説明

建築用接合金物

【課題】プレス加工時の歪みトラブルを起すことなく、地震・台風等による外力に対して優れた耐力を有し、薄肉化と作業の効率化を実現する建築用接合金物を提供する。
【解決手段】木造建築物の軸組構造において柱、横架材および筋交い等の軸組構成部材同士の接合部を補強するための建築用接合金物であって、上記軸組構成部材に対する取り付け穴が形成されたプレート成形部材であり、上記プレート成形部材はオーステナイト系ステンレスを母材とし、表層部に母材のオーステナイトに炭素が固溶して母材より硬度の高い炭素固溶硬化層を形成したことにより、加工硬化等の方法によって母材硬度をあげなくても、炭素固溶硬化層の存在により高い破断強度を維持でき、疲労強度も向上するうえ靭性低下による破断も生じ難い。このため、薄肉化を行っても充分な強度を保て、加工硬化の残留応力によるゆがみや湾曲も生じない。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、住宅建築等において、柱と横架材および筋交い等の接合部を補強して、地震や強風等の横向きの力に対して耐力を持たせるための建築用接合金物に関するものである。
【背景技術】
【0002】
1995年の阪神淡路大震災の教訓を受けて、住宅建設現場では、耐力壁周囲の筋交い端部、柱頭、柱脚等の接合部の補強に各種の金物の使用が義務付けられるようになってきた。このような接合金物としては各種のものが存在するが、財団法人日本住宅技術センターが認定する「Zマーク品」や「同等認定金物」が主流である。このような金物の原材料としては、溶融亜鉛めっきを施した圧延鋼板が一般的であったが、最近ではステンレス製品も「同等品」として流通しはじめている。
【0003】
ステンレス製品としては、JIS304製のものが用いられ、例えば、耐力壁を構成する出隅柱−土台−筋交いの接合部には、板厚0.6〜0.8mmの筋交いプレートや、山形プレートが採用されている。また、耐力壁周囲の土台−支柱−横架材の接合部には、各種のプレート成形品であるかど金物、短冊金物、ひら金物、金折金物等が使用されている。
【0004】
鋼製品に代わってステンレス製品が普及している理由は、普通鋼板に比べて破壊強度が大きく、延性も大きいために変形によるエネルギー吸収能が高く、耐震性に優れていて、プレート厚みを薄くできるからである。
【0005】
普通鋼板の接合金物ではプレート厚みが1.6〜3.2mmもあるのに対し、SUS304ステンレスプレート金物は、0.6〜0.8mmと大幅に薄くできるため、板厚による干渉を防止することができる。したがって、普通鋼材の金物で必要であった、木材に対するプレカット加工や、現場での切欠き加工を省略することができ、合板等の面材を直接組み付けることができるという利点を有している。
【0006】
筋交い軸組みの接合において、金物による干渉をなくす他の手段として、筋交い、支柱の内側にボックスタイプの接合金物を取り付ける方法があるが、このようなボックスタイプの金物は、金物自体がかさ高で価格も高く、取り付け作業に内側からのビス打ちを必要とすることから、平らなプレート金物による外打ち方式に比べて作業性が極端に悪いという問題がある。しかも、上記ボックスタイプの接合金物を、筋交い端部の接合に使用したとしても、支柱と横架材の接合にはプレート金物を使用せねばならず、結局、プレカット加工や切欠き加工が必要になっていた。
【0007】
ここで、建築用接合金物に関する先行技術として出願人が把握しているものとして下記の特許文献1を提示する。
【特許文献1】特開2000−204656号
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
耐力壁を構成する出隅の筋交い端部や、柱頭柱脚部に使用される接合金物は、地震時や台風時に発生する水平方向の力に対しては有効に持ちこたえるだけの充分な耐力を必要とするため、それなりの強度アップが必要である。
【0009】
現在使用されている304ステンレス金物は、プレートの圧延過程での加工硬化に強度の付与を依存している。ところが、この方法で強度アップを図る場合、プレスによる打抜き成形や曲げ加工時に困難が伴うという問題がある。接合金物は、通常5〜10mm径のビス穴を複数設けた上、接合具であるビスやくぎの頭部の突出をなくすためのエンボス加工や、仮止め用のフックを形成するための加工が施される。ところが、加工前に加工硬化で母材硬度をあげすぎると、加工に伴う残留応力が強く残り、加工後にプレートに湾曲やゆがみが生じて平面度が低下する結果、組み付け時に合板等の面材との干渉を生じ、板圧を薄くした意味がなくなってしまう。また、母材硬度を上げすぎると靭性が低下して地震等による応力が加わった時に破断する可能性が高くなる。例えばSUS304の場合、母材硬度の上昇とともに延性は急激に低下し、Hv300での伸びは約20%、Hv350では延びが10%以下となり、焼き入れ硬化系材料並みになってしまう。このように、従来のステンレスプレート金物では、母材硬度をあげるのにも限界がある結果、薄肉化にもおのずと限界があった。
【0010】
さらに、プレート金物自体は多くのビス穴や打抜き部が存在するため、面内に大きな切欠きを有し、応力集中による疲労破壊に対して弱い構造を持っている。ステンレスは破壊強度に比べて降伏点が相対的に低いが、地震発生や大型台風の場合は、大きな負荷が作用する可能性がある。ところが、上述したような大きな切欠きを有するステンレスプレートは数回〜30回レベルの低サイクル疲労で破壊に至ることが知られており。これらの点はステンレスの接合金物の長期使用を前提にする場合に重要となる。このため、母材硬度をそれほどあげられない従来のステンレスプレート金物では、薄肉化が実質的に不可能であった。
【0011】
このように、従来のステンレスプレート金物には、プレートのさらなる薄肉化の面では剛性保持上の観点から限界があった。また、ステンレスの強度アップを図る方法として、焼き入れ硬化や時効硬化を行う鋼種を採用することもできるが、いずれも靭性が低下する等の問題があり、耐震用としては採用することができない。
【0012】
本発明は、このような事情に鑑みなされたもので、プレス加工時の歪みトラブルを起すことなく、地震・台風等による外力に対して優れた耐力を有し、さらなる薄肉化と作業の効率化を実現する建築用接合金物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記目的を達成するため、本発明の第1の建築用接合金物は、木造建築物の軸組構造において柱、横架材および筋交い等の軸組構成部材同士の接合部を補強するための建築用接合金物であって、上記軸組構成部材に対する取り付け穴が形成されたプレート成形部材であり、上記プレート成形部材はオーステナイト系ステンレスを母材とし、表層部に母材のオーステナイトに炭素が固溶して母材より硬度の高い炭素固溶硬化層が形成されたことを要旨とする。
【0014】
上記目的を達成するため、本発明の第2の建築用接合金物は、木造建築物の軸組構造において柱、横架材および筋交い等の軸組構成部材同士の接合部を補強するための建築用接合金物であって、上記軸組構成部材に対する取り付け穴が形成されたプレート成形部材であり、上記プレート成形部材はオーステナイト系ステンレスを母材とし、母材硬度がHv160〜300であり、表層部にHv550〜1000の硬化層が形成されたことを要旨とする。
【発明の効果】
【0015】
本発明の第1の建築用接合金物は、上記軸組構成部材に対する取り付け穴が形成されたプレート成形部材であり、上記プレート成形部材はオーステナイト系ステンレスを母材とし、表層部に母材のオーステナイトに炭素が固溶して母材より硬度の高い炭素固溶硬化層が形成されている。このように、オーステナイト系ステンレスを母材とし、表層部に母材より硬度の高い炭素固溶硬化層が形成されているため、加工硬化等の方法によって母材硬度をあげなくても、炭素固溶硬化層の存在により高い破断強度を維持できる。また、表層部に炭素固溶硬化層が形成されるため、繰り返し応力に対する疲労強度も向上する。しかも、母材の靭性が確保されるため、靭性低下による破断も生じ難い。このため、従来に比べて薄肉化を行っても、充分な強度を保つことができるうえ、加工硬化による残留応力も残らないため、プレス加工後にゆがみや湾曲が生じることもない。
【0016】
本発明において、上記炭素固溶硬化層の厚みは、プレート厚みの1.5%以上10%以下に設定されている場合には、炭素固溶硬化層の存在により充分に高い破断強度と疲労強度を維持でき、しかも母材の靭性を充分に確保し、靭性低下による破断も防止できる。
【0017】
本発明の第2の建築用接合金物は、上記軸組構成部材に対する取り付け穴が形成されたプレート成形部材であり、上記プレート成形部材はオーステナイト系ステンレスを母材とし、母材硬度がHv160〜300であり、表層部にHv550〜1000の硬化層が形成されている。このように、オーステナイト系ステンレスを母材とし、母材硬度がHv160〜300であり、表層部にHv550〜1000の硬化層が形成されているため、加工硬化等の方法によって母材硬度をあげなくても、炭素固溶硬化層の存在により高い破断強度を維持できる。また、表層部に炭素固溶硬化層が形成されるため、繰り返し応力に対する疲労強度も向上する。しかも、母材の靭性が確保されるため、靭性低下による破断も生じ難い。このため、従来に比べて薄肉化を行っても、充分な強度を保つことができるうえ、加工硬化による残留応力も残らないため、プレス加工後にゆがみや湾曲が生じることもない。
【0018】
本発明において、上記硬化層の厚みは、プレート厚みの1.5%以上10%以下に設定されている場合には、炭素固溶硬化層の存在により充分に高い破断強度と疲労強度を維持でき、しかも母材の靭性を充分に確保し、靭性低下による破断も防止できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
つぎに、本発明を実施するための最良の形態を詳しく説明する。
【0020】
図1および図2は、本発明が適用される接合金物であり、軸組構造において柱、横架材および筋交い等の軸組構成部材同士の接合部を補強するための建築用接合金物の一例を示す図である。
【0021】
図1(A)は、木造建築物の軸組構造において、筋交い端部に接合金物を取り付けた状態を示している。基礎20上に横架材の1つである土台21を横たえて設置し、角部に柱22が立設され、柱22と土台21との角に筋交い23が配置されている。土台21と柱22と筋交い23との接合部には、筋交いプレート25が取り付けられている。また、土台21と柱22との接合部には、平プレート26が取り付けられている。
【0022】
図1(B)は筋交いプレート25を示す図である。この筋交いプレート25は、軸組構成部材である土台21、柱22、筋交い23に対する取り付け穴28が多数形成されたプレート状のプレート成形部材である。上記取り付け穴28は、ビスやくぎを通して筋交いプレート25を軸組構成部材に取り付けるための穴であり、ビスやくぎを打ち付けたときに、ビスやくぎの頭部が突出しないよう、取り付け穴28の周囲を少しくぼませるエンボス加工が施されている。
【0023】
図1(C)は平プレート26を示す図である。この平プレート26は、軸組構成部材である土台21、柱22に対する取り付け穴28が多数形成されたプレート状のプレート成形部材である。上記取り付け穴28は、ビスやくぎを通して平プレート26を軸組構成部材に取り付けるための穴であり、ビスやくぎを打ち付けたときに、ビスやくぎの頭部が突出しないよう、取り付け穴28の周囲を少しくぼませるエンボス加工が施されている。また、位置決めの為のフックや、プレートと面材のなじみをよくして釘、ビス、による締結を強化する目的で略楕円形のブランク(切欠部29)が形成されている。
【0024】
また、図2(A)は、柱22と横架材の1つである梁24の接合部に接合金物を取り付けた状態を示している。梁24と上下の柱22にわたって、短冊状の短冊金物27が取り付けられている。
【0025】
図2(B)は短冊金物27を示す図である。この短冊金物27は、軸組構成部材である柱22、梁24に対する取り付け穴28が多数形成されたプレート状のプレート成形部材である。上記取り付け穴28は、ビスやくぎを通して短冊金物27を軸組構成部材に取り付けるための穴であり、ビスやくぎを打ち付けたときに、ビスやくぎの頭部が突出しないよう、取り付け穴28の周囲を少しくぼませるエンボス加工が施されている。
【0026】
そして、本発明の接合金物は、上記プレート成形部材はオーステナイト系ステンレスを母材とし、表層部に母材のオーステナイトに炭素が固溶して母材より硬度の高い炭素固溶硬化層が形成されている。そして、上記母材硬度がHv160〜300であり、表層部に形成された炭素固溶硬化層はHv550〜1000の硬化層である。
【0027】
まず、上記母材であるオーステナイト系ステンレス鋼について説明する。
【0028】
上記オーステナイト系ステンレス鋼は、例えば鉄分を50重量%以上含有し、クロム分を12重量%以上含有するとともにニッケルを含有するオーステナイト系ステンレス鋼があげられる。具体的には、SUS304、SUS316、SUS303S等の18−8系ステンレス鋼材や、クロムを25重量%、ニッケルを20重量%含有するオーステナイト系ステンレス鋼であるSUS310Sや309、さらに、クロム含有量が23重量%、モリブデンを2重量%含むオーステナイト−フェライト2相系ステンレス鋼材等があげられる。
【0029】
このように、ニッケルおよびクロムを含む低炭素のオーステナイト系ステンレス鋼を使用することにより、耐蝕性に優れてしかもクロム化合物の析出がなく、オーステナイト系ステンレス鋼の表層部に炭素固溶硬化層を形成し、強度が高く耐蝕性にも優れた接合金物を得ることができるのである。
【0030】
上記オーステナイト系ステンレス鋼を、圧延加工で所定厚さの板材に形成してプレート素材を形成し、穴あけ加工により取り付け穴28を形成し、エンボス加工を施す。
【0031】
上記所定の加工を施したプレート素材に対し、例えば、つぎのようにして、上記炭素固溶硬化層を形成する。
【0032】
すなわち、オーステナイト系ステンレス鋼からなるプレート素材を、フッ素系ガス雰囲気下で加熱保持してフッ化処理を行い、上記フッ化処理と同時期および/またはその後に、上記プレート素材に対して浸炭処理を行って、当該プレート素材の表層部に、クロム炭化物が実質的に析出していない炭素固溶硬化層を形成する。
【0033】
上記フッ化処理について説明する。
【0034】
上記フッ化処理に用いられるフッ素系ガスとしては、NF,BF,CF,HF,SF,C,WF,CHF,SiF,ClF等からなるフッ素化合物ガスがあげられる。これらは、単独でもしくは2種以上併せて使用される。
【0035】
また、これらのガス以外にも、分子内にフッ素(F)を含むフッ素系ガスも本発明のフッ素系ガスとして用いることができる。また、このようなフッ素化合物ガスを熱分解装置で熱分解させて生成させたFガスや、あらかじめ作られたFガスも上記フッ素系ガスとして用いることができる。このようなフッ素化合物ガスとFガスとは、場合によって混合使用することができる。
【0036】
これらのなかでも、本発明に用いるフッ素系ガスとして最も実用性を備えているのはNFである。上記NFは、常温においてガス状を呈し、化学的安定性が高く、取扱いが容易だからである。このようなNFガスは、通常、後述するように、Nガスと組み合わせて、所定の濃度範囲内で希釈して用いられる。
【0037】
上記に例示された各種のフッ素系ガスは、それのみで用いることもできるが、通常はNガス等の不活性ガスで希釈されて使用される。このような希釈されたガスにおけるフッ素系ガス自身の濃度は、例えば、容量基準で10000〜100000ppmであり、好ましくは20000〜70000ppm、より好ましくは、30000〜50000ppmである。
【0038】
上記フッ素系ガスを雰囲気ガスとして用いたフッ化処理は、後述するようなマッフル炉等の雰囲気加熱炉を使用し、炉内に未処理のオーステナイト系ステンレス鋼を装入し、上記濃度のフッ素系ガス雰囲気下において加熱状態で保持することにより行われる。
【0039】
このときの、加熱保持は、オーステナイト系ステンレス鋼自体を、例えば、180〜600℃、好適には200〜450℃の温度に保持することによって行われる。上記フッ素系ガス雰囲気中での上記オーステナイト系ステンレス鋼の保持時間は、通常は、10数分〜数時間に設定される。オーステナイト系ステンレス鋼をこのようなフッ素系ガス雰囲気下で加熱処理することにより、オーステナイト系ステンレス鋼の表面に形成されたCrを含む不働態皮膜が、フッ化膜に変化する。上記不働態被膜は従来浸炭不可能とされてきたが、フッ化処理を行うことにより、上記不働態被膜がフッ化膜に変化する。このフッ化膜は、不働態皮膜に比べ、浸炭に用いる炭素原子の浸透を容易にし、オーステナイト系ステンレス鋼の表面は、上記フッ化処理によって炭素原子の浸透の容易な表面状態になるものと考えられる。
【0040】
つぎに、上記フッ化処理と同時期および/またはその後に、上記オーステナイト系ステンレス鋼に対して浸炭処理を行う。
【0041】
浸炭処理は上記オーステナイト系ステンレス鋼自体を680℃以下の浸炭処理温度に加熱し、CO+Hからなる浸炭用ガス、または、RXガス〔CO23容量%,CO1容量%,H31容量%,HO1容量%,残部N〕+COからなる浸炭用ガス等を用い、炉内を浸炭用ガス雰囲気にして行われる。この浸炭用ガス雰囲気に、必要に応じてプロパンガス等の炭素源ガスをエンリッチすることもできる。例えば、CO+H生成方法では、LPガス変成だけでなく、メタノール、イソプロパノール、などの液状炭化水素もH濃度が高いため、浸炭ガス変成材として有用である。
【0042】
このように、本発明では、浸炭処理を従来公知の浸炭処理に比べて極めて低い温度領域で行うのである。この場合、上記CO+Hの比率は、CO2〜50容量%、H30〜90容量%が好ましく、RX+COは、RXが80〜90容量%、COが0〜7容量%の割合が好ましい。また、浸炭に用いるガスは、CO+CO+Hも用いられる。この場合、それぞれの比率は、CO5〜55容量%、CO0〜3容量%、H50〜95容量%の割合が好適である。
【0043】
上記浸炭処理の際の加熱温度すなわち浸炭処理温度としては、680℃以下すなわち400〜680℃の温度が好適である。浸炭処理温度が680℃を超えると、オーステナイト系ステンレス鋼の母材自体の軟化が生じたり、浸炭された炭素原子が母材に固溶したクロムと結合してクロム炭化物を生じたりし、母材自体に含まれるクロム量を減少させて表層部の耐蝕性が大幅に低下するうえ、浸炭層に侵入固溶した状態で存在する炭素量が減少し、母材の強度や耐蝕性が低下するとともに、磁性を帯びることとなるからである。
【0044】
同様の理由により、上記浸炭処理温度としてより好適なのは400〜600℃の温度範囲であり、さらに好適なのは400〜550℃、もっと好適なのは450〜500℃の温度範囲である。本発明においては、上記フッ化処理を行うことにより、このような極めて低温における浸炭処理が可能となり、浸炭処理中にクロム炭化物粒子をほとんど生成させずに母材中に炭素を侵入固溶させ、格子サイズを増大させて表層部に炭素固溶硬化層を形成するのである。
【0045】
このように処理することにより、オーステナイト系ステンレス鋼の表層部に炭素が拡散浸透した炭素固溶硬化層が深く均一に形成される。この炭素拡散層は、基相であるオーステナイト相中に、多量のC原子が過飽和固溶して格子拡張を起こした状態となっており、母材に比べて著しく硬度の向上を実現している。しかも、上記炭素原子は、母材中のクロムとCrやCr23等の炭化物をほとんど形成することなく結晶格子中に侵入固溶していることから、上記炭素固溶硬化層中にはクロム炭化物粒子が実質的に存在せず、母材に固溶するクロム量を減少させることもないことから、母材と同程度の耐蝕性を維持できる。
【0046】
また、上記のようにして浸炭処理を行ったオーステナイト系ステンレス鋼は、表面粗度もほとんど悪化せず、膨れによる寸法変化や磁性も生じない。したがって、面粗度低下や寸法変化も少なく、比較的精度よく表面改質をすることができる。また、オーステナイト系ステンレス鋼の中でも、ニッケルを多量に含む安定型オーステナイト系ステンレス鋼や、モリブデンを含有する安定型オーステナイト系ステンレス鋼では、炭素拡散層の耐蝕性がより良好である。
【0047】
上記のようなフッ化処理および浸炭処理は、例えば、図3に示すような金属製のマッフル炉1で行うことができる。すなわち、このマッフル炉1内において、まずフッ化処理をし、このフッ化処理と同時期もしくはその後に浸炭処理を行う。
【0048】
また、フッ化処理終了後も浸炭処理が継続していることが好ましい。このようにすることにより、フッ化処理により表面が活性化したプレート素材に対して、純粋な浸炭雰囲気でより多くの炭素原子を拡散浸透させることができ、表面強度を高くしたり硬化深さを大きくしたりする際に有利で、表面硬度の向上に対して有効だからである。また、上記浸炭処理をフッ化処理の終了を待たずに開始することにより、フッ化による表面の活性化を行ないながら炭素の拡散浸透を行なうことができ、表面強度を高くしたり硬化深さを大きくしたりする際に有利となる。また、上記浸炭処理は、フッ化処理が終了してから開始することもできるし、フッ化処理の開始と同時に浸炭処理を開始してもよいし、フッ化処理の開始後浸炭処理の終了を待たずに浸炭処理を開始してもよい趣旨である。
【0049】
図3において、1はマッフル炉であり、外殻2と、内部が処理室に形成された内容器4と、上記内容器4と外殻2の間に設けられたヒータ3とを備えている。上記内容器4内には、ガス導入管5および排気管6が連通している。上記ガス導入管5には、浸炭ガスであるH,COが充填されたボンベ15、およびフッ化処理ガスであるN+NF,COが充填されたボンベ16が連通している。17は流量計、18はバルブである。
【0050】
また、上記排気管6には、排ガス処理装置14および真空ポンプ13が接続されている。これにより、内容器4内の処理室内に処理ガスを導入して排出するようになっている。上記処理室内には処理ガスを攪拌するモーター7付きのファン8が設けられている。11はワークであるオーステナイト系ステンレス鋼からなるプレート素材10が装入されるかごである。
【0051】
このマッフル炉1内に、例えば、プレート素材10を入れ、ボンベ16を流路に接続しNF等のフッ素系ガスをマッフル炉1内に導入して加熱しながらフッ化処理をし、ついで排気管6からそのガスを真空ポンプ13の作用で引き出し、排ガス処理装置14内で無毒化して外部に放出する。ついで、ボンベ15を流路に接続しマッフル炉1内に先に述べた浸炭用ガスを導入して浸炭処理を行い、その後、排気管6、排ガス処理装置14を経由してガスを外部に排出する。この一連の作業によりフッ化処理と浸炭処理が行われる。
【0052】
上記のようにしてフッ化処理と浸炭処理を行うことにより、オーステナイト系ステンレス鋼の表層部に、炭素固溶硬化層が形成される。
【0053】
上記フッ化処理および浸炭処理によって形成される炭素固溶硬化層の硬度はHv700〜950とするのが好適である。さらには下限値はHv550以上に設定するのが好適であり、Hv650以上であればより好適であり、Hv700以上、さらにはHv800以上やHv900以上であれば一層好適である。
【0054】
このように、上記炭素固溶硬化層の硬度をHv550〜1000とすることにより、加工硬化等の方法によって母材硬度をあげなくても、炭素固溶硬化層の存在により高い破断強度を維持できる。また、表層部に炭素固溶硬化層が形成されるため、繰り返し応力に対する疲労強度も向上する。
【0055】
また、炭素固溶硬化層以外の母材部分の硬度は、Hv160〜300とするのが好ましい。このように、母材部分の硬度をHv160〜300とすることにより、母材の靭性が確保されるため、靭性低下による破断も生じ難い。
【0056】
このようにすることにより、浸炭処理によって形成される炭素固溶硬化層の、特に表面近傍の炭素濃度が十分に高くなり、格子拡張によって十分に強度が向上して優れた表面硬度が付与される。また、浸炭処理あがりの中間製品を抜き取り検査することにより、製品の表面硬度を計測できるため、中間製品の品質特性の基準をつくり、それに満たないものについては再度フッ化処理と浸炭処理を行うことができ、最終製品の不良率を減少して歩留まりを向上させることができる。特に、上記炭素固溶硬化層の硬度として、母材の表面から測定したマイクロビッカース硬度やヌープ硬度を基準とすることにより、非破壊で製品の検査をできて歩留まり低下を減少できる。
【0057】
上記浸炭処理において、浸炭直後においては、硬化層最表層には1ミクロン以下の異物層が残存するが、簡単なバフ研磨で通常のステンレス光輝面が得られる。
【0058】
このようにして製造された接合金物は、上記軸組構成部材に対する取り付け穴が形成されたプレート成形部材であり、上記プレート成形部材はオーステナイト系ステンレスを母材とし、表層部に母材のオーステナイトに炭素が固溶して母材より硬度の高い炭素固溶硬化層が形成されている。このように、オーステナイト系ステンレスを母材とし、表層部に母材より硬度の高い炭素固溶硬化層が形成されているため、加工硬化等の方法によって母材硬度をあげなくても、炭素固溶硬化層の存在により高い破断強度を維持できる。また、表層部に炭素固溶硬化層が形成されるため、繰り返し応力に対する疲労強度も向上する。しかも、母材の靭性が確保されるため、靭性低下による破断も生じ難い。このため、従来に比べて薄肉化を行っても、充分な強度を保つことができるうえ、加工硬化による残留応力も残らないため、プレス加工後にゆがみや湾曲が生じることもない。
【0059】
特に、取り付け穴28や切欠部29のような大きな切欠きを有する接合金物において、表層部に炭素固溶硬化層を形成することにより疲労強度や破断強度を向上させるのは効果的である。この場合、プレス成形や穴あけ加工をすませて取り付け穴28や切欠部29のような切欠きを形成したのち、フッ化処理および浸炭処理を行い、取り付け穴28や切欠部29のような切欠きの内側表面にもまんべんなく炭素固溶硬化層を形成することにより、応力集中が起きる切欠きの内側表面の疲労強度、破断強度を向上させることができ、大幅に効果的な強度アップを行うことができる。
【0060】
しかも、上記炭素固溶硬化層は、炭素原子が結晶格子中に侵入固溶して母材に固溶するクロム量が減少せず、母材と同程度の耐蝕性を維持しているため、床下や水周り近傍のように、結露を生じやすい場所に使用したとしても、腐蝕による強度低下が行いにくいため、建築用の接合金物として適している。
【0061】
上記フッ化処理および浸炭処理により、炭素固溶硬化層の厚みは、プレートの片面側において、プレート厚みの1.5%以上10%以下に設定するのが好ましく、より好ましいのは2〜10%であり、さらに好ましいのは3〜10%である。このようにすることにより、炭素固溶硬化層の存在により充分に高い破断強度と疲労強度を維持でき、しかも母材の靭性を充分に確保し、靭性低下による破断も防止できる。
【0062】
すなわち、プレートの片面側における炭素固溶硬化層の厚みがプレート厚みの1.5%未満だと、破断強度と疲労強度を充分に確保できず、耐震・耐台風用として採用できない。反対に、プレートの片面側における炭素固溶硬化層の厚みがプレート厚みの10%を超えると、靭性の高い母材部分が少なくなって、全体としての靭性が低下するうえ、処理コストが嵩んで現実的ではないからである。
【0063】
このときの、プレート素材の厚みは、好ましくは1mm以内、より好ましいのは0.5〜0.8mm程度である。したがって、プレートの片面側における炭素固溶硬化層の厚みとして好ましいのは、10μm〜50μm程度、より好ましいのは15μm〜50μm程度、さらに好ましいのは、25〜50μm程度である。
【0064】
さらに、本発明の接合金物では、上記プレート素材にあらかじめ溶体化処理を施したのち、フッ化処理および浸炭処理を行なうようにすることもできる。このようにすることにより、溶体化処理によって完全に軟化し残留応力が開放されたプレート素材に対して浸炭を行って表面硬度を付与することができる。したがって、炭素固溶硬化層以外の母材部分の硬度をHv160〜300に調整しやすくなる。
【0065】
また、上記溶体化処理により、母材の内部歪みが除去されることから、その後の浸炭処理等における熱変形等も軽減され、表面粗度の悪化も少なく、平面ひずみの発生もほとんどなくなる。この場合、溶体化処理の後にプレス加工や穴あけ加工を行うのが好ましい。
【0066】
上記溶体化処理の条件としては、母材とするオーステナイト系ステンレス鋼の種類によって適当な条件を用いることができるが、1000℃以上の温度で10数分〜数10分程度加熱して炭化物を溶解させたのち急冷することにより行われる。
【0067】
本発明の接合金物では、上記プレート素材に対し、母材部分の硬度がHv160〜300になるようあらかじめ所定の冷間加工を施した後、フッ化処理および浸炭処理を行なったり、フッ化処理および浸炭処理を施した後のプレート素材に対し、母材部分の硬度がHv160〜300になるよう所定の加工率で冷間加工を施すようにすることもできる。このようにすることにより、浸炭処理による表層部近傍の強化に所定の加工率による冷間加工で芯部の加工硬化を生じさせ、剛性をより向上させることができる。
【0068】
つぎに、実施例について説明する。
【実施例1】
【0069】
図1に示すように、平屋建て木造住宅の壁倍率2.0を構成する出隅において、45mm×90mm筋交い−柱−横架材接合部に取り付ける筋交いプレートを形成した。SUS316厚み0.6mmの圧延鋼帯(JISG4307;硬度Hv220)から切り出し、プレス成形を経て、下記の処理条件でフッ化処理および浸炭処理を実施した。処理後の筋交いプレートの表面硬度はHv950、母材部分の硬度はHv220、炭素固溶硬化層の厚みは、45μmであった。
〔処理条件〕
フッ化処理:10容量%NF+残部N雰囲気
250℃×180分
浸炭処理 :CO30容量%+H40容量%+N雰囲気
500℃×10時間
【0070】
一方、比較例として、厚み0.6mmSUS304ばね材(JIS4313CS;硬度Hv300)から切り出し、プレス成形を行い、筋交いプレートを形成した。
【0071】
実施例の筋交いプレートに比べて比較例の筋交いプレートは、平面ひずみが大きく、薄板にした効果があまり発揮されず、現場施工時の矯正作業に手間取る結果となった。また、実施例と比較例の構造試験(財団法人日本住宅・木材技術センターが定める接合金物に関する強度試験方法)による荷重と変位の測定結果を下記の表1に示す。
【表1】

【0072】
上記表1からわかるように、実施例は比較例に比べ、母材硬度は低いにもかかわらず、最大荷重が高く、耐力も大きい。
【実施例2】
【0073】
図2に示すように、2階建て住宅の柱と胴差の補強のために取り付ける短冊金物を形成した。SUS316厚み0.6mmの圧延鋼帯(JISG4307)から切り出し、プレス成形を経て、下記の処理条件でフッ化処理および浸炭処理を実施した。処理後の短冊金物の表面硬度はHv900、母材部分の硬度はHv220、炭素固溶硬化層の厚みは、40μmであった。
〔処理条件〕
フッ化処理:10容量%NF+残部N雰囲気
250℃×180分
浸炭処理 :CO40容量%+H30容量%+N雰囲気
480℃×12時間
【0074】
一方、比較例として、厚み0.8mmSUS304圧延鋼帯(JIS4307;硬度Hv180)から切り出し、プレス成形を行い、短冊金物を形成した。
【0075】
実施例と比較例の引っ張り試験による抗張力の測定結果を下記の表2に示す。下記の表2からわかるように、実施例は比較例に比べ、約46%の硬度アップが図られた。
【表2】

【図面の簡単な説明】
【0076】
【図1】本発明を適用した筋交いプレートおよび平プレートを示す図である。
【図2】本発明を適用した短冊金物を示す図である。
【図3】本発明の接合金物の製造に用いる装置を示す構成図である。
【符号の説明】
【0077】
1 マッフル炉
2 外殻
3 ヒータ
4 内容器
5 ガス導入管
6 排気管
7 モーター
8 ファン
10 プレート素材
11 かご
13 真空ポンプ
14 排ガス処理装置
15 ボンベ
16 ボンベ
17 流量計
18 バルブ
20 基礎
21 土台
22 柱
23 筋交い
24 梁
25 筋交いプレート
26 平プレート
27 短冊金物
28 取り付け穴
29 切欠部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
木造建築物の軸組構造において柱、横架材および筋交い等の軸組構成部材同士の接合部を補強するための建築用接合金物であって、
上記軸組構成部材に対する取り付け穴が形成されたプレート成形部材であり、
上記プレート成形部材はオーステナイト系ステンレスを母材とし、表層部に母材のオーステナイトに炭素が固溶して母材より硬度の高い炭素固溶硬化層が形成されたことを特徴とする建築用接合金物。
【請求項2】
上記炭素固溶硬化層の厚みは、プレート厚みの1.5%以上10%以下に設定されている請求項1記載の建築用接合金物。
【請求項3】
木造建築物の軸組構造において柱、横架材および筋交い等の軸組構成部材同士の接合部を補強するための建築用接合金物であって、
上記軸組構成部材に対する取り付け穴が形成されたプレート成形部材であり、
上記プレート成形部材はオーステナイト系ステンレスを母材とし、母材硬度がHv160〜300であり、表層部にHv550〜1000の硬化層が形成されたことを特徴とする建築用接合金物。
【請求項4】
上記硬化層の厚みは、プレート厚みの1.5%以上10%以下に設定されている請求項3記載の建築用接合金物。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2007−2604(P2007−2604A)
【公開日】平成19年1月11日(2007.1.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−186607(P2005−186607)
【出願日】平成17年6月27日(2005.6.27)
【出願人】(000126115)エア・ウォーター株式会社 (254)
【出願人】(594102452)株式会社マイヅル (5)
【Fターム(参考)】