説明

マグネットワイヤの製造方法及びマグネットワイヤの製造装置

【課題】マグネットワイヤの電着被膜を銅イオン等の溶出や酸素ガスの発生を防ぎながら効率よく形成する。
【解決手段】電極5が電着ワニス6に浸された複数の電着槽2,3,4を並べ、これらの電着槽2,3,4に徐々に高い電圧を荷電し、裸銅線(導体)7を低い電圧の第1電着槽2から高い電圧の第3電着槽4へ順次通過させながら、裸銅線7に電着被膜8を徐々に厚く形成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、マグネットワイヤの製造方法及びマグネットワイヤの製造装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来より、コイル形に巻かれて使用されるマグネットワイヤ(巻線)が知られている。このマグネットワイヤの製造方法としては、例えば特許文献1のように、電線電着塗料として水分散型電着塗料に少量の水溶性添加剤又は水分散性添加剤を添加したものを用い、裸導線にそれを電着し、次いで有機溶剤又は有機溶剤蒸気で処理した後、焼き付ける電着エナメル電線の製造方法は知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開昭58−97217号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、例えば図3に示すような従来の電着方式によるマグネットワイヤの製造装置101では、電着ワニス106(電着材料を含む樹脂状の材料を溶媒に溶かした溶液)が充満した電着槽102の中に裸銅線107を通過させる際に電極105に電圧を荷電して電着するが、電着被膜108が形成されて次第に厚くなるに従って絶縁となってしまうために、電気が流れにくくなり電着被膜108が形成されにくくなる。荷電する電圧を高くすることで更に電着被膜108を厚くすることが可能であるが、裸銅線107が電着槽102内に入ったところは電着被膜108がなくて最も電気が流れやすく、その箇所に高電圧を荷電すると電着反応及び水の電気分解反応が激しくなり、裸導線107からの銅イオンの溶出や酸素ガスの発生が多くなることから電着被膜108に悪影響を及ぼす。そのため、このような電着方式では、電着ワニス106のクーロン効率(1クーロンあたりに生成される電着被膜の厚さ)に応じたある一定までの被膜厚さしか形成することができない、という問題があった。
【0005】
本発明は、かかる点に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、マグネットワイヤの電着被膜を銅イオン等の溶出や酸素ガスの発生を防ぎながら効率よく形成することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記の目的を達成するために、この発明では、複数の電着槽を並べ各電着槽でそれぞれ異なる電圧をかけて電着を多段に行うにした。
【0007】
具体的には、第1の発明では、導体に電着被膜を形成するマグネットワイヤの製造方法を前提とし、
電極が電着ワニスに浸された複数の電着槽を並べ、
上記複数の電着槽に徐々に高い電圧を荷電し、
上記導体を低い電圧の電着槽から高い電圧の電着槽へ順次通過させながら、上記電着被膜を徐々に厚く形成する構成とする。
【0008】
すなわち、電着被膜は、乾燥及び焼付けにより完全な絶縁体となると、更に電着を行うことはできないが、乾燥前の溶媒が残留している状態であれば、更に電着を行うことができる。最初の電着槽の入口付近では導体の状態にあって電着が行いやすいので、低い電圧を荷電して電着被膜を薄目に形成し、次いで、一定の電着被膜が形成された状態の銅線を電着被膜が乾ききらないうちに、すなわち加熱処理などを行うことなく、次のより高い電圧が荷電された電着槽に通過させ、薄目の電着被膜の上から更に電着被膜を形成する。2番目以降の電着槽では、導体はすでにある程度電着被膜に覆われているので、高めの電圧をかけても銅イオン等が溶出したり酸素ガスが発生したりしにくい。このように、順次高い電圧が荷電された電着槽に銅線を通過させることにより、必要以上に高い電圧を荷電して銅イオン等を溶出させたり酸素ガスの発生させたりすることなく、厚い電着被膜が形成される。なお、導体としては、銅、アルミニウム、銅合金、銅クラッドアルミニウム、ニッケルメッキ銅等の良導電性金属を用いるとよい。
【0009】
第2の発明では、第1の発明において、
上記電着ワニスの濃度を荷電する電圧に合わせて徐々に大きくする。
【0010】
上記の構成によると、2つめの電着槽から電着被膜が徐々に厚くなるので、段々と電着被膜を形成しにくくなるが、電着ワニスの濃度をそれに合わせて高くすることで、できるだけ荷電する電圧を高くしないようにして銅イオン等の溶出や酸素ガスの発生を防止しながら効率よく厚い電着被膜が形成される。
【0011】
第3の発明では、導体に電着被膜を形成するマグネットワイヤの製造装置を対象とし、
上記製造装置は、
電着ワニスが収容された複数の電着槽と、
上記複数の電着槽の電着ワニスにそれぞれ浸され、各電着槽ごとに低い電圧から高い電圧まで荷電される電極と、
低い電圧が荷電された電極を有する電着槽から高い電圧が荷電された電極を有する電着槽へ順番に導体を通過させる導体繰出装置とを備える構成とする。
【0012】
すなわち、電着被膜は、乾燥及び焼付けにより完全な絶縁体となると、更に電着を行うことはできないが、乾燥前の溶媒が残留している状態であれば、更に電着を行うことができる。最初の電着槽の入口付近では導体の状態にあって電着が行いやすいので、低い電圧を荷電して電着被膜を薄目に形成し、次いで、一定の電着被膜が形成された状態の銅線を電着被膜が乾ききらないうちに、すなわち加熱処理などを行うことなく、導体繰出装置によって次のより高い電圧が荷電された電着槽に通過させ、薄目の電着被膜の上から更に電着被膜を形成する。2番目以降の電着槽では、導体はすでに電着被膜に覆われているので、高めの電圧をかけても銅イオン等が溶出したり酸素ガスが発生したりしにくい。このように、導体繰出装置によって順次高い電圧が荷電された電着槽に銅線を通過させることにより、必要以上に高い電圧を荷電して銅イオン等を溶出させたり酸素ガスの発生させたりすることなく、厚い電着被膜が形成される。
【発明の効果】
【0013】
以上説明したように、本発明によれば、複数の電着槽に徐々に高い電圧を荷電し、導体を低い電圧の電着槽から高い電圧の電着槽へ順次通過させるようにしたことにより、マグネットワイヤの電着被膜を銅イオン等の溶出や酸素ガスの発生を防ぎながら効率よく形成することができるので、品質が高く製造コストの安いマグネットワイヤが得られる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】本発明のマグネットワイヤの製造方法の一例を示す説明図である。
【図2】本発明のマグネットワイヤの製造方法の一例を示すフローチャートである。
【図3】従来のマグネットワイヤの製造方法の一例を示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の実施形態を図面に基づいて説明する。
【0016】
図1は本発明の実施形態のマグネットワイヤの製造方法を行うための製造装置1を示し、この製造装置1は、複数の電着槽2,3,4を有し、各電着槽2,3,4には、電極5が設けられ、この電極5が電着ワニス6に浸されている。各電極5には、電源10,11,12の陽極が接続され、導体としての裸銅線7には、電源10,11,12の陰極が接続されている。なお、図1では、電着槽の数は、3つとしているが、2つ以上であればいくつでもよい。導体としては、他にアルミニウム、銅合金、銅クラッドアルミニウム、ニッケルメッキ銅等の良導電性金属を用いることができる。
【0017】
電着ワニス6は、裸銅線7に荷電したときに電着被膜8がつきやすく、電着被膜8が形成されると絶縁となるものであれば特に限定されないが、例えば、アクリル系、エポキシ系、ポリエステル系、ウレタン系、ポリイミド系などの樹脂を含むものが用いられる。ポリイミド樹脂は、耐熱性が高く電気絶縁性が良好で、機械的強度が高いという利点がある。アクリル樹脂及びエポキシ樹脂は、耐熱性が低いが機械的強度が高い。ウレタン樹脂及びポリエステル樹脂は、耐熱性が低いが、熱で分解しやすいので剥離しやすい。
【0018】
各電着槽2,3,4における裸銅線7が進む方向の長さは、例えば20cm程度の比較的短いものが使用される。
【0019】
荷電する電圧は、例えば、電源10,11,12を10V、20V、30Vに調整することにより、第1電着槽2が10V、第2電着槽3が20V及び第3電着槽4が30Vに設定される。電圧を上昇させる程度は、電着槽2,3,4の数が増えるほど緩やかにするとよい。電圧の増加に合わせて電着ワニス6の濃度を第1電着槽2から第3電着槽4にかけて徐々に高くしてもよい。
【0020】
裸銅線7は、例えば、外径が0.1〜2.0mmのもので、裸銅線7が巻かれた導体繰出装置9により、例えば、5〜10m/minの速度で繰り出される。電着被膜8が形成されたマグネットワイヤは、図示しない乾燥装置や焼付装置で完全に乾燥され、焼付けされた上で巻取装置に巻き取られる。各電着槽2,3,4間の距離は、常温で電着ワニス6内の溶媒が乾燥しきらないように設定すればよい。電着被膜8の厚さは、例えば5〜30μmである。
【0021】
−マグネットワイヤの製造方法−
次に、本実施形態にかかるマグネットワイヤの製造方法について説明する。
【0022】
まず、図2に示すように、ステップS01において、最初に電極5がそれぞれ電着ワニス6に浸された複数の電着槽2,3,4と裸銅線7を繰り出す導体繰出装置9とを準備する。
【0023】
例えば、3つの電着槽2,3,4に徐々に高い電圧(10V、20V、30V)を荷電する。つまり、裸銅線7に、電圧10V、20V、30Vをそれぞれ発生させる電源10,11,12のマイナス側を接続し、プラス側を各電着槽2,3,4の電極5に接続する。
【0024】
次いで、ステップ02〜04において、裸銅線7を例えば、5〜10m/分の速度で繰り出し、低い電圧の第1電着槽2から高い電圧の第3電着槽4へ順次通過させる。
【0025】
まずステップS02の第1電着工程において、第1電着槽2に入った裸銅線7は、10Vの電圧が荷電された電極5との電位差により、徐々に電着被膜8が形成され、この電着被膜8の厚さは第1電着槽2の出口付近で最も厚くなる。第1電着槽2の入口付近では、裸銅線7には絶縁物が被膜されていないことから、過剰な電着反応及び水の電気分解反応が発生しやすいが、電極5の電圧を10Vに抑えているので、銅イオンや酸素ガスの発生が抑えられる。
【0026】
次いで、ステップS03の第2電着工程において、裸銅線7に形成された電着被膜8の溶媒が乾燥しきらないうちに素早く、すなわち加熱することなく常温で第2電着槽3に被膜された裸銅線7を通過させる。つまり、電着被膜8は、乾燥及び焼付けにより完全な絶縁体となると、更に電着を行うことはできないが、乾燥前の溶媒が残留している状態であれば、更に電着を行うことができる。このとき、裸銅線7は、すでに一定厚さの電着被膜8が形成されているので、若干電着反応が起こりにくくなっている。このため、第2電着槽3では、電極5に第1電着槽2よりも高い電圧である20Vの電圧を荷電しても、過剰な電着反応及び水の電気分解反応が発生することなく、更に電着被膜8が形成される。
【0027】
次いで、ステップS04の第3電着工程において、裸銅線7に更に厚く形成された電着被膜8の溶媒が乾燥しきらないうちに被覆された裸銅線7を素早く第3電着槽4に通過させる。ここでも、常温で加熱等を行わなければ溶媒が乾ききることはない。この裸銅線7は、更に厚い電着被膜8が形成されているので、更に電着反応が起こりにくくなっている。第3電着槽4では、電極5に第2電着槽3よりも高い電圧である30Vの電圧が荷電されているが、このときもすで電着被膜8が形成されているので、過剰な電着反応及び水の電気分解反応が発生することなく、更に電着被膜8が形成される。
【0028】
次いで、ステップS05の洗浄工程において、有機溶剤を収容した溶剤槽(図示せず)中を通過させる。有機溶剤としては、乾燥及び焼付け前の半硬化状態又はその状態に至る前の電着被膜8を膨潤又は溶解するものが用いられる。この洗浄工程は必須ではない。
【0029】
次いで、ステップS06の乾燥工程において、洗浄後のマグネットワイヤを乾燥装置(図示せず)に導入する。これにより、洗浄後のマグネットワイヤが加熱され、電着被膜8中の有機溶剤及び水が蒸発除去される。乾燥装置の温度は有機溶剤の種類によって適宜選択することができるが、一般に約60〜300℃、好ましくは約100〜250℃である。乾燥工程又は、その前段階において、液体の蒸発の促進と、又は電着被膜8の半硬化又は完全硬化を同時に行うために、例えば約200〜500℃の高温処理を適用してもよい。
【0030】
次いで、ステップS07の焼付工程において、焼付炉(図示せず)にて電着被膜8を硬化処理して電着被膜8を完成させる。焼付温度は通常100〜700℃、好ましくは150〜600℃、より好ましくは170〜300℃である。また、乾燥工程と焼付工程は一連の加熱装置を介して行ってもよい。
【0031】
このようにして、裸銅線7上に厚く電着被膜8が形成されたマグネットワイヤが得られ、得られたマグネットワイヤは、巻取り機(図示せず)により巻き取られる。
【0032】
このように、電着槽を3つに分割し、各電着槽2,3,4の裸銅線7の進む方向の長さが20cm程度の短い長さに保たれていることも、銅イオンや酸素ガスの発生の防止に役立っている。すなわち、各電着槽2,3,4の長さが長くなると、電着被膜8の厚さの差が大きくなって場所によって流れる電流の差が大きくなり、各電着槽2,3,4の入口付近で電着反応及び水の電気分解反応が激しくなり、銅イオンや酸素ガスが多く発生するという問題が生じるが、この問題が各電着槽2,3,4の長さを短くすることで回避されている。
【0033】
各電着槽2,3,4の長さが短くなった分、電着槽2,3,4の数を増やすことにより、電圧を必要以上に上げることなく、従来と同じ厚さの電着被膜8が得られる。
【0034】
また、各電着槽2,3,4内で裸銅線7に流れる電流の差が小さく保たれるので、銅イオンや酸素ガスの発生を抑えながら高い電圧を加えることもでき、従来よりも厚い電着被膜8を形成することが可能となる。
【0035】
また、電着ワニス6の濃度を荷電する電圧に合わせて徐々に大きくした場合には、第2電着槽3から電着被膜8が徐々に厚くなるので、徐々に電着被膜8を形成しにくくなるが、電着ワニス6の濃度をそれに合わせて高くすることで、できるだけ荷電する電圧を高くしないようにして銅イオンの溶出や酸素ガスの発生を防止しながら効率よく厚い電着被膜8を形成することができる。
【0036】
したがって、本実施形態にかかるマグネットワイヤの製造方法によると、複数の電着槽2,3,4に徐々に高い電圧を荷電し、裸銅線7を進行方向の長さが短く保たれた、低い電圧の第1電着槽2から高い電圧の第3電着槽4へ順次通過させるようにしたので、マグネットワイヤの電着被膜8を銅イオンの溶出や酸素ガスの発生を防ぎながら効率よく形成することができる。このため、電着被膜8への悪影響が最小限に抑えられるので、品質が高く製造コストの安いマグネットワイヤが得られる。
【0037】
なお、以上の実施形態は、本質的に好ましい例示であって、本発明、その適用物や用途の範囲を制限することを意図するものではない。
【産業上の利用可能性】
【0038】
以上説明したように、本発明は、マグネットワイヤの製造方法及びマグネットワイヤの製造装置について有用である。
【符号の説明】
【0039】
1 製造装置
2 第1電着槽
3 第2電着槽
4 第3電着槽
5 電極
6 電着ワニス
7 裸銅線
8 電着被膜
9 導体繰出装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
導体に電着被膜を形成するマグネットワイヤの製造方法において、
電極が電着ワニスに浸された複数の電着槽を並べ、
上記複数の電着槽に徐々に高い電圧を荷電し、
上記導体を低い電圧の電着槽から高い電圧の電着槽へ順次通過させながら、上記電着被膜を徐々に厚く形成する
ことを特徴とするマグネットワイヤの製造方法。
【請求項2】
請求項1に記載のマグネットワイヤの製造方法において、
上記電着ワニスの濃度を荷電する電圧に合わせて徐々に大きくする
ことを特徴とするマグネットワイヤの製造方法。
【請求項3】
導体に電着被膜を形成するマグネットワイヤの製造装置において、
電着ワニスが収容された複数の電着槽と、
上記複数の電着槽の電着ワニスにそれぞれ浸され、各電着槽ごとに低い電圧から高い電圧まで荷電される電極と、
低い電圧が荷電された電極を有する電着槽から高い電圧が荷電された電極を有する電着槽へ順番に導体を通過させる導体繰出装置とを備える
ことを特徴とするマグネットワイヤの製造装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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