNanoDrop(Technologies, Inc.)によりRNAの濃度を測定した。得られた全RNA 3μgからcDNAを合成し、リアルタイムPCRによる各遺伝子発現量の定量に用いた。
【0048】
合成したcDNA、検出・定量化する遺伝子に特異的なプライマー、リアルタイムPCR 試薬(Roche)を混合し、ライトサイクラークイックシステムにて350SにてリアルタイムPCRを行い、検出・定量化する遺伝子の断片を増幅した。この際、転写調節活性を有さないβガラクトシダーゼ発現プラスミドを導入した場合の遺伝子発現量を基準(100)として、RUNX1発現プラスミドを導入した場合のKAP5.1およびGAPDHの発現量の変化を評価した。
【0049】
使用したプライマーは以下のとおりである:
ヒトKAP5.1
センス tctcttccca agtcaactgc (配列番号3)
アンチセンス agagtgttgg acaggcaaag (配列番号4)
ヒトKAP5.4
センス gagtcaacgg atttggtcgt (配列番号14)
アンチセンス tgggatttcc attgatgaca (配列番号15)
【0050】
その結果を図7に示す。図7(a)はIORS細胞におけるKAP5.1遺伝子発現の確認を示す。逆転写反応を行った場合にKAP5.1遺伝子のDNA断片が増幅されたのに対し(RT+)、逆転写反応を行なわない場合には増幅は認められなかった(RT−)。
図7(b)はRUNX1発現プラスミドを導入した場合、その導入量に依存してIORS細胞の(内在性)KAP5.1遺伝子発現の増加が認められ、1μgで約2.5倍に上昇した。一方、内部標準として定量したGADPH遺伝子発現量は、RUNX1とβ−ガラクトシダーゼいずれの発現プラスミド導入でも変化がなかった。
【図面の簡単な説明】
【0051】
【図1】KAP5.2遺伝子の発現量と毛髪のヤング率との関係。
【図2】KAP5.1及びKAP5.4遺伝子の発現量と毛髪のヤング率との関係。
【図3】ヒトKAP5.1〜5.5遺伝子の推定コードタンパク質のアミノ酸配列比較。
【図4】ヒトKAP5.1〜5.5遺伝子の推定コードタンパク質のアミノ酸配列の相同性。
【図5】KAP5遺伝子群の発現調節。
【図6】KAP5.1レポーターアッセイ系にRUNX1発現プラスミドを共導入し、RUNX1を過剰発現させてKAP5.1遺伝子の転写活性を評価することによる、RUNX1のKAP5.1転写調節への関与を示す。
【図7】不死化外毛根鞘細胞にRUNX1は発現プラスミドを導入してRUNX1を過剰発現させ、KAP5.1遺伝子とGADPH(内部標準コントロール)の発現をリアルタイムPCR法で評価することによる、RUNX1のKAP5.1転写調節への関与を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
毛質の評価方法であって、毛髪中のRUNX1の発現を毛質の指標とする評価方法。
【請求項2】
前記測定が、毛髪中のRUNX1遺伝子に由来するmRNAをリアルタイムポリメラーゼ連鎖方法により測定することにより実施される、請求項1記載の方法。
【請求項3】
前記評価が、毛髪中のRUNX1の量の測定によりに実施される、請求項1記載の方法。
【請求項4】
前記評価が、RUNX1に特異的な抗体を使用する免疫学的測定方法による、請求項1記載の方法。
【請求項5】
毛質の評価のためのキットであって、毛髪中のRUNX1の発現を毛質の指標として測定することにより評価を行うことを特徴とするキット。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2007−20559(P2007−20559A)
【公開日】平成19年2月1日(2007.2.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−54818(P2006−54818)
【出願日】平成18年3月1日(2006.3.1)
【出願人】(000001959)株式会社資生堂 (1,748)
【Fターム(参考)】