説明

ドリル及び穴明け加工方法

【課題】 例えばディーゼルエンジンの噴射ポンプにおける直径数mm程度の穴の形成を、ドリルによる穴明け加工のみによって、要求される内壁面精度で達成し、加工効率の向上を図る。
【解決手段】 刃先部12を軸線O方向の先端側から見たときに、刃先部12のランド部50に形成されたマージン部52を、周方向での長さに関してランド部50における50%以上を占めるようにする。刃先部12の表面に硬質皮膜を被覆するとともに、少なくともマージン部52の表面に対してポリッシュ加工を施す。ポリッシュ加工が施されたマージン部52の表面粗さRaを、0.1μm〜0.3μmの範囲に設定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、被削材に対して加工穴を形成するための穴明け加工に用いられるドリルに関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来より、軸線回りに回転されるドリル本体の先端側部分である刃先部の外周に後端側に向けて延びる一対の切屑排出溝が形成され、これら切屑排出溝のドリル回転方向前方側を向く内壁面と刃先部の先端逃げ面との交差稜線部に切刃が形成されたドリルがよく用いられている。
また、このようなドリルにおいては、刃先部のランド部に、加工穴の内壁面に摺接するマージン部を形成することにより、刃先部の安定したガイド作用を得ることができて、加工穴の穴位置精度を高水準に保つことができることが知られている(例えば、特許文献1参照)。
【特許文献1】特表2000−507163号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
ところで、ディーゼルエンジンの噴射ポンプには、直径0.数mm程度のノズルの手前側に、直径数mm(例えば直径4mm)程度の穴が形成されているが、このような噴射ポンプの穴を形成するためにも、上記のドリルが用いられる。
上記噴射ポンプの穴は、その内部を高圧状態の流体が通過するものであることから、非常に高い内壁面精度が要求されている。つまり、上記噴射ポンプの穴の内壁面精度が悪いと、その内壁面に存在する傷を起点として、噴射ポンプに亀裂が入ったりするおそれが生じてしまうのである。
【0004】
そのため、ドリルによる穴明け加工だけでは、要求される内壁面精度を有する上記噴射ポンプの穴を形成できないことから、ドリルによる穴明け加工に加えてリーマによる仕上げ加工を施すことにより、上記噴射ポンプの穴を形成するようにしている。
しかしながら、ドリルを用いた穴明け加工とリーマを用いた仕上げ加工との両方が必要になると、当然のように加工効率の低下が生じてしまうため、ドリルによる穴明け加工だけで、要求される内壁面精度を有する上記噴射ポンプの穴を形成することが熱望されていた。
【0005】
本発明は、上記課題に鑑みてなされたもので、例えばディーゼルエンジンの噴射ポンプにおける直径数mm程度の穴の形成を、ドリルによる穴明け加工のみによって、要求される内壁面精度で達成することができ、加工効率の向上を図ることができるドリル及び穴明け加工方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記の課題を解決して、このような目的を達成するために、本発明のドリルは、軸線回りに回転されるドリル本体の先端側部分である刃先部の外周に後端側に向けて延びる切屑排出溝が形成され、この切屑排出溝のドリル回転方向前方側を向く内壁面と前記刃先部の先端逃げ面との交差稜線部に切刃が形成されたドリルであって、前記刃先部を前記軸線方向の先端側から見たときに、前記刃先部のランド部に形成されたマージン部が、周方向での長さに関して前記ランド部における50%以上を占めていることを特徴としている。
また、本発明の穴明け加工方法は、本発明のドリルを用いて、被削材に対して加工穴を形成するための穴明け加工方法であって、前記ドリル本体を前記軸線方向の先端側へ送ることにより、前記切刃によって被削材を切削して、前記加工穴を形成する工程と、前記ドリル本体を前記軸線方向の後端側へ引き抜くことにより、前記マージン部によって前記加工穴の内壁面にバニッシュ加工を施す工程と、を備えていることを特徴としている。
【発明の効果】
【0007】
このような本発明によれば、刃先部を軸線方向の先端側から見たときのマージン部が、その周方向での長さに関して刃先部のランド部における50%以上を占めるような大きな割合で形成されたドリルを用いて、例えばディーゼルエンジンの噴射ポンプにおける直径数mm程度の穴である加工穴を形成することになる。
そのため、ドリル本体を軸線方向の先端側へ送り、切刃によって被削材を切削して加工穴を形成した後に、このドリル本体を軸線方向の後端側へ向けて被削材から引き抜くときには、刃先部のランド部に形成されたマージン部が、加工穴の内壁面に対して大面積で摺接してバニッシュ加工を施すことになり、その加工穴の内壁面精度を著しく向上させることができる。
したがって、例えばディーゼルエンジンの噴射ポンプにおける直径数mm程度の穴のように、高い内壁面精度を有する加工穴を形成する場合であっても、ドリルによる穴明け加工だけで済み、リーマによる仕上げ加工が必要にはならないため、加工効率の向上を図ることができる。
【0008】
また、前記刃先部の表面に硬質皮膜が被覆されているとともに、少なくとも前記マージン部の表面に対してポリッシュ加工が施されていることが好ましい。
このような構成とすると、比較的粗い面粗さを有する硬質皮膜を刃先部の表面に被覆することによって、その耐摩耗性の向上を図りつつも、形成される加工穴の内壁面に接触することになるマージン部の表面に対してポリッシュ加工を施すことによって、その表面粗さを小さく設定していることから、上記加工穴の内壁面精度をより一段と向上させることができる。
このとき、前記ポリッシュ加工が施された前記マージン部の表面粗さRaは、加工穴の内壁面精度の向上効果や、ポリッシュ加工にかかる手間などを考慮すると、0.1μm〜0.3μmの範囲に設定されていることが好ましい。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
以下、本発明の実施形態を添付した図面を参照しながら説明する。
本発明の実施形態によるドリルのドリル本体10は、図1及び図2に示すように、超硬合金等の硬質材料により軸線Oを中心とした略円柱状に形成されたものであって、その後端側部分が工作機械の回転軸に把持されるシャンク部とされる一方、先端側部分が刃先部12とされている。
また、刃先部12には、その外径(後述するマージン部52の外径)が軸線O方向の後端側へ向かうにしたがい一定の割合で漸次縮径するように、バックテーパが付けられている。
【0010】
刃先部12の外周には、先端逃げ面13から軸線O方向の後端側へ向かうにしたがい略一定のねじれ角でドリル回転方向T後方側へ向けて螺旋状にねじれる一対の切屑排出溝20,20が軸線Oに対して対称に形成されていて、これら切屑排出溝20,20のドリル回転方向T前方側を向く内壁面21,21と先端逃げ面13との交差稜線部にそれぞれ切刃30,30が形成されている。
【0011】
刃先部12の先端逃げ面13は、図2に示すように、切屑排出溝20,20が交差することによって切刃30,30がドリル回転方向T前方側の稜線部に形成された第1逃げ面13A,13Aと、これら第一逃げ面13A,13Aのドリル回転方向T後方側に連なる第二逃げ面13B,13Bとから構成された多段面状をなしていて、切刃30,30には、後述するシンニング部40,40の第2シンニング面42,42も含めてドリル回転方向T後方側へ向かうにしたがい多段的に大きくなるような逃げが与えられている。
さらに、この先端逃げ面13は、内周側から外周側へ向かうにしたがい刃先部12の後端側へ向けて傾斜させられており、切刃30,30に所定の先端角が付されるようになっている。
【0012】
なお、先端逃げ面13における第2逃げ面13B,13Bには、ドリル本体10の内部で、シャンク部から軸線O方向の先端側へ向かって、切屑排出溝20と同様に、軸線O回りにねじれつつ延びる一対のクーラント穴10A,10Aがそれぞれ開口させられており、切削加工の際には、このクーラント穴10A,10Aから切削部位にクーラントが供給される。
【0013】
切屑排出溝20のドリル回転方向T前方側及び後方側を向く内壁面21,22の先端側には、内壁面21の内周側部分からこの内壁面21に接続される内壁面22の内周側部分及び外周側部分までの先端逃げ面13(第1逃げ面13A及び第2逃げ面13B)との交差稜線部分が、ドリル回転方向T後方側へ向かうにしたがい軸線O方向の後端側へ向かうように斜めに切り欠かれることによって、刃先部12のヒール部51を含むランド部50にまで達するようなシンニング部40が形成されている。
【0014】
したがって、切刃30の内周端側は、このシンニング部40と第1逃げ面13Aとの交差稜線部に形成されて、先端逃げ面13の中心に位置する軸線Oへ向けて延びるシンニング切刃部31とされている。
なお、切刃30において、シンニング切刃部31とこれ以外の部分とが交差する部分は、軸線O方向の先端側から見てドリル回転方向T前方側へ凸となる曲線または直線によって滑らかに接続されている。
【0015】
この切屑排出溝20の両内壁面21,22に交差して内周側及び軸線O方向の先端側へ向けて延びるシンニング部40において、切屑排出溝20の両内壁面21,22同士の接続部分(切屑排出溝20の溝底)と交差してシンニング切刃部31に連なる部分は、ドリル回転方向T前方側を向いて、軸線O方向に沿って延在する平面状の第1シンニング面41とされている。
【0016】
また、シンニング部40において、切屑排出溝20におけるドリル回転方向T後方側を向く内壁面22と交差して第2逃げ面13Bに連なる部分は、ドリル回転方向T後方側を向いて、ヒール部51を含むランド部50にまで達するように延在し、ドリル回転方向T後方側へ向かうにしたがい軸線O方向の後端側へ向かうように傾斜する平面状の第2シンニング面42とされている。
【0017】
そして、シンニング部40は、これを構成する第1シンニング面41と第2シンニング面42とが鈍角に交差させられて谷形をなしており、これら第1シンニング面41と第2シンニング面42との交差部分は、切屑排出溝20の両内壁面21,22同士の接続部分(切屑排出溝20の溝底)から、切刃30の内周端(シンニング切刃部31の内周端)へ向けて、つまり、先端逃げ面13の中心に位置する軸線Oへ向けて延びるように延在し、内周側へ向かうにしたがい軸線O方向の先端側へ向かうように傾斜する谷底部43となっている。
【0018】
ここで、刃先部12における一対の切屑排出溝20,20を除く外周面、すなわち刃先部12におけるランド部50は、軸線Oに直交する断面で見たとき、図2から理解できるように、切屑排出溝20のドリル回転方向T前方側を向く内壁面21の外周側稜線部に交差するとともに、切屑排出溝20のドリル回転方向T後方側を向く内壁面22の外周側稜線部(ヒール部51)に交差するマージン部52によって構成されている。
【0019】
このマージン部52は、軸線Oを中心とした略円弧状、詳述すると、切刃30の外周端30Aの軸線O回りの回転軌跡がなす円Sの外径と略同一の外径を有する軸線Oを中心とした略円弧状をなしている。そのため、マージン部52は、穴明け加工中において形成される加工穴の内壁面に摺接することになる。
【0020】
つまり、本実施形態においては、加工穴の内壁面に摺接することになるマージン部52が、刃先部12を軸線O方向の先端側から見たときに、軸線O回りの周方向での長さに関して刃先部12のランド部50における100%を占めているのであり、ランド部50のすべての部分がマージン部52とされている。
【0021】
また、マージン部52は、切屑排出溝20と同様に、先端逃げ面13に交差する部分から軸線O方向の後端側へ向かうにしたがいドリル回転方向T後方側へ向けて螺旋状にねじれるようにして、刃先部12の略全長に亘って形成されている。
ここで、刃先部12には、上述したようにその外径(上記マージン部52の断面がなす略円弧の外径)が軸線O方向の後端側へ向かうにしたがい縮径するようにバックテーパが付けられているため、実際には、刃先部12の先端側部分に形成されたマージン部52のみが、加工穴の内壁面に摺接することとなる。
【0022】
さらに、本実施形態においては、ドリル本体10における刃先部12の表面、すなわち、刃先部12の外周面であるランド部50、先端逃げ面13、切屑排出溝20の内壁面21,22及びシンニング部40などの表面に対して、TiN、TiCN、TiAlN等の硬質皮膜が被覆されている。
【0023】
そして、硬質皮膜が被覆された刃先部12の表面の全面に亘って、例えばダイヤモンド粒子等の硬質粒子を含んだペーストをブラシに塗布して磨いたりすることにより、ポリッシュ加工が施されており、これによって、その表面粗さRa(JIS B 0601−1994に規定される算術平均粗さ)が、Ra=0.1μm〜0.3μmの範囲に設定されている(ポリッシュ加工を施す前の状態では、Ra=0.5μm〜1.0μm)。
なお、表面粗さRaに代えて、表面粗さRz(JIS B 0601−2001に規定される十点平均粗さ)によって表現した場合には、ポリッシュ加工を施した後の表面粗さRzが、Rz=0.4μm〜1.2μmの範囲に設定されていることになる(ポリッシュ加工を施す前の状態では、Rz=2.0μm〜4.0μm)。
【0024】
このような構成とされたドリルは、そのドリル本体10を軸線O回りに回転させつつ軸線O方向の先端側へ向かって送ることにより、切刃30,30によって被削材を切削して、この被削材に対して加工穴を形成していくようになっている。このとき、形成される加工穴の内壁面に対して上記マージン部52が摺接することにより、刃先部12がガイドされる。
その後、ドリル本体10を軸線O回りに回転させつつ軸線O方向の後端側へ向かって被削材から引き抜くことにより、上記加工穴の内壁面に摺接するマージン部52が、この加工穴の内壁面に対してバニッシュ加工を施すようになっている。
【0025】
以上説明したような本実施形態のドリルでは、刃先部12を軸線O方向の先端側から見たときのマージン部52が、その周方向での長さに関して刃先部12のランド部50における100%を占める大きな割合で形成されている。
そのため、ドリル本体10を軸線O方向の後端側へ向けて被削材から引き抜くときには、刃先部12のランド部50のすべての部分であるマージン部52が、加工穴の内壁面に対して大面積で摺接して確実にバニッシュ加工を施すようにすることができる。
【0026】
したがって、本実施形態のドリルを用いて、例えばディーゼルエンジンの噴射ポンプにおける直径数mm程度の穴である加工穴を形成する場合には、上記バニッシュ加工の効果によって加工穴の内壁面精度を著しく向上することが可能となり、従来では必要であったリーマによる仕上げ加工が必要にならなくなる
つまり、上記噴射ポンプに形成される直径数mm程度の穴のように、高い内壁面精度を有する加工穴を形成する場合であっても、ドリルによる穴明け加工だけで十分に高い内壁面精度を得ることが可能となり、加工効率の向上を図ることができる。
【0027】
また、本実施形態によるドリルにおいては、刃先部12の表面に対して硬質皮膜が被覆された後に、少なくともマージン部52の表面(本実施形態では、刃先部12の表面全体)に対してポリッシュ加工が施されて、その表面粗さが小さく設定されている(Ra=0.1μm〜0.3μm)。
そのため、硬質皮膜の存在によってマージン部52の耐摩耗性を向上させつつも、ポリッシュ加工が施されて表面粗さが小さく設定されたマージン部52により、加工穴の内壁面精度をより一層向上させることができる。
【0028】
ここで、ポリッシュ加工が施された後のマージン部52の表面粗さRaについて、0.1μmよりも小さく設定するようにすると、このポリッシュ加工を施すために多大な労力と時間を要するおそれがあり、逆に、0.3μmよりも大きく設定したのであれば、形成される加工穴の内壁面精度を向上させる効果が薄れてしまうおそれがある。
【0029】
なお、上述した本実施形態においては、上記マージン部52が、刃先部12を軸線O方向の先端側から見たときに、軸線O回りの周方向での長さに関して刃先部12のランド部50における100%を占めているが、これに限定されることはなく、例えば、上記マージン部52が、軸線O方向の先端側から見たときに、軸線O回りの周方向での長さに関して刃先部12のランド部50における50%以上、好ましくは80%以上を占めていれば、上述した実施形態と同様の効果を奏することができる。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】本発明の実施形態によるドリルの刃先部を示す側面図である。
【図2】本発明の実施形態によるドリルの刃先部を示す先端面図である。
【符号の説明】
【0031】
10 ドリル本体
12 刃先部
13 先端逃げ面
20 切屑排出溝
30 切刃
40 シンニング部
50 ランド部
52 マージン部
O 軸線
T ドリル回転方向

【特許請求の範囲】
【請求項1】
軸線回りに回転されるドリル本体の先端側部分である刃先部の外周に後端側に向けて延びる切屑排出溝が形成され、この切屑排出溝のドリル回転方向前方側を向く内壁面と前記刃先部の先端逃げ面との交差稜線部に切刃が形成されたドリルであって、
前記刃先部を前記軸線方向の先端側から見たときに、前記刃先部のランド部に形成されたマージン部が、周方向での長さに関して前記ランド部における50%以上を占めていることを特徴とするドリル。
【請求項2】
請求項1に記載のドリルであって、
前記刃先部の表面に硬質皮膜が被覆されているとともに、少なくとも前記マージン部の表面に対してポリッシュ加工が施されていることを特徴とするドリル。
【請求項3】
請求項2に記載のドリルであって、
前記ポリッシュ加工が施された前記マージン部の表面粗さRaが、0.1μm〜0.3μmの範囲に設定されていることを特徴とするドリル。
【請求項4】
請求項1〜請求項3のいずれかに記載のドリルを用いて、被削材に対して加工穴を形成するための穴明け加工方法であって、
前記ドリル本体を前記軸線方向の先端側へ送ることにより、前記切刃によって被削材を切削して、前記加工穴を形成する工程と、
前記ドリル本体を前記軸線方向の後端側へ引き抜くことにより、前記マージン部によって前記加工穴の内壁面にバニッシュ加工を施す工程と、
を備えていることを特徴とする穴明け加工方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2006−136965(P2006−136965A)
【公開日】平成18年6月1日(2006.6.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−327725(P2004−327725)
【出願日】平成16年11月11日(2004.11.11)
【出願人】(000006264)三菱マテリアル株式会社 (4,417)
【出願人】(000004260)株式会社デンソー (27,639)
【Fターム(参考)】