説明

硬質焼結体切削工具およびその製造方法

【課題】レーザー加工による工具すくい面の加工損傷層の減少又は除去を効率よく短時間に行うことが可能な硬質焼結体切削工具およびその製造方法を提供する。
【解決手段】少なくとも切刃(4)がダイヤモンド焼結体および/又は立方晶窒化硼素焼結体からなる硬質焼結体切削工具(1)において、少なくとも前記切刃(4)の工具すくい面(2)表面に電子ビーム(10)が照射されることにより、前記工具すくい面(2)表面から深さ20μm以内の範囲にあるダイヤモンドおよび/又は立方晶窒化硼素(6)がセラミック組織(7)に変換された後、前記工具すくい面(2)表面が遊離砥粒(20)を用いた研磨方法により研磨されることによって、前記セラミック組織(7)が減少又は除去され、且つ、前記工具すくい面(2)が平滑に仕上げられるようにした。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、硬質燒結体切削工具および製造方法に関し、特に電子ビームを用いて切刃が形成された切削工具およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
硬質材料であるダイヤモンド焼結体および/又は立方晶窒化硼素焼結体、もしくは、セラミックスからなる切削工具においてはチップブレーカのない工具が多い。このような工具を用いた加工では、生成される切りくずを処理することができないことから、ワークやホルダへの切りくず絡みや工作機械内部での切りくず堆積により自動化ラインなどでの加工不具合(機械停止、加工面品位の低下等)が発生していた。その結果、加工能率の低下が避けられなかった。このような切りくずによるトラブルを解消するためには、凸状又は凸と凹の組み合わせの形状で形成されたチップブレーカを工具すくい面に有することが非常に有効となる。
【0003】
この種の工具における従来技術は、図5に模式的に示すように、特殊に調整されたレーザー加工機によりダイヤモンド焼結体および/または立方晶窒化硼素焼結体の表面に複雑な三次元形状のチップブレーカを構成し、遊離砥粒研磨法により表面の加工損傷層を減少又は除去することにより、工具欠損や溶着の少ない長寿命なスローアウェイチップを得るというものである(例えば、特許文献1参照)。
【特許文献1】特開2004−223648号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1に開示されたスローアウェイチップでは、局所的に1000〜3000°Cに達するレーザー加工による加熱域と、その周辺との間では、熱的な落差による工具すくい面表面の荒れや熱亀裂が発生するため比較的切削所期の段階で刃先が欠損する。また、レーザー加工により形成された加工損傷層表面における面粗さの悪化、ダイヤモンドのグラファイトへの変換、あるいは立方晶窒化硼素の六方晶窒化硼素への変換などによって、工具すくい面上での切りくずとの摩擦係数が大きくなるため、工具すくい面の溶着が発生し切りくず処理が困難となる。これらの問題を解決するためレーザー加工を行った工具すくい面のうち硬質焼結体部分の工具すくい面全体にわたり遊離砥粒を用いた研磨方法により研磨することによって、加工損傷層を減少、又は除去を行っている。
【0005】
しかしながら、局所的に1000〜3000°Cに達するレーザーの加熱域には加工損傷層が表面から深い領域に残存してしまうため、工具の切削性能に悪影響を及ぼさない程度に加工損傷層を減少又は除去するのに非常に長時間の研磨加工が必要とされる。一方、加工損傷層を浅くするためレーザーの加熱域における温度を1000°C程度に抑えると、工具すくい面上に凸状又は凸と凹の組み合わせの形状で形成されたチップブレーカを形成するのに非常に長い時間がかかってしまう。そのうえ、グラファイトに変換されないダイヤモンド、あるいは六方晶窒化硼素に変換されない立方晶窒化硼素が工具すくい面表面に残存するため、その後の研磨加工の効率が低下してしまう。
【0006】
本発明は、上記の事情に鑑みてなされたものであって、その目的は、工具すくい面の加工損傷層の減少又は除去を効率よく短時間に行うことが可能な硬質焼結体切削工具およびその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記の課題を解決するため、本発明は、少なくとも切刃がダイヤモンド焼結体および/又は立方晶窒化硼素焼結体からなる硬質焼結体切削工具において、少なくとも前記切刃の工具すくい面表面に電子ビームが照射されることにより、前記工具すくい面表面から深さ20μm以内の範囲にあるダイヤモンドおよび/又は立方晶窒化硼素がセラミック組織に変換された後、前記工具すくい面表面が遊離砥粒を用いた研磨方法により研磨されることによって、前記セラミック組織が減少又は除去され、且つ、前記工具すくい面が平滑に仕上げられていることを特徴とする硬質焼結体切削工具である。
【0008】
もう1つの発明は、少なくとも切刃がセラミックスからなる硬質焼結体切削工具において、少なくとも切刃の工具すくい面表面に電子ビームが照射されることにより、前記工具すくい面表面から深さ20μm以内の範囲にあるセラミックスが表面改質された後、前記工具すくい面表面が遊離砥粒を用いた研磨方法により研磨されることによって、前記工具すくい面が平滑に仕上げられていることを特徴とする硬質焼結体切削工具である。
【0009】
上記の硬質焼結体切削工具において、前記電子ビームが照射される前の前記工具すくい面表面にはチップブレーカが形成されていることが好ましい。また、前記遊離砥粒を用いた研磨方法により研磨された平滑な工具すくい面の面粗さが最大高さRz(JIS B0601)0.5〜15μmの範囲内にあることが好ましい。
【0010】
本発明の製造方法は、少なくとも切刃がダイヤモンド焼結体および/又は立方晶窒化硼素焼結体からなる硬質焼結体切削工具の、少なくとも前記切刃の工具すくい面表面に電子ビームを照射することにより、前記工具すくい面から深さ20μm以内の範囲にあるダイヤモンドおよび/又は立方晶窒化硼素をセラミック組織に変換する第1工程、および、前記工具すくい面表面を、遊離砥粒を用いた研磨方法により研磨することにより、前記セラミック組織を減少又は除去し且つ平滑な工具すくい面に仕上げる第2工程を含むことを特徴とする硬質焼結体切削工具の製造方法である。
【0011】
また、本発明のもう1つの製造方法は、少なくとも切刃がセラミックスからなる硬質焼結体切削工具の、少なくとも前記切刃の工具すくい面表面に電子ビームを照射することにより、前記工具すくい面から深さ20μm以内の範囲にあるセラミックスの表面改質をする第1工程、および、前記工具すくい面表面を、遊離砥粒を用いた研磨方法により研磨することにより、平滑な工具すくい面に仕上げる第2工程を含むことを特徴とする硬質焼結体切削工具の製造方法である。
【発明の効果】
【0012】
上記の硬質焼結体切削工具およびその製造方法によれば、電子ビームを照射した切刃の工具すくい面表面には、前記切刃を構成するダイヤモンドおよび/又は立方晶窒化硼素がそれぞれグラファイト、六方晶窒化硼素へ変換したセラミックス組織が前記工具すくい面表面から深さ20μm以内の範囲、好ましくは10μm以内の範囲に形成される。前記セラミック組織はダイヤモンドや立方晶窒化硼素にくらべ硬度が低いため、遊離砥粒を用いた研磨方法により前記工具すくい面表面を効率的に平滑化することが可能となるほか、遊離砥粒および研磨部材の消耗がおさえられる。
【0013】
上記の電子ビーム加工はチップブレーカが形成された工具すくい面に施すことが可能である。当該チップブレーカは凸状、凹状又は凸状と凹状とを組み合わせた形状のいずれかに形成され、また、当該チップブレーカ形成する加工方法としては、プレス焼結段階での型押し加工、プレス焼結後の総型砥石による研削加工、又はプレス成形後のレーザー加工等が挙げられるが、これらの加工方法のうちレーザー加工は、高出力レーザーによりチップブレーカを形成する能率が高められるほか、いわゆる3次元チップブレーカと呼ばれる比較的複雑な形状、又は微細な形状にも容易に対応できる点で好ましい。
【0014】
工具すくい面表面に形成されたチップブレーカの凹凸にかかわらず電子ビーム加工した部分ではセラミック組織の深さがほぼ均一に形成されるため、その後の研磨加工によって前記セラミック組織を効率的に減少又は除去することができる。特にレーザー加工により工具すくい面表面にチップブレーカを形成したときには、切削初期における刃先欠損の原因である工具すくい面表面の荒れや熱亀裂が残存するが、電子ビーム加工後研磨加工することによって、これらの荒れや熱亀裂を短時間に減少又は除去することが可能となる。前記チップブレーカが工具すくい面に形成されることによって、凸状に形成したチップブレーカにおいては凸部を構成する壁面が切りくずを拘束することにより切りくずのカールを促進し切りくず排出性を高める効果を奏し、凹状に形成したチップブレーカにおいては凹部が切刃のすくい角を増加させることから切削抵抗を低減する効果を奏する。凸状と凹状とを組み合わせた形状に形成した場合には上述した双方の効果を奏する。
【0015】
工具すくい面表面の面粗さが最大高さRz15μm以下ならば切りくずとの摩擦が抑えられるため溶着の発生が抑えられ切刃の寿命が向上する。最大高さRz0.5μm未満になると凸状に形成されたチップブレーカによって切りくずを拘束することが困難になり切りくず処理性が悪化するおそれがある。
【0016】
本発明におけるダイヤモンド焼結体とは、ダイヤモンドの結晶粒を80〜98体積%の範囲で含有し、Co、WC等の結合相を用いて焼結された多結晶ダイヤモンド焼結体を示す。また、本発明における立方晶窒化硼素焼結体とは、立方晶窒化硼素を35体積%以上含み、TiC−Al、TiCN−Al、WC−Co−Al、TiN−WC−Al等の結合相を用いて焼結された立方晶窒化硼素焼結体、または、上記のような結合相が一切用いられない立方晶窒化硼素のみを焼結した立方晶窒化硼素焼結体を示す。また、本発明におけるセラミックスとは、窒化珪素系セラミックス、アルミナ系セラミックス、または、上記のようなセラミックス以外の公知のセラミックスを示す。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
本発明に係る硬質焼結体切削工具の実施の形態について図1〜図4を用いて説明する。図1は当該硬質焼結体切削工具の製造過程における電子ビーム加工の状態の模式図であり、図2は図1のA部における電子ビーム加工後の状態を模式的に示した拡大図である。図3は図1のA部における研磨加工の状態を模式的に示した拡大図である。図4は図1のA部における研磨加工後の状態を模式的に示した拡大図である。図5は硬質焼結体切削工具の工具すくい面へのレーザー加工の状態を模式的に示した図である。
【0018】
本発明を適用する硬質焼結体切削工具は図示しないが、例えばダイヤモンド焼結体および/又は立方晶窒化硼素焼結体を超硬合金製基体と一体化した2層構造とし、これを超硬合金製のチップ本体のコーナー部にろう付けしたスローアウェイチップ、又はこれをホルダ本体に直接ろう付けしたバイト、フライス、ドリル等の切削工具としたものである。なお、前記超硬合金製基体を用いず前記焼結体が直に前記チップ本体にろう付けされてもよい。スローアウェイチップとする場合には、当該スローアウェイチップは工具ホルダに形成されたチップ座に楔部材、ねじ部材、押さえ金といった公知の固定手段を用いて固定されることにより切削工具を構成する。以下に説明する本発明の実施の形態は、上記の切削工具において切削性能に大きな影響を及ぼす切刃近傍、特に工具すくい面の特徴的な構成に関するものである。
【0019】
本実施の形態に係る硬質焼結体切削工具は、少なくとも切刃4が立方晶窒化硼素を35体積%以上含み、TiC−Al、TiCN−Al、TiN−Al、WC−Co−Al、TiN−WC−Al等の結合相を用いて焼結された立方晶窒化硼素焼結体から構成されている。また、上記のような結合相が一切用いられない立方晶窒化硼素のみを焼結した焼結体であってもよい。切刃4の工具すくい面2の表面には、あらかじめ凸状、凹状又は凸と凹とを組み合わせた形状のチップブレーカ3が形成されている。立方晶窒化硼素焼結体にチップブレーカ3を成形する方法としては、例えばプレス焼結による型押し成形、プレス焼結後に砥石を用いた研削加工による成形、放電加工、レーザービーム又は電子ビームを用いた溶融除去加工により行われる。図5に模式的に示すようにレーザービーム又は電子ビームを照射して工具すくい面の表面組織を溶融除去することによりチップブレーカ3を成形すれば、高出力のレーザービーム又は電子ビームにより上記チップブレーカ3の加工能率が高くなるほか、複雑且つ微細な形状のものが成形可能であり、さらにチップブレーカ3の形状の自由度が高くなるといった利点が得られる。
【0020】
図1に模式的に示すように電子ビーム10は工具すくい面2の表面に対して照射される。少なくとも切削性能に深く関与する部分、すなわち、切刃4の稜線を含め前記切刃4の近傍に存在し且つ切りくずに接触する工具すくい面2の表面に電子ビームが照射される。電子ビーム加工は既に知られているように、真空容器内のテーブルにセットされた被加工物の加工部位の表面に、真空状態で電子銃から発射された電子ビームを照射することにより、前記加工部位の表面を加熱し溶融あるいは除去する熱加工であるが、本実施の形態では、出力を調整した電子ビーム10を照射することによって加熱された工具すくい面2の表面および表面近傍の領域は、溶融除去されるのではなく立方晶窒化硼素が六方晶窒化硼素を含むセラミック組織7に変換するだけである。さらに、前記領域が除去されない程度、且つ、前記工具すくい面2の表面から深さ20μm以内、好ましくは10μm以内の範囲が前記セラミック組織7に変換される程度の温度に加熱されるように電子ビーム10の出力が調整される。
【0021】
電子ビーム加工後において、図2に模式的に示すように工具すくい面2の表面および表面近傍には六方晶窒化硼素を含むセラミック組織7が残存している。その後、図3に示すように工具すくい面2の表面は遊離砥粒20を用いた研磨方法により研磨加工され、当該セラミック組織7は減少又は除去されるとともに工具すくい面2の表面の面粗さが改善される(図4参照)。当該研磨加工によって仕上げられた工具すくい面2の面粗さとしては、最大高さRz(JIS B0601)0.5〜15μmの範囲内にあることが好ましい。
【0022】
他の実施の形態としては、少なくとも切刃4がダイヤモンド焼結体からなる硬質焼結体切削工具1であってもよい。すなわち、当該ダイヤモンド焼結体は平均粒径が3〜50μmの範囲にあるダイヤモンドの結晶粒を80〜98体積%の範囲で含有し、Co、WC等の結合相を用いて焼結された多結晶ダイヤモンド焼結体である。切刃4の工具すくい面2の表面には、あらかじめ凸状、凹状又は凸と凹とを組み合わせた形状のチップブレーカ3が形成されており、その成形方法については、先の実施の形態で説明した方法と同様の成形方法が適用される。
【0023】
図1に模式的に示すように電子ビーム10は工具すくい面2の表面に対して照射される。少なくとも切削性能に深く関与する部分、すなわち、切刃4の稜線を含め前記切刃4の近傍に存在し且つ切りくずに接触する工具すくい面2の表面に電子ビーム10が照射される。この場合においても、出力を調整した電子ビーム10を照射することによって加熱された工具すくい面2の表面および表面近傍の領域は、溶融除去されるのではなくダイヤモンドがグラファイトを含むセラミック組織7に変換するだけである。さらに、前記領域が除去されない程度、且つ、前記工具すくい面2の表面から深さ20μm以内、好ましくは10μm以内の範囲が前記セラミック組織7に変換される程度の温度に加熱されるように電子ビーム10の出力が調整される。
【0024】
電子ビーム加工後において、図2に模式的に示すように工具すくい面2の表面および表面近傍にはグラファイトを含むセラミック組織7が残存している。その後、図3に示すように工具すくい面2の表面は遊離砥粒20を用いた研磨方法により研磨加工され、当該セラミック組織7は減少又は除去されるとともに前記工具すくい面2の表面の面粗さが改善される(図4参照)。当該研磨加工によって仕上げられた工具すくい面2の面粗さとしては、最大高さRz0.5〜15μmの範囲内にあることが好ましい。
【0025】
以上に説明した2つの実施の形態において、チップブレーカ3が形成された工具すくい面2の研磨方法としては、遊離砥粒20を用いた研磨方法が好ましく、例えばアルミナ、シリコンカーバイド、窒化硼素、又はダイヤモンド等の材質からなる遊離砥粒20を圧縮空気や高圧流体等の媒体により照射する方法、図3に例示するように上記の遊離砥粒20をナイロン、ポリプロピレン、パイレンウール、エンビ、ポリエステルもしくはアラミド等の樹脂、又は馬毛、豚毛、羊毛等の動物の毛材、又はシダ、パーム等の植物繊維等を原料とするブラシ30とともに回転又は揺動する方法、又は、上記の遊離砥粒20を用いた研磨方法等が挙げられる。ダイヤモンドからなる遊離砥粒20を用いた場合には、特に硬質なダイヤモンド焼結体および/又は立方晶窒化硼素焼結体からなる硬質焼結体切削工具1の研磨加工において高い研磨力と耐久性が発揮される。
【0026】
以上の各実施の形態によれば、出力を調整した電子ビーム10により工具すくい面2の表面を加熱することによって、当該工具すくい面2の表面および表面から深さ10μm未満の範囲には、ダイヤモンドや立方晶窒化硼素にくらべ硬さが低いセラミック組織が残存するため、遊離砥粒20を用いた研磨方法による研磨加工において、当該セラミック組織7を減少又は除去し且つ当該工具すくい面2の表面の面粗さを向上するのに要する時間が大幅に短縮するとともに、面粗さを改善する能率が大幅に向上する。特に、レーザー加工によって工具すくい面2の表面にチップブレーカ3を形成したときには、工具すくい面2の表面の荒れや熱亀裂を減少又は除去するのに長時間の研磨加工を要するが、当該レーザー加工によりチップブレーカ3を形成した後、工具すくい面2の表面に電子ビーム加工を行うことによって、工具すくい面2の荒れを改善するとともに工具すくい面2の表面からごく浅い範囲に比較的硬さの低いセラミック組織7が残存するので、研磨加工に要する時間を大幅に短縮することが可能となるほか遊離砥粒20および流離砥粒20とともに回転又は揺動するブラシの寿命が長くなる。
【0027】
本発明は切刃4がセラミックスからなる硬質焼結体切削工具1にも適用可能である。セラミックスとしては窒化珪素系セラミックス又はアルミナ系セラミックス等が代表的に用いられるが、これらの他に公知のセラミックスが用いられてもよい。電子ビーム10は工具すくい面2の表面に対して照射される。少なくとも切削性能に深く関与する部分、すなわち、切刃4の稜線を含め前記切刃4の近傍に存在し且つ切りくずに接触する工具すくい面2の表面に出力を調整した電子ビーム10の照射によって加熱された工具すくい面2の表面および表面近傍の領域が溶解する。その後、電子ビーム10の照射が終了し前記溶融した範囲が冷却されると、当該電子ビーム加工前の研削加工、放電加工又はレーザー加工によって生じた工具すくい面2の表面の荒れや熱亀裂が減少又は除去されるため、当該電子ビーム加工後の研磨加工による工具すくい面2の表面の研磨加工に要する時間が短縮する。なお、上記の工具すくい面2の表面および表面近傍の領域は除去されない程度、且つ、前記工具すくい面2の表面から深さ20μm以内、好ましくは10μm以内の範囲が溶融する程度の温度に加熱されるように電子ビーム10の出力が調整される。さらに、セラミックスの組成に応じても電子ビーム10の出力が調整される。
【0028】
電子ビーム加工によって工具すくい面2の表面近傍に残存するセラミック組織7の深さは、チップブレーカ3の凹凸形状の影響をほとんど受けずほぼ均一となるため、その後の研磨加工によって仕上げられた表面の平滑さも向上する。さらに、3次元チップブレーカのように複雑形状のものや切刃にごく近接した位置に複雑且つ微細な凹状および/又は凸状の形状を形成した仕上げ切削用のものでは、研磨加工の際、図1中のA部のようにチップブレーカ3を構成する壁面同士が凹状に交わる隅部にブラシが当たりにくくなるものの、上記のように工具すくい面2の表面からごく浅い範囲に均一な深さに残存するセラミック組織7を均一に減少又は除去することができる。
【0029】
工具すくい面2の表面に形成されたチップブレーカ3が切削性能に及ぼす効果は以下のとおりである。チップブレーカ3が凸状の形状に形成された場合には凸部を構成する壁面が切りくずを拘束することにより切りくずのカールを促進し切りくず排出性を高める効果を奏し、凹状の形状に形成された場合には凹部が切刃4のすくい角を増加させることから切削抵抗の低減効果を奏する。凸状と凹状とを組み合わせた形状に形成された場合にはそれぞれの凸部と凹部上記の双方の効果を奏する。
【0030】
各実施の形態において、研磨加工によって仕上げられた工具すくい面2の面粗さは、最大高さRz0.5〜15μmの範囲内にあることが好ましい。これは、工具すくい面2の表面の面粗さが最大高さRz15μm以下ならば切りくずとの摩擦が抑えられるため溶着の発生が抑えられ切刃4の寿命が向上する。最大高さRz0.5μm未満になると凸状に形成されたチップブレーカ3によって切りくずを拘束することが困難になり長く伸びた切りくずが生成し切りくずの処理性が悪化するおそれがある。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】本発明を適用した硬質焼結体切削工具の製造過程における電子ビーム照射の状態を模式的に示した図である。
【図2】図1のA部における電子ビーム照射後の状態を模式的に示した拡大図である。
【図3】図1のA部における研磨加工の状態を模式的に示した拡大図である。
【図4】図1のA部における研磨加工後の状態を模式的に示した拡大図である。
【図5】硬質焼結体切削工具の工具すくい面へのレーザー加工の状態を模式的に示した図である。
【符号の説明】
【0032】
1 硬質焼結体切削工具
2 工具すくい面
3 チップブレーカ
4 切刃
5 逃げ面
6 ダイヤモンドおよび/又は立方晶窒化硼素の結晶粒
7 セラミック組織
10 電子ビーム
11 レーザービーム
20 遊離砥粒
30 ブラシ
100 電子ビーム加工装置
110 レーザー加工装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも切刃がダイヤモンド焼結体および/又は立方晶窒化硼素焼結体からなる硬質焼結体切削工具において、
少なくとも前記切刃の工具すくい面表面に電子ビームが照射されることにより、前記工具すくい面表面から深さ20μm以内の範囲にあるダイヤモンドおよび/又は立方晶窒化硼素がセラミック組織に変換された後、前記工具すくい面表面が遊離砥粒を用いた研磨方法により研磨されることによって、前記セラミック組織が減少又は除去され、且つ、前記工具すくい面が平滑に仕上げられていることを特徴とする硬質焼結体切削工具。
【請求項2】
少なくとも切刃がセラミックスからなる硬質焼結体切削工具において、
少なくとも切刃の工具すくい面表面に電子ビームが照射されることにより、前記工具すくい面表面から深さ20μm以内の範囲にあるセラミックスが表面改質された後、前記工具すくい面表面が遊離砥粒を用いた研磨方法により研磨されることによって、前記工具すくい面が平滑に仕上げられていることを特徴とする硬質焼結体切削工具。
【請求項3】
前記電子ビームが照射される前の前記工具すくい面表面にはチップブレーカが形成されていることを特徴とする請求項1又は2記載の硬質焼結体切削工具。
【請求項4】
前記遊離砥粒を用いた研磨方法により研磨された平滑な工具すくい面の面粗さが最大高さRz(JIS B0601)0.5〜15μmの範囲内にあることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項記載の硬質焼結体切削工具。
【請求項5】
少なくとも切刃がダイヤモンド焼結体および/又は立方晶窒化硼素焼結体からなる硬質焼結体切削工具の、少なくとも前記切刃の工具すくい面表面に電子ビームを照射することにより、前記工具すくい面から深さ20μm以内の範囲にあるダイヤモンドおよび/又は立方晶窒化硼素をセラミック組織に変換する第1工程、および、前記工具すくい面表面を、遊離砥粒を用いた研磨方法により研磨することにより、前記セラミック組織を減少又は除去し且つ平滑な工具すくい面に仕上げる第2工程を含むことを特徴とする硬質焼結体切削工具の製造方法。
【請求項6】
少なくとも切刃がセラミックスからなる硬質焼結体切削工具の、少なくとも前記切刃の工具すくい面表面に電子ビームを照射することにより、前記工具すくい面から深さ20μm以内の範囲にあるセラミックスの表面改質をする第1工程、および、前記工具すくい面表面を、遊離砥粒を用いた研磨方法により研磨することにより、平滑な工具すくい面に仕上げる第2工程を含むことを特徴とする硬質焼結体切削工具の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2006−281386(P2006−281386A)
【公開日】平成18年10月19日(2006.10.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−105805(P2005−105805)
【出願日】平成17年4月1日(2005.4.1)
【出願人】(000221144)株式会社タンガロイ (185)
【Fターム(参考)】