説明

スライド要素、とりわけピストンリング、およびスライド要素をコーティングするための方法

鋳鉄または鋼で作製されているのが好ましいスライド要素、とりわけピストンリングは、CrN層(14)およびa−C:H:Me層(16)が交互に重なり合った多重層を有するコーティングを備える。鋳鉄または鋼で作製されているのが好ましいスライド要素、とりわけピストンリングをコーティングするための方法では、複数のCrN層とa−C:H:Me層が交互に設けられる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、コーティングを有するスライド要素、とりわけピストンリング、およびスライド要素をコーティングするための方法に関する。
【背景技術】
【0002】
多くの技術分野において、スライド要素が、スライド接触面にスライドするように接触している。典型的な用途の例として、ピストンリングをシリンダライナと組み合わせたものが知られている。シリンダまたはシリンダライナを、例えばアルミニウム−シリコン合金で作製することは、特にオットーエンジンではよく行なわれていることであるが、そのような場合に、磨耗および摩擦力の点で、DLC(ダイヤモンドライクカーボン)コーティングシステムが良好であることが分かっている。しかしながら、公知のDLCコーティングシステムは、従来型の鉄系シリンダライナを使ったディーゼルエンジンまたはターボチャージャー付きオットーエンジンでは耐用期間および使い勝手を向上する必要がある。シリンダ圧がかなり高くなるため、特に直接噴射と相まって、混合摩擦の割合が高くなる。かかる状況において、DLCコーティングシステムが十分に適合しない決定的な理由は、層の厚さが、従来から5μm未満と薄くなっていることであると考えられる。
【0003】
特許文献1には、なじみ層を有するDLCコーティングが開示されている。層をより厚くすることに関しては、PVD(物理気相成長法)コーティング、特に窒化クロム(CrN)系のものが知られている。これらのコーティングでは、層の厚さが10〜30μmの範囲である。これらを用いれば結果として耐用期間は改善されるものの、特に潤滑が不十分な場合の摩擦力および耐摩耗性、並びに耐擦り傷性が悪化する。一方、DLCコーティングシステムは、構造がアモルファスであるため、金属表面に対する高い化学的不活性性を有し、したがって、スライド接触面に対する接着性が極めて低い傾向があるという利点を提供する。
【0004】
これは、例えば、内面に金属を含有するアモルファス炭素層を有し、外面に金属を含有しないアモルファス炭素層を有する、特許文献2に係るコーティングに当てはまる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】ドイツ特許第102005063123号明細書
【特許文献2】ドイツ特許第102008016864号明細書
【発明の概要】
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の背後にある目的は、耐用期間および摩擦力に関して求められる要件を満足するスライド要素、とりわけピストンリングであって、特に、例えば鉄系のスライド接触面を有するディーゼルエンジンまたはターボチャージャー付きオットーエンジンに使用されたときに要件を満足するものを提供することである。更に、スライド要素をコーティングする方法も提供される。
【0007】
上記目的は、請求項1に記載のスライド要素によって達成される。
【0008】
その上に設けられるコーティングは、CrN層とa−C:H:Me層とが交互に重なり合った多重層が特徴である。当初のテストから、かかる層構造を使って、耐用期間および相対摩擦係数の両方を向上できることが分かった。
【0009】
明確化のために言及しておくと、Meは金属を表わしているのであって、例えばタングステン、クロム、チタン、またはシリコンを使用することができる。a−C:H:Me層および後述するa−C:H層は、どちらもDLC層であり、比較的低い磨耗特性および良好な摩擦特性が確保されている。特に、それによって、径方向の接触圧力が様々であるため、例えばピストンリングの周囲全体にわたって磨耗速度が様々になるが、それにもかかわらず、DLCは、リング表面の少なくとも一部に常に存在しており、したがって、特に潤滑作用が不十分な条件下でも、良好な摩擦特性が維持されると考えられる。これは、有利な態様で、CrN層によってもたらされる磨耗上の利点と組み合わされる。CrN層の耐磨耗性は、従来からDLCより高くなっており、最初からまたは最も外側のDLC層が磨耗したときに、効果を発揮することができ、有利である。上記の多層コーティングは、他にも、全体の層の厚さを従来のDLCコーティングシステムの場合よりも著しく厚くできるといった利点を提供することができる。これは、本質的に、窒化クロムに比べてDLCの方が高くなっている内部応力を、複数のCrN層によって、コーティング全体として均等化することができるという事実に基づいている。
【0010】
コーティングは特に、少なくとも1つの滑り面上に少なくとも部分的に設けることができる。更に、コーティングは、滑り面に隣接した表面への移行部へと、および、該表面上に広がる場合がある。これは、例えば、ピストンリングの滑り側面に影響を及ぼす。「内燃エンジンのピストンの油かきリング用圧縮コイルばね及び圧縮コイルばねをコーティングするための方法(Helical compression spring for an oil scraper ring of a piston in an internal combustion engine, and method for coating a helical compression spring)」という名称の出願を本出願人が同日に出願したことにも言及しておかなければならない。同出願において、本明細書に記載されているものと同様のコーティングが、圧縮コイルばねに設けられている。同出願に記載されているコーティングの特徴は全て、本明細書に記載のコーティングにも適用することができる。更に、上記出願に記載の圧縮コイルばねは、同出願に記載されている諸実施形態のうちのいずれかにおいて、本明細書に記載のピストンリングと有利に組み合わせることができ、その組み合わせについても、本出願の内容とみなされるべきである。更に、本出願人は、「ピストンリングの少なくとも内面をコーティングする方法およびピストンリング(Method for coating at least the inner face of a piston ring, and piston ring)」という名称の出願を同日に出願した。この出願には特にピストンリングの内面をコーティングすることに関連した方策が記載されているが、それらは全て、本明細書に記載のピストンリングに適用することができ、この出願に記載の方法は、特に内面以外の表面をコーティングすることにも適用することができる。
【0011】
本発明の好適なさらなる態様が、他の請求項に記載されている。
【0012】
好ましくは鋳鉄製または鋼製の基体、即ちスライド要素、特にピストンリングに対してCrN層を接着するためには、クロムの接着層を形成した方が有利であることが分かった。これは、特に蒸着によって設けることができ、1.0μm未満の厚さの層を有することが好ましい。現在のところ、接着層の厚さとしては最小の0.01μmとすることが好ましい。
【0013】
特に上述した接着層について、現時点では、上述した多層構造のうちの最も内側の層として、CrN層を選択することが好ましい。
【0014】
本発明に係るスライド要素の最も外側の層は、当初、スライド接触面とスライドするように接触するものであり、金属を含有しないDLC層、換言すると、a−C:H類型の層であることが好ましい。このような層は、最も良好ななじみ動作が行われることを保証する。この層は、0.1〜5.0μmの厚さを有することが有利であると分かった。層を0.1μmという最小の厚さにすると、良好ななじみ動作を行うのに有利である。層の厚さの最大値は、層が厚くなるにつれて低下する接着性について、最低限の接着性に基づいて与えられる。前述した最も外側の層または最上層は、CrN層およびa−C:H:Me層のどちらに設けることも考えられる。
【0015】
CrN層およびa−C:H:Me層からなる多重層のそれぞれの層は、50nm〜400nmとすることが好ましい。50nmを超える厚さによって、重ね合わせて使用したときに、層構造の試験可能性が確保されるという利点が得られる。
【0016】
良好な耐用期間と併せて良好な摩擦挙動を確保するためには、コーティングの全体の厚さを、2〜40μmとするのが好都合である。このため、個々の層の重ね合わせの数は、例えば10〜400にすることができる。
【0017】
CrN層の硬度として、800〜1900HV0.002の値が適切であることが分った。この形態は、1700〜2900HV0.002の金属を含有しないDLC層の硬度および/または800〜1600HV0.002の金属を含有するDLC層の硬度と組み合わせることができる。
【0018】
特に、DLC層の良好な特性、とりわけ金属を含有するDLC層および/または金属を含有しないDLC層の良好な特性は、その層が水素を含有している場合に得られることが更に期待される。
【0019】
金属を含有するDLC層は、例えばWC、CrC、SiC、GeC、またはTiCといった金属炭化物のナノ結晶堆積物を含有することができ、更に有利である。
【0020】
前述した目的は、請求項9に記載の方法によってさらに達成される。
【0021】
前述したコーティングは、本発明に係る方法の範囲内で、スパッタリング過程とプラズマ化学気相成長法(PA−CVD)過程を組み合わせることによって設けることができ、好都合である。
【0022】
本発明により、前述したスライド要素の少なくとも1つを内燃エンジンのスライド接触面、とりわけ、内燃エンジン、とりわけディーゼルエンジンまたはターボチャージャー付きオットーエンジンのシリンダまたはシリンダライナと組み合わせることができ、ここで、スライド接触面は鉄をベースとするものである。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】図1は、本発明に係る層構造を示す図である。
【図2】図2は、異なるコーティングを施したピストンリングの相対的な磨耗度を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
図面を参照して以下に、本発明の好適な例示の実施形態を更に詳細に説明する。
【0025】
図1から明らかなように、最初に、スライド要素の基材10に、クロムの接着層12を設けられている。そこに、内面から表面へと、複数のCrN層14およびa−C:H:Me層16が交互に設けられている。最も外側の層は、a−C:H層によって形成されている。図で示した例において、その層はDLC層に設けられているが、CrN層にも同様に設けることができる。
【0026】
かかる構造を採用して、比較例を使ってテストを実施した。表1に、使用した層のシステムを示す。
【表1】

【0027】
これらのコーティングシステムをピストンリングに適用し、磨かれたねずみ鋳鉄のシリンダライナと組み合わせて、潤滑条件下でトライボロジー挙動を調べた。磨耗が最大のコーティングシステムを100%と規定する。一方、図2から明らかなように、コーティングなしの表面に比べてDLCコーティングにより、磨耗が50%以上も低減される。本発明に係るコーティングシステム(タイプE)は、相対的に磨耗が最も少ないことが示された。当初の所見によれば、これは、多層システムの構造が比較的安定していること、および摩擦および磨耗動作が最適化された結果によって達成されたものである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋳鉄または鋼で製作されていることが好ましいスライド要素、とりわけピストンリングであって、CrN層(14)およびa−C:H:Me層(16)が交互に重なり合った多重層を有するコーティングを備えるスライド要素。
【請求項2】
0.01〜1.0μmの厚さを有することが好ましいクロム(12)からなる接着層が、前記スライド要素の基体(10)に設けられていることを特徴とする、請求項1に記載のスライド要素。
【請求項3】
交互に重なり合った前記多重層の最も内側の層は、CrN層(14)であることを特徴とする、請求項1または2に記載のスライド要素。
【請求項4】
前記コーティングの最も外側の層は、0.1〜5.0μmの厚さを有することが好ましいa−C:H層(18)であることを特徴とする、請求項1〜3のうちのいずれか1項に記載のスライド要素。
【請求項5】
前記CrNおよび/またはa−C:H:Meの各層は、50nm〜400nmの厚さを有することを特徴とする、請求項1〜4のうちのいずれか1項に記載のスライド要素。
【請求項6】
前記コーティングの全体の厚さは、2〜40μmであることを特徴とする、請求項1〜5のうちのいずれか1項に記載のスライド要素。
【請求項7】
前記CrN層の硬度は800〜1900HV0.002であり、且つ/または金属を含有しないDLC層の硬度は1700〜2900HV0.002であり、且つ/または金属を含有するDLC層の硬度は800〜1600HV0.002であることを特徴とする、請求項1〜6のうちのいずれか1項に記載のスライド要素。
【請求項8】
少なくとも一層のDLC層は金属蒸着法によって設けられ、且つ/または金属を含有するDLC層および/若しくは金属を含有しないDLC層は、PA−CVD過程によって設けられていることを特徴とする、請求項1〜7のうちのいずれか1項に記載のスライド要素。
【請求項9】
鋳鉄または鋼で作製されているのが好ましいスライド要素、とりわけピストンリングをコーティングするための方法であって、複数のCrN層とa−C:H:Me層が交互に設けられる方法。
【請求項10】
前記コーティングは、スパッタリングとPA−CVDを組み合わせることによって設けられることを特徴とする、請求項9に記載の方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate


【公表番号】特表2013−521413(P2013−521413A)
【公表日】平成25年6月10日(2013.6.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−556432(P2012−556432)
【出願日】平成23年2月17日(2011.2.17)
【国際出願番号】PCT/EP2011/052345
【国際公開番号】WO2011/110413
【国際公開日】平成23年9月15日(2011.9.15)
【出願人】(398071439)フェデラル−モーグル ブルシャイト ゲゼルシャフト ミット ベシュレンクテル ハフツング (28)
【Fターム(参考)】