説明

ホンシメジの菌床培養物

【課題】大規模な商業栽培においてホンシメジの安定生産を可能にする菌床培養物及び当該培養物を使用するホンシメジの菌床栽培方法を提供すること。
【解決手段】液体種菌を接種したホンシメジの菌床培養物であって、栽培用培地上部の菌座に液体種菌接種部位と液体種菌非接種部位を有することを特徴とするホンシメジの菌床培養物、及び当該培養物より子実体を発生させることを特徴とするホンシメジの栽培方法を提供する。本発明により、ホンシメジの菌床栽培において幼子実体の形成率が向上することから、大規模な商業栽培においてホンシメジの安定生産が可能となる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ホンシメジ(Lyophyllum shimeji)の菌床栽培に使用するホンシメジの菌床培養物に関する。
【背景技術】
【0002】
ホンシメジは10月中ごろにコナラ林又はコナラ・アカマツ混生林の地上に発生するきのこであり、「香りマツタケ味シメジ」と称されているように、マツタケと並んで日本における食用きのこの中で最高級きのことされている。近年、エノキタケ、ヒラタケ、ナメコ、ブナシメジ、マイタケ等の食用きのこは、主としてオガクズと米糠・フスマなどの栄養源を混合した培養基を用いて人工的に栽培を行う菌床栽培方法が確立され、1年を通じて季節に関わり無く安定してきのこが収穫できるようになっている。ホンシメジも極めて美味なきのこであるため、人工的に栽培する方法の確立が望まれているが、前述のエノキタケ等が木材腐朽菌であるのに対し、ホンシメジは菌根菌であるため人工的な菌床栽培は困難であるとされていた。
【0003】
このホンシメジの人工的な菌床栽培に滋賀県森林センターの太田が初めて成功した。特許文献1では麦類を用いたホンシメジの菌床栽培方法が、非特許文献1では麦類を用いた培地でのホンシメジ子実体の発生実験が開示されている。
【0004】
また、特許文献2ではピートモスを基材とし、デンプン等を添加した培養基を用いる菌根菌の菌糸培養方法が開示されており、同発明者らは非特許文献2でピートモスを基材とし、デンプン等を添加した培養基でのホンシメジの子実体発生実験を報告している。
【0005】
しかし、特許文献1の発明者らの方法では、培地に使用する麦類が高価なために培地コストが高くなる。また、特許文献2の発明者らの方法は、発生した子実体の収量の低さから、いまだ商業生産レベルには至っていない。
【0006】
近年、ホンシメジの商業栽培を目的としたホンシメジの栽培方法が種々開示されてきている。特許文献3では、キビ亜科植物を含有することを特徴とするホンシメジの菌床栽培用培養基及び当該培養基を用いたホンシメジの栽培方法が開示されている。また、特許文献4では、少なくともトウモロコシ粉と広葉樹のオガクズを含有する混合培地を調製し、該混合培地に水湿潤状態においてホンシメジの菌糸を接種し、30℃以下の温度で培養することにより、子実体を発生させることを特徴とするホンシメジの菌床栽培方法が開示されている。
【0007】
特許文献5では、ホンシメジの栽培方法において、水湿潤状態においてホンシメジの菌糸を接種し、培養することにより子実体を発生可能な培地に対して、粉砕した牡蠣殻を添加混合し、かつ、培地のpHが7を超えない範囲に調整することを特徴とするホンシメジの菌床栽培方法が開示されている。
【0008】
特許文献6では、培地としてトウモロコシ及びオガクズを含有する培地に少量の麦類及び/又は米類を添加混合し調製した混合培地を使用し、該混合培地に水湿潤状態においてホンシメジを接種培養した後、子実体を発生させることを特徴とするホンシメジの菌床栽培方法が開示されている。
【0009】
特許文献1では、その実施例において、ホンシメジ菌株を23℃で70日間培養した後で、温度を15℃に下げ、子実体原基が形成されるかどうかを調べている。またピートで培地表面を覆うことにより、子実体形成率を上昇させている。また非特許文献1では、22℃の培養工程で菌糸が蔓延したとき、ピートを培地上に厚さが1cmになるように加え、その後更に2週間培養し、培養終了後15℃の発生室に移し、子実体を発生させている。
非特許文献2では、ホンシメジ菌株を培養基に接種した後に、23℃で培養基を培養・熟成させている。次いで、16℃の発生室で発生操作を行い、その13〜15日後に子実体原基の形成を認めている。
特許文献3では、ビン栽培方法として、培地調製、ビン詰め、殺菌、接種、培養、芽出し、生育、収穫の各工程が開示されており、培養後の芽出し工程において子実体原基を形成させている。またその実施例では芽出し工程を赤玉土被覆下で行っている。
特許文献4では、その実施例において、ホンシメジ菌株を23℃で60日間培養した後で、鹿沼土で培地上面を被覆している。更に7日間培養した後で、15℃の発生室に移し、子実体の発生を促している。
特許文献5では、その実施例において、ホンシメジ菌株を23℃で70日間栽培した後で、15℃の発生室に移している。次いで、小さな子実体が現れたときにキャップを取り除き、子実体の傘が開くまで成長させた段階で収穫している。
特許文献6では、その実施例において、ホンシメジ菌株を23℃で55日間培養後、鹿沼土で培地上面を被覆し、更に10日間培養した後、15℃の発生室に移して子実体の発生を促している。
【0010】
【特許文献1】特開平07−115844号公報
【特許文献2】特開平06−153695号公報
【特許文献3】特開2000−106752号公報
【特許文献4】特開2002−247917号公報
【特許文献5】特開2005−27585号公報
【特許文献6】特開2007−54044号公報
【非特許文献1】日本菌学会報、第39巻、第13〜20頁,1998年
【非特許文献2】日本菌学会報、第35巻、第192〜195頁,1994年
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明者らは、前記特許文献3に開示の技術をもとにホンシメジの商業栽培を開始しているが、大規模な商業栽培に際しては生産の安定化が必要で有り、更なる技術の開発が望まれている。
【0012】
すなわち、本発明の目的は、上記の現状にかんがみ、大規模な商業栽培においてホンシメジの安定生産を可能にする菌床培養物及び当該培養物を使用するホンシメジの菌床栽培方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、ホンシメジ菌床栽培に影響を与える諸因子ごとに栽培研究を行い、大規模な商業栽培への影響を鋭意検討してきた。液体種菌を用いたきのこの栽培において、通常、液体種菌を栽培用培地上部に接種する際、芽(幼子実体)を当該培地上部全体に形成させる観点から、液体種菌を当該培地上部の全面に接種している。しかしながら、本発明者らは商業栽培に適した接種方法について鋭意検討した結果、驚くべきことに、液体種菌を栽培用培地上部に接種する際に非接種部位を作ることによって、従来に比べて芽(幼子実体)の形成率が高くなることを見出し、本発明を完成させた。
【0014】
本発明を概説すれば、本発明の第1の発明は、液体種菌を接種したホンシメジの菌床培養物であって、栽培用培地上部の菌座に液体種菌接種部位と液体種菌非接種部位を有することを特徴とするホンシメジの菌床培養物に関する。
本発明の第1の発明の態様としては、ビン栽培用の菌床培養物が例示される。また好適な態様は、液体種菌接種部位は実質的に円形、楕円形、ドーナツ状円形又はドーナツ状楕円形である。更に好適な態様は、液体種菌接種部位に対して0.05〜5mL/cmの液体種菌を接種したホンシメジの菌床培養物に関する。また、栽培用培地上部の菌座における液体種菌接種部位と液体種菌非接種部位の面積比率としては、特に限定はないが、1:15〜5:1であることが好ましい。
【0015】
また、本発明の第2の発明は、本発明の第1の発明のホンシメジの菌床培養物より子実体を発生させることを特徴とするホンシメジの人工的な栽培方法に関する。
【0016】
本発明により、ホンシメジの菌床栽培のための、栽培用培地上部の菌座に液体種菌接種部位及び液体種菌非接種部位を形成することを特徴とするホンシメジの液体種菌の接種方法も提供される。当該接種方法において、特に限定はないが、栽培ビンに圧詰した栽培用培地への接種が好ましい。また、特に限定はないが、液体種菌接種部位は実質的に円形、楕円形、ドーナツ状円形又はドーナツ状楕円形が好ましい。また、特に限定はないが、液体種菌の接種量は、液体種菌接種部位に対して0.05〜5mL/cmであることが好ましい。また、菌座における液体種菌接種部位と液体種菌非接種部位の面積比率としては、特に限定はないが、1:15〜〜5:1であることが好ましい。
【発明の効果】
【0017】
本発明により、大規模な商業栽培においてホンシメジの安定生産を可能にするホンシメジの菌床培養物及び当該培養物を使用するホンシメジの菌床栽培方法が提供される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
以下、本発明を具体的に説明する。
【0019】
本明細書において、ホンシメジとは分類学上、Lyophyllum shimejiに分類されるものをいう。
【0020】
本発明に使用されるホンシメジの菌株については、人工的な栽培が可能なものを選択することができるが、特に限定はなく、公知のホンシメジ菌株、例えば、Lyophyllum shimeji La 01−27(FERM BP−10960)、Lyophyllum shimeji La01−20(FERM BP−10959)、Lyophyllum shimeji La 01−37(FERM P−17456)、Lyophyllum shimeji La 01−45(FERM P−17457)、Lyophyllum shimeji La 01−46(FERM P−17458)及び栽培に適したこれらの変異株が例示される。
【0021】
本発明において「菌座」とは、栽培用培地上部の表面部位をいい、液体種菌を接種する液体種菌接種部位、及び液体種菌を接種しない液体種菌非接種部位から形成される。
【0022】
本発明のホンシメジの栽培方法とは、液体種菌を接種したホンシメジの菌床培養物であって、栽培用培地上部の菌座に液体種菌接種部位及び液体種菌非接種部位を有することを特徴とするホンシメジの菌床培養物を用いて栽培を行うことを特徴とするものであれば特に限定はないが、ビン栽培、袋栽培、箱栽培などの菌床栽培方法を適用することができる。当該培養物を用いた菌床栽培により、ホンシメジの芽(幼子実体)形成率が予想外に向上し、大規模商業栽培においてホンシメジの生産が極めて安定する。
【0023】
以下、一例としてビン栽培による本発明のホンシメジの菌床栽培方法について述べると、その方法とは培地調製、ビン詰め、殺菌、接種、培養、原基形成、芽出し(幼子実体の形成及び育成)、必要に応じての芽(幼子実体)の選別、幼子実体から成熟子実体への生育、成熟子実体の収穫等の各工程からなる。次にこれらを具体的に説明するが、本発明はこの説明の内容に限定されるものではない。
【0024】
「培地調製」とは、菌床栽培に用いる各種基材を計量、かくはんし、加水してホンシメジの菌床栽培に適した水湿潤状態になるよう水分調整するまでの工程をいう。本発明に用いるホンシメジの菌床栽培用培養基に限定はなく、栽培に使用できるものであれば良いが、トウモロコシ類とオガクズの組合せが好適である。オガクズとしては、広葉樹由来もしくは針葉樹由来のいずれのオガクズも使用でき、好適には針葉樹由来のオガクズ、例えばスギ由来のオガクズ(スギオガ)が例示される。なお、本願明細書において、トウモロコシ類としては、トウモロコシの実を含有するものであれば特に限定はなく、例えばトウモロコシの実の新鮮物、実の乾燥物、粉砕物、圧ペン物、加熱圧ペン物が例示される。
【0025】
トウモロコシ類と針葉樹由来のオガクズの混合比率を、例として加熱圧ペントウモロコシとスギ由来のオガクズ(スギオガ)の場合で説明する。トウモロコシ類と針葉樹由来のオガクズの混合比率は、ホンシメジの栽培できる比率であれば良い。高収量を実現させる観点からは、加熱圧ペントウモロコシ含量の下限は、その乾燥重量比で菌床栽培用培養基中の40%以上、好ましくは50%以上、更に好ましくは60%以上である。40%未満になると得られるホンシメジの収量が著しく下がり、好ましくない。また、加熱圧ペントウモロコシは吸水性が低いことから、菌床栽培用培養基中の含量が高くなりすぎると菌床栽培用培養基の水分保持力が下がり、培養ビン下部に水が滞留するので、菌廻り不良につながることがある。すなわち、加熱圧ペントウモロコシ含量の上限は、その乾燥重量比で菌床栽培用培養基中の80%以下、好ましくは75%以下、更に好ましくは70%以下である。
【0026】
また、菌床栽培用培養基の水分含量についても、加熱圧ペントウモロコシとスギオガの場合で説明する。菌床栽培用培養基の水分含量は、当業者の常識に従って、培養ビン下部に水が滞留しない程度に調整することが好適である。水分含量は、特に限定はないが、例えば68重量%以下、好適には66重量%以下である。ただし、水分含量が64重量%を超える場合は、培地中の空隙が減少して菌廻り不良が起こる場合があるので、得られる子実体の収量及び品質が低下することがある。従って、水分含量は、64重量%以下に調整することが更に好ましい。なお、水分含量が低すぎても、培地の乾燥等の影響により、菌廻り不良や子実体の奇形、発生不良が起こる。すなわち、水分含量は好ましくは50重量%以上、より好ましくは55重量%以上に調整される。これらの水分含量については、水分調整した培地性状を見て、適宜設定することができる。
【0027】
「ビン詰め」とは、菌床栽培用培養基をビンに詰める工程である。具体的には、通常400〜2300mL容のビン栽培に用いる耐熱性広口培養ビンに、調製した菌床栽培用培養基、例えば1100mLビンの場合は550〜900g、好ましくは600〜850g、より好ましくは650〜750g圧詰し、さらに圧詰した菌床栽培用培養基に口径1〜3cm程度の穴を1ないし複数個開け、打栓する工程をいう。菌座中心部に口径1.5〜2.0cm、そのまわりに口径1cmの4つの穴を開けることで、より好適にホンシメジの培養が可能である。
【0028】
「殺菌」とは、培地中のすべての微生物を死滅させる工程であれば良い。通常蒸気による常圧殺菌では98〜100℃、4〜12時間、高圧殺菌では101〜125℃、好ましくは118℃、30〜90分間行われる。このようにして製造された培地を、本発明において栽培用培地と称することがある。
【0029】
「接種」とは、殺菌後放冷させた培地に種菌を植え付ける工程である。本発明においては、種菌としてホンシメジ菌糸を液体培地で培養した液体種菌が使用される。通常、液体種菌の製造に用いられる培地としては、特に限定はないが、グルコース、ペプトン、酵母エキスを主成分とし、KHPO、MgSO/7HO等を添加したPGY液体培地もしくは1/2PGY液体培地や、グルコース、酵母エキスを主成分するGY培地、1/2GY培地等が例示される。当該培地にホンシメジ菌糸を接種し、例えば、25℃、10〜15日間培養したものを液体種菌として用いることができる。液体種菌の培養は、フラスコやジャーファーメンター等を用いて実施することができる。大規模な栽培を行うための液体種菌を培養する場合は、より容量が大きく培養日数を短縮できる観点から、ジャーファーメンターが好適である。栽培用培地への種菌接種に用いられる液体種菌の菌体濃度としては、特に限定はないが、乾燥菌体濃度で0.1〜10g/L、好適には1〜7g/L、特に好適には2〜5g/Lが例示される。
【0030】
液体種菌は、液体種菌接種部位及び液体種菌非接種部位を形成するように、例えば1100mLの広口培養ビン1ビン当り、例えばその約5〜30mLを無菌的に植え付ける。なお、本願明細書において、液体種菌接種部位とは前記液体種菌を接種した領域、すなわち液体種菌を直接接種した菌座上の領域を示す。本願明細書において液体種菌非接種部位とは前記液体種菌を接種していない部位以外の領域、すなわち液体種菌を接種していない菌座上の領域を示す。液体種菌接種部位の形状としては、栽培用培地上部の菌座に液体種菌接種部位及び液体種菌非接種部位を形成できるものであれば特に限定はないが。液体種菌接種部位の形状は、好適には栽培用培地上部の菌座面積に比べて小さな実質的に円形、楕円形もしくは多角形状の形状が例示される。液体種菌接種部位の形状は、好適には円形、楕円形、より好適には円形又は楕円形の中央部を液体種菌非接種部位としたドーナツ状円形である。また、これらの液体種菌接種部位はその中心がビン口径の中心軸と一致するもの、もしくはビン口径の中心軸とずれたもののいずれでもよい。また液体種菌接種部位は、ビン淵部に接触していてもよい。また、菌座における液体種菌接種部位と液体種菌非接種部位の面積比率としては、通常の種菌接種と比較して芽形成率が高くなれば良い。液体種菌接種部位と液体種菌非接種部位の面積比率は、特に限定はないが、好適には1:15〜5:1、より好適には1:5〜4:1、更に好適には1:3〜3:1である。
【0031】
栽培用培地に接種する液体種菌量としては、特に限定はないが、液体種菌接種部位に対して、好ましくは0.05〜5.0mL/cm、より好ましくは0.1〜1.0mL/cm、さらに好ましくは0.25〜0.75mLである。
【0032】
また、栽培用培地に接種される菌体量としては、特に限定はないが、液体種菌接種部位に対して、乾燥重量換算で、好ましくは0.2〜10mg/cm、より好ましくは0.5〜6mg/cm、さらに好ましくは1〜3mg/cmである。
【0033】
また、液体種菌の接種方法としては、液体種菌接種部位及び液体種菌非接種部位を好適に形成できれば特に限定はないが、公知の液体種菌接種機を使用して実施することができる。なお、本願明細書において、当該接種工程以降の培養物を本発明の培養物と称する。
【0034】
「培養」とは、種菌を接種した培地を培養する工程であり、菌糸の伸長及び蔓延、熟成を行わせる。通常、種菌を接種した菌床栽培用培養基にて温度20〜25℃、湿度50〜80%において菌糸を蔓延させ、更に熟成させる。培養工程は、培養基の容量により適宜設定でき、1100mLビン栽培の場合は通常80〜120日間、好ましくは100日間前後行われる。培養工程は培養前期工程及び培養後期工程に分けて工程管理してもよく、菌糸の伸長の盛んな培養後期においてやや温度を低めにして管理すればよい。前期培養工程は75〜85日、後期培養工程は25〜35日で終了する。
【0035】
「原基形成」とは、ホンシメジの子実体原基を形成させる工程である。培養工程終了後に、19〜22℃、好ましくは20℃前後、湿度60〜80%、照度1000ルクス以下の照明の環境下に培養物を移し、ビンのキャップを外して子実体原基形成を行わせればよい。原基形成工程は10〜20日間を要する。また、前記培養後期工程において、例えば積算照度20ルクス時間以上の光照射等を行うことにより菌座に子実体原基を形成させてもよい。
【0036】
「芽出し」とは、子実体原基から芽(幼子実体:子実体原基から分化した原基の先端部に灰白色の菌傘が形成されるようになった状態)を形成させる、及び/又は芽(幼子実体)の成長を促す工程である。芽出し工程は、通常10〜20℃、好ましくは15℃前後、湿度80%以上、照度1000ルクス以下の照明下で5〜15日間行う。
芽出し工程中は加湿で結露水が発生しやすいため、濡れを防ぐ目的で菌床面を有孔ポリシートや波板等で覆うか、又は培養ビンを反転して培養してもよい。また、幼子実体の成長を促すため、必要に応じて適当な覆土材で菌床面を覆土してもよい。
【0037】
「幼子実体から成熟子実体への生育」とは、通常、照度が2000ルクス以下であること以外は芽出し工程とほぼ同じ条件で5〜15日間行う工程である。幼子実体から成熟子実体への生育工程では結露水による濡れの影響を受けにくいので、有孔ポリシートや波板等の被覆は施さないほうが好ましい。
【0038】
本願明細書において、湿度が100%を超える高加湿条件とは、飽和水蒸気量以上に加湿を行い、水が霧として漂う状態を指す。本願明細書では、このような高加湿状態を数値化するために、測定に(株)鷺宮製作所製の装置(商品名:ヒューミアイ100)を用いる。該装置は、空気中の水分を加熱によって下げ、湿度センサーで検出後、加熱による低下分を補正する方法を用いている。このため、本装置が示す数値は、100%以下では、相対湿度と同じであるが、100%を超えると、空気中に含まれる水分量を水蒸気に換算して飽和水蒸気量との比で表した数値となる。なお、加湿には、超音波加湿器、蒸気式加湿器、噴霧式加湿器などの加湿器を用いてもよい。
【0039】
幼子実体の成熟子実体への生育工程において、前述の芽出し工程後に、菌座中心部の芽(幼子実体)以外の芽、すなわち菌座の外縁(ビン淵部)の芽を取り除き、生育工程を行うことで、安定してビンの中心部に株化(多本立ち)成熟子実体を得ることができる。なお、菌座中心部の芽以外の芽を取り除く場合、ビン淵部に沿って機械的に取り除くことができる。これらの処理後に生育を行うことにより、効率よく、株化成熟子実体に生育することができる。
【0040】
また、芽の選別工程とは、例えば前述の芽出し工程や、幼子実体から成熟子実体への生育工程の初期(5日目まで)に、菌座上に生えた芽のうち子実体に成長させたい数本の芽を選抜し、その他の芽を取り去る工程である。芽の選別工程をさらに行うことによって、一本立ちした商品価値の高いホンシメジ大型子実体を得ることができる。なお芽の選別工程においては、菌座の外縁(ビン淵部)の芽摘みをビン淵部に沿って機械的に行ってもよく、その際必要に応じて、菌座中央部に形成された芽も機械的に芽摘みをしてもよい。これらの処理後に生育に適した子実体(幼子実体)以外の幼子実体を更に芽摘みし、残された幼子実体を選抜育種することにより、形状のよい大型のホンシメジ子実体を効率よく生育させることができる。
【0041】
更に、さし芽の単離及び移植工程とは、例えば前述の芽出し工程で得られた幼子実体を個別に単離したものをさし芽として、子実体を生育させたい培地の任意の位置に移植する工程である。さし芽の単離及び移植工程をさらに行うことによって、一本一本が独立した商品価値の高いホンシメジ大型子実体を得ることができる。さし芽を移植する培地としては、さし芽の単離に使用した培地(さし芽単離後の培地)であってもよく、また当該培地とは別に製造したきのこの菌糸が蔓延した培地、例えば培養工程中の培地、芽出し工程中の培地であってもよい。
【0042】
以上の工程により成熟子実体を得ることができ、収穫を行って栽培の全工程を終了する。以上、本発明をビン栽培方法により説明したが、本発明はキノコの菌床栽培に適用できるものであり、上記ビン栽培に限定するものではない。
【0043】
本発明により、芽(幼子実体)形成率が向上するホンシメジの菌床培養物及び当該培養物を用いたホンシメジの菌床栽培方法が提供される。すなわち菌座に液体種菌接種部位及び液体種菌非接種部位を形成させることにより、意外にも液体種菌非接種部位からも芽(幼子実体)形成が行われる。芽形成は菌座全面で行われ、かつ菌座全面に種菌を接種した場合より芽形成率は高い。本発明により幼子実体形成率が顕著に安定し、かつ向上することから、ホンシメジの商業的栽培において、その安定生産が可能になる。また菌座中心部の芽数が多くなることを利用して、株化(多本立ち)ホンシメジの生産が可能になる。更に、芽摘み工程を組合せて大型ホンシメジを生産する場合は、本発明により培地菌座表面、特に菌座中心部に多数の芽が生じることで、子実体を形成させるのに好適な部位である菌座中央部付近に芽を安定して残すことが可能となる。従って、大型ホンシメジの育成に適した培地菌座位置での、優良な芽の育成、選抜がきわめて容易になる。また、さし芽工程を組み合わせて大型ホンシメジを生産することで、安定的に優良なさし芽を大量に得ることが可能となる。これらにより、歩留まりが向上し、かつ安定したホンシメジ子実体の栽培が可能となる。
【実施例】
【0044】
以下に、本発明を実施例により更に具体的に説明するが、本発明は以下の実施例の範囲のみに限定されるものではない。
【0045】
実施例1
PGY液体培地(組成:グルコース2.0%(w/v)、ペプトン0.2%(w/v)、酵母エキス0.2%(w/v)、KHPO0.05%(w/v)、MgSO・7HO0.05%(w/v))100mLにLyophyllum shimeji La 01−27株(FERM BP−10960)に菌糸を接種し、25℃で7日間振とう培養(100rpm)した。培養物2mLを200mLの同培地に植え継ぎ、7日間振とう培養(100rpm)した。更に、160Lの同培地が入った200L容ジャーファーメンター(小松川製作所製)に培養物の全量を接種して6日間かくはん培養(かくはん速度:100rpm、通気量25L/分)を行って、液体種菌(乾燥菌体重量約4g/L)を調製した。一方、圧ペントウモロコシ(飯坂精麦社製)と針葉樹鋸屑のスギオガ〔(有)トモエ物産製〕を乾物重量比で2:1(圧ペントウモロコシ:針葉樹鋸屑)に混合し、培地の水分が最終的に62重量%になるように水を加えて十分にかくはん・混合した。1ロットあたり約5000本のポリプロピレン製の広口培養ビン(1100mL)に混合物をそれぞれ入れ(ビン及びフタを含めた重量合計800g)、圧詰した。圧詰物表面の中央に口径2.0cmの穴を開け、圧詰物表面の中央を中心とした直径4cmの円周上に口径1cmでそれぞれ深さが10cm程度の4つの孔を均等に開けた後で、培養ビンにキャップをした。キャップをした培養ビンに118℃で30分間高圧蒸気殺菌を行い、20℃まで放冷し、菌床栽培用培養基(固形培地)として調製した。この固形培地に上記の液体種菌約12.5mLを、図1に記載のごとく、接種部位がビン口径の中心軸とずれてかつドーナツ状円形となるように接種した。液体種菌を接種した固形培地において、温度21℃、湿度70〜75%の条件下で80日間菌糸を培養し、培地全体に菌糸を蔓延させた。温度を0.5℃下げ、更に積算照度20ルクス時間以上で30日間菌糸を培養し続けた。計110日間培養を行うことで、子実体原基を形成させた。なお、図1は、菌座に液体種菌を接種した栽培ビンを上から見た図である。図中、Aは液体種菌接種部位を、B及びCは液体種菌非接種部位を示す。次いで、キャップを外し、栽培ビンを反転させた後で、温度を15℃、加湿をヒューミアイ100〔(株)鷺宮製作所製〕の表示値で115〜120%となるように制御した芽出室に培養ビンを移動させた。5〜30ルクスの照明下で、10日間、子実体原基を幼子実体へ育成する芽出しを行った。その後、1ロットあたり80本の培養ビンを無作為に抽出した。培地表面の子実体原基から生育した芽(幼子実体)の数を測定し、その平均値を算出した。同様の測定を10ロットに対し行い、その結果を表1に示す。
【0046】
【表1】

【0047】
表1に示すように、培菌座に多くの芽が生じていることが確認できた。また芽の発生箇所も菌座の全面にわたっていた。
【0048】
比較例1
液体種菌(乾燥菌体重量約4g/L)25mLを菌座全面に接種した以外は実施例1と同様に培養を行い、芽出しを行った。その後1ロットあたり80本の培養ビンを無作為に抽出し、培地表面の子実体原基から生育した芽(幼子実体)の数を測定し、その平均値を算出した。同様の測定を10ロットに対し行い、その結果を表2に示す。
【0049】
【表2】

【0050】
表2から明らかなように、実施例1と比較して菌座に生じた芽の数は少なかった。
【0051】
実施例2
実施例1記載の方法と同様の方法で調製した液体種菌(乾燥菌体重量4.4g/L)25mLを、実施例1記載の方法と同様の方法で調製した固形培地の菌座中心部(ビン口径の中心部)に、円状で、かつ液体種菌接種部位と液体種菌非接種部位の比率が1:15、4:12、8:8、4:1、4:0となるように、各試験区あたり12本の接種を行った。その後、実施例1と同様の条件で培養、芽出しを行った。芽出しさせた後で、菌座中心部の芽以外の芽は取り除き、ビンを正転させた。温度15℃、加湿をヒューミアイ100〔(株)鷺宮製作所製〕の表示値で105〜120%となるように制御した生育室に培養物を移し、50〜100ルクスの照明下、10日間生育させることで、芽を成熟子実体まで生育させた。各試験区において、菌座中心部からの芽が生育することで株化成熟子実体が形成された培養ビンの本数を表3に示す。
【0052】
【表3】

【0053】
表3に示したように、液体種菌接種部位と非接種部位の比率が1:15〜4:1の全ての試験区において、菌座中心部に十分な芽が形成されて、良好な株化成熟子実体を得ることができた。特に、株化成熟子実体の良好な形成は、4:12〜8:8の試験区においては顕著であった。一方、液体種菌非接種部位を有していない(菌座全体に液体種菌を接種した)試験区(4:0)は、特に菌座中心部の芽形成が他の試験区と比較して著しく劣り、結果として株状の子実体を充分量得ることができなかった。
【0054】
実施例3
実施例1記載の方法と同様の方法で調製した液体種菌(乾燥菌体重量4.4g/L)を、PGY液体培地で2倍(乾燥菌体重量2.2g/L)又は4倍(乾燥菌体重量1.1g/L)に希釈した液体種菌希釈液を調製した。実施例1記載の方法と同様の方法で調製した固形培地の菌座中心部に、円状で、かつ液体種菌接種部位と液体種菌非接種部位の面積比率が8:8となるように、上記液体種菌原液を50mL、25mL、12.5mL、2倍種菌希釈液12.5mL、又は4倍種菌希釈液12.5mLをそれぞれ12本ずつ接種した。その後、実施例1と同様の条件で培養、芽出しを行った。芽出しさせた後、菌座中心部の芽以外の芽は取り除き、ビンを正転させた。温度15℃、加湿をヒューミアイ100〔(株)鷺宮製作所製〕の表示値で105〜120%となるように制御した生育室に培養物を移し、50〜100ルクスの照明下、10日間生育させて、芽を成熟子実体まで生育させた。各試験区において、菌座中心部からの芽が生育することで株化成熟子実体が形成された培養ビンの本数を表4に示す。
【0055】
【表4】

【0056】
表4に示したように、原液12.5mL区(2.2mg/cm)、2倍希釈液12.5mL区(1.1mg/cm)において最も菌座中央部の芽の形成が良好で、良好な株状の子実体が安定して形成された。また、上記菌体量よりも多くなるか、又は少なくなると菌座中央部に芽が安定して形成されづらくなり、得られる株状の子実体が少なくなった。
【0057】
実施例4
実施例1記載の方法と同様の方法で、芽出しを行った。芽出しさせた後、ビンを正転させた。当該培地の中央部の孔及び中央を中心とした直径4cmの円周上に均等に空けた4つの孔のそれぞれにおいて、側面から開口部に向かって生育している2、3の芽以外の芽をスパーテルによって取り除いた。温度15℃、加湿をヒューミアイ100〔(株)鷺宮製作所製〕の表示値で105〜120%となるように制御した生育室に培養物を移した。50〜100ルクスの照明下、10日間培養物を培養することにより、芽を成熟子実体まで生育させた。その間、孔の開口部から1つの子実体が生育できるように、不要な芽を除去しながら生育を行った。その結果、中央部の孔から1本あたり約20〜30gの重量を有する大型のホンシメジ子実体を得られた。
【0058】
実施例5
実施例1記載の方法と同様の方法で芽出しを行った。芽出しさせた後で、得られた芽(幼子実体)を取り除き、取り除いた幼子実体から長さが5〜20mmのさし芽を選抜した。子実体原基及び幼子実体を取り除いたもとの固形培地に、固体培地の中央から直径4cmの円周上に均等に空けていた4つの孔にさし芽を各1本ずつ移植した。その後、温度15℃、加湿をヒューミアイ100〔(株)鷺宮製作所製〕の表示値で105〜120%となるように制御した生育室に培養物を移した。50〜100ルクスの照明下、10日間培養物を培養することにより、芽を成熟子実体まで生育させた。その結果、各ビン当たり約70〜90gの収量で大型のホンシメジ子実体が得られた。
【0059】
以上、表1、表2で示すように本発明により、従来の芽(幼子実体)数の約4倍の芽(幼子実体)が菌座上に形成されたホンシメジ培養物が得られる。更に表3に示すように液体種菌接種部位と液体種菌非接種部位の面積比率を考慮し、かつ表4に示すようにその菌体量を考慮することによって更に安定して株化ホンシメジ子実体が得られる。
【産業上の利用可能性】
【0060】
本発明により、大規模商業栽培においてホンシメジの安定生産を可能にするホンシメジの菌床培養物及び当該培養物を使用するホンシメジの菌床栽培方法が提供される。当該培養物をホンシメジの栽培に用いることにより、芽(幼子実体)形成率が高く、安定したホンシメジ栽培が可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0061】
【図1】栽培用培地(培養基)を上から見た場合の、菌座における液体種菌接種部位と非接種部位の関係の例を示す図であって、図中Aがドーナツ状円形の液体種菌接種部位、B及びCが液体種菌非接種部位である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
液体種菌を接種したホンシメジの菌床培養物であって、栽培用培地上部の菌座に液体種菌接種部位及び液体種菌非接種部位を有することを特徴とするホンシメジの菌床培養物。
【請求項2】
ビン栽培用の菌床培養物である請求項1記載のホンシメジの菌床培養物。
【請求項3】
液体種菌接種部位が円形、楕円形、ドーナツ状円形又はドーナツ状楕円形である請求項1又は2に記載のホンシメジの菌床培養物。
【請求項4】
液体種菌接種部位に対して0.05〜5mL/cmの液体種菌を接種した請求項1〜3のいずれか1項に記載のホンシメジの菌床培養物。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか1項に記載のホンシメジの菌床培養物から子実体を発生させることを特徴とするホンシメジの菌床栽培方法。

【図1】
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【公開番号】特開2009−136283(P2009−136283A)
【公開日】平成21年6月25日(2009.6.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−291738(P2008−291738)
【出願日】平成20年11月14日(2008.11.14)
【出願人】(302019245)タカラバイオ株式会社 (115)
【Fターム(参考)】