説明

ブレーキ装置

【課題】 車輪の制動力を、制動に伴う発熱の影響を抑制しながら精度良く制御する。
【解決手段】 左右の後輪にそれぞれ設けたディスクブレーキ装置18,19およびドラムブレーキ装置71,72のうち、ディスクブレーキ装置18,19を運転者のブレーキ操作により作動するマスタシリンダ11が発生するブレーキ液圧で作動させ、ドラムブレーキ装置71,72を電気的に作動するスレーブシリンダ23が発生するブレーキ液圧で作動させるので、両ブレーキ装置の両方あるいは片方を作動させることで制動力の大きさを種々に制御することができる。このときディスクブレーキ装置18,19がマスタシリンダ11が発生したブレーキ液圧で作動して発熱しても、ドラムブレーキ装置71,72は前記発熱の影響を受けないため、スレーブシリンダ23が発生したブレーキ液圧で制動力を精度良く制御することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、一つの車輪にディスクブレーキ装置およびドラムブレーキ装置の両方を備えたブレーキ装置に関する。
【背景技術】
【0002】
運転者によるブレーキペダルの操作により作動するマスタシリンダと各車輪に設けたホイールシリンダとの間に、液圧ポンプ、リザーバ、インバルブ、アウトバルブ等よりなるブレーキ液圧制御装置を配置し、マスタシリンダからのブレーキ液圧で制動を行っている状態でブレーキ液圧制御装置により各車輪のホイールシリンダに伝達するブレーキ液圧を個別に制御することで、車輪のロックを抑制するABS(アンチロック・ブレーキ・システム)機能と、ブレーキ液圧制御装置が発生するブレーキ液圧で左右の車輪に制動力差を持たせて車両のヨーモーメントを制御するVAS(ビークル・スタビリティ・アシスト)機能とを発揮させるものが、下記特許文献1により公知である。
【特許文献1】特開2005−178459号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
ところで上記従来のものは、マスタシリンダが発生したブレーキ液圧による通常の制動と、車両のヨーモーメントを制御するVSAのための制動とが、同じディスクブレーキ装置のホイールシリンダの作動により発生するので、前記通常の制動による発熱でディスクブレーキ装置が温度上昇した状態では、ブレーキ液圧制御装置が発生したブレーキ液圧でVSAのための制動力を精度良く制御するのが困難になる問題がある。
【0004】
本発明は前述の事情に鑑みてなされたもので、車輪の制動力を、制動に伴う発熱の影響を抑制しながら精度良く制御することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記目的を達成するために、請求項1に記載された発明によれば、少なくとも左右一対の車輪のそれぞれにディスクブレーキ装置およびドラムブレーキ装置を設け、前記ディスクブレーキ装置および前記ドラムブレーキ装置のうち、一方を運転者のブレーキ操作により作動するマスタシリンダが発生するブレーキ液圧で作動させるとともに、他方を電気的に作動するスレーブシリンダが発生するブレーキ液圧で作動させることを特徴とするブレーキ装置が提案される。
【0006】
また請求項2に記載された発明によれば、請求項1の構成に加えて、前記ドラムブレーキ装置を前記スレーブシリンダが発生するブレーキ液圧で作動させることを特徴とするブレーキ装置が提案される。
【発明の効果】
【0007】
請求項1の構成によれば、左右一対の車輪にそれぞれ設けたディスクブレーキ装置およびドラムブレーキ装置のうち、一方を運転者のブレーキ操作により作動するマスタシリンダが発生するブレーキ液圧で作動させ、他方を電気的に作動するスレーブシリンダが発生するブレーキ液圧で作動させるので、両ブレーキ装置の両方あるいは片方を作動させることで制動力の大きさを種々に制御することができる。このとき前記一方のブレーキ装置がマスタシリンダが発生したブレーキ液圧で作動して発熱しても、前記他方のブレーキ装置は前記発熱の影響を受けないため、スレーブシリンダが発生したブレーキ液圧で制動力を精度良く制御することができる。
【0008】
また請求項2の構成によれば、ディスクブレーキ装置およびドラムブレーキ装置のうち、ドラムブレーキ装置をスレーブシリンダが発生するブレーキ液圧で作動させるので、ディスクブレーキ装置のブレーキパッドのパッドクリアランスを大きく設定して引き擦りを防止したためにディスクブレーキ装置の応答性が低下しても、スレーブシリンダが発生するブレーキ液圧で作動するドラムブレーキ装置をディスクブレーキ装置に先行して作動させることで、高い応答性を確保することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
以下、本発明の実施の形態を添付の図面に基づいて説明する。
【0010】
図1および図2は本発明の実施の形態を示すもので、図1は車両用ブレーキ装置の液圧回路図、図2はスレーブシリンダの構造を示す図である。
【0011】
図1に示すように、タンデム型のマスタシリンダ11は、運転者がブレーキペダル12を踏む踏力に応じたブレーキ液圧を出力する二つの第1液圧室13A,13Bを備えており、一方の第1液圧室13Aは液路Pa,Pd,Peを介して例えば左右の前輪のディスクブレーキ装置14,15のホイールシリンダ16,17に接続されるとともに、他方の第1液圧室13Bは液路Qa,Qd,Qeを介して例えば左右の後輪のディスクブレーキ装置18,19のホイールシリンダ20,21に接続される。
【0012】
液路Pa,Qaと液路Pd,Pe;Qd,Qeとの間に配置されるブレーキ液圧制御装置24は、各車輪のスリップを抑制して制動時の停止距離を短縮するためのABS(アンチロック・ブレーキ・システム)機能と、左右の車輪の制動力に差を発生させることで車両の操縦安定性を高めるためのVSA(ビークル・スタビリティ・アシスト)機能とを備えている。このブレーキ液圧制御装置24は、左右の前輪のディスクブレーキ装置14,15の系統と、左右の後輪のディスクブレーキ装置18,19の系統とに同じ構造のものが設けられる。
【0013】
以下、その代表として左右の後輪のディスクブレーキ装置18,19の系統について説明すると、液路Qaと液路Qd,Qeとの間に一対の常開型電磁弁よりなるインバルブ42,42が配置され、インバルブ42,42の下流側の液路Qd,Qeとリザーバ43との間に一対の常閉型電磁弁よりなるアウトバルブ44,44が配置される。リザーバ43と液路Qaとの間に、一対のチェックバルブ45,46に挟まれた液圧ポンプ47が配置されており、この液圧ポンプ47は電動モータ48により駆動される。
【0014】
更に液路Qaが液路Qd,Qeに分岐する手前位置に、開度を任意に制御可能な常開型電磁弁よりなるレギュレータバルブ61が配置される。またチェックバルブ45に対して直列にチェックバルブ62が配置されており、チェックバルブ45とチェックバルブ62との間から分岐して前記レギュレータバルブ61の上流側の液路Qaに連なる液路Qfに、常閉型電磁弁よりなるサクションバルブ63が配置される。
【0015】
また左右の後輪には前記ディスクブレーキ装置18,19に加えてドラムブレーキ装置71,72が設けられており、それらのドラムブレーキ装置71,72のホイールシリンダ73,74にはスレーブシリンダ23からブレーキ液圧が供給される。
【0016】
図2から明らかなように、スレーブシリンダ23のアクチュエータ51は、電動モータ52の回転軸に設けた駆動ベベルギヤ53と、駆動ベベルギヤ53に噛合する従動ベベルギヤ54と、従動ベベルギヤ54により作動するボールねじ機構55とを備える。アクチュエータハウジング56に一対のボールベアリング57,57を介してスリーブ58が回転自在に支持されており、このスリーブ58の内周に出力軸59が同軸に配置されるとともに、その外周に従動ベベルギヤ54が固定される。
【0017】
スレーブシリンダ23のシリンダ本体36の内部に一対のリターンスプリング37A,37Bで後退方向に付勢された一対のピストン38A,38Bが摺動自在に配置されており、ピストン38A,38Bの前面に一対の第2液圧室39A,39Bが区画される。後側のピストン38Aの後端に前記出力軸59の前端が当接する。リザーバ75が液路Ra、ポート40A、一方の第2液圧室39A、ポート41Aおよび液路Rb,Rcを介してホイールシリンダ73に連通し、またリザーバ75が液路Rd、ポート40B、他方の第2液圧室39B、ポート41Bおよび液路Re,Rfを介してホイールシリンダ74に連通する。
【0018】
更に、液路Pbと液路Rcとの間に常開型電磁弁よりなる開閉弁25Aが配置され、また液路Rdと液路Reとの間に常開型電磁弁よりなる開閉弁25Bが配置される。
【0019】
次に、上記構成を備えた本発明の実施の形態の作用について説明する。
【0020】
運転者がブレーキペダル12を踏むと、マスタシリンダ11の第1液圧室13A,13Bにおいて発生したブレーキ液圧は、ブレーキ液圧制御装置24の開弁したレギュレータバルブ61,61およびインバルブ42,42を介して各車輪のディスクブレーキ装置14,15,18,19のホイールシリンダ16,17;20,21に伝達され、ブレーキペダル12の踏力に応じた制動力を発生させることができる。
【0021】
上述した運転者がブレーキペダル12を踏んでの制動中に、車輪速センサSa…の出力に基づいて何れかの車輪のスリップ率が増加してロック傾向になったことが検出されると、ブレーキ液圧制御装置24を作動させて車輪のロックを防止するABS機能が発揮される。
【0022】
即ち、所定の車輪がロック傾向になると、その車輪のディスクブレーキ装置のホイールシリンダに連なるインバルブ42を閉弁してマスタシリンダ11からのブレーキ液圧の伝達を遮断した状態で、アウトバルブ44を開弁してホイールシリンダのブレーキ液圧をリザーバ43に逃がす減圧作用と、それに続いてアウトバルブ44を閉弁してホイールシリンダのブレーキ液圧を保持する保持作用とを行うことで、車輪がロックしないように制動力を低下させる。
【0023】
その結果、車輪速度が回復してスリップ率が低下すると、インバルブ42を開弁してホイールシリンダのブレーキ液圧が増加させる増圧作用を行うことで、車輪の制動力を増加させる。この増圧作用により車輪が再びロック傾向になると、前記減圧、保持、増圧を再び実行し、その繰り返しにより車輪のロックを抑制しながら最大限の制動力を発生させることができる。その間にリザーバ43に流入したブレーキ液は、液圧ポンプ47により上流側の液路Pa,Qaに戻される。
【0024】
次に、VSA制御時の作用を説明する。車両の旋回時にオーバーステア傾向になった場合には、旋回外輪のホイールシリンダを作動させてオーバーステアを抑制するヨーモーメントを発生させ、車両の旋回時にアンダーステア傾向になった場合には、旋回内輪のホイールシリンダを作動させてアンダーステアを抑制するヨーモーメントを発生させるべく、左右の車輪のホイールシリンダの制動力が個別に制御可能である。
【0025】
即ち、サクションバルブ63,63を励磁して開弁した状態で液圧ポンプ47,47を作動させると、マスタシリンダ11のリザーバからブレーキ液がサクションバルブ63,63介して吸引され、インバルブ42…の上流側にブレーキ液圧を発生させる。このブレーキ液圧は、レギュレータバルブ61,61を励磁して所定の開度に制御することで、所定の大きさに調圧される。
【0026】
この状態で、制動する必要がない車輪に対応するインバルブ42を閉弁してホイールシリンダにブレーキ液圧が伝達しないようにしながら、制動する必要がある車輪に対応するインバルブ42を開弁してホイールシリンダにブレーキ液圧を伝達することで、そのホイールシリンダを作動させて制動力を発生させることができる。ホイールシリンダに伝達されるブレーキ液圧の増圧・減圧・保持の制御は、ABS制御の場合と同じようにインバルブ42およびアウトバルブ44の開閉により行われる。
【0027】
このように、VSA制御で左右一方の車輪だけを制動することで、任意の方向のヨーモーメントを発生させて車両の操縦安定性を高めることができる。
【0028】
更に、スレーブシリンダ23は、運転者によるブレーキペダル12の操作から独立して、後輪のドラムブレーキ装置71,72のホイールシリンダ73,74を作動させることができる。
【0029】
例えば、上述したディスクブレーキ装置14,15;18,19による制動力だけでは不足する場合、スレーブシリンダ23が発生するブレーキ液圧で作動するドラムブレーキ装置71,72が補助的な制動力を発生する。
【0030】
即ち、電動モータ52を一方向に駆動すると、駆動ベベルギヤ53、従動ベベルギヤ54およびボールねじ機構55を介して出力軸59が前進することで、出力軸59に押圧された一対のピストン38A,38Bが前進する。ピストン38A,38Bが前進を開始した直後に液路Ra,Rbに連なるポート40A,40Bが閉塞されるため、第2液圧室39A,39Bにブレーキ液圧が発生する。このブレーキ液圧は開弁状態にある開閉弁25A,25Bを介してドラムブレーキ装置71,72のホイールシリンダ73,74に伝達され、左右の後輪を制動する。
【0031】
このスレーブシリンダ23による制動力は運転者がブレーキペダル12を踏まなくても発生可能であるため、渋滞時に自車を先行車に自動的に追従走行させる渋滞追従システムにおける制動力の発生に好適に使用可能である。
【0032】
上述したディスクブレーキ装置14,15;18,19によるVSA制御だけでは発生するヨーモーメントが不足する場合、スレーブシリンダ23が発生するブレーキ液圧で左右のドラムブレーキ装置71,72の一方を作動させることで、ヨーモーメントの不足分を補うことができる。この場合、スレーブシリンダ23と左右のドラムブレーキ装置71,72との間の二つの開閉弁25A,25Bの一方だけを開弁することで、左右のドラムブレーキ装置71,72の一方だけを作動させて任意の大きさのヨーモーメントを発生させることができる。
【0033】
以上のように、マスタシリンダ11が発生するブレーキ液圧で作動するディスクブレーキ装置18,19と、スレーブシリンダ23が発生するブレーキ液圧で作動するドラムブレーキ装置71,72とは相互間の熱的影響を受けないため、運転者の制動操作により作動するディスクブレーキ装置18,19が温度上昇しても、その影響を受けないドラムブレーキ装置71,72に目標とする制動力を精度良く発生させることができる。
【0034】
またディスクブレーキ装置14,15;18,19の引き擦りを防止すべくブレーキパッドのパッドクリアランスを大きめに設定すると、制動力発生の応答性が低下する問題があるが、スレーブシリンダ23が発生するブレーキ液圧で作動するドラムブレーキ装置71,72は高い応答性を有するため、ディスクブレーキ装置14,15;18,19およびドラムブレーキ装置71,72を併用することで、ディスクブレーキ装置14,15;18,19の引き擦りを防止しながら高い応答性を確保することができる。
【0035】
従って、VSA制御の開始時にドラムブレーキ装置71,72を作動させれば、VSA制御の応答性を高めることも可能である。
【0036】
以上、本発明の実施の形態を説明したが、本発明はその要旨を逸脱しない範囲で種々の設計変更を行うことが可能である。
【0037】
例えば、実施の形態ではディスクブレーキ装置18,19をマスタシリンダ11が発生するブレーキ液圧で作動させ、ドラムブレーキ装置71,72をスレーブシリンダ23が発生ブレーキ液圧で作動させているが、その関係を逆にしてディスクブレーキ装置18,19をスレーブシリンダ23が発生するブレーキ液圧で作動させ、ドラムブレーキ装置71,72をマスタシリンダ11が発生ブレーキ液圧で作動させても良い。
【0038】
また実施の形態では左右の後輪にディスクブレーキ装置18,19およびドラムブレーキ装置71,72の両方を設けているが、左右の前輪に、あるいは四輪の全てにディスクブレーキ装置およびドラムブレーキ装置の両方を設けても良い。
【図面の簡単な説明】
【0039】
【図1】車両用ブレーキ装置の正常時の液圧回路図
【図2】スレーブシリンダの構造を示す図
【符号の説明】
【0040】
11 マスタシリンダ
18 ディスクブレーキ装置
19 ディスクブレーキ装置
23 スレーブシリンダ
71 ドラムブレーキ装置
72 ドラムブレーキ装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも左右一対の車輪のそれぞれにディスクブレーキ装置(18,19)およびドラムブレーキ装置(71,72)を設け、前記ディスクブレーキ装置(18,19)および前記ドラムブレーキ装置(71,72)のうち、一方を運転者のブレーキ操作により作動するマスタシリンダ(11)が発生するブレーキ液圧で作動させるとともに、他方を電気的に作動するスレーブシリンダ(23)が発生するブレーキ液圧で作動させることを特徴とするブレーキ装置。
【請求項2】
前記ドラムブレーキ装置(71,72)を前記スレーブシリンダ(23)が発生するブレーキ液圧で作動させることを特徴とする、請求項1に記載されたブレーキ装置。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2008−238887(P2008−238887A)
【公開日】平成20年10月9日(2008.10.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−79989(P2007−79989)
【出願日】平成19年3月26日(2007.3.26)
【出願人】(000005326)本田技研工業株式会社 (23,863)
【Fターム(参考)】