説明

車両用ブレーキ装置

【課題】 電動モータを利用し、少ない消費電力で確実に制動力を付与し得ると共に、電力供給が絶たれた後にも制動力を確保し得る、簡単な構造で信頼性が高い装置を提供。
【解決手段】 電動モータ6と、差動変速手段(遊星歯車変速機構5)と、回転運動を直進運動に変換して摩擦部材を制動部材(ディスクロータ10)に当接する方向に駆動する運動変換手段(運動変換機構7)を備える。差動変速手段の構成要素のうちの一つを回転部材(ハブ4)の回転運動と連動するように構成し、他の一つを電動モータの回転運動と連動するように構成し、且つ残りの一つを運動変換手段と連動するように構成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両用ブレーキ装置に関し、特に、車輪の回転力を利用して摩擦部材を制動部材に押圧し車輪の回転を抑制するように構成された車両用ブレーキ装置に係る。
【背景技術】
【0002】
車両用ブレーキ装置に関し、電動モータによって摩擦部材を制動部材に押圧して車輪の回転を抑制することが提案されている。例えば、特許文献1には、電動モータの回転を直進運動に変換してピストンを推進し、摩擦パッドをディスクロータに押圧して制動力を発生する電動ブレーキ装置が開示されている。同特許文献では、電動モータを制御するためのコントローラをディスクブレーキに一体に取付け、車輪速センサのワイヤハーネスをコントローラに接続することが提案されている。
【0003】
一方、一般的な液圧駆動のディスクブレーキにおいて、ディスクブレーキのシリンダにブレーキ液を供給する装置として、従前のマスタシリンダや電動ポンプに代わって、ディスクロータ及びディスクブレーキ本体に近接してピストンポンプを設置し、車輪の回転力をピストンポンプの駆動力に変換し、シリンダ液圧を介して、ディスクブレーキピストンの摩擦材に対する押圧力として、制動力を付与するというブレーキ作動により、駆動源のエネルギーを節約することが提案されている。
【0004】
例えば、特許文献2には、ディスクロータの側面に更に一枚のディスクを設け、ディスクロータと同軸上に、独立して回転可能に支持しておき、これらの二枚のディスクに対し、電流値に応じて押付力を制御可能な電磁クラッチによって断続するように構成されたものが開示されている。追加されたディスクの外周面は、円周に沿って半径が変化するカムになっており、このカム面に前述のピストンポンプのピストン後端部が当接しているため、ディスクの回転に伴いピストンポンプが作動して液圧を発生させるように構成されている。尚、電磁クラッチの電流値を適当に調整することによりクラッチの摩擦力が設定され、これにより外周カムディスクの回転トルクとそれに関連したピストンポンプのピストン推進力が設定されるので、シリンダ液圧、ひいては制動力を調整することができる。
【0005】
尚、大きな減速比を得ることができる減速機構として、不思議歯車機構が知られている。これは、例えば非特許文献1において、歯数の異なる一対の内歯太陽歯車(静止太陽歯車及び回転太陽歯車)を共通の遊星歯車に噛み合わせた機構と説明されている。
【0006】
【特許文献1】特開2003−287069号公報
【特許文献2】特開平6−17856号公報
【非特許文献1】小川潔・加藤功著「機構学」、森北出版株式会社、1976年3月1日第1版第7刷発行、164頁乃至165頁
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
然し乍ら、前掲の特許文献1に記載の装置においては、電動モータの回転に応じて摩擦パッドをディスクロータに押圧して制動力を発生させるものであるので、従来のブレーキ装置に比べて大きな消費電力が必要となり、電動モータに対する電力供給が絶たれた後の制動力の確保について、別途対策を講ずる必要があるので、高価な装置となることは必至である。
【0008】
一方、前掲の特許文献2においては、駆動エネルギーが車輪の回転力のみとされているので、車両が停止しているときには制動力を付与することはできない。また、電磁クラッチ、ピストンポンプ及びカム機構をはじめ、実際にはリザーバタンク等の多数の部品が必要となるので、搭載スペース、重量、コスト及び生産性の何れにおいても実用的ではなく、実現性に乏しい。また、制動力の調整精度は摩擦式クラッチのトルク伝達精度に依存するため、一般的には、制御が不安定、不正確となることは必至で、現在のブレーキシステムに要求される緻密な制御を行うことは極めて困難である。更に、ピストンポンプとディスクブレーキ用のシリンダとの間にブレーキ液が密封されているので、温度等による体積変化が吸収できず、所望のブレーキ特性を確保することも困難である。
【0009】
そこで、本発明は、車輪と一体的に回転する制動部材に対し摩擦部材を押圧して車輪の回転を抑制する車両用ブレーキ装置において、電動モータを利用し、少ない消費電力で確実に制動力を付与し得ると共に、電力供給が絶たれた後にも制動力を確保し得る、簡単な構造で信頼性が高い車両用ブレーキ装置を提供することを課題とする。
【0010】
また、本発明は、上記の車両用ブレーキ装置において、電力供給が絶たれた後にも一層確実に制動力を確保し得る、簡単な構造で信頼性が高い車両用ブレーキ装置を提供することを別の課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記の課題を達成するため、本発明は、請求項1に記載のように、車両に対し車輪と一体的に回転する制動部材と、該制動部材に対し当接可能に前記車両に支持した摩擦部材を備え、該摩擦部材を前記制動部材に押圧して前記車輪の回転を抑制する車両用ブレーキ装置において、前記車輪に固定されて一体的に回転する回転部材と、電気信号に応じて出力トルク又は回転速度を調整し得る電動モータと、相対的に回転可能な三つ以上の構成要素を有し、そのうちの二つの構成要素の運動が決まれば残りの構成要素の運動も決まるように構成して成る差動変速手段と、回転運動を直進運動に変換して前記摩擦部材を前記制動部材に当接する方向に駆動する運動変換手段とを備え、前記差動変速手段の構成要素のうちの一つを前記回転部材の回転運動と連動するように構成すると共に、前記差動変速手段の構成要素のうちの他の一つを前記電動モータの回転運動と連動するように構成し、且つ前記差動変速手段の残りの構成要素のうちの少なくとも一つを前記運動変換手段と連動するように構成したものである。
【0012】
また、請求項2に記載のように、前記回転部材と前記差動変速手段の構成要素のうちの一つとの間に介装した電磁クラッチ手段を具備し、該電磁クラッチ手段によって、前記差動変速手段の構成要素のうちの一つを前記回転部材の回転運動と連動するように構成することができる。
【0013】
あるいは、請求項3に記載のように、前記回転部材と前記差動変速手段の構成要素のうちの一つとの間に介装した一方向クラッチ手段を具備したものとし、該一方向クラッチ手段によって、前記差動変速手段の構成要素のうちの一つを前記回転部材の回転運動と連動するように構成してもよい。
【0014】
上記車両用ブレーキ装置において、前記差動変速手段は、請求項4に記載のように、遊星歯車を備えた遊星歯車変速機構とすることができる。この遊星歯車変速機構は、請求項5に記載のように、不思議歯車減速機構を構成し得るものとするとよい。あるいは、前記差動変速手段は、請求項6に記載のように、内歯歯車、該内歯歯車に内接する歯数の異なる外歯歯車と、該外歯歯車の自転を抑制するオルダム機構とを備えた差動歯車変速機構とすることができる。
【0015】
更に、上記車両用ブレーキ装置において、請求項7に記載のように、前記電動モータの回転軸に対して摩擦力による抵抗を付与し、前記電動モータの回転を抑制する摩擦負荷手段と、ブレーキ操作手段の操作入力を前記摩擦負荷手段に伝達する荷重伝達部材と、該荷重伝達部材を介して前記ブレーキ操作手段の操作入力を前記摩擦負荷手段に伝達するか否かの切換を行う荷重伝達切換手段とを備えたものとするとよい。前記摩擦負荷手段は、請求項8に記載のように、前記電動モータの回転軸に対し、該回転軸の回転方向とは逆の方向に、前記ブレーキ操作手段の操作入力に比例したトルク抵抗を付与するように構成することができる。
【発明の効果】
【0016】
本発明は上述のように構成されているので以下の効果を奏する。即ち、請求項1乃至3に記載の車両用ブレーキ装置においては、ブレーキ作動を行うためのエネルギー、即ち摩擦部材を制動部材に押圧するのに要する仕事量を、回転している車輪から得るように構成されている。具体的には、差動変速手段を用いて、車輪に固定されて一体的に回転する回転部材、電動モータの回転軸、及び回転運動を直進運動に変換して摩擦部材を駆動する運動変換手段を連結するように構成される。この場合において、電動モータは、ブレーキ力の大きさや、付与する速度を調整するのみで、上記の仕事そのものは車輪の回転運動から伝達される。而して、ブレーキ作動に必要なエネルギーの大幅な低減が可能となり、更に電動モータを発電機として使用することで、ブレーキ作動中に車両の運動エネルギーを回生することができる。特に、電動モータへの電力供給が絶たれたときにも、車輪の回転エネルギーを利用して十分なブレーキ力を確保することができる。
【0017】
そして、前記差動変速手段は、請求項4乃至6に記載のように構成することができる。例えば、差動変速手段を遊星歯車変速機構で構成した場合において、通常はサンギア、キャリア及びリングギアの構成要素のうちの一つを固定し、残りの二つを入力軸又は出力軸として一定の増速比又は減速比を得る形で用いられる。これに対し、何れの軸も固定することなく、サンギア、キャリア及びリングギアの全てを可動とすると、三つの構成要素のうちの二つの運動(回転速度)が決まれば、残りの運動(回転速度)が決まるという特性がある。従って、ある入力(車輪の回転速度)に対しもう一つの入力(電動モータの回転速度)を調整することで、出力(運動変換手段の回転速度、即ちブレーキの作動速度)を自由に制御することができることになる。
【0018】
また、サンギア、キャリア及びリングギアの三つの構成要素には、釣合いの関係から回転速度に関係なく常に一定比率のトルクが付与されているという性質もあるので、そのときの車輪速度に関係なく、電動モータに加えるトルクを調整すればブレーキ力を制御することができる。つまり、どのような車輪速度(車両速度)においても、電動モータの回転数(回転速度)又は出力トルクを制御することによって、必要なブレーキ作動速度やブレーキ力を得ることができる。この場合において、回転している車輪から得られる仕事率(トルク×回転速度)は、設計仕様と減速度によって設定される所定の車速以上であれば、ブレーキを付与するのに必要な仕事率よりも大きいため、電動モータ自体は仕事をする必要がない。そのようなときは、逆に、電動モータには、回転する車輪から仕事をされる側に回転トルクが加えられるので、電動モータを発電機として使用すればブレーキ作動時の余剰エネルギーを電力エネルギーとして蓄えることも可能である。
【0019】
そして車速がある値以下になると、車輪から得られる仕事率が不足してくるため、次第に電動モータが不足分を補うようになり、最終的に車両が停止したときには、全て電動モータによるブレーキ作動となる。換言すれば、所定車速以上では車輪の回転からエネルギーを吸収し、車速が低下して停止状態に近づくにつれて、電動モータの出力比率を次第に切換えていく動作を、自動的に無駄なく行うことができる。
【0020】
更に、請求項7に記載のように構成された車両用ブレーキ装置によれば、万一電気系統の失陥により駆動電力及び制御信号が消失した場合においても、車両運転者のブレーキ操作に応じて、ブレーキフィーリングを損なうことなく、正常時と同様の制動力を確保することができる。特に、請求項8に記載のように摩擦負荷手段を構成すれば、ブレーキ力を発生させるために必要なエネルギーは、電動モータが正常に機能している場合と同様、車輪の回転力から得られるので、摩擦負荷手段は単に摩擦抵抗を与えるのみでよく、小さなブレーキ操作力で必要な制動力を確保することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
以下、本発明の実施形態について図面を参照して説明する。本実施形態の車両用ブレーキ装置は、図1にその一部を示すように、車両のホイール1内に設けられるディスクブレーキ装置に係るもので、車両のサスペンションを構成するナックル2に、車両外方に開口する円筒部2aが形成されており、この円筒部2a内に、ベアリング3を介して回転可能にハブ4が支持されている。このハブ4は本発明の回転部材を構成するもので、ホイール1がディスクロータ10を介してボルト・ナット11によって固定されており、ホイール1とナックル2との間の空間にディスクロータ10が介装された形態となっている。
【0022】
ディスクロータ10は本発明の制動部材を構成するもので、筒体部を有し、その外周面に、ホイール1の回転軸と平行に摺動ピン12が固定されており、この摺動ピン12に対し、二枚の環状部材13及び14がホイール1の回転軸と平行に摺動自在に支持されている。而して、ハブ4、ディスクロータ10及びホイール1は一体となって、ナックル2ひいては車両本体に対し、車両の速度に応じた回転速度で、回転運動を行うように構成されている。
【0023】
一方、ハブ4に関し、ホイール1と反対側の端部4aの外周面には螺子溝が形成されており、ナックル2の円筒部2aの内孔にベアリング3が装着された後、ベアリング3の内側に筒体部4bが嵌合するようにハブ4が挿入されると、ハブ4の端部4aはベアリング3から延出する。このハブ4の端部4aに環状部材20が装着された後に、ナット21が螺子溝に螺合されて固定される。環状部材20は車輪速度検出手段を構成するもので、その外周面には外歯が形成されている。
【0024】
環状部材20の開口端部の内側には一方向クラッチ手段たるワンウェイクラッチ30の外輪が固定されており、ワンウェイクラッチ30の内輪は、差動変速手段たる遊星歯車変速機構5の構成要素であり入力部であるリングギア50の円筒部51に固定されている。ワンウェイクラッチ30は、車両が前進するときには環状部材20からリングギア50に回転力が伝達されるが、車両が停止している場合及び後退する場合には空転し、リングギア50に回転力が伝達されないように構成されている。尚、ワンウェイクラッチ30に代えて、電磁クラッチ手段(図示せず)を設け、電気信号によって断続してワンウェイクラッチ30と同様に機能させることとしてもよい。
【0025】
また、リングギア50は他の円筒部52を有し、この円筒部52にて、ワンウェイクラッチ40を介してナックル2に支持されている。このワンウェイクラッチ40は、車両が前進するときには空転し、車両が停止している場合及び後退する場合には回転が阻止されるように構成されている。遊星歯車変速機構5は(もう一つの入力部である)サンギア53に固定された入力軸61と、出力部であるリングギア56を備えており、入力軸61は電動モータ6のロータ(図示せず)に連結され、リングギア56は運動変換機構7を構成するラック・アンド・ピニオン機構のピニオン71に連結されている。尚、ベアリング23及び24は、入力軸61及びリングギア56を夫々回転可能に支持するために設けられている。リングギア50及び56とサンギア53との間には、大径部54aと小径部54bを有するキャリア54が(本実施形態では3個)介装されており、これらのキャリア54は連結部材55に回転可能に支持されている。そして、キャリア54の大径部54aはリングギア50の円筒部52に形成された内歯とサンギア53に噛合し、小径部54bは出力側のリングギア56に形成された内歯に噛合している。
【0026】
図3及び図4は遊星歯車変速機構5を構成する歯車間の関係を模式的に示すもので、図1に示す各歯車(ギア)に対応する符号を付している。図3において、寸法Aはサンギア53の半径、寸法Bはキャリア54の大径部54aの半径、寸法Cはキャリア54の小径部54bの半径、寸法Dはリングギア50の円筒部52に形成された内歯の半径、そして寸法Eはリングギア56の内歯の半径であり、夫々の歯数に比例する。
【0027】
図1及び図2に示すように、ラック72はピニオン71との噛合部と反対側の端部にて、連結ピン73を介して楔部材74に連結されている。楔部材74には、その中心軸に対して両側に、相互に所定の角度で傾斜したテーパ面が形成されており、夫々のテーパ面が、ころ部材75及び76を介してピストン部材8とナックル2の空洞部2bの内面との間に挟持されるように、楔部材74が配置されている。ころ部材75(76も同様)は図2に示すように複数のころがケース内に収容されたもので、楔部材74が円滑に移動し得るように構成されている。而して、上記のラック・アンド・ピニオン機構によって電動モータ6の回転運動が直線運動に変換されると、楔部材74は(図1の下方に)駆動される。
【0028】
ピストン部材8は、有底筒体81及び82の開口部が対向するように重合して成り、両者間に圧縮スプリング83が介装され、有底筒体81及び82が相互に離隔する方向に付勢されている。有底筒体81の内面は開口端方向に拡径されたテーパ面が形成されており、このテーパ面と有底筒体82の外周面との間にボール84及び圧縮スプリング85が収容され、有底筒体81の開口端にストッパ86が固定されている。これにより、有底筒体81及び82は一体となって前進(図1の左方向に移動)すると共に、有底筒体82が有底筒体81に対して相対的に前進し得るように構成されている。
【0029】
上記の構成になるピストン部材8は、楔部材74の(図1の下方への)移動に応じて、ころ部材75及び76を介して付与される推進力によって前進し、第1の摩擦部材91が車輪の回転軸と平行に外側(ホイール1側)に押圧されるように構成されている。本実施形態の摩擦部材は、夫々裏板91p、92p及び93pに固着された第1の摩擦部材91、第2の摩擦部材92及び第3の摩擦部材93で構成されており、これらの裏板91p、92p及び93pを貫通する支持ピン95によって摺動自在に支持されると共に、この支持ピン95によってアーム部材94がナックル2に固定されている。而して、第1の摩擦部材91に対する推進力は、環状部材13、第2の摩擦部材92、環状部材14、第3の摩擦部材93、そしてアーム部材94の順に伝達される。このとき、環状部材13及び14は、ディスクロータ10に対し車輪の回転軸と平行に摺動可能に支持されており、所謂フローティング方式が構成されているので、第1乃至第3の摩擦部材91、92及び93によって均等な力で押圧される。また、第1乃至第3の摩擦部材91、92及び93が磨耗すると、そのままでは各々と環状部材13及び14との間隙が大きくなることになるが、本実施形態では、ピストン部材8が前述のように構成されており、摩擦部材が磨耗して薄くなるに従い、有底筒体82が有底筒体81に対して相対的に前進するので、各部材が密着した状態に維持される。
【0030】
次に、上記の構成になる車両用ブレーキ装置の作動に関し、車両が走行している状態で、ブレーキ操作が行われた場合について説明する。車両走行時には、車両の速度に応じた回転速度で車輪が回転しており、車輪(ホイール、ハブ等)の回転はワンウェイクラッチ30を介して遊星歯車変速機構5の入力部であるリングギア50に伝達される。このとき遊星歯車変速機構5の特性として、下記の表1に示すような関係で二つの入力軸と一つの出力軸の回転数が互いに拘束されている。
【表1】

【0031】
従って、ブレーキ操作が行われないときは、出力軸の回転数{A・(B−C)/(2・B・E)・(Rm−1)+1}が0になるような回転数Rmで電動モータ6が回転しておれば、車輪の回転力は出力軸には伝わらずブレーキは効いていない状態となる。この状態をトルクという観点で表すと、三つの軸は下記の表2に示すような関係で互いのトルクの比率が決まっているため、モータ側入力軸のトルクを0にすれば出力軸のトルクも0になり、ブレーキは効いていない状態になる。
【表2】

【0032】
つまり、電動モータ6に流れる電流を遮断し、発生トルクを0にすれば、車輪の回転速度は全て電動モータを回転させる方向に向けられ、ブレーキ側の出力にはトルクも回転も生じない状態になる。次に、前述の状態でブレーキ操作が行われると、その操作量に応じたブレーキ力を発生させるために、図示しない制御手段(コントローラ)からの指示に基づき電動モータ6に電流が供給される。このとき供給される電流の量は次のように計算される。即ち、必要ブレーキ力に基づきピストン部材8に対する推進力を演算し、これを発生するラック72の引張力に基づき出力軸のトルクを演算し、このトルクを発生するためのモータ側入力軸トルクを上記の表2から求め、これに応じてモータ電流を設定するというものである。
【0033】
但し、この場合、回転している車輪側から得られる仕事率W(トルク×回転速度)は、ブレーキ力を付与するのに必要な仕事率W’よりも十分に大きく、電動モータ6自体は仕事をする必要がない。通常の使用条件においては、車輪から入力される回転速度は十分に大きいため、ブレーキ側の出力軸を十分な作動速度で回転させた上で上記表1の関係から得られる回転速度で電動モータ6を逆回転(ブレーキ力を付与する側とは逆方向に回転)させる。このように強制的に逆方向に回転駆動された電動モータ6は、内部に逆起電力が発生し、この逆起電力によって、ブレーキ力を付与する側に電流が供給され、トルクを発生させることになる。この逆起電力により発生した電流に対し、制御手段(後述する図5のコントローラ100)にてPWM制御が行われ、適切な電流値に調整される。
【0034】
以上のように、車輪の回転に伴い電動モータ6内に生じた電力を用いてトルクを発生させ得るように構成されているため、他の電源等からの電力供給を必要とすることなく、ブレーキを付与することができ、ひいては、電源等の異常により電力の供給が絶たれたような緊急事態においても、十分なブレーキ力を確保することができる。
【0035】
次に、車両が停止状態にある場合、又は後退走行している場合について説明する。この場合には、車輪の回転軸と全く切り離された、通常の、電動モータ6のみによるブレーキ作動と同等になる。先ず、車両が停止している場合には、遊星歯車変速機構5の入力部であるリングギア50に回転力が伝達されない。車両が後退するときにも、環状部材20が回転してもワンウェイクラッチ30が空転するのでリングギア50には回転力が伝達されない。一方、ワンウェイクラッチ40により、リングギア50はそれ自体がフリーになった場合にブレーキを解除してしまう側への回転が規制されており、実質的に遊星歯車変速機構5は、リングギア50が固定され、モータ側入力軸とブレーキ側出力軸の二つの回転軸を有する不思議歯車減速機として機能し、上記表2の関係でトルクを伝達することになる。この場合は車輪からのエネルギーを利用することはできず、ブレーキに必要なエネルギーは、全て電動モータ6によって発生させることになるが、停止状態や後退時におけるブレーキ使用エネルギーの割合は小さいので、省エネ効果が損なわれる程ではない。
【0036】
而して、本実施形態によれば、ブレーキ作動に必要なエネルギーの大幅な低減が可能となる。例えば車速10km/h以上では全て車輪の回転エネルギーだけでブレーキ作動が行われ、その車速以下でも殆ど車輪の回転エネルギーによってブレーキ作動が可能となる。但、停止時のみ従来と同様に、電動モータ6を駆動するためのエネルギーの供給が必要になるが、その場合には、更に以下のように構成するとよい。
【0037】
図5は本発明の他の実施形態に係るもので、電動モータ6の回転軸に対して摩擦力による抵抗を付与し、電動モータ6の回転を抑制するように構成された摩擦負荷手段60と、ブレーキ操作手段たるブレーキペダル90への入力を摩擦負荷手段60に伝達するための荷重伝達部材62(例えばワイヤやケーブル)が配設されている。摩擦負荷手段60は、例えば図6に示すように、電動モータ6の回転軸61又はこれと連動する回転軸(図示せず)に対し摩擦部材63を押圧して、回転軸の回転方向とは逆の方向に、操作入力に比例したトルク抵抗を付与するように構成されている。
【0038】
そして、ブレーキペダル90と摩擦負荷手段60との間に、システムの異常判定機能を備えた制御手段たるコントローラ100からの電気信号に基づき、ブレーキペダル90への入力を摩擦負荷手段60に伝達するか否かの切換を行う荷重伝達切換手段64が設けられている。この荷重伝達切換手段64は、例えば図5に示すようにソレノイド65により進退するバー66を備え、このバー66の係合によってブレーキペダル90からの入力を遮断し得るように構成されている。
【0039】
次に、上記の構成になる車両用ブレーキ装置の作動を説明すると、例えば、コントローラ100から電動モータ6に供給される制御指示値が間違っている場合、あるいは伝達されないような場合には、コントローラ100、もしくは他の診断機能を備えた制御手段(図示せず)にて異常が検知され、荷重伝達切換手段64に異常信号が出力される。この異常信号が荷重伝達切換手段64に入力すると、ソレノイド65が駆動され、バー66の係合による遮断が解除されるので、ブレーキペダル90の操作力が荷重伝達部材62を介して伝達され、摩擦負荷手段60が駆動される。
【0040】
ここで、ブレーキ力を発生させるために必要なエネルギーは、電動モータ6が正常に機能している場合と同様、車輪の回転力から得られるので、摩擦負荷手段60は単に摩擦抵抗を与えるのみで、仕事をする必要はない。このことから、摩擦負荷手段60は初期の摩擦部材63と回転軸61との間の僅かな間隙を埋めるだけの微小ストロークを確保すればよく、ブレーキペダル90に対しても、摩擦負荷手段60を作動させるための特別なストロークを必要としないため、レバー比を大きく設定することが可能である。このため、倍力効果により、正常時と同等の制動力を、ブレーキペダル90に対する小さな操作力によって発生させることが可能となる。また同様の理由で、正常時と異常時でのブレーキペダル90のストローク変化、即ちブレーキフィーリングを損なうおそれもなくなる。
【図面の簡単な説明】
【0041】
【図1】本発明の一実施形態に係る車両用ブレーキ装置を示す断面図である。
【図2】本発明の一実施形態における運動変換機構を示す側面図である。
【図3】本発明の一実施形態における遊星歯車変速機構を模式的に示す正面図である。
【図4】本発明の一実施形態における遊星歯車変速機構を模式的に示す断面図である。
【図5】本発明の他の実施形態に係る車両用ブレーキ装置を示す断面図である。
【図6】本発明の他の実施形態における摩擦負荷手段の一例を示す側面図である。
【符号の説明】
【0042】
1 ホイール
2 ナックル
3 ベアリング
4 ハブ
5 遊星歯車変速機構
6 電動モータ
7 運動変換機構
8 ピストン部材
10 ディスクロータ
13,14 環状部材
20 環状部材
30,40 ワンウェイクラッチ
50,56 リングギア
60 摩擦負荷手段
74 楔部材
91 第1の摩擦部材
92 第2の摩擦部材
93 第3の摩擦部材

【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両に対し車輪と一体的に回転する制動部材と、該制動部材に対し当接可能に前記車両に支持した摩擦部材を備え、該摩擦部材を前記制動部材に押圧して前記車輪の回転を抑制する車両用ブレーキ装置において、前記車輪に固定されて一体的に回転する回転部材と、電気信号に応じて出力トルク又は回転速度を調整し得る電動モータと、相対的に回転可能な三つ以上の構成要素を有し、そのうちの二つの構成要素の運動が決まれば残りの構成要素の運動も決まるように構成して成る差動変速手段と、回転運動を直進運動に変換して前記摩擦部材を前記制動部材に当接する方向に駆動する運動変換手段とを備え、前記差動変速手段の構成要素のうちの一つを前記回転部材の回転運動と連動するように構成すると共に、前記差動変速手段の構成要素のうちの他の一つを前記電動モータの回転運動と連動するように構成し、且つ前記差動変速手段の残りの構成要素のうちの少なくとも一つを前記運動変換手段と連動するように構成したことを特徴とする車両用ブレーキ装置。
【請求項2】
前記回転部材と前記差動変速手段の構成要素のうちの一つとの間に介装した電磁クラッチ手段を具備し、該電磁クラッチ手段によって、前記差動変速手段の構成要素のうちの一つを前記回転部材の回転運動と連動するように構成したことを特徴とする請求項1記載の車両用ブレーキ装置。
【請求項3】
前記回転部材と前記差動変速手段の構成要素のうちの一つとの間に介装した一方向クラッチ手段を具備し、該一方向クラッチ手段によって、前記差動変速手段の構成要素のうちの一つを前記回転部材の回転運動と連動するように構成したことを特徴とする請求項1記載の車両用ブレーキ装置。
【請求項4】
前記差動変速手段は、遊星歯車を備えた遊星歯車変速機構から成ることを特徴とする請求項1乃至3の何れかに記載の車両用ブレーキ装置。
【請求項5】
前記遊星歯車変速機構は、不思議歯車減速機構を構成し得ることを特徴とする請求項4記載の車両用ブレーキ装置。
【請求項6】
前記差動変速手段は、内歯歯車、該内歯歯車に内接する歯数の異なる外歯歯車と、該外歯歯車の自転を抑制するオルダム機構とを備えた差動歯車変速機構から成ることを特徴とする請求項1乃至3の何れかに記載の車両用ブレーキ装置。
【請求項7】
前記電動モータの回転軸に対して摩擦力による抵抗を付与し、前記電動モータの回転を抑制する摩擦負荷手段と、ブレーキ操作手段の操作入力を前記摩擦負荷手段に伝達する荷重伝達部材と、該荷重伝達部材を介して前記ブレーキ操作手段の操作入力を前記摩擦負荷手段に伝達するか否かの切換を行う荷重伝達切換手段とを備えたことを特徴とする請求項1乃至6の何れかに記載の車両用ブレーキ装置。
【請求項8】
前記摩擦負荷手段は、前記電動モータの回転軸に対し、該回転軸の回転方向とは逆の方向に、前記ブレーキ操作手段の操作入力に比例したトルク抵抗を付与するように構成したことを特徴とする請求項7記載の車両用ブレーキ装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2006−161952(P2006−161952A)
【公開日】平成18年6月22日(2006.6.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−354039(P2004−354039)
【出願日】平成16年12月7日(2004.12.7)
【出願人】(301065892)株式会社アドヴィックス (1,291)
【Fターム(参考)】