説明

抗酸化ストレス酵素発現誘導剤

【課題】L−カルボシステインの新規な用途を提供すること。
【解決手段】L−カルボシステイン又はその薬学的に許容される塩を有効成分とする抗酸化ストレス酵素発現誘導剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、抗酸化ストレス酵素発現誘導剤及びNrf2活性化剤に関する。
【背景技術】
【0002】
L−カルボシステインは、上気道炎(咽頭炎、喉頭炎)、急性気管支炎、気管支喘息、慢性気管支炎、気管支拡張症、肺結核等の疾患における去痰作用、慢性副鼻腔炎等の疾患における排膿作用を有しており、安全性の高い去痰剤として広く臨床で用いられている。
【0003】
さらに、L−カルボシステインを有効成分とするインフルエンザウイルス感染症の治療及び予防薬(特許文献1)、ライノウイルス感染症の治療及び予防薬(特許文献2)が知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2005−281227号公報
【特許文献2】特開2005−281229号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、L−カルボシステインの新規な用途を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、L−カルボシステインが転写因子Nrf2(NF−E2 related factor 2)の核内移行を促進する作用を有し、この作用を介して抗酸化ストレス酵素を発現させる作用を有する、との全く新規な知見を得た。本発明はこの新規な知見に基づくものである。
【0007】
すなわち、本発明は、L−カルボシステイン又はその薬学的に許容される塩を有効成分とする抗酸化ストレス酵素発現誘導剤を提供する。
【0008】
通常は均衡している生体内の酸化還元状態が酸化方向に過剰に傾いた状態、又は親電子性物質が過剰な状態になると、様々な疾患が引き起こされる。上記抗酸化ストレス酵素発現誘導剤によれば、L−カルボシステイン又はその薬学的に許容される塩を有効成分としているため、抗酸化ストレス酵素を発現させることができる。そして、この作用を通じて酸化方向に過剰に傾いた状態等を予防、又はこれらの状態から回復することができる。
【0009】
なお、本明細書において、「抗酸化ストレス酵素」とは、転写因子Nrf2により転写レベルでの発現調節を受ける遺伝子にコードされた酵素を意味する。
【0010】
本発明はまた、L−カルボシステイン又はその薬学的に許容される塩を有効成分とする抗酸化ストレス酵素発現促進剤を提供する。
【0011】
本発明は更に、L−カルボシステイン又はその薬学的に許容される塩を有効成分とするNrf2活性化剤、及びL−カルボシステイン又はその薬学的に許容される塩を有効成分とするNrf2核内移行促進剤を提供する。
【発明の効果】
【0012】
L−カルボシステイン又はその薬学的に許容される塩の作用として、喀痰の物性を改善し排出を速やかにする作用、線毛の修復を促進し輸送能を改善する作用、細菌感染のファーストステップである細菌の咽頭上皮細胞への付着を抑制する作用等が知られている。しかしながら、L−カルボシステイン又はその薬学的に許容される塩が、転写因子Nrf2の核内移行を促進する作用、これを介した抗酸化ストレス酵素の発現に対する作用を有することについては、これまで全く知られていない。
【0013】
本発明によれば、上記転写因子Nrf2の核内移行を促進する作用、これを介した抗酸化ストレス酵素の発現に対する作用に基づく、L−カルボシステイン又はその薬学的に許容される塩の新規な用途(抗酸化ストレス酵素発現誘導剤、抗酸化ストレス酵素発現促進剤、Nrf2活性化剤、Nrf2核内移行促進剤)を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】実施例1のウエスタンブロット解析の結果を示す図である。
【図2】実施例2の遺伝子発現量解析の結果を示すグラフである。
【図3】実施例3の遺伝子発現量解析の結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明を実施するための形態についてより詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0016】
本発明の抗酸化ストレス酵素発現誘導剤は、下記化学式(1)で表されるL−カルボシステイン又はその薬学的に許容される塩を有効成分とする。
【化1】

【0017】
上記抗酸化ストレス酵素発現誘導剤は、L−カルボシステイン又はその薬学的に許容される塩を有効成分としているため、抗酸化ストレス酵素の発現を誘導することができる。ここで、「発現誘導」とは、発現していない抗酸化ストレス酵素を発現させること、及び発現している抗酸化ストレス酵素の発現レベルを増加させることを含む。
【0018】
L−カルボシステインは、S−(カルボキシメチル)−L−システイン(S−(carboxymethyl)−L−cysteine)との化学名でも呼ばれる化合物である。なお、本明細書において、L−カルボシステインを「S−CMC」ともいう。
【0019】
L−カルボシステインの薬学的に許容される塩は、L−カルボシステインと薬学的に許容される塩基(例えば、無機又は有機塩基)又は酸(例えば、無機又は有機酸)との塩を意味する。
【0020】
薬学的に許容される無機塩基との塩としては、例えば、アルミニウム、アンモニウム、カルシウム、銅、第一鉄、第二鉄、リチウム、マグネシウム、マンガン、亜マンガン酸、カリウム、ナトリウム等の無機塩基との塩が挙げられる。
【0021】
薬学的に許容される有機塩基との塩としては、例えば、アルギニン、ベタイン、カフェイン、コリン、N,N’−ジベンジルエチレンジアミン、ジエチルアミン、2−ジエチルアミノエタノール、2−ジメチルアミノエタノール、エタノールアミン、エチレンジアミン、N−エチルモルホリン、N−エチルピペリジン、グルカミン、グルコサミン、ヒスチジン、ヒドラバミン、イソプロピルアミン、リジン、メチルグルカミン、モルホリン、ピペラジン、ピペリジン、ポリアミン樹脂、プロカイン、プリン、テオブロミン、トリエチルアミン、トリメチルアミン、トリプロピルアミン、トロメタミン等の有機塩基との塩が挙げられる。
【0022】
薬学的に許容される無機酸との塩としては、例えば、塩酸、臭化水素酸、硫酸、硝酸等の無機酸との塩が挙げられる。
【0023】
薬学的に許容される有機酸との塩としては、例えば、酢酸、マレイン酸、フマル酸、コハク酸、乳酸、リンゴ酸、酒石酸、クエン酸、メタンスルホン酸、p−トルエンスルホン酸、サリチル酸、ステアリン酸、パルミチン酸等の有機酸との塩が挙げられる。
【0024】
実施例において詳細に説明するように、L−カルボシステインは転写因子Nrf2の核内への移行を促進し、これを介して抗酸化ストレス酵素の発現を誘導する作用を有する。転写因子Nrf2は、通常細胞質においてKeap1と呼ばれる因子と結合しており、核内への移行が阻害されていることが知られている。細胞が酸化ストレス若しくは親電子性物質にさらされたとき、又は転写因子Nrf2のリン酸化により、転写因子Nrf2がKeap1と解離し、核内へと移行することが知られている。また、核内へと移行した転写因子Nrf2は、抗酸化剤応答配列ARE(antioxidant response element)又は親電子性物質応答配列EpRE(electrophile responsive element)に結合し、これらの配列により発現調節を受ける遺伝子の発現を誘導することが知られている(例えば、生化学 第81巻 第6号,pp.447〜455,2009年)。
【0025】
したがって、本明細書において、「抗酸化ストレス酵素」とは、転写因子Nrf2により転写レベルでの発現調節を受ける遺伝子にコードされた酵素を意味し、好ましくは抗酸化剤応答配列ARE(antioxidant response element)又は親電子性物質応答配列EpRE(electrophile responsive element)を介した転写レベルでの発現調節を受ける遺伝子にコードされた酵素である。
【0026】
抗酸化ストレス酵素としては、ストレスに対する恒常性維持のために機能する酵素が挙げられ、その具体例としては、例えば、ヘムオキシゲナーゼ1(HO−1)、グルタチオン合成酵素、チオレドキシンレダクターゼ、チオレドキシン、ペルオキシレドキシン1、グルタチオンパーオキシダーゼ、グルタミン酸システインリガーゼ等の抗酸化酵素、グルタチオン−S−転移酵素(GST)、キノンオキシドレダクターゼ(NQO1)、エポキシドヒドラーゼ、アルドケトレダクターゼ等の解毒酵素(異物代謝系第2相解毒酵素)、シスチントランスポーター、多剤耐性関連タンパク質1(Multi−drug resistance associated protein 1)、多剤耐性関連タンパク質2(Multi−drug resistance associated protein 2)等の薬物トランスポーター、20Sプロテアソーム サブユニットβ5(20S proteasome subuinit β5)等のユビキチンプロテオソームが挙げられる。
【0027】
上記抗酸化ストレス酵素発現誘導剤は、他の有効成分として抗酸化物質を更に含むことができる。抗酸化物質としては、薬学的に許容されるものであれば特に制限なく任意のものを用いることができる。抗酸化剤としては、例えば、アスコルビン酸、α−トコフェロール、トコトリエノール、ポリフェノール(フラボノイド、レスベラトロール等)、カロテノイド、N−アセチル−L−システインが挙げられる。
【0028】
上記抗酸化ストレス酵素発現誘導剤は、薬学的に許容される添加剤を更に含んでいてもよい。添加剤としては、例えば、賦形剤、滑沢剤、結合剤、崩壊剤、安定剤、矯味矯臭剤、希釈剤が挙げられる。これらの添加剤としては、医薬品製剤の製造に使用可能なものであれば特に限定はなく、例えば、医薬品添加物事典[日本医薬品添加剤協会、薬事日報社(2007年)]に記載されているものを適宜使用できる。
【0029】
賦形剤は、有機系賦形剤又は無機系賦形剤のいずれであってもよい。有機系賦形剤としては、例えば、乳糖、白糖、葡萄糖、マンニトール、ソルビトール等の糖誘導体;トウモロコシデンプン、バレイショデンプン、α澱粉、デキストリン等のデンプン誘導体;結晶セルロース等のセルロース誘導体;アラビアゴム;デキストラン;プルランが挙げられる。無機系賦形剤としては、例えば、軽質無機ケイ酸、合成ケイ酸アルミニウム、ケイ酸カルシウム、メタケイ酸アルミン酸マグネシウム等のケイ酸塩誘導体;リン酸水素カルシウム等のリン酸塩;炭酸カルシウム等の炭酸塩;硫酸カルシウム等の硫酸塩が挙げられる。
【0030】
滑沢剤としては、例えば、ステアリン酸、ステアリン酸カルシウム、ステアリン酸マグネシウム等のステアリン酸金属塩;タルク;コロイドシリカ;ビーガム等のワックス類;アジピン酸;硫酸ナトリウム等の硫酸塩;グリコール;フマル酸;安息香酸ナトリウム;DL−ロイシン;脂肪酸ナトリウム;ラウリル硫酸ナトリウム、ラウリル硫酸マグネシウム等のラウリル硫酸塩;無水ケイ酸、ケイ酸水和物等のケイ酸類が挙げられる。
【0031】
結合剤としては、例えば、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシメチルプロピルセルロース、ポリビニルピロリドン、マクロゴールが挙げられる。
【0032】
崩壊剤としては、例えば、低置換度ヒドロキシプロピルセルロース、カルボキシメチルセルロース、カルボキシメチルセルロースカルシウム、内部架橋カルボキシメチルセルロースナトリウム等のセルロース誘導体;カルボキシメチルスターチ、カルボキシメチルスターチナトリウム、架橋ポリビニルピロリドン等の化学修飾されたデンプン・セルロース類が挙げられる。
【0033】
安定剤としては、例えば、メチルパラベン、プロピルパラベン等のパラヒドロキシ安息香酸エステル類;クロロブタノール、ベンジルアルコール、フェネチルアルコール等のアルコール類;塩化ベンザルコニウム;フェノール、クレゾール等のクレゾール類;チメロサール;デヒドロ酢酸;ソルビン酸が挙げられる。
【0034】
矯味矯臭剤としては、例えば、甘味料、酸味料、香料が挙げられる。
【0035】
希釈剤としては、例えば、注射用蒸留水、生理食塩水、ブドウ糖注射液が挙げられる。
【0036】
上記抗酸化ストレス酵素発現誘導剤は、L−カルボシステイン又はその薬学的に許容される塩を、単独で、又は必要に応じて上記抗酸化剤及び上記添加剤からなる群より選択される1種以上と混和することにより調製できる。
【0037】
上記抗酸化ストレス酵素発現誘導剤は、従来薬学的によく知られた形態及び投与経路を適用してヒトに投与することができ、例えば、散剤、錠剤、カプセル剤、細粒剤、顆粒剤、シロップ剤等の製剤として経口的に、又は軟膏剤、クリーム剤、ローション剤、ゲル剤、貼付剤等の製剤として非経口的に投与することができる。
【0038】
上記抗酸化ストレス酵素発現誘導剤の投与は、例えば、年齢、体重、症状等によっても異なるが、経口投与では、1回500〜5000mg、より好ましくは1回1000〜3000mgを1日3回投与することが望ましい。
【0039】
上記抗酸化ストレス酵素発現誘導剤は、酸化ストレスを原因として発症する疾病の予防又は治療に対して有効である。このような疾病の例としては、例えば、冠動脈心疾患、心筋梗塞、ハンチントン病、肝線維症、肺線維症、癌、白内障が挙げられる。
【0040】
実施例において詳細に説明するように、L−カルボシステインは、細胞が酸化ストレス下にあるときの方が、非酸化ストレス下にあるときに比べて、抗酸化ストレス酵素の発現をより強く誘導する作用を有する。すなわち、酸化ストレスにより誘導される抗酸化ストレス酵素の発現を更に促進する作用を有する。したがって、L−カルボシステイン又はその薬学的に許容される塩は、抗酸化ストレス酵素発現促進剤として使用することもできる。
【0041】
本発明の抗酸化ストレス酵素発現促進剤は、L−カルボシステイン又はその薬学的に許容される塩を有効成分とする。また、上記抗酸化ストレス酵素発現促進剤に更に添加できる成分(抗酸化物質、添加剤等)、剤形、用法、用量、適用等は、上記抗酸化ストレス酵素発現誘導剤について説明したのと同じものとすることができる。
【0042】
L−カルボシステイン又はその薬学的に許容される塩は、転写因子Nrf2とKeap1との結合の解離を促進し(活性化)、これにより転写因子Nrf2の核内への移行を促進しているものと考えられる。したがって、L−カルボシステイン又はその薬学的に許容される塩は、Nrf2活性化剤として使用することができる。更に、L−カルボシステイン又はその薬学的に許容される塩は、Nrf2核内移行促進剤として使用することもできる。
【0043】
本発明のNrf2活性化剤、及びNrf2核内移行促進剤は、L−カルボシステイン又はその薬学的に許容される塩を有効成分とする。また、上記Nrf2活性化剤、及びNrf2核内移行促進剤に更に添加できる成分(抗酸化物質、添加剤等)、剤形、用法、用量、適用等は、上記抗酸化ストレス酵素発現誘導剤について説明したのと同じものとすることができる。
【実施例】
【0044】
以下、本発明を実施例に基づいて更に詳細に説明する。
【0045】
[実施例1:Nrf2の核内移行促進作用]
L−カルボシステインの投与による核内Nrf2タンパク質量の変化を解析した例を示す。なお、以下の実施例には、C57BL/6マウス(雄)(「Nrf2+/+」とも表記する。)から採取した肺胞マクロファージと、転写因子Nrf2をノックアウトしたマウス(「Nrf2−/−」とも表記する。)から採取した肺胞マクロファージを用いた。
【0046】
〔肺胞マクロファージの採取〕
マウスを炭酸ガス処理により安楽死させ、マウスの気管にカニューレを挿入し、生理食塩液1mLで気管支肺胞洗浄液を回収した。これを5回繰り返し、プールした気管支肺胞洗浄液を遠心分離(200×g、5分、4℃)し、回収した細胞を沈殿させた。上清を除き、RPMI1640培地(10%FBS)で再懸濁後、10cmディッシュに細胞を播種した。
【0047】
〔L−カルボシステイン水溶液の調製〕
35.84mgのL−カルボシステイン(日本理化学薬品、Lot.:41AL206)に、1mol/L水酸化ナトリウム水溶液を2mL加えて完全に溶解した。RPMI1640培地(10%FBS)を加えた後、1mol/L塩酸を加えてpH7.2〜7.4となるように調整して最終容量を20mLとした(10mmol/L水溶液)。10mmol/L水溶液からRPMI1640培地(10%FBS)で段階希釈を行い、それぞれ0.3、1、3mmol/L水溶液を調製した。L−カルボシステイン水溶液は用事調製とした。
【0048】
〔L−カルボシステイン水溶液による処置、及び核内タンパク質抽出〕
上記〔肺胞マクロファージの採取〕で得た細胞を、インキュベーター内(5%CO、37℃)で一晩静置し、RPMI1640培地(10%FBS)で洗浄した。その後、L−カルボシステイン溶液(0.3、1、3、10mM)を添加した。L−カルボシステイン処置から6又は24時間後に冷リン酸緩衝生理食塩水(PBS(−))で細胞を洗浄し、nuclear extraction kit(Panomics,Redwood City,CA)を用いて、取扱説明書に従い細胞核内タンパク質を抽出した。タンパク質濃度はDc Protein Assay Kit(Bio−Rad Laboratories,Hercules,CA)を用いて測定した。
【0049】
〔ウエスタンブロット解析〕
10〜20gのタンパク質を、5〜20%のグラジエントゲルを用いたドデシル硫酸ナトリウム(SDS)−ポリアクリルアミドゲル電気泳動により分離し、その後、ポリビニリデンジフロライド(PVDF)メンブレンにタンパク質を転写(トランスファー)した。得られたメンブレンを3%スキムミルク懸濁液中で1時間振盪し、トリス緩衝生理食塩水(TBS)(0.1% Tween20含む)(TBS−T)で洗浄した(5分間×3回)。1次抗体としてanti−Nrf2 rabbit polyclonal antibody(Santa Cruz Biotechnology,Santa Cruz,CA)を用いて上記メンブレンを4℃で一晩振盪した。TBS−Tで洗浄後(リンス×3回、2分間×2回、15分間×1回、5分間×1回)、2次抗体液(Peroxidase−conjugated AffiniPure Goat Anti−Mouse IgG(H+L)(Jackson ImmunoResearch Laboratories,West Grove,PA))で1時間振盪した。再びTBS−Tにて洗浄し(リンス×3回、2分間×2回、15分間×1回、5分間×1回)、化学発光(ECL、GE Healthcare,Buckinghamshire,England)によりX線フィルムにバンドを検出した。また、内部標準としてLamin Bを採用し、同一メンブレンでリプローブした。
【0050】
ウエスタンブロット解析の結果を図1に示す。L−カルボシステイン(S−CMC)の添加により、核内Nrf2のタンパク質量が用量依存的に増加していた(図1「Nrf2+/+」の結果参照)。なお、Nrf2ノックアウトマウスでは、タンパク質は検出されていない(図1「Nrf2−/−」の結果参照)。ウエスタンブロット解析の結果から、L−カルボシステインはNrf2を活性化し、Nrf2の核内移行を促進する作用を有することが示された。
【0051】
[実施例2:抗酸化ストレス酵素の発現誘導]
L−カルボシステインの投与による抗酸化ストレス酵素(GCLC、HO−1、GCLM、NQO1)の発現量変化を解析した例を示す。なお、「GCLC」は「グルタミン酸システインリガーゼの触媒サブユニット」を、「GCLM」は「グルタミン酸システインリガーゼの修飾サブユニット」を指す。
【0052】
〔肺胞マクロファージの採取〕
実施例1と同様の方法で、肺胞マクロファージを回収した。回収した細胞をRPMI1640培地(10%FBS)で再懸濁後、24穴プレートに細胞を播種した。
【0053】
〔L−カルボシステイン水溶液の調製〕
実施例1と同様の方法で、L−カルボシステイン水溶液を調製した。
【0054】
〔L−カルボシステイン水溶液による処置、及び全RNA抽出〕
上記〔肺胞マクロファージの採取〕で得た細胞を、インキュベーター内(5%CO、37℃)で一晩静置し、RPMI1640培地(10%FBS)で洗浄後、L−カルボシステイン溶液(0.3、1、3、10mM)を添加した。L−カルボシステイン処置から24時間後に冷PBS(−)で細胞を洗浄し、RNeasy Mini Kit (QIAGEN)を用いて取扱説明書に従い全RNAを抽出した。全RNAの濃度は吸光度測定により算出した。
【0055】
〔逆転写反応、及びリアルタイムPCRによるmRNA量の解析〕
抽出した全RNAに対して、High capacity cDNA reverse transcription(Applied Biosystems,Foster City,CA)を用いて逆転写反応を行った。その後、THUNDERBIRD qPCR Mix(東洋紡績、東京)及び各種プライマーを用いてsequence detector(ABI7700,Applied Biosystems)によりリアルタイムPCRを行った。結果の解析は比較Ct法による相対定量により行った。PCR反応条件及び使用プライマー配列を下記表1及び2に示す。また、内在性コントロール遺伝子としてグルタルアルデヒド脱水素酵素(GAPDH)を採用した。
【0056】
【表1】

【0057】
【表2】

【0058】
発現量解析の結果を図2に示す。図2(A)〜(D)の各グラフには、L−カルボシステイン(S−CMC)非添加群のマウス(Nrf2+/+)における発現レベルを1としたときの相対的な発現レベル(相対発現レベル)の値を示した。いずれの抗酸化ストレス酵素(GCLC、HO−1、GCLM、NQO1)においても、L−カルボシステインの添加により、用量依存的に発現レベルが増加していた(図2(A)〜(D)「Nrf2+/+」)。一方、Nrf2ノックアウトマウスでは、L−カルボシステインの添加の有無に関わらず、有意な発現レベルの変化は認められなかった(図2(A)〜(D)「Nrf2−/−」)。
【0059】
また、図2(A)〜(D)中、「NAC」は、L−カルボシステイン水溶液に代えて10mMのN−アセチル−L−システイン(NAC)水溶液を添加したときの結果を示す。NACの添加では、いずれの抗酸化ストレス酵素においても発現レベルの増加は認められなかった(図2(A)〜(D))。
【0060】
図1及び図2(A)〜(D)の結果から、L−カルボシステインは転写因子Nrf2の核内移行の促進作用を介して、抗酸化ストレス酵素の発現を誘導することが示された。
【0061】
また、NACは抗酸化剤として知られており、L−カルボシステインとよく似た化学構造を有する。NACには抗酸化ストレス酵素の発現誘導作用は認められなかったことから、転写因子Nrf2の核内移行の促進作用や抗酸化ストレス酵素の発現誘導作用は、L−カルボシステインに特有の極めて意外な効果である。
【0062】
[実施例3:酸化ストレス下における抗酸化ストレス酵素の発現誘導]
タバコ煙抽出液(CSE)による酸化ストレス下において、L−カルボシステインの投与による抗酸化ストレス酵素(HO−1、GCLM)の発現量変化を解析した例を示す。
【0063】
〔肺胞マクロファージの採取〕
実施例1と同様の方法で、肺胞マクロファージを回収した。回収した細胞をRPMI1640培地(10%FBS)で再懸濁後、24穴プレートに細胞を播種した。
【0064】
〔L−カルボシステイン水溶液の調製〕
実施例1と同様の方法で、L−カルボシステイン水溶液を調製した。
【0065】
〔タバコ煙抽出液(CSE)の調製〕
タバコ煙(hi−lite、日本たばこ産業)を50mLシリンジで50mL/10秒の速度で吸引した後、10mLのRPMI1640培地(FBS(−))中に50mL/15秒の速度で排気することでバブリング操作を行った。このバブリング操作をタバコ1本あたり10回行った。得られたタバコ煙抽出液を水酸化ナトリウム水溶液を用いてpH7.2−7.5に調整し、フィルター滅菌(ポアサイズ:0.2μm)した。これを100%のcigarette smoke extract(CSE)とした。
【0066】
〔L−カルボシステイン水溶液による処置、及び全RNA抽出〕
実施例2と同様の方法で、L−カルボシステイン水溶液による処置、及び全RNA抽出を行った。
【0067】
〔逆転写反応、及びリアルタイムPCRによるmRNA量の解析〕
実施例2と同様の方法で、mRNA量の解析を行った。
【0068】
発現量解析の結果を図3に示す。図3(A)及び(B)は、処置なし(Cont)、L−カルボシステイン添加(S−CMC)、タバコ煙抽出物添加(CSE)、並びにタバコ煙抽出物及びL−カルボシステイン添加(CSE+S−CMC)したときの、抗酸化ストレス酵素(HO−1、GCLM)のmRNA発現量を解析した結果である。図3(C)及び(D)は、処置なし(Cont)、N−アセチル−L−システイン添加(NAC)、タバコ煙抽出物添加(CSE)、並びにタバコ煙抽出物及びN−アセチル−L−システイン添加(CSE+NAC)したときの、抗酸化ストレス酵素(HO−1、GCLM)のmRNA発現量を解析した結果である。
【0069】
図3(A)及び(B)に示すとおり、L−カルボシステインの添加により抗酸化ストレス酵素(HO−1、GCLM)の相対発現レベルが増加した(「Cont」対「S−CMC」)。酸化ストレス下にあるときも同様にL−カルボシステインの添加により抗酸化ストレス酵素の相対発現レベルが増加した(「CSE」対「CSE+S−CMC」)。また、酸化ストレス下にあるときの増加量は、酸化ストレス下にないときの増加量と比べて、極めて高いものであった。すなわち、L−カルボシステインは、酸化ストレスにより誘導される抗酸化ストレス酵素の発現を更に促進する作用を有することが示された。
【0070】
図3(C)及び(D)に示すとおり、N−アセチル−L−システインを添加しても抗酸化ストレス酵素の相対発現レベルは増加せず、むしろ減少傾向にあった(「Cont」対「NAC」)。さらに、酸化ストレス下にあるときは、N−アセチル−L−システインの添加により抗酸化ストレス酵素の相対発現レベルが著しく減少した(「CSE」対「CSE+NAC」)。
【0071】
このことからも、転写因子Nrf2の核内移行の促進作用や抗酸化ストレス酵素の発現誘導作用及び発現促進作用は、L−カルボシステインに特有の極めて意外な効果であるといえる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
L−カルボシステイン又はその薬学的に許容される塩を有効成分とする抗酸化ストレス酵素発現誘導剤。
【請求項2】
抗酸化ストレス酵素が、抗酸化酵素、解毒酵素(第2相解毒酵素)、薬物トランスポーター及びユビキチンプロテオソームからなる群より選ばれる1種又は2種以上である、請求項1に記載の抗酸化ストレス酵素発現誘導剤。
【請求項3】
抗酸化物質を更に含む、請求項1又は2に記載の抗酸化ストレス酵素発現誘導剤。
【請求項4】
L−カルボシステイン又はその薬学的に許容される塩を有効成分とする抗酸化ストレス酵素発現促進剤。
【請求項5】
抗酸化ストレス酵素が、抗酸化酵素、解毒酵素(第2相解毒酵素)、薬物トランスポーター及びユビキチンプロテオソームからなる群より選ばれる1種又は2種以上である、請求項4に記載の抗酸化ストレス酵素発現促進剤。
【請求項6】
L−カルボシステイン又はその薬学的に許容される塩を有効成分とするNrf2活性化剤。
【請求項7】
L−カルボシステイン又はその薬学的に許容される塩を有効成分とするNrf2核内移行促進剤。

【図2】
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【図3】
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【図1】
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【公開番号】特開2013−43851(P2013−43851A)
【公開日】平成25年3月4日(2013.3.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−181852(P2011−181852)
【出願日】平成23年8月23日(2011.8.23)
【出願人】(504171134)国立大学法人 筑波大学 (510)
【出願人】(000001395)杏林製薬株式会社 (120)
【Fターム(参考)】