説明

摺動部材用組成物

【課題】バインダー樹脂に固体潤滑剤を添加した摺動部材用組成物であって、摺動部材表面に適用されたとき、摩擦・摩耗特性や塗膜強度特性を改善せしめた被膜を形成し得るものを提供する。
【解決手段】バインダー樹脂100重量部、固体潤滑剤5〜100重量部および充填剤20〜40重量部を含有してなる摺動部材用組成物。充填剤としては、層状構造を有しかつその吸油量が40〜100ml/100gであるもの、好ましくは焼成カオリンまたは乾式カオリンが用いられる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、摺動部材用組成物に関する。さらに詳しくは、摺動部材表面に適用されたとき、摩擦・摩耗特性や塗膜強度特性を改善せしめた被膜を形成させる摺動部材用組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、フッ素樹脂やポリアミドイミド樹脂等のバインダー樹脂にPTFEで代表されるフッ素化ポリマー、グラファイト、二硫化モリブデン等の固体潤滑剤を配合した組成物から形成される被膜を、その表面に形成させた摺動部材が知られている。ここで、摺動部材表面に形成された被膜は、摩擦係数の低減や耐摩耗性、耐焼き付き性等に寄与しており、これらの特性を得るためには、それぞれの組成を基礎とする適当な塗膜厚範囲というものが存在する。この際、被膜の膜厚精度を上げるため、あるいはコストダウンのため、適正範囲以下の薄い被膜厚にしてしまうと、被膜の強度が低下し、脆い被膜となってしまう。
【0003】
薄膜でしかも被膜強度を保つためには、バインダーとなる樹脂の強度を上げたり、もしくは固体潤滑剤の配合比率を減らすといった手段がある。しかしながら、一般的な高強度用樹脂は価格が高く、また摩耗特性を大幅に低下させるといった欠点がみられる。また、固体潤滑剤の配合比率を減らすと、従来の被膜厚では目的とする摩擦係数の低減や耐摩耗性といった良好な摩擦・摩耗特性が得られ難くなる。このように、塗膜の強度と摩擦・摩耗特性とを両立させることは困難な状況である。
【0004】
特許文献1には、ポリアミドイミド樹脂またはポリイミド樹脂、グラファイトおよびクレーからなる摩擦調整剤を含有する摺動部材が記載されており、さらにPTFE、MoS2、PbまたはBNおよびオイルからなる潤滑剤を添加し得るとされているが、吸油量についての言及はない。また、特許文献2には、フッ素樹脂100重量部に対して用いられるバインダーが50〜400重量部であって、かつモース硬度が2.0〜5.0の耐摩耗性付与剤がフッ素樹脂に対して0.05〜12体積%含まれているコート層をピストンの外周面に設けることが記載されているが、耐摩耗性付与剤の配合量が少なく、また層状構造についての言及はみられない。
【特許文献1】特許第2,517,604号公報
【特許文献2】特開2000−249063号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の目的は、バインダー樹脂に固体潤滑剤を添加した摺動部材用組成物であって、摺動部材表面に適用されたとき、摩擦・摩耗特性や塗膜強度特性を改善せしめた被膜を形成し得るものを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
かかる本発明の目的は、バインダー樹脂100重量部、固体潤滑剤5〜100重量部および充填剤20〜40重量部を含有してなる摺動部材用組成物によって達成される。充填剤としては、層状構造を有しかつその吸油量が40〜100ml/100gであるもの、好ましくは焼成カオリンまたは乾式カオリンが用いられる。
【発明の効果】
【0007】
本発明に係る摺動部材用組成物は、バインダー樹脂および固体潤滑剤に加えて層状構造を有しかつその吸油量が40〜100ml/100gである充填剤、好ましくは焼成カオリンを添加しているので、それを摺動部材、例えば自動車エンジンのピストンやエアコンのコンプレッサ用摺動部材の表面に適用したとき、そこに形成された被膜は摩擦・摩耗特性や強度特性にすぐれているという特徴を有する。また、ここに形成された被膜は、従来の適正被膜厚よりも薄くすることができ、従来の被膜厚のものと同等以上の摩擦・摩耗特性と塗膜強度特性とを両立させることを可能としている。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
バインダー樹脂としては、例えばポリアミドイミド樹脂、ポリアミド樹脂、ポリイミド樹脂等の熱可塑性樹脂、エポキシ樹脂、フェノール樹脂等の熱硬化性樹脂が用いられ、好ましくはポリアミドイミド樹脂、ポリイミド樹脂が用いられる。これらの樹脂は、耐熱性を有しており、比較的可撓性があるという性質を利用して耐荷重性を高めるために使用され、さらに曲げ加工ができるため、バイメタル材のハウジングへの変形固定を可能とする。ポリアミドイミド樹脂としては、m-フェニレンジアミン、p-フェニレンジアミン、4,4′-ジアミノジフェニルエーテル、4,4′-ジアミノジフェニルメタン等の芳香族ジアミン、好ましくはこれら芳香族ジアミンの2種類以上と芳香族トリカルボン酸無水物、好ましくは無水トリメリット酸との縮重合物が用いられる。また、ポリイミド樹脂としては、ポリエステルイミド、芳香族ポリイミド、ポリエーテルイミド、ビスマレイミド型ポリイミド、ナジック酸またはその誘導体等を分子の両末端に有するポリイミド等の溶媒可溶性ポリイミドが使用される。
【0009】
固体潤滑剤としては、ポリテトラフルオロエチレン〔PTFE〕、テトラフルオロエチレン-パーフルオロ(アルキルビニルエーテル)共重合体、テトラフルオロエチレン-ヘキサフルオロプロペン共重合体、テトラフルオロエチレン-エチレン共重合体、ポリフッ化ビニリデン、エチレン-クロロトリフルオロエチレン共重合体等のフッ素化ポリマー、二硫化モリブデン、二硫化タングステン等が用いられる。PTFEは、テトラフルオロエチレンの乳化重合、けん濁重合、溶液重合などによって得られ、それを熱分解、電子線照射分解、物理的粉砕などの方法によって処理して数平均分子量Mnを約100万〜1500万程度としたものが用いられる。他のフッ素化ポリマーについても、同様である。これらの粉末状固体潤滑剤は、バインダー樹脂100重量部当り約5〜100重量部、好ましくは約15〜45重量部の割合で用いられる。このような固体潤滑剤の添加割合は、必要な耐摩擦・摩耗特性を確保し、かつ必要な塗膜強度特性を低下させないという見地から選定される。
【0010】
充填剤としては、層状構造を有し、かつその吸油量(ASTM D281-95(2002)により測定)が約40〜100ml/100g、好ましくは約50〜70ml/100gであるものが用いられ、例えば焼成カオリン、乾式カオリン、マイカ等が用いられ、好ましくは焼成カオリンまたは乾式カオリンが用いられる。このように規定された吸油量の充填剤を用いることにより、つぎのような効果が奏せられる。
(1)バインダー樹脂や固体潤滑剤の使用比率を減らし、その減少分を吸油量を特定した充填剤によって補い、より薄い被膜厚で摩擦・摩耗特性と塗膜強度特性の両立を図ることができる。
(2)吸油量は、バインダー樹脂とのなじみ性が塗膜強度特性に影響するため、吸油量を特定することにより、充填剤の配合量をより増すことができ、バインダー樹脂と充填剤との密着性にすぐれた、安価で高強度の摺動部材用組成物を得ることができる。
(3)この組成物は、有機溶媒分散液として塗布し、適用されるが、吸油量は有機溶媒との相溶性にも影響し、それを特定することにより、保存安定性が改善される。
(4)好ましい充填剤として焼成カオリンが用いられた場合には、焼成処理により有機物が分解されるため、さらに白色度が高まるばかりではなく、分散性も向上する。
(5)したがって、これ以下の吸油量のものでは、組成物を塗布する際用いられる溶媒とのなじみ性が低下し、充填剤の均一な分散が困難となるため、所期の目的を達成することができず、一方これ以上の吸油量のものを用いると、固体潤滑剤や着色充填剤のバインダー樹脂へのなじみ性が阻害され、目的とする特性が得られないようになる。また、充填剤は、バインダー樹脂100重量部当り約20〜40重量部、好ましくは約25〜35重量部の割合で用いられる。使用割合がこれ以上では、所期の目的を達成することができず、一方これ以上の割合で使用されると、成膜性が阻害され、十分な強度を得ることができなくなる。
【0011】
以上の各成分を必須成分とする本発明の摺動部材用組成物には、所期の目的に影響を与えない範囲内で他の配合剤、例えば着色充填剤、界面活性剤、消泡剤等の少くとも一種を混合して用いることができる。
【0012】
組成物の調製は、N-メチル-2-ピロリドン、N,N-ジメチルホルムアミド等の非プロトン性極性溶媒、メチルエチルケトン、メチルイソブチルケトン等のケトン系溶媒、トルエン、キシレン等の芳香族炭化水素系溶媒などの一種または混合溶媒を用い、ディゾルバー等の攪拌機、ボールミル、サンドミル、アジホモミキサ等を適宜組合せて用いることによって行われる。
【0013】
調製された組成物の摺動部材への塗布方法は、スプレー法、ディッピング法、ロールコート法、ディスペンサ法等特に限定されるものではないが、用いられる塗布方法に応じて、組成物の調製時または塗布前に溶媒による粘度調整をすることが望ましい。
【0014】
このような方法により塗布された組成物は、乾燥および焼成工程により組成物が含有する溶媒を蒸発させ、然る後に樹脂の硬化反応により塗膜が形成される。なお、組成中に含有される溶媒としては、組成物の塗布に際して添加された溶媒の他に、バインダー樹脂成分が含有する溶媒がある場合も多いので、それも含まれる。
【0015】
乾燥は、用いられるバインダー樹脂の種類によってもその温度は異なるが、一般には約60〜120℃の乾燥温度で行われる。この段階での乾燥被膜は、最終的に求められる被膜厚によっても異なるが、一般には約40〜100μm程度とされる。次いで行われる焼成では、やはり用いられるバインダー樹脂の種類によってもその温度は異なるが、一般には約150〜300℃の温度で焼成が行われる。この段階での焼成被膜は、一般的に約30〜70μm程度の被膜厚を有し、焼成完了後冷却し、目的とする被膜厚である約2〜50μm程度、好ましくは約5〜25μm程度に迄研磨調整される。
【実施例】
【0016】
次に、実施例について本発明を説明する。
【0017】
実施例1
ポリアミドイミド樹脂(日立化成製品HPC-5000)100部(重量、以下同じ)、乳化重合法PTFE 40部および焼成カオリン(吸油量60ml/100g)25部よりなる組成物形成成分を、N-メチル-2-ピロリドン-メチルイソブチルケトン等重量混合物75部と共に、ボールミルで十分に混合分散させた組成物分散液を、摺動部材としてのアルミニウム試験片(材質A6061ディスク)にスプレー塗布し、用いられたバインダー樹脂の種類に応じて200〜230℃で焼成し、塗膜厚30〜40μmの摺動部材用組成物層を形成させた。
【0018】
焼成後、組成物層の塗膜厚が10μmになる迄、研磨紙により研磨した。このとき、粗さRz〔DIN〕=1.0±0.5μmの範囲内に収まるように、徐々に目の細かい番手の研磨紙で研磨した。この摺動部材用組成物層形成アルミニウム試験片について、次の各項目の特性評価を行った。
摩擦・摩耗特性:リングオンディスク型試験機を用い、相手材リングとしてディスク同様に摺動面粗さが調整されたアルミニウム材(A6061)をディスク上に載せ、オイルに満たされた状態の試験摺動部にセットし、上から面圧3.92MPaとなる荷重を負荷し、周速500mm/秒の回転速度で回転させ、試験時間100時間後の摩擦係数を摩擦特性として評価すると共に、100時間後のディスク上の摩耗深さを摩耗特性として評価した
強度特性:ボールオンディスク型試験機を用い、相手材ボール(SUS、5mm径)を荷重9.8Nで点圧させ、幅10mmを40mm/秒の速度で往復摺動させ、その摺動面塗膜の状態を目視で観察し、塗膜が破壊に至る回数を測定し、塗膜強度として評価した
【0019】
実施例2
実施例1において、焼成カオリンの代わりに乾式カオリン(吸油量55ml/100g)35部が用いられた。
【0020】
実施例3
実施例1において、PTFEの代わりにMoS2(THOMPSON CREEK MINING社製品UP-15)20部が、また焼成カオリンの代わりに乾式カオリン(吸油量55ml/100g)30部がそれぞれ用いられた。
【0021】
実施例4
実施例1において、PTFEの代わりにMoS2(UP-15)20部が、また焼成カオリン量が40部に、それぞれ変更されて用いられた。
【0022】
実施例5
実施例1において、組成物形成成分としてポリイミド樹脂(新日本理化製品リカコートPN-20L)100部、MoS2(UP-15)15部および乾式カオリン(吸油量55ml/100g)35部が用いられた。
【0023】
実施例6
実施例5において、乾式カオリンの代わりに焼成カオリン(吸油量55ml/100g)30部が用いられた。
【0024】
実施例7
実施例5において、MoS2の代わりにPTFE 35部が用いられた。
【0025】
実施例8
実施例5において、MoS2の代わりにPTFE 35部が、乾式カオリンの代わりに焼成カオリン(吸油量55ml/100g)25部がそれぞれ用いられた。
【0026】
参考例1
実施例1において、焼成カオリンが用いられず、また焼成後の研磨による組成物層の塗膜厚が25μmに変更された。
【0027】
参考例2
実施例5において、MoS2量が25部に変更され、乾式カオリンが用いられなかった。また焼成後の研磨による組成物層の塗膜厚が25μmに変更された。
【0028】
比較例1
実施例1において、焼成カオリンが用いられなかった。
【0029】
比較例2
実施例5において、MoS2量が25部に変更され、乾式カオリンが用いられなかった。
【0030】
比較例3
実施例1において、PTFE量が20部に変更され、焼成カオリンが用いられなかった。
【0031】
比較例4
実施例5において、乾式カオリンが用いられなかった。
【0032】
比較例5
実施例1において、焼成カオリンの代わりにカーボンブラック(鎖状構造、吸油量75ml/100g)30部が用いられた。
【0033】
比較例6
実施例5において、乾式カオリンの代わりに同量のカーボンブラック(鎖状構造、吸油量75ml/100g)が用いられた。
【0034】
比較例7
実施例1において、焼成カオリンの代わりに土状黒鉛(層状構造、吸油量120ml/100g)30部が用いられた。
【0035】
比較例8
実施例5において、乾式カオリンの代わりに同量の土状黒鉛(層状構造、吸油量120ml/100g)が用いられた。
【0036】
比較例9
実施例1において、焼成カオリンの代わりにタルク(層状構造、吸油量30ml/100g)30部が用いられた。
【0037】
比較例10
実施例5において、乾式カオリンの代わりに同量のタルク(層状構造、吸油量30ml/100g)が用いられた。
【0038】
以上の各実施例、参考例および比較例で得られた特性評価結果は、次の表に示される。なお、比較例9〜10については、分散不良のため特性確認が実施不可であった。

特性評価項目
摩耗深さ(μm) 摩擦係数 破壊回数(回)
実施例1 0.3 0.030 2485
〃 2 0.4 0.050 3201
〃 3 0.6 0.032 3106
〃 4 0.3 0.039 2359
〃 5 0.3 0.031 1727
〃 6 0.1 0.038 1961
〃 7 0.8 0.061 1843
〃 8 0.2 0.029 2164
参考例1 0.5 0.035 1697
〃 2 0.3 0.038 1552
比較例1 0.4 0.033 972
〃 2 0.2 0.029 855
〃 3 3.4 0.042 1825
〃 4 5.2 0.031 1621
〃 5 4.2 0.075 1521
〃 6 3.3 0.091 1749
〃 7 1.5 0.051 323
〃 8 2.1 0.030 202
【0039】
以上の結果から、次のようなことがいえる。
(1) 各実施例においては、塗膜厚を厚くした参考例1〜2よりも薄い塗膜厚でも、摩擦・摩耗特性を同等に維持しつつ、塗膜強度特性が同等以上の破壊回数として示される。
(2) カオリンを用いず、あるいはさらに固体潤滑剤を増量した比較例1〜2では、従来塗膜厚の25μmの場合(参考例1〜2)よりも、塗膜強度が低下している。
(3) 塗膜厚10μmであって、カオリンを用いず、固体潤滑剤量を減らした比較例3〜4では、参考例1〜2と同等の塗膜強度は有するものの、摩耗特性が著しく低下している。
(4) 吸油量が40〜100ml/100gであっても、層状構造をもたない充填剤を用いた比較例5〜6では、参考例1〜2と同等の塗膜強度は有するものの、摩耗特性が著しく低下している。
(5) 層状構造を有していても、吸油量が100ml/100g以上の充填剤を用いた比較例7〜8では、塗膜強度が著しく低下している。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
バインダー樹脂100重量部、固体潤滑剤5〜100重量部および充填剤20〜40重量部を含有してなる摺動部材用組成物。
【請求項2】
バインダー樹脂がポリアミドイミド樹脂、ポリアミド樹脂、ポリイミド樹脂、エポキシ樹脂またはフェノール樹脂である請求項1記載の摺動部材用組成物。
【請求項3】
固体潤滑剤がフッ素化ポリマー、二硫化モリブデンまたは二硫化タングステンである請求項1記載の摺動部材用組成物。
【請求項4】
充填剤が層状構造を有し、かつその吸油量が40〜100ml/100gである請求項1記載の摺動部材用組成物。
【請求項5】
層状構造を有する充填剤が焼成カオリンまたは乾式カオリンである請求項4記載の摺動部材用組成物。
【請求項6】
摺動部材の表面に適用され、そこに被膜を形成せしめる請求項1乃至5のいずれかに記載の摺動部材用組成物。
【請求項7】
請求項6記載の摺動部材用組成物から形成される被膜を、その表面に形成させた摺動部材。
【請求項8】
2〜50μmの膜厚の被膜が形成された請求項7記載の摺動部材。

【公開番号】特開2007−31501(P2007−31501A)
【公開日】平成19年2月8日(2007.2.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−213836(P2005−213836)
【出願日】平成17年7月25日(2005.7.25)
【出願人】(000102670)NOKクリューバー株式会社 (36)
【Fターム(参考)】