説明

コムラサキシメジに属する新菌株と人工栽培法

【課題】 菌床栽培が可能なコムラサキシメジの新菌株及び空調機器の整った施設内での菌床栽培法を提供する。
【解決手段】自然界から純粋分離したコムラサキシメジの野生菌株を人工培地に接種し、培養した菌床を施設内で排水性・通気性に優れた培土に埋設し、散水する栽培方法により子実体を得た。この栽培法で子実体を発生する菌株をスクリーニングし、子実体を形成した菌株の中から形質の優良な子実体が得られることで選抜した新菌株SLS−11(寄託番号 NITE P−150)で、その子実体は収量が多く、青紫色が濃く、肉質が締まっていた。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、コムラサキシメジ(レピスタ・ソルディダ(Lepista sordida))に関し、菌床栽培に適したコムラサキシメジ菌株、その菌株を栽培して得られるコムラサキシメジに関する。
【背景技術】
【0002】
コムラサキシメジ(レピスタ・ソルディダ(Lepista sordida))はキシメジ科(Tricholomataceae)、カヤタケ連(Tribus Clitocybeae)、ムラサキシメジ属(Lepista)に属し[原色日本新菌類図鑑(I)今関、本郷編、保育社刊(1987)]、紫色の美味なきのこである。
【0003】
コムラサキシメジは野生株を天然界より採取し、これより菌糸体を分離し、これを培養増殖し、得られた種菌を人工培地に接種しても、子実体形成が難しく、人工培地での栽培はほとんど行われていない。自然界に発生したものが採取され食用に供されているのが実態である。
【0004】
自然界に発生した、又は人工培地を露地に埋設し発生したコムラサキシメジ子実体は、ほとんどがキノコバエの仲間の昆虫やナメクジ等に食害されており、また肉質が脆いなど商品的価値は低いものである。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、上記従来技術の有する問題点に鑑み、菌床栽培を可能とするため、新規な菌株及び菌床施設栽培法を提供することを目的とする。
【0006】
また、本発明により菌床施設栽培が可能となることで、昆虫等による食害のない子実体を得ることを目的とする。
【0007】
さらに、本発明により傘の色、形、肉質等に優れた子実体を得ることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
かかる目的を達成する本発明は、自然界から純粋分離したコムラサキシメジの野生菌株を人工培地に接種し、この菌床を施設内栽培することで子実体を発生する菌株をスクリーニングする。さらに、子実体を形成した菌株の中から菌床施設栽培で形質の優良な子実体が得られることで選抜した新菌株SLS−11(寄託番号NITE P−150)である。
【0009】
菌株のスクリーニングは以下のとおり行った。自然界から採取したコムラサキシメジの子実体内組織を分離し、ポテト・デキストロース寒天培地で純粋培養し、広葉樹樹皮堆肥:米ヌカ=5:1(重量比)に混合し水を加えて含水率約60〜65%に調整し高圧滅菌した樹皮堆肥培地に純粋培養で得られた菌糸体を接種し、菌が蔓延したものを種菌とした。同様の樹皮堆肥培地をポロプロピレン製栽培袋に1kg充填し直方体に成型し培地内温度120℃で30分間滅菌した。この培地に種菌を約10ml接種し、気温22〜28℃湿度50〜80%に調節した培養室で1ヶ月程度培養した後、菌糸が蔓延した菌床を栽培袋から取り出し、菌床に鹿沼土を菌床上側の厚さが約3cmとなるよう埋設し散水後、気温18〜20℃、湿度80〜95%の発生室に載置した。発生室では1日4〜12時間明期の蛍光灯照明条件で、適宜、20℃未満の水を散水し子実体を形成させた。
【0010】
子実体の栽培法は、培地基材として広葉樹樹皮堆肥以外に他の栽培キノコの廃菌床堆肥化物でも代用できる。また、培地基材:米ヌカ=5:1〜2(重量比)の範囲で栽培可能である。菌床を埋設する材料は鹿沼土でなくとも排水性・通気性の高い培養土等であれば可能である。この場合、菌床は滞水しないように排水口または網状の底を有する袋または容器などに埋設する。菌床埋設後、子実体原基が確認されてからは週1〜3回程度の散水を実施することが望ましい。
【0011】
子実体は、埋設後1ヶ月程度から1ヶ月以上に渡り、散発または群生に発生する。傘は最大109mm、平均35mm、まんじゅう型から平らに開き、縁部は最初内側に巻き、時に不規則に屈曲する。表面はややくすんだ紫色を帯び、しだいに退色して白っぽくなる。ひだは紫色で垂生、やや密。柄は長さ最大105mm、平均51mm、中央直径最大18mm、平均7mmで、表面が繊維状で、中実。
【0012】
以上の特徴を今関六也、本郷次雄編著「原色日本新菌類図鑑(I)」保育者(1987)の記載と比較すると、当菌株はコムラサキシメジであることが明らかである。
【0013】
次に当菌株の菌学的諸性質を以下に示す。
(1)麦芽エキス寒天培地における生育状況(25℃)
7日目で菌そうの直径45mm、白色で中心部はやや希薄。気中菌糸未発達。
(2)ポテト・デキストロース寒天培地における生育状態(25℃)
7日目で旺盛な生育、菌そうの直径61mm、白色だが、菌糸伸長方向の半径の中間がリング状に青紫色に着色。気中菌糸が特に中央周辺で発達。青紫色の着色は以後拡大。
(3)ツアペック寒天培地における生育状態(25℃)
7日目で菌そうの直径43mm、白色で密度は低く、菌糸は放射状に伸長。気中菌糸未発達。
(4)最適生育pHならびに各pHにおける生育
pH4〜8に調整したポテト・デキストロース寒天培地に直径4mmの菌糸片を接種し、25℃で7日間培養し、菌そうの直径を測定した。その結果、いずれのpHでも生育が認められ、特にpH5.5〜7.5で旺盛な生育を示し、最適生育pHは6.0付近であった。
(5)最適生育温度ならびに各温度における生育
pH5.5に調整したポテト・デキストロース寒天培地に直径4mm菌糸片を接種し、5〜35℃で7日間培養し、菌そうの直径を測定した。その結果、いずれの温度でも生育が認められ、温度15〜30℃の範囲で良く生育し、特に25〜30℃で旺盛な生育を示し、最適生育温度は25℃付近であった。
7日目のコロニー直径は72mm、白色で密な菌糸。
(6)フェノールオキシダーゼ反応(0.1%没食子酸添加ポテト・デキストロース寒天培地)における生育状態(25℃)
7日目で旺盛な生育、菌そうの直径56mm、白色だが、周縁からわずか内側がリング状に紫色に着色。気中菌糸が特に中央周辺で発達。ほぼ菌そうの範囲で培地が褐変。
(7)帯線形成の有無
供試菌株3株の2核菌糸をそれぞれポテト・デキストロース寒天培地の中央部に直径4mm菌糸片を3cmの間隔で対峙して接種し、25℃で28日間培養後、両コロニー境界部に帯線を生じるか否かを判定した。本菌株は同種の対照菌株SLS−05及びSLS−06と帯線を形成した。
【0014】
以上の結果を対照菌株SLS−05及びSLS−06と比較したものを表1に示す。SLS−11菌株の子実体は他の2菌株に比べ、収量が多く、青紫色が濃く、肉質が締まっていた。
【0015】
【表1】

【発明の効果】
【0016】
本発明のコムラサキシメジ菌株を使用することにより、従来、菌床施設栽培が困難だったものが他のきのこの人工栽培同様に子実体を得ることを可能とし、かつ紫色の濃い、充実した肉質の子実体が得られる。また、菌床施設栽培が可能となることで、昆虫等による食害のない商品価値の高い子実体を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下、本発明によるコムラサキシメジ新菌株の人工栽培の実施例を示すが、本発明は以下の実施例の範囲にのみ限定されるものではない。
【実施例】
【0018】
[樹皮堆肥種菌の製造]広葉樹樹皮堆肥:米ヌカ=5:1(重量比)に混合し水を加えて含水率約65%に調整し、500mlの三角フラスコに300g充填し、蓋をして、121℃、60分間高圧滅菌した。室温まで放冷した後、コムラサキシメジSLD11株のポテト・デキストロース寒天培地で純粋培養した菌糸体を接種し、25℃、湿度70%にて30日程度培養して樹皮堆肥種菌を製造した。
【0019】
[菌床の製造]広葉樹樹皮堆肥:米ヌカ=5:1(重量比)に混合し水を加えて含水率約65%に調整し、フィルター付きポリプロピレン製袋に培地を1kg詰め込み、12cm×20cm×5cmの直方体に成形した。これを培地内温度120℃、30分間滅菌し、室温で一晩放冷した。クリーンベンチ内で上記の樹皮堆肥種菌を約10ml接種し、速やかに袋の口を2回折りし閉じた。これを室温25℃、湿度70%の条件下で30日間培養した。
【0020】
[菌床からの子実体の発生]袋を開封して菌床を取り出し、排水性の高い格子状の底を有する育苗箱又はプランターに菌床を置き、菌床上面が深さ約3cmとなるように鹿沼土で覆土し、埋設した。ジョウロで十分に散水した後、気温20℃、湿度85〜95%、300〜400ルクス6時間照明の条件下で鹿沼土表面が乾燥したら、適宜、ジョウロで育苗箱底面から排水するまで散水し子実体原基の発生を促した。
【0021】
又は、菌床を半分に切断し、底面に排水のための切込みを入れた培養袋に1cm程度の鹿沼土を敷き、その両脇に2つの菌床を置床し、菌床の間及び上面を鹿沼土で埋めた。上面の埋め込み深は約3cmとした。ジョウロで十分に散水した後、気温20℃、湿度85〜95%、300〜400ルクス6時間照明の条件下で鹿沼土表面が乾燥したら、適宜、ジョウロで育苗箱底面から排水するまで5〜15℃の水を散水し子実体原基の発生を促した。
【0022】
埋設後1ヶ月頃から子実体の原基が確認でき、週2回の散水を繰り返した。最初の収穫から2ヶ月程度の間、断続的に収穫できた。以降の子実体の発生は微量であった。自然界のものに比べ、子実体の肉質は締まっており、脆さが少なく、色は青紫色が濃かった。味は自然界のものと変わりなく、美味であった。また、キノコバエの仲間の食害や子実体内への寄生は認められなかった。
【0023】
800mlポリプロピレン製栽培ビンに同様の培養工程をおこなった後、鹿沼土・赤玉土・パーライトで覆土し発生条件に放置した場合、鹿沼土・赤玉土では気中菌糸が生育するだけで子実体は発生せず、パーライトではまれに子実体を形成したが、奇形であった。このことから、前記栽培法の有効性が確認できた。
【0024】
コムラサキシメジSLD11株の子実体は、紫色の輸入キノコのピエ・ブルー(ムラサキシメジ)のような泥臭さがなく、新しい紫色の高級食材として提供するものである。また、きのこ類は機能性成分が多く認められており、コムラサキシメジについても大量の栽培可能となることで有用成分の検出が可能となり、食材以外の用途が開けることも考えられる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
菌床栽培において、子実体形成能及び形成された子実体の形質に優れたコムラサキシメジ新菌株SLS−11(寄託番号 NITE P−150)。
【請求項2】
請求項1記載のコムラサキシメジ新菌株の菌種を培地に接種し、培養した菌床を培土に埋設し、散水することを特徴とする子実体の菌床栽培法。

【公開番号】特開2007−135565(P2007−135565A)
【公開日】平成19年6月7日(2007.6.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−365476(P2005−365476)
【出願日】平成17年11月22日(2005.11.22)
【出願人】(591267855)埼玉県 (71)
【Fターム(参考)】