ゲル化又は増粘方法、ジャム類、ベビーフード及びえん下困難者用食品の製造方法、ジャム類及びゲル化剤又は増粘剤
【課題】ペクチンを含有する又はペクチンを添加したペクチン含有物を、糖を添加することなくゲル化又は増粘させる方法を提供する。
【解決手段】ペクチンを含有する又はペクチンを添加したペクチン含有物を、糖を添加することなくゲル化又は増粘させる方法であって、バリンを添加しペクチン含有物をゲル化又は増粘させる。バリン添加量に比例して粘度が上昇し、バリンをペクチン含有物に対して10質量%程度添加すると完全にゲル化させることができる。本方法を用いることで、低糖又は無糖のジャム類、ベビーフード及びえん下困難者用食品などを簡単に製造することができる。
【解決手段】ペクチンを含有する又はペクチンを添加したペクチン含有物を、糖を添加することなくゲル化又は増粘させる方法であって、バリンを添加しペクチン含有物をゲル化又は増粘させる。バリン添加量に比例して粘度が上昇し、バリンをペクチン含有物に対して10質量%程度添加すると完全にゲル化させることができる。本方法を用いることで、低糖又は無糖のジャム類、ベビーフード及びえん下困難者用食品などを簡単に製造することができる。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ベビーフード、えん下困難者用食品の製造などに好適に利用できる増粘方法、さらには無糖又は低糖のジャム類の製造などに好適に利用できるゲル化方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ペクチンのゲル化を利用した食品には、ジャム、ベビーフード、えん下困難者用食品などがある。これらのうち、ペクチンの分子構造の一部がメトキシル化されている程度でゲル化機構が異なっており、メトキシル化度の著しく小さい低メトキシルペクチンはカルシウムイオンなどの2価のカチオンによりゲル化するのに対し、メトキシル化度の大きいペクチンは糖と酸が共存した状態でゲルを形成する。通常のジャムは、概ね糖と酸が共存した際にゲル化する機構を利用したものである(例えば非特許文献1参照)。ペクチンが示す水溶性食物繊維の効果が期待される食品ではあるものの、糖が50%以上も含まれているため、糖尿病患者及びその疾患の予備軍には糖が多く含まれているジャムは敬遠される。また、一般の消費者にとっても、低糖又は無糖なペクチン製品は最近の健康志向の傾向から注目される食品の一つである。
【0003】
低糖度のジャムとして、糖濃度50%程度の低糖度ジャム類があるが、このジャムは低メトキシルペクチンを用いることで蔗糖の配合を減らしている(例えば特許文献1参照)。なお、日本ジャム工業組合では、ジャムの糖度を4段階に分け、糖用屈折計で測定した糖度が40%以上55%未満のものを低糖度と表示し、糖度40%未満のものは−としている(例えば非特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平7−322835号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】中島一郎著、「初心者のための食品製造学」、株式会社光琳、2009年12月1日、p111−112
【非特許文献2】http://www.jca-can.or.jp/~njkk/
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
将来を担う子供の健康を願う風潮はますます強くなる一方、やがてやってくる高齢化とともにえん下能力が落ちていく障害に対する食品の開発も大きく期待されている。すなわち、糖をほとんど用いずに、ペクチンをゲル化させたい。一方、ペクチンのゾルをゲル化させる際には、現在のところ、低メトキシルペクチンを用いるしかない。しかし、ごく普通に手に入る果実や果皮のペクチンは高メトキシルペクチンであることがほとんどである。工業的なジャム製造においては、ペクチン、有機酸、糖の比率が大きく問題となり、できる限り、多くの要因が関与しない製造方式をとりたく、添加する物質は出来る限り少ない方が良い。しかし、高メトキシルペクチンのゲル化には、糖が必要とされてきており、糖を添加せずにゲル化を起こす方法は全く知られていない。そこで、糖の添加を嫌う消費者とペクチンのゲル化機構との間に矛盾が生じ、ジャムなどのペクチン製品の低迷化につながっている。これらのことから果実や果皮の自然な風味や味覚をできるかぎり残した形の製造や、糖を添加せずにゲルを誘起させる高メトキシルペクチンゲルが大きく望まれている。
【0007】
本発明の目的は、ペクチンを含有する又はペクチンを添加したペクチン含有物を、糖を添加することなくゲル化又は増粘させる方法を提供することである。また高メトキシルペクチンを使用した低糖度又は無糖のジャム類の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
発明者等は、特定のアミノ酸を果実のペーストに添加し、加熱することで容易に熱不可逆ゲルを調製できる事実を見いだし、本発明を完成させた。
【0009】
すなわち本発明は、ペクチンを含有する又はペクチンを添加したペクチン含有物を、糖を添加することなくゲル化又は増粘させる方法であって、バリンを添加しペクチン含有物をゲル化又は増粘させることを特徴とするゲル化又は増粘方法である。
【0010】
また本発明において、前記ペクチンが、高メトキシルペクチンであることを特徴とする。
【0011】
また本発明において、前記ペクチン含有物が、水溶液、液状物、ペースト状物、半固形状物、粉体状物又は固形状物であり、バリンを添加し、必要に応じて加熱後、冷却しゲル化又は増粘させることを特徴とする。
【0012】
また本発明は、前記ゲル化又は増粘方法を用いたジャム類、ベビーフード及びえん下困難者用食品の製造方法である。
【0013】
また本発明は、高メトキシルペクチンを使用したジャム類であって、糖濃度が40%未満であることを特徴とするジャム類である。
【0014】
また本発明は、高メトキシルペクチン及びバリンを含むことを特徴とするゲル化剤又は増粘剤である。
【発明の効果】
【0015】
本発明に係るゲル化又は増粘方法を用いることで、ペクチンを含有する又はペクチンを添加したペクチン含有物を、糖を添加することなくゲル化又は増粘させることができる。この方法を用いることで、低糖又は無糖のジャム類、ベビーフード及びえん下困難者用食品を簡単に得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】実施例1の見かけの硬さの測定結果である。
【図2】実施例1のゲル化状態を示す写真である。
【図3】実施例1及び2の見かけの硬さの測定結果である。
【図4】実施例3〜5の見かけの硬さの測定結果である。
【図5】実施例3〜5のゲル化状態を示す写真である。
【図6】実施例6〜10のゲル化状態を示す写真である。
【図7】実施例12の見かけの硬さの測定結果である。
【図8】実施例13〜17の粘度測定結果である。
【図9】実施例13〜17のゲル化状態を示す写真である。
【図10】比較例10〜14のゲル化状態を示す写真である。
【図11】比較例15〜19のゲル化状態を示す写真である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明に係るゲル化又は増粘方法は、ペクチンを含有する又はペクチンを添加したペクチン含有物を、糖を添加することなくゲル化又は増粘させる方法であって、バリンを添加しペクチン含有物をゲル化又は増粘させることを特徴とする。なお本実施形態において%は、質量%を示す。
【0018】
ペクチンのうち、ごく普通に手に入る果実や果皮に含まれる高メトキシルペクチンのゲル化には、これまで糖が必要とされ、糖を添加せずにゲル化を起こす方法は全く知られていなかったが、本発明に係るゲル化方法では、高メトキシルペクチン水溶液、果実や果皮ペーストなど高メトキシルペクチンを添加した又は高メトキシルペクチンを含有するペクチン含有物にバリンを添加してゲル化させる。なお低メトキシルペクチン、低メトキシルペクチンと高メトキシルペクチンとの混合物であっても、糖を添加することなくゲル化又は増粘させることができる。
【0019】
バリンと化学構造が近似しているアミノ酸であるグリシンやアラニンをそれぞれ高メトキシルペクチン水溶液や果実又は果皮ペーストに添加すると粘度は低下し、ジャムの軟化を示すとの報告がある(特開2000−139369号公報)。この点については、後述の実施例の欄で示すように我々の実験でも確認済みである。しかし、それらのアミノ酸と極めて構造が近似しているバリンを高メトキシルペクチン水溶液中又は果実や果皮ペーストに添加するとゲル化する。これまでバリンにより高メトキシルペクチン水溶液がゲル化することは全く知られておらず、そのゲル化機構も全く未知のままであるが、バリンのもつ疎水基がゲル化に大きく寄与していると考えられる。
【0020】
本発明に係るゲル化又は増粘方法は、ペクチンを含有する又はペクチンを添加したペクチン含有物の形態は特に限定されず、水溶液、液状物、ペースト状物、半固形状物、粉体状物又は固形状物などに利用することができる。ゲル化又は増粘させるときは、必要に応じて加熱し、その後冷却してもよい。例えば、無糖又は低糖のジャム類を製造するときは、公知のジャム類の製造方法を用い、果実、野菜などにバリンを添加した後、ゼリー化するまで加熱した後、冷却すればよい。日本農林規格(JAS)では、ジャム類を果実、野菜又は花弁(以下「果実等」と総称する。)を砂糖類、糖アルコール又ははちみつとともにゼリー化するようになるまで加熱したもの、ジャムをジャム類のうちマーマレード及びゼリー以外のものと定義するが、本発明におけるジャム類は、日本農林規格(JAS)の定義に拘束されるものではなく、砂糖を全く添加しないで製造されたジャム類も含まれる。
【0021】
本発明に係るゲル化又は増粘方法は、後述の実施例で示すようにリンゴペクチンを水に溶解した水溶液の場合、バリンを添加しただけで増粘した。つまり増粘させるために必ずしも加熱する必要はない。加熱することなくバリンを添加するだけでゲル化又は増粘できれば、匂い、香りを逃がすことなく、また風味を損なうことなく食品を製造することができるので非常に好ましい。
【0022】
ペクチンを含有する又はペクチンを添加したペクチン含有物に対するバリンの添加順は特定の順に限定されず、例えば、ペクチンを含む水溶液を増粘又はゲル化させるとき、水にペクチンを添加し溶解させた後にバリンを添加しても、同時に添加しても、さらには水にバリンを添加し溶解させた後にペクチンを添加してもよい。
【0023】
ペクチンを含有する又はペクチンを添加したペクチン含有物に対するバリンの添加量は、必要とする粘度又はゲル化に応じて適宜添加量を選択すればよい。バリンの添加量に比例して粘度が上昇し、さらに添加量が増えるとゲル化する。後述の実施例で示すように市販リンゴペクチン粉末を水に溶解させた2%リンゴペクチン水溶液の場合、バリン添加量に正比例して水溶液の粘度が上昇し、バリン添加量が8%程度となると全体的にゲル化し始め粘度が急激に上昇し、10%程度添加することで完全にゲル化した。リンゴペーストの場合も10%程度のバリンを共存させることでゲル化する。食品中のペクチン含量が多くなれば、添加するバリン含量は少なくなることが予想されるが、果実のすり下ろしを用いる場合には果実質量の概ね1割程度でゲル化することが判明した。
【0024】
以上のように本発明に係るゲル化又は増粘方法は、ペクチンを含有する又はペクチンを添加した種々の形態のペクチン含有物を、糖を添加することなくゲル化又は増粘させることができるので、ジャム類、ベビーフード及びえん下困難者用食品などの製造に好適に使用することができる。
【0025】
ジャム類の場合、上記方法で糖を添加しない無糖のジャム類を製造することができるが、高メトキシルペクチンを使用したジャム類において、少量の糖を添加した糖濃度が40%未満の低糖ジャム類を製造することもできる。
【0026】
低糖ジャム類は、公知のジャム類の製造方法を用い、果実、野菜などに10%程度のバリンと少量の糖を添加した後、ゼリー化するまで加熱した後、冷却することで製造できる。後述の実施例で示すように10%のスクロースをリンゴペーストに加えてもゲル化しないが、10%のバリンがリンゴペーストに加えられていると、スクロースをそれに加えても加えなくてもゲル化する。スクロースによるペクチンのゲル化は、酸を加えた酸性下でないとゲル化しないが、バリンを加えてのペクチンのゲル化には酸を加える必要がない。
【0027】
化学構造が一番単純であるアミノ酸のグリシンは、保存料としてよく用いられる。これは、束一的性質に基づいており、低分子の無毒な物質であれば全てにその機能を有する。すなわち、バリンを添加することにより、細菌の増殖を防止することは、容易に想像できる。アミノ酸等の添加は、果実の味等の風味が低下することが予想され、ジャムを例に取るとジャムの商品価値の低下につながるためアミノ酸が添加された例はないが、後述の実施例で示すようにバリンを添加しても香り、味とも十分に満足するジャムを得ることができた。また、本発明に係るゲル化又は増粘方法において、ゲル化又は増粘方法に悪影響を与えない範囲において、寒天をはじめとしたキサンタンガム、グアガム、アルギン酸ナトリウム等の増粘剤を添加し、さらに甘味、塩味や酸味を適度に添加することができる。
【実施例】
【0028】
ペクチンを含有する又はペクチンを添加したペクチン含有物には、次のものを用い、これにバリンを始め種々の成分を添加し、以下の要領でモデル食品を製造し評価した。
(1)リンゴペースト
2009年12月7日購入の青森県産サンふじリンゴ(JAつがるにしきた、鶴翔)をすり下ろし、これを−40℃に凍結保存し、使用の際は適時5℃で一夜保存して解凍または50℃のお湯で半解凍し、室温で解凍した。
(2)1%リンゴペクチン水溶液
市販のリンゴペクチン(Sigma,P-8471,ロットNo.30K0883,Sato et al(2004)によって、ガラクツロン酸含量79.0%、メトキシル含量8.7%とされているもの)0.2gを50mlのポリプロピレン製(−100℃〜120℃での使用可)の遠沈管(Orange Scientific,Co.Ltd)へ分取し、蒸留水を19.8g加えて調製した。
(3)2%リンゴペクチン水溶液
市販のリンゴペクチン(Sigma,P-8471,ロットNo.30K0883,Sato et al(2004)によって、ガラクツロン酸含量79.0%、メトキシル含量8.7%とされているもの)0.4gを50mlのポリプロピレン製(−100℃〜120℃での使用可)の遠沈管へ分取し、蒸留水を19.6g加えて調製した。
【0029】
モデル食品の製造方法
上記ペクチン含有物を50mlのポリプロピレン製の遠沈管にとり、必要に応じてバリン等を添加、攪拌した後、95℃で30分間加熱しその後、氷中にただちに1時間保存した。
【0030】
モデル食品の評価方法
(1)ベビーフード試験法による見かけの固さ及びえん下困難者用食品試験法に準じた見かけの硬さ
モデル食品をベビーフード試験法及びえん下困難者用食品試験法に記載されている測定温度である20℃で保存し、スパチュラで直径40mmの円筒ガラス容器(高さ30mmでありガラス円筒器の底面から15mmの高さに標線が引いてあるもの)に18.9gを充填し、ゲル状食品に関しては18.9gを同型の円筒ガラス容器に入れ、直径39mmの円筒プランジャーで凹凸の表面をならし、円筒ガラス容器の高さ15mmの標線の位置に合わせ、直径20mmで高さ25mmの円筒プランジャーで、速度10mm/sでpuncture testを行った。プランジャーにかかった力をプランジャーの底面積(π×10−4m2)で除し、プランジャーをモデル食品の高さの13.6mmまで貫入させた。プランジャーがモデル食品を貫入した距離が10mm及び13.5mmでの最大の力をプランジャー底面積で除して、えん下困難者用食品試験法に準じた見かけの硬さ(N/m2)及びベビーフード試験法での見かけの固さ(N/m2)とした。
(2)ゲル化状態の観察方法
上記モデル食品の製造方法で得たモデル食品の入った遠沈管を上下逆さまにしてゲル化状態を観察した。十分にゲル化した状態を++とし、遠沈管の先端部に一部ゲル化物が残っている状態を±とし、ゲル化していない状態を−で示した。なお、本実施例において、十分なゲル化とは遠沈管に充填したモデル食品を上下逆さまにし、一日経過後も落下しない状態を言う。
(3)粘度測定
コーンプレート型粘度計を使用し、温度25℃、ずり速度380s−1で粘度を測定した。
【0031】
実施例1、比較例1〜3
バリン成分添加効果の確認実験
前記リンゴペースト20gをそれぞれ遠沈管にとり、2gのバリン成分(和光)を加えたもの(実施例1)、何も加えないもの(比較例1)、2gのグリシン成分(Sigma)を加えたもの(比較例2)、2gのアラニン成分(Sigma)を加えたもの(比較例3)をそれぞれ調製し、上記方法でモデル食品を得た。
【0032】
ベビーフード試験法及びえん下困難者用食品試験法に準じて、プランジャーの貫入距離(PL−D)とプランジャーにかかった力をプランジャー底面積で除した見かけの硬さや固さの関係を図1に示した。図2はゲル化状態を示す写真であり、遠沈管に充填した各モデル食品を上下逆さまにした状態を示す図である。図2に示すようにリンゴペーストに対して10%のバリンを添加すると、十分にゲル化した。一方、リンゴペーストに対して10%のグリシン及びアラニンを添加してもゲル化しなかった。
【0033】
実施例1、2、比較例1〜4
スクロースが共存した場合のバリン成分のゲル化効果確認実験
リンゴペースト20gをそれぞれ遠沈管にとり、2gのバリン成分(和光)を加えたもの(実施例1)、2gのバリン成分(和光)と2gのスクロース(和光)を加えたもの(実施例2)、何も加えないもの(比較例1)、2gのグリシン成分(Sigma)を加えたもの(比較例2)、2gのアラニン成分(Sigma)を加えたもの(比較例3)、2gのスクロース(和光)を加えたもの(比較例4)をそれぞれ調製し、上記方法でモデル食品を得た。
【0034】
ベビーフード試験法及びえん下困難者用食品試験法に準じて、プランジャーの貫入距離(PL−D)とプランジャーにかかった力をプランジャー底面積で除した見かけの硬さや固さの関係を図3に、又えん下困難者用食品試験法準じた見かけの硬さ(N/m2)及びベビーフード試験法での見かけの固さ(N/m2)を表1に示した。スクロースが共存する場合、バリン成分によるゲル化はやや抑えられる傾向にあった。またバリンを添加しない場合、リンゴペーストに10%のスクロースを添加してもゲル化しなかった。
【0035】
【表1】
【0036】
実施例3〜5
バリン成分添加の濃度依存性確認実験
リンゴペースト20gをそれぞれ遠沈管にとり、加えるバリン成分の含量を0〜2gの範囲でそれぞれ調製し、上記方法でモデル食品を得た。バリン成分の含量0.5g(実施例3)、バリン成分の含量1.0g(実施例4)、バリン成分の含量1.5g(実施例5)、バリン成分の含量2.0g(実施例1)、バリン成分の含量0g(比較例1)とした。
【0037】
ベビーフード試験法及びえん下困難者用食品試験法に準じて、プランジャーの貫入距離(PL−D)とプランジャーにかかった力をプランジャー底面積で除した見かけの硬さや固さの関係を図4に、又えん下困難者用食品試験法に準じた見かけの硬さ(N/m2)及びベビーフード試験法での見かけの固さ(N/m2)を表2に示した。図5はゲル化状態を示す写真であり、遠沈管に充填した各モデル食品を上下逆さまにした状態を示す図である。バリン成分を2.5%添加した場合、部分的にゲル化し、バリン成分を10%添加すると完全にゲル化した。
【0038】
【表2】
【0039】
実施例6〜10
バリン成分によるゲル化におけるスクロース添加の濃度依存性確認実験
リンゴペースト10gをそれぞれ遠沈管にとり、全ての遠沈管に1gのバリン成分を加え、さらに加えるスクロース含量を0〜1gの範囲で変化させた(実施例6〜10)。スクロース含量0g(実施例1)、スクロース含量0.2g(実施例6)、スクロース含量0.4g(実施例7)、スクロース含量0.6g(実施例8)、スクロース含量0.8g(実施例9)、スクロース含量1.0g(実施例10)とした。
【0040】
図6はゲル化状態を示す写真であり、遠沈管に充填した各モデル食品を上下逆さまにした状態を示す図である。10%のバリン成分が存在していれば、スクロース添加によって、ゲル化が阻害されることはなかった。
【0041】
実施例11、比較例5〜6
1%リンゴペクチン水溶液へのバリン成分添加効果
1%リンゴペクチン水溶液20gをそれぞれ遠沈管にとった。それぞれに2gのバリン成分を加えたもの(実施例11)、何も加えないもの(比較例5)、2gのグリシン成分を加えたもの(比較例6)をそれぞれ調製した後、上記方法でモデル食品を得た。
【0042】
1%リンゴペクチン水溶液20gにその10%にあたる2gのバリン成分を添加すると、部分的にゲル化した。何も加えないもの(比較例5)、2gのグリシン成分を加えたもの(比較例6)は、全くゲル化せず、粘度上昇も全く見られなかった。
【0043】
実施例12、比較例7〜9
2%リンゴペクチン水溶液への10%バリン成分によるゲル化と10%グリシン成分及び10%アラニン成分添加効果
2%リンゴペクチン水溶液20gをそれぞれ遠沈管にとった。それぞれに2gのバリン成分を加えたもの(実施例12)、何も加えないもの(比較例7)、2gのグリシン成分を加えたもの(比較例8)、2gのアラニン成分を加えたもの(比較例9)をそれぞれ調製した後、上記方法でモデル食品を得た。
【0044】
ベビーフード試験法及びえん下困難者用食品試験法に準じて、プランジャーの貫入距離(PL−D)とプランジャーにかかった力をプランジャー底面積で除した見かけの硬さや固さの関係を図7に、又えん下困難者用食品試験法に準じた見かけの硬さ(N/m2)及びベビーフード試験法での見かけの固さ(N/m2)を表3に示した。
【0045】
【表3】
【0046】
実施例13〜17、比較例10〜19
2%リンゴペクチン水溶液へ添加したバリン成分濃度と粘度の関係
2%リンゴペクチン水溶液へのバリン成分の添加量を、バリン成分濃度0〜1.0mol/kgの範囲で変化させた(実施例13〜17)。バリン成分濃度0.2mol/kg(実施例13)、バリン成分濃度0.4mol/kg(実施例14)、バリン成分濃度0.6mol/kg(実施例15)、バリン成分濃度0.8mol/kg(実施例16)、バリン成分濃度1.0mol/kg(実施例17)、バリン成分濃度0mol/kg(比較例7)とした。バリン式量は117.15であるから、バリン成分濃度1.0mol/kgは、濃度10.5%であり、2%リンゴペクチン水溶液に対する添加量(添加割合)は、11.7%となる。併せてグリシン成分及びアラニン成分の添加量を成分濃度0〜1.0mol/kgの範囲で変化させた(比較例10〜19)。グリシン成分濃度0.2mol/kg(比較例10)、グリシン成分濃度0.4mol/kg(比較例11)、グリシン成分濃度0.6mol/kg(比較例12)、グリシン成分濃度0.8mol/kg(比較例13)、グリシン成分濃度1.0mol/kg(比較例14)、グリシン成分濃度0mol/kg(比較例7)、アラニン成分濃度0.2mol/kg(比較例15)、アラニン成分濃度0.4mol/kg(比較例16)、アラニン成分濃度0.6mol/kg(比較例17)、アラニン成分濃度0.8mol/kg(比較例18)、アラニン成分濃度1.0mol/kg(比較例19)、アラニン成分濃度0mol/kg(比較例7)とした。
【0047】
図8は、コーンプレート型粘度計で25℃、ずり速度380s−1で測定した粘度ηをバリン成分、グリシン成分及びアラニン成分それぞれ無添加時の粘度η0に対する比で表したものである。図9から図11は、ゲル化状態を示す写真であり、遠沈管に充填した各モデル食品を上下逆さまにした状態を示す図である。バリン成分を添加すると添加量に比例して粘度が上昇、部分的にゲル化し、バリン成分濃度が概ね8%を超えると全体的にゲル化し始め、粘度が急激に上昇し当該粘度計では測定不能であった。バリン成分濃度が10%では完全にゲル化した。一方、アラニン成分及びグリシン成分を添加すると、添加量に比例して粘度は低下した。
【0048】
以上の結果をまとめ、表4に示した。
【表4】
【0049】
バリン成分を添加したリンゴすり下ろしゲルの官能評価
2009年12月7日購入の青森県産サンふじリンゴNO.3及びNO.4(JAつがるにしきた、鶴翔)のすり下ろしを−40℃で凍結し、それを適時解凍した。リンゴペースト20gをそれぞれ遠沈管にとり、何も加えないもの、2gのバリン成分を加えたもの、2gのバリン成分(和光)と2gのスクロース(Extra pure grade, ナカライ)を加えたものをそれぞれ調製し、95℃で30分間加熱後、氷中にただちに1時間保存し、冷蔵庫に1日保存後に官能評価を行った。
【0050】
香り
遠沈管の蓋を開け、香りを試験した。リンゴペーストのみの場合、リンゴ特有な香りに鼻に刺激のある香り成分が認められた。これは、リンゴペーストの10%にあたるスクロースを添加しても感じられた。しかし、リンゴペーストの10%にあたる質量(2g)のバリン成分を添加すると、この鼻に刺激のある香り成分はほとんど感じられなくなり、香りがまろやかになった。
【0051】
味
リンゴペーストにスクロース10%(リンゴペーストに対する比として)を加えると、リンゴコンポートとなり、リンゴの酸味と総合的な味を形成して甘くなる。しかし、10%バリン成分をリンゴペーストに添加して加熱した場合、リンゴゲル中に酸味が残り、フルーツ自体の味が保持されていた。そこに、10%スクロースが共存した場合、適度な甘さと濃縮されたリンゴのさわやかな味が共存し、しかもゲルになる。ちなみに、リンゴペーストに10%スクロースが共存してもゲル化はしなかった。
【0052】
実施例18
2%のリンゴペクチンの水溶液に対して10%のバリンを添加し、約20℃の室温下で約20時間保存したところ、水溶液の粘度が上昇した。
【産業上の利用可能性】
【0053】
本発明に係るゲル化又は増粘方法を用いることで、高エネルギーである砂糖の添加をゼロとした果実や果皮のジャムやマーマレードを作ることができる。通常ごく普通に見られるアミノ酸の添加によるゲルの誘起方法であるから、食品への利用としては、安全性や衛生性にすぐれている。さらに、バリンが示す保存性から、寒天ゲルには見られない保存性も大いに期待される。
【技術分野】
【0001】
本発明は、ベビーフード、えん下困難者用食品の製造などに好適に利用できる増粘方法、さらには無糖又は低糖のジャム類の製造などに好適に利用できるゲル化方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ペクチンのゲル化を利用した食品には、ジャム、ベビーフード、えん下困難者用食品などがある。これらのうち、ペクチンの分子構造の一部がメトキシル化されている程度でゲル化機構が異なっており、メトキシル化度の著しく小さい低メトキシルペクチンはカルシウムイオンなどの2価のカチオンによりゲル化するのに対し、メトキシル化度の大きいペクチンは糖と酸が共存した状態でゲルを形成する。通常のジャムは、概ね糖と酸が共存した際にゲル化する機構を利用したものである(例えば非特許文献1参照)。ペクチンが示す水溶性食物繊維の効果が期待される食品ではあるものの、糖が50%以上も含まれているため、糖尿病患者及びその疾患の予備軍には糖が多く含まれているジャムは敬遠される。また、一般の消費者にとっても、低糖又は無糖なペクチン製品は最近の健康志向の傾向から注目される食品の一つである。
【0003】
低糖度のジャムとして、糖濃度50%程度の低糖度ジャム類があるが、このジャムは低メトキシルペクチンを用いることで蔗糖の配合を減らしている(例えば特許文献1参照)。なお、日本ジャム工業組合では、ジャムの糖度を4段階に分け、糖用屈折計で測定した糖度が40%以上55%未満のものを低糖度と表示し、糖度40%未満のものは−としている(例えば非特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平7−322835号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】中島一郎著、「初心者のための食品製造学」、株式会社光琳、2009年12月1日、p111−112
【非特許文献2】http://www.jca-can.or.jp/~njkk/
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
将来を担う子供の健康を願う風潮はますます強くなる一方、やがてやってくる高齢化とともにえん下能力が落ちていく障害に対する食品の開発も大きく期待されている。すなわち、糖をほとんど用いずに、ペクチンをゲル化させたい。一方、ペクチンのゾルをゲル化させる際には、現在のところ、低メトキシルペクチンを用いるしかない。しかし、ごく普通に手に入る果実や果皮のペクチンは高メトキシルペクチンであることがほとんどである。工業的なジャム製造においては、ペクチン、有機酸、糖の比率が大きく問題となり、できる限り、多くの要因が関与しない製造方式をとりたく、添加する物質は出来る限り少ない方が良い。しかし、高メトキシルペクチンのゲル化には、糖が必要とされてきており、糖を添加せずにゲル化を起こす方法は全く知られていない。そこで、糖の添加を嫌う消費者とペクチンのゲル化機構との間に矛盾が生じ、ジャムなどのペクチン製品の低迷化につながっている。これらのことから果実や果皮の自然な風味や味覚をできるかぎり残した形の製造や、糖を添加せずにゲルを誘起させる高メトキシルペクチンゲルが大きく望まれている。
【0007】
本発明の目的は、ペクチンを含有する又はペクチンを添加したペクチン含有物を、糖を添加することなくゲル化又は増粘させる方法を提供することである。また高メトキシルペクチンを使用した低糖度又は無糖のジャム類の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
発明者等は、特定のアミノ酸を果実のペーストに添加し、加熱することで容易に熱不可逆ゲルを調製できる事実を見いだし、本発明を完成させた。
【0009】
すなわち本発明は、ペクチンを含有する又はペクチンを添加したペクチン含有物を、糖を添加することなくゲル化又は増粘させる方法であって、バリンを添加しペクチン含有物をゲル化又は増粘させることを特徴とするゲル化又は増粘方法である。
【0010】
また本発明において、前記ペクチンが、高メトキシルペクチンであることを特徴とする。
【0011】
また本発明において、前記ペクチン含有物が、水溶液、液状物、ペースト状物、半固形状物、粉体状物又は固形状物であり、バリンを添加し、必要に応じて加熱後、冷却しゲル化又は増粘させることを特徴とする。
【0012】
また本発明は、前記ゲル化又は増粘方法を用いたジャム類、ベビーフード及びえん下困難者用食品の製造方法である。
【0013】
また本発明は、高メトキシルペクチンを使用したジャム類であって、糖濃度が40%未満であることを特徴とするジャム類である。
【0014】
また本発明は、高メトキシルペクチン及びバリンを含むことを特徴とするゲル化剤又は増粘剤である。
【発明の効果】
【0015】
本発明に係るゲル化又は増粘方法を用いることで、ペクチンを含有する又はペクチンを添加したペクチン含有物を、糖を添加することなくゲル化又は増粘させることができる。この方法を用いることで、低糖又は無糖のジャム類、ベビーフード及びえん下困難者用食品を簡単に得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】実施例1の見かけの硬さの測定結果である。
【図2】実施例1のゲル化状態を示す写真である。
【図3】実施例1及び2の見かけの硬さの測定結果である。
【図4】実施例3〜5の見かけの硬さの測定結果である。
【図5】実施例3〜5のゲル化状態を示す写真である。
【図6】実施例6〜10のゲル化状態を示す写真である。
【図7】実施例12の見かけの硬さの測定結果である。
【図8】実施例13〜17の粘度測定結果である。
【図9】実施例13〜17のゲル化状態を示す写真である。
【図10】比較例10〜14のゲル化状態を示す写真である。
【図11】比較例15〜19のゲル化状態を示す写真である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明に係るゲル化又は増粘方法は、ペクチンを含有する又はペクチンを添加したペクチン含有物を、糖を添加することなくゲル化又は増粘させる方法であって、バリンを添加しペクチン含有物をゲル化又は増粘させることを特徴とする。なお本実施形態において%は、質量%を示す。
【0018】
ペクチンのうち、ごく普通に手に入る果実や果皮に含まれる高メトキシルペクチンのゲル化には、これまで糖が必要とされ、糖を添加せずにゲル化を起こす方法は全く知られていなかったが、本発明に係るゲル化方法では、高メトキシルペクチン水溶液、果実や果皮ペーストなど高メトキシルペクチンを添加した又は高メトキシルペクチンを含有するペクチン含有物にバリンを添加してゲル化させる。なお低メトキシルペクチン、低メトキシルペクチンと高メトキシルペクチンとの混合物であっても、糖を添加することなくゲル化又は増粘させることができる。
【0019】
バリンと化学構造が近似しているアミノ酸であるグリシンやアラニンをそれぞれ高メトキシルペクチン水溶液や果実又は果皮ペーストに添加すると粘度は低下し、ジャムの軟化を示すとの報告がある(特開2000−139369号公報)。この点については、後述の実施例の欄で示すように我々の実験でも確認済みである。しかし、それらのアミノ酸と極めて構造が近似しているバリンを高メトキシルペクチン水溶液中又は果実や果皮ペーストに添加するとゲル化する。これまでバリンにより高メトキシルペクチン水溶液がゲル化することは全く知られておらず、そのゲル化機構も全く未知のままであるが、バリンのもつ疎水基がゲル化に大きく寄与していると考えられる。
【0020】
本発明に係るゲル化又は増粘方法は、ペクチンを含有する又はペクチンを添加したペクチン含有物の形態は特に限定されず、水溶液、液状物、ペースト状物、半固形状物、粉体状物又は固形状物などに利用することができる。ゲル化又は増粘させるときは、必要に応じて加熱し、その後冷却してもよい。例えば、無糖又は低糖のジャム類を製造するときは、公知のジャム類の製造方法を用い、果実、野菜などにバリンを添加した後、ゼリー化するまで加熱した後、冷却すればよい。日本農林規格(JAS)では、ジャム類を果実、野菜又は花弁(以下「果実等」と総称する。)を砂糖類、糖アルコール又ははちみつとともにゼリー化するようになるまで加熱したもの、ジャムをジャム類のうちマーマレード及びゼリー以外のものと定義するが、本発明におけるジャム類は、日本農林規格(JAS)の定義に拘束されるものではなく、砂糖を全く添加しないで製造されたジャム類も含まれる。
【0021】
本発明に係るゲル化又は増粘方法は、後述の実施例で示すようにリンゴペクチンを水に溶解した水溶液の場合、バリンを添加しただけで増粘した。つまり増粘させるために必ずしも加熱する必要はない。加熱することなくバリンを添加するだけでゲル化又は増粘できれば、匂い、香りを逃がすことなく、また風味を損なうことなく食品を製造することができるので非常に好ましい。
【0022】
ペクチンを含有する又はペクチンを添加したペクチン含有物に対するバリンの添加順は特定の順に限定されず、例えば、ペクチンを含む水溶液を増粘又はゲル化させるとき、水にペクチンを添加し溶解させた後にバリンを添加しても、同時に添加しても、さらには水にバリンを添加し溶解させた後にペクチンを添加してもよい。
【0023】
ペクチンを含有する又はペクチンを添加したペクチン含有物に対するバリンの添加量は、必要とする粘度又はゲル化に応じて適宜添加量を選択すればよい。バリンの添加量に比例して粘度が上昇し、さらに添加量が増えるとゲル化する。後述の実施例で示すように市販リンゴペクチン粉末を水に溶解させた2%リンゴペクチン水溶液の場合、バリン添加量に正比例して水溶液の粘度が上昇し、バリン添加量が8%程度となると全体的にゲル化し始め粘度が急激に上昇し、10%程度添加することで完全にゲル化した。リンゴペーストの場合も10%程度のバリンを共存させることでゲル化する。食品中のペクチン含量が多くなれば、添加するバリン含量は少なくなることが予想されるが、果実のすり下ろしを用いる場合には果実質量の概ね1割程度でゲル化することが判明した。
【0024】
以上のように本発明に係るゲル化又は増粘方法は、ペクチンを含有する又はペクチンを添加した種々の形態のペクチン含有物を、糖を添加することなくゲル化又は増粘させることができるので、ジャム類、ベビーフード及びえん下困難者用食品などの製造に好適に使用することができる。
【0025】
ジャム類の場合、上記方法で糖を添加しない無糖のジャム類を製造することができるが、高メトキシルペクチンを使用したジャム類において、少量の糖を添加した糖濃度が40%未満の低糖ジャム類を製造することもできる。
【0026】
低糖ジャム類は、公知のジャム類の製造方法を用い、果実、野菜などに10%程度のバリンと少量の糖を添加した後、ゼリー化するまで加熱した後、冷却することで製造できる。後述の実施例で示すように10%のスクロースをリンゴペーストに加えてもゲル化しないが、10%のバリンがリンゴペーストに加えられていると、スクロースをそれに加えても加えなくてもゲル化する。スクロースによるペクチンのゲル化は、酸を加えた酸性下でないとゲル化しないが、バリンを加えてのペクチンのゲル化には酸を加える必要がない。
【0027】
化学構造が一番単純であるアミノ酸のグリシンは、保存料としてよく用いられる。これは、束一的性質に基づいており、低分子の無毒な物質であれば全てにその機能を有する。すなわち、バリンを添加することにより、細菌の増殖を防止することは、容易に想像できる。アミノ酸等の添加は、果実の味等の風味が低下することが予想され、ジャムを例に取るとジャムの商品価値の低下につながるためアミノ酸が添加された例はないが、後述の実施例で示すようにバリンを添加しても香り、味とも十分に満足するジャムを得ることができた。また、本発明に係るゲル化又は増粘方法において、ゲル化又は増粘方法に悪影響を与えない範囲において、寒天をはじめとしたキサンタンガム、グアガム、アルギン酸ナトリウム等の増粘剤を添加し、さらに甘味、塩味や酸味を適度に添加することができる。
【実施例】
【0028】
ペクチンを含有する又はペクチンを添加したペクチン含有物には、次のものを用い、これにバリンを始め種々の成分を添加し、以下の要領でモデル食品を製造し評価した。
(1)リンゴペースト
2009年12月7日購入の青森県産サンふじリンゴ(JAつがるにしきた、鶴翔)をすり下ろし、これを−40℃に凍結保存し、使用の際は適時5℃で一夜保存して解凍または50℃のお湯で半解凍し、室温で解凍した。
(2)1%リンゴペクチン水溶液
市販のリンゴペクチン(Sigma,P-8471,ロットNo.30K0883,Sato et al(2004)によって、ガラクツロン酸含量79.0%、メトキシル含量8.7%とされているもの)0.2gを50mlのポリプロピレン製(−100℃〜120℃での使用可)の遠沈管(Orange Scientific,Co.Ltd)へ分取し、蒸留水を19.8g加えて調製した。
(3)2%リンゴペクチン水溶液
市販のリンゴペクチン(Sigma,P-8471,ロットNo.30K0883,Sato et al(2004)によって、ガラクツロン酸含量79.0%、メトキシル含量8.7%とされているもの)0.4gを50mlのポリプロピレン製(−100℃〜120℃での使用可)の遠沈管へ分取し、蒸留水を19.6g加えて調製した。
【0029】
モデル食品の製造方法
上記ペクチン含有物を50mlのポリプロピレン製の遠沈管にとり、必要に応じてバリン等を添加、攪拌した後、95℃で30分間加熱しその後、氷中にただちに1時間保存した。
【0030】
モデル食品の評価方法
(1)ベビーフード試験法による見かけの固さ及びえん下困難者用食品試験法に準じた見かけの硬さ
モデル食品をベビーフード試験法及びえん下困難者用食品試験法に記載されている測定温度である20℃で保存し、スパチュラで直径40mmの円筒ガラス容器(高さ30mmでありガラス円筒器の底面から15mmの高さに標線が引いてあるもの)に18.9gを充填し、ゲル状食品に関しては18.9gを同型の円筒ガラス容器に入れ、直径39mmの円筒プランジャーで凹凸の表面をならし、円筒ガラス容器の高さ15mmの標線の位置に合わせ、直径20mmで高さ25mmの円筒プランジャーで、速度10mm/sでpuncture testを行った。プランジャーにかかった力をプランジャーの底面積(π×10−4m2)で除し、プランジャーをモデル食品の高さの13.6mmまで貫入させた。プランジャーがモデル食品を貫入した距離が10mm及び13.5mmでの最大の力をプランジャー底面積で除して、えん下困難者用食品試験法に準じた見かけの硬さ(N/m2)及びベビーフード試験法での見かけの固さ(N/m2)とした。
(2)ゲル化状態の観察方法
上記モデル食品の製造方法で得たモデル食品の入った遠沈管を上下逆さまにしてゲル化状態を観察した。十分にゲル化した状態を++とし、遠沈管の先端部に一部ゲル化物が残っている状態を±とし、ゲル化していない状態を−で示した。なお、本実施例において、十分なゲル化とは遠沈管に充填したモデル食品を上下逆さまにし、一日経過後も落下しない状態を言う。
(3)粘度測定
コーンプレート型粘度計を使用し、温度25℃、ずり速度380s−1で粘度を測定した。
【0031】
実施例1、比較例1〜3
バリン成分添加効果の確認実験
前記リンゴペースト20gをそれぞれ遠沈管にとり、2gのバリン成分(和光)を加えたもの(実施例1)、何も加えないもの(比較例1)、2gのグリシン成分(Sigma)を加えたもの(比較例2)、2gのアラニン成分(Sigma)を加えたもの(比較例3)をそれぞれ調製し、上記方法でモデル食品を得た。
【0032】
ベビーフード試験法及びえん下困難者用食品試験法に準じて、プランジャーの貫入距離(PL−D)とプランジャーにかかった力をプランジャー底面積で除した見かけの硬さや固さの関係を図1に示した。図2はゲル化状態を示す写真であり、遠沈管に充填した各モデル食品を上下逆さまにした状態を示す図である。図2に示すようにリンゴペーストに対して10%のバリンを添加すると、十分にゲル化した。一方、リンゴペーストに対して10%のグリシン及びアラニンを添加してもゲル化しなかった。
【0033】
実施例1、2、比較例1〜4
スクロースが共存した場合のバリン成分のゲル化効果確認実験
リンゴペースト20gをそれぞれ遠沈管にとり、2gのバリン成分(和光)を加えたもの(実施例1)、2gのバリン成分(和光)と2gのスクロース(和光)を加えたもの(実施例2)、何も加えないもの(比較例1)、2gのグリシン成分(Sigma)を加えたもの(比較例2)、2gのアラニン成分(Sigma)を加えたもの(比較例3)、2gのスクロース(和光)を加えたもの(比較例4)をそれぞれ調製し、上記方法でモデル食品を得た。
【0034】
ベビーフード試験法及びえん下困難者用食品試験法に準じて、プランジャーの貫入距離(PL−D)とプランジャーにかかった力をプランジャー底面積で除した見かけの硬さや固さの関係を図3に、又えん下困難者用食品試験法準じた見かけの硬さ(N/m2)及びベビーフード試験法での見かけの固さ(N/m2)を表1に示した。スクロースが共存する場合、バリン成分によるゲル化はやや抑えられる傾向にあった。またバリンを添加しない場合、リンゴペーストに10%のスクロースを添加してもゲル化しなかった。
【0035】
【表1】
【0036】
実施例3〜5
バリン成分添加の濃度依存性確認実験
リンゴペースト20gをそれぞれ遠沈管にとり、加えるバリン成分の含量を0〜2gの範囲でそれぞれ調製し、上記方法でモデル食品を得た。バリン成分の含量0.5g(実施例3)、バリン成分の含量1.0g(実施例4)、バリン成分の含量1.5g(実施例5)、バリン成分の含量2.0g(実施例1)、バリン成分の含量0g(比較例1)とした。
【0037】
ベビーフード試験法及びえん下困難者用食品試験法に準じて、プランジャーの貫入距離(PL−D)とプランジャーにかかった力をプランジャー底面積で除した見かけの硬さや固さの関係を図4に、又えん下困難者用食品試験法に準じた見かけの硬さ(N/m2)及びベビーフード試験法での見かけの固さ(N/m2)を表2に示した。図5はゲル化状態を示す写真であり、遠沈管に充填した各モデル食品を上下逆さまにした状態を示す図である。バリン成分を2.5%添加した場合、部分的にゲル化し、バリン成分を10%添加すると完全にゲル化した。
【0038】
【表2】
【0039】
実施例6〜10
バリン成分によるゲル化におけるスクロース添加の濃度依存性確認実験
リンゴペースト10gをそれぞれ遠沈管にとり、全ての遠沈管に1gのバリン成分を加え、さらに加えるスクロース含量を0〜1gの範囲で変化させた(実施例6〜10)。スクロース含量0g(実施例1)、スクロース含量0.2g(実施例6)、スクロース含量0.4g(実施例7)、スクロース含量0.6g(実施例8)、スクロース含量0.8g(実施例9)、スクロース含量1.0g(実施例10)とした。
【0040】
図6はゲル化状態を示す写真であり、遠沈管に充填した各モデル食品を上下逆さまにした状態を示す図である。10%のバリン成分が存在していれば、スクロース添加によって、ゲル化が阻害されることはなかった。
【0041】
実施例11、比較例5〜6
1%リンゴペクチン水溶液へのバリン成分添加効果
1%リンゴペクチン水溶液20gをそれぞれ遠沈管にとった。それぞれに2gのバリン成分を加えたもの(実施例11)、何も加えないもの(比較例5)、2gのグリシン成分を加えたもの(比較例6)をそれぞれ調製した後、上記方法でモデル食品を得た。
【0042】
1%リンゴペクチン水溶液20gにその10%にあたる2gのバリン成分を添加すると、部分的にゲル化した。何も加えないもの(比較例5)、2gのグリシン成分を加えたもの(比較例6)は、全くゲル化せず、粘度上昇も全く見られなかった。
【0043】
実施例12、比較例7〜9
2%リンゴペクチン水溶液への10%バリン成分によるゲル化と10%グリシン成分及び10%アラニン成分添加効果
2%リンゴペクチン水溶液20gをそれぞれ遠沈管にとった。それぞれに2gのバリン成分を加えたもの(実施例12)、何も加えないもの(比較例7)、2gのグリシン成分を加えたもの(比較例8)、2gのアラニン成分を加えたもの(比較例9)をそれぞれ調製した後、上記方法でモデル食品を得た。
【0044】
ベビーフード試験法及びえん下困難者用食品試験法に準じて、プランジャーの貫入距離(PL−D)とプランジャーにかかった力をプランジャー底面積で除した見かけの硬さや固さの関係を図7に、又えん下困難者用食品試験法に準じた見かけの硬さ(N/m2)及びベビーフード試験法での見かけの固さ(N/m2)を表3に示した。
【0045】
【表3】
【0046】
実施例13〜17、比較例10〜19
2%リンゴペクチン水溶液へ添加したバリン成分濃度と粘度の関係
2%リンゴペクチン水溶液へのバリン成分の添加量を、バリン成分濃度0〜1.0mol/kgの範囲で変化させた(実施例13〜17)。バリン成分濃度0.2mol/kg(実施例13)、バリン成分濃度0.4mol/kg(実施例14)、バリン成分濃度0.6mol/kg(実施例15)、バリン成分濃度0.8mol/kg(実施例16)、バリン成分濃度1.0mol/kg(実施例17)、バリン成分濃度0mol/kg(比較例7)とした。バリン式量は117.15であるから、バリン成分濃度1.0mol/kgは、濃度10.5%であり、2%リンゴペクチン水溶液に対する添加量(添加割合)は、11.7%となる。併せてグリシン成分及びアラニン成分の添加量を成分濃度0〜1.0mol/kgの範囲で変化させた(比較例10〜19)。グリシン成分濃度0.2mol/kg(比較例10)、グリシン成分濃度0.4mol/kg(比較例11)、グリシン成分濃度0.6mol/kg(比較例12)、グリシン成分濃度0.8mol/kg(比較例13)、グリシン成分濃度1.0mol/kg(比較例14)、グリシン成分濃度0mol/kg(比較例7)、アラニン成分濃度0.2mol/kg(比較例15)、アラニン成分濃度0.4mol/kg(比較例16)、アラニン成分濃度0.6mol/kg(比較例17)、アラニン成分濃度0.8mol/kg(比較例18)、アラニン成分濃度1.0mol/kg(比較例19)、アラニン成分濃度0mol/kg(比較例7)とした。
【0047】
図8は、コーンプレート型粘度計で25℃、ずり速度380s−1で測定した粘度ηをバリン成分、グリシン成分及びアラニン成分それぞれ無添加時の粘度η0に対する比で表したものである。図9から図11は、ゲル化状態を示す写真であり、遠沈管に充填した各モデル食品を上下逆さまにした状態を示す図である。バリン成分を添加すると添加量に比例して粘度が上昇、部分的にゲル化し、バリン成分濃度が概ね8%を超えると全体的にゲル化し始め、粘度が急激に上昇し当該粘度計では測定不能であった。バリン成分濃度が10%では完全にゲル化した。一方、アラニン成分及びグリシン成分を添加すると、添加量に比例して粘度は低下した。
【0048】
以上の結果をまとめ、表4に示した。
【表4】
【0049】
バリン成分を添加したリンゴすり下ろしゲルの官能評価
2009年12月7日購入の青森県産サンふじリンゴNO.3及びNO.4(JAつがるにしきた、鶴翔)のすり下ろしを−40℃で凍結し、それを適時解凍した。リンゴペースト20gをそれぞれ遠沈管にとり、何も加えないもの、2gのバリン成分を加えたもの、2gのバリン成分(和光)と2gのスクロース(Extra pure grade, ナカライ)を加えたものをそれぞれ調製し、95℃で30分間加熱後、氷中にただちに1時間保存し、冷蔵庫に1日保存後に官能評価を行った。
【0050】
香り
遠沈管の蓋を開け、香りを試験した。リンゴペーストのみの場合、リンゴ特有な香りに鼻に刺激のある香り成分が認められた。これは、リンゴペーストの10%にあたるスクロースを添加しても感じられた。しかし、リンゴペーストの10%にあたる質量(2g)のバリン成分を添加すると、この鼻に刺激のある香り成分はほとんど感じられなくなり、香りがまろやかになった。
【0051】
味
リンゴペーストにスクロース10%(リンゴペーストに対する比として)を加えると、リンゴコンポートとなり、リンゴの酸味と総合的な味を形成して甘くなる。しかし、10%バリン成分をリンゴペーストに添加して加熱した場合、リンゴゲル中に酸味が残り、フルーツ自体の味が保持されていた。そこに、10%スクロースが共存した場合、適度な甘さと濃縮されたリンゴのさわやかな味が共存し、しかもゲルになる。ちなみに、リンゴペーストに10%スクロースが共存してもゲル化はしなかった。
【0052】
実施例18
2%のリンゴペクチンの水溶液に対して10%のバリンを添加し、約20℃の室温下で約20時間保存したところ、水溶液の粘度が上昇した。
【産業上の利用可能性】
【0053】
本発明に係るゲル化又は増粘方法を用いることで、高エネルギーである砂糖の添加をゼロとした果実や果皮のジャムやマーマレードを作ることができる。通常ごく普通に見られるアミノ酸の添加によるゲルの誘起方法であるから、食品への利用としては、安全性や衛生性にすぐれている。さらに、バリンが示す保存性から、寒天ゲルには見られない保存性も大いに期待される。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ペクチンを含有する又はペクチンを添加したペクチン含有物を、糖を添加することなくゲル化又は増粘させる方法であって、
バリンを添加しペクチン含有物をゲル化又は増粘させることを特徴とするゲル化又は増粘方法。
【請求項2】
前記ペクチンが、高メトキシルペクチンであることを特徴とする請求項1に記載のゲル化又は増粘方法。
【請求項3】
前記ペクチン含有物が、水溶液、液状物、ペースト状物、半固形状物、粉体状物又は固形状物であり、バリンを添加し、必要に応じて加熱後、冷却しゲル化又は増粘させることを特徴とする請求項1又は2に記載のゲル化又は増粘方法。
【請求項4】
請求項1から3のいずれか1に記載のゲル化又は増粘方法を用いたジャム類、ベビーフード及びえん下困難者用食品の製造方法。
【請求項5】
高メトキシルペクチンを使用したジャム類であって、糖濃度が40%未満であることを特徴とするジャム類。
【請求項6】
高メトキシルペクチン及びバリンを含むことを特徴とするゲル化剤又は増粘剤。
【請求項1】
ペクチンを含有する又はペクチンを添加したペクチン含有物を、糖を添加することなくゲル化又は増粘させる方法であって、
バリンを添加しペクチン含有物をゲル化又は増粘させることを特徴とするゲル化又は増粘方法。
【請求項2】
前記ペクチンが、高メトキシルペクチンであることを特徴とする請求項1に記載のゲル化又は増粘方法。
【請求項3】
前記ペクチン含有物が、水溶液、液状物、ペースト状物、半固形状物、粉体状物又は固形状物であり、バリンを添加し、必要に応じて加熱後、冷却しゲル化又は増粘させることを特徴とする請求項1又は2に記載のゲル化又は増粘方法。
【請求項4】
請求項1から3のいずれか1に記載のゲル化又は増粘方法を用いたジャム類、ベビーフード及びえん下困難者用食品の製造方法。
【請求項5】
高メトキシルペクチンを使用したジャム類であって、糖濃度が40%未満であることを特徴とするジャム類。
【請求項6】
高メトキシルペクチン及びバリンを含むことを特徴とするゲル化剤又は増粘剤。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【公開番号】特開2012−95(P2012−95A)
【公開日】平成24年1月5日(2012.1.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−141098(P2010−141098)
【出願日】平成22年6月21日(2010.6.21)
【出願人】(507234438)公立大学法人県立広島大学 (24)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成24年1月5日(2012.1.5)
【国際特許分類】
【出願日】平成22年6月21日(2010.6.21)
【出願人】(507234438)公立大学法人県立広島大学 (24)
【Fターム(参考)】
[ Back to top ]