説明

しいたけ菌床の生育方法

【課題】
しいたけ菌床栽培は菌床表面にきのこの発芽生育が可能である原基が形成されるまで培養を行うため、培養期間にかなり長い時間を要し、栽培施設の回転効率を悪化させている。
【解決手段】
移植する側の菌床と移植される側の菌床との二種類の菌床を用意し、移植する側の菌床の栽培を先行して開始し、当該菌床を原基のもとが形成されるステージから幼子実体が形成されるステージ迄のいずれかの状態とする。一方、移植される側の菌床を上記移植する側の菌床より遅らせて栽培を開始し、その後移植される側の菌床が菌糸の一次蔓延するステージの終了付近となったとき、上記先行したいずれかのステージの移植する側の菌床の組織を取り出し、その組織を移植される側の菌床に植え込み、移植する側の菌糸と移植される側の菌糸同士が融合されて水分や栄養分が供給され得る状態とし、上記取り出した菌床の組織からきのこを熟成させることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、しいたけ菌床栽培の培養工程において、別に培養して準備した同一の品種あるいは類似性の高い品種の菌床の原基のもとが形成されるステージから幼子実体の形成されるステージ迄のいずれかの組織を部分的に移植し、任意の箇所から任意のタイミングできのこを発生させる、しいたけ菌床の生育方法に関する。
【背景技術】
【0002】
しいたけ菌床栽培においては、(1)培地のステージ、(2)培地に菌を接種するステージ、(3)菌が一次蔓延するステージ、(4)原基のもとが形成されるステージ、(5)原基が形成されるステージ、(6)発芽するステージ、(7)幼子実体が形成されるステージ、(8)きのこが成熟するステージの各成長段階が存し、全体で約120日程度の日数を要していた。
これに対し、例えば一次蔓延ステージ(3)の菌床に、既に成長の先んじている原基が形成されるステージ(5)の菌床を移植するとどうなるかという発想は存しなかった。
それは従来、下記のような考え方が一般的であったからと推察され、それは、
(a)きのこ菌は培地に菌糸を伸長させ、培地の分解腐朽及び栄養分の吸収を行う。これを一般的に「栄養菌糸体」と言い、栄養菌糸体は生長の過程で潜入菌糸(主に栄養分の吸収蓄積に関与)、気菌糸(主に子実体形成に関与)に生理機能が分化すると考えられていること(非特許文献1)。
(b)栄養菌糸体から子実体が発生する条件は、しいたけなどの担子菌の場合、菌叢(菌糸の集合体)の内部で子実体形成に対する準備が完了し、さらに子実体形成が可能な環境条件に置かれたとき、子実体発生が始まると考えられていること(非特許文献2)。
(c)栄養菌糸の菌叢は、子実体が誘起されると、貯蔵物資を転流して子実体に運搬するための調整を計る栄養供給センターの役割を担うとされていること(非特許文献3)。
等の指摘に基づいてである。
つまり、きのこの成熟には、上記(1)〜(8)までの各ステージを経て成長する段階が必要であり、もし各ステージを踏まずに、培養が未熟な栄養菌糸体にきのこ原基等を移植しても正常な子実体生育は図れないという考え方が一般的であったからと推察される。
その結果、培養期間にはかなり長い時間を要し、栽培施設の回転効率を悪化させている。さらに、限定的な任意の位置からのきのこの発生が困難であるため、ビン栽培のような一定箇所から確実な発生を求められる方法はとりにくく、栽培スタイルの幅を狭くしているなどの問題点を残していた。
【非特許文献1】きのこ学:古川久彦編集 84頁
【非特許文献2】きのこ学:古川久彦編集 89頁
【非特許文献3】きのこ学:古川久彦編集 101頁
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
ところが、本発明者が上記発想を基に実験を行い、先行する移植する側の菌糸と後行する移植される側の菌糸との間で、生育段階の異なる二つのステージの菌床を一定条件下で組み合わせると、二つのステージの菌床の間で何らかの組織の融合が惹起され、互いが相互に関連しあって子実体の生育が適正に促されることが判明した。その結果、本発明は培養期間を短縮し、さらに任意の場所にきのこを発生させる方法を開発したものである。
【課題を解決するための手段】
【0004】
上記目的を達成するため、請求項1記載のしいたけ菌床の生育方法は、
(a)移植する側の菌床と移植される側の菌床との二種類の菌床を用意し、(b)移植する側の菌床の栽培を先行して開始し、当該菌床を原基のもとが形成されるステージ、原基が形成されるステージ、発芽するステージ、幼子実体が形成されるステージのいずれかの状態とし、(c)一方、移植される側の菌床を上記移植する側の菌床より遅らせて栽培を開始し、その後移植される側の菌床が菌糸の一次蔓延するステージの終了付近となったとき、上記先行したいずれかのステージの移植する側の菌床の組織を取り出し、その組織を移植される側の菌床に植え込み、移植する側の菌糸と移植される側の菌糸同士が融合されて水分や栄養分が供給され得る状態とし、(d)上記取り出した菌床の組織からきのこを発芽、熟成させることを特徴とする。
請求項2に記載の発明は、移植する側の菌床の表面組織を、移植される側の希望の位置に菌床に植え込むことを特徴とする。
請求項3に記載の発明は、移植する側の菌床部位が成熟した原基を包含している場合に、移植直前の1〜10日間及び/又は移植後から1〜10日間を25℃以上の温度で管理することを特徴とする。
請求項4に記載の発明は、移植する側の菌床部位が原基形成途中の組織である場合に、移植後15〜24℃の温度範囲で移植部位に原基が形成されるまで培養管理を継続することを特徴とする。
【発明の効果】
【0005】
後行する一次蔓延したステージの菌床に先行する原基のもと形成ステージから幼子実体ステージ迄のいずれかのステージの菌床を移植させることで菌床の培養期間を大幅に短縮することができ、その結果、栽培施設の利用回転率が向上し、設備の減価償却費やランニングコストを軽減することができる。さらに任意の位置からきのこの発生を促すことができるため、袋栽培による大型菌床のきのこの発生個数をコントロールしてきのこの大きさやボリュームを調整することも可能となり、また、従来困難であるとされてきたしいたけビン栽培の可能性を見出すなどの応用が期待できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0006】
図を基に本発明を説明すると、先ず、菌床として、移植する側の菌床と、移植される側の菌床との二種類の菌床を用意する。
移植する側の菌床とは、先行して栽培を開始するもので、下記の栽培過程にあって、(4)原基のもとが形成されるステージから(7)幼子実体が形成されるステージまでの、(4)(5)(6)(7)の各ステージにある菌床のうちいずれかの菌床をいう。
即ち、図1に示す如く、しいたけ菌床栽培においては、(1)培地を準備したステージ、(2)培地に菌を接種するステージ、(3)その菌が一次蔓延するステージ、(4)原基のもとが形成されるステージ、(5)原基が形成されていくステージ、(6)原基から発芽するステージ、(7)幼子実体が形成されるステージ、(8)きのこが成熟するステージの各成長段階が存する。このなかで、移植する側の菌床は、既に先行させて原基のもとが形成される菌床から幼子実体が形成される菌床までの各ステージの菌床のいずれかを指す。
一方、移植される側の菌床とは、上記菌床とは別個に用意し、且つ、上記移植する側の菌床より後行で(遅れて)栽培されるものであって、菌糸の一次蔓延するステージ(3)の終了付近となったときの組織を有する菌床をいう(図1参照)。このとき菌糸の一次蔓延するステージ(3)の範囲は、菌の蔓延が終了するときだけでなく、終了前後の付近範囲を広く含む意味である。
【0007】
具体的には、上記移植する側の菌床は、栽培容器にポリプロピレン製袋にフィルターが装着された栽培袋を使用し、横20cm縦12cm高さ17cm重量約2700gの角型に培地を成型し、常法により殺菌、冷却、接種を行った。種菌は北研600号(菌床栽培用品種として品種登録)を使用した。培養は当初20℃±1℃で100日間管理し、その後、25℃で5日間管理を行った。
【0008】
一方、移植される側の菌床は、上記移植する側の菌床に後行すること75日後に栽培を開始し、きのこ栽培用広口ビンに培地を750cc充填し、常法により殺菌、冷却、接種を行った。種菌は北研600号を使用した。培養は20℃±1℃で管理した。
【0009】
そして、移植される側の菌床の栽培開始30日経過後、上記移植する側の菌床の表面組織の一部を、2センチ立法平方の大きさで切り出した。その切り片を移植される側のビン菌床口元中央へ埋め込み、移植を行った。
このとき、切片の上の面、即ち菌床表面部分を上にして移植をすることが望ましい。
【0010】
移植後25℃で5日間経過させ、菌糸の融合を促し、その後15℃の環境で発芽刺激を与えると共に生育管理を行った。
ここで、菌糸の融合とは、移植する側の菌糸と移植される側の菌糸同士が何らかの関係でつながれ、移植する側の菌糸に移植された側の菌糸から水分や栄養分が供給され得る状態をいう。
【0011】
その結果、移植する側の菌床が、移植される側の菌床から水分及び栄養成分の供給を受け、15℃の温度設定から3日後に発芽し、12日後には、発芽時間に若干のバラツキは見られるものの、殆どすべての栽培ビンにおいて移植部位からきのこの生育が確認され、その生育状況は、平均重量38.0gで平均直径7.3cmの成熟したきのこであった。
即ち、移植される側の栽培期間は、開始後47日間後に収穫可能となったもので、通常約120日間が必要とされる収穫までの期間が47日間で収穫されたことになり、接種から収穫までの期間が約73日間短縮されたことになる。
【0012】
上記の結果から明らかなように、しいたけの原基が形成される組織は、別に培養された培地に移植が可能であり、短い培養期間で任意の位置からきのこを発生させることができることが実証された。
即ち、前述の如く、きのこの生育には、上記(1)〜(8)までの各ステージが存し、きのこの成熟にはその各ステージを逐次踏んで成長することが必要であり、もし各ステージを踏まずに、培養が未熟な栄養菌糸体にきのこ原基等を移植する等の順序を踏まない方法を実施しても、正常な子実体の生育は図れないという考え方が一般的であった。
ところが、しいたけの原基が形成される組織は、別に培養された菌糸の一次蔓延した培地に移植しても、生育が可能であることが、ここに実証された訳である。
これは、移植する側の菌糸と移植される側の菌糸同士が何らかの関係でつながれ、この意味での菌糸の融合が促され、移植する側の菌糸に移植された側の菌糸から水分や栄養分が供給され得る状態となり、短期間のうちに移植する側の菌糸の生育が促される為と考えられる。
そして、このことは原基が形成される組織だけでなく、後述するように原基のもとが形成されるステージ、原基から発芽するステージ、幼子実体が形成されるステージにも適用が可能である。
【0013】
また、上記栽培において、移植する側の菌床から取り出した表面組織は、移植される側の任意の位置、例えば、収穫に便利なビンの口元中央部の位置に植え付けることができる。
即ち、従来は発芽してくる位置は原基形成の状態にまかせるだけで、不確定であったものを、本発明では希望する任意の位置に発芽させることが可能となる。
【0014】
本発明に用いられる菌床は、移植される側の菌床と移植する側の菌床とが、同一の品種であることが望ましいのはもちろん、菌糸同士が融合できる程度の類似性の高い品種であっても良い。
【0015】
又、移植される側の菌床は、固まり状態の菌床を用いるのが原則であるが、手で揉みほぐすように崩してバラバラの米粒程度の粒状としても良い。こうすると、菌糸が一旦切断され、それが再生に向かう過程で活性化されて菌糸密度が高まり、且つ、空気との接触が促される。その際、崩した菌床を比較的小さな容器に詰めて、発生させるきのこの数にあった容積とすると、きのこの数に合わせて必要な栄養分を適切に供給することが可能となる。
【実施例1】
【0016】
<原基のもとが形成されるステージと一次蔓延菌床との組み合わせ>
上記移植する側の菌床は、栽培条件は上記実施形態の場合と同様で、但し、培養は当初20℃±1℃で75日間管理し、原基のもとが形成されるステージ状態とした。
一方、移植される側の菌床は、上記移植する側の菌床に後行すること45日後に栽培を開始し、その他は上記実施態様の場合と同様とし、菌糸の一次蔓延が終了したステージ状態とした。
そして、移植される側の菌床の栽培開始30日経過後、上記移植する側の菌床の表面組織の一部を、上記実施態様の場合と同様に移植を行った。
移植後20℃±1℃で25日間管理し、その後15℃で12日間管理した。
その結果、移植後37日後には、平均個重が35.2gで平均直径7.5cmの成熟したきのこが生育し、生育期間は通常約120日間が必要とされる収穫までの期間が67日間に間短縮された。
【実施例2】
【0017】
<発芽した菌床と一次蔓延菌床との組み合わせ>
上記移植する側の菌床は、栽培条件は上記実施形態の場合と同様で、但し、培養は当初20℃±1℃で100日間管理し、その後15℃で3日間管理し原基から発芽したステージ状態とした。
一方、移植される側の菌床は、上記移植する側の菌床に後行すること73日後に栽培を開始し、その他は上記実施態様の場合と同様とし、菌糸の一次蔓延が終了したステージ状態とした。
そして、移植される側の菌床の栽培開始30日経過後、上記移植する側の菌床の表面組織の一部を、上記実施態様の場合と同様に移植を行った。
移植後15℃で9日間管理した。
その結果、移植後9日後には、平均個重が29.0gで平均直径6.7cmの少し小振りではあるが成熟したきのこが生育し、生育期間は通常約120日間が必要とされる収穫までの期間が39日間に短縮された。
【実施例3】
【0018】
<幼子実体を有する菌床と一次蔓延菌床との組み合わせ>
上記移植する側の菌床は、栽培条件は上記実施形態の場合と同様で、但し、培養は当初20℃±1℃で100日間管理し、その後15℃で7日間管理し原基から発芽し、さらに幼子実体を有したステージ状態とした。
一方、移植される側の菌床は、上記移植する側の菌床に後行すること77日後に栽培を開始し、その他は上記実施態様の場合と同様とし、菌糸の一次蔓延が終了したステージ状態とした。
そして、移植される側の菌床の栽培開始30日経過後、上記移植する側の菌床の表面組織を、上記実施態様の場合と同様に移植を行った。
移植後15℃で5日間管理した。
その結果、移植後5日後には、平均個重が28.0gで平均直径6.5cmの少し小振りではあるが成熟したきのこが生育し、生育期間は通常約120日間が必要とされる収穫までの期間が35日間に短縮された。
【産業上の利用可能性】
【0019】
本発明は、以上のように構成されているので、菌床しいたけの栽培における培養期間を大幅に短縮できるとともに、任意の位置からきのこの発生をさせることができるため、袋栽培などの大型菌床において特定の位置から目的とした数量を計画的に収穫することが可能であるとともに、従来困難であるとされてきたしいたけビン栽培の可能性を見出すなど、幅広い応用が期待できるので、収益性、品質向上に利用できるしいたけ菌床の栽培方法である。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】移植する側と移植される側の菌床の対応関係を示す説明図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
移植する側の菌床と移植される側の菌床との二種類の菌床を用意し、
移植する側の菌床の栽培を先行して開始し、当該菌床を原基のもとが形成されるステージ、原基が形成されるステージ、発芽するステージ、幼子実体が形成されるステージのいずれかの状態とし、
一方、移植される側の菌床を上記移植する側の菌床より遅らせて栽培を開始し、その後移植される側の菌床が菌糸の一次蔓延するステージの終了付近となったとき、上記先行したいずれかのステージの移植する側の菌床の組織を取り出し、その組織を移植される側の菌床に植え込み、移植する側の菌糸と移植される側の菌糸同士が融合されて水分や栄養分が供給され得る状態とし、
上記取り出した菌床の組織からきのこを発芽、熟成させることを特徴とするしいたけ菌床の生育方法。
【請求項2】
移植する側の菌床の表面組織を、移植される側の希望の位置に菌床に植え込むことを特徴とする請求項1記載のしいたけ菌床の生育方法。
【請求項3】
移植する側の菌床部位が成熟した原基を包含している場合に、移植直前の1〜10日間及び/又は移植後から1〜10日間を25℃以上の温度で管理することを特徴とする請求項1または2記載のしいたけ菌床の生育方法。
【請求項4】
移植する側の菌床部位が原基形成途中の組織である場合に、移植後15〜24℃の温度範囲で移植部位に原基が形成されるまで培養管理を継続することを特徴とする請求項1または2記載のしいたけ菌床の生育方法。

【図1】
image rotate


【公開番号】特開2007−61089(P2007−61089A)
【公開日】平成19年3月15日(2007.3.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−213242(P2006−213242)
【出願日】平成18年8月4日(2006.8.4)
【出願人】(000242024)株式会社北研 (17)
【Fターム(参考)】