説明

光応答型フォトニック結晶の光伝播制御方法とその装置

【課題】 光応答型フォトニック結晶において、光伝播をより多様な態様として精密に制御することを可能とする新しい技術手段を提供する。
【解決手段】 特定波長の光の伝播を光で切換え可能とする液晶含有の光応答型フォトニック結晶において、光と電場とにより光の伝播を制御する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本願発明は、光そして電場により特定波長の光の伝播を制御する方法とそのための制御装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来から、大量の情報をより高密度に記録し、高速に伝達、処理するための光によるデバイス開発が進められており、この過程において、光の伝播を光により制御することが注目されている。このような背景において、誘電率の異なる物質が周期的に配列した構造を有するフォトニック結晶が最近注目を集めている。フォトニック結晶中では、特定の波長の光が存在できないエネルギー領域である“フォトニックバンドギャップ”(PBG)が存在し、その光の伝播が禁止されるという特徴がある。また、本来PBGとは三次元の全ての方向に対して光の伝播が禁止される場合をさすが、一次元方向のみの光の伝播の抑制である“ストップバンド”も興味深い現象である。このような特徴的な光学特性により、フォトニック結晶は光導波路や反射材料、表示材料などの光デバイスへの応用が期待されている。
【0003】
そこで本願の発明者らは、光スイッチング素子への応用を目指し、液晶の光相転移を利用した光応答性フォトニック結晶について検討を進め、その過程において、これまでに知られていない新規な光応答型液晶入りフォトニック結晶を開発した(特許文献1、非特許文献1)。
【0004】
このものは、より具体的には、同じ粒径の微粒子を周期配列して成るオパール構造体の各微粒子間に前記微粒子より粒径が小さい無機質ナノサイズ粒子を充填して粒子膜を形成し、次いで、前記粒子膜から前記微粒子を除去することにより球状の空間が周期的に配列された逆オパール構造体を形成し、前記逆オパール構造体の各球状空間に、光異性化を起こす化合物と液晶との混合物を充填して成ることを特徴としている。この光応答型液晶入りフォトニック結晶によれば、光に応答した前記の光異性化が可能な化合物の分子構造変化により、液晶をネマチック相から等方相へ、また、等方相からネマチック相へ相転換させることができ、これにより、球状空間の径に応じた所定波長の光の反射のON/OFFをスイッチングすることが可能になる。このように、光により液晶の相転移を生じさせることができるように構成することにより、液晶を温度で相転移させる場合に比べて、安定性及び応答性が優れており、様々なデバイスへの応用が可能になる。
【特許文献1】特開2004−46224号公報
【非特許文献1】J.AM.CHEM.SOC.2004,126,8314-8319
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本願発明は、上記のとおりの背景から、本願発明者のこれまでの光応答型液晶入りフォトニック結晶の開発とその過程で得られた知見をさらに発展させ、光応答型のフォトニック結晶において、光伝播をより多様な態様として精密に制御することを可能とする新しい技術手段を提供することを課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本願発明は、上記の課題を解決するものとして、以下のことを特徴としている。
【0007】
第1:特定波長の光の伝播を光で切替え可能とする、無機質粒子により構成され、液晶を含有する光応答型フォトニック結晶において、光と電場とにより光の伝播を制御する光応答型フォトニック結晶の光伝播制御方法。
【0008】
第2:光応答型フォトニック結晶は、光異性化可能な化合物と液晶化合物との混合物を含有している上記の光伝播制御方法。
【0009】
第3:周期配列された同一径球状空間とその周囲に充填されたより小さい粒径のナノサイズ粒子とを有する逆オパール構造体の前記球状空間に光異性化可能な化合物とネマチック液晶化合物との混合物が充填されている上記の光伝播制御方法。
【0010】
第4:上記第1から第3のいずれかの光伝播制御方法のための光伝播制御装置であって、光応答型フォトニック結晶またはこれを構成の少くとも一部とする部品とともに光照射並びに電場印加の手段を具備していることを特徴とする光伝播制御装置。
【0011】
第5:パターニング、表示およびスイッチングの少くともいずれかを行う上記の光伝播制御装置。
【発明の効果】
【0012】
上記のとりの本願発明の光と電場とによる光伝播の制御は発明者が開発した液晶入りの光応答型フォトニック結晶においてはあらかじめ予見、予測できなかったことであり、この光と電場とによる制御が可能とされることで、光応答型フォトニック結晶のより多様な態様での精密な光伝播のコントロールが実現される。パターニングや表示、スイッチング等の機能が実応用面においても展開可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本願発明は上記のとおりの特徴をもつものであるが、その基本とすることは、液晶の光相転移を利用した液晶含有の無機質粒子光応答性フォトニック結晶を用いて光伝播を光と電場とにより制御することである。
【0014】
液晶含有の光応答性フォトニック結晶については、発明者が開発した前記のものを好適に使用することができる。より具体的には、同期配列された同一径球状空間とその周囲に充填されたより小粒径のナノサイズ粒子とを有する逆オパール構造体の、前記球状空間に光異性化可能な化合物とネマチック液晶との混合物が充填されている光応答型フォトニック結晶である。
【0015】
このフォトニック結晶は、好適には、たとえば以下のプロセスとして実現される。
【0016】
まず始めに実質的に同径の微粒子を周期配列して成るオパール構造体を形成する。
【0017】
次いで、オパール構造体の各微粒子間に前記微粒子より粒径が小さく、好ましくは、前記微粒子とは異なる成分のナノサイズ粒子を充填して粒子膜を形成する。
【0018】
次いで、焼成や化学反応等の適当な方法で微粒子を消去し、同径の球状空間が周期的に配列された逆オパール構造体を形成する。
【0019】
そして、最後に逆オパール構造体の前記球状空間に光異性化を起こす化合物と液晶、より好ましくはネマチック液晶化合物との混合物を導入することにより液晶入りフォトニック結晶とする。
【0020】
前記逆オパール構造体は、前記球状空間の径により光の回折波長が変化する。具体的には、球状空間の径が大きい程、長波長の光が回折し、逆に粒径が小さい程、短波長の光が回折することになる。
【0021】
従って、前記逆オパール構造体を製造する時には、液晶入りフォトニック結晶の応用目的に応じた光の波長に対応する粒径の微粒子が用いられる。
【0022】
前記の微粒子としては粒径がたとえば数十〜数百nmの単分散ポリスチレン粒子等を使用し、また、無機質なナノ粒子としてはシリカ粒子等を使用することができる。もちろんこれらに限定されることはない。ポリエチレン、ポリアクリル酸エステル、ポリエステル、ポリビニルアルコール等の微粒子や、アルミナ、マグネシア、チタニア、ジルコニア等の酸化物粒子、あるいは窒化物や炭化物、さらには金属や合金の無機質ナノ粒子等であってよい。
【0023】
逆オパール構造体の各球状空間には前記のように光異性化を起こす化合物とネマチック液晶との混合物が導入されるが、この光異性化を起こす化合物としては、たとえば代表的にはアゾベンゼン誘導体やスピロピラン誘導体等が例示される。なかでもアゾベンゼン誘導体は取扱いが容易であって、光異性化も良好である。
【0024】
このアゾベンゼン誘導体は、光応答性色素であり、紫外光を照射すると棒状のトランス型から屈曲したシス型に分子構造を変化させ、可視光を照射するとシス型からトランス型に分子構造を変化させる。
【0025】
従って、アドベンゼン誘導体のような光異性化を起こす化合物を複合化した液晶は、光に応答した前記化合物の分子構造変化によって液晶相から等方相へ、また、等方相から液晶相へ相構造が転移する。
【0026】
ホストの液晶化合物としては各種のものであってよいが、たとえば4−ペンチル−4′−シアノビフィニル(以下、5CB)が例示される。
【0027】
たとえばこの5CBの中に、光異性化を起こす化合物として4−ブチル−4′−メトキシアゾベンゼン(以下、AzoLC)を混合したものをたとえば使用することができる。
【0028】
5CB及びAzoLCの化学構造は次に示すことができる。
【0029】
【化1】

【0030】
実際の液晶含有の光応答性フォトニック結晶の作製とそのストップバンドの光応答性について例示説明すると以下のとおりである。
【0031】
1)逆オパール構造膜
まず、単分散の235nm径ポリスチレン粒子の0.5vol%懸濁液にガラス基板を垂直に浸し、温度50℃、湿度30%で放置し、80℃で30分焼結することで、ポリスチレンのオパール構造膜を作製する。ガラス等の基板上への成膜方法はさらに各種のものであってよい。次に、このオパール構造膜を6nm径のシリカの超微粒子のアルコールコロイド溶液に浸し、8μm/sの一定の速度で引き上げる。これによってオパール構造の空隙がシリカの超微粒子で充填される。最後に500℃で1時間焼成することによりポリスチレンを除去し、シリカの逆オパール構造膜を得た。
【0032】
図1はオパール構造膜(左)と作製した逆オパール構造膜(右)の電子顕微鏡写真である。逆オパール構造膜では、空孔が細密充填に配列した構造が確認され、さらに、第一層の下に第二層が見える三次元構造が観察される。
【0033】
2)液晶混合物の充填
光相転移を示す液晶として、アゾベンゼンを骨格にもつ上記の4−butyl −4′−methoxyazobenzene (AzoLC)と、ネマチック液晶4−pentyl−4′−cyanobiphenyl (5CB)の混合液晶を用いる。AzoLCの混合比は3vol%である。
【0034】
AzoLCは4−butylanilineを原材料とし、フェノールとのアゾカップリング反応、それに続くヨウ化メチルとのアルキル化反応によって合成する。
【0035】
この混合液晶は室温でネマチック相であり、紫外光の照射によって等方相へ相転移し、可視光を照射すると、ネマチック相へ相転移する。
【0036】
この現象は、図2に示したように、AzoLCのtrans体とcis体との間の光異性化により誘起される。すなわち、AzoLCは光照射をうけていない状態では棒状のtrans体であり、5CBが形成するネマチック相を安定化する。一方、紫外光の照射をうけると、AzoLCは屈曲したcis体へ異性化しネマチック相の配向を乱すため、等方相へ相転移する。この状態で可視光の照射をうけると、AzoLCは再びtrans体へ異性化し、混合液晶は等方相からネマチック相へ相転移する。この光相転移は可逆的に起こすことができる。
【0037】
逆オパール構造膜への液晶混合物の導入では、作製した逆オパール構造膜をガラス基板ではさみ、その空隙に混合液晶を充填する。この際、液晶を等方相にするために相転移以上の温度に保ち、毛細管力によって空隙を液晶で充填する。
【0038】
3)ストップバンドの光応答性
上記のとおりに作製した資料のストップバンドの光応答性を評価するため、反射スペクトルの測定を行う。
【0039】
Hgランプを光源とし、λ=360nmのバンドパスフィルターにより紫外光を、Xeランプを光源とし、λ=450nmの干渉フィルターにより可視光を取り出し、それぞれの照射による反射スペクトルの変化を測定する。紫外光、可視光の強度はそれぞれ約7.0mW/cm2、3.0mW/cm2であった。光照射前後の反射スペクトルを図3に示す。光照射をおこなう前は、明確なピークは観察されない。これに紫外光を照射すると、600nm付近に近いピークが現れる。これは、逆オパール構造に由来するストップバンドによるピークである。続いて、可視光を照射すると、このピークは減衰し、最終的に紫外光を照射する前と同じスペクトルとなる。この変化の再現性を確認するため、試料に紫外光・可視光を1分ずつ交互に照射し、ピーク波長における反射率の変化を観察する。この結果は図4のようになる。紫外光照射により反射率が増加し、照射をやめても反射率は変化しない。続いて可視光を照射すると、反射率は低下し、もとの状態に戻る。これを6サイクル繰り返しても完全に再現性が確認され、この結果から、光照射により可逆的に反射スペクトルの変化が起ることがわかる。
【0040】
この現象を利用すると、パターニング、表示材料への応用が可能になる。
【0041】
本願発明においては、たとえば以上のような、液晶を含有した光応答性フォトニック結晶を用いることで、光と電場とによって光の伝播を制御する。光と電場による特定波長の光の伝播は次の方法により制御されることになる。
【0042】
A)電場ON(OFF)に続いての光ON(OFF)
B)光ON(OFF)に続いての電場ON(OFF)
C)電場と光の同時ON(OFF)
そして、この各々の制御操作は、電場の強度、光の波長と強度によって様々な制御結果が奏されることになる。そして、本願発明では、このような制御のために、光応答型フォトニック結晶またはこれを構成の少なくとも一部とする部品とともに光照射並びに電場印加の手段を具備していることを特徴とする光伝播制御装置が提供される。
【0043】
たとえば、パターニング、表示およびスイッチング等を行う光伝播制御装置が実現されることになる。
【0044】
たとえば図5は、上記の実施例として示した液晶含有の光応答性フォトニック結晶の場合の制御の例を、透過スペクトル(左)と反射スペクトル(右)の変化として示したものである。
【0045】
この図5に沿って説明すると、まず、Initial の状態(電場オフ、UVオフの状態)では、各区内の液晶の方向はある程度そろっているが、全体としてはバラバラな方向であり、屈折率がそろわないことから、光は散乱し、黄色みがかった乳白色に見える。そのためInitial の透過率は500〜800nmまで緩やかな山となっている。
【0046】
これに電場をかけることにより、電場オンの状態にすると、各区内の液晶の方向が互いにそろい、同じ屈折率をもった小区域が並ぶため、全体の透過率が上昇すると共に、区の大きさに応じた反射が現れる(オパール結晶の発色と同じ原理)。Electric Field ONの状態(透過率が70〜75%位、上から2番目のスペクトル)がこれであり、603nm付近の反射により発色する。
【0047】
一方、Initial にUV光をあてることにより、各区内の液晶がネマチック相から等方相に相転移し、やはり同じ屈折率の小区域が並ぶこととなる。このため、After UV Irradiationに示す透過率(上から1番目)のスペクトルを示すとともに、610nm付近に反射を示す。
【0048】
電場オンの状態で、さらにUV光を当てると、UVオンの状態に変わり反射ピークが610nmにずれる。また、電場をかけたまま可視光を当てることにより電場オンの状態(603nm付近に反射ピークあり。)に戻すことができる。
【0049】
以上のような特徴のある光伝播の制御においては、上記のフォトニック結晶の厚み、液晶混合物の種類やその充填のための球状空間の径、その配列周期、ナノ粒子径、そして電場の大きさに応じて、伝播が制御される特定の波長や伝播の度合(透過、反射)を変化させることができる。
【0050】
図6は、上記の光応答型フォトニック結晶の厚み(d)が25μmのものに、電場を印加(ON)した場合の電場エネルギーの大きさによる透過率の変化を示したものである。スペクトルは、最下位(0V)のものから最上位(400V)のものまで順次に示される。この図6からは、d=25μmの場合には350〜400Vの電場エネルギ−が最も大きな光伝播の変化を示すことがわかる。図5は、この350〜400Vの場合の結果に対応している。
【図面の簡単な説明】
【0051】
【図1】オパール構造体(左)と逆オパール構造体の電子顕微鏡(SEM)画像である。
【図2】アゾ色素の光異性に伴なう光相転移を示した概要図である。
【図3】液晶含有の逆オパール構造体の光応答特性を波長と反射特性との相関として例示した図である。
【図4】紫外光と可視光照射の時間変化と反射特性との関係を例示した図である。
【図5】電場と光による透過率(左)と反射特性(右)の変化を例示した図である。
【図6】電場エネルギーの相違による透過率の変化を例示した図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
特定波長の光の伝播を光で切替え可能とする、無機質粒子により構成され、液晶を含有する光応答型フォトニック結晶において、光と電場とにより光の伝播を制御することを特徴とする光応答型フォトニック結晶の光伝播制御方法。
【請求項2】
光応答型フォトニック結晶は、光異性化可能な化合物と液晶化合物との混合物を含有していることを特徴とする請求項1の光応答型フォトニック結晶の光伝播制御方法。
【請求項3】
周期配列された同一径球状空間とその周囲に充填されたより小さい粒径のナノサイズ粒子とを有する逆オパール構造体の前記球状空間に光異性化可能な化合物とネマチック液晶化合物との混合物が充填されていることを特徴とする請求項2の光応答型フォトニック結晶の光伝播制御方法。
【請求項4】
請求項1から3のうちのいずれかの光伝播制御方法のための光伝播制御装置であって、光応答型フォトニック結晶またはこれを構成の少くとも一部とする部品とともに光照射並びに電場印加の手段を具備していることを特徴とする光伝播制御装置。
【請求項5】
パターニング、表示およびスイッチングの少くともいずれかを行う請求項4の光伝播制御装置。


【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2006−227220(P2006−227220A)
【公開日】平成18年8月31日(2006.8.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−39830(P2005−39830)
【出願日】平成17年2月16日(2005.2.16)
【出願人】(591243103)財団法人神奈川科学技術アカデミー (271)
【Fターム(参考)】