説明

設定変更可能な回折光学素子

本発明は、反射面を有する一連の回折格子のサブ要素を備えた設定変更可能な回折光学素子(configurable diffractive optical element)に関する。各サブ要素は、選択された範囲内で制御可能な位置に配され、前記サブ要素の多くが、選択されたスペクトル特性に回折するものとされている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、反射面を有する一連の回折格子のサブ要素を備えた設定変更可能な回折光学素子(configurable diffractive optical element)に関する。
【背景技術】
【0002】
光の周波数(波長)によって分光することは、光波分光法(optical spectroscopy)の基本となるものである。本発明によれば、設定変更可能な分光フィルタ(spectral filter)とした光学機器の類が得られる。光学機器には、異なる周波数の光からなる光束が入射する。光学機器は、光の一部を所定の方向又は焦点に方向付ける。光学機器は、基材上で移動可能な回折微細構造組織を備えている。機器に異なる電圧を印加することによって、微細構造の位置を変更し、かつ、それにより回折光のスペクトル組成を変更する。
【0003】
分光フィルタは、全ての種類の光学測定にとって重要なものである。以下、全体又は一部の所定の周波数の光を光路から選択的に取り除くすべての機器を記載するのに際して、広い意味で分光フィルタという言葉を使用する。もし、フィルタの特性が、異なる大きさの電圧や温度、他の作動手段によって時間とともに変化し得る場合には、我々はそれを可変フィルタ又は設定変更可能フィルタと呼ぶ。可変フィルタと設定変更可能フィルタとの間には明確な区別はないが、後者のほうは、可能な限りフィルタ機能の大きい領域を含んでいる。設定変更可能な光学フィルタは、分光法において特に重要である。一例としては、従来のモノクロメータにおける可変偏角回折格子(tiltable grating)がある。我々の定義によれば、これは可変(設定変更可能な)光学フィルタの一例である。
【0004】
回折光学素子は、一次元又は二次元の回折格子又はホログラムを一般化したもので、入射光束の異なる部分を異なる位相遅れ又は振幅変調させて光照射野を合成させる。マイクロマシン技術(MEMS)によって、回折光学素子(DOE)を製作することができる。最近のシリコン微細加工技術によれば、10μm未満の移動体を製作することは困難ではない。設定変更可能なDOE(CDOE)において、そのような移動体の先端部が、鏡、回折格子、又はフィルタリング若しくはフォーカシングのためのより複雑な構造体としての光学面となり得る。以下、各表面を回折格子のサブ要素と称する。それらの相対位置は、典型的な光学波長よりもかなり小さい分解能で調整され得る。そして、異なる部分からの反射による干渉が光照射野を決定する。
【0005】
スペクトルフィルタ(ポリクロメータ)を合成するためのCDOEは、例えば、非特許文献1に提示されている。この機器は、ビームアレイを静電気的に制御する。ビームは縦方向に移動することができ、各ビームの先端は反射して、回折格子としての役割を演じる。合成フィルタの基本理論については、非特許文献2に記載されているが、これは、言い換えれば1970年ごろにGerchbergとSaxonとによって開発されたフェーズ回復アルゴリズム(PRA)(例えば、非特許文献3参照。)に基づく。ポリクロメータの欠点は、得られる分解能に制限されて、広いスペクトル域で光が単一角度に回折されることである。ビームをより増やすことにより、より高い分解能が得られるが、機器の複雑さを増大させ、かつ、制御が実行不能になってしまう。また、ディテクタに集光できないという欠点もある。これについては、回折格子を規定する凹部によって、又は、これから記載するフォーカシング回折パターンによって可能となる。最終的には、移動する回折素子間の多くのギャップが回折効率を減少させ得る。
【0006】
特許文献1には、相関分光計と光プロセッサーとを形成する光学装置が記載されている。光学装置は、光源からの光を受光し、かつ、入射光を処理するために基板上に形成された、一つ又は複数の回折光学素子を備えている。光学装置は、入射光の一次コリレーションのための単位時間を生じ、かつ、一次コリレーションとは異なる二次コリレーションのための単位時間を生じるために、各回折光学素子を選択的にアドレス指定するためのアドレス指定素子を備えている。発明の好ましい実施形態において、光学装置がフィルタリング又はフォーカシングのための相関分光計を形成している。別の実施形態では、光プロセッサーを形成している。いくつかの実施形態では、光学装置は、一つの共通基板上に、異なる単位時間にて入射光を選択的に遮蔽する一次回折及び二次回折のための多数の回折光学素子を備えている。他の実施形態では、光学装置は、入射光を処理するために励起された多数の回折格子間で選択的に切り替えられ得る電気的なプログラマブル回折格子を備えている。光学装置は、少なくとも一部が微細加工処理されている。
【0007】
特許文献2には、電気的なプログラマブル回折格子についての記載がなされている。プログラマブル回折格子は、多数の電極が形成され、各電極に移動可能な回折光学素子が載置された基板を備えている。回折格子素子は、素子の上側面から反射した入射光束を回折するための回折格子を形成するように静電気的にプログラム可能となっている。微細加工処理されて形成されたプログラマブル回折格子は、光学的情報処理(例えば、コリレーターやコンピュータ)や、多数の異なる波長の光束(例えば、光ファイバ通信)の多重化及び逆多重化や、分光計(例えば、相関分光計及び走査型分光計)に適用される。このタイプの機器は、狭いスペクトル域内で高いスペクトル分解能を得るための多数の素子を制御させるのには欠点を有している。
【非特許文献1】G.B.Hockerら著、「The polychromator: A programmable mems diffraction grating for synthetic spectra」、Solid-State Sensor and Actuator Workshop、米国サウスカロライナ州、Hilton Head Island、2000年6月、p.89−91
【非特許文献2】Michael B.Sinclairら著、「Synthetic spectra: a tool for correlation spectroscopy、Applied Optics、36(15)、米国、1997年
【非特許文献3】J.R.Fienup、「Phase retrieval algorithms:a comparison」、Applied Optics、21(15)、米国、1982年、p.58−69
【特許文献1】米国特許第5,905,571号明細書
【特許文献2】米国特許第5,757,536号明細書
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の目的は、少量の電気的作動部分にて、例えば、スペクトル呼掛器(spectral interrogation)のために、選択された周波数域内での良好な分解能を得るための光学回折素子を提供することを目的とする。また、追加の光学機器を不要として光束を集光する光学回折素子を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
請求項の記載に従った素子を利用することによって上記目的を達成することができる。
【0010】
本発明によれば、電気的なプログラマブル回折格子に係るいくつかの展開/改良が可能である。これらを以下に詳述する。
・ CDOEは、光を集束させ得る。これにより、高価で、かつ、調整に困難さを伴う光学機器を追加する必要がない。集光機器を製作する一つの方法は、フレネルゾーン又はフレネルゾーン領域のような回折格子のサブ要素を形成することである。
・ ブレーズド回折格子表面を有する少数の広いサブ要素が、平坦な反射面を有する多数の狭いサブ要素の代わりに使用され得る。図1と図2とに違いを示す。多くの適用例にとって、CDOEの機械的な複雑さを減少し、かつ、回折効率を向上するであろう。
・ ビームを横方向に、即ち、表面と平行な方向に移動して位相変調させることができる。シリコン・オン・インシュレータ(SOI)技術による櫛歯駆動によって、より少ない工程でより良い光学面を作製することができる。
・ 従来例ではすべて一次元アレイである。フレネルゾーン構造であっても、極座標では一次元アレイとみなされ得る。もっと一般的な場合には、CDOEの平面は、任意のパッチに分割され得て、各パッチは、垂直又は水平移動によって、位相変調を伴う回折格子のサブ要素となっている。
【0011】
以下、本発明についての実施例について図面を参照して説明する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
図1に示す回折格子理論について説明する。平面スクリーンから離れた場での回折のフラウンホーファー近似は、スクリーンでの光学場に容易にフーリエ変換される。一次元で表すと、これは式(1)で記載され得る。
【0013】
【数1】

【0014】
ここで、k=2π/λ、θは、回折角、xはスクリーン位置を示す。DOEに入射角0の平行光を照射する場合には、Uは、目標関数であり、u(x)は、DOE開口の伝達係数/反射係数の複合したものを示す。Uは、kとsinθとによって求められる関数であって、波長と角度とが同じ役割となっている。DOEは、固定波長における空間(角度)パターン、或いは、固定角度におけるスペクトルパターン、或いは、両方を混合したものを合成するのに使用され得る。言い換えれば、以下、スペクトルパターンを固定角度で考察し、kx=ksinθと記載する。
【0015】
非近接場における目標関数Uを導く回折面の形状を決めるために、式(1)をフーリエ逆変換して式(2)とする。
【0016】
【数2】

【0017】
この結果、u(x)は、位相角と振幅変動との複素関数で表される。しかしながら、例えば、|u(x)|=1というように、u(x)にはいくつかの制限があるのが普通である。即ち、我々は、u(x)の位相を制御することのみに限定され、又は、選択せざるを得ない。この場合、u(x)を求めるためには数値アルゴリズムによる必要がある。そのようなアルゴリズムの一例として、異なる名前で異なるバリエーションで表現されるPRAがある。ここでは、空間領域及びスペクトル領域における制限や制約を適用しながら反復フーリエ変換によって算出する。
【0018】
図1に示すように、従来技術ではあるが、上述した「ポリクロメーター」のようなビームアレイが、設定変更可能なDOEの基本的な目的及び反復フーリエ変換の実例説明に適する機器である。素子間のスペースを省略したとき、ビームアレイの複素反射係数は、以下の式となる。
【0019】
【数3】

【0020】
p(x)は、一つのビームの反射係数、un=exp(iφn)を表し、*は畳み込み演算子を表す。平面状のミラー面とされたビームでは、p(x)=rect(x/d)となる。DOEの高さhと位相遅れφとの関係は、光の入射角をα、回折角をβとするとき、φ=2πh(cosα+cosβ)/λとなる。式(3)のフーリエ変換は、式(4)となる。
【0021】
【数4】

【0022】
四角かっこ内の総和は、係数unの不完全フーリエ級数となる。この級数は、周期Δkx=2π/dを有するkの周期性を示す。これは、p(x)をフーリエ変換したものに乗じられる。p(x)=rect(x/d)の場合、目標関数Uは、P(kx)=sinc(kxd/2π)で与えられる。係数unは、例えば、上述したPRAアルゴリズムによって決定され得る。通常の回折格子では、分解され得る最も高い光の周波数は、回折格子素子数と回折格子間隔とからなるNdに比例する。一方、遮断周波数又は自由スペクトル域は、sinc関数で初期値0によって与えられる。
【0023】
【数5】

【0024】
多くの分光法の適用により、周波数kcを中心として相対的に狭い周波数域Δkxにおける相対的に高い分解能が得られる。
【0025】
式(5)から、kcがkx0未満であることを確定するためには、十分広いスペクトル域を得るのに低さが必要な周期dが十分に低くなければならない。しかし、分解能はNdに比例するので、高分解能を維持するには大きいNであることを要する。この結果、複合機器では、数多くのビームが個別に制御されなければならない。M A Butlerらによって2001年にIEDMから出された「A mems-based programmable diffraction grating for optical holography in the spectral domain」は、光路に回折格子を追加して「ポリクロメーター」を改善する方法に関するものである。ビームの表面自身を変えることが、より都合のよいことであることがわかった。一連の回折格子の解法を以下に示す。
【0026】
図2に、上述した従来技術におけるビームの先端平面を、回折格子周期ds<dと短いものに置換した、本発明に係る回折格子アレイを示す。正弦格子では、p(x)=rect(x/d)exp(i2πx/ds)となる。そして、P(x)=sinc(kxd/2π-d/ds)を得る。これは、本質的には式(5)のsinc関数において我々が選択した周波数への移動を示す。周波数移動は、二つの回折周期の比によって決定される。こうして、少ないビームで高い分解能のスペクトルフィルタを得ることができる。
【0027】
図3は、回折格子のサブ要素が横方向に移動した場合の同様の解法を示す。もし、一つの要素が横方向に距離Dで移動した場合、φとDとの関係は、サブ要素周辺の領域からの影響を無視すると、φ=2πD(sinα-sinβ)/λで表される。
【0028】
多数のMEMS機器は、静電気的な櫛歯駆動によって駆動されて横方向移動するSOI構造に基づいている。これらの構造は、縦方向移動する梁構造を製造するのにしばしば使用される多層多結晶シリコン処理によるものよりも堅く、かつ、容易に製造される。
【0029】
図4に、本発明に係る集光機器を示す。任意の形状にてサブ要素を拡張することによって、集光用の設定変更可能スペクトルフィルタを作成することができる。与えられた焦点距離に相当するフレネルゾーンとしてサブ要素を形成した場合、一次元のビームアレイ又は回折格子アレイと同様の焦点強度を示すことができる。
【0030】
集光回折格子パターンにて矩形状で等しいサイズのアレイ状サブ要素を使用することも可能である。単一要素の回折積分への貢献によっても、式(4)に表されるフーリエ級数の単項式とはもはや一致しないので、そのような構造でのスペクトル合成が異なるものとなるであろう。
【0031】
図5は、各々が表面に回折格子を有するミラー要素の二次元マトリックスを形成する本発明に係る二重アレイを示す。
【0032】
式(2)のように目標関数のフーリエ逆変換により、位相及び振幅情報を有する複素関数u(x)を得る。我々は、二重アレイ状の回折格子、即ち、アレイ状の一組のサブ要素にて振幅及び位相をコントロールするCDOEを提示することができる。二つのサブ要素の高さ方向の位置が同じ場合、最大振幅にて構造的な干渉がある。位相がπ移動することによって得られる値によってサブ要素の高さが異なる場合には、相殺的干渉によって振幅が0になる。光は光路から外れて回折する。
【0033】
図2から図5に関連して上述したように、本発明によれば、サブ要素が回折格子とされたより大きいサブ要素2による解が得られる。各サブ要素による回折格子は、通常の回折格子の製造の場合よりも制約がなく、好適な回折格子周期で提供され得る。
【0034】
本発明によれば、回折格子のサブ要素の大きさは、例えば、100μmのオーダーで各サブ要素における回折格子の多数の周期に対応すべきものである。
【0035】
そこで、従来の類似の回折格子よりも高い分解能に調整可能な回折格子を提供することができ、例えば分光法及びスペクトルフィルタ等により好適なものとすることができる。
【0036】
図2,4,5に示すビーム又はサブ要素は、要素の表面に対して垂直方向に移動され得る。しかしながら、図3において、上述したように、サブ要素の位置は、表面と平行な横方向に移動され得る。これらの移動はどのような組み合わせもあり得るが、実際には困難である。入射光又は反射光の方向に対して典型的な移動距離は、光の波長の1/2のオーダーとすべきである。
【図面の簡単な説明】
【0037】
【図1】多数の反射面間の相対位置によって構成される従来の回折格子を示す図である。
【図2】本発明の基本構成を示す図である。
【図3】本発明の第1の実施形態を示す図である。
【図4】本発明の第2の実施形態を示す図である。
【図5】サブ要素が二次元アレイを構成する本発明の第3の実施形態を示す図である。
【符号の説明】
【0038】
2 サブ要素



【特許請求の範囲】
【請求項1】
反射面を有する複数の回折サブ要素を備え、
前記各サブ要素が、選択された範囲内で制御可能な位置に配され、かつ、前記サブ要素のいくつかには、選択されたスペクトル特性のいくつかを有した反射格子を備えていることを特徴とする設定変更可能な回折光学素子。
【請求項2】
請求項1に記載の回折光学素子であって、
回折格子を備える前記サブ要素の物理的な寸法が、前記サブ素子における回折格子の空間的周期よりも実質的に大きいことを特徴とする回折光学素子。
【請求項3】
請求項1に記載の回折光学素子であって、
前記各サブ要素の位置が、前記素子の表面に直交する方向に調節可能とされていることを特徴とする回折光学素子。
【請求項4】
請求項1に記載の回折光学素子であって、
前記各サブ要素の位置が、前記素子の表面に平行方向に調節可能とされていることを特徴とする回折光学素子。
【請求項5】
請求項1に記載の回折光学素子であって、
前記各サブ要素の位置が、入射又は反射光束の光軸に平行方向に調節可能とされていることを特徴とする回折光学素子。
【請求項6】
請求項1に記載の光学素子であって、
回折格子を備えた前記サブ要素上の格子が、回折レンズを構成することを特徴とする回折光学素子。
【請求項7】
請求項1に記載の回折光学素子であって、
前記サブ要素が二次元アレイを構成していることを特徴とする回折光学素子。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公表番号】特表2006−512602(P2006−512602A)
【公表日】平成18年4月13日(2006.4.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−563061(P2004−563061)
【出願日】平成15年12月22日(2003.12.22)
【国際出願番号】PCT/NO2003/000437
【国際公開番号】WO2004/059365
【国際公開日】平成16年7月15日(2004.7.15)
【出願人】(505249953)
【出願人】(599108976)ザ・ボード・オブ・トラスティーズ・オブ・ザ・レランド・スタンフォード・ジュニア・ユニバーシティ (61)
【氏名又は名称原語表記】THE BOARD OF TRUSTEES OF THE LELAND STANFORD JUNIOR UNIVERSITY
【Fターム(参考)】