説明

表面処理複合炭化物およびその製造方法

【課題】 炭化物は、高硬度、低熱膨張、高熱伝導率で、耐腐食性や耐熱性、耐摩耗性に優れる等の特徴を有するため多方面で使用されており、近年、更に優れた特性を有する物質としてアルミニウムと炭素および他の元素を含む複合炭化物が注目されているが、この複合炭化物も長期間あるいは高温下で水や水蒸気雰囲気にさらされた場合には水和反応が進行して水和物へと変化する場合があり、水や水蒸気が存在する条件下では安定して使用または保管できないという課題がある。従って本発明の目的は、耐熱性、耐食性に優れ、かつ耐水和性に優れた複合炭化物を提供することにある。
【解決手段】 アルミニウムと炭素および他の元素を含む複合炭化物において、表面に酸化被膜を有することを特徴とする複合炭化物およびその製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アルミニウムと炭素および他の元素を含む複合炭化物に関し、特に耐熱性、耐食性に優れ、かつ耐水和性に優れた複合炭化物に関する。
【背景技術】
【0002】
金属元素または半金属元素と炭素との化合物である炭化物は、高硬度、低熱膨張、高熱伝導率で、耐食性や耐熱性、耐摩耗性に優れる等の特徴を有するため、高温や激しい摩耗、腐食環境など苛酷な条件で使用される部材として、多方面で使用されている。近年、更に優れた特性を有する物質として複数の金属元素または半金属元素を含む複合炭化物が注目されており、優れた耐摩耗性や耐熱性、耐衝撃性等の特徴を活かした用途開発が進んでいる。なかでも、高い耐熱性を有するAl−Si−C系やAl−Ti−C系、Al−Zr−C系、Al−B−C系等のアルミニウムを含む複合炭化物は、より優れた高温部材への応用が期待される材質系として注目されている。高温部材が使用される高温産業装置においては、1000℃を超える高い温度に加えて、腐食性の高い蒸気や溶融物にさらされる場合が多く、この点においても高い腐食抵抗性を有する複合炭化物は優れた高温材料を提供するものとして期待されている。
一方、例えば[非特許文献1]に示されているように、水蒸気が存在する条件下において非常に水和しやすい炭化アルミニウムに比較して、第二の元素を含むこれらの複合炭化物は水和反応が進行しにくく、水や水蒸気を含む環境でも比較的安定であることが知られている。しかしこれらの複合炭化物も、長期間あるいは高温下で水や水蒸気雰囲気にさらされた場合には水和反応が進行して水和物へと変化する場合があり、水や水蒸気が存在する条件下では安定して使用または保管できないという課題がある。
これまで水和反応が課題とされてきた代表的な材料としては生石灰(CaO)が挙げられ、種々の耐水和性改善手法が検討されている。一例としては、CaOにAlやSiO、Fe、ZrOといった第二成分を比較的多量に添加して焼成することで耐水和性に優れる化合物を形成させる手法、あるいは、AlやSiO、Fe、ZrOといった第二成分をCaOの表面にコーティングした後に焼成して耐水和性に優れる化合物を表面被覆層として形成させる手法、あるいは、水和反応が優先的に進行するCaOの粒界を減少させて単結晶に近いCaO材料を得る手法などが知られている(例えば[非特許文献2])。
また、金属や炭化物などの、非酸化物の表面に形成される酸化膜についてはこれまでにも多くの調査検討事例があり、例えば金属アルミニウムや炭化けい素の表面には厚みが数ナノメートル程度の非常に薄い酸化膜が自然に形成されているとされており、また、例えば炭化けい素を高酸素分圧下で加熱した場合に厚み数μmのシリカ質の酸化膜が形成される事例(例えば[非特許文献3])や、また複合炭化物の表面に酸化被膜を形成させた例として、例えば[非特許文献4]には、AlSiC緻密焼結体を大気中で1250〜1500℃で加熱した際に表面に生成する酸化層について調査した結果が報告されている。また例えば電気抵抗加熱ヒーター等に利用されているけい化モリブデンは高温酸化雰囲気下で表面にガラス質の酸化膜が形成され優れた耐酸化性を示すことが知られている。
【0003】
【非特許文献1】Journal of the Ceramic Society of Japan,103[1]20−24(1995)社団法人日本セラミックス協会
【非特許文献2】耐火物 41[12]690−700(1989)耐火物技術協会
【非特許文献3】炭化珪素セラミックス,p218(1998)内田老鶴圃
【非特許文献4】Journal of the Ceramic Society of Japan,110[11]1010−1015(2002)社団法人日本セラミックス協会
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
以上に述べた従来の方法は、例えばCaOの水和防止方法については、耐水和性を改善するために第二成分を比較的多量に添加あるいは被覆する必要があるためCaOが有する高耐熱性、高耐食性、高反応性等の優れた性質を減退させてしまうか、あるいは、単結晶質とした場合でも水和反応の進行速度をある程度低減できる効果はあるものの表面からの水和進行を防止することはできず使用に限界を生じるという課題がある。さらには、これら従来の方法はCaOといったような酸化物で構成される材料に対して検討されてきた手法であり、本発明が対象とする炭化物、さらにはアルミニウムと炭素およびその他の元素を含む複合炭化物の水和反応の防止という課題に対しては、解決の糸口や示唆を与えるものがないのが現状である。
【0005】
また、金属や炭化物等の非酸化物の表面に形成される酸化膜についてこれまで報告されている事例は、例えば、金属アルミニウムや炭化けい素の表面に自然に形成されている酸化膜は厚みが非常に薄く耐水和性を向上させる作用を十分有するものではなく、また、例えば炭化けい素あるいはけい化モリブデンを加熱した場合に形成される酸化膜は高温下での酸化を抑制する保護膜としての作用を検討したものであって耐水和性の向上に関する知見は示されておらず、さらには、本発明が対象とするアルミニウムと炭素およびその他の元素を含む複合炭化物の水和防止についての解決方法を示唆する内容は含まれていない。
【0006】
また、例えばAlSiC緻密焼結体を大気中で1250〜1500℃に加熱した際に生成する表面酸化層についても同様に、高温下での酸化を抑制する保護膜としての作用を検討したものであり、さらには対象としている酸化膜の厚みが数十μmから500μmと非常に厚く複合炭化物に対する酸化被膜の体積比率が大きいことから、本発明が意図する複合炭化物が本来有する耐熱性、耐食性を維持しつつ、同時に水和反応を防止するという課題に対しては、解決の糸口や示唆を与える内容は示されていない。
【0007】
本発明は、これらの課題を解決することを意図し、特に複合炭化物の有する優れた耐食性、耐熱性を損なうことなく、かつ耐水和性に優れる複合炭化物について鋭意検討した結果、本発明を完成した。即ち、本発明の目的とするところは、耐熱性、耐食性に優れ、かつ耐水和性に優れた複合炭化物を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明に係る複合炭化物は、前記目的を達成する技術的構成として、アルミニウムと炭素および他の元素を含む複合炭化物において、表面に酸化被膜を有することを特徴とする。(請求項1)
【0009】
また、本発明に係る複合炭化物は、前記目的を達成する技術的構成として、アルミニウムと炭素およびシリコンを含む複合炭化物において、表面に酸化被膜を有することを特徴とする。(請求項2)
【0010】
また、本発明に係る複合炭化物の合成方法は、同じく前期目的を達成する技術的構成として、アルミニウムと炭素およびシリコンを含む複合炭化物の製造方法において、酸化処理して表面に酸化被膜を形成させることを特徴とする。(請求項3)
【発明の効果】
【0011】
上述したように、本発明は、複合炭化物が有する耐熱性、耐食性を損なうことなく、水和反応の進行を防止できる複合炭化物、即ち、耐熱性、耐食性に優れ、かつ耐水和性に優れた複合炭化物を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下、本発明について、その作用効果を含めて詳細に説明し、さらに、本発明の実施の形態について詳細に説明する。
【0013】
本発明は、アルミニウムと炭素およびその他の元素を含む複合化合物において、本来有する優れた諸特性を損なうことなく耐水和性を向上させる手法について鋭意検討を重ねた結果、複合炭化物の表面に酸化被膜を形成させることが非常に有効であることを発見し、本発明を完成したものである。
【0014】
本発明は、アルミニウムが本来酸化して表面に酸化被膜を形成しやすい金属元素であること、さらには、複合炭化物中にはシリコンなどの他の元素も原子レベルの均一な分布状態で含まれることに注目して、水和反応が進行するという課題に対して、それを解決するに有効な手段を提供するものであって、従来の酸化物系材料における耐水和性防止技術や一般的な炭化物の表面改質技術とはその根本を異にし、特に、複合炭化物を使用する材料分野に新たな組織制御の技術を提供するものである。
【0015】
本発明が意図する複合炭化物においては、表面に酸化被膜を形成させることによって、耐水和性を大幅に改善することができる。複合炭化物に含まれるアルミニウムが酸化して表面に酸化被膜を形成しやすい金属元素であることから、比較的低温での加熱処理によって複合炭化物の表面に酸化被膜を形成させることができる。この酸化被膜の厚み等は酸化処理の条件を調整することによって任意に制御することができ、複合炭化物に付与させたい耐水和性に応じて、条件を選択することができる。
【0016】
本発明の耐水和性改善技術においては、添加物を用いる必要がないことから、不純物の共存によって複合炭化物が本来有する優れた耐熱性、耐食性等、各種の特徴が損なわれるという問題もなく、目的とする優れた材料を得ることができる。表面に形成させる酸化被膜が複合炭化物の諸特性を低下させる懸念のある場合には、前記したように、酸化処理の条件を選択することで酸化被膜の厚みを薄くすることで複合炭化物の優れた特性を維持することができ、自由度の広い表面組織制御技術として材料特性をコントロールすることができる。
【0017】
本発明が意図する複合炭化物は、少なくともアルミニウムと炭素および他の元素を含むものを対象とする。本発明で言う他の元素とは、アルミニウムと炭素以外の元素を意味し、金属元素あるいは半金属元素、非金属元素のいずれであっても良く、具体例としては、シリコン、ジルコニウム、硼素、チタニウムなどを挙げることができる。また、本発明の複合炭化物は、そこに含まれる炭素として、金属元素または半金属元素と結合して化合物を形成している炭素の他にも、遊離の炭素として含むことができる。
【0018】
本発明の複合炭化物は、表面に酸化被膜を有することが必須の条件として求められる。酸化被膜の厚みは特に限定されるものではないが、複合炭化物の本来有する特性を十分に発揮させつつ水和反応を防止する観点から、0.1〜10μmの範囲が好適である。
【0019】
また、本発明で言う酸化被膜は複合炭化物の表面に酸素を含む固相が形成されている状態を意味し、酸素および金属元素とともに炭素または他の元素を含んでいても良い。酸化被膜中の酸素の存在を確認する手段としては、複合炭化物の表面に電子線を照射した際に発生する元素特有の特性X線を計測して表面の元素分布を測定し酸素の存在を確認する方法や複合炭化物を破断または切断研磨して表面被覆近傍の断面組織を観察できる状態とし、これに電子線を照射した際に発生する元素特有の特性X線を計測して表面の元素分布を測定し酸素の存在を確認する方法等が挙げられる。
【0020】
本発明の複合炭化物の表面に形成させる酸化被膜は、その結晶状態や共存元素が特定されるものではないが、より薄い被膜厚みで高い耐水和性を得る観点から、アモルファス状態であることが望ましい。
【0021】
本発明を完成する検討過程において、アルミニウムと炭素および他の元素を含む複合炭化物を比較的低温で酸化処理した場合に、複合炭化物の表面に形成される酸化被膜は結晶とはならずにアモルファス状態になることを発見した。このような現象が発現される機構は未だ明確ではないが、各元素が原子レベルで均一に分布している複合炭化物の表面が比較的低温で酸化されて酸化被膜が形成される場合には、特定の酸化物の結晶核の生成、成長が阻害され、結晶化が抑制されている可能性がある。水蒸気の浸透あるいは拡散速度は、結晶中よりもアモルファス中の方が遅いことが考えられ、酸化被膜をアモルファス状態とすることでより優れた水和防止効果を付与することが可能になると推定される。
【0022】
複合炭化物の表面に形成された酸化被膜の結晶状態を確認する手段としては、粉末状あるいはバルク状の複合炭化物を粉砕せずにX線回折パターンを計測することにより、表面の結晶状態を知ることができる。例えば、酸化被膜がアモルファス状態の場合には基材である複合炭化物の結晶回折パターン意外に新たな結晶相ピークが認められないという結果が得られ、より望ましい構造の被膜が形成されていることを知ることができる。
【0023】
複合炭化物の表面の酸化被膜は、複合炭化物を酸化処理することで形成させることができる。酸化処理の方法は特に限定されないが、大気雰囲気中で加熱する方法が簡易で好適である。加熱条件は複合炭化物の種類や形状、量、付与しようとする耐水和性効果等によって任意に決定することができ、あらかじめ作製した複合炭化物を加熱処理しても良く、あるいは、複合炭化物を作製した際の予熱を利用して加熱処理しても良い。
【0024】
加熱処理温度は、例えば複合炭化物を大気中で加熱処理する場合には、耐水和性を付与しつつ酸化被覆の厚みを好適な範囲内とする観点から400〜1200℃の範囲とすることが望ましく、より望ましくは500〜1000℃の範囲とすることが好適である。
【0025】
また本発明の複合炭化物は、粉末状あるいは粒状としても良く、また焼結等によって緻密体としても良い。粉末状や粒状の場合には、前記した酸化処理によって粒表面に酸化被膜を形成させることができ、また、緻密体の場合にも同様の酸化処理によって表面に酸化被膜を形成させることができ、ともに優れた耐水和性を付与することができる。これら酸化処理を施す前の粉末状、粒状あるいは緻密体の複合炭化物の作製方法も特に限定されるものではなく、例えば緻密体を作製する際には原料を焼成して粉末を合成した後に焼結してもよく、合成反応と焼結とを同時に行って原料から直接緻密体を作製しても良い。
【実施例】
【0026】
次に、本発明の実施例を比較例とともに挙げ、本発明について具体的に説明する。但し、本発明は、以下の実施例によって限定されるものではない。
【0027】
[表1][表2]に示す各種の複合炭化物を作製し、実施例1〜11については作製した複合炭化物を大気中で加熱して酸化処理を行い供試試料とした。
【0028】
各段階での結晶相はX線回折を用いて同定し、酸化処理後の表面に存在する元素はSEM−EDSを用いて同定した。
【0029】
水和試験は、水和反応の加速実験としてオートクレーブ法を用いて行った。テフロン製の密閉内筒容器に蒸留水15gを入れ、試料1.5gを入れたPYREXガラス製ビーカーを容器内に設置し、ステンレス外筒で密封した状態で150℃(水蒸気圧力0.48MPaに相当)で5時間保持し、試験前後の重量変化から耐水和性を評価した。
【0030】
【表1】

【0031】
【表2】

【0032】
[表1][表2]から明らかなように、本発明の実施例1〜11は、いずれも水和試験による重量増加率が比較例1、2に比べて顕著に小さくなっており、優れた耐水和性を有する複合炭化物が得られている。
【0033】
また、[表1]には、酸化処理時の加熱温度を制御することで、酸化処理時の重量増加率、すなわち、酸化被膜の厚みを任意に調整できることが明確に示されており、許容される酸化被膜の厚みと必要とされる耐水和性に応じて酸化処理条件を選択できることが示されている。
【0034】
また、[表1]から、酸化処理後の結晶層としてAlSiCのみが検出される場合、すなわち酸化被膜がアモルファス状態となっている場合に、より優れた耐水和性を有することがわかる。
【0035】
以上より、本発明の複合炭化物は、耐食性や耐熱性を劣化させる他成分を添加せずに複合炭化物が本来有する高耐食性、高耐熱性等の基本特性を維持しつつ、かつ優れた耐水和性を有する複合炭化物を提供できることが明らかである。
【産業上の利用可能性】
【0036】
本発明の複合炭化物は、高温用セラミックス構造材料や高温用セラミックス耐食性材料、高温用セラミックス導電材料等へ応用でき、また、耐火物の原料としての利用の可能性がある。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルミニウムと炭素および他の元素を含む複合炭化物において、表面に酸化被膜を有することを特徴とする複合炭化物
【請求項2】
アルミニウムと炭素およびシリコンを含む複合炭化物において、表面に酸化被膜を有することを特徴とする複合炭化物
【請求項3】
アルミニウムと炭素およびシリコンを含む複合炭化物の製造方法において、酸化処理して表面に酸化被膜を形成させることを特徴とする複合炭化物の製造方法

【公開番号】特開2012−17237(P2012−17237A)
【公開日】平成24年1月26日(2012.1.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−168616(P2010−168616)
【出願日】平成22年7月7日(2010.7.7)
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.テフロン
2.PYREX
【出願人】(591240722)岡山セラミックス技術振興財団 (13)
【Fターム(参考)】