説明

ニゴロブナの飼育方法

【課題】環境に優しく且つ肉質の改善をも図ることができるニゴロブナの飼育方法を提供すること。
【解決手段】飼料中に含有されるリンに関して生育に必要とするリン要求量よりも少ないリン欠乏の飼料を50日以上継続して投与してリン欠乏状態でニゴロブナを飼育する飼育方法。この飼育方法では、飼料中に含有されるリンの欠乏度を、リン要求量の50%以上、80%以下(いずれの値も有効リンとして)とすることが望ましい。また、リン欠乏状態で飼育する欠乏飼育期間の後に、リン要求量よりも少なく且つ欠乏飼育期間のリン投与量よりも多い準欠乏の飼料を投与して準欠乏状態で飼育する準欠乏飼育期間を設けるのが望ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、コイ科に属するニゴロブナの飼育方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、環境保護が叫ばれる中で、環境にやさしい漁業の取組みが行われている。例えば、過密養殖や過剰な給餌は生簀周辺の有機物の負荷を増大させ、生簀周辺の水域に悪影響を与えることが知られている。即ち、漁場環境の悪化、赤潮やアオコの発生、魚病の蔓延などを引き起こし、最終的に養殖漁業そのものの生産性を損なうことになる。このような背景から、環境負荷の少ない養魚飼料の研究が行われている。
【0003】
この研究の一例として、ブリ、マダイ、ニジマス、コイを対象魚類として、大豆油粕、コーングルテンミール及び魚粉を用い、排泄物に含まれる窒素(N)及びリン(P)の含有量を少なくするための環境負荷低減養魚飼料が提案されている(非特許文献1参照)。この取組みでは、リンの含有量が少ない植物性原料を多く配合した飼料、即ちリンの含有量が少ない飼料をつくり、この飼料を投与して養殖することによって、排泄物に含まれるリンが少なくなり、良好な環境でもって魚類(ブリ、マダイなど)を養殖することができる。また、この取組みでは、飼料中のリンは、魚の生育に必要とされるリン要求量よりも多く含まれており、それ故に、魚類(ブリ、マダイなど)の成長に悪影響を及ぼすことなく養殖することができる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】佐藤秀一、青木宙、竹内俊郎、大島敏明、キロンヴィスワナス(2004)、「環境にやさしい養魚飼料の開発に関する基礎的研究」、科学研究費補助金データベース、研究課題番号14360122,2004年度研究成果報告書概要
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
近年、琵琶湖の環境変化によってニゴロブナの漁獲量が減少し、ニゴロブナの飼育(養殖)の実現が望まれている。ニゴロブナはフナ寿司に用いられ、近江地方の特産物として知られている。ニゴロブナを用いたフナ寿司では、魚肉(ニゴロブナの肉質部分)に含まれる脂肪酸成分がある程度多く含まれているのが美味しく、栄養価も高く、また骨が柔らかいのが食し易い。
【0006】
このようなことから、ニゴロブナの飼育においては、環境にやさしく飼育することができるとともに、ニゴロブナの肉質の改善を図って脂肪酸成分をある程度多く含むように飼育することができる飼育方法の実現が望まれていた。
【0007】
本発明の目的は、環境に優しく且つ肉質の改善をも図ることができるニゴロブナの飼育方法を提供することである。
【0008】
また、本発明の他目的は、改善された肉質を維持しながら成長させることができるニゴロブナの飼育方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、生育に必要とするリン要求量よりも少ないリン欠乏の飼料を用いて50日以上飼育することによって、リンが少し不足した状態でニゴロブナが飼育されることになり、これによって、排泄物中のリンの含有量が少なくなるとともに、ニゴロブナの肉質を特定の脂肪酸成分が多くなるように改善することができることを見い出した。
【0010】
本発明の請求項1に記載のニゴロブナの飼育方法は、飼料中に含有されるリンに関して生育に必要とするリン要求量(有効リンとして)よりも少ないリン欠乏の飼料を50日以上継続して投与し、リン欠乏状態でニゴロブナを飼育することを特徴とする。
【0011】
また、本発明の請求項2に記載のニゴロブナの飼育方法では、飼料中に含有されるリンの欠乏度は、前記リン要求量の50%以上、80%以下(いずれの値も有効リンとして)であることを特徴とする。
【0012】
また、本発明の請求項3に記載のニゴロブナの飼育方法では、前記リン欠乏状態で飼育する欠乏飼育期間の後に、前記リン要求量よりも少なく且つ前記欠乏飼育期間のリン投与量よりも多い準欠乏の飼料を投与して準欠乏状態で飼育する準欠乏飼育期間を設けることを特徴とする。
【0013】
また、本発明の請求項4に記載のニゴロブナの飼育方法では、前記準欠乏飼育期間に投与される飼料中に含有されるリンの欠乏度は、前記リン要求量の80%以上、100%未満(いずれの値も有効リンとして)であることを特徴とする。
【0014】
更に、本発明の請求項5に記載のニゴロブナの飼育方法では、前記準欠乏飼育期間は、前記欠乏飼育期間経過後の30日以上であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0015】
本発明の請求項1に記載のニゴロブナの飼育方法によれば、生育に必要とするリン要求量よりも少ないリン欠乏の飼料を50日以上継続して投与してリン欠乏状態でニゴロブナを飼育するので、排泄物に含有されるリンの量が少なくなり、環境にやさしくニゴロブナを飼育(養殖)することができる。また、リン欠乏状態で飼育するので、飼料のエネルギー(カロリー)がニゴロブナの蓄積エネルギーとして利用される。その結果、ニゴロフナの成長が抑制されるかわりに肉質改善が図られ、その肉質が脂肪酸成分の多いものとなるとともに、その骨が柔らかくなり、フナ寿司用のフナとして好適なものとして飼育することができる。リン欠乏飼料での飼育が50日未満であると、肉質の完全のための飼育期間が短く、肉質を脂肪酸成分の多いものに充分改善することができない。尚、リン要求量とは、生育に必要な最小限のリンの量であって、このリン要求量より少なくなるとリン欠乏症状が現れるようになり、ニゴロブナの場合、このリン要求量(要求濃度)は0.6%(飼料100g当たり有効リンとして0.6g)である。
【0016】
また、本発明の請求項2に記載のニゴロブナの飼育方法によれば、飼料中に含有されるリンの欠乏度は、リン要求量の50%以上、80%以下(いずれの値も有効リンとして)であるので、ニゴロブナの成長が抑制されるかわりに肉質改善が図られ、その肉質が脂肪酸成分の多く、骨が柔らかものに飼育することができる。リン欠乏度がリン要求量の50%未満であると、飼料中に含まれるリン量が過少となり、リン欠乏による生育障害が生じるおそれがある。また、リン欠乏度がリン要求量の80%を超えると、リン欠乏状態による飼育の効果が少なく、肉質の改善を充分に図ることができなくなる。
【0017】
また、本発明の請求項3に記載のニゴロブナの飼育方法によれば、リン欠乏状態で飼育する欠乏飼育期間の後に、準欠乏状態で飼育する準欠乏飼育期間を設け、この準欠乏飼育期間中は、リン要求量よりも少なく且つ欠乏飼育期間のリン投与量よりも多い準欠乏の飼料を投与して飼育するので、リン欠乏状態で飼育されたニゴロブナの改善された肉質を維持しながらリン欠乏状態のときよりもその成長改善を図ることができ、大きく成長させることができる。
【0018】
また、本発明の請求項4に記載のニゴロブナの飼育方法によれば、準欠乏飼育期間に投与される飼料中に含有されるリンの欠乏度は、リン要求量の80%以上、100%未満(いずれの値も有効リンとして)であるので、リン欠乏状態で飼育されたニゴロブナの改善された肉質を維持しながらリン欠乏状態のときよりもその成長を早めることができる。準欠乏飼育期間におけるリン欠乏度がリン要求量の80%未満であると、改善された肉質の維持を図ることができるが、ニゴロブナの成長が遅くなり、また準欠乏飼育期間におけるリン欠乏度がリン要求量の100%以上となると、ニゴロブナの成長は早くなるが、改善された肉質が元に戻るようになる。
【0019】
更に、本発明の請求項5に記載のニゴロブナの飼育方法によれば、準欠乏飼育期間は、欠乏飼育期間経過後の30日以上であるので、改善された肉質を維持しながらニゴロブナを充分に成長させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】ニゴロブナを飼育する飼育装置の一例を簡略的に示す簡略説明図。
【図2】ニゴロブナを飼育した後の成長率を示す図。
【図3】ニゴロブナを飼育した後の脊椎骨のリン含有率を示す図。
【図4】ニゴロブナを飼育した後の魚肉中の脂肪総量を示す図。
【図5】ニゴロブナを飼育した後の魚肉中の脂肪酸の量を示す図。
【図6】ニゴロブナを飼育した後の魚肉中のEPA及びDHAの含有量を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、添付図面を参照して、本発明に従うニゴロブナの飼育方法の一実施例について説明する。
【0022】
図1において、図示の飼育装置は水槽2を備え、この水槽2に水が収容される。この実施例では、水として水道水が用いられ、このことに関連して、水道水中の塩素成分を除去するための塩素除去装置4が設けられ、塩素除去装置4にて塩素成分が除去された水が供給流路6を通して水槽2内に送給される。また、水槽2には排水口8が設けられ、所定水位Pを超えた水が排水口8から外部に排水されるように構成されている。
【0023】
この水槽2に関連して、濾過装置10が設けられ、濾過装置10には、不純物を除去するためのフィルタ12が設けられている。水槽2の排水口8から排水された水は濾過装置10の第1室14に流れ、第1室14から第2室16に流れる際にフィルタ12によって不純物が除去される。そして、第2室16の水(即ち、不純物が除去された水)が戻し流路18を通して水槽2に戻され、この戻し流路18には、第2室16内の水を水槽2にもどすための水戻しポンプ20が配設されている。
【0024】
このように構成されているので、水槽2に送給される水は、塩素除去装置4によって塩素成分が除去され、また濾過装置10から水槽2に戻される水は、フィルタ12によって不純物が除去され、これによって、水槽2内の水をニゴロブナの飼育に適したきれいな状態に保つことができる。尚、上述した水槽2では、所定水位Pを維持するために排出口8を設けているが、このような排出口8を省略し、水槽2から溢れる水を濾過装置10に集めてフィルタ12により不純物を除去するようにしてもよい。
【0025】
飼育すべきニゴロブナ22は、このようなきれいな状態の水が収容された水槽2内で飼育される。ニゴロブナ22を飼育するためには、次のような飼料を投与して飼育するのが重要である。即ち、飼料中に含有されるリンに関し、生育に必要とするリン要求量よりも少ないリン欠乏の飼料を投与することが重要である。ニゴロブナのリン要求量(要求濃度)は0.6%程度、即ち飼料100g当たり0.6g程度のリン要求量(有効リンとして)であり、このリン要求量より少なくすることが重要であり、このようにリン要求量よりも少ないことをリン欠乏と表現する。飼料中に含有されるリンの欠乏量(欠乏度)は、リン要求量の50%(有効リンとして)以上、80%(有効リンとして)以下、即ち飼料100g当たり有効リンとして0.3g以上、0.48g以下であるのが好ましい。
【0026】
リン欠乏飼料の原料として小麦グルテン、乾燥卵白、大豆油粕、魚油、小麦粉などを含有させることができ、また飼料添加物として各種ビタミン混合物、各種ミネラル混合物などを含有させることができる。また、後の飼育実験から明らかなように、人間の健康に対して良い効果があるとされるイコサペンタエン酸(EPA)及びドコサヘキサエン酸(DHA)をリン欠乏飼料に含め、リン欠乏状態及び準欠乏状態で飼育することによって、EPA及びDHAの魚肉への蓄積を効果的に行うことができ、魚肉中の含有量を高めることができる。
【0027】
リン欠乏飼料による飼育は、50日以上継続して行うことが重要であり、60日以上継続して行うのが望ましい。リン欠乏飼料を所定期間(例えば、50日以上)継続して投与すると、ニゴロブナにリン欠乏の影響が現れ、その成長が抑制されるかわりに肉質改善が図られ、その肉質が脂肪酸成分の多いものとなるとともに、その骨が柔らかくなる。
【0028】
上述したリン欠乏飼料を投与する欠乏飼育期間の後に、準欠乏飼育期間を設けるのが好ましく、この準欠乏飼育期間を30日以上とするのが望ましい。この準欠乏飼育期間においては、上記リン要求量よりも少なく且つ欠乏飼育期間のリン投与量よりも多い準欠乏の飼料を投与してニゴロブナを低リン状態で飼育する。このように準欠乏状態で飼育するので、リン欠乏状態で飼育されたニゴロブナの改善された肉質(脂肪酸成分の多い肉質)を維持しながらリン欠乏状態のときよりもその成長を早めることができる。
【0029】
この準欠乏飼育期間に用いる飼料中に含有されるリンの欠乏量(欠乏度)は、リン要求量の80%(有効リンとして)以上、100%(有効リンとして)未満であるのが好ましく、このような低リン状態で飼育することによって、食用に適した大きさ(例えば、フナ寿司用に適したもの)となる。
[実施例及び比較例]
【0030】
本発明のニゴロブナの飼育方法の効果を確認するために、次の通りの飼育実験を行った。飼育装置として図1に示すものと同様の構成のものを用いた。水槽としてプラスチック製の丸形水槽(実質容量50リットル)を用い、2つの水槽を用いて同じようにしてニゴロブナを飼育した。水槽へ供給する水は水道水を用い、水槽に送給される前に塩素除去装置でもって水道水中の塩素成分を除去し、塩素成分を除去した水を連続的に注水する半流水式とし、また、水槽から溢れた水を濾過装置に集め、濾過装置にて不純物を除去した後に水槽に戻すようにした(日間換水率20〜50%)。飼育期間中の水温は27±1℃に保った。また、濾過槽にて原生動物などの寄生虫が繁殖するのを防止するために、紫外線ライト(20W)を濾過槽後部にて常時照射した。
【0031】
実施例では、上述した飼育条件の各水槽にニゴロブナを28尾ずつ収容して飼育実験を行った。2007年9月8日から2007年11月9日までの62日間にわたってリン欠乏飼料を投与して飼育し、給餌は1日3回飽食するまで与えた。尚、飼育実験開始前の1週間は、一般に市販されている飼料を投与して予備飼育し、実験開始時におけるニゴロブナの平均体重は3.92±1.47gであった。リン欠乏飼料は、飼料原料及び飼料添加物からなり、これらの組成は、表1の「リン欠乏飼料」に示す通りであり、これらの飼料成分のうちリンは0.175%(飼料1kg当たり総リン量として1.75g)であった。また、この「リン欠乏飼料」における各脂肪酸成分の割合(総脂肪酸当たりの割合%)は、表2の「リン欠乏飼料」に示す通りであった。
【0032】
実施例の飼育実験の終了後、飼育したニゴロブナを魚体成分分析用試料として各水槽から比較的大きく成長したものを5尾ずつサンプルとして抽出し、血抜きをした後、各個体別にビニール袋に入れて密封し、−25℃で冷凍保存し、後述する各種分析に用いた。
【0033】
【表1】

【0034】
【表2】

また、比較例では、上述した飼育条件の各水槽にニゴロブナを28尾ずつ収容して実施例と同様にして飼育実験を行った。2007年9月8日から2007年11月9日までの62日間にわたって高リン量(リン要求量よりも多い量)のリンを含む高リン飼料を投与して飼育し、給餌は1日3回飽食するまで与えた。尚、比較例においても、飼育実験開始前の1週間は、一般に市販されている飼料を投与して予備飼育し、実験開始時におけるニゴロブナの平均体重は3.92±1.47gであった。実施例と比較例とでは投与する飼料の組成が異なるのみであり、高リン飼料の組成は、表1の「高リン飼料」に示す通り、でリン含有量0.970%(飼料1kg当たり総リン量として9.70g)であった。また、この「高リン飼料」における各脂肪酸成分の割合(総脂肪酸当たりの割合%)は、表2の「高リン飼料」に示す通りであった。
【0035】
比較例の飼育実験の終了後、実施例と同様に、飼育したニゴロブナを魚体成分分析用試料として各水槽から比較的大きく成長したものを5尾ずつサンプルとして抽出し、血抜きをした後、各個体別にビニール袋に入れて密封し、−25℃で冷凍保存し、後述する各種分析に用いた。
【0036】
ニゴロブナの成長率の測定
実施例及び比較例におけるニゴロブナの成長率及び飼料効率は、次のようにして算出した。成長率(α)とは、ニゴロブナの増加重量が飼育前の体重の何倍かを示すものであり、
ニゴロブナの成長率(α)=(b−a)×100/a ・・・(1)
a:飼育前の体重 b:飼育後の体重
で示され、この式(1)を用いて算出される。また、飼料効率(β)とは、給餌した飼料1g当たりでどれだけ体重が増えたかを示すものであり、
ニゴロブナの飼料効率(β)=〔(b−a)/c〕×100 ・・・(2)
a:飼育前の体重 b:飼育後の体重 c:用いた試料の重量
で示され、この(2)式を用いて算出される。
【0037】
成長率(α)については、高リン飼料を用いた比較例(HP)のものは、表3及び図2に示すように、体重が15.7±0.03gに成長し、385.9%増加したのに対し、リン欠乏飼料を用いた実施例(LP)のものは、表3及び図2に示すように、体重が11.3±0.17gに成長し、248,5%増加し、高リン飼料を用いて飼育した場合、リン欠乏飼料を用いて飼育した場合に比して1.57倍に成長した。この結果から、リン欠乏飼料を用いてニゴロブナを飼育した場合、リン欠乏の結果としてニゴロブナの成長が抑制されることが確認できた。
【0038】
また、飼料効率については、表3に示すように、高リン飼料で飼育した場合に100.9±2.14%であるのに対し、リン欠乏飼料で飼育した場合に83.3±2.44%であり、高リン飼料を用いて飼育した場合、リン欠乏を用いて飼育した場合に比して1.21倍の飼料効率を示した。尚、この飼育実験中、リン欠乏が原因と考えられる斃死は見られなかった。
【0039】
【表3】

ニゴロブナの骨格中のリン濃度の測定
実施例及び比較例におけるニゴロブナの骨格中のリン濃度の測定は、モリブデンブルー法により測定した。測定操作方法は、次の通りに行った。骨格の分離は、冷凍保存されたニゴロブナの魚体をビニール袋に入れたまま自然解凍し、魚体を三枚におろして、骨格部(脊椎)及び可食部(フィレー)に分けた後、骨格部を80〜90℃の熱湯で約2分加熱した。加熱後、水道水で流しながら丁寧に筋肉を除去し、骨格を分離し、分離した骨格を室温で風乾させた。
【0040】
その後、脊椎骨の一部(約20mg)を試料ビン(20ml容ガラスバイアル)に入れ、電気乾燥機を用いて105℃で30分乾燥させた。乾燥後に、メタノール及びクロロホルムを1対1で混合した溶液で2回洗浄し、再び電気乾燥機を用いて105℃で24時間乾燥させた。乾燥後、処理した脊椎を秤量し、電気炉を用いて550℃で12時間加熱して灰化した。
【0041】
灰化した骨の重量を測定した後に、ドラフト内で濃硝酸(HNO)0.5ml、濃塩酸(HCl)0.5mlを加えて攪拌した。そして、6時間放置した後に、全体で20mlとなるように蒸留水を加えて測定試料を準備した。
【0042】
このようにして測定試料をつくった後、この測定試料0.05mlに12%のトリクロロ酢酸を加えて攪拌した。攪拌後に、発色液を1ml加え、再び攪拌し、分光光度計(BECKMAN社製、型式:DU−68)で吸光度を波長660nmで測定した。
【0043】
発色液は、蒸留水3.91mlに濃硫酸(HSO)1.09mlを加え、更にモリブデン酸アンモニウム四水和物((NHMo24・4HO)を0.5g溶かした後に、蒸留水を30mlを加えて攪拌した。この攪拌後、更に、硫化鉄七水和物(FeSO・7HO)を2.5g添加し、全体量が50mlとなるように蒸留水を加えて発色液をつくった。この発色液は、使用直前(測定当日)に調整した。
【0044】
また、飼料中のリン濃度についても、飼料約130mgを使用し、骨格分析と同様の手順でもって分析した。
【0045】
実施例及び比較例のニゴロブナの骨格(脊椎)のリン濃度は、表3及び図3に示す通りであり、リン欠乏飼料を用いた実施例(LP)のものでは、5.02±0.53%であるのに対し、高リン飼料を用いた比較例(HP)のものでは、10.02±0.31%であり、骨格のリン濃度は飼料中のリン濃度を反映したものとなった。骨格灰分量についても、表3に示すように、リン欠乏飼料を用いた実施例(LP)ものでは、39.4±1.43%であるのに対し、高リン飼料を用いた比較例(HP)のものでは、49.8±1.28%であった。骨格灰分とは、骨格を焼いたときに残る灰のことであり、この灰分は骨格中の無機質(リン、カルシウムなど)のおおよその量を示すものである。この灰分量の結果は、実施例及び比較例のものの骨格中のリン濃度を反映したものとなり、リン欠乏飼料を用いた実施例のものは、高リン飼料を用いた比較例に比して少なかった。
【0046】
リン欠乏飼料を用いた実施例のものでは、口部に奇形のあるものが見られ、更に、骨格(脊椎骨)が柔らかく感じられた。これは、成長過程でリン欠乏の結果、骨格形成が不充分であったためであると考えられる。
【0047】
ニゴロブナの脂質量の測定
実施例及び比較例におけるニゴロブナの可食部(フィレー)中の脂質量の測定は、メタノール・クロロホルム法を用いた。分析操作は、次の通りに行った。ニゴロブナの可食部をミキサー(商品名:マルチシェフ、型番:MC−200DZ)でミンチ状にし、分析に供するまでビニール袋に入れて冷凍保存した。脂質抽出の際には、室温(約20℃)で自然解凍し、測定すべき可食部(ミンチ状にした可食部)4gにメタノール(CHOH)8mlとクロロホルム(CHCl)とを加え、ホモジナイザー(井内盛栄堂社製、型番:CM−200)で3分間ホモジナイズした。その後、クロロホルム4mlを加えて3分間ホモジナイズし、更に蒸留水4mlを加えて3分間ホモジナイズした。
【0048】
このようにホモジナイズした後、その全量を漏斗(Buchner funnel)と濾紙(キムワイプで代用)で濾過し、漏斗上の残渣にクロロホルムを6ml加え、3分間ホモジナイズした後に再度濾過した。そして、漏斗上の残渣をビーカの底面で圧縮し、濾液をできるかぎり回収した。回収した濾液をよく混合し、約5℃の低温で15分間静置し、上層と下層とを分離した(このとき、使用したガラスチューブに全量が分かるように印を付けた)。
【0049】
分離した上層は、パスツールピペットを用いて取り除き、クロロホルム5〜6ml、メタノール100ml及び0.1M塩化カリウム(KCl)100mlを混合した溶液を、上述したガラスチューブに印を付けたレベルまで加え、攪拌して再度上層と下層に分離し、分離した上層を除去した後に、下層(クロロホルム層)を−25℃で保存した。
【0050】
このようにしてつくった測定試料(下層の一部)5mlをガラスバイアルに取り、ドラフト内で乾燥し、更に電気乾燥機を用いて105℃で12時間乾燥し、この乾燥後に残った脂肪量を秤量した。この測定飼料5ml中の脂肪量をもとに、下層総量を乗じて魚肉4g中の総脂質量を算出した。
【0051】
飼料中の脂質の抽出は、飼料1.5gに蒸留水2.5mlを加えて全体重量4gとし、水分含量を調節してから、実施例及び比較例における可食部の脂質抽出と同様の操作手順で行った。尚、この脂質量の測定で用いたクロロホルムは、酸化防止剤としてジブチルヒドロキシトルエン(BHT)を100ppm添加したものを使用した。
【0052】
実施例及び比較例のニゴロブナの魚肉中の脂質含有量は、表3及び図4に示す通りであり、リン欠乏飼料を用いた実施例(LP)のものでは、3.86±0.39%であるのに対し、高リン飼料を用いた比較例(HP)のものでは、2.32±0.35%であり、実施例のものの脂質含有量は比較例のものに比して1.66倍と高い値であった。これは、リン欠乏飼料を用いた飼育の場合、その成長が抑制される代わりに、飼料のエネルギーが蓄積エネルギーとして使われて肉質の改善が図られ、その肉質が脂質(脂肪酸成分)の多いものになったと考えられる。
【0053】
尚、実施例及び比較例で使用したリン欠乏飼料(LP)及び高リン飼料(HP)に含まれる脂質成分は、21,03%であった(表1参照)。
【0054】
ニゴロブナの脂肪酸成分の測定
実施例及び比較例におけるニゴロブナから抽出した脂質(脂肪酸成分)について、脂肪酸分析を行った。まず、脂質量の測定において、ブライ・ダイアー(Bligh&Dyer)法で抽出したクロロホルム層(下層)1.5mlを試料ビン(5ml容ガラスバイアル)に取り、無水硫酸ナトリウム(NaSO)を加えて脱水した。そして、脱水した試料を試料ビン(15ml容スクリュートップガラスバイアル)に0.93ml取り、メタノール16ml、クロロホルム12ml及び濃硫酸3mlを混合した試薬(10サンプル分)を3.1mlを加えて攪拌した。この攪拌後、キャップを閉めて95℃で1時間加熱し、脂肪酸をメチルエステル化した。加熱後に冷却し、蒸留水を1ml加え、激しく攪拌後に、1500rpmで5分間遠心分離した。
【0055】
遠心分離後に、上層をパスツールピペットで取り除き、下層を無水硫酸ナトリウムで脱水して測定試料をつくり、この測定試料〔脱水した下層(クロロホルム層)〕の一部(1μl)を分析に供した。
【0056】
測定試料の脂肪酸組成は、ガスクロマトグラフ(GLC)を用いて分析した。ガスクロマトグラフは、株式会社島津製作所製のガスクロマトグラフ(型番GC−14B型)を用い、検出は水素炎イオン化検出器(FID)を用いた。カラムは、脂肪酸分析用キャピラリーカラム〔米国 J&W Scientific社製、型式:DB23、15m(長さ)×0,53mm(内径)×0.5μm(膜厚)〕を用いた。分析条件は、昇温分析を使用した。設定温度は、初期温度130℃、初期温度保持時間は1分間、昇温レートは6.5℃/分、最終温度は205℃、最終温度保持時間は1分間、インジェクター温度は230℃、ディテクター温度は240℃、ヘリウムガス圧力は40kpa、水素ガス圧力は65kpaであった。
【0057】
各脂肪酸量の算出については、ブライ・ダイアー法で抽出したクロロホルム層を脱水し、この脱水したもの0.93mlに、標準物質として1200ppmのペンタデカン酸を50μl加えた。各脂肪酸量は、ガスクロマトグラフにより導き出された各脂肪酸のピーク面積の比率と、標準物質の量をもとに算出した。
【0058】
実施例及び比較例のニゴロブナの魚肉中の脂質の脂肪酸組成は、表4及び図5に示す通りであり、表2に示す各飼料、即ちリン欠乏飼料(LP)及び高リン飼料(HP)の脂肪酸組成を反映する結果となった。
【0059】
【表4】

また、人間の健康に対して良い効果があるとされるイコサペンタエン酸(EPA)及びドコサヘキサエン酸(DHA)についても、表4、図5及び図6から明らかなように、ニゴロブナの魚体内に蓄積されるが、EPAの魚体内への蓄積については、リン欠乏飼料を用いた実施例(LP)のものでは、220.19mg/魚肉100gであるのに対し、高リン飼料を用いた比較例(HP)のものでは、134.56mg/魚肉100gであり、実施例におけるEPAの魚体内への蓄積量は比較例に比して1.64倍と高く、またDHAの魚体内への蓄積については、リン欠乏飼料を用いた実施例(LP)のものでは、372.63mg/魚肉100gであるのに対し、高リン飼料を用いた比較例(HP)のものでは、290.05mg/魚肉100gであり、実施例におけるDHAの魚体内への蓄積量は比較例に比して1.28倍であった。この結果から、EPA及びDHAについては、ニゴロブナをリン欠乏状態で飼育することによって、より効果的に魚肉内に蓄積させることできることが判った。
【符号の説明】
【0060】
2 水槽
4 塩素除去装置
10 濾過装置
12 フィルタ
20 水戻しポンプ
22 ニゴロブナ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
飼料中に含有されるリンに関して生育に必要とするリン要求量よりも少ないリン欠乏の飼料を50日以上継続して投与し、リン欠乏状態でニゴロブナを飼育することを特徴とするニゴロブナの飼育方法。
【請求項2】
飼料中に含有されるリンのリンの欠乏度は、前記リン要求量の50%以上、80%以下であることを特徴とする請求項1に記載のニゴロブナの飼育方法。
【請求項3】
前記リン欠乏状態で飼育する欠乏飼育期間の後に、前記リン要求量よりも少なく且つ前記欠乏飼育期間のリン投与量よりも多い準欠乏の飼料を投与して準欠乏状態で飼育する準欠乏飼育期間を設けることを特徴とする請求項1又は2に記載のニゴロブナの飼育方法。
【請求項4】
前記準欠乏飼育期間に投与される飼料中に含有されるリンの欠乏度は、前記リン要求量の80%以上、100%未満であることを特徴とする請求項3に記載のニゴロブナの飼育方法。
【請求項5】
前記準欠乏飼育期間は、前記欠乏飼育期間経過後の30日以上であることを特徴とする請求項3又は4に記載のニゴロブナの飼育方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2011−24498(P2011−24498A)
【公開日】平成23年2月10日(2011.2.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−174574(P2009−174574)
【出願日】平成21年7月27日(2009.7.27)
【出願人】(506158197)公立大学法人 滋賀県立大学 (29)
【Fターム(参考)】