説明

堆肥を用いたきのこ人工栽培方法

【課題】 家畜糞堆肥、特に発生量が多くかつ利用性の低い牛糞堆肥をきのこの栽培用培養基として、きのこ人工栽培に用いる方法を提供することである。
【解決手段】 家畜糞堆肥、特に牛糞堆肥をきのこ人工栽培用の培養基として用いたところ、子実体の生産量が著しく増加し、きのこ人工栽培の生産効率が向上することを見出した。特に、堆肥を5〜60重量%含有することにより、シイタケ、ブナシメジ、ナメコ、ヒラタケ、タモギタケ等を効率よく栽培することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、堆肥を用いたシイタケ、ヒラタケ、ブナシメジ、タモギタケ、ナメコ、エリンギ、マイタケ、エノキタケ等で代表される鋸屑等の菌床培地で子実体形成が可能であるきのこの栽培用培養基ならびにこれらの栽培方法に関する。
【背景技術】
【0002】
きのこの人工栽培は、これまで豊富な森林資源を背景に、原木を使用する原木栽培を中心に行われてきたが、環境問題等により森林伐採の制限が行われるなど木材事情は大きく変化しており、近年、鋸屑を使用する菌床栽培へ急速に移行している。この結果、各地で鋸屑の供給不足が生じており、またこのような状況では鋸屑の品質低下が懸念される中で、量、質ともに安定的に供給可能な培地基材が求められている。
【0003】
ここ数年間の国内の食用きのこ生産は、年間総生産額2千数百億円前後で推移し、頭打ち状態となっている。加えて、中国産シイタケを代表に安価な外国産きのこの輸入量が年々増加しているなど、きのこ生産事業を取り巻く環境は大変厳しく、生産コストの削減、ならびに生産効率の改善が求められている。
【0004】
一般的に、菌床栽培は鋸屑等の培地基材ならびに米糠等の栄養添加剤を添加して得られる培養基に子実体を形成させるものである。この子実体の生産量や品質を向上させるための方法としては、種菌の育種、栄養添加剤の開発ならびに栽培施設の整備などの環境改善が行われている。中でも栄養添加剤の使用は、より高い生産量と安定した品質が得られる有効な方法であり、米ヌカ、フスマ、コーンブラン、ビール粕などをはじめ、アミノ酸、ビタミン、無機塩類などさまざまなものが用いられている。しかし、栄養添加剤自体は高価なものなので、いかにその使用量を抑え、かつ高収量、高品質を確保するかが経営の大きな課題となっており、このような効果をもち、より安価に培養基を製造する技術が求められている。
【0005】
一方、家畜排泄物の年間発生量は約9千万トンともいわれ、年々増加する傾向にある中で、2004年11月に完全施行された「家畜排泄物の管理の適正化及び利用の促進に関する法律」によりこれらの「野積み」「素堀り」が禁止されるなど、家畜生産事業者に対してこれまでにない厳しい管理と適切な処理が義務付けられている。
【0006】
このような状況ではあるが、家畜排泄物の処理および活用において未だ画期的な方法はなく大変厄介な問題となっている。現在、一般的にはこれらを堆肥化し肥料等に用いているが、堆肥化には時間と手間がかかり、かつ家畜排泄物の発生量が余りにも大きくあらゆる方法でも処理が追いつかない現状がある。中でも、家畜排泄物のうち約60%が、酪農の盛んな北海道に至っては約90%が牛からの排泄物であるが、酪農を営む生産者の多くは、これらの排泄物を堆肥化に至らない未完熟な状態で農耕地に撒くことで処理せざるを得ない状況にあり、これでは肥料としての価値がほとんどないだけでなく、環境衛生的にも課題が残る。
【0007】
仮に堆肥化した場合であっても、牛糞堆肥の構成成分は必ずしも肥料として有効ではなく、例えば肥料の3大要素の一つである窒素についてその含有量は低く利用価値が低いこと、また過剰にカリウムが含まれる傾向にあり、多く場合牧草地の肥料として用いられることから、逆に牧草等の品質低下を引き起こすことが問題となっている。このような状況から、家畜排泄物、特に発生量が多くかつ利用性が低い牛糞について、新たな処理方法や用途開発が求められている。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、家畜糞堆肥、特に発生量が多くかつ利用性の低い牛糞堆肥を、きのこの栽培用培養基として、生産コスト削減、生産性向上ならびに家畜排泄物の有効利用を目的にきのこ人工栽培に用いる方法を提供する社会的にも有意義なものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決するため、家畜糞堆肥、特に牛糞堆肥をきのこ人工栽培用の培養基として用いたところ、子実体の生産量が著しく増加し、きのこ人工栽培の生産効率が向上することを見出し、本発明を完成した。すなわち、本発明は、以下の(1)〜(2)に関する。
(1)堆肥を含有する培養基を用いることを特徴とするきのこの栽培方法。
(2)堆肥を5〜60重量%含有する培養基を用いることを特徴とするきのこの栽培方法。
【0010】
本発明で用いる培養基中の堆肥の量は、少なくともシイタケでは培養基の約20%まで、ブナシメジでは約30%まで、ナメコでは約20%、ヒラタケおよびタモギタケに至っては約60%まで含有するができる。
【0011】
堆肥の種類については、家畜糞由来の堆肥であれば特に限定はないが、家畜排泄物のうち最も発生量が多くかつ利用性の低い牛糞の堆肥を用いることが望ましい。また、きのこの栄養要求性に応じて、適宜、堆肥の種類を選定することができる。例えばシイタケなど比較的窒素要求量が低いきのこの場合は窒素含有量の低い牛糞堆肥を用いると効果的であり、ヒラタケなど比較的窒素要求量が高いものの場合は鶏糞堆肥や豚糞堆肥を用い、またはこれらと牛糞堆肥とを混合し用いるのもよい。
【0012】
家畜糞堆肥の品質については、特に限定はないが、衛生上の観点から、コマツナ等による幼植物試験ならびに発芽率試験で生育、生産量ならびに発生率において良好な結果が得られるように、十分に完熟した堆肥を用いることが好ましい。
【0013】
人工栽培するきのこの種類については、鋸屑等の菌床培地で子実体形成が可能なきのこであればよく、特に限定はしないが、シイタケ、ヒラタケ、ブナシメジ、タモギタケ、ナメコ、エリンギ、マイタケ、エノキタケ等がよい。
【0014】
培地基材についても、特に限定はないが、好ましくはシイタケおよびマイタケの場合、ブナ、コナラ、ミズナラ、ダケカンバ、シラカバなどの広葉樹がよく、ナメコの場合、ブナ、ダケカンバ、シラカバなどの広葉樹がよく、ブナシメジの場合、ブナ、スギがよく、ヒラタケの場合、スギ、マツ類などの針葉樹や広葉樹またはこれらの混合物でもよく、エノキタケの場合、スギやマツ類などの針葉樹または広葉樹、あるいはこれらの混合物でもよく、タモギタケの場合、針葉樹、広葉樹いずれもよい。
【0015】
さらにこれら堆肥および培養基材の他に栄養添加剤を使用することができる。栄養添加剤については、特に限定はないが、米ヌカ、フスマ、コーンブラン、コーンコブ、乾燥オカラ等は比較的で入手しやすく、また炭酸カルシウム、消石灰などの無機塩類、ビール粕、酵母、貝化石、アミノ酸、ビタミン等は比較的少量の使用で高い増収効果が期待できるので、好適である。その他、高い生産量ならびに品質向上を目的としたエムパワー(メルシャン株式会社)などきのこ栽培専用の増収剤が市販されている。
【実施例】
【0016】
以下、具体例を挙げて、さらに本発明を説明する。
【0017】
実施例1 シイタケの栽培
培地基材としてダケカンバの鋸屑およびフスマを用いた。家畜糞堆肥としては、牛糞を切り返しにより自然発酵させ、コマツナによる幼植物試験で良好な生育が、また発芽試験で発芽率100%が得られた完熟牛糞堆肥を用いた。培地調整は鋸屑、フスマからなる培養基ならびに水道水を乾物重量比でそれぞれ28%、8%および64%の割合で調整したものを対照区とし、堆肥を培養基の代替として表1の割合で置換して培地調整し試験区とした。
【0018】
これらの培地を培養袋に充填し、高圧殺菌、種菌接種を行った後、温度22℃、相対湿度70%、暗黒の環境下で培養し、次いで温度16℃、相対湿度90%、照明の環境下で発生および生育を行った。1次発生終了後、菌床を浸水処理し2次発生を促し、以後同様に5次発生まで行った。
【0019】
子実体の採取は、内被膜が切れかかった時点で行い、菌傘の大きさによってLL(直径8cm以上)、L(同6〜8cm)、M(同4.5〜6cm)、S(同3〜4.5cm)、LS(同3cm未満、菌傘の極端な波打ち、凹凸、形成不良等)に分別した。結果を表2および3に示す。
【0020】
この結果、少なくとも19.4%までの置換で、生産量が著しく向上し最大1.5倍の収量が得られ、また菌傘のサイズが大型化し商品価値の高いMサイズ以上の割合が高まった。このことから、きのこ人工栽培事業のうち最も盛んに行われているシイタケにおいて堆肥は培養基の代替として十分効果的であり、このうち低い置換率での代替は規格サイズのさらなる向上が、また高い置換率での代替は生産量の増加がより期待できると言える。
【0021】
【表1】

【0022】
【表2】

【0023】
【表3】

【0024】
実施例2 ヒラタケ、ブナシメジ、タモギタケの栽培
培養基としてブナの鋸屑およびフスマを用いてヒラタケとタモギタケの栽培を、またブナシメジの栽培ではブナの鋸屑および米ヌカを用いて行った。なお、家畜糞堆肥として実施例1と同じ牛糞堆肥を用いた。培地調整は、鋸屑および栄養添加剤(フスマまたは米ヌカ)からなる培養基と水道水を乾物重量比でそれぞれ21.6%、16.2%および62.2%の割合で調整したものを対照区とし、堆肥を培養基の代替として表4の割合で置換して培地調整し試験区とした。
【0025】
これらの培地を培養ビンに充填し、高圧殺菌、種菌接種を行った後、温度22℃、相対湿度70%、暗黒の環境下で培養した。またヒラタケの場合は温度12℃、ブナシメジおよびタモギタケの場合は温度16℃とし、共通に相対湿度90%、照明の環境下で発生および生育を行った。子実体の採取は菌傘が平均8分開きになって時点で行い、結果を表5に示した。
【0026】
この結果、ブナシメジでは28.6%まで、ヒラタケおよびタモギタケに至っては57.1%までの置換でも十分な子実体収量が得られた。今回対照区に用いた栄養添加剤は品質がよく比較的高価なものを使用したが、実際の生産現場では、経済性を考慮して栄養添加剤の使用量を抑え、または品質よりもコストを重視してより安価なものを使用する場面が多く、通常1ビンから得られる収量はヒラタケまたはブナシメジの場合90〜120g程度、またタモギタケでは60〜80g程度である。これらの現状を踏まえ、また堆肥置換で期待される生産コスト低減を考慮すると、ブナシメジでは約30%まで、またヒラタケおよびタモギタケでは約60%まで培養基に対する置換が可能である。
【0027】
【表4】

【0028】
【表5】

【0029】
実施例3 ナメコの栽培
培養基としてダケカンバの鋸屑およびフスマ、家畜糞堆肥として実施例1と同じ牛糞堆肥を用いた。培地調整は鋸屑、フスマおよび水道水を乾物重量比でそれぞれ25%、10%および65%の割合で調整したものを対照区とし、堆肥を培養基の代替として表6の割合で置換して培地調整し試験区とした。
これらの培地を培養ビンに充填し、高圧殺菌、種菌接種を行った後、温度22℃、相対湿度70%、暗黒の環境下で培養し、温度12℃、相対湿度90%、照明の環境下で発生させ、3次発生まで生育を行った。子実体の採取は菌傘が平均8分開きになって時点で行い、結果を表7に示した。この結果、約20%までの置換で対照区と同等の収量が得られたことから、ナメコの場合も堆肥を培養基の一部として用いることが十分可能であることがわかった。
【0030】
【表6】

【0031】
【表7】

【0032】
以上の結果より、きのこ人工栽培において家畜糞堆肥を培養基の代替として用いることにより、きのこの発生量が増加しかつ品質が向上することが示された。このことは、単にきのこ生産事業に経済的効果をもたらすだけでなく、鋸屑供給の安定化を齎し、さらには大量に発生する家畜排泄物を効果的に活用する方法を見出すことでこれらの処理ならびに活用問題の解決に大きく貢献する発明といえる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
堆肥を含有する培養基を用いることを特徴とするきのこの栽培方法。
【請求項2】
堆肥を5〜60重量%含有する培養基を用いることを特徴とするきのこの栽培方法。

【公開番号】特開2006−211980(P2006−211980A)
【公開日】平成18年8月17日(2006.8.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−29516(P2005−29516)
【出願日】平成17年2月4日(2005.2.4)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 2004年8月11日 日本きのこ学会会長 寺下隆夫発行の「日本きのこ学会第8回大会講演要旨集(奈良大会)」に発表
【出願人】(000001915)メルシャン株式会社 (48)
【出願人】(591190955)北海道 (121)
【Fターム(参考)】