説明

硬質被膜および硬質被膜被覆加工工具

【課題】 ダイヤモンド被膜の上にPVD法によって表皮膜を設ける場合の付着強度を向上させて優れた耐久性が得られるようにする。
【解決手段】 ダイヤモンド被膜22にはボロンが5.0原子%程度の割合でドーピングされているため、そのダイヤモンド被膜22が導電性を有するようになり、その上にPVD法によってTiAlNの表皮膜24を設ける際に、コーティングプロセス初期より十分な導電特性でコーティングすることが可能で、ダイヤモンド被膜22に対する表皮膜24の付着強度が向上する。また、ダイヤモンド被膜22自体もボロンドープによって耐酸化性が向上するため、表皮膜24の存在と相まって耐酸化性が大幅に向上する。これにより、鉄系の材料を含む複合材料の切削加工や、切削点が高温になるチタン合金等の耐熱合金に対する切削加工においても、表皮膜24の早期摩耗や剥離が防止されて優れた耐久性が得られるようになる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、加工工具などの所定の部材の表面に設けられる硬質被膜に係り、特に、ダイヤモンド被膜の上にPVD法によって表皮膜を設ける技術に関するものである。
【背景技術】
【0002】
超硬合金等の基材の表面にダイヤモンド被膜をコーティングしたダイヤモンド被覆加工工具が、例えばエンドミルやバイト、タップ、ドリルなどの切削工具、或いはその他の加工工具として提案されている。特許文献1や特許文献2に記載されている工具はその一例で、このようなダイヤモンド被覆加工工具は非常に高い硬度を有し、優れた耐摩耗性、耐溶着性が得られるが、耐酸化性が低く、鉄系の材料を含む複合材料の切削加工や、切削点が高温になる加工において十分な性能を示すことができないことがあった。このため、ダイヤモンド被膜の上にTiAlN等の金属間化合物の表皮膜をPVD(物理気相成長)法等によってコーティングすることが、例えば特許文献3等で提案されている。また、特許文献4、特許文献5には、ダイヤモンドに導電性を持たせたり耐酸化性を向上させたりするために、マイクロ波プラズマCVD(化学気相成長)法等によりダイヤモンドを結晶成長させる際に、ボロンをドーピングする技術が記載されている。
【特許文献1】特許第2519037号公報
【特許文献2】特開2002−79406号公報
【特許文献3】特開2003−145309号公報
【特許文献4】特開2004−193522号公報
【特許文献5】特開平10−146703号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
しかしながら、工具基材等の表面にコーティングされるダイヤモンド被膜については、未だボロンのドーピングについて提案されておらず、ダイヤモンド自体は基本的に絶縁体であることから、PVD法によってダイヤモンド被膜の上にTiAlN等の表皮膜を設ける場合、コーティングプロセス初期より十分な導電特性を得ることができないため、付着強度が低く、切削初期に表皮膜が剥離したりして十分な耐久性が得られないという問題があった。
【0004】
本発明は以上の事情を背景として為されたもので、その目的とするところは、ダイヤモンド被膜の上にPVD法によって表皮膜を設ける場合の付着強度を向上させて優れた耐久性が得られるようにすることにある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
かかる目的を達成するために、第1発明は、所定の部材の表面に設けられる硬質被膜であって、(a) 前記所定の部材の表面には、ボロンがドーピングされたダイヤモンド被膜がコーティングされているとともに、(b) そのダイヤモンド被膜の上には、金属間化合物から成る表皮膜がPVD法によって設けられていることを特徴とする。
【0006】
第2発明は、第1発明の硬質被膜において、前記ダイヤモンド被膜には、ボロンが0.05〜10原子%の割合でドーピングされていることを特徴とする。
【0007】
第3発明は、第1発明または第2発明の硬質被膜において、前記ダイヤモンド被膜は、結晶粒径が2μm以下の微結晶ダイヤモンドにて構成されていることを特徴とする。
【0008】
第4発明は、第1発明〜第3発明の何れかの硬質被膜において、前記表皮膜は、1種類の金属間化合物から成る単一層、または複数種類の金属間化合物から成る複数の層から構成されていることを特徴とする。
【0009】
第5発明は、第1発明〜第4発明の何れかの硬質被膜において、前記ダイヤモンド被膜の膜厚は8〜20μmの範囲内で、前記表皮膜の膜厚は1〜5μmの範囲内であることを特徴とする。
【0010】
第6発明は、所定の工具基材の表面に硬質被膜が設けられている硬質被膜被覆加工工具に関するもので、所定の加工を行なう加工部の表面に、第1発明〜第5発明の何れかの硬質被膜が設けられていることを特徴とする。
【0011】
なお、ボロンがドーピングされたボロンドープダイヤモンドは、炭素原子の一部がボロン原子によって置き換えられたもので、正の電荷を持つ正孔を有するp型半導体である。また、ボロンの原子%は、ボロン原子に置き換えられた原子数の割合で、例えば二次イオン質量分析法等によって調べられる。
【発明の効果】
【0012】
このような硬質被膜においては、所定の部材の表面にコーティングされるダイヤモンド被膜にボロンがドーピングされていることから、そのダイヤモンド被膜が導電性を有するようになり、その上にPVD法によって金属間化合物の表皮膜を設ける際に、コーティングプロセス初期より十分な導電特性でコーティングすることが可能で、ダイヤモンド被膜に対する付着強度が向上する。また、ダイヤモンド被膜自体もボロンドープによって耐酸化性が向上するため、表皮膜の存在と相まって耐酸化性が大幅に向上する。これにより、鉄系の材料を含む複合材料の切削加工や、切削点が高温になるチタン合金等の耐熱合金に対する切削加工などにおいても、早期摩耗や剥離が防止されて優れた耐久性が得られるようになる。
【0013】
第3発明では、ダイヤモンドが微結晶であるため、通常のダイヤモンド被膜に比較して表面が平滑であり、その上に設けられる表皮膜の平滑度(表面粗さ)が向上し、加工工具の場合には加工面粗さが向上する。
【0014】
第5発明では、ダイヤモンド被膜の膜厚が8〜20μmの範囲内で、表皮膜の膜厚が1〜5μmの範囲内であるため、ダイヤモンド被膜による耐摩耗性向上効果が良好に得られるとともに、工具基材に対するダイヤモンド被膜の密着性やダイヤモンド被膜に対する表皮膜の密着性が十分に得られて、それ等の剥離が一層良好に防止される。
【0015】
加工部の表面に上記硬質被膜が設けられた第6発明の硬質被膜被覆加工工具においても、実質的に上記と同様の効果が得られる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
本発明の硬質被膜は、耐摩耗性や耐酸化性が要求される切削工具などの加工工具、すなわち硬質被膜被覆加工工具に好適に適用されるが、例えば半導体装置などの硬質被膜として用いることもできるなど、加工工具以外にも適用され得る。加工工具としては、エンドミルやバイト、タップ、ドリルなどの切削工具は勿論、転造工具などの他の加工工具にも適用され得る。また、鉄鋼材料などの鉄系材料の加工に好適に用いられるが、他の材料の加工に用いることも可能である。
【0017】
硬質被膜被覆加工工具の場合、硬質被膜をコーティングすべき工具基材としては超硬合金などの超硬質工具材料が好適に用いられるが、高速度工具鋼等の他の工具材料を用いることもできる。密着性を高めるために、その工具基材の表面に粗面化処理を施したり、他の被膜を下地として設けたりするなど、所定の前処理を行うことができる。
【0018】
ダイヤモンド被膜のコーティングにはCVD法が好適に用いられ、特にマイクロ波プラズマCVD法が望ましいが、ホットフィラメントCVD法や高周波プラズマCVD法等の他のCVD法を用いることもできる。ボロンのドーピング技術については、前記特許文献4や特許文献5に記載されているものなど、ダイヤモンドに対するボロンのドーピング技術として従来から知られている種々の手法を採用できる。
【0019】
ボロンのドーピング量(含有量)は、所定の導電性を得る上で0.05原子%以上が望ましく、ダイヤモンド被膜の耐摩耗性や硬度等を維持する上で10原子%以下が適当である。このドーピング量は、必ずしもダイヤモンド被膜の全域で一定である必要はなく、例えば上部程ドーピング量が多くなるように連続的或いは段階的にドーピング量を増やしたり、多い層と少ない層とを交互に積層して多層構造としたりするなど、種々の態様が可能である。
【0020】
ダイヤモンド被膜の膜厚は、表皮膜の種類や膜厚などによって異なるが、例えば5μmより薄いと十分な耐摩耗性等の作用が得られない一方、25μmを越えると剥離し易くなったり切れ刃の刃先が丸くなったりするなどして好ましくないため、5〜25μmの範囲内が適当で、8〜20μm程度が特に望ましい。表皮膜の膜厚は、ダイヤモンド被膜の膜厚や表皮膜の材質などによって異なるが、例えば1μmより薄いとダイヤモンド被膜と鉄系材料との反応を防止する作用が十分に得られない一方、5μmを越えると剥離し易くなったり切れ刃の刃先が丸くなったりするなどして好ましくないため、1〜5μmの範囲内が適当である。加工工具以外に適用する場合は、そのコーティング対象の材質や目的等に応じて適宜定められる。なお、ダイヤモンド被膜と金属間化合物から成る表皮膜とを交互に積層することも可能で、少なくとも最上部に表皮膜が設けられれば良い。
【0021】
表皮膜を構成する金属間化合物は、例えばAl、Ti、V、またはCrの炭化物、窒化物、炭窒化物、或いはこれらの相互固溶体から成るもので、具体的にはTiAlN、TiCN、TiCrN、TiN、CrNなどが好適に用いられる。表皮膜は1層でも良いが、2層以上の金属間化合物によって構成することもできる。例えば、ダイヤモンド被膜の上には、ダイヤモンドとの密着性に優れたTiNを例えば0.2〜0.5μm程度の厚さで設け、その上に3〜4μm程度の厚さでTiAlNなどを設けるようにしたり、或いは0.2〜0.5μm程度の厚さのTiNおよびTiAlNを交互に繰り返し設けたりするなど、種々の態様を採用できる。
【0022】
表皮膜は、少なくとも加工時にワーク(被削材など)と接触する部分を被覆するように設けられれば良く、必ずしもダイヤモンド被膜を総て被覆するように設ける必要はない。金属間化合物の表皮膜を設けるPVD法としては、例えばアークイオンプレーティング法やスパッタリング法が好適に用いられる。
【0023】
第3発明の微結晶ダイヤモンドは、例えば前記特許文献2に記載のように核生成工程および結晶成長工程を繰り返すことにより形成することが可能である。結晶粒径は2μm以下で、1μm以下が望ましい。この結晶粒径は、結晶成長方向と直角な方向の最大径寸法で、総てのダイヤモンドの結晶粒径が2μm以下であることが望ましいが、表面或いは所定の横断面における結晶粒径の少なくとも80%以上が2μm以下であれば良い。また、結晶成長方向の長さ寸法を2μm以下とすれば、その結晶成長方向と直角な方向の結晶粒径も一般には2μm以下となる。なお、結晶成長方向の寸法が2μmより大きくても、結晶粒径が2μm以下であれば良い。第3発明以外の発明の実施に際しては、結晶粒径が2μmより大きい粗結晶のダイヤモンド被膜を用いることもできる。
【実施例】
【0024】
以下、本発明の実施例を図面を参照しつつ詳細に説明する。
図1は、本発明が適用されたダイヤモンド被覆加工工具、具体的にはダイヤモンド被覆切削工具としてのエンドミル10を示す図で、(a) は軸心と直角方向から見た正面図、(b) は刃部14の表面付近の断面図である。このエンドミル10は、4枚刃のスクエアエンドミルであり、工具基材12は超硬合金にて構成されており、その工具基材12にはシャンクおよび刃部14が軸方向に一体に設けられている。刃部14は加工部に相当し、切れ刃として外周刃16および底刃18を備えているとともに、刃部14の表面には硬質被膜20が設けられている。図1(a) の斜線部は、工具基材12の表面に設けられた硬質被膜20を表している。
【0025】
硬質被膜20は、工具基材12の表面にコーティングされたダイヤモンド被膜22と、そのダイヤモンド被膜22の上に設けられた表皮膜24とから構成されている。ダイヤモンド被膜22は、結晶粒径が1μm以下の微結晶ダイヤモンドにて構成されているとともに、ボロンが0.05〜10原子%の範囲内で例えば5.0原子%程度でドーピングされており、8〜20μmの範囲内で例えば15μm程度の膜厚でコーティングされている。表皮膜24は、単一の金属間化合物すなわち本実施例ではTiAlNにて構成されているとともに、1〜5μmの範囲内で例えば4μm程度の膜厚で設けられている。
【0026】
上記エンドミル10は、超硬合金に研削加工等を施すことにより、切れ刃として外周刃16および底刃18を有する工具基材12を形成した後、ダイヤモンド被膜22の密着性を高めるために、工具基材12の刃部14の表面に粗面化処理を施す。粗面化処理としては、例えば電解研磨などの化学的腐食や、SiC等の砥粒などによるサンドブラストが適当である。その後、図2のマイクロ波プラズマCVD装置30を用いて、粗面化された刃部14の表面に気相合成法、具体的にはマイクロ波プラズマCVD法により、ボロンをドーピングしながらダイヤモンド粒子を生成・成長させてダイヤモンド被膜22をコーティングする。
【0027】
図2のマイクロ波プラズマCVD装置30は、反応炉32、マイクロ波発生装置34、原料ガス供給装置36、真空ポンプ38、および電磁コイル40を備えて構成されている。円筒状の反応炉32内にはテーブル42が設けられダイヤモンド被膜22をコーティングすべき複数の工具基材12がワーク支持具44に支持されて、それぞれ刃部14が上向きになる姿勢で配置されるようになっている。マイクロ波発生装置34は、例えば2.45GHz等のマイクロ波を発生する装置で、このマイクロ波が反応炉32内へ導入されることにより工具基材12が加熱されるとともに、マイクロ波発生装置34の電力制御によって加熱温度が調節される。
【0028】
原料ガス供給装置36は、メタン(CH4 )や水素(H2 )、一酸化炭素(CO)などの原料ガスを反応炉32内に供給するためのもので、それ等のガスボンベや流量を制御する流量制御弁、流量計などを備えて構成されているが、本実施例ではボロンをドーピングするために、例えば酸化ボロンをメタノールに溶かした液体を原料ガスに混ぜて反応炉32内に供給できるようになっている。真空ポンプ38は、反応炉32内の気体を吸引して減圧するためのもので、圧力計46によって検出される反応炉32内の圧力値が予め定められた所定の圧力値になるように、真空ポンプ38のモータ電流などがフィードバック制御される。電磁コイル40は、反応炉32内を取り巻くように反応炉32の外周側に円環状に配設されている。
【0029】
このようなマイクロ波プラズマCVD装置30を用いたダイヤモンド被膜22のコーティング処理は、図3に示すように核付着工程のステップR1と、結晶成長工程のステップR2とを有して行なわれる。ステップR1の核付着工程では、メタンの濃度が10%〜30%の範囲内で定められた設定値となるようにメタンおよび水素の流量調節を行うとともに、工具基材12の表面温度が700℃〜900℃の範囲内で定められた設定温度になるようにマイクロ波発生装置34を調節し、反応炉32内のガス圧が2.7×102 Pa〜2.7×103 Paの範囲内で定められた設定圧になるように真空ポンプ38を作動させ、その状態を0.1時間〜2時間継続する。これにより、工具基材12の表面、或いはステップR2の結晶成長処理で結晶成長させられた多数のダイヤモンド結晶の表面に、ダイヤモンドの結晶成長の起点となる核の層が付着される。
【0030】
ステップR2の結晶成長工程は、メタンの濃度が1%〜4%の範囲内で定められた設定値になるようにメタンおよび水素の流量調節を行うとともに、工具基材12の表面温度が800℃〜900℃の範囲内で定められた設定温度になるようにマイクロ波発生装置34を調節し、反応炉32内のガス圧が1.3×103 Pa〜6.7×103 Paの範囲内で定められた設定圧になるように真空ポンプ38を作動させ、その状態を、ダイヤモンドの結晶粒径が1μm以下に維持されるように予め定められた所定時間、具体的にはダイヤモンドの結晶長さ(結晶成長方向の長さ寸法)が1μmになる予め求められた時間よりも短い所定の処理時間だけ継続する。すなわち、本実施例の結晶成長処理では、結晶成長方向の長さ寸法が1μm以下であれば、その結晶成長方向と略直角な平面内の結晶粒径は1μm以下に維持されるのである。
【0031】
そして、次のステップR3では、工具基材12の表面上に結晶成長させられたダイヤモンド被膜22の膜厚が予め定められた設定膜厚(本実施例では20μm)に達したか否かを、例えばステップR2の実行回数などで判断し、設定膜厚になるまで上記ステップR1およびR2を繰り返す。ステップR1の実行時には、ダイヤモンドの結晶成長が中止し、その結晶上に新たに核の層が形成されるとともに、以後の結晶成長処理(ステップR2)では、核の層の下のダイヤモンドの結晶が再成長させられることはなく、新たな核を起点として新たにダイヤモンドが結晶成長させられることにより、結晶粒径および結晶長さが共に1μm以下の微結晶で多層構造のダイヤモンド被膜22が工具基材12の表面にコーティングされる。
【0032】
また、上記ダイヤモンド被膜22のコーティング処理に際しては、水素等の原料ガスを供給する際に、前記酸化ボロンをメタノールに溶かした液体をその原料ガスに混ぜて反応炉32内に所定流量で供給することにより、そのダイヤモンド被膜22にボロンをドーピングする。ボロンのドーピング量は、酸化ボロンを溶かした液体の供給流量を変更することによって調節できる。
【0033】
上記ダイヤモンド被膜22の表面に、更に表皮膜24としてTiAlNをPVD法、具体的にはアークイオンプレーティング法によってコーティングする。図4は、上記表皮膜24を形成する際に好適に用いられるアークイオンプレーティング装置50を説明する概略構成図(模式図)で、多数のワークすなわち刃部14にダイヤモンド被膜22がコーティングされた工具基材12を保持しているワーク保持具52、そのワーク保持具52を略垂直な回転中心まわりに回転駆動する回転装置54、工具基材12に負のバイアス電圧を印加するバイアス電源56、工具基材12などを内部に収容している処理容器としてのチャンバ58、チャンバ58内に所定の反応ガスを供給する反応ガス供給装置60、チャンバ58内の気体を真空ポンプなどで排出して減圧する排気装置62、第1アーク電源64、第2アーク電源66等を備えている。ワーク保持具52は、上記回転中心を中心とする円筒形状或いは多角柱形状を成しており、刃部14が略水平に外側へ突き出す姿勢で多数の工具基材12を放射状に保持している。また、反応ガス供給装置60は、形成すべき表皮膜24の組成に応じて窒化物であれば窒素ガス(N2 )のタンクを有し、炭化物であれば炭化水素ガス(CH4 、C2 2 など)のタンクを有し、炭窒化物であればその両方のタンクを有して構成される。本実施例では、表皮膜24として窒化物のTiAlNをコーティングするため、少なくとも窒素ガスを供給できるように窒素ガスのタンクを有して構成される。
【0034】
第1アーク電源64は、表皮膜24すなわちTiAlNの構成物質であるTiから成る第1蒸発源68をカソードとして、アノード70との間に所定のアーク電流を通電してアーク放電させることにより、第1蒸発源68からTiを蒸発させるもので、蒸発したTiは正(+)の金属イオンになって負(−)のバイアス電圧が印加されている工具基材12の表面、すなわちダイヤモンド被膜22上に付着する。また、第2アーク電源66は、同じくTiAlNの構成物質であるAlから成る第2蒸発源72をカソードとして、アノード74との間に所定のアーク電流を通電してアーク放電させることにより、第2蒸発源72からAlを蒸発させるもので、蒸発したAlは正(+)の金属イオンになって負(−)のバイアス電圧が印加されている工具基材12の表面、すなわちダイヤモンド被膜22上に上記Tiと共に付着する。なお、TiAl合金のターゲットを用いることも可能である。
【0035】
そして、予め排気装置62で排気しながらチャンバ58内が所定の圧力(例えば1.33×5×10-1Pa〜1.33×40×10-1Pa程度)に保持されるように反応ガス供給装置60から窒素ガスを供給しつつ、バイアス電源56により工具基材12に所定のバイアス電圧(例えば−50V〜−150V程度)を印加し、回転装置54によりワーク保持具52を所定の回転速度で回転させながら前記TiAlNを形成する。具体的には、第1アーク電源64および第2アーク電源66を共にON(通電)し、第1蒸発源68とアノード70との間でアーク放電させてTiを蒸発させるとともに、第2蒸発源72とアノード74との間でアーク放電させてAlを蒸発させることにより、所定の膜厚(本実施例では約4μm)のTiAlNの表皮膜24がダイヤモンド被膜22の上に形成される。
【0036】
このような本実施例のエンドミル10においては、ダイヤモンド被膜22にボロンが5.0原子%程度の割合でドーピングされていることから、そのダイヤモンド被膜22が導電性を有するようになり、その上にPVD法によってTiAlNの表皮膜24を設ける際に、コーティングプロセス初期より十分な導電特性でコーティングすることが可能で、ダイヤモンド被膜22に対する表皮膜24の付着強度が向上する。また、ダイヤモンド被膜22自体もボロンドープによって耐酸化性が向上するため、表皮膜24の存在と相まって耐酸化性が大幅に向上する。これにより、鉄系の材料を含む複合材料の切削加工や、切削点が高温になるチタン合金等の耐熱合金に対する切削加工においても、表皮膜24の早期摩耗や剥離が防止されて優れた耐久性が得られるようになる。
【0037】
また、ダイヤモンド被膜22の膜厚が約15μmで、表皮膜24の膜厚が約4μmであるため、ダイヤモンド被膜22による耐摩耗性向上効果が良好に得られるとともに、工具基材12に対するダイヤモンド被膜22の密着性やダイヤモンド被膜22に対する表皮膜24の密着性が十分に得られて、それ等の剥離が一層良好に防止される。更に、外周刃16および底刃18の刃先の丸みも許容範囲で、優れた切削性能が得られる。
【0038】
また、本実施例のダイヤモンド被膜22は結晶粒径が1μm以下の微結晶であるため、通常のダイヤモンド被膜に比較して表面が平滑であり、その上に設けられる表皮膜24の平滑度(表面粗さ)が向上し、加工面粗さが向上する。
【0039】
因みに、図5は、2枚刃のスクエアエンドミルについて、前記硬質被膜20と同じ硬質被膜すなわちボロンをドーピングした微結晶ダイヤモンド被膜の上にTiAlNの表皮膜をコーティングした本発明品(微結晶ダイヤモンド+TiAlN)と、表皮膜無しのボロンをドーピングした微結晶ダイヤモンド被膜のみから成る比較品(微結晶ダイヤモンド)と、ダイヤモンド被膜無しのTiAlNの表皮膜のみから成る従来品(TiAlN)とを用いて、ねずみ鋳鉄(FC250)に対する切削加工の耐久性試験を行なった場合で、(a) は加工条件、(b) は試験結果である。この試験結果から明らかなように、1段目の本発明品においては、3段目のTiAlNのみの従来品に比較して5倍程度の耐久性が得られるとともに、2段目のボロンドープ微結晶ダイヤモンド被膜をコーティングした比較品に比べても、約1.5倍の耐久性が得られる。
【0040】
図6は、前記図1とは異なる構造の硬質被膜を説明する図で、図1(b) に対応する断面図であり、この硬質被膜は、前記ダイヤモンド被膜22の上に設けられた0.3μm程度の厚さのTiN層82と、そのTiN層82の上に設けられた4μm程度の厚さのTiAlN層84との2層で表皮膜80が構成されている。これ等のTiN層82およびTiAlN層84は、何れも前記表皮膜24と同様にアークイオンプレーティング法によってコーティングされている。
【0041】
この場合には、ダイヤモンドに対して密着性が優れたTiN層82をダイヤモンド被膜22上に設けた後、そのTiN層82上にTiAlN層84が設けられているため、それ等のTiN層82およびTiAlN層84から成る表皮膜80がダイヤモンド被膜22に対して一層高い密着性で強固に固着され、切削加工時の剥離が一層良好に防止される。
【0042】
以上、本発明の実施例を図面に基づいて詳細に説明したが、これ等はあくまでも一実施形態であり、本発明は当業者の知識に基づいて種々の変更,改良を加えた態様で実施することができる。
【図面の簡単な説明】
【0043】
【図1】本発明の一実施例であるエンドミルを示す図で、(a) は軸心と直角方向から見た正面図、(b) は刃部の表面付近の断面図である。
【図2】ダイヤモンド被膜をコーティングする際に用いられるマイクロ波プラズマCVD装置の一例を説明する概略構成図である。
【図3】図2の装置を用いて微結晶ダイヤモンド被膜をコーティングする際の手順を説明するフローチャートである。
【図4】TiAlN表皮膜をコーティングする際に用いられるアークイオンプレーティング装置の一例を説明する概略構成図である。
【図5】ボロンをドーピングした微結晶ダイヤモンド被膜の上にTiAlNの表皮膜をコーティングした本発明品と、表皮膜無しのボロンをドーピングした微結晶ダイヤモンド被膜のみから成る比較品と、ダイヤモンド被膜無しのTiAlNの表皮膜のみから成る従来品との耐久性の違いを、ねずみ鋳鉄について調べた結果を説明する図で、(a) は試験方法、(b) は試験結果である。
【図6】本発明の硬質被膜の他の態様を説明する図で、図1の(b) に対応する表面付近の断面図である。
【符号の説明】
【0044】
10:エンドミル(硬質被膜被覆加工工具) 12:工具基材 14:刃部(加工部) 20:硬質被膜 22:ダイヤモンド被膜 24、80:表皮膜

【特許請求の範囲】
【請求項1】
所定の部材の表面に設けられる硬質被膜であって、
前記所定の部材の表面には、ボロンがドーピングされたダイヤモンド被膜がコーティングされているとともに、
該ダイヤモンド被膜の上には、金属間化合物から成る表皮膜がPVD法によって設けられている
ことを特徴とする硬質被膜。
【請求項2】
前記ダイヤモンド被膜には、ボロンが0.05〜10原子%の割合でドーピングされている
ことを特徴とする請求項1に記載の硬質被膜。
【請求項3】
前記ダイヤモンド被膜は、結晶粒径が2μm以下の微結晶ダイヤモンドにて構成されている
ことを特徴とする請求項1または2に記載の硬質被膜。
【請求項4】
前記表皮膜は、1種類の金属間化合物から成る単一層、または複数種類の金属間化合物から成る複数の層から構成されている
ことを特徴とする請求項1〜3の何れか1項に記載の硬質被膜。
【請求項5】
前記ダイヤモンド被膜の膜厚は8〜20μmの範囲内で、前記表皮膜の膜厚は1〜5μmの範囲内である
ことを特徴とする請求項1〜4の何れか1項に記載の硬質被膜。
【請求項6】
所定の加工を行なう加工部の表面に、請求項1〜5の何れか1項に記載の硬質被膜が設けられていることを特徴とする硬質被膜被覆加工工具。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2006−152424(P2006−152424A)
【公開日】平成18年6月15日(2006.6.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−349152(P2004−349152)
【出願日】平成16年12月1日(2004.12.1)
【出願人】(000103367)オーエスジー株式会社 (180)
【Fターム(参考)】