説明

ブレーキシリンダ用ピストン

【課題】ブレーキシリンダ用ピストンのピストンベースへの伝熱が極力抑制され、かつ、過熱状態でもシール部のシリンダとピストンベースとの嵌合関係が極めて安定するように、ピストンの構造を工夫すること。
【解決手段】ピストンベース側部2bの外周の環状溝にシールRを嵌め込み、これをシリンダ1内面に圧接させたブレーキシリンダ用ピストンであって、ピストンが、パッド側部2aとピストンベース側部2bとに分割されたもので、パッド側部2aとピストンベース側部2bとが結合された複合構造であり、パッド側部2aとピストンベース側部2bとの上記結合が圧入嵌合であり、パッド側部2aは耐熱性が高く、熱伝導率が低い材料で構成されたもので、かつピストンベース側部2bはシリンダ1と線膨張係数が同等の材料で構成されている、ブレーキシリンダ用ピストン。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、ブレーキシリンダ用ピストンに関するものであり、過酷な熱的条件の下で高い性能を発揮することが求められるブレーキシリンダ用ピストンに関するものであって、熱的に極めて厳しい条件下でも、安定して高いブレーキ性能を発揮することができるものである。
【背景技術】
【0002】
ブレーキシリンダ用ピストンは、そのピストンとシリンダ内面との間はシールが配されていて、シールを弾性変形させながらブレーキオイルの作動圧力によって押し出され、シールを弾性復元作用(ロールバック)によって非作動位置に戻されるという動作を繰り返すものであり、ブレーキ面の摩擦熱を受けてピストンは高温に過熱される。過酷な作動状況下でも高いブレーキ性能が安定的に保持されるためには、ブレーキパッドの摩擦特性が保持されるべきは勿論であるが、このような条件下でもシールによる密封機能、ロールバック機能が確実に保全されなければならない。そのために、耐熱強度の高い金属部材と断熱性の高い合成樹脂材とによる複合構造にしたものが公知である(特開平7−77230号公報)。これは、図4、図5に示す構造を有し、ブレーキパッド側部を耐熱強度の高い金属部材による第1部材11とし、ピストンベース側部(ブレーキパッドから遠い側)を断熱性の高い合成樹脂材による第2部材12とし、シリンダ13の内面の環状溝に嵌め込まれたシール14を上記第1部材11の摺動部11aに圧接させたものである。
【0003】
また、公知ではないが、ピストンベース側の外周に環状溝を設け、これにシールを嵌め込み、ブレーキパッド側を多孔にしてピストンベース側への伝熱を抑制するものが考案されている。このものは図6に示す構造を有するものであり、ピストン20は複合構造ではなく、ブレーキパッド側21に多数の孔22を設けてこれを多孔材にし(伝熱性を低減)、また、そのピストンベース側外周の環状溝23にシールを嵌め込んでこれをシリンダ内面に圧接させる構造にして、これにより、ブレーキパッドの熱によるシールの過熱を抑制するとともに、ブレーキシリンダ組み立て工程におけるシールの装着を著しく容易、簡単にしたものである。
【0004】
自動車用ブレーキシリンダのピストンについては、ブレーキ作動油側への伝熱が抑制されること、過熱状態でもシリンダとピストンとのシール部での嵌合関係が安定して高いシール特性が維持されることが求められる。上記従来技術ではこの両方の要求に応えるのは困難であり、殊に、過酷な熱的条件下で使用される場合は極めて困難である。他方、過熱状態でのピストンとシリンダとのシール部での嵌合関係の安定性が保たれないと、ブレーキ作動油の液量と引き摺り特性が安定せず、ブレーキ特性が不安定になる危険性が増大する。
【特許文献1】特開平7−77230号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
この発明の課題は、上記要求に応えるために、ブレーキシリンダ用ピストンのピストンベースへの伝熱が極力抑制され、かつ、過熱状態でもシリンダとピストンベースとのシール部での嵌合関係が極めて安定するように、ピストンの構造を工夫することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決するための手段は、ピストンベース側部の外周の環状溝にシールを嵌め込み、これをシリンダ内面に圧接させたブレーキシリンダ用ピストンについて、次の(イ)〜(ハ)によって構成されるものである。
(イ)ピストンが、パッド側部とピストンベース側部とに分割されたもので、パッド側部とピストンベース側部とが結合された複合構造であること、
(ロ)パッド側部とピストンベース側部との上記結合が圧入嵌合であること、
(ハ)パッド側部は耐熱性が高く、熱伝導率が低い材料で構成されたもので、かつピストンベース側部はシリンダと線膨張係数が同等の材料で構成されたものであること。
【0007】
〔実施態様1〕
実施態様1は、パッド側部が、ステンレス鋼材製、チタン合金製、合成樹脂製のいずれかであることである。
〔実施態様2〕
実施態様2は、シリンダがアルミ合金製であってピストンのピストンベース側部がアルミ合金製であることである。
〔実施態様3〕
実施態様3は、締め代による圧入嵌合で結合されたパッド側部とピストンベース側部とが複数のねじでも固着されていることである。
【発明の効果】
【0008】
ピストンが、パッド側部とピストンベース側部とに分割されたものであり、パッド側部とピストンベース側部とが結合された複合構造であり、パッド側部とピストンベース側部とが圧入嵌合で結合されるのであるから、パッド側部とピストンベース側部の材料選択の自由度が高い。
したがって、パッド側部を耐熱性が高く、伝熱性が低いものとして構成することが容易であり、ピストンベース側部をシリンダと線膨張係数が同等な材料で構成することができる。
【0009】
パッド側部は、耐熱性が高く、熱伝導率が低い材料で構成されているので、過熱状態でもパッド側部の強度は保全され、かつピストンベース側部への過熱が可及的に抑制される。そして、ピストンベース側部をシリンダと線膨張係数が同等の材料で構成しているので、ピストンベース側部とシリンダに介在しているシール部の嵌合部分において、高温となってもそれぞれ同じ量だけ膨脹するのでシリンダ半径方向の締め代が変化せず、熱的影響が可及的に抑制され、その嵌合関係は、仮に過熱された状態においても格別の変化はなく極めて安定し、このピストンベース側部をシリンダとの嵌合部に介在しているシールのロールバック(シールによるピストンに対する引き戻し作用)は安定する。
したがって、熱的に過酷な条件下にあっても、ブレーキ特性(液量、引き摺り)が安定し、高いブレーキ力が発揮される。
また、実施態様3によれば、圧入嵌合で結合されたパッド側部とピストンベース側部とが複数のねじでも固着されているので、パッド側部とピストンベース側部との固着関係は一層強化され、かつその結合は安定する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
次いで、図面を参照しながら、実施例を説明する。
この実施例のキャリパはアルミ合金(A6061)製であり、したがって、シリンダ1は同アルミ合金製である。ピストン2はピストンベース側の外周に設けた環状溝に弾性シールRを装着した形式のものであり、互いに別体別材の円筒状のパッド側部2aとカップ型のピストンベース側部2bとからなる複合型である。そして、パッド側部2aの右端小径部をピストンベース側部2bの内側に圧入嵌合(嵌合の長さ4mm)させ、半径方向に六角穴付止めねじ3をねじ込んで固着している。パッド側部2aは熱伝導率が極めて低いチタン合金製であり、ピストンベース側部2bはシリンダ1と同じアルミ合金製(A6061)である。ピストン2の外径は31mmであり、その全長は34mmであり、パッド側部2aの長さは23mmである(図1参照)。
【0011】
因みにアルミ合金の熱伝導率は170W/mKであるのに対してチタン合金の熱伝導率は7.5W/mKである。
なお、シリンダ1とピストンベース側部2bは、ともにアルミ合金製であり、その線膨張係数は(19〜24)×10-6で等しい。
また、パッド側部2aの材料はステンレス鋼でもよく、この熱伝導率は16W/mKである。
上記実施例と同形状のチタン合金製の一体型ピストン(比較例)とについて、液量変化によるシール特性比較試験を行った。その結果は図2に示すとおりである。
【0012】
図2におけるデータAは、常温における実施例、及び比較例を、ブレーキ作動圧を横軸、ピストンストローク(液量)を縦軸とするシール特性を示す。データBは作動温度200℃における実施例のシール特性を示し、データCは作動温度200℃における比較例のシール特性を示している。この実施例における液量増加率は10%以下であり、比較例における液量増加率が40%よりも少し少ない程度であることが明らかで、この実施例は作動温度200℃でもシール特性が極めて安定的であることがわかる。
シリンダが鋳鉄の場合はピストンベース側部を線膨張係数がこれと同一または同等の材料で構成することになるが、パッド側部とピストンベース側部との一体化結合手段は圧入嵌合を基本とするものであるから、両者の材質の如何に関わらず、パッド側部とピストンベース側部との結合は確実である。
【0013】
図3に示すものは他の具体例であり、そのパッド側部2aはステンレス鋼(SUS304)製で、当該パッド側部2aの端部に多数の孔2cを設けて多孔材にし、これによって伝熱性の抑制効果を高めた例であり、また、パッド側部2aとピストンベース側部2bの嵌合部は六角穴付止めねじ3でさらに強固に固着されている。
尚、本内容はピストンベース側部にシールが嵌め込まれた例を示しているが、シリンダ側にシールが嵌め込まれていてもシリンダとピストンのパッド側部を同等の線膨張係数の材料で構成することで、同様の効果を得ることは言うまでもない。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】は、実施例の断面図。
【図2】は、実施例と比較例とのシール特性結果を示すグラフ。
【図3】は、実施例の変形例の断面図。
【図4】は、従来例の断面図。
【図5】は、従来例を用いたブレーキ装置の断面図。
【図6】(a)は、先行技術によるピストンの側面図、(b)は断面図。
【符号の説明】
【0015】
1・・・シリンダ
2・・・ピストン
2a・・・パッド側部
2b・・・ピストンベース側部
3・・・六角穴付止めねじ
R・・・シール

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ピストンベース側部の外周の環状溝にシールを嵌め込み、これをシリンダ内面に圧接させたブレーキシリンダ用ピストンであって、
ピストンが、パッド側部とピストンベース側部からなる複合構造であり、
ピストンベース側部はシリンダと線膨張係数が同等の材料で構成されている、ブレーキシリンダ用ピストン。
【請求項2】
パッド側部とピストンベース側部は分割されたものであって、それらは圧入嵌合によって結合された請求項1のブレーキシリンダ用ピストン。
【請求項3】
圧入嵌合で結合されたパッド側部とピストンベース側部とが複数のねじでも固着されている、請求項2のブレーキシリンダ用ピストン。
【請求項4】
上記ピストンのパッド側部がステンレス鋼材製、チタン合金製、合成樹脂製のいずれかである、請求項1ないし3のブレーキシリンダ用ピストン。
【請求項5】
シリンダがアルミ合金製であってピストンのピストンベース側部がアルミ合金製である、請求項1ないし4のブレーキシリンダ用ピストン。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2006−275120(P2006−275120A)
【公開日】平成18年10月12日(2006.10.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−93084(P2005−93084)
【出願日】平成17年3月28日(2005.3.28)
【出願人】(000000516)曙ブレーキ工業株式会社 (621)
【Fターム(参考)】