説明

リチウムイオン二次電池の劣化判定装置および劣化判定方法

【課題】リチウムイオン二次電池の実際の開放電圧特性に基づいて、劣化状態を判定する装置を提供する。
【解決手段】リチウムイオン二次電池の容量対開放電圧特性を測定する測定部と開放電圧特性を特定するためのパラメータを設定可能であり、測定部によって測定された開放電圧特性と略一致する開放電圧特性を特定するパラメータを用いて摩耗およびリチウム析出による劣化状態を判定する判定部とを有する。パラメータは下記式(I)及び(II)で示され、摩耗による劣化に応じて変化する単極の容量維持率と、下記式(III)で示され、摩耗およびリチウム析出による劣化に応じて変化する電池容量の変動量とを含む。(I)正極の容量維持率=劣化状態の正極の容量/初期状態の正極の容量;(II)負極の容量維持率=劣化状態の負極の容量/初期状態の負極の容量;(III)電池容量の変動量=劣化状態の負極の容量×正極組成軸に対する負極組成軸のずれ量。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リチウムイオン二次電池の劣化状態、特に、リチウムの析出状態を判定することができる装置および方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
特許文献1に記載の技術では、組電池が充放電された履歴を示す充放電履歴情報に基づいて、CPUが組電池の内部に析出されるデンドライトの析出量の推定値を算出している。
【0003】
特許文献2に記載の技術では、蓄電装置(リチウム二次電池)の蓄電容量の推移(低下)に基づいて、電極におけるリチウム析出の有無を判定している。
【0004】
特許文献3に記載の技術では、イオンビームの照射によって電極表面をその厚さ方向に堀削して、堀削面における活物質層の走査イオン顕微鏡(SIM)像を観察し、観察されたSIM像における活物質のコントラストに基づき電極の性能を評価している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2009−199936号公報
【特許文献2】特開2009−063555号公報
【特許文献3】特開2007−123207号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献3に記載の技術では、リチウムイオン二次電池を分解する必要がある。一方、特許文献1,2に記載の技術では、リチウムイオン二次電池を分解することなく、リチウムの析出を推定することができる。
【0007】
本発明は、従来とは異なる方法によって、リチウムイオン二次電池の劣化状態、特に、リチウムの析出状態を判定することができる技術を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本願第1の発明は、リチウムイオン二次電池の劣化状態を判定する劣化判定装置であって、リチウムイオン二次電池の容量の変化に対する開放電圧の変化を示す開放電圧特性を測定する測定部と、開放電圧特性を特定するためのパラメータを設定可能であり、測定部によって測定された開放電圧特性と略一致する開放電圧特性を特定するパラメータを用いて、摩耗およびリチウム析出による劣化状態を判定する判定部と、を有する。パラメータは、下記式(I)及び(II)で示され、摩耗による劣化に応じて変化する単極の容量維持率と、下記式(III)で示され、摩耗およびリチウム析出による劣化に応じて変化する電池容量の変動量とを含む。
【0009】
正極の容量維持率=劣化状態の正極の容量/初期状態の正極の容量 ・・・(I)
負極の容量維持率=劣化状態の負極の容量/初期状態の負極の容量 ・・・(II)
電池容量の変動量=劣化状態の負極の容量×正極組成軸に対する負極組成軸のずれ量
・・・(III)
【0010】
電池容量の変動量は、摩耗による劣化に対応した第1変動量と、リチウム析出による劣化に対応した第2変動量とを含んでおり、判定部は、第2変動量を用いて、リチウムの析出状態を判定することができる。そして、リチウムの析出状態に応じて、リチウムイオン二次電池の充電を制限又は禁止することができる。
【0011】
判定部は、第1変動量と、正極および負極における容量維持率との対応関係を示すマップを用いて、第1変動量を特定することができる。このマップは、実験等によって予め用意しておくことができる。そして、容量維持率は、摩耗による劣化だけに起因するため、容量維持率が特定できれば、容量維持率に対応した第1変動量を特定することができる。第1変動量が特定できれば、第2変動量を特定することができる。第2変動量は、リチウム析出による劣化に依存しているため、第2変動量およびリチウム析出量の対応関係を予め用意しておけば、リチウム析出量を推定することができる。
【0012】
判定部は、測定部によって測定された開放電圧特性に対して電圧誤差および容量誤差が最小となる開放電圧特性を、パラメータを変化させながら特定することができる。これにより、パラメータによって特定される開放電圧特性を、測定部によって測定された開放電圧特性に最も近づけることができ、パラメータを用いて、摩耗およびリチウム析出による劣化状態の判定の精度を向上させることができる。
【0013】
電圧誤差を算出する場合において、電圧誤差が許容範囲を超えているときには、析出したリチウムが電池反応に寄与する状態に戻っている途中であると判断することができる。そして、電圧誤差が許容範囲内であるときには、劣化状態の判定を行うことができる。
【0014】
本願第2の発明は、リチウムイオン二次電池の劣化状態を判定する劣化判定方法であって、リチウムイオン二次電池の容量の変化に対する開放電圧の変化を示す開放電圧特性を測定する測定ステップと、開放電圧特性を特定するためのパラメータを設定可能であり、測定ステップで測定された開放電圧特性と略一致する開放電圧特性を特定するパラメータを用いて、摩耗およびリチウム析出による劣化状態を判定する判定ステップと、を有する。パラメータは、下記式(IV)及び(V)で示され、摩耗による劣化に応じて変化する単極の容量維持率と、下記式(VI)で示され、摩耗およびリチウム析出による劣化に応じて変化する電池容量の変動量とを含む。
【0015】
正極の容量維持率=劣化状態の正極の容量/初期状態の正極の容量 ・・・(IV)
負極の容量維持率=劣化状態の負極の容量/初期状態の負極の容量 ・・・(V)
電池容量の変動量=劣化状態の負極の容量×正極組成軸に対する負極組成軸のずれ量
・・・(VI)
【発明の効果】
【0016】
本発明では、パラメータによって特定される開放電圧特性が、測定された開放電圧特性と略一致するようにパラメータを設定し、このパラメータを用いて、摩耗およびリチウム析出による劣化を判定している。これにより、実際の電池の状態(開放電圧特性)に応じた劣化判定を行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】局所的SOCの変化に対する開放電圧の変化特性を示す図である。
【図2】単極容量の減少に伴う単極の開放電位の変化を示す図である。
【図3】正極および負極の間における組成対応のずれを説明する図である。
【図4】劣化による組成対応のずれを説明する図である。
【図5】新品のリチウムイオン二次電池を用いた場合において、開放電圧曲線(実測値)に開放電圧曲線(推定値)を一致させたときの劣化パラメータを説明する図である。
【図6】リチウム析出による劣化だけを発生させた場合において、開放電圧曲線(実測値)に開放電圧曲線(推定値)を一致させたときの劣化パラメータを説明する図である。
【図7】摩耗劣化だけを発生させた場合において、開放電圧曲線(実測値)に開放電圧曲線(推定値)を一致させたときの劣化パラメータを説明する図である。
【図8】リチウムイオン二次電池の内部状態を推定するためのシステムを示す概略図である。
【図9】摩耗劣化だけを発生させた場合における、正極容量維持率、負極容量維持率および組成対応のずれ容量の関係を示す図である。
【図10】実施例2において、リチウムの析出量を推定する処理を示すフローチャートである。
【図11】開放電圧曲線(推定値)を開放電圧曲線(実測値)に一致させる処理を説明するための概略図である。
【図12】本発明の実施例3において、リチウムの析出量を推定する処理を示すフローチャートである。
【図13】開放電圧曲線(推定値)および開放電圧曲線(実測値)の間における誤差電圧を示す図である。
【図14】開放電圧曲線(推定値)および開放電圧の間における誤差電圧を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の実施例について説明する。
【実施例1】
【0019】
リチウムイオン二次電池は、負極と、電解液を含むセパレータと、正極とで構成されている。負極および正極のそれぞれは、球状の活物質の集合体で構成される。リチウムイオン二次電池の放電時において、負極の活物質の界面上では、リチウムイオンLiおよび電子eを放出する化学反応が行われる。一方、正極の活物質の界面上では、リチウムイオンLiおよび電子eを吸収する化学反応が行われる。リチウムイオン二次電池の充電時には、上述した反応と逆の反応が行われる。
【0020】
負極には、電子を吸収する集電板が設けられ、正極には、電子を放出する集電板が設けられている。負極の集電板は、例えば、銅で形成され、負極端子に接続されている。正極の集電板は、例えば、アルミニウムで形成されており、正極端子に接続されている。セパレータを介して、正極および負極の間でリチウムイオンの授受が行われることにより、リチウムイオン二次電池の充放電が行われる。
【0021】
ここで、リチウムイオン二次電池の内部における充電状態は、正極および負極のそれぞれの活物質におけるリチウム濃度分布に応じて異なる。このリチウムは、リチウムイオン二次電池の反応に寄与する。
【0022】
リチウムイオン二次電池の出力電圧Vは、下記式(1)によって表される。
【0023】
【数1】


ここで、OCVは、リチウムイオン二次電池の開放電圧、Rは、リチウムイオン二次電池の全体における抵抗、Iは、リチウムイオン二次電池に流れる電流である。抵抗Rは、負極および正極で電子の移動に対する純電気的な抵抗と、活物質界面での反応電流発生時に等価的に電気抵抗として作用する電荷移動抵抗とが含まれる。
【0024】
θ1は、正極活物質の表面における局所的SOC(State Of Charge)であり、θ2は、負極活物質の表面における局所的SOCである。抵抗Rは、θ1、θ2および電池温度の変化に応じて変化する特性を有する。言い換えれば、抵抗Rは、θ1、θ2および電池温度の関数として表すことができる。
【0025】
局所的SOCθ1,θ2は、下記式(2)によって表される。
【0026】
【数2】


ここで、Cse,iは、活物質(正極又は負極)の界面におけるリチウム濃度(平均値)であり、Cs,i,maxは、活物質(正極又は負極)における限界リチウム濃度である。限界リチウム濃度とは、正極や負極におけるリチウム濃度の上限値である。
【0027】
リチウムイオン二次電池の開放電圧OCVは、図1に示すように、正極開放電位U1および負極開放電位U2の電位差として表される。正極開放電位U1は、正極活物質の表面における局所的SOCθ1に応じて変化する特性を有し、負極開放電位U2は、負極活物質の表面における局所的SOCθ2に応じて変化する特性を有している。
【0028】
リチウムイオン二次電池が初期状態にあるときに、局所的SOCθ1および正極開放電位U1の関係を測定しておけば、局所的SOCθ1および正極開放電位U1の関係を示す特性(図1に示すU1の曲線)を得ることができる。初期状態とは、リチウムイオン二次電池の劣化が発生していない状態をいい、例えば、リチウムイオン二次電池を製造した直後の状態をいう。
【0029】
リチウムイオン二次電池が初期状態にあるときに、局所的SOCθ2および負極開放電位U2の関係を測定しておけば、局所的SOCθ2および負極開放電位U2の関係を示す特性(図1に示すU2の曲線)を得ることができる。これらの特性(U1,U2)を示すデータは、マップとしてメモリに予め格納しておくことができる。
【0030】
リチウムイオン二次電池の開放電圧OCVは、放電が進むにつれて低下する特性を有している。また、劣化後のリチウムイオン二次電池においては、初期状態のリチウムイオン二次電池に比べて、同じ放電時間に対する電圧低下量が大きくなる。このことは、リチウムイオン二次電池の劣化によって、満充電容量の低下と開放電圧特性の変化とが生じていることを示している。本実施例では、リチウムイオン二次電池の劣化に伴う開放電圧特性の変化を、劣化状態のリチウムイオン二次電池の内部で起きると考えられる2つの現象としてモデル化している。
【0031】
2つの現象は、正極および負極での単極容量の減少と、正極および負極の間における組成の対応ずれである。
【0032】
単極容量の減少とは、正極および負極のそれぞれにおけるリチウムの受け入れ能力の減少を示している。リチウムの受け入れ能力が減少していることは、充放電に有効に機能する活物質等が減少していることを意味している。
【0033】
図2には、単極容量の減少による単極開放電位の変化を模式的に示している。図2において、正極容量の軸におけるQ_L1は、リチウムイオン二次電池の初期状態において、図1の局所的SOCθL1に対応する容量である。Q_H11は、リチウムイオン二次電池の初期状態において、図1の局所的SOCθH1に対応する容量である。また、負極容量の軸におけるQ_L2は、リチウムイオン二次電池の初期状態において、図1の局所的SOCθL2に対応する容量であり、Q_H21は、リチウムイオン二次電池の初期状態において、図1の局所的SOCθH2に対応する容量である。
【0034】
正極において、リチウムの受け入れ能力が低下すると、局所的SOCθ1に対応する容量は、Q_H11からQ_H12に変化する。また、負極において、リチウムの受け入れ能力が低下すると、局所的SOCθ2に対応する容量は、Q_H21からQ_H22に変化する。
【0035】
ここで、リチウムイオン二次電池が劣化しても、局所的SOCθ1および正極開放電位U1の関係(図1に示す関係)は変化しない。このため、局所的SOCθ1および正極開放電位U1の関係を、正極容量および正極開放電位の関係に変換すると、図2に示すように、正極容量および正極開放電位の関係を示す曲線は、リチウムイオン二次電池が劣化した分だけ、初期状態の曲線に対して縮んだ状態となる。
【0036】
また、局所的SOCθ2および負極開放電位U2の関係を、負極容量および負極開放電位の関係に変換すると、図2に示すように、負極容量および負極開放電位の関係を示す曲線は、リチウムイオン二次電池が劣化した分だけ、初期状態の曲線に対して縮んだ状態となる。
【0037】
図3には、正極および負極の間における組成対応のずれを模式的に示している。組成対応のずれとは、正極および負極の組を用いて充放電を行うときに、正極の組成(θ1)および負極の組成(θ2)の組み合わせが、リチウムイオン二次電池の初期状態に対してずれていることを示すものである。
【0038】
単極の組成θ1,θ2および開放電位U1,U2の関係を示す曲線は、図1に示した曲線と同様である。ここで、リチウムイオン二次電池が劣化すると、負極組成θ2の軸は、正極組成θ1が小さくなる方向にΔθ2だけシフトする。これにより、負極組成θ2および負極開放電位U2の関係を示す曲線は、初期状態の曲線に対して、Δθ2の分だけ、正極組成θ1が小さくなる方向にシフトする。
【0039】
正極の組成θ1fixに対応する負極の組成は、リチウムイオン二次電池が初期状態にあるときには「θ2fix_ini」となるが、リチウムイオン二次電池が劣化した後には「θ2fix」となる。なお、図3では、図1に示す負極組成θL2を0としているが、これは、負極のリチウムがすべて抜けた状態を示している。
【0040】
本実施例では、3つの劣化パラメータを電池モデルに導入することにより、上述した2つの劣化現象をモデル化している。3つの劣化パラメータとしては、正極容量維持率、負極容量維持率および正負極組成対応ずれ量を用いている。2つの劣化現象をモデル化する方法について、以下に説明する。
【0041】
正極容量維持率とは、初期状態の正極容量に対する劣化状態の正極容量の割合をいう。ここで、正極容量は、リチウムイオン二次電池が劣化状態となった後において、初期状態の容量から任意の量だけ減少したとする。このとき、正極容量維持率k1は、下記式(3)によって表される。
【0042】
【数3】

【0043】
ここで、Q1_iniは、リチウムイオン二次電池が初期状態にあるときの正極容量(図2に示すQ_H11)を示し、ΔQは、リチウムイオン二次電池が劣化したときの正極容量の減少量を示している。正極容量Q1_iniは、活物質の理論容量や仕込み量などから予め求めておくことができる。
【0044】
負極容量維持率とは、初期状態の負極容量に対する劣化状態の負極容量の割合をいう。ここで、負極容量は、リチウムイオン二次電池が劣化状態となった後において、初期状態の容量から任意の量だけ減少したとする。このとき、負極容量維持率kは、下記式(4)によって表される。
【0045】
【数4】

【0046】
ここで、Q2_iniは、リチウムイオン二次電池が初期状態にあるときの負極容量(図2のQ_H21)を示し、ΔQ2は、リチウムイオン二次電池が劣化したときの負極容量の減少量を示している。負極容量Q2_iniは、活物質の理論容量や仕込み量によって予め求めておくことができる。
【0047】
図4は、正極および負極の間における組成対応のずれを説明する模式図である。
【0048】
リチウムイオン二次電池が劣化状態となったときには、負極組成θ2が1であるときの容量は、(Q2_ini−ΔQ2)となる。また、正極および負極の間における組成対応ずれ容量ΔQは、正極組成軸に対する負極組成軸のずれ量Δθ2に対応する容量である。これにより、下記式(5)の関係が成り立つ。
【0049】
【数5】

【0050】
式(4)及び式(5)から下記式(6)が求められる。
【0051】
【数6】

【0052】
リチウムイオン二次電池が初期状態にあるとき、正極組成θ1fix_iniは、負極組成θ2fix_iniに対応している。リチウムイオン二次電池が劣化状態にあるとき、正極組成θ1fixは、負極組成θ2fixに対応している。また、組成対応のずれは、初期状態における正極組成θ1fixを基準とする。すなわち、正極組成θ1fixおよび正極組成θ1fix_iniは、同じ値とする。
【0053】
リチウムイオン二次電池の劣化により、正極および負極の間における組成対応のずれが生じた場合において、リチウムイオン二次電池の劣化後における正極組成θ1fixおよび負極組成θ2fixは、下記式(7),(8)の関係を有している。
【0054】
【数7】

【0055】
【数8】

【0056】
式(8)の意味について説明する。リチウムイオン二次電池の劣化によって、正極組成θ1が1からθ1fixまで変化(減少)したときに、正極から放出されるリチウムの量は、下記式(9)によって表される。
【0057】
【数9】


ここで、(1−θ1fix)の値は、リチウムイオン二次電池の劣化による正極組成の変化分を示し、(k1×Q1_ini)の値は、リチウムイオン二次電池の劣化後における正極容量を示している。
【0058】
正極から放出されたリチウムが負極にすべて取り込まれるとすると、負極組成θ2fixは、下記式(10)となる。
【0059】
【数10】


ここで、(k2×Q2_ini)の値は、リチウムイオン二次電池の劣化後における負極容量を示している。
【0060】
一方、正極および負極の間における組成対応のずれ(Δθ2)が存在するときには、負極組成θ2fixは、下記式(11)で表される。
【0061】
【数11】

【0062】
組成対応のずれ量Δθ2は、式(6)により、組成対応のずれ容量ΔQを用いて表すことができる。これにより、負極組成θ2fixは、上記式(8)で表される。
【0063】
図4に示すように、リチウムイオン二次電池が劣化状態にあるときの開放電圧OCVは、劣化状態における正極開放電位U11および負極開放電位U22の電位差として表される。すなわち、3つの劣化パラメータk1,k2,ΔQを推定すれば、リチウムイオン二次電池が劣化状態にあるときの負極開放電位U22を特定でき、負極開放電位U22および正極開放電位U11の電位差として、開放電圧OCVを算出することができる。
【0064】
本実施例では、後述するように、3つの劣化パラメータを用いて、リチウムイオン二次電池の内部状態を推定するようにしている。具体的には、リチウムイオン二次電池の劣化が、リチウムの析出による劣化によるものかを推定するものである。リチウムイオン二次電池の劣化には、リチウムの析出による劣化と、摩耗による劣化とが含まれ、これらの劣化を区別した状態で把握(推定)することができれば、劣化状態を詳しく判断することができる。
【0065】
摩耗による劣化とは、リチウムイオン二次電池の劣化のうち、リチウムの析出による劣化を除く劣化であり、通電や放置等によって正極および負極の性能(リチウムの受け入れ能力)が低下することである。摩耗による劣化としては、例えば、正極や負極の活物質が摩耗することが挙げられる。また、リチウムの析出による劣化とは、電池反応に用いられるリチウムイオンが副生成物(主には金属リチウム)に変化して、リチウムイオンが電池反応に寄与しなくなる劣化をいう。
【0066】
リチウムイオン二次電池が劣化していないときの開放電圧OCVは、初期状態のリチウムイオン二次電池における開放電圧OCVと一致することになる。すなわち、正極容量維持率k1および負極容量維持率k2が1であり、組成対応のずれ容量ΔQが0であるときに、上述した説明によって算出(推定)された開放電圧OCVは、初期状態(新品)であるリチウムイオン二次電池の開放電圧OCVを測定したときの値(実測値)と一致することになる。
【0067】
図5には、リチウムイオン二次電池の容量(SOC)および開放電圧OCVの関係(開放電圧特性に相当する。以下、開放電圧曲線という)を示している。図5の点線は、開放電圧曲線(実測値)であり、実線は、開放電圧曲線(推定値)である。開放電圧曲線(推定値)は、開放電圧曲線(実測値)と重なっている。図5において、縦軸は、開放電圧OCVを示し、横軸は、リチウムイオン二次電池の容量を示している。なお、開放電圧曲線(実測値)は、測定誤差の分だけ、開放電圧曲線(推定値)に対してずれることもある。
【0068】
一方、リチウムイオン二次電池が劣化すると、開放電圧(実測値)OCVは変化することになる。ここで、図6(図5に対応する図)の点線には、リチウムの析出による劣化だけが発生しているリチウムイオン二次電池、言い換えれば、摩耗による劣化は発生していないリチウムイオン二次電池を用いて、開放電圧曲線(実測値)を測定した結果を示している。
【0069】
ここで、リチウムイオン二次電池を低温状態に維持すれば、摩耗劣化を抑制することができ、摩耗劣化を抑制した状態でリチウムの析出だけを行わせることができる。複数の温度条件のもとで摩耗劣化が発生するか否かの実験を行うことにより、リチウムイオン二次電池を低温状態とするときの設定温度を決定することができる。これにより、リチウムの析出による劣化だけを、リチウムイオン二次電池に発生させることができる。
【0070】
3つの劣化パラメータ(k1,k2,ΔQ)を推定すると、開放電圧曲線(推定値)を、図6に示す開放電圧曲線(実測値)に略一致させることができる。言い換えれば、開放電圧曲線(推定値)が開放電圧曲線(実測値)に略一致するように、3つの劣化パラメータを探索することができる。
【0071】
ここで、開放電圧(実測値)OCVの測定誤差によって、開放電圧(実測値)OCVが開放電圧(実測値)OCVからずれることもある。図6には、開放電圧(実測値)OCVおよび開放電圧(推定値)OCVが略一致している状態を示している。このときの開放電圧曲線(推定値)を決定する劣化パラメータとしては、正極容量維持率k1が「1」、負極容量維持率k2が「1」、組成対応のずれ容量ΔQが「0.23」となっている。
【0072】
図7の点線には、摩耗による劣化だけが発生しているリチウムイオン二次電池、言い換えれば、リチウムが析出していないリチウムイオン二次電池を用いて、開放電圧曲線(実測値)を測定した結果を示している。図7において、縦軸は、開放電圧OCVを示し、横軸は、リチウムイオン二次電池の容量を示している。
【0073】
ここで、リチウムイオン二次電池を高温状態に維持すれば、リチウムの析出を抑制することができ、リチウムの析出を抑制した状態で摩耗による劣化だけを発生させることができる。複数の温度条件のもとでリチウムが析出するか否かの実験を行うことにより、リチウムイオン二次電池を高温状態とするときの設定温度を決定することができる。設定温度としては、例えば、50度とすることができる。これにより、摩耗による劣化だけを、リチウムイオン二次電池に発生させることができる。
【0074】
3つの劣化パラメータ(k1,k2,ΔQ)を推定すると、開放電圧曲線(推定値)を、図7に示す開放電圧曲線(実測値)に略一致させることができる。言い換えれば、開放電圧曲線(推定値)が開放電圧曲線(実測値)に略一致するように、3つの劣化パラメータを探索することができる。
【0075】
ここで、開放電圧(実測値)OCVの測定誤差によって、開放電圧(実測値)OCVが開放電圧(実測値)OCVからずれることもある。図7には、開放電圧(実測値)OCVおよび開放電圧(推定値)OCVが略一致している状態を示している。このときの開放電圧曲線(推定値)を決定する劣化パラメータとしては、正極容量維持率k1が「0.85」、負極容量維持率k2が「0.97」、組成対応のずれ容量ΔQが「0.05」となっている。
【0076】
図6および図7に示すように、リチウムの析出による劣化だけが発生しているリチウムイオン二次電池では、3つの劣化パラメータ(k1,k2,ΔQ)のうち、組成対応のずれ容量ΔQだけが新品(初期状態)のリチウムイオン二次電池における組成対応のずれ容量ΔQ(=0)に対して変化していることが分かる。
【0077】
また、摩耗による劣化だけが発生しているリチウムイオン二次電池では、3つの劣化パラメータ(k1,k2,ΔQ)のすべてについて、新品(初期状態)のリチウムイオン二次電池に対してずれていることが分かる。
【0078】
リチウムが析出するということは、例えば、充電時において正極から放出されたリチウムイオンが負極に取り込まれない場合が考えられる。この場合には、正極および負極の間における組成対応がずれることになり、ずれ容量ΔQが変化することになる。また、リチウムの析出だけが発生している状態では、正極および負極におけるリチウムの受け入れ能力は低下しないため、容量維持率k1、k2は「1」に維持されることになる。
【0079】
したがって、組成対応のずれ容量ΔQだけが「0」とは異なっているときには、リチウムイオン二次電池の内部では、リチウムの析出による劣化だけが発生しており、摩耗による劣化は発生していないと判断することができる。また、リチウムの析出量に応じて、ずれ容量ΔQが変化することになるため、ずれ容量ΔQおよびリチウムの析出量の対応関係を予め実験によって求めておけば、ずれ容量ΔQに基づいて、リチウムの析出量を推定することもできる。
【0080】
次に、リチウムイオン二次電池の劣化状態を推定するためのシステム(劣化判定装置に相当する)について、図8を用いて説明する。
【0081】
リチウムイオン二次電池10には、スイッチ21,22を介して負荷30が接続されるようになっており、負荷30には、リチウムイオン二次電池10からの電力が供給される。また、リチウムイオン二次電池10には、スイッチ21,22を介して電源40が接続されるようになっており、リチウムイオン二次電池10には電源40からの電力が供給される。スイッチ21,22を切り替えることにより、リチウムイオン二次電池10の放電および充電を切り替えることができる。
【0082】
図8では、リチウムイオン二次電池10が、スイッチ21,22の切り替えに応じて、負荷30や電源40に接続されるようになっているが、これに限るものではない。すなわち、リチウムイオン二次電池10を、負荷30に接続できたり、電源40に接続できたりすればよい。
【0083】
図8では、1つのリチウムイオン二次電池10を示しているが、複数のリチウムイオン二次電池10で構成された組電池を用いることもできる。組電池では、複数のリチウムイオン二次電池10が電気的に直列に接続されている。ここで、組電池内において、電気的に並列に接続されたリチウムイオン二次電池10が含まれていてもよい。
【0084】
組電池を用いる場合には、この組電池を車両に搭載することができる。この車両としては、ハイブリッド自動車や電気自動車がある。ハイブリッド自動車は、車両を走行させるための動力源として、組電池に加えて、燃料電池又は内燃機関を備えた車両である。電気自動車は、車両を走行させるための動力源として、組電池だけを用いた車両である。
【0085】
組電池が搭載された車両では、負荷20として、インバータを用いることができる。インバータは、組電池からの直流電力を交流電力に変換して、モータ・ジェネレータに供給し、モータ・ジェネレータにおいて車両を走行させるための運動エネルギが生成される。ここで、組電池およびインバータの間に昇圧回路を配置し、組電池の出力電圧を昇圧してからインバータに供給することができる。組電池を車両に搭載した場合には、組電池を車両から取り外して、図8に示すシステムを用いて、リチウムイオン二次電池10の開放電圧を測定することができる。
【0086】
電圧センサ(測定部に相当する)51は、リチウムイオン二次電池10の電圧を検出し、検出結果をコントローラ(判定部に相当する)60に出力する。電流センサ52は、リチウムイオン二次電池10の電流を検出し、この検出結果をコントローラ60に出力する。温度センサ53は、リチウムイオン二次電池10の温度を検出し、この検出結果をコントローラ60に出力する。
【0087】
リチウムイオン二次電池10を電源40に接続した状態であれば、リチウムイオン二次電池10の容量(充電率)を変化させながら、リチウムイオン二次電池10の開放電圧OCVを測定することができる。これにより、図5〜図7に示すように、リチウムイオン二次電池10の容量の変化に対する開放電圧(実測値)OCVの変化を示すデータ(開放電圧曲線)を取得することができる。
【0088】
開放電圧(実測値)OCVを取得できれば、開放電圧(推定値)OCVが開放電圧(実測値)OCVと一致するように劣化パラメータを探索することができる。そして、劣化パラメータの内容に基づいて、リチウムイオン二次電池の劣化状態を判断することができる。
【0089】
本実施例によれば、リチウムイオン二次電池を解体して、リチウムの析出量を分析しなくても、3つの劣化パラメータ(k1,k2,ΔQ)を推定することにより、リチウムの析出を推定することができる。リチウムの析出を推定できれば、推定結果に応じて、リチウムイオン二次電池の充放電を制御することができる。
【0090】
例えば、リチウムの析出量が増加することに応じて、リチウムイオン二次電池の充電電流を制限することができる。また、リチウムの析出量によっては、リチウムイオン二次電池の充電を禁止することができる。これにより、リチウムの更なる析出を抑制することができる。
【0091】
また、本実施例では、開放電圧(実測値)OCVを測定したときのリチウムの析出量を推定することができるため、リチウムイオン二次電池の現在の状態に応じた充放電制御を行うことができる。これにより、リチウムイオン二次電池の充放電を過度に制限するのを防止することができ、リチウムイオン二次電池の安全性を確保しながら、リチウムイオン二次電池の性能(入出力特性)を最大限に発揮させることができる。
【0092】
リチウムの析出現象は、リチウムイオン二次電池が低温状態にあるときに発生しやすいため、特に低温状態においては、本実施例で説明したようにリチウムの析出量を推定したうえで、充放電制御を行うことが好ましい。
【実施例2】
【0093】
本発明の実施例2について説明する。本実施例では、摩耗による劣化を考慮して、リチウムの析出による劣化を推定するようにしている。リチウムイオン二次電池における実際の劣化では、リチウムの析出による劣化および摩耗による劣化が混在している。すなわち、実施例1で説明したずれ容量ΔQには、リチウム析出の劣化に起因したずれ容量ΔQと、摩耗による劣化に起因したずれ容量ΔQとが含まれる。
【0094】
そこで、リチウムの析出状態を推定するためには、リチウム析出の劣化に起因するずれ容量ΔQと、摩耗による劣化に起因するずれ容量ΔQとを区別する必要がある。本実施例では、リチウムイオン二次電池の劣化に、リチウム析出による劣化および摩耗による劣化が混在している場合において、リチウム析出による劣化を特定するものである。以下、本実施例の特徴部分について説明する。
【0095】
まず、磨耗による劣化成分を特定するために用いられるマップについて説明する。このマップは、リチウムイオン二次電池において摩耗劣化だけを発生させた場合において、容量維持率k1,k2および組成対応のずれ容量ΔQの対応関係を示すものであり、予め用意しておく。上述したように、リチウムイオン二次電池を高温状態で維持すれば、リチウムの析出を防止でき、摩耗劣化だけを発生させることができる。
【0096】
摩耗による劣化を段階的に進行させることにより、リチウムイオン二次電池の容量(満充電容量)を所定量だけ段階的に減少させる。そして、リチウムイオン二次電池の容量を減少させるたびに、リチウムイオン二次電池の開放電圧OCVを測定する。これにより、リチウムイオン二次電池が所定の容量劣化であるときにおいて、容量の変化に対する開放電圧OCVの変化を示すデータ(開放電圧曲線(実測値))を得ることができる。例えば、リチウムイオン二次電池の容量が100%から50%に到達するまで、容量を5%ずつ低下(劣化)させ、容量を低下させるたびに、リチウムイオン二次電池の開放電圧OCVを測定する。
【0097】
そして、各容量劣化のもとで得られた開放電圧(実測値)OCVに対して、開放電圧(推定値)OCVを一致させるための劣化パラメータ(容量維持率k1,k2およびずれ容量ΔQ)を探索することができる。これにより、図9に示すマップ(以下、摩耗劣化マップという)を得ることができる。図9に示す摩耗劣化マップでは、各容量維持率k1,k2およびずれ容量ΔQの対応関係を示しており、例えば、容量維持率k1,k2を選択すれば、ずれ容量ΔQを特定することができる。摩耗劣化マップは、メモリに格納しておくことができる。
【0098】
次に、本実施例において、リチウムの析出状態を推定する処理について、図10に示すフローチャートを用いて説明する。図10に示す処理は、実施例1で説明したコントローラ60によって行うことができる。
【0099】
ステップS101において、コントローラ60は、電圧センサ31の出力に基づいて、リチウムイオン二次電池の開放電圧(実測値)OCVを測定する。具体的には、リチウムイオン二次電池を充電しながら、開放電圧(実測値)OCVを測定することにより、開放電圧曲線(実測値)を得ることができる。開放電圧(実測値)OCVの測定に用いられるリチウムイオン二次電池は、劣化状態の推定を行う対象であり、このリチウムイオン二次電池では、リチウム析出による劣化および摩耗劣化が混在して発生しているものと仮定する。
【0100】
ステップS102において、コントローラ60は、3つの劣化パラメータ(容量維持率k1,k2およびずれ容量ΔQ)を適宜変更しながら、3つの劣化パラメータによって特定される開放電圧(推定値)OCVが、ステップS101で得られた開放電圧(実測値)OCVに一致するか否かを判断する。
【0101】
具体的には、3つの劣化パラメータの任意の組み合わせを設定し、設定した劣化パラメータに基づいて、開放電圧(推定値)OCVを算出する。図11には、開放電圧(推定値)OCVおよび開放電圧(実測値)OCVの関係を示している。図11では、開放電圧(推定値)OCVを点線として示し、開放電圧(実測値)OCVを実線として示している。
【0102】
図11において、推定値1の開放電圧曲線が得られたときには、開放電圧(推定値)OCVが開放電圧(実測値)OCVよりも高くなっているため、実測値の開放電圧曲線に近づくように、劣化パラメータを設定し直す。同様に、推定値2の開放電圧曲線が得られたときには、開放電圧(推定値)OCVが開放電圧(実測値)OCVよりも低くなっているため、実測値の開放電圧曲線に近づくように、劣化パラメータを設定し直す。このように、劣化パラメータの設定を繰り返して行うことにより、開放電圧(推定値)OCVを開放電圧(実測値)OCVに一致させることができる。
【0103】
また、ステップS102では、開放電圧(推定値)OCVが開放電圧(実測値)OCVに一致したときの劣化パラメータを特定する。ステップS102で特定されたずれ容量ΔQは、リチウム析出の劣化および摩耗劣化が混在しているときのずれ容量ΔQ(混在)である。
【0104】
ここで、開放電圧(推定値)OCVが開放電圧(実測値)OCVと完全に一致していなくても、一致していると見なせる範囲(許容誤差)を設定しておくことにより、開放電圧(推定値)OCVおよび開放電圧(実測値)OCVが一致しているか否かを判断することができる。
【0105】
ステップS103において、コントローラ60は、ステップS102で決定された容量維持率k1,k2と、摩耗劣化マップ(図9)と、を用いて、ずれ容量ΔQを特定する。ここで特定されるずれ容量ΔQは、摩耗劣化だけに起因したずれ容量ΔQ(摩耗)であり、本発明における第1変動量に相当する。
【0106】
実施例1で説明したように、容量維持率k1,k2は、リチウム析出による劣化だけでは変化せず、摩耗劣化が発生しているときに変化する。したがって、ステップS102で得られた容量維持率k1,k2が1よりも小さいときには、容量維持率k1,k2は、摩耗劣化に起因した値であることが分かる。また、摩耗劣化マップは、摩耗劣化だけが発生しているときの容量維持率k1,k2およびずれ容量ΔQの対応関係を示しているため、容量維持率k1,k2が分かれば、ずれ容量ΔQ(摩耗)を特定することができる。
【0107】
ステップS104において、コントローラ60は、ステップS102で得られたずれ容量ΔQ(混在)と、ステップS103で得られたずれ容量ΔQ(摩耗)との差分を求める。この差分は、リチウム析出の劣化によるずれ容量ΔQ(Li析出)となり、本発明における第2変動量に相当する。ずれ容量ΔQ(Li析出)が分かれば、実施例1で説明したように、リチウムの析出量を特定することができる。
【0108】
なお、ずれ容量ΔQ(摩耗)およびずれ容量ΔQ(Li析出)を特定することにより、摩耗劣化による満充電容量の低下量や、リチウム析出の劣化による満充電容量の低下量を算出することができる。すなわち、ずれ容量ΔQのうち、摩耗劣化による成分と、リチウム析出による成分とが特定できるため、これらの成分から各劣化による満充電容量の低下量を求めることができる。
【0109】
本実施例によれば、リチウム析出による劣化および摩耗による劣化が混在する場合において、リチウムの析出による劣化成分と、摩耗による劣化成分とを分けた状態で把握(推定)することができる。そして、リチウム析出による劣化成分が特定できれば、リチウムの析出量を定量化することができる。
【実施例3】
【0110】
次に、本発明の実施例3について説明する。本実施例では、実施例2(図10)で説明した処理を、オンボードによって行うようにしている。具体的には、リチウムイオン二次電池が車両に搭載されたままの状態において、リチウムイオン二次電池の充放電を制御するコントローラ(ECU)によって、実施例2(図10)で説明した処理を行うようにしている。本実施例では、リチウムイオン二次電池が搭載される車両として、外部からの充電が可能な車両を用いている。この車両としては、PHV(Plug-in Hybrid Vehicle)やEV(Electric Vehicle)がある。
【0111】
本実施例における処理について、図12を用いて説明する。図12に示す処理は、車両に搭載されたコントローラ(図8に示すコントローラ60に相当する)によって行われる。
【0112】
ステップS201において、コントローラ60は、電圧センサ31の出力に基づいて、リチウムイオン二次電池の開放電圧(実測値)OCVを測定するとともに、電流センサ32の出力に基づいて、電流積算量を測定する。具体的には、車両に搭載されたリチウムイオン二次電池を充電するときに、開放電圧(実測値)OCVおよび電流積算量を測定することにより、電池容量に対する開放電圧(実測値)OCVを示す曲線(実測値としての開放電圧曲線)を取得することができる。
【0113】
ステップS202において、コントローラ60は、開放電圧(推定値)OCVを特定するための劣化パラメータ(容量維持率k1,k2およびずれ容量ΔQ)の候補を設定(選択)する。劣化パラメータの設定は、様々な方法によって行うことができるが、劣化パラメータを設定するための演算処理を効率良く行うための方法を採用することが好ましい。
【0114】
例えば、劣化パラメータの選択範囲として、摩耗劣化やリチウム析出による劣化が実際に発生するときの範囲を実験等に基づいて予め特定しておくことができる。ここで、容量維持率k1,k2は、摩耗劣化だけに依存するため、実際の摩耗劣化が発生するときの範囲内で容量維持率k1,k2を変化させることができる。そして、容量維持率k1,k2が特定できれば、実施例2で説明した摩耗劣化マップ(図9)を用いて、摩耗劣化によるずれ容量ΔQ(摩耗)を特定することができる。ずれ容量ΔQ(摩耗)が特定できれば、ずれ容量ΔQ(Li析出)を変化させるだけでよい。
【0115】
そして、ステップS203では、ステップS202で設定された劣化パラメータに基づいて、容量の変化に対する開放電圧(推定値)OCVの変化を示す特性(推定値としての開放電圧曲線)を算出する。
【0116】
ステップS204において、コントローラ60は、ステップS203で算出された開放電圧曲線(推定値)と、ステップS201で得られた開放電圧曲線(実測値)との誤差を算出する。この誤差には、電圧誤差および容量誤差が含まれる。
【0117】
電圧誤差ΔV(図13参照)は、具体的には、開放電圧曲線(推定値)および開放電圧曲線(実測値)を比較することにより、算出することができる。電圧誤差ΔVは、特定の電池容量における電圧誤差であってもよいし、2つの開放電圧曲線の間における電圧誤差の平均値とすることもできる。
【0118】
また、容量誤差ΔQは、例えば、以下に説明する方法によって求めることができる。まず、開放電圧曲線(推定値)を用いて、充電前の開放電圧および充電後の開放電圧の間における容量Q1を算出する。また、充電を開始してから終了するまでの間、電流を検出して、電流積算値を測定することにより、電流積算値から充電容量Q2を算出できる。上述した容量Q1および容量Q2の差を求めることにより、容量誤差ΔQの絶対値(|Q1−Q2|)を得ることができる。
【0119】
ここで、充電器を備えていないハイブリッド自動車では、開放電圧曲線(実測値)を得ることが困難である。ただし、リチウムイオン二次電池が緩和状態にあるときには、開放電圧曲線(実測値)上に位置する開放電圧を幾つか測定することができる。ここで、リチウムイオン二次電池に電流が流れているときや、電流を遮断した直後においては、活物質内にリチウムの濃度差が存在しているため、正確な開放電圧を測定することができない。
【0120】
一方、リチウムイオン二次電池の通電を遮断してから時間が経過していれば、リチウムイオン二次電池が緩和状態となり、リチウムの濃度差が存在しない状態で正確な開放電圧を測定することができる。リチウムイオン二次電池が緩和状態にある場合として、例えば、車両を停止させているときが挙げられる。これにより、リチウムイオン二次電池が特定の容量にあるときの開放電圧(実測値)OCVを得ることができる。
【0121】
特定の容量における特定の開放電圧を測定できれば、図14に示すように、開放電圧(実測値)と開放電圧曲線(推定値)とを比較することにより、電圧誤差ΔVを求めることができる。また、複数の開放電圧(実測値)を測定しておけば、上述したように容量誤差ΔQを求めることができる。具体的には、開放電圧曲線(推定値)を用いて、2点の開放電圧(実測値)の間における容量Q1を算出する。また、2点の開放電圧(実測値)を得るときの電流積算値を測定しておけば、この電流積算値から容量Q2を算出できる。そして、容量Q1および容量Q2の差(|Q1−Q2|)を求めれば、容量誤差ΔQの絶対値を得ることができる。
【0122】
ステップS205において、コントローラ60は、ステップS204で得られた電圧誤差ΔVおよび容量誤差ΔQに対する評価関数f(ΔV,ΔQ)を算出する。評価関数f(ΔV,ΔQ)としては、例えば、電圧誤差ΔVおよび容量誤差ΔQに対して重み付け加算した値を用いることができる。
【0123】
また、コントローラ60は、今回設定された劣化パラメータから算出される評価関数f(ΔV,ΔQ)が、前回設定された劣化パラメータから算出される評価関数f(ΔV,ΔQ)よりも小さいか否かを判別する。ここで、今回の評価関数f(ΔV,ΔQ)が前回の評価関数f(ΔV,ΔQ)よりも小さければ、今回の評価関数f(ΔV,ΔQ)をメモリに記憶する。なお、今回の評価関数f(ΔV,ΔQ)が前回の評価関数f(ΔV,ΔQ)よりも大きければ、前回の評価関数f(ΔV,ΔQ)がメモリに記憶されたままとなる。
【0124】
ステップS206において、コントローラ60は、劣化パラメータをすべての探索範囲で変化させたか否かを判別し、すべての探索範囲で劣化パラメータを変化させていれば、ステップS207に進む。一方、すべての探索範囲で変化させていなければ、ステップS202の処理に戻る。
【0125】
このように劣化パラメータを探索範囲の全体で変化させるまでは、ステップS202〜ステップS206の処理が繰り返して行われる。そして、最小値となる評価関数f(ΔV,ΔQ)が特定され、この評価関数(最小値)が得られた開放電圧曲線を特定できるとともに、開放電圧曲線(推定値)を規定する劣化パラメータ(k1,k2,ΔQ)を特定することができる。評価関数が最小値を示す劣化パラメータを特定することにより、劣化状態(摩耗劣化およびリチウム析出による劣化)の判定の精度を向上させることができる。
【0126】
ここで、特定されたずれ容量ΔQ(混在)は、摩耗劣化によるずれ容量ΔQ(摩耗)およびリチウム析出の劣化によるずれ容量ΔQ(Li析出)が含まれる。
【0127】
ステップS207において、コントローラ60は、ステップS202〜ステップS206の処理で決定された劣化パラメータ(容量維持率k1,k2)と、実施例2で説明した摩耗劣化マップ(図9)とを用いて、摩耗劣化によるずれ容量ΔQ(摩耗)を特定する。そして、ステップS208において、コントローラ60は、ステップS202〜ステップS206の処理で特定されたずれ容量ΔQ(混在)と、ステップS207で得られたずれ容量ΔQ(摩耗)との差分を算出し、ずれ容量ΔQ(Li析出)を特定する。ずれ容量ΔQ(Li析出)を特定できれば、実施例1で説明したように、リチウムの析出量を推定することができる。
【実施例4】
【0128】
次に、本発明の実施例4について説明する。本実施例では、実施例3(図12)で説明した処理において、劣化パラメータ(k1,k2,ΔQ)を決定するための内容が異なっている。以下、実施例3と異なる点について、主に説明する。
【0129】
充電によって析出したリチウムには、電池反応に再度寄与することができる可逆的な成分と、電池反応に寄与することがない不可逆的な成分とが含まれている。不可逆的な成分については、実施例3で説明したように、ずれ容量ΔQ(Li析出)に基づいて特定することができる。
【0130】
一方、可逆的な成分については、リチウムイオン二次電池を放置したり、リチウムイオン二次電池を所定のレートで放電したりすることにより、再び電池反応に寄与させることができる。析出したリチウム(可逆的な成分)が、電池反応に寄与する状態に戻っているときには、安定した開放電圧(実測値)OCVを取得するのが困難なため、開放電圧(推定値)OCVを推定したとしても、電圧誤差ΔVが許容範囲を超えてしまう。すなわち、析出したリチウムが電池反応に寄与する状態に戻っているときには、リチウムの析出量を精度良く推定することはできない。
【0131】
そこで、本実施例では、リチウムが電池反応に寄与する状態に戻っているか否かの判断を行うようにしている。具体的には、実施例3(図12)で説明したフローチャートのうち、ステップS204の処理において、電圧誤差ΔVが許容範囲内に収まっているか否かを判別すればよい。許容範囲は、リチウムが電池反応に寄与する状態に既に戻っていることを推定できる値であればよく、実験等によって予め設定することができる。
【0132】
電圧誤差ΔVが許容範囲を超えていれば、リチウムが電池反応に寄与する状態に戻っている途中であると判断することができる。この場合には、ステップS205以降の処理は行わないようにし、電圧誤差ΔVが許容範囲内に収まるまで、開放電圧曲線(推定値)の算出と、電圧誤差ΔVの算出を繰り返して行えばよい。電圧誤差ΔVが許容範囲内に収まっていれば、リチウムが電池反応に寄与する状態に戻ったと判断することができる。この場合には、図12で説明したステップS205以降の処理を行えばよい。
【符号の説明】
【0133】
10:リチウムイオン二次電池 21,22:スイッチ
30:負荷 40:電源
51:電圧センサ 52:電流センサ
53:温度センサ 60:コントローラ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
リチウムイオン二次電池の劣化状態を判定する劣化判定装置であって、
リチウムイオン二次電池の容量の変化に対する開放電圧の変化を示す開放電圧特性を測定する測定部と、
前記開放電圧特性を特定するためのパラメータを設定可能であり、前記測定部によって測定された前記開放電圧特性と略一致する前記開放電圧特性を特定する前記パラメータを用いて、摩耗およびリチウム析出による劣化状態を判定する判定部と、を有し、
前記パラメータは、下記式(I)及び(II)で示され、前記摩耗による劣化に応じて変化する単極の容量維持率と、下記式(III)で示され、前記摩耗および前記リチウム析出による劣化に応じて変化する電池容量の変動量とを含む、
正極の容量維持率=劣化状態の正極の容量/初期状態の正極の容量 ・・・(I)
負極の容量維持率=劣化状態の負極の容量/初期状態の負極の容量 ・・・(II)
電池容量の変動量=劣化状態の負極の容量×正極組成軸に対する負極組成軸のずれ量
・・・(III)
ことを特徴とする劣化判定装置。
【請求項2】
前記電池容量の変動量は、前記摩耗による劣化に対応した第1変動量と、前記リチウム析出による劣化に対応した第2変動量とを含み、
前記判定部は、前記第2変動量を用いて、前記リチウムの析出状態を判定することを特徴とする請求項1に記載の劣化判定装置。
【請求項3】
前記判定部は、前記リチウムの析出状態に応じて、リチウムイオン二次電池の充電を制限又は禁止することを特徴とする請求項2に記載の劣化判定装置。
【請求項4】
前記判定部は、前記第1変動量と、前記正極および前記負極における前記容量維持率との対応関係を示すマップを用いて、前記第1変動量を特定することを特徴とする請求項2に記載の劣化判定装置。
【請求項5】
前記判定部は、前記測定部によって測定された前記開放電圧特性に対して電圧誤差および容量誤差が最小となる前記開放電圧特性を、前記パラメータを変化させながら特定することを特徴とする請求項1から4のいずれか1つに記載の劣化判定装置。
【請求項6】
前記判定部は、前記電圧誤差が許容範囲を超えているときには、析出したリチウムが電池反応に寄与する状態に戻っている途中であると判断することを特徴とする請求項5に記載の劣化判定装置。
【請求項7】
前記判定部は、前記電圧誤差が許容範囲内であるときに、前記劣化状態の判定を行うことを特徴とする請求項6に記載の劣化判定装置。
【請求項8】
リチウムイオン二次電池の劣化状態を判定する劣化判定方法であって、
リチウムイオン二次電池の容量の変化に対する開放電圧の変化を示す開放電圧特性を測定する測定ステップと、
前記開放電圧特性を特定するためのパラメータを設定可能であり、前記測定ステップで測定された前記開放電圧特性と略一致する前記開放電圧特性を特定する前記パラメータを用いて、摩耗およびリチウム析出による劣化状態を判定する判定ステップと、を有し、
前記パラメータは、下記式(IV)及び(V)で示され、前記摩耗による劣化に応じて変化する単極の容量維持率と、下記式(VI)で示され、前記摩耗および前記リチウム析出による劣化に応じて変化する電池容量の変動量とを含む、
正極の容量維持率=劣化状態の正極の容量/初期状態の正極の容量 ・・・(IV)
負極の容量維持率=劣化状態の負極の容量/初期状態の負極の容量 ・・・(V)
電池容量の変動量=劣化状態の負極の容量×正極組成軸に対する負極組成軸のずれ量
・・・(VI)
ことを特徴とする劣化判定方法。
【請求項9】
前記電池容量の変動量は、前記摩耗による劣化に対応した第1変動量と、前記リチウム析出による劣化に対応した第2変動量とを含み、
前記判定ステップにおいて、前記第2変動量を用いて、前記リチウムの析出状態を判定することを特徴とする請求項8に記載の劣化判定方法。
【請求項10】
前記判定ステップにおいて、前記第1変動量と、前記正極および前記負極における前記容量維持率との対応関係を示すマップを用いて、前記第1変動量を特定することを特徴とする請求項9に記載の劣化判定方法。
【請求項11】
前記判定ステップにおいて、前記測定ステップで測定された前記開放電圧特性に対して電圧誤差および容量誤差が最小となる前記開放電圧特性を、前記パラメータを変化させながら特定することを特徴とする請求項8から10のいずれか1つに記載の劣化判定方法。
【請求項12】
前記判定ステップにおいて、前記電圧誤差が許容範囲を超えているときには、析出したリチウムが電池反応に寄与する状態に戻っている途中であると判断することを特徴とする請求項11に記載の劣化判定方法。
【請求項13】
前記判定ステップにおいて、前記電圧誤差が許容範囲内であるときに、前記劣化状態の判定を行うことを特徴とする請求項12に記載の劣化判定方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【公開番号】特開2011−220917(P2011−220917A)
【公開日】平成23年11月4日(2011.11.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−92020(P2010−92020)
【出願日】平成22年4月13日(2010.4.13)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【出願人】(000003609)株式会社豊田中央研究所 (4,200)
【Fターム(参考)】