説明

熱電材料及びその製造方法

【課題】100K〜600Kの温度領域において相対的に高い熱電特性を示し、しかも、環境調和性が高く、かつ、低コストな熱電材料及びその製造方法を提供すること。
【解決手段】斜方晶TiSi2型構造を有し、(1)式で表されるMnAlSi系化合物を含む熱電材料、及びその製造方法。但し、0≦x≦0.2、0.45≦y≦0.55、0≦z≦0.1、0.94≦t≦1.06、A、Bは、それぞれ、1種又は2種以上の金属元素(但し、アルカリ金属及びアルカリ土類金属を除く)。
(Mn1-xx)(Al1-ySiy)2(t-z)2z・・・(1)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、熱電材料及びその製造方法に関し、さらに詳しくは、MnAlSi系化合物を主成分とする熱電材料及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
熱電変換とは、ゼーベック効果やペルチェ効果を利用して、電気エネルギーを冷却や加熱のための熱エネルギーに、また逆に熱エネルギーを電気エネルギーに直接変換することをいう。熱電変換は、
(1)エネルギー変換の際に余分な老廃物を排出しない、
(2)排熱の有効利用が可能である、
(3)材料が劣化するまで継続的に発電を行うことができる、
(4)モータやタービンのような可動装置が不要であり、メンテナンスの必要がない、
等の特徴を有していることから、エネルギーの高効率利用技術として注目されている。
【0003】
熱エネルギーと電気エネルギーとを相互に変換できる材料、すなわち、熱電材料の特性を評価する指標としては、一般に、性能指数Z(=S2σ/κ、但し、S:ゼーベック係数、σ:電気伝導度、κ:熱伝導度)、又は、性能指数Zと、その値を示す絶対温度Tの積として表される無次元性能指数ZTが用いられる。また、熱電材料の特性を評価する指標として、出力因子PF(=S2σ)が用いられることもある。
ゼーベック係数は、1Kの温度差によって生じる起電力の大きさを表す。熱電材料は、それぞれ固有のゼーベック係数を持っており、ゼーベック係数が正であるもの(p型)と、負であるもの(n型)に大別される。
【0004】
また、熱電材料は、通常、p型の熱電材料とn型の熱電材料とを接合した状態で使用される。このような接合対は、一般に、「熱電素子」と呼ばれている。熱電素子の性能指数は、p型熱電材料の性能指数Z、n型熱電材料の性能指数Z、並びに、p型及びn型熱電材料の形状に依存し、また、形状が最適化されている場合には、Z及び/又はZが大きくなるほど、熱電素子の性能指数が大きくなることが知られている。従って、性能指数の高い熱電素子を得るためには、性能指数Z、Zの高い熱電材料を用いることが重要である。
【0005】
熱電材料の中でも、Bi2Te3系熱電材料は、100〜600Kの温度領域で高い無次元性能指数ZTを示すことが知られている。しかしながら、Bi2Te3系熱電材料は、Teが希少元素かつ環境負荷の大きい元素であるため、高コストであり、かつ、環境調和性が低いという問題がある。そのため、熱電特性が高く、しかも、希少元素及び環境負荷元素を含まない熱電材料が望まれている。
【0006】
100〜600Kの温度領域において高い熱電特性を示す材料については、従来から種々の提案がなされている。
例えば、非特許文献1には、TiSi2型構造を有するRuAl2からなる熱電材料が開示されている。
同文献には、RuAl2は、室温近傍で2mW/mK2の出力因子と、20W/mKの熱伝導度を示す点が記載されている。
【0007】
また、非特許文献2では、熱電材料ではないが、Al−Mn−Si系三元合金の550℃又は700℃における組織が全組成範囲に渡って調べられている。
同文献には、
(1)Al−Mn−Si系三元合金には、10種類の安定な三元相(τ1〜τ10)が存在する点、及び、
(2)τ3は、Al34Mn34Si32組成を有し、TiSi2型結晶構造を持つ点、
が記載されている。
【0008】
また、特許文献1には、Al74Mn20Si6、Al72Mn20Si8、Al55Mn25Si20、又は、Al53Mn20Si27の準結晶からなる熱電材料が開示されている。
同文献には、これらの材料のゼーベック係数αは70〜72(μV/K)であり、熱伝導度κは1.1〜1.3(W/mK)であり、性能指数Zは1.9〜2.5×10-3(1/K)である点が記載されている。
【0009】
さらに、特許文献2には、Al74Mn20Si6、Al72Mn20Si8、Al55Mn25Si20、又は、Al53Mn20Si27の準結晶と、Alとの複合体からなる熱電材料が開示されている。
同文献には、3〜39重量%のAlとこれらの準結晶との複合体の室温におけるゼーベック係数の絶対値|α|は4〜70(μV/K)であり、室温における比抵抗ρは0.05〜0.8(μΩm)であり、室温における性能指数Zは0.01〜3.1×10-3(1/K)である点が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開平8−181357号公報
【特許文献2】特開平8−178758号公報
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】牟田 浩明、日本熱電学会誌、Vol.5、No.3、13(2009)
【非特許文献2】N.Krdelsberger et al., Metall.Mater. Trans. 33A, 3311(2002)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
RuAl2は、環境負荷元素元素を含まず、しかも、室温近傍において比較的高い出力因子を示す。しかしながら、RuAl2は、Ruが高価であるため、実用化が困難である。また、熱伝導度が大きいため、実用的な性能指数Zは得られていない。
また、AlリッチのAl−Mn−Si系化合物及びこれとAlとの複合体は、いずれも熱電特性が低い。
【0013】
本発明が解決しようとする課題は、100K〜600Kの温度領域において相対的に高い熱電特性を示し、しかも、環境調和性が高く、かつ、低コストな熱電材料及びその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上記課題を解決するために本発明に係る熱電材料は、斜方晶TiSi2型構造を有し、(1)式で表されるMnAlSi系化合物を含むことを要旨とする。
(Mn1-xx)(Al1-ySiy)2(t-z)2z ・・・(1)
但し、
0≦x≦0.2、0.45≦y≦0.55、0≦z≦0.1、
0.94≦t≦1.06、
A、Bは、それぞれ、1種又は2種以上の金属元素(但し、アルカリ金属及びアルカリ土類金属を除く)。
【0015】
本発明に係る熱電材料の製造方法の1番目は、
本発明に係るMnAlSi系化合物となるように配合された原料を溶解し、鋳造する溶解鋳造工程と、
前記溶解鋳造工程で得られた鋳塊を、真空雰囲気又は不活性ガス中において、500℃以上1000℃以下の温度で加熱し、前記斜方晶TiSi2型構造を有する前記MnAlSi系化合物を生成させるアニール工程と
を備えている。
【0016】
さらに、本発明に係る熱電材料の製造方法の2番目は、
本発明に係るMnAlSi系化合物となるように配合された原料を溶解することにより得られる溶湯を急冷凝固させる急冷工程と、
前記急冷工程で得られた急冷凝固物の粉末を、真空雰囲気又は不活性ガス中において、500℃以上1000℃以下の温度で加圧焼結し、前記斜方晶TiSi2型構造を有する前記MnAlSi系化合物を含む焼結体を得る焼結工程と
を備えている。
【発明の効果】
【0017】
高性能な熱電材料を実現するためには、大きなゼーベック係数Sと高い電気伝導度σを両立する必要がある。どちらもフェルミ面近傍の電子状態に大きく依存しており、前者は状態密度のエネルギー依存性が大きいこと、後者はバンド幅が大きいこと、がそれぞれ必要条件となる。Mn:Al:Si原子比がほぼ1:1:1であるMnAlSi系化合物は、これら2つの要素を兼ね備えた電子状態を有する。すなわち、Mnのd軌道と、Al、Siのp軌道がフェルミ面近傍で共存しており、d電子による大きな状態密度の変化とp軌道による大きなバンド幅が両立している。このような電子状態の特性より、高性能な熱電特性が実現されていると考えられる。
また、各種ドーピングにより、PF=σS2が最大となるように、フェルミ面の位置を最適化することができる。さらに、質量の異なる元素置換により、熱伝導度κが低減し、性能指数Z=PF/κが向上する。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】試料No.1〜3、及び、AのX線回折パターンである。
【図2】試料No.4〜6、及び、BのX線回折パターンである。
【図3】試料Aのゼーベック係数S(図3(A))、比抵抗ρ(図3(B))、及び、熱伝導度κ(図3(C))の温度依存性を示す図である。
【図4】試料Bのゼーベック係数S(図4(A))、比抵抗ρ(図4(B))、及び、熱伝導度κ(図4(C))の温度依存性を示す図である。
【図5】試料No.7〜10のX線回折パターンである。
【図6】試料No.9及び10の比抵抗ρ(図6上図)、ゼーベック係数S(図6中図)、及び、出力因子PF(図6下図)の温度依存性を示す図である。
【図7】Mn8Al8Si8の1個のMn原子を元素Xで置換したときの形成エネルギー(FE)を示す図である。
【図8】Mn8Al8Si8の1個のAl原子又は1個のSi原子を元素Xで置換したときの形成エネルギー(FE)、及び、MnAlSiのAl又はSiを元素Xで置換したときの形成エネルギー(FE)を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下に本発明の一実施の形態につて詳細に説明する。
[1. 熱電材料]
本発明に係る熱電材料は、斜方晶TiSi2型構造を有し、かつ、所定の組成を有するMnAlSi系化合物を含む。
【0020】
[1.1. 結晶構造]
Mn:Al:Si原子比がほぼ1:1:1であるMnAlSi系化合物の内、斜方晶TiSi2型構造を有するものは、低温相であり、この低温相は、高い熱電特性を持つ。一方、MnAlSi系化合物には、高温相も存在する。高温相の結晶構造、組成等の詳細は不明であるが、高温相は金属的な性質を持つ。従って、熱電材料を構成するMnAlSi系化合物は、低温相の含有量が高いほど好ましく、実質的に低温相のみからなるのが好ましい。高い熱電特性を得るためには、MnAlSi系化合物中の低温相の割合は、90vol%以上が好ましい。低温相の割合は、さらに好ましくは、95vol%以上、さらに好ましくは、99vol%以上である。
【0021】
[1.2. 組成]
本発明において、MnAlSi系化合物は、(1)式で表される組成を有する。MnAlSi系化合物は、等原子比(Mn:Al:Si=1:1:1)の化合物を基本とするが、各サイトを占める原子の割合は、等原子比から多少ずれていても良い。
(Mn1-xx)(Al1-ySiy)2(t-z)2z ・・・(1)
但し、
0≦x≦0.2、0.45≦y≦0.55、0≦z≦0.1、
0.94≦t≦1.06、
A、Bは、それぞれ、1種又は2種以上の金属元素(アルカリ金属及びアルカリ土類金属を除く)。
【0022】
(1)式中、xは、Mnサイトを置換する元素Aの原子比を表す。Mnサイトへの元素Aのドーピングは、必ずしも必要ではないが、元素Aの種類を最適化すると、無ドープの場合に比べて、熱電特性が向上する。一方、過剰なドーピングは、熱電特性をかえって低下させる。従って、xは、0以上0.2以下が好ましい。
【0023】
(1)式中、yは、(Al+Si)に対するSiの原子比を表す。MnAlSi系化合物は、Al:Si=1:1(y=0.5)を基本とするが、Al:Si比は、等原子比から多少ずれていても良い。
yが小さすぎる場合、及び、大きすぎる場合のいずれも、Al又はSiのいずれか一方が過剰となり、異相を生成させる原因となる。従って、yは、0.45以上0.55以下が好ましい。
【0024】
(1)式中、tは、Mnサイトを占める原子と、Alサイト+Siサイトを占める元素との原子比を表す。MnAlSi系化合物は、Mn:(Al+Si)=1:2(t=1)を基本とするが、Mn:(Al+Si)比は、1:2から多少ずれていても良い。
tが小さすぎる場合、及び、大きすぎる場合のいずれも、Mn又は(Al+Si)のいずれか一方が過剰となり、異相を生成させる原因となる。従って、tは、0.96以上1.06以下が好ましい。
【0025】
(1)式中、zは、Alサイト又はSiサイトを置換する元素Bの原子比を表す。Alサイト又はSiサイトへの元素Bのドーピングは、必ずしも必要ではないが、元素Bの種類を最適化すると、無ドープの場合に比べて熱電特性が向上する。一方、過剰なドーピングは、熱電特性をかえって低下させる。従って、zは、0以上0.1以下が好ましい。
【0026】
(1)式中、Aは、Mnサイトを置換する元素を表す。元素Aは、金属元素(但し、アルカリ金属及びアルカリ土類金属を除く)からなる。Mnサイトは、これらのいずれか1種の元素Aにより置換されていても良く、あるいは、2種以上の元素Aにより置換されていても良い。
特に、元素Aは、Cr、Fe、Co、Mo、Ru、Rh、W、Re、Os、及び、Irから選ばれる少なくとも1種以上の元素が好ましい。これらの元素は、Mnサイトに確実に導入されるので、元素Aとして特に好適である。
【0027】
(1)式中、Bは、Alサイト又はSiサイトを置換する元素を表す。元素Bは、金属元素(但し、アルカリ金属及びアルカリ土類金属を除く)からなる。Alサイト及びSiサイトは、一方が元素Bにより置換されていても良く、あるいは、双方が元素Bにより置換されていても良い。また、Alサイト及び/又はSiサイトは、これらのいずれか1種の元素Bにより置換されていても良く、あるいは、2種以上の元素Bにより置換されていても良い。
特に、元素Bは、Sc、Ti、Zn、Ga、Ge、Al、及び、Siから選ばれる少なくとも1種以上の元素が好ましい。これらの元素は、Alサイト又はSiサイトに確実に導入されるので、元素Aとして特に好適である。
【0028】
ここで、本発明において、「金属元素」というときは、Si、Geなどのいわゆる半金属元素も含まれる。すなわち、「金属元素」とは、遷移金属元素又は典型金属元素(但し、アルカリ金属元素及びアルカリ土類金属元素を除く)をいう。
本発明において、「遷移金属元素」とは、第3族〜第11族元素(Sc〜Cu、Y〜Ag、La〜Au、Ac〜Rg)をいう。
「典型金属元素」とは、第12族〜第18族に属する金属元素又は半金属元素をいう。
【0029】
[1.3. 不純物]
本発明に係る熱電材料は、上述したTiSi2型結晶構造を有するMnAlSn系化合物のみからなることが望ましいが、不可避的不純物(例えば、異相)が含まれていても良い。但し、熱電特性に悪影響を与える異相は、少ない方が好ましい。
さらに、本実施の形態に係る熱電材料は、上述したMnAlSn系化合物と、他の材料(例えば、樹脂、ゴム等)との複合体であっても良い。
【0030】
[2. 熱電材料の製造方法(1)]
本発明の第1の実施の形態に係る熱電材料の製造方法は、溶解鋳造工程と、アニール工程とを備えている。
【0031】
[2.1. 溶解鋳造工程]
溶解鋳造工程は、本発明に係るMnAlSi系化合物となるように配合された原料を溶解し、鋳造する工程である。
原料には、純金属を用いても良く、あるいは、2種以上の構成元素を含む合金を用いても良い。また、原料には、一旦、溶解・鋳造、焼結等の工程を経たMnAlSi系化合物又はそのスクラップを用いることもできる。これらの原料は、目的とする組成を有するMnAlSi系化合物が得られるように配合する。
原料の溶解方法は、特に限定されるものではなく、種々の方法を用いることができる。溶解方法としては、具体的には、アーク溶解法、高周波溶解法などがある。また、原料の溶解は、酸化を防ぐために、不活性雰囲気下で行うのが好ましい。
溶湯の鋳造方法は、特に限定されるものではなく、種々の方法(例えば、金型鋳造法、砂型鋳造法など)を用いることができる。
【0032】
[2.2. アニール工程]
アニール工程は、溶解鋳造工程で得られた鋳塊を、真空雰囲気又は不活性ガス中において、500℃以上1000℃以下の温度で加熱し、斜方晶TiSi2型構造を有するMnAlSi系化合物を生成させる工程である。
上述したように、MnAlSi系化合物には、低温相と高温相が存在する。そのため、単に溶解・鋳造するだけでは、鋳塊の一部に高温相が残存する場合がある。高温相は、金属的であるため、高温相の割合が大きくなるほど、熱電特性が低下する。アニール工程は、鋳塊に残った高温相を低温相に変態させるために行う。
【0033】
一般に、アニール温度が低すぎると、実用的な時間内に高温相を低温相に変態させるのが困難となる。従って、アニール温度は、500℃以上が好ましい。
一方、アニール温度が高すぎると、かえって高温相の割合が増大する。従って、アニール温度は、1000℃以下が好ましい。
アニール時間は、アニール温度に応じて、最適な時間を選択する.一般に、アニール温度が高くなるほど、短時間で高温相を低温相に変態させることができる。
さらに、アニールは、試料の酸化及びこれに起因する組成変化を抑制するために、真空雰囲気又は不活性ガス中で行うのが好ましい。
最適なアニール条件は、原料組成や鋳塊の熱履歴などにより異なる。従って、鋳塊が低温相単相となるように、原料組成や熱履歴に応じて、最適なアニール条件を選択するのが好ましい。
【0034】
[3. 熱電材料の製造方法(2)]
本発明の第2の実施の形態に係る熱電材料の製造方法は、急冷工程と、焼結工程と、アニール工程とを備えている。
【0035】
[3.1. 急冷工程]
急冷工程は、本発明に係るMnAlSi系化合物となるように配合された原料を溶解することにより得られる溶湯を急冷凝固させる工程である。
急冷工程で用いられる原料は、純金属を用いても良く、あるいは、2種以上の構成元素を含む合金を用いても良い。また、原料には、一旦、溶解・鋳造、焼結等の工程を経たMnAlSi系化合物又はそのスクラップを用いることもできる。これらの原料は、目的とする組成を有するMnAlSi系化合物が得られるように配合する。
【0036】
急冷凝固は、ノズルを用いて溶湯を冷却媒体に噴霧又は滴下することにより行う。急冷凝固の際に用いられるノズルの材料は、特に限定されるものではなく、種々の材料を用いることができる。ノズルには、一般に石英ノズルが用いられるが、窒化ホウ素製ノズルを用いても良い。窒化ホウ素製ノズルは溶湯との反応性に乏しいので、これを用いて急冷凝固を行うと、組成ズレや不純物の混入、及びこれらに起因する熱電特性の低下を抑制することができる。
急冷凝固方法としては、具体的には、
(1) ノズル内で溶融させた溶湯を、回転する銅ロール(冷却媒体)上に噴霧又は滴下する方法(銅ロール法)、
(2) ノズル内で溶融させた溶湯をノズル穴から噴霧又は滴下させ、溶湯の流れに周囲からジェット流体を吹きつけ、生成した液滴を落下させながら凝固させる方法(アトマイズ法)、
などがある。
急冷凝固方法としてアトマイズ法を用いる場合、溶湯の酸化を防ぐために、ジェット流体には、不活性ガス(例えば、Arなど)を用いるのが好ましい。
【0037】
ノズルとして窒化ホウ素製ノズルを用いる場合、ノズルは、そのまま使用しても良いが、原料を溶解する前に、予め不活性ガス雰囲気下(例えば、Ar、N2など)において600℃以上で加熱処理したものを用いるのが好ましい。製造直後の窒化ホウ素には、ガスや水分が吸着しているが、これを所定の条件下で熱処理すると、吸着ガスや吸着水が除去されるので、不純物(特に、O)の混入を最小限に抑制することができる。
急冷時の冷却速度は、100℃/sec以上が好ましい。冷却速度が100℃/sec未満であると、成分元素が偏析し、均一な固溶体が得られない場合がある。均一な固溶体を得るためには、冷却速度は、速いほどよい。
【0038】
[3.2. 焼結工程]
焼結工程は、急冷工程で得られた急冷凝固物の粉末を、真空雰囲気又は不活性ガス中において、500℃以上1000℃以下の温度で加圧焼結し、斜方晶TiSi2型構造を有するMnAlSi系化合物を含む焼結体を得る工程である。
急冷凝固物は、必要に応じて粉砕し、適度な粒度とする。この粉末をそのまま又はこの粉末の成形体を型内に充填し、加圧焼結を行う。
加圧焼結法は、特に限定されるものではなく、種々の方法を用いることができる。加圧焼結法としては、具体的には、ホットプレス、HIP、放電プラズマ焼結法(SPS)などがある。これらの中でも、放電プラズマ焼結法は、短時間で緻密な焼結体が得られるので、焼結方法として特に好適である。
【0039】
溶湯を急冷凝固させると、高温相を含有するが、微細な結晶粒からなる低温相が得られる。これを適当な温度で焼結させると、焼結体が緻密化すると同時に高温相から低温相への変態が起こる。
一般に、焼結温度が低すぎると、実用的な時間内で緻密な焼結体を得ることができない。従って、焼結温度は、500℃以上が好ましい。
一方、焼結温度が高すぎると、焼結過程で生成した低温相が再度、高温相に変態する。従って、焼結温度は、1000℃以下が好ましい。
【0040】
焼結時間は、焼結温度に応じて、最適な時間を選択する.一般に、焼結温度が高くなるほど、短時間で緻密な焼結体を得ることができる。
また、焼結は、試料の酸化及びこれに起因する組成変化を抑制するために、真空雰囲気又は不活性ガス中で行うのが好ましい。
さらに、焼結時の圧力は、組成、使用する焼結方法等に応じて、最適なものを選択する。一般に、焼結時の圧力が大きくなるほど、低温・短時間の条件下で緻密な焼結体を得ることができる。一方、必要以上の加圧は、実益がない。例えば、放電プラズマ焼結法を用いる場合、加圧力は、20MPa以上が好ましい。
最適な焼結条件は、原料組成により異なる。従って、緻密な焼結体が得られるように、原料組成や熱履歴に応じて、最適なアニール条件を選択するのが好ましい。
【0041】
[3.3. アニール工程]
アニール工程は、焼結工程で得られた焼結体を、真空雰囲気又は不活性ガス中において、500℃以上1000℃以下の温度で加熱し、斜方晶TiSi2型構造を有するMnAlSi系化合物を生成させる工程である。
焼結条件が適切であると、焼結過程で、焼結と同時に高温相から低温相への変態が起こる。従って、焼結条件が適切である場合には、必ずしもアニール工程は必要ではない。
しかしながら、焼結条件によっては、急冷凝固時に生成した高温相や歪がそのまま残留し、あるいは、焼結の初期過程で生成した低温相が焼結の後期課程において高温相に再度、変態する場合がある。このような場合には、焼結体のアニールを行い、焼結体中の高温相を低温相に変態させるのが好ましい。
アニール工程の詳細は、第1の実施の形態と同様であるので、説明を省略する。
【0042】
[4. 熱電材料及びその製造方法の作用]
高性能な熱電材料を実現するためには、大きなゼーベック係数Sと高い電気伝導度σを両立する必要がある。どちらもフェルミ面近傍の電子状態に大きく依存しており、前者は状態密度のエネルギー依存性が大きいこと、後者はバンド幅が大きいこと、がそれぞれ必要条件となる。MnAlSi系化合物は、これら2つの要素を兼ね備えた電子状態を有する。すなわち、Mnのd軌道と、Al、Siのp軌道がフェルミ面近傍で共存しており、d電子による大きな状態密度の変化とp軌道による大きなバンド幅が両立している。このような電子状態の特性より、高性能な熱電特性が実現されていると考えられる。
また、各種ドーピングにより、PF=σS2が最大となるように、フェルミ面の位置を最適化することができる。さらに、質量の異なる元素置換により、熱伝導度κが低減し、性能指数Z=PF/κが向上する。
【実施例】
【0043】
(実施例1)
[1. 試料の作製(試料No.1〜6、A、B)]
原材料を組成比に合わせて秤量し、BN坩堝に詰めた。これをAr雰囲気中で高周波溶解により原料を溶解し、BN坩堝内で凝固させた。得られたインゴットをガラス管内に真空封入し、800℃で24時間アニールした。表1に、各試料の組成比及び一般式((1)式)のパラメータx、y、z、tを示す。なお、表1には、後述する試料No.7〜10、C〜Gの組成比及びパラメータも併せて示した。
【0044】
【表1】

【0045】
[2. 試験方法]
[2.1. XRD]
試料の結晶相及び構造は、X線回折(XRD)装置によって評価した。
[2.2. 熱電特性]
試料を矩形に加工し、600K以下の熱電特性を評価した。低温域の熱電特性は、カンタムデザイン社、サーマルトランスポート測定装置(TTO)で評価し、高温域の熱電特性は、MMR社製ゼーベック効果測定装置(MMR)で評価した。
【0046】
[3. 結果]
[3.1. XRD]
図1及び図2に、アニール後の試料のXRD測定結果を示す。これらの結果より、試料No.2、3、4、A、Bの組成において、MnAlSi単相に近い化合物が得られた。試料No.Aの組成から離れると、↓で示すような異相成分が増大した。
[3.2. 熱電特性]
MnAlSi単相に近い試料No.A、Bに関して、熱電特性を評価した。図3及び図4に、それぞれ、試料No.A及びBの熱電特性を示す。試料No.Aでは、ゼーベック係数Sが負のn型を示した。試料No.Bでは、ゼーベック係数が正のp型を示した。どちらも400K近傍でゼーベック係数Sの絶対値が300μV/K以上と大きな値を示した。一方、比抵抗ρは、10〜20mΩcmであった。熱伝導度は、室温近傍で10W/K/mであり、従来技術のRuAl2の半分程度であった。
【0047】
(実施例2)
[1. 試料の作製(試料No.7〜10)]
原材料を試料No.Aの組成比に合わせて秤量し、BN坩堝に詰めた。これをAr雰囲気中で高周波溶解により原料を溶解し、BN坩堝内で凝固させた(試料No.7)。得られたインゴットを再びAr雰囲気中で高周波溶解によってノズル付きBN坩堝内で溶解し、単ロール法により急冷凝固した(試料No.8)。回収した材料をSPS焼結装置によって、800℃×15分×50MPaの条件下で焼結した(試料No.9)。さらに、試料をガラス管内に真空封入し、800℃×24時間アニールした(試料10)。表1に、各試料の組成及び一般式のパラメータを示す。
【0048】
[2. 試験方法]
[2.1. XRD]
試料の結晶相及び構造は、X線回折(XRD)装置によって評価した。
[2.2. 熱電特性]
試料を矩形に加工し、100℃(373K)〜300℃(573K)の熱電特性を評価した。
【0049】
[3. 結果]
[3.1. XRD]
図5に、試料No.7〜10のXRD測定結果を示す。溶解鋳造した試料No.7及び急冷凝固直後の試料No.8は、TiSi2型構造のMnAlSiとは異なるXRDパターンであった。おそらく、高温相と思われる。SPS焼結後の試料No.9及びアニール後の試料No.10は、ほぼMnAlSi単相に近いXRDパターンが得られた。
[3.2. 熱電特性]
単相に近い試料No.9及び試料No.10に関して、熱電特性を評価した。図6に、その結果を示す。実施例1の試料No.Aと同様、ゼーベック係数Sが負のn型を示した。また、373K近傍でゼーベック係数Sの絶対値が250μV/Kと大きな値を示した。一方、比抵抗ρは、7mΩcmであった。
以上の結果より、本発明に係る方法によって作製された試料が良好な熱電特性を示すことがわかった。
【0050】
(実施例3)
[1. 第一原理計算(試料No.C〜G)]
Mnサイト、Alサイト、Siサイトの各サイトに元素置換したときの形成エネルギーを、第一原理計算によって評価した。形成エネルギーは小さい方が安定であることを示し、0以下で置換が基底状態でも存在し得ることを示す。プロセス条件に依存するが、形成エネルギーが1eV以下であれば、その元素置換は可能と考えられる。
表1に、各試料の組成及び一般式のパラメータを示す。
【0051】
[2. 結果]
図7に、Mnサイトに12.5at%元素置換した結果を示す。
図7より、
(1)これらの元素(Cr、Fe、Co、Mo、Ru、Rh、W、Re、Os、Ir)の形成エネルギーは、1eV以下と低く、Mnサイトへの元素置換が可能と考えられる、
(2)電子キャリアを導入(n型化)するには、Ru、Rh、Os、Ir、Fe、Coが置換元素として有効である、
(3)ホールキャリアを導入(p型化)するには、Mo、Cr、Wが置換元素として有効である、
(4)熱伝導度κを低減させるための同族元素としては、Reが置換元素として有効である、
ことがわかる。
【0052】
図8に、Alサイトに12.5at%元素置換した結果(●:試料No.D)、及び、Siサイトに12.5at%元素置換した結果(■:試料No.E)を示す。
図8より、
(1)Alサイトには、Sc、Zn、Gaが置換元素として適当である、
(2)Siサイトには、Ga、Ti、Geが置換元素として適当である、
(3)ホールキャリアを導入(p型化)するには、Alサイトの置換元素としてZnが有効であり、Siサイトの置換元素としてGaが有効である、
(4)熱伝導度κを低減するための同族元素としては、Alサイトの置換元素としてSc、Gaが有効であり、Siサイトの置換元素としてTi、Geが有効である、
ことがわかる。
【0053】
さらに、図8に、Alサイトに100at%元素置換した結果(○:試料No.F)、及び、Siサイトに100at%元素置換した結果(□:試料No.G)を示す。
図8より、AlサイトにSc、Zn又はGaをドープする場合、及び、SiサイトにGeをドープする場合、100at%元素置換したときと12.5at%元素置換したときとで、形成エネルギーの差があまりないことがわかる。そのため、これらをドーピングする際には、高濃度の置換が可能であると考えられる。
【0054】
以上、本発明の実施の形態について詳細に説明したが、本発明は上記実施の形態に何ら限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲で種々の改変が可能である。
【産業上の利用可能性】
【0055】
本発明に係る熱電材料及びその製造方法は、太陽熱発電器、海水温度差熱電発電器、化石燃料熱電発電器、工場排熱や自動車排熱の回生発電器等の各種の熱電発電器、光検出素子、レーザーダイオード、電界効果トランジスタ、光電子増倍管、分光光度計のセル、クロマトグラフィーのカラム等の精密温度制御装置、恒温装置、冷暖房装置、冷蔵庫、時計用電源等に用いられる熱電素子を構成する熱電材料及びその製造方法として使用することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
斜方晶TiSi2型構造を有し、(1)式で表されるMnAlSi系化合物を含む熱電材料。
(Mn1-xx)(Al1-ySiy)2(t-z)2z ・・・(1)
但し、
0≦x≦0.2、0.45≦y≦0.55、0≦z≦0.1、
0.94≦t≦1.06、
A、Bは、それぞれ、1種又は2種以上の金属元素(但し、アルカリ金属及びアルカリ土類金属を除く)。
【請求項2】
前記Aは、Cr、Fe、Co、Mo、Ru、Rh、W、Re、Os、及び、Irから選ばれる少なくとも1種以上の元素であり、
前記Bは、Sc、Ti、Zn、Ga、Ge、Al、及び、Siから選ばれる少なくとも1種以上の元素である請求項1に記載の熱電材料。
【請求項3】
請求項1又は2に記載のMnAlSi系化合物となるように配合された原料を溶解し、鋳造する溶解鋳造工程と、
前記溶解鋳造工程で得られた鋳塊を、真空雰囲気又は不活性ガス中において、500℃以上1000℃以下の温度で加熱し、前記斜方晶TiSi2型構造を有する前記MnAlSi系化合物を生成させるアニール工程と
を備えた熱電材料の製造方法。
【請求項4】
請求項1又は2に記載のMnAlSi系化合物となるように配合された原料を溶解することにより得られる溶湯を急冷凝固させる急冷工程と、
前記急冷工程で得られた急冷凝固物の粉末を、真空雰囲気又は不活性ガス中において、500℃以上1000℃以下の温度で加圧焼結し、前記斜方晶TiSi2型構造を有する前記MnAlSi系化合物を含む焼結体を得る焼結工程と
を備えた熱電材料の製造方法。
【請求項5】
前記焼結工程で得られた焼結体を、真空雰囲気又は不活性ガス中において、500℃以上1000℃以下の温度で加熱し、前記斜方晶TiSi2型構造を有する前記MnAlSi系化合物を生成させるアニール工程
をさらに備えた請求項4に記載の熱電材料の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2011−54850(P2011−54850A)
【公開日】平成23年3月17日(2011.3.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−204046(P2009−204046)
【出願日】平成21年9月3日(2009.9.3)
【出願人】(000003609)株式会社豊田中央研究所 (4,200)
【出願人】(504139662)国立大学法人名古屋大学 (996)
【Fターム(参考)】