説明

WFDC1の変異を検出する先天性眼疾患の検査方法

【課題】本発明は、哺乳動物の先天性眼疾患の原因物質(遺伝子又はタンパク質)を特定し、該遺伝子又はタンパク質を利用して先天性眼疾患を検査できる検査方法を提供することを課題とする。さらに本発明は、かかる検査方法に利用する試薬及び先天性眼疾患検査用キットを提供することを課題とする。
【解決手段】先天性眼疾患の原因の一つであるWFDC1の遺伝子やタンパク質の変異を検出する検査方法による。具体的には、核酸試料に含まれるWFDC1に含まれる変異を、配列を直接確認したり電気泳動に付して解析することによる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、哺乳動物の遺伝子疾患のひとつである先天性眼疾患の検査方法に関し、具体的にはWFDC1の遺伝子又はタンパク質の変異を検出する検査方法に関する。さらには、これらの検査方法に使用するプライマーやプライマーセット、並びにこれらを含む検査用試薬、検査用キットに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、ヒトのほか、家畜などにおいても、遺伝的疾患が大きな問題としてクローズアップされている。遺伝的疾患は、例えば畜産業の発展にとって無視できない問題となっている。常染色体単一劣性の遺伝子様式をとる遺伝子疾患の解決のための最も有効な方法は、疾患原因遺伝子とその変異を同定し、キャリアー個体を検出するための遺伝子診断方法を確立することである。常染色体劣性の遺伝子に支配される遺伝性疾患では、見かけ上正常のキャリアー同士の交配により発症個体が出現するため、キャリアー個体を効率よく検出し、集団より除去することが疾患の発症防止のために極めて重要となる。一般には常染色体劣性の遺伝子がホモとなって発症個体が現れたときには、その集団の中にはかなりの数のキャリアー個体が蔓延していると考えられる。例えばウシなどの家畜の場合に、特に人工授精等により多数の個体が単一の種雄牛に由来し、且つ近交係数が比較的高くなるような交配様式がとられる傾向のある和牛などの場合、その影響は深刻である(非特許文献1)。
【0003】
能力の高い揃ったものを作りだすために、家畜、ペット、競走馬などは血統を重視することが多い。例えば、現在、登録が行われている家畜は乳用牛、肉用牛、豚などが挙げられる。また、ヒトであっても先天性眼疾患を患う場合があり、このような場合も、遺伝的な解析ができていれば、先天性眼疾患の発症に関し、対策を行うことができる。
【0004】
哺乳動物の眼球の発生は非常に複雑な過程であり、これまでPAX6やCHX10等の遺伝子が眼球の発生に重要な役割を果たしていることが明らかにされている。つまり、これらの遺伝子のいずれかが異常をきたすと先天性眼疾患を患う。しかしながら、これらの遺伝子が正常であっても、先天性眼疾患を患う場合がある。先天性眼疾患の原因は、上記に示す遺伝子の他にも遺伝的な原因があるものと考えられる。
【0005】
先天性眼疾患を予防する手段の1つとして、その疾患の原因である遺伝子のキャリアーを交配に用いることを避けていくという方法が考えられる。そのためには現存する先天性眼疾患の診断を遺伝子レベルで行い、疾患遺伝子のキャリアーを早急に見つけ出す必要がある。上記、PAX6やCHX10等の遺伝子以外に先天性眼疾患に関連する遺伝子を見出すことができれば、より確実に先天性眼疾患を予防することができる。
【0006】
上記以外の遺伝子で、先天性眼疾患に関連する遺伝子を解析を行った報告がある(非特許文献2)。ここでは、ウシに関し、祖父(grandsir)1、父(sires)3、母(dams)9及びそれらの子について、眼球疾患の表現型及び該疾患に伴う遺伝子について、染色体マッピングを行い、先天性眼疾患に関連する染色体の領域を確認したことが報告されている。しかし、具体的な遺伝子やその変異の状況については同定するに至っていない。
【非特許文献1】臨床獣医 Vol.20, No.2 (2002)
【非特許文献2】Mammalian Genome. 2005 Sep;16(9):731-737
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、哺乳動物の先天性眼疾患の原因物質(遺伝子又はタンパク質)を特定し、該遺伝子又はタンパク質を利用して先天性眼疾患を検査できる検査方法を提供することを課題とする。さらに本発明は、かかる検査方法に利用する試薬及び先天性眼疾患検査用キットを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題を達成するために鋭意研究を重ねた結果、WFDC1の遺伝子やタンパク質の変異が先天性眼疾患の原因の一つとなることを見出し、該WFDC1の遺伝子又はタンパク質の変異を検出することにより、キャリアーも検出しうることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0009】
すなわち本発明は以下よりなる。
1.哺乳動物におけるWFDC1の変異を検出することを特徴とする先天性眼疾患の検査方法。
2.WFDC1の変異が、WFDC1をコードする遺伝子の変異又はWFDC1タンパク質の変異を検出することによる前項1に記載の検査方法。
3.以下の工程a)〜c)を含む、前項1又は2に記載の検査方法:
工程a)哺乳動物の核酸試料を得る工程;
工程b)工程a)にて得られた核酸試料を遺伝子増幅反応に付し、哺乳動物のWFDC1遺伝子に存在しうる変異部位を含む領域が増幅された核酸断片を得る工程;
工程c)工程b)で得た増幅された核酸断片を用いてWFDC1の変異の存在を調べる工程。
4.WFDC1の検査方法が、電気泳動法、核酸チップ法、免疫学的手法、制限断片長多型(RFLP)検出法の何れかより選択される方法を用いることによる前項1〜3の何れか1に記載の検査方法。
5.前項4に記載の検査方法における増幅された核酸断片を得るために使用されるプライマー機能を有するオリゴヌクレオチドであって、哺乳動物のWFDC1遺伝子の塩基配列から選択される15〜35個のヌクレオチドからなり、WFDC1遺伝子における先天性眼疾患に関連する変異の部位を含む領域を増幅しうるオリゴヌクレオチド。
6.哺乳動物のWFDC1遺伝子が、家畜、ペット、競争用動物、実験動物となりうる哺乳動物及びヒトから選択されるいずれかのWFDC1遺伝子である前項5に記載のオリゴヌクレオチド。
7.前項5又は6に記載のオリゴヌクレオチドであって、以下の1)〜3)より選択されるいずれかのオリゴヌクレオチド:
1)配列表の配列番号1に示す塩基配列から選択される15〜35個のヌクレオチドからなり、WFDC1遺伝子における先天性眼疾患に関連する変異の部位を含む領域を増幅しうるオリゴヌクレオチド;
2)配列表の配列番号4又は5に示す塩基配列を含むオリゴヌクレオチド;
3)上記1)又は2)に記載のオリゴヌクレオチドの相補鎖。
8.前項5〜7のいずれか1に記載のオリゴヌクレオチドから選択される、少なくとも2種のオリゴヌクレオチドからなるプライマーセットであり、該少なくとも2種のオリゴヌクレオチドが、WFDC1遺伝子における先天性眼疾患に関連する変異の部位を含む領域を増幅しうることを特徴とする一組のプライマーセット。
9.前項5〜7のいずれか1に記載のオリゴヌクレオチドを含む、WFDC1の変異を検出することによる先天性眼疾患の検査用試薬。
10.前項8に記載の一組のプライマーセットを含む、WFDC1の変異を検出することによる先天性眼疾患検査用キット。
【発明の効果】
【0010】
本発明の検査方法により、WFDC1の遺伝子やタンパク質の変異が原因となりうる先天性眼疾患に関し、キャリアーを検出することができるのみならず、発生個体の早期診断が可能となる。これにより、より確実に先天性眼疾患の発生を未然に予防することができる。
【0011】
WFDC1の変異に関連する先天性眼疾患は劣性である場合が多く、WFDC1遺伝子の変異をホモタイプで有するときにのみ先天性眼疾患を表現し、一方の遺伝子のみが変異型であるキャリアーの場合には先天性眼疾患を表現しない場合が多い。しかし、キャリアーとキャリアーが交配することにより、誕生してくる子は、ホモタイプの遺伝子を有する場合もあり、先天性眼疾患を表現する場合が生じうる。キャリアーを調べるのみならず、発生個体の早期診断が可能となり、より確実に先天性眼疾患の発生を未然に防ぐことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明における哺乳動物におけるWFDC1の遺伝子やタンパク質の変異を検出することによる先天性眼疾患の検査方法について、以下説明する。本発明において先天性眼疾患とは、文字の如く先天性の眼疾患をいう。
【0013】
本発明において、WFDC1とはWAP four disulfide core domain 1をいい、別名Prostates stromal protein ps20(PS20)ともいわれている。WFDC1遺伝子は、前立腺癌由来の細胞で強く発現している遺伝子として同定され、報告されており、これまでは主として前立腺癌を中心とする癌の発生に関与する可能性のある遺伝子として注目されていた。しかしながら、先天性眼疾患とWFDC1との関係は、本発明において初めて見出された。
【0014】
本発明において、哺乳動物とは特に限定されないが、例えばヒトの他、家畜、ペット、競争用動物、実験動物となりうる哺乳動物が挙げられる。例えば家畜やペットの場合には、遺伝子検査によりキャリアーを検出し、キャリアー同士の交配を回避することで、WFDC1遺伝子の変異に基づく先天性眼疾患を防ぐことができる。また、実験動物の場合には、WFDC1遺伝子が変異したトランスジェニック動物、ノックアウト動物や薬剤誘発突然変異動物等により、例えばマウスやラットなどの動物に代表されるような先天性眼疾患モデルを樹立することができる。さらに、ヒトにおいても、遺伝子疾患を排除するために遺伝子検査を行うことも考えられる。
【0015】
本発明のWFDC1遺伝子の塩基配列は、上記に例示された各哺乳動物のWFDC1遺伝子の配列であれば良く、特に限定されないが、検査の目的対象物により適宜選択することができる。具体的には、ヒトの他、ウシ、ウマ、ヤギ、ブタ、ヒツジなどの家畜類、マウス、ラット、サル類などの実験動物など、目的に応じて対象動物を選択することができ、それらのWFDC1遺伝子の塩基配列を基に、変異を検出することができる。より具体的には、ウシのWFDC1遺伝子の塩基配列として、例えばGenBank Accession No. NW_929284で表すことができ、mRNAの配列は、GenBank Accession No. XM_581642で表すことができる。
【0016】
本発明において、WFDC1の変異とは特に限定されないが、例えばWFDC1遺伝子の塩基配列における特定のヌクレオチドが変異したり、WFDC1タンパク質におけるアミノ酸が変異することが考えられる。例えば、遺伝子の特定の位置のヌクレオチドの変異により、タンパク質の機能に何らかの影響が及ぶ場合や、タンパク質そのものが発現しない場合も考えられる。さらには、タンパク質が発現するものの、その量が不十分である場合もある。
【0017】
したがって、本発明におけるWFDC1の変異の位置は特に限定されないが、例えばWFDC1タンパク質合成に影響し、十分にタンパク質が発現し得ない場合も考えられる。具体的には、WFDC1タンパク質をコードする遺伝子に関し、上流部位での1又は複数個のヌクレオチドの置換、欠失、付加している場合も考えられるし、上流以外の部位での1又は複数個のヌクレオチドが、挿入あるいは欠損等している場合も考えられる。これらの変異により、WFDC1遺伝子そのものが機能しなくなる場合も考えられる。具体的にはmRNAへの転写阻害又は翻訳阻害等によるタンパク質合成能の低下や、フレームシフトやタンパク質合成の終了等への影響が考えられる。また、フレームシフトや、タンパク質合成の終了によらずとも、特定のヌクレオチドの変異により、特定のアミノ酸が変異することによっても、先天性眼疾患に影響する可能性は否定できない。さらには、タンパク質が発現するものの、その量が不十分である場合もある。
【0018】
先天性眼疾患に関連する具体的な変異として、配列表の配列番号1に示すWFDC1遺伝子の第2エクソンの領域(配列番号2)において、正常WFDC1遺伝子ではシトシンが6つ連続している位置(配列番号2で示す配列の第67〜72番目)で、先天性眼疾患を表現する個体のWFDC1遺伝子では、シトシンが7つ連続するような変異を挙げることができる(図2参照)。具体的にはヌクレオチド(シトシン)がひとつ挿入されることで、タンパク質合成の際に、フレームシフトが生じ、正常タンパク質とは全く構造の異なるタンパク質が合成されるような場合が考えられる(図3参照)。
【0019】
本発明に関し、遺伝子を基に検査する場合の検査方法は、具体的には以下の工程a)〜c)を含む方法により行われる。以下の工程a)〜c)の間、あるいは前後に適宜更なる工程を加えても良い。
【0020】
工程a)哺乳動物の核酸試料を得る工程;
工程b)工程a)にて得られた核酸試料を遺伝子増幅反応に付し、哺乳動物のWFDC1遺伝子に存在しうる変異部位を含む領域が増幅された核酸断片を得る工程;
工程c)工程b)で得た増幅された核酸断片を用いてWFDC1の変異の存在を調べる工程。
【0021】
工程a)について
本発明において、核酸試料とは、例えばゲノミックDNA、cDNA及び/又はmRNAを含む試料をいう。このような核酸を含む試料は、哺乳動物のいずれの部位からも採取することができ、例えば血液、血漿、血清、組織、体液(唾液、汗、鼻汁、精液、リンパ液等)等から採取することができる。核酸試料は、自体公知の一般的な方法により、例えば、モレキュラー クローニング ア ラボラトリー マニュアル、第2版(T.マニアティス他著、コールド スプリング ハーバー ラボラトリー社、1989年発行)に記載の方法により行うことができる。
【0022】
工程b)について
本発明の検査方法において、工程a)にて得られた核酸試料を遺伝子増幅反応に付し、増幅した核酸断片を用いることができる。遺伝子増幅反応の方法としては、自体公知の方法を用いることができ、遺伝子の解析に必要な領域を増幅できれば特に限定されないが、例えばPCR法、RNAポリメラーゼを利用した核酸増幅法(特開平2−5864号公報、特開平7−203999号公報)や鎖置換増幅法(特公平7−114718号公報、特開平7−88242号公報)、LAMP法、LCR(リガーゼ連鎖反応)法のような核酸増幅法を利用することができる。なかでもPCR法が好ましく用いられる。
【0023】
工程b)において、WFDC1遺伝子に存在しうる変異部位を含む領域を上記方法により増幅し、増幅した核酸断片を得る。このような核酸断片を得るために、遺伝子の変異部位を挟む領域を増幅しうるプライマーを用いることが必要である。本発明において、変異の位置は特に限定されない。
【0024】
使用可能なプライマーは、哺乳動物のWFDC1遺伝子の配列を増幅しうるプライマーであれば良く、特に限定されないが、検査の目的対象物により適宜選択することができる。具体的には、ヒトの他、ウシ、ウマ、ヤギ、ブタ、ヒツジなどの家畜類、マウス、ラット、サル類などの実験動物など、目的に応じて対象動物を選択することができ、それらのWFDC1遺伝子の塩基配列を基に、変異を検出することができる。
【0025】
より具体的には、ウシのWFDC1遺伝子の塩基配列(配列番号1)に示す塩基配列のうち、例えば第2エクソンの領域(配列番号2)の変異を検出する場合には、配列表の配列番号3に示す第2エクソンを含む領域の塩基配列から選択される15〜35個のヌクレオチドからなり、プライマー機能を有するオリゴヌクレオチドをプライマーとして用いることができる。また、その相補鎖もプライマーとして用いることができる。具体的には、配列表の配列番号4又は5に示す塩基配列を含むオリゴヌクレオチドをプライマーとして用いることができる。さらには、これらのオリゴヌクレオチドの相補鎖もプライマーとして用いることができる。
【0026】
遺伝子の増幅方法により、使用するプライマーの組み合わせ方法は適宜選択することができるが、例えばPCR法による場合は、具体的にはフォワードプライマー及びリバースプライマーを一組のプライマーセットとして用いることができる。例えば、配列表の配列番号1の塩基配列から選択され、より好適には配列番号3の塩基配列から選択される15〜35個のヌクレオチドからなり、WFDC1遺伝子における先天性眼疾患に関連する変異の部位を含む領域を増幅しうるオリゴヌクレオチドを一組のプライマーセットを用いることができ、より具体的には、配列表の配列番号4及び5に示す塩基配列のオリゴヌクレオチドを一組のプライマーセットとして用いることができる。さらには、上記に示す各オリゴヌクレオチドの相補鎖からなるオリゴヌクレオチドを一組のプライマーセットとすることもできる。
【0027】
工程c)について
工程c)では、工程b)で得られた核酸断片について解析し、変異の存在を調べる。変異の存在の検出方法としては特に限定されず、自体公知の検査方法に適用することができる。例えばWFDC1の検査方法として、電気泳動法、核酸チップ法、制限断片長多型(RFLP)検出法等を例示することができる。さらには得られた核酸断片を基に遺伝子操作により発現させ、発現物質の同定や定量を行うことによっても解析することができる。発現物質の同定はウエスタンブロッティング法などにより、定量はELISA法などにより、免疫学的手法により行うことができる。
【0028】
例えば、電気泳動法では、得られた増幅断片を直接電気泳動に付し、泳動の度合いから変異を検出することができる。核酸チップ法では、自体公知の手法により解析することができる。具体的には、変異部位を含む適当なDNA断片をプローブに用いるハイブリダイゼーション法による。例えば基材上に固定したDNAプローブと上記核酸断片を反応させ、ハイブリダイズした核酸を、蛍光、発光やラジオアイソトープなどで標識した物質と反応させることにより検出することにより変異を解析することができる。免疫学的手法としては、増幅核酸を基に発現したタンパク質や、被検対象動物のタンパク質試料を抗WFDC1抗体や、抗変異型WFDC1抗体と反応させる方法、例えばウエスタンブロッティング方法等によることができる。さらに制限断片長多型(RFLP)を検出して調べる方法も用いられる。
【0029】
その他の方法として、特定の部位に変異がある場合には制限酵素に反応するよう特定の塩基配列を組み込むことで、該当する制限酵素を作用させたときに得られる核酸断片の大きさを電気泳動により分析し、解析することができる。例えば配列表の配列番号1に示すWFDC1遺伝子の第2エクソンの領域(配列番号2)において、変異部位の近辺に、変異が生じたときに制限酵素BglIの認識配列が得られるように、特定の塩基配列からなるポリヌクレオチドを組み込む。該当箇所を含む領域を、例えば配列表の配列番号6及び7に記載のプライマーセットを用いて、PCR法などの核酸増幅方法により増幅して核酸断片を得、制限酵素BglIを作用させた後の断片を電気泳動することにより、解析を行うことができる(図5参照)。
【0030】
本工程に使用されるその他の解析方法として、単鎖高次構造多型(SSCP)を調べる方法を使用することもできる。該方法は、一本鎖DNAが分子内の相互作用により形成する塩基配列に依存した高次構造の違いを、電気泳動での移動速度の差として調べる方法である(Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 86, 2766-2770 (1989))。工程b)で得られる核酸断片を、例えば電気泳動に付し、その移動速度を正常個体由来の核酸断片のものと比較することにより、変異の有無を検出することができる。RFLP法、SSCP法以外の検出法としては、例えばDDGE法のような公知の変異検出方法を使用することができる。
【0031】
本発明のWFDC1の検査方法により、先天性眼疾患を表現している個体のみならず、キャリアーについても検査し検出することができる。従って、本発明でいう先天性眼疾患とは遺伝子的に異常であることを意味し、症状の有無を問わず、またキャリアーを含めて広義に解釈するものとする。特に症状を発現している場合には、先天性眼疾患を表現している場合、又は表現型をいうこととする。
【0032】
遺伝子の解析に寄らず、WFDC1タンパク質の変異を直接検査することもできる。この場合は、例えば血液、血漿、血清、組織、体液(唾液、汗、鼻汁、精液、リンパ液等)等を採取し、WFDC1タンパク質の存在を、例えばELISA法などの免疫学的手法により確認することで、検査することができる。
【0033】
検査用試薬について
本発明の検査用試薬とは、具体的には上記核酸試料に含まれる遺伝子の所望の領域を増幅しうるプライマー、遺伝子増幅に必要な緩衝液、反応試薬、制限酵素、検出試薬(例えば電気泳動用試薬、プローブ等)等から選択されるいずれかいう。特に、本発明において特異的な核酸増幅用プライマーを本発明の試薬として挙げることができる。
【0034】
先天性眼疾患検査用キットについて
本発明の先天性眼疾患検査用キットには、具体的には上記核酸試料に含まれる遺伝子の所望の領域を増幅しうる一組のプライマーセットを含み、さらに核酸増幅に必要な緩衝液、反応試薬、制限酵素、検出試薬(例えば電気泳動用試薬、プローブ等)等から選択されるいずれか1種又は複数を含ませることができる。また、検査のための装置をキットに含めても何ら差し支えない。
【0035】
以下に、本発明を完成するに至った経緯についても説明し、その後実施例を示して具体的に説明する。
【0036】
先天性眼疾患に関連する遺伝子を解析するために、非特許文献1の方法に従い、約20個体の発症個体を含む家系のウシから核酸試料を得、染色体の連鎖解析を行った。核酸試料は、末梢血及び血清からフェノール/クロロホルム抽出により得た。
【0037】
ウシの全染色体を網羅する240のマイクロサテライトマーカーを用いて連鎖解析を行ったところ、第18染色体上のBMS1322とBMS14に強い連鎖が認められた。したがって先天性眼疾患の原因遺伝子は第18染色体の近位部に存在することが明らかとなった。さらにこの周辺の新たなマイクロサテライトマーカーを多数開発し、ホモ接合体マッピング法により、候補領域を狭め、最終的に約1.1Mb領域に特定することができた(以上非特許文献2、図1参照)。
【0038】
上記により特定された領域に存在する遺伝子各々について解析し、先天性眼疾患とWFCD1遺伝子との関係を本発明者らは初めて見出した。以下に、実施例によりその内容を詳述する。
【実施例】
【0039】
以下に実施例を示して説明するが、本実施例は発明の内容をより理解するためのものであって、本発明は本実施例に限定されるものではないことはいうまでもない。
【0040】
(実施例1)変異型WFDC1遺伝子の確認
1)PCRによる増幅
末梢血及び血清からフェノール/クロロホルム抽出により得たウシの核酸試料を、第2エクソンを含む領域(配列番号3)の一部を増幅しうるよう、以下のフォワードプライマー及びリバースプライマーを用いて、PCR法により核酸を増幅した。
フォワードプライマー 5'-GTAGGCGGAGGAGGTAGGC (配列番号4)
リバースプライマー 5'-GTAGGCGCAGCCGTTGTAG (配列番号5)
【0041】
PCR法は以下の試薬を用いた。正常ウシ、先天性眼疾患ウシ、及びその母ウシのゲノミックDNAを鋳型とした。
鋳型DNA(10ng) 1μ1
2×GC緩衝液 I (TAKARA) 5μl
dNTPs 1μ1
プライマー(各20μM) 各0.25μl
Taq 0.05U
O 全量 100μl
【0042】
PCRは、94℃で5分おいた後、94℃で30秒、59℃で30秒、72℃で45秒を30サイクル行い、その後72℃で7分間おき、4℃で保存し、行った。
【0043】
2)クローニングによる塩基配列の解析
上記1)より得た増幅DNA断片をPCR反応液より回収し、該増幅DNA断片をプラスミドベクターにクローニングし、その塩基配列をジデオキシ法によって決定した。
【0044】
その結果、WFDC1遺伝子の第2エクソンの領域(配列番号2)に1塩基の挿入が確認された。即ち正常個体では、配列番号2の第67〜72番目におけるCが6回繰りかえしている配列が、発症個体では7回のCの繰り返しになっていた(図2参照)。この1塩基の挿入の結果、変異型WFDC1遺伝子からWFDC1タンパク質を合成する際にフレームシフトを引き起こし、67番目のアミノ酸残基以降のアミノ酸配列は正常のもの(野生型(配列番号10))とは全く異なり、126番目に早期の終止コドンが出現していることが確認された(図3参照(配列番号11))。したがって、変異型WFDC1遺伝子から産生されるWFDC1タンパク質は、正常WFDC1タンパク質の機能を完全に喪失しているものと考えられた。
【0045】
(実施例2)直接電気泳動法による検査方法
実施例1のPCR法により得た増幅DNA断片をPCR反応液より回収し、該DNA断片を直接電気泳動に付した。その結果を図4に示した。正常ウシの場合と、キャリアー又は眼疾患表現型(Affected)のウシの場合では、異なる位置にバンドが認められた。
【0046】
上記結果から、直接電気泳動法により、正常ウシ、キャリアー又は眼疾患表現型(Affected)の遺伝子を検査しうることが確認された。
【0047】
(実験例3)制限酵素認識配列の挿入による検査方法
WFDC1遺伝子の第2エクソンの領域において、ミスマッチプライマーを用いて変異部位の近辺に、変異の場合に制限酵素BglI の認識配列(5'-GCCNNNNNGGC:配列番号8)が得られるように特定の塩基配列(GCCCCC:配列番号9)からなるポリヌクレオチドを組み込んだ。該当箇所を含む領域を、配列表の配列番号7及び8に記載のプライマーセットを用いて、PCR法による核酸増幅方法により増幅して核酸断片を得た。得られた増幅産物を、制限酵素BglIを作用させた後に電気泳動することにより、解析を行った(図5参照)。理論的には、変異が認められる場合には制限酵素で切断され、正常な場合には、制限酵素では切断されなかった(図6参照)。
【0048】
フォワードプライマー 5'-GTAGGCGGAGGAGGTAGGC (配列番号6)
リバースプライマー 5'-GCGTGCAGCCTG GCAGGCGCCGG (配列番号7)
【0049】
実施例の核酸試料について確認したところ、図7に示すように、正常ウシの場合は98bpでバンドを認め、眼疾患表現型では76bpでバンドを認め、ほぼ理論どおりの結果を得ることができた。また、キャリアーでは2本のバンドが認められ、変異型WFDC1遺伝子を有するキャリアーについても確認することができた。
【0050】
上記結果から、ミスマッチプライマーを用いた制限酵素認識配列の挿入法により、正常ウシ、キャリアー又は眼疾患表現型(Affected)の遺伝子を検査しうることが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0051】
以上説明したように、本発明の検査方法によると、WFDC1の遺伝子やタンパク質の変異が原因となりうる先天性眼疾患に関し、キャリアーを検出することができるのみならず、発生個体の早期診断が可能となる。これにより、より確実に先天性眼疾患の発生を未然に予防することができる。
【0052】
WFDC1の変異に関連する先天性眼疾患は劣性である場合が多く、WFDC1遺伝子の変異をホモタイプで有するときにのみ先天性眼疾患を表現し、一方の遺伝子のみが変異型であるキャリアーの場合には先天性眼疾患を表現しない場合が多い。しかし、キャリアーとキャリアーが交配することにより、誕生してくる子は、ホモタイプの遺伝子を有する場合もあり、先天性眼疾患を表現する場合が生じうる。キャリアーを調べるのみならず、発生個体の早期診断が可能となり、より確実に先天性眼疾患の発生を未然に防ぐことができる。
【0053】
さらには、WFDC1遺伝子が変異したトランスジェニック動物、ノックアウト動物や薬剤誘発突然変異動物等により、例えばマウスやラットなどの動物に代表されるような先天性眼疾患モデルを樹立することができる。
【図面の簡単な説明】
【0054】
【図1】染色体マップを示す図である。
【図2】解析結果を示す図である。(実施例1)
【図3】WFDC1遺伝子の変異によるWFDC1タンパク質の合成に及ぼす影響を示す図である。
【図4】直接電気泳動法による結果を示す図である。(実施例2)
【図5】制限酵素を用いた変異の検査方法を示す図である(実施例3)。
【図6】増幅産物を制限酵素(BglI)により切断したものについて、得られるポリヌクレオチドの長さを示す図である。(実施例3)
【図7】実施例3による結果を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
哺乳動物におけるWFDC1の変異を検出することを特徴とする先天性眼疾患の検査方法。
【請求項2】
WFDC1の変異が、WFDC1をコードする遺伝子の変異又はWFDC1タンパク質の変異を検出することによる請求項1に記載の検査方法。
【請求項3】
以下の工程a)〜c)を含む、請求項1又は2に記載の検査方法:
工程a)哺乳動物の核酸試料を得る工程;
工程b)工程a)にて得られた核酸試料を遺伝子増幅反応に付し、哺乳動物のWFDC1遺伝子に存在しうる変異部位を含む領域が増幅された核酸断片を得る工程;
工程c)工程b)で得た増幅された核酸断片を用いてWFDC1の変異の存在を調べる工程。
【請求項4】
WFDC1の検査方法が、電気泳動法、核酸チップ法、免疫学的手法、制限断片長多型(RFLP)検出法の何れかより選択される方法を用いることによる請求項1〜3の何れか1に記載の検査方法。
【請求項5】
請求項4に記載の検査方法における増幅された核酸断片を得るために使用されるプライマー機能を有するオリゴヌクレオチドであって、哺乳動物のWFDC1遺伝子の塩基配列から選択される15〜35個のヌクレオチドからなり、WFDC1遺伝子における先天性眼疾患に関連する変異の部位を含む領域を増幅しうるオリゴヌクレオチド。
【請求項6】
哺乳動物のWFDC1遺伝子が、家畜、ペット、競争用動物、実験動物となりうる哺乳動物及びヒトから選択されるいずれかのWFDC1遺伝子である請求項5に記載のオリゴヌクレオチド。
【請求項7】
請求項5又は6に記載のオリゴヌクレオチドであって、以下の1)〜3)より選択されるいずれかのオリゴヌクレオチド:
1)配列表の配列番号1に示す塩基配列から選択される15〜35個のヌクレオチドからなり、WFDC1遺伝子における先天性眼疾患に関連する変異の部位を含む領域を増幅しうるオリゴヌクレオチド;
2)配列表の配列番号3又は4に示す塩基配列を含むオリゴヌクレオチド;
3)上記1)又は2)に記載のオリゴヌクレオチドの相補鎖。
【請求項8】
請求項5〜7のいずれか1に記載のオリゴヌクレオチドから選択される、少なくとも2種のオリゴヌクレオチドからなるプライマーセットであり、該少なくとも2種のオリゴヌクレオチドが、WFDC1遺伝子における先天性眼疾患に関連する変異の部位を含む領域を増幅しうることを特徴とする一組のプライマーセット。
【請求項9】
請求項5〜7のいずれか1に記載のオリゴヌクレオチドを含む、WFDC1の変異を検出することによる先天性眼疾患の検査用試薬。
【請求項10】
請求項8に記載の一組のプライマーセットを含む、WFDC1の変異を検出することによる先天性眼疾患検査用キット。

【図3】
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【図5】
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【図6】
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【図1】
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【図2】
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【図4】
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【図7】
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【公開番号】特開2008−142031(P2008−142031A)
【公開日】平成20年6月26日(2008.6.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−333860(P2006−333860)
【出願日】平成18年12月11日(2006.12.11)
【出願人】(504147243)国立大学法人 岡山大学 (444)
【出願人】(595102178)沖縄県 (36)
【Fターム(参考)】