説明

立方晶窒化硼素焼結体工具

【課題】過酷な条件下に耐え得る立方晶窒化硼素焼結体が強固かつ高剛性に接合されてなる立方晶窒化硼素焼結体工具を提供する。
【解決手段】本発明の立方晶窒化硼素焼結体工具は、立方晶窒化硼素焼結体が接合層を介して工具母材に接合されたものであって、立方晶窒化硼素焼結体は、30体積%以上95体積%以下の立方晶窒化硼素粒子と5体積%以上70体積%以下の結合相とを含有し、立方晶窒化硼素焼結体と接合層との接合面のうちの面積が最大となる接合面に垂直な面で立方晶窒化硼素焼結体工具を切断したときの少なくとも1つの切断面において、点Aと点Bとを結ぶ線分の長さの4分の1の長さだけ離れた点を点Dとすると、点Cと点Dとを結ぶ線分と、第1立方晶窒化硼素粒子と、第2立方晶窒化硼素粒子と、結合相とによって囲まれる領域の面積を、点Aと点Bとを結ぶ線分の長さで除したときの値が、0.14μm以上0.6μm以下であることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、立方晶窒化硼素(以下、cBNとも記す)粒子と結合相とを含有するcBN焼結体が接合層を介して工具母材上に直接接合された構成のcBN焼結体工具に関する。
【背景技術】
【0002】
cBN焼結体は、TiN、TiC、Co、およびAlを主成分とする結合相によりcBN粒子を結合させたものである。cBN粒子は、ダイヤモンドに次ぐ硬度および熱伝導率を有し、かつセラミックス材料よりも破壊靱性に優れた材料である。このため、cBN粒子の含有率が高いcBN焼結体は、耐塑性変形性、靭性、強度、耐欠損性等の特性が優れる。
【0003】
このような特性を有するcBN焼結体を用いたcBN焼結体工具は、従来の超硬工具などの工具材料に比し、化学的な安定性が優れていること、鉄との親和性が低いこと、長寿命であること、材料的に高硬度であるため加工の能率が高いこと等の点で優れており高く評価されている。このような高性能のcBN焼結体工具は、Ni基系および鉄系の高硬度難削材の切削加工の用途、冷間鍛造用のパンチ用工具の塑性加工の用途等において従来から用いられる工具を置換してきた。
【0004】
ここで、「切削加工」とは、切屑を削り出しながら所望の寸法形状の品物を機械加工することをいい、「塑性加工」とは、加工物に力を加えて変形させて、所定の形状および寸法の製品に成形加工することをいう。塑性加工は、切屑が発生しないという点で切削加工とは異なる。
【0005】
cBN焼結体工具は、上述のように優れた特性を有することから、切削加工および塑性加工のいずれの用途でも、突発的な欠損が生じにくいというメリットがあり、極めて好適に用いられる。
【0006】
従来のcBN焼結体工具として、たとえば特許文献1および特許文献2は、cBN焼結体に含まれるAl等の金属、酸素等を不純物として捉え、当該不純物の混入を極力低減させる、すなわちcBN粒子の混合比率を高めることにより、cBN焼結体の硬度および靭性を向上させるという技術が開示されている(特許文献1および特許文献2)。
【0007】
また、cBN焼結体工具は、高硬度、高靭性に加え、高熱伝導性を有することが高性能であると考えられ、これが通説とされてきた。この通説に倣い、特許文献3および特許文献4では、高純度のcBN粒子の熱伝導率が高いことを利用して、高純度のcBN粒子を高濃度に含むcBN焼結体を用いることにより、硬度および靭性に加え、熱伝導性をも向上させたcBN焼結体工具が提案されている。このようなcBN焼結体工具は、低延性の材料を塑性加工する場合にも、高硬度の材料を切削加工する場合にも欠損が生じにくいという利点を有する。
【0008】
上記特許文献1〜4に開示されている技術により、cBN焼結体の硬度、靭性、熱伝導率等の性能を向上させることができ、もってcBN焼結体の耐摩耗性を向上させつつ、欠損を生じにくくできる傾向にある。
【0009】
ところで、cBN焼結体工具は、加工物を加工する面にcBN焼結体が位置するように、cBN焼結体が接合層を介して工具母材に接合される構造が一般的である。上述の特許文献1〜4のようにcBN焼結体の性能が向上したことに伴い、cBN焼結体の性能以外の面で新たな問題が浮上している。その問題とは、cBN焼結体と工具母材との密着性が十分でないことに起因し、加工時にcBN焼結体が工具母材から脱落してしまい、工具として使い物にならなくなってしまうというところである。
【0010】
そこで、特許文献5および特許文献6では、cBN焼結体と工具母材との密着性を向上させるための試みとして、接合層の組成を見直すことが検討されている。具体的にはたとえば特許文献5では、接合層の組成として、10質量%以上30質量%以下のCuと、2質量%以上10質量%以下のTiと、1質量%以上4質量%以下のNiと、その残部としてAgと不可避不純物を用いている。このような材料を用いることにより、接合層のcBN焼結体に対する付き回り性を高めることができ、もってcBN焼結体と接合層との接合力を高めることができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開平07−291732号公報
【特許文献2】特開平10−158065号公報
【特許文献3】特開2005−187260号公報
【特許文献4】国際公開第2005/066381号パンフレット
【特許文献5】特開2007−276079号公報
【特許文献6】特開平11−320218号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
特許文献5および6は、いずれも接合層の材料組成のみの改良であるため、近年の市場の要求を満たす過酷な条件下では、接合力が十分ではなく、加工中にcBN焼結体にかかる高い応力が、接合界面の一部に集中し、cBN焼結体が脱落しやすいという問題は依然として解消されていなかった。
【0013】
本発明は、上記の問題を解決するためになされたものであり、近年の過酷な条件下に耐え得る程度に強固かつ高剛性に、立方晶窒化硼素焼結体が接合層を介して工具母材上に接合されてなる立方晶窒化硼素焼結体工具を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者らは、cBN焼結体を工具母材に強固かつ高剛性に直接接合する接合方法を鋭意研究した。種々の接合層を用いてcBN焼結体を工具母材に接合し、その接合強度を調査したところ、Ti、Zr、Cu、Ag、Ni等を適度な割合で含有する接合層(ロウ材)を用いた場合に最も接合強度が優れることを見出した。
【0015】
しかし、Ti、Zr、Cu、Ag、Ni等を含有する接合層を用いたcBN焼結体工具は、加工する焼結合金や鋳鉄の硬度を高めるにつれて、cBN焼結体と工具母材との接合強度が十分でないことに起因して、cBN焼結体が工具母材から脱落するケースがあった。
【0016】
そこで、本発明者らは、接合層の組成を再検討するとともに、cBN焼結体の表面を処理して凹凸を形成することを検討した。その結果、cBN焼結体の表面に適度な凹部を形成することにより、それと接合層との接触面積が増加するとともに、アンカー効果を発現し、もってcBN焼結体と接合層との接合力が顕著に高まることを見出し、本発明を完成した。
【0017】
すなわち、本発明の立方晶窒化硼素焼結体工具は、立方晶窒化硼素焼結体が接合層を介して工具母材に接合されたものであって、立方晶窒化硼素焼結体は、30体積%以上95体積%以下の立方晶窒化硼素粒子と5体積%以上70体積%以下の結合相とを含有し、結合相は、少なくとも一種の第1化合物および少なくとも一種のAl化合物からなるか、または、少なくとも一種の第2化合物からなり、該第1化合物は、周期律表のIVa族元素、Va族元素、およびVIa族元素のいずれかに属する少なくとも一種の元素と、窒素、炭素、硼素、および酸素からなる群より選ばれる少なくとも一種の元素とからなる化合物、または該化合物の固溶体であり、該第2化合物は、Co化合物、Al化合物、およびW化合物からなる群より選ばれる化合物、または該化合物の固溶体であり、接合層は、その全体に対して、5質量%以上のTiと、5質量%以上のZrとを含み、TiおよびZrの合計が90質量%以下であり、その残部にCuを含むか、または、1質量%以上のTiと、15質量%以上のCuと、その残部にAgを含み、立方晶窒化硼素焼結体と接合層との接合面のうち面積が最大の接合面に垂直な面で立方晶窒化硼素焼結体工具を切断したときの少なくとも1つの切断面において、立方晶窒化硼素焼結体と接合層との接合面に沿って隣接するいずれか2つの立方晶窒化硼素粒子を第1立方晶窒化硼素粒子および第2立方晶窒化硼素粒子とすると、第1立方晶窒化硼素粒子と、接合層と、結合相とが接する交点のうち第2立方晶窒化硼素焼結体に近い側の交点を点Aとし、第2立方晶窒化硼素粒子と、接合層と、結合相とが接する交点のうち点Aに近い側の交点を点Bとし、点Aから第1立方晶窒化硼素粒子と接合層とが接する境界線に沿って、点Aと点Bとを結ぶ線分の長さの4分の1の長さだけ離れた点を点Cとし、点Bから第2立方晶窒化硼素粒子と接合層とが接する境界線に沿って、点Aと点Bとを結ぶ線分の長さの4分の1の長さだけ離れた点を点Dとすると、点Cと点Dとを結ぶ線分と、第1立方晶窒化硼素粒子と、第2立方晶窒化硼素粒子と、結合相とによって囲まれる領域の面積を、点Aと点Bとを結ぶ線分の長さで除したときの値が、0.14μm以上0.6μm以下であることを特徴とする。
【0018】
接合層は、5質量%以上のNiを含むことが好ましく、15質量%以上のNiを含むことがより好ましい。
【0019】
立方晶窒化硼素焼結体は、65体積%以上95体積%以下の立方晶窒化硼素粒子を含むことが好ましい。
【0020】
結合相は、さらに0.1質量%以上5質量%以下のW、または2質量%以下のSiのいずれか一方もしくは両方を含むことが好ましい。
【0021】
立方晶窒化硼素粒子は、0.03質量%以上1質量%以下のMgと、0.05質量%以上0.5質量%以下のLiとを含むことが好ましい。
【発明の効果】
【0022】
本発明のcBN焼結体工具は、上記の構成を有することにより、近年の過酷な条件下に耐え得るように、強固かつ高剛性にcBN焼結体が工具母材に接合されてなる立方晶窒化硼素焼結体工具を提供することを目的とする。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】(a)は、本発明の立方晶窒化硼素焼結体工具の模式的な断面図であり、(b)は、立方晶窒化硼素焼結体と接合層との接合面を拡大した断面図である。
【図2】立方晶窒化硼素焼結体と接合層との接合面を拡大した断面図である。
【図3】立方晶窒化硼素焼結体と接合層との接合面を拡大した断面図である。
【図4】(a)は、cBN焼結体の接合強度を測定するときの打抜き棒の当て方の概略を模式的に示した平面図であり、(b)は、(a)を側面から観察したときの側面図である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、本発明の立方晶窒化硼素焼結体工具の各構成についてさらに説明する。
<立方晶窒化硼素焼結体工具>
図1(a)は、本発明の立方晶窒化硼素焼結体工具の模式的な断面図である。本発明の立方晶窒化硼素焼結体工具1は、図1(a)に示されるように、立方晶窒化硼素焼結体2が接合層3を介して工具母材4に接合されたものであって、該立方晶窒化硼素焼結体2は、30体積%以上95体積%以下の立方晶窒化硼素粒子と5体積%以上70体積%以下の結合相とを含有するものであり、以下のように立方晶窒化硼素焼結体の表面のうちの結合相の部分が窪んだ形状であることを特徴とする。
【0025】
図1(b)は、本発明の立方晶窒化硼素焼結体工具を立方晶窒化硼素焼結体と接合層との接合面のうち面積が最大の接合面に垂直な面で切断したときの切断面を拡大した図である。本発明の立方晶窒化硼素焼結体工具は、図1(b)に示すように、立方晶窒化硼素焼結体工具の切断面において、立方晶窒化硼素焼結体と接合層との接合面に沿って隣接するいずれか2つの立方晶窒化硼素粒子を第1立方晶窒化硼素粒子7および第2立方晶窒化硼素粒子8とし、さらに第1立方晶窒化硼素粒子7と、接合層3と、結合相6とが接する交点のうち第2立方晶窒化硼素焼結体に近い側の交点を点Aとし、第2立方晶窒化硼素粒子8と、接合層3と、結合相6とが接する交点のうち点Aに近い側の交点を点Bとし、点Aから第1立方晶窒化硼素粒子7と接合層3とが接する境界線に沿って、点Aと点Bとを結ぶ線分の長さの4分の1の長さだけ離れた点を点Cとし、点Bから第2立方晶窒化硼素粒子7と接合層3とが接する境界線に沿って、点Aと点Bとを結ぶ線分の長さの4分の1の長さだけ離れた点を点Dとすると、点Cと点Dとを結ぶ線分と、第1立方晶窒化硼素粒子7と、第2立方晶窒化硼素粒子8と、結合相6とによって囲まれる領域の面積を、点Aと点Bとを結ぶ線分の長さで除したときの値(以下、「凹部係数」とも記す)が、0.14μm以上0.6μm以下であることを特徴とする。
【0026】
上記凹部係数は、cBN焼結体の表面における結合相の窪み具合を示すものであるが、上記の数値範囲を満たすようにcBN焼結体に対し、凹部を有するように表面処理を施すことにより、cBN焼結体と接合層3との接触面積が増加するとともに、アンカー効果を発現させることができ、もってcBN焼結体と接合層3との接合強度を顕著に高めることができる。上記凹部係数が0.6μmを超えると、図2に示すように結合相の窪みが大きすぎて(凹部が深すぎて)、cBN粒子が脱落しやすくなるとともに、応力が集中しやすくなり、凹部を起点とした亀裂が入りやすくなり、接合力が低下する。一方、0.14μm未満であると、図3に示すようにcBN焼結体の表面における結合相が十分に窪んでおらず(凹部が浅すぎて)、すなわちcBN焼結体の表面が比較的滑らかであるため、アンカー効果が得られず、立方晶窒化硼素焼結体と接合層との接合強度を向上させることができない。
【0027】
本発明において、上記の凹部係数は、上記の切断面をSEMを用いて20000倍で観察して、隣接する2つのcBN粒子を任意に30箇所を観察し、それぞれの凹部係数を算出したときの平均値を採用するものとする。このようなcBN焼結体の表面形状は、cBN焼結体に占めるcBN粒子の体積比によって、その形状が異なるため、従来公知の表面粗さのパラメータ(たとえばRa、Sm等)によって接合強度を高め得る表面形状を規定することができない。そこで、本発明では、上述のように、点A〜点Dの4点を定め、それらの各点と立方晶窒化硼素粒子と結合相とが囲う領域の面積によってcBN焼結体の表面形状(凹部の形状)を規定することにより、cBN焼結体に占めるcBN粒子の体積比の大小とは無関係に、cBN焼結体と接合層との接合強度を高め得る表面形状の条件を規定し得たことに極めて優れた産業上の利用性を有する。
【0028】
このような特性を有する本発明のcBN焼結体工具は、焼結合金や難削鋳鉄の機械加工において特に有効に用いることができる他、これら以外の一般的な金属の各種加工においても好適に用いることができる。
【0029】
本発明のcBN焼結体工具を切削加工の用途に用いる場合、たとえばドリル、エンドミル、フライス加工用または旋削加工用刃先交換型切削チップ、メタルソー、歯切工具、リーマ、タップ、またはクランクシャフトのピンミーリング加工用チップ等として極めて有用に用いることができる。
【0030】
一方、本発明のcBN焼結体工具を塑性加工の用途に用いる場合、たとえばパンチプレス金型、ダイス用金型、摩擦圧接等として極めて有用に用いることができる他、たとえばエンジン部品、HDD(ハードディスクドライブ)、HDDヘッド、キャプスタン、ウェハーチャック、半導体搬送用アーム、自動車駆動系部品、カメラ用ズームレンズシールリング、摩擦攪拌接合用工具等を例示することができる。
【0031】
なお、図1においては、cBN焼結体工具の刃先の一箇所のみにcBN焼結体を接合したものを示しているが、このような位置のみにcBN焼結体を備える形態のみに限られるものではなく、cBN焼結体工具の2以上の箇所にcBN焼結体を結合してもよいことは言うまでもない。
【0032】
<立方晶窒化硼素焼結体>
本発明のcBN焼結体工具1に用いられるcBN焼結体2は、30体積%以上95体積%以下の立方晶窒化硼素粒子と5体積%以上70体積%以下の結合相とを含有することを特徴とする。
【0033】
このようなcBN焼結体2の最小厚みは、0.7〜1.5mmであることが好ましく、さらに好ましくは1.0〜1.3mmである。ここで、「cBN焼結体の最小厚み」とは、cBN焼結体の最も薄い部分の厚みをいう。cBN焼結体2の最小厚みが0.7mm未満の場合、切削加工で用いた場合に摩耗幅が0.7mmを超えると工具母材4で加工することになり極端に寿命が低下し、cBN焼結体2の最小厚みが1.5mmを超えると切れ刃の研磨に要する労力が多大になる。
【0034】
<立方晶窒化硼素粒子>
本発明において、立方晶窒化硼素粒子はcBN焼結体中に30体積%以上95体積%以下含まれることを特徴とする。cBN焼結体中のcBN粒子が30体積%未満であると耐摩耗性が不足し、95体積%を超えると焼結性が悪化する。耐摩耗性と焼結性とのバランスから、cBNの含有率は65体積%以上95体積%以下とすることが好ましい。
【0035】
立方晶窒化硼素粒子は、0.03質量%以上1質量%以下のMgと、0.05質量%以上0.5質量%以下のLiとを含むことが好ましい。MgおよびLiは、cBN粒子を作製するときの触媒に不可避不純物として混入されるものであるが、かかる不可避不純物は、接合層によってcBN焼結体を接合する時にcBN粒子から接合層へと拡散して、cBN粒子の表面に微細な窪みを生じせしめるものである。これによりcBN焼結体と接合層との接触面積が大きくなり、接合強度を高めることができる。
【0036】
立方晶窒化硼素粒子に混入されるMgが0.03質量%未満であると、MgがcBN粒子から接合層に拡散されにくくなり、cBN粒子の表面に窪みが形成されず、cBN焼結体2と接合層3との接合強度が高められにくい傾向がある。この傾向は、立方晶窒化硼素粒子に混入されるLiが0.05質量%未満の場合も同様の傾向がある。
【0037】
一方、立方晶窒化硼素粒子に混入されるMgが1質量%を超える場合、またはLiが0.5質量%を超える場合、cBN粒子に含まれる不可避不純物の割合が多いことにより、cBN焼結体の硬度が低下する傾向があり、好ましくない。
【0038】
<結合相>
本発明において、cBN焼結体に含まれる結合相は、cBN粒子同士を結合する作用を示すものであり、cBN焼結体中に5体積%以上70体積%以下含まれることを特徴とする。ここで、cBN焼結体中の結合相が5体積%未満の場合、cBN粒子同士を結合する成分が少なすぎることにより、cBN粒子が脱落しやすくなり、70体積%を超えると、cBN粒子の含有量が十分でないことにより耐摩耗性が不足する。
【0039】
本発明において、結合相に用いられる組成は、少なくとも一種の第1化合物および少なくとも一種のAl化合物からなるか、または、少なくとも一種の第2化合物からなることを特徴とする。これにより、焼結合金や鋳鉄の機械加工で特に良好な耐摩耗性を得ることができる。
【0040】
ここで、第1化合物は、周期律表のIVa族元素、Va族元素、およびVIa族元素からなる群より選択される少なくとも一種の元素と、窒素、炭素、硼素、および酸素からなる群より選ばれる少なくとも一種の元素とからなる化合物、または該化合物の固溶体である。一方、第2化合物は、Co化合物、Al化合物、およびW化合物からなる群より選ばれる化合物、または該化合物の固溶体である。ここで、「Co化合物」としては、たとえばW2Co216、Co33C、W3CoB3を挙げることができ、「Al化合物」としては、たとえばAl23を挙げることができる。また、W化合物としては、WC、W2Co216、Co33C、W3CoB3を挙げることができる。
【0041】
このように結合相の組成に第1化合物または第2化合物を含むことにより、cBN焼結体の硬度を高めることができ、以ってcBN焼結体工具の耐摩耗性を良好なものとすることができる。特に、結合相に用いる材料としてCo化合物を主成分とすることにより、cBN焼結体の焼結性を向上させるという効果がある。
【0042】
そして、結合相は、上記の組成に加え、さらにWCまたはSiのいずれか一方もしくは両方を含むことが好ましい。WCおよびSiはいずれも後述する接合層3を構成する材料となじみやすい性質があるため、接合層3を構成する材料がcBN焼結体2に濡れやすくすることができる。
【0043】
結合相中のWCに含まれるWは、0.1質量%以上5質量%以下含まれることが好ましい。また、結合相に含まれるSiは、0.01質量%以上1質量%以下含有されることがより好ましい。結合相に含まれるWが0.1質量%未満であると、接合層3を構成する材料のcBN焼結体2への濡れ性が十分でなく、cBN焼結体2と接合層3との接合強度が弱くなる傾向にある。この傾向は、結合相に混入されるSiが0.01質量%未満の場合も同様である。一方、接合層に含まれるWが5質量%を超える場合、またはSiが1質量%を超える場合、cBN焼結体の耐摩耗性が低下する。
【0044】
<接合層>
本発明の接合層3は、cBN焼結体と工具母材とを接合するための役割を果たすものである。このような接合層3は、その全体に対して、5質量%以上のTiと、5質量%以上のZrとを含み、かつTiおよびZrの合計が90質量%以下であり、その残部にCuを含む(以下、「第1組成」とも記す)か、または1質量%以上のTiと、15質量%以上のCuと、その残部にAgを含む(以下、「第2組成」とも記す)ことを特徴とする。
【0045】
このような接合層3が第1組成である場合、Cuは、TiおよびZrを主成分とする接合層を構成する材料の融点を下げる効果があるため、低温での接合加工を可能とする。また、Cuは高い弾性率を有するため、Cuを含むことにより、加工時に発生する加工熱がcBN焼結体2を通して工具母材4に流入する際に、cBN焼結体2と工具母材4との熱膨張差による歪みを吸収する効果が得られる。Cuが10質量%未満の場合は、それらの効果が得られず、90質量%を超えると相対的にTiおよびZrの含有量が低下し、接合強度が低下する。
【0046】
接合層が第1組成である場合、そのTiおよびZrは、AgやCuに比し、高い高温強度を有することに加え、接合層を構成する材料の濡れ性が大幅に向上し、cBN焼結体2と接合層3との接合強度を高める効果がある。TiまたはZrが5質量%未満の場合は、高温での強度や接合強度の向上効果が得られず、逆にTiとZrとの両者の合計が90質量%を超えると、融点の上昇を招き、接合時の歪みや亀裂を誘発するため好ましくない。TiおよびZrの含有量の合計の好適な範囲は10質量%以上90質量%以下であり、上記のCuの含有量の好適範囲と組み合わせて用いることにより接合強度が最大となり特に好ましい。
【0047】
特に、接合層3に含まれるTiの含有量が20質量%以上30質量%以下であり、かつZrの含有量が20質量%以上30質量%以下であれば、TiとZrとCuとの3元共晶による融点降下が顕著に現われ、より低融点での接合が可能となり好ましい。
【0048】
また、接合層3が第2組成である場合、そのTiは、AgやCuに比較し高い高温強度を有するのに加え、接合層3を構成する材料の濡れ性が大幅に向上し、接合強度を高める効果がある。Tiが1質量%未満の場合は、高温強度や接合強度の向上効果が得られないため好ましくない。上記の15質量%以上のCuと組み合わせて用いることにより接合強度が最大となり特に好ましい。接合層3をこのような組成とすることにより、800℃以上1000℃以下の比較的低温で接合することができる。
【0049】
また、接合層3中に、5質量%以上のNiを混入することにより、cBN焼結体に対する濡れ性が良くなる。これにより、cBN焼結体の表面の窪み(すなわち結合相の凹みやcBN粒子の表面の凹み)に、接合層3を構成する材料が流れ、飛躍的に接合強度を向上させることができる。
【0050】
上記の接合層3の厚みは、特に限定されるものではないが、通常10μm以上200μm以下である。
【0051】
<工具母材>
本発明において、cBN焼結体2が接合される工具母材4は、この種の工具母材4として知られる従来公知のものであればいずれのものであっても採用することができ、特に限定されない。たとえば、超硬合金、鋼、セラミックス等の加工抵抗に耐え得る材料を工具母材4として好適に用いることができる。工具母材4の材料強度等を考慮すると、超硬合金がより好適に用いられる。
【0052】
<cBN焼結体工具の製造方法>
本発明のcBN焼結体工具は、まず、cBN粒子と結合相を構成する原料粉末とを焼結させることによりcBN焼結体を作製し、かかるcBN焼結体の表面に形成される酸素を表面処理により除去した上で、接合層を介して工具母材に接合することにより得ることができる。以下においては、本発明のcBN焼結体工具の製造方法を説明する。
【0053】
<cBN焼結体の作製工程>
本発明に用いられるcBN焼結体2は、次のようにして作製される。まず、cBN粒子と結合相を構成する原料粉末とを超高圧装置に導入した上で、これらの粉末を超高圧焼結することにより、バルク焼結体を作製する。ここで、超高圧焼結時の圧力は、低圧力であることが好ましく、具体的には3GPa以上7GPa以下であることが好ましい。また、超高温焼結時の温度は、1100℃以上1900℃以下であることが好ましく、超高温焼結の処理時間は10分以上180分以下であることが好ましい。
【0054】
次に、上記で得られたバルク焼結体を放電加工機にセットした後に、真鍮ワイヤーを用いて所望の形状にカットすることにより、cBN焼結体を得る。真鍮ワイヤーを用いたカットは、生産効率の観点から水中で行なうことが好ましい。油中でカットを行なうと生産効率が低下する可能性がある。
【0055】
バルク焼結体をカットして形成されるcBN焼結体は、工具母材に貼り合わせて用いることができる形状であれば、特に限定されることはなく、たとえば直方体、三角柱、三角錐、角柱、円柱状等の形状にすることができる。そして、上記の真鍮ワイヤーでカットした面の表面を研磨することにより、cBN焼結体を得ることができる。
【0056】
<表面処理工程>
上記の方法により作製されたcBN焼結体に対し、表面処理を行なわずに接合層を構成する材料を用いて接合加工を行なうと、接触面積が小さく、アンカー効果が得られないため、cBN焼結体と接合層との接合強度が弱いものとなる。
【0057】
すなわち、本発明では、上記の方法で作製されたcBN焼結体に対し、プラズマ処理、電子ビーム処理、化学処理、レーザー処理、ブラスト処理等の方法を用いて、cBN焼結体の表面のうちの結合相の部分のみを選択的に除去して、cBN焼結体の表面に凹部を形成するという表面処理を行なう。従来は、cBN焼結体の表面が滑らかになるようにcBN焼結体の表面全体を処理をしていたのに対し、本発明は、cBN焼結体の表面のうちcBN粒子の表面は研磨されずに結合相のみが研磨されるような表面処理を行なうことを特徴とする。従来のダイヤモンド砥石を用いた研削加工のようにcBN粒子の表面をも削るような強力な表面処理では、cBN焼結体の表面に凹部が形成されずに滑らかなものとなり、アンカー効果が得られず、接合強度を高めることができない。なお、上記で挙げた表面処理方法以外でも、cBN焼結体の表面の結合相のみを選択的に除去できる方法であれば、いかなる方法をも用いることができる。
【0058】
このような表面処理によって、cBN焼結体の表面に位置する結合相の一部を除去して、その表面に凹部を形成することにより、cBN焼結体と接合層との接触面積が増加するとともに、その凹部を起点としたアンカー効果が生じ、もってcBN焼結体と接合層との接合強度を高めることができる。上記のような表面処理方法の中でも、プラズマ処理、電子ビーム処理、および化学処理は、結合相のみを選択的に除去することができる表面処理法として、特に有効である。
【0059】
<cBN焼結体の表面処理方法>
本発明においては、以下の(1)〜(5)のうちのいずれか1以上の表面処理方法を用いてcBN焼結体の表面のうちの結合相のみを選択的に処理することが好ましい。
【0060】
(1)超音波処理
超音波処理は、cBN焼結体をたとえば純水等の溶媒に浸漬させた上で、その溶媒とともに超音波に1分以上20分以下曝すことにより、cBN焼結体の表面の結合相の一部を除去する。超音波処理に用いられる超音波は、50W以上500W以下の出力で発生されたものであることが好ましく、その周波数は10kHz以上50kHz以下であることが好ましい。
【0061】
(2)プラズマ処理
プラズマ処理は、まず、cBN焼結体を真空容器の電極上に設置して、真空容器の圧力を0.1Pa以下まで真空引きした後に、真空容器内にArガスを導入して、その内圧を0.1Pa以上10Pa以下まで加圧することが好ましい。そして、cBN焼結体に高周波電力を印加し、プラズマを発生させることにより、cBN焼結体の表面の結合相の一部を除去する。ここで、高周波電力の発振周波数は、10MHz以上20MHz以下であることが好ましく、その出力は500W以上1500W以下であることが好ましい。
【0062】
(3)電子ビーム処理
電子ビーム処理は、まず、cBN焼結体を真空容器内に設置した後に、真空容器内の圧力を0.03Paまで減圧する。そして、真空容器内にArガスを導入し、その内圧を0.05Paとした上で、cBN焼結体の表面に対し、電子ビームを10000回程度照射することにより、cBN焼結体の表面の結合相の一部を除去する。ここで、電子ビームのエネルギー量は、1J/cm2以上5J/cm2以下であることが好ましく、1回あたりの電子ビームの照射時間は、1秒以上100秒以下であることが好ましい。
【0063】
(4)化学処理
化学処理は、まず、3質量%の過酸化水素水と10質量%の水酸化ナトリウム水溶液とを1:0.5〜1:3の質量比で混合液を配合する。そして、混合液中にcBN焼結体を浸漬することにより、cBN焼結体の表面の結合相の一部を除去する。cBN焼結体を混合液に浸漬させる時間は、10分以上60分以下であることが好ましい。
【0064】
(5)レーザー処理
レーザー処理は、まず、cBN焼結体の表面のうち接合加工を行なう面を上面にした上で、レーザー処理装置に設置する。そして、レーザー処理装置の出力を5W以上15W以下とし、cBN焼結体の表面の全面に対し、スポット径が50μmのレーザー光を照射することにより、cBN焼結体の表面の結合相の一部を除去する。レーザー光の繰り返し周波数は、20kHz以上300kHz以下であることが好ましい。
【0065】
<接合加工工程>
上記のいずれかの表面処理方法により、cBN焼結体の表面に位置する結合相の一部を除去した上で、それと、工具母材とで接合層を構成する材料を挟み込み、真空炉内に設置する。そして、真空炉内の圧力を2×10-2Pa以下に減圧するとともに、炉内の温度を750℃以上にすることにより、接合層を構成する材料を溶解させ、cBN焼結体と工具母材とを接合加工する。
【0066】
次に、接合加工したcBN焼結体と工具母材とを真空炉から取り出し、放冷することにより溶解した接合層を構成する材料を固化させる。この放冷で接合層を構成する材料が固化して接合層3となる。そして、cBN焼結体2と工具母材4との接合面を研磨処理することにより、cBN焼結体2と工具母材4との接合面を滑らかにし、本発明のcBN焼結体工具を得ることができる。
【実施例】
【0067】
以下、実施例を挙げて本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0068】
<実施例1>
以下のようにして、cBN焼結体工具を作製した。まず、平均粒子径20μmのTiN粉末と平均粒子径20μmのAl粉末とを質量比で、TiN:Al=4:1となるように混合した。そして、その混合物を真空中で1250℃、30分間熱処理した。熱処理して得られた混合物をφ4mmの超硬合金製ボールと、超硬合金製ポットとを用いて粉砕することにより、結合相を構成する原料粉末を得た。
【0069】
そして、上記で得られた結合相を構成する原料粉末と平均粒子径4μmのcBN粒子とをcBN含有率が72体積%になるように配合した。配合して得られたものを、真空炉に入れて950℃に昇温した後に30分間保持することにより、これらの粉末の脱ガスを行なった。
【0070】
次に、脱ガスが行なわれたこれらの粉末を超硬合金製支持板に積層してNb製カプセルに充填した。そして、そのカプセルごと超高圧装置に設置し、超高圧装置内の圧力を5GPaとし、温度1300℃で20分間焼結した。ついで、Mo製カプセルから焼結体を取り出し、その焼結体を研削し、さらに研磨を施すことにより形状を整え、板状のバルク焼結体を作製した。上記と同様の方法により、組成分析用のバルク焼結体を上記とは別に2つ作製した。
【0071】
上記で得られたバルク焼結体の1つに対し、真鍮ワイヤーを用いて放電加工機により切断した。これにより二辺が2mmでその間の頂角が80°の二等辺三角形が底面で、その厚みが1.2mmの三角柱形状のcBN焼結体を得た。得られたcBN焼結体に対し化学処理を行なった。化学処理は、まず、3質量%の過酸化水素水と、10質量%の水酸化ナトリウム水溶液とを2:3の割合で混合液を配合した。そして、この混合液中にcBN焼結体を30分間浸漬させることにより、cBN焼結体の表面を処理した。
【0072】
次に、超硬合金からなる工具母材を準備し、cBN焼結体と工具母材との界面に、質量比が、25質量%のTiと25質量%のZrと30質量%のCuと残部が20質量%のNiとからなる接合層を構成する材料を配置した上で真空炉に設置した。そして、真空炉内の圧力を1×10-2Paとし、その内部の温度を850℃まで昇温させて、接合層を構成する材料を溶解させることにより、cBN焼結体を工具母材に接合した。
【0073】
そして、工具母材にcBN焼結体が接合されたものを反応炉から取り出して放冷した。次に、cBN焼結体と工具母材と接合面を研磨することにより仕上げ加工を行なった。このようにしてISO型番がCNGA120408の形状であって、その頂角部分にcBN焼結体を備えたcBN焼結体工具を作製した。
【0074】
<実施例2〜7、比較例1〜6>
実施例1のcBN焼結体工具に対し、cBN焼結体を混合液に浸漬する時間を変更することにより、cBN焼結体の表面を表1の「凹部係数」の欄に示したように変えたことが異なる他は、実施例1と同様の方法により、実施例2〜7および比較例1〜6のcBN焼結体工具を作製した。
【0075】
【表1】

【0076】
<実施例8〜9、比較例7>
実施例3のcBN焼結体工具に対し、接合層を構成する材料を表1の「接合層を構成する材料」の欄に示したように変えたことが異なる他は、実施例3と同様の方法により、実施例8〜9および比較例7のcBN焼結体工具を作製した。
【0077】
<実施例10>
実施例3のcBN焼結体工具に対し、表面処理方法にレーザー処理を用いたことが異なる他は、実施例3と同様の方法により、実施例10のcBN焼結体工具を作製した。ここで、レーザー処理は、まず、cBN焼結体の表面のうち接合加工を行なう面を上面にした上で、レーザー処理装置の出力を10Wに設定し、cBN焼結体の表面に対し、スポット径が50μmで、繰り返し周波数が100kHzで、1064nmの波長のレーザー光を照射することにより行なった。
【0078】
<実施例11〜18>
実施例10のcBN焼結体工具に対し、表2の「接合層を構成する材料」に示すように接合層を構成する材料を変えたことが異なる他は、実施例10と同様の方法により、実施例11〜18のcBN焼結体工具を作製した。
【0079】
【表2】

【0080】
<実施例19>
実施例3のcBN焼結体工具に対し、cBN含有率、結合相の組成、接合層を構成する材料、および表面処理方法が表3のように異なる他は、実施例1と同様の方法により、実施例19のcBN焼結体工具を作製した。すなわち、実施例19では、実施例1のように化学処理する代わりにプラズマ処理を行なった。プラズマ処理については、まず、真空炉の電極上にcBN焼結体をセットし、真空炉内の圧力を0.1Paまで減圧した後に、Arガスを導入してその内圧を5Paにした。そして、cBN焼結体に対し、13.56MHzの発振周波数であって、その出力が500Wの高周波電力を印加して、cBN焼結体の表面にプラズマを発生させることにより、cBN焼結体の表面を処理した。
【0081】
<実施例20〜28>
実施例19のcBN焼結体工具に対し、表3の「W」および「Si」に示すように結合相に含まれるWおよびSiの質量比を変えたことが異なる他は、実施例19と同様の方法により、実施例20〜28のcBN焼結体工具を作製した。
【0082】
<実施例29>
実施例3のcBN焼結体工具に対し、cBN含有率、結合相の組成、接合層を構成する材料、および表面処理方法が表3に示したように異なる他は、実施例3と同様の方法により、実施例29のcBN焼結体工具を作製した。すなわち、実施例29では、実施例3のように化学処理する代わりに電子ビーム処理を行なった。電子ビーム処理ついては、まず、cBN焼結体を真空容器内に設置した後に、真空容器内の圧力を0.03Paまで減圧した。そして、真空容器内にArガスを導入し、その内圧を0.05Paとした上で、cBN焼結体の表面に対し、3J/cm2のエネルギーの電子ビームを1回当たり10秒間、合計8000回程度照射することにより、cBN焼結体の表面処理を行なった。
【0083】
<実施例30〜38>
実施例29のcBN焼結体工具に対し、cBN粒子に含まれるMgおよびLiの質量比、ならびに結合相を構成する材料の組成を表3に示したように変えたことが異なる他は、実施例29と同様の方法により、実施例30〜38のcBN焼結体工具を作製した。
【0084】
【表3】

【0085】
以上のようにして作製された実施例1〜38のcBN焼結体工具は、立方晶窒化硼素焼結体が接合層を介して工具母材に接合されたものであって、立方晶窒化硼素焼結体は、30体積%以上95体積%以下の立方晶窒化硼素粒子と5体積%以上70体積%以下の結合相とを含有し、結合相は、少なくとも一種の第1化合物および少なくとも一種のAl化合物からなるか、または、少なくとも一種の第2化合物からなり、該第1化合物は、周期律表のIVa族元素、Va族元素、およびVIa族元素のいずれかに属する少なくとも一種の元素と、窒素、炭素、硼素、および酸素からなる群より選ばれる少なくとも一種の元素とからなる化合物、または該化合物の固溶体であり、該第2化合物は、Co化合物、Al化合物、およびW化合物からなる群より選ばれる化合物、または該化合物の固溶体であり、接合層は、その全体に対して、5質量%以上のTiと、5質量%以上のZrとを含み、TiおよびZrの合計が90質量%以下であり、その残部にCuを含むか、または、1質量%以上のTiと、15質量%以上のCuと、その残部にAgを含み、立方晶窒化硼素焼結体と接合層との接合面のうち面積が最大の接合面に垂直な面で立方晶窒化硼素焼結体工具を切断したときの少なくとも1つの切断面において、立方晶窒化硼素焼結体と接合層との接合面に沿って隣接するいずれか2つの立方晶窒化硼素粒子を第1立方晶窒化硼素粒子および第2立方晶窒化硼素粒子とすると、第1立方晶窒化硼素粒子と、接合層と、結合相とが接する交点のうち第2立方晶窒化硼素焼結体に近い側の交点を点Aとし、第2立方晶窒化硼素粒子と、接合層と、結合相とが接する交点のうち点Aに近い側の交点を点Bとし、点Aから第1立方晶窒化硼素粒子と接合層とが接する境界線に沿って、点Aと点Bとを結ぶ線分の長さの4分の1の長さだけ離れた点を点Cとし、点Bから第2立方晶窒化硼素粒子と接合層とが接する境界線に沿って、点Aと点Bとを結ぶ線分の長さの4分の1の長さだけ離れた点を点Dとすると、点Cと点Dとを結ぶ線分と、第1立方晶窒化硼素粒子と、第2立方晶窒化硼素粒子と、結合相とによって囲まれる領域の面積を、点Aと点Bとを結ぶ線分の長さで除したときの値が、0.14μm以上0.6μm以下であるものである。
【0086】
(cBN焼結体の組成分析)
上記で得られた実施例1のcBN焼結体のうちの1つを用い、それに含まれるcBN焼結体の組成をX線回折(XRD:X‐ray diffraction)を用いて調べたところ、cBN、TiB2、TiN、TiAlN、AlN、およびAlB2と推定される第1化合物の組成が検出された。各実施例および各比較例のcBN焼結体に対し、上記と同様の方法により検出した結合相の組成を表1〜表3の「結合相の組成」の欄に示す。
【0087】
また、別のcBN焼結体サンプルに対し、高周波誘導プラズマ発光分析(ICP:Inductively coupled plasma)法を用いて、それに含まれるMg、Li、W、およびSi元素の含有量を定量した。具体的には、まず、cBN焼結体サンプルをアルカリ溶液に融解させて塩を生成し、該塩を酸性溶液に溶解させて焼結体含有溶液を得た。この焼結体含有溶液に対しICP法を用いて、cBN成分に含まれるMgおよびLiの含有量と、結合相成分として含まれるWおよびSiの含有量とを定量した。その結果を、表1〜表3中の「Mg」、「Li」、「W」、および「Si」の欄に示す。
【0088】
ここで、表1〜表3の「cBN含有率」は、以下のようにして算出した。まず、各実施例および各比較例で作製されたcBN焼結体を鏡面研磨し(ただし研磨する厚みは50μm未満にとどめた)、任意の領域のcBN焼結体組織を電子顕微鏡にて2000倍で写真撮影したところ、黒色領域と灰色領域と白色領域が観察された。付属のエネルギー分散型X線分光装置(EDX:Energy Dispersive X-ray spectroscopy)により、黒色領域はcBN粒子、灰色領域と白色領域は結合相であることが確認された。
【0089】
次に、上記で撮影された2000倍の写真に対し画像処理ソフトを用いて2値化処理を施し、同写真のcBN粒子が占める領域(黒色領域)の合計面積を算出し、その写真中のcBN焼結体に占める黒色領域の割合の百分率を、体積%として表1〜表3の「cBN含有率」とした。
【0090】
<凹部係数の測定方法>
上記のようにして得られた各実施例および各比較例のcBN焼結体工具を研磨することによって、cBN焼結体と接合層との接合面のうち面積が最大の接合面に垂直な切断面を露出させた。そして、その切断面をArビームを用いてエッチングしてポリッシングを行なうことにより鏡面加工を行なった。そして、その加工面のうちのcBN焼結体と接合層とが接する部分を20000倍の倍率のSEMで視野を移動させながら観察することにより、図1(b)のような視野となるように、隣接する2つのcBN粒子が観察できる部分を特定した。そして、2つのcBN粒子のうちの一方を第1cBN粒子7とし、他方を第2cBN粒子8と決めた。
【0091】
次に、図1(b)に示すように、第1cBN粒子7と、接合層3と、結合相6とが接する交点のうち第2cBN粒子8に近い側の交点を点Aとし、第2cBN粒子8と、接合層3と、結合相6とが接する交点のうち点Aに近い側の交点を点Bとした。さらに、点Aから第1cBN粒子7と接合層3とが接する境界線に沿って、点Aと点Bとを結ぶ線分の長さの4分の1の長さだけ離れた点を点Cとし、点Bから第2cBN粒子7と接合層3とが接する境界線に沿って、点Aと点Bとを結ぶ線分の長さの4分の1の長さだけ離れた点を点Dとした。次に、点Cと点Dとを結ぶ線分と、第1cBN粒子7と、第2cBN粒子8と、結合相6とによって囲まれる領域の面積を、点Aと点Bとを結ぶ線分の長さで除することにより、凹部係数を算出した。
【0092】
上記と同様の方法によって30箇所の隣接する2つのcBN粒子を観察し、それぞれの凹部係数を算出した平均値を、表1〜表3の「凹部係数」の欄に示した。
【0093】
<接合強度の測定試験>
上記のようにして得られた各実施例および各比較例のcBN焼結体工具において、工具母材に対するcBN焼結体の接合強度を算出した。図4(a)は、cBN焼結体の接合強度を測定するときの打抜き棒の当て方の概略を模式的に示した平面図であり、図4(b)は、それを側面から観察したときの側面図である。
【0094】
各実施例および各比較例のcBN焼結体工具の工具母材に対するcBN焼結体の接合強度は、図4に示される方法により測定した。すなわち、cBN焼結体2のみに荷重がかかり、工具母材4には荷重がかからないように、超硬合金製の打抜き棒5をcBN焼結体2の側面に面接触させた。そして、工具母材4が動かないように固定した上で、打抜き棒5の荷重を徐々に増加させて、cBN焼結体2が工具母材4から破断したときの荷重を測定した。破断したときの荷重をcBN焼結体2と工具母材4との接合面積で除し、単位面積(mm2)あたりの接合強度(kgf)を算出した。同様の接合強度の測定を20サンプルに対して行ない、その平均値を表4および表5に示した。
【0095】
【表4】

【0096】
【表5】

【0097】
表4および表5より、実施例の立方晶窒化硼素焼結体工具は、比較例の立方晶窒化硼素焼結体工具と比較して、cBN焼結体と接合層との接合強度が著しく向上していることがわかる。すなわち、本発明の表面被覆切削工具は、上述のような凹部係数を有することを主な特徴とすることにより、cBN焼結体が工具母材から脱落しにくいことが確認された。このことから、本発明のcBN焼結体工具は、cBN焼結体が、工具母材に強固かつ高剛性に接合されてなるものであり、過酷な条件下に耐え得るものであることが明らかとなった。
【0098】
以上のように本発明の実施の形態および実施例について説明を行なったが、上述の実施の形態および実施例の構成を適宜組み合わせることも当初から予定している。
【0099】
今回開示された実施の形態および実施例は、すべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【符号の説明】
【0100】
1 立方晶窒化硼素焼結体工具、2 立方晶窒化硼素焼結体、3 接合層、4 工具母材、5 打抜き棒、6 結合相、7 第1立方晶窒化硼素粒子、8 第2立方晶窒化硼素粒子。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
立方晶窒化硼素焼結体が接合層を介して工具母材に接合された立方晶窒化硼素焼結体工具であって、
前記立方晶窒化硼素焼結体は、30体積%以上95体積%以下の立方晶窒化硼素粒子と5体積%以上70体積%以下の結合相とを含有し、
前記結合相は、少なくとも一種の第1化合物および少なくとも一種のAl化合物からなるか、または、少なくとも一種の第2化合物からなり、
前記第1化合物は、周期律表のIVa族元素、Va族元素、およびVIa族元素のいずれかに属する少なくとも一種の元素と、窒素、炭素、硼素、および酸素からなる群より選ばれる少なくとも一種の元素とからなる化合物、または該化合物の固溶体であり、
前記第2化合物は、Co化合物、Al化合物、およびW化合物からなる群より選ばれる化合物、または該化合物の固溶体であり、
前記接合層は、その全体に対して、5質量%以上のTiと、5質量%以上のZrとを含み、前記Tiおよび前記Zrの合計が90質量%以下であり、その残部にCuを含むか、または、1質量%以上のTiと、15質量%以上のCuと、その残部にAgを含み、
前記立方晶窒化硼素焼結体と前記接合層との接合面のうち面積が最大の接合面に垂直な面で前記立方晶窒化硼素焼結体工具を切断したときの少なくとも1つの切断面において、
前記立方晶窒化硼素焼結体と前記接合層との接合面に沿って隣接するいずれか2つの前記立方晶窒化硼素粒子を第1立方晶窒化硼素粒子および第2立方晶窒化硼素粒子とすると、
前記第1立方晶窒化硼素粒子と、前記接合層と、前記結合相とが接する交点のうち前記第2立方晶窒化硼素焼結体に近い側の交点を点Aとし、前記第2立方晶窒化硼素粒子と、前記接合層と、前記結合相とが接する交点のうち前記点Aに近い側の交点を点Bとし、
前記点Aから前記第1立方晶窒化硼素粒子と前記接合層とが接する境界線に沿って、前記点Aと前記点Bとを結ぶ線分の長さの4分の1の長さだけ離れた点を点Cとし、
前記点Bから前記第2立方晶窒化硼素粒子と前記接合層とが接する境界線に沿って、前記点Aと前記点Bとを結ぶ線分の長さの4分の1の長さだけ離れた点を点Dとすると、
前記点Cと前記点Dとを結ぶ線分と、前記第1立方晶窒化硼素粒子と、前記第2立方晶窒化硼素粒子と、前記結合相とによって囲まれる領域の面積を、前記点Aと前記点Bとを結ぶ線分の長さで除したときの値が、0.14μm以上0.6μm以下である、立方晶窒化硼素焼結体工具。
【請求項2】
前記接合層は、5質量%以上のNiを含む、請求項1に記載の立方晶窒化硼素焼結体工具。
【請求項3】
前記接合層は、15質量%以上のNiを含む、請求項1または2に記載の立方晶窒化硼素焼結体工具。
【請求項4】
前記立方晶窒化硼素焼結体は、65体積%以上95体積%以下の立方晶窒化硼素粒子を含む、請求項1〜3のいずれかに記載の立方晶窒化硼素焼結体工具。
【請求項5】
前記結合相は、さらに0.1質量%以上5質量%以下のW、または2質量%以下のSiのいずれか一方もしくは両方を含む、請求項1〜4のいずれかに記載の立方晶窒化硼素焼結体工具。
【請求項6】
前記立方晶窒化硼素粒子は、0.03質量%以上1質量%以下のMgと、0.05質量%以上0.5質量%以下のLiとを含む、請求項1〜5のいずれかに記載の立方晶窒化硼素焼結体工具。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate


【公開番号】特開2012−96934(P2012−96934A)
【公開日】平成24年5月24日(2012.5.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−243953(P2010−243953)
【出願日】平成22年10月29日(2010.10.29)
【出願人】(503212652)住友電工ハードメタル株式会社 (390)
【Fターム(参考)】