説明

植物苗の短期育成用具、装置、方法および工場と、定植用植物苗セット、植苗方法

【課題】乾燥地などの定植地において現地の土壌に順調に植苗することができ、人工的に水分を補給し続けなくとも、苗を確実に定着させ、成長させることのできる技術を提供する。
【解決手段】前記定植地の深部含水層に到達可能な長さを有する筒体10の上部開口部10a内側に植物苗11を固定するとともに、前記筒体10の内側に前記植物苗11の根の下方への長尺な成長を可能にする硬度で育成材料12を挿入し、前記植物苗11の根を前記筒体10の下方に成長させることにより、長尺な根11aを有する植物苗11を得る。定植地の地中に前記筒体の筒径とほぼ同径の縦穴を植物が育成する上で必要な水質及び水量を有する土壌層に至るまで掘削し、該縦穴に、前記長尺な根を有する植物苗11をその筒体10と共に埋め込むことによって、定植地に植苗する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、植物苗を短期に育成することのできる育成用具、該用具を用いた育成システム、および育成方法に関するものである。本発明は、さらに詳しくは、定植地として、例えば、乾燥地、土壌表層が凍結した寒冷地、土壌表層に塩類が集積した塩類集積地などの植物の育成が困難な地域においても植物苗を順調かつ短期に育成することのできる短期育成用具、該用具を用いた短期育成装置、短期育成方法および短期育成工場、さらに定植用植物苗セット、植苗方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
周知のように、乾燥地における地中の含水分は、緑化容易な他の地帯における含水分に比べて非常に少ない。アフリカのナイジェリアで2000年に土壌中の含水比を土壌深度について測定した結果を、図19に示した。例えば、当該地においては、図に示すように、土壌表面はほとんど含水分がないのに較べ、深さ30cm以上には比較的安定した含水量が認められる。したがって、乾燥地における植物の生き残りは、この安定した含水量のある深さの層へ根を如何に早く到達することができるか否かによって決まる。
【0003】
また、世界に広く分布する塩類集積土壌では、土壌の比較的浅い部分(表面〜20cmないし30cmの深さまで)には塩分が多く含まれていることが、しばしばであり、その部分の含水分が植物育成を可能にする量であっても、その塩分により、育成が阻害されてしまう。
【0004】
従来、前述のような乾燥地帯に植物を育成させるための技術として、例えば、図20に示すような構造体を用いることが提案されている(特許文献1)。この図に示す構造体を用いた植物の育成方法は、次のようである。すなわち、掘削して形成した所要の断面積と深さとを有する空所X内に外筒部材1を装着し、該外筒部材1内に保水材入りの土壌S1を充填したのち、その中央部に形成した空隙内に保水材入りの植生用の土壌S2を充填した内筒部材2を配置し、各土壌S1,S2に灌水を行い、内在する保水材に充分な水分を保持させたのち、内筒部材2内の土壌S2に播種又は苗の植付けをし、外筒部材1によって土壌S1中の水分の外筒部材1外への流出を遮断すると共に、前記土壌S1によって内筒部材2内の土壌S2を地熱から断熱し、当該土壌の冷却化と乾燥を防止して湿潤状態を保持しながら植物を成育させる。
【0005】
また、前記乾燥および塩分対策としては、耐乾性および耐塩性を有する植物種を選択的に用いることによって、定着率を高める努力が行われている。さらに、塩分が多く乾燥した土壌の地域であっても、近くに豊富な水源がある場合には、その水を用いて、土壌中から塩分を洗い流すことも試みられている。
【0006】
また、育成植物の形態として、苗を使用する場合、現在、その苗は、ポット栽培、露地栽培により生産している。
【0007】
【特許文献1】特開2000−032840号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
前記特許文献1に記載の技術を用いることで、高い保水性と、高温による根の伸長阻害を抑制することができる。しかしながら、前記特許文献1に記載の技術には、複雑な構造体や培地への保水材の補充作業等の煩雑さがあるため、一連の操作性に多大な労力が要求される。また、点滴灌漑等により植物への継続的な水分供給を行わなくてはならないため、少ないとはいえ蒸発による水の損失が起きる等、さらなる改善点が存在する。
【0009】
また、塩分に強い植物種を用いる乾燥地緑化対策も、現実的には、塩分濃度が高すぎて、塩分に強い植物種を用いても、生物障害等が起こる可能性が高く、その地に定着させることが難しい。
【0010】
また、豊富な水源が近くにある場合に用いられる土壌中の塩分の洗浄除去方法は、乾燥地ではそのような水源が確保できないので、非現実的である。
【0011】
また、定植に使用する苗の準備方法として用いられているポット栽培、露地栽培では、育苗期間が長い。これに対し、大量の苗を短期間に育成することができれば、節水及び苗の生産量向上が期待でき、乾燥地での緑化事業や、その他の植物、野菜等の栽培において非常に有用である。
【0012】
本発明は、上記従来の事情に鑑みてなされたものであって、その課題は、乾燥地や寒冷地や表層塩類集積地域などの土壌表層の水分が利用し難い(植物育成に必要な水分を確保しにくい)定植地において現地の土壌に順調に植苗することができ、かつ定植地において積極的に人工的に水分を補給しなくとも、苗を確実に定着させ、成長させることのできる技術を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上述した課題を解決するために、本発明の請求項[1]に記載の植物苗の短期育成用具は、定植地に定着可能な長尺な根を有する植物苗を得るための植物苗の短期育成用具であって、前記定植地の地下含水層に到達可能な長さを有する筒体と、該筒体内に充填されている育成材料とを有してなり、前記育成材料が前記筒体の上部開口部内側に固定する植物苗の根の下方への成長速度を増大させることを可能にする硬度に調整されていることを特徴とする。
【0014】
ここで、筒体が定植地の地下含水層に到達可能な長さを有するとは、該筒体の固定する植物苗が成長した結果、根の先端が前記地下含水層に到達できる長さであることを意味し、必ずしも筒体自体が含水層に接触する長さを有する必要はない。
【0015】
本発明の請求項[2]に記載の植物苗の短期育成用具は、前記請求項[1]に記載の植物苗の短期育成用具において、前記育成材料の硬度が、育成後の前記植物苗を定着させようとする定植地の土壌硬度以下であることを特徴とする。
【0016】
前記育成材料の硬度は、植物種により最適値が異なるため、一概に設定することができない。ここで、土壌硬度を、105℃24時間乾燥させた土壌重量をその容量で割った値(乾燥密度)によって定義すると、ダイズでは、定植土壌硬度が1.5Mg・m-3の場合、例えば、土壌硬度を1.35Mg・m-3に調整すれば、根の下方への伸長速度を(定植土壌硬度(=1.5Mg・m-3)の場合に比べて)2倍以上に増大させることができる。また、クロマツでは、定植土壌硬度が1.5Mg・m-3の場合、例えば、土壌硬度を0.5Mg・m-3以下に調整すれば、根の下方への伸長速度を(定植土壌硬度(=1.5Mg・m-3)の場合に比べて)4倍以上に増大させることができる。このように、ダイズのような草本性植物からクロマツのような木本性植物まで、様々な植物において本手法が有効である。
【0017】
本発明の請求項[3]に記載の植物苗の短期育成用具は、前記請求項[1]または[2]に記載の植物苗の短期育成用具において、前記育成材料が、土壌、砂、礫、土壌代替物からなる群から選ばれる少なくとも1種であることを特徴とする。
【0018】
本発明の請求項[4]に記載の植物苗の短期育成用具は、前記請求項[1]〜[3]のいずれか1項に記載の植物苗の短期育成用具において、前記筒体が透水性を有することを特徴とする。
【0019】
本発明の請求項[5]に記載の植物苗の短期育成用具は、前記請求項[1]〜[4]のいずれか1項に記載の植物苗の短期育成用具において、前記筒体が保水性を有することを特徴とする。
【0020】
本発明の請求項[6]に記載の植物苗の短期育成用具は、前記請求項[1]〜[5]のいずれか1項に記載の植物苗の短期育成用具において、前記筒体が通気性を有することを特徴とする。
【0021】
本発明の請求項[7]に記載の植物苗の短期育成用具は、前記地下含水層が前記植物苗の生育に必要な水質および水量を有する含水層であることを特徴とする請求項1〜6のいずれか1項に記載の植物苗の短期育成用具。
【0022】
前記含水層の水量とは、地質や植物種に依存するが、植物苗の生育の為、好ましくは含水比が3%以上である。また、前記含水層は、地下水流そのものであってもよい。また、前記含水層の水質とは、例えば、塩分濃度が低いことを意味し、塩分濃度としては、植物苗の生育上、20mS/cm以下である。耐塩性の低い植物種の生育を考慮すると、前記含水層の塩分濃度は10mS/cm以下であるとより好ましい。
【0023】
本発明の請求項[8]に記載の植物苗の短期育成用具は、前記請求項[1]〜[7]のいずれか1項に記載の植物苗の短期育成用具において、前記筒体の下端内部に、該筒体内に充填されている前記育成材料の硬度よりも高い硬度に育成材料が充填されてなる馴化層が設けられていることを特徴とする。
【0024】
ここで言う馴化層は、植物苗の根をそれまで育った土壌硬度(筒体内の育成材料)よりも高い硬度で生育させることで、側根の形成を促し、筒体外の定植土壌への根張りをよくし、定着率を向上させるために設置するものである。
【0025】
本発明の請求項[9]に記載の植物苗の短期育成用具は、前記請求項[8]に記載の植物苗の短期育成用具において、前記育成材料が土壌、砂、礫、土壌代替物からなる群から選ばれる少なくとも1種であることを特徴とする。
【0026】
本発明の請求項[10]に記載の植物苗の短期育成用具は、前記請求項[1]〜[9]のいずれか1項に記載の植物苗の短期育成用具において、前記筒体が生分解性資材から構成されていることを特徴とする。
【0027】
なお、ここでいう生分解性資材とは、太陽光により光分解する素材、温度により酸化分解する素材、湿度により加水分解する素材、微生物により分解される素材を意味する。
【0028】
本発明の請求項[11]に記載の植物苗の短期育成用具は、前記請求項[1]〜[10]のいずれか1項に記載の植物苗の短期育成用具において、前記定植地が乾燥地であることを特徴とする。
【0029】
本発明の請求項[12]は、定植地に定着可能な長尺な根を有する植物苗を得るための植物苗の短期育成装置であって、請求項[1]〜[11]のいずれかの植物苗の短期育成用具の少なくとも一つと、この育成用具を保持するラック部材と、を有してなることを特徴とする。
【0030】
本発明の請求項[13]は、定植地に定着可能な長尺な根を有する植物苗を得るための植物苗の短期育成装置であって、植物苗の養液を貯留する養液槽と、請求項[1]〜[11]のいずれかの植物苗の短期育成用具の少なくとも一つをその下端を前記養液槽の養液中に少なくとも一時的に浸漬した状態で保持するラック部材と、を有してなることを特徴とする。
【0031】
本発明の請求項[14]に記載の植物苗の短期育成装置は、前記請求項[13]に記載の植物苗の短期育成装置において、前記ラック部材が前記育成用具を前記養液槽に対して上下に移動する昇降手段を有することを特徴とする。
【0032】
本発明の請求項[15]に記載の植物苗の短期育成装置は、前記請求項[13]または[14]に記載の植物苗の短期育成装置において、前記養液槽の養液中に空気を強制的に溶解させて養液中の溶存酸素量を増加させる曝気手段を有することを特徴とする。
【0033】
本発明の請求項[16]に記載の植物苗の短期育成装置は、定植地に定着可能な長尺な根を有する植物苗を得るための植物苗の短期育成装置であって、請求項[1]〜[11]のいずれかの植物苗の短期育成用具の少なくとも一つを保持するラック部材と、前記各育成用具の上端に養液を滴下状態で補給する養液補給手段と、を有してなることを特徴とする。
【0034】
本発明の請求項[17]は、定植地に定着可能な長尺な根を有する植物苗を得る植物苗の短期育成方法であって、前記定植地の地下含水層に到達可能な長さを有する筒体の上部開口部内側に植物苗を固定するとともに、前記筒体の内側に前記植物苗の根の下方への成長速度を増大させることを可能にする硬度で育成材料を充填し、前記植物苗の根の前記筒体下方への成長を促進させることにより、前記長尺な根を有する植物苗を得ることを特徴とする。
【0035】
本発明の請求項[18]は、前記請求項[17]に記載の植物苗の短期育成方法において、育成材料の硬度を、育成後の前記植物苗を定着させようとする定植地の土壌硬度以下に設定することを特徴とする。
【0036】
本発明の請求項[19]は、前記請求項[17]または[18]に記載の植物苗の短期育成方法において、前記育成材料として、土壌、砂、礫、土壌代替物からなる群から選ばれる少なくとも1種を用いることを特徴とする。
【0037】
本発明の請求項[20]は、前記請求項[17]〜[19]のいずれか1項に記載の植物苗の短期育成方法において、前記筒体を透水性材料から構成することによって、前記植物苗の根に対する水分供給を容易にすることを特徴とする。
【0038】
本発明の請求項[21]は、前記請求項[17]〜[19]のいずれか1項に記載の植物苗の短期育成方法において、前記筒体を保水性材料から構成することによって、前記植物苗の根に対する水分供給を容易にすることを特徴とする。
【0039】
本発明の請求項[22]は、前記請求項[17]〜[21]のいずれか1項に記載の植物苗の短期育成方法において、前記筒体を通気性材料から構成することによって、前記植物苗の根に対する酸素供給を容易にすることを特徴とする。
【0040】
本発明の請求項[23]は、前記請求項[17]〜[22]のいずれか1項に記載の植物苗の短期育成方法において、含水層として前記植物苗の生育に必要な水質および水量を有する含水層を選択することを特徴とする。
【0041】
ここで、前記定植地の植物が生育上必要な水質及び水量を有する含水層に到達可能な長さは、あらかじめ地質調査を実施し、その測定結果等を利用して決定する。
【0042】
本発明の請求項[24]は、前記請求項[17]〜[23]のいずれか1項に記載の植物苗の短期育成方法において、前記筒体の下端内部に、該筒体内に充填されている前記育成材料の硬度よりも高い硬度に育成材料を充填することにより馴化層を設けることを特徴とする。
【0043】
本発明の請求項[25]は、前記請求項[24]に記載の植物苗の短期育成方法において、前記定植地が土壌である場合、前記馴化層を形成する育成材料として土壌、砂、礫、土壌代替物からなる群から選ばれる少なくとも1種を用いることを特徴とする。
【0044】
本発明の請求項[26]は、前記請求項[17]〜[25]のいずれか1項に記載の植物苗の短期育成方法において、前記筒体の上端に固定した植物苗の根が該筒体内を成長して根の先端が該筒体の下端からさらに下方に伸長したところで、該根の先端を切断処理することにより、前記筒体内を成長した根の先端からの側根の発生および伸長を促進することを特徴とする。
【0045】
本発明の請求項[27]は、前記請求項[17]〜[26]のいずれか1項に記載の植物苗の短期育成方法において、前記定植地が乾燥地であることを特徴とする。
【0046】
本発明の請求項[28]は、植物苗の短期育成工場であって、温度や湿度などの気候環境を制御可能な空間と、該空間内に設けられる前記請求項[12]〜[16]のいずれか1項に記載の短期育成装置と、前記空間内において前記短期育成装置を移動させる移動手段とを有することを特徴とする。
【0047】
本発明の請求項[29]は、定植用植物苗セットであって、前記請求項[1]〜[11]のいずれか1項に記載の短期育成用具に該短期育成用具の下端に至る長尺な根を有する植物苗が挿入されてなることを特徴とする。
【0048】
本発明の請求項[30]は、前記請求項[29]に記載の定植用植物苗セットにおいて、前記長尺な根を有する植物苗が前記請求項[12]〜[16]のいずれか1項に記載の植物苗の短期育成装置を用いて育成されたものであることを特徴とする。
【0049】
本発明の請求項[31]は、前記請求項[29]に記載の定植用植物苗セットにおいて、前記長尺な根を有する植物苗が前記請求項[17]〜[27]のいずれか1項に記載の植物苗の短期育成方法により育成されたものであることを特徴とする。
【0050】
本発明の請求項[32]は、前記請求項[29]に記載の定植用植物苗セットにおいて、前記長尺な根を有する植物苗が前記請求項[28]に記載の植物苗の短期育成工場において育成されたものであることを特徴とする。
【0051】
本発明の請求項[33]は、定植地における植苗方法であって、定植地の地中に縦穴を植物が生育するために必要な品質および量の水を有する含水層に至るまで掘削し、該縦穴に、前記請求項[29]〜[32]のいずれか1項に記載の定植用植物苗セットを埋め込むことによって、定植地に植苗することを特徴とする。
【0052】
なお、前記縦穴が、前記請求項[1]〜[11]のいずれかに記載の植物苗の短期育成用具の筒径とほぼ同径の縦穴を掘削すると、短期育成用具の固定が容易である。
【発明の効果】
【0053】
本発明にかかる植物苗の短期育成用具、短期育成装置および短期育成方法、さらに短期育成工場、定植用植物苗セット、定植地における植苗方法は、長尺な根を有する植物苗を短期かつ効率的に育成することができる。しかも、その長尺な根を筒体によって保護したまま、搬送できるので、地中に埋め込む前に育成の好適な場所で長尺な根を成長させた後、得られた植物苗を遠隔地域にも容易に供給することができる。定植地に移送した植物苗は、本発明の定植地における植苗方法に従って、筒体、育成材料と共に地中に挿入されることによって、換言すれば、本発明の定植用植物苗セットを地中に挿入することによって、長尺な根の先端が植物育成において必要な水質及び水量を有する土壌層または地下水流に到達するので、水分の補給を積極的に実施しなくても、植物を定植地に定着させることができる。また、前記筒体の内側に前記植物苗の根の下方への成長速度を増大させることを可能にする硬度で育成材料を充填することで、健全な苗を短期間で生育することができ、かつ筒体内で育苗することにより、水の蒸発量を低減できるため、生育に必要となる水分量を大幅に低減することが可能となる。
【0054】
このように、本発明にかかる苗の育成技術は、従来の技術と異なり、長尺な根を持つ苗の育成を場所による制約を受けることなく行うことができ、量産性に優れている。さらに、本発明によれば、根の育成を確認し、その後、定植することができるので、苗の定植を確実に行うことができ、定着率を高めることが可能である。従って、本発明によれば、乾燥地や寒冷地、その他の土壌表面が一般的に植物育成に適さない場所、例えば、塩分、その他による汚染土壌であっても、地下に植物生育に適する水を有する含水層があれば、緑化を容易に実施することができる。仮に、定植地の土壌深層の水分量が植物育成に必要な水分量に対して不足している際には、筒体内に併設した細管(灌漑パイプ)を用いて、地中灌水を施すことにより、水の蒸発を抑えることができ、通常の点滴灌漑(地上部供給)に比べ、灌漑水を大幅に低減できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0055】
以下に、本発明にかかる植物苗の短期育成用具、植物苗の短期育成装置、植物苗の短期育成方法、植物苗の短期育成工場、および定植用植物苗セット、定植地における植苗方法の実施例を図面に基づいて詳細に説明する。なお、以下に示す実施例は本発明を好適に説明するための例示に過ぎず、なんら本発明を限定するものではない。
【実施例1】
【0056】
図1は、本発明の実施例1を説明するためのもので、本発明にかかる植物苗の短期育成用具の構成を示す図である。この短期育成用具の使用目的は、乾燥地などの植物の育成が困難とされている地域において、地表から比較的浅い地層では、塩分が存在していることが多く、また、塩が含まれた水分を用いて灌漑を実施した場合には塩類集積が生じており、植物成長に必要な水分量は地中深くの土壌層に至らないと得られないため、そのような土壌層に到達可能な長尺な根を有する植物苗を育成することにある。
【0057】
その目的のために、この短期育成用具は、定植地の深部含水層に到達可能な長さを有する筒体(以下、導根筒と記す)10と、該導根筒10の上部開口部内側に固定する植物苗11の根の下方への成長速度を増大させることを可能にする硬度に該導根筒10内に充填されている育成材料12とを有する。この育成材料12の導根筒10内での硬度は、定植地の土壌硬度以下に調整されている。硬度を前述の乾燥密度で表すと、ダイズでは、定植土壌硬度が1.5Mg・m-3の場合、土壌硬度を1.35Mg・m-3に調整すれば、根の下方への伸長速度を(定植土壌硬度(=1.5Mg・m-3)の場合に比べて)2倍以上に増大させることができ、土壌硬度を0.5Mg・m-3以下に調整すれば、根の下方への伸長速度を(定植土壌硬度(=1.5Mg・m-3)の場合に比べて)5倍以上に増大させることができた。すなわち、この育成材料12の導根筒10内での硬度は、できるだけ低い方が好ましい。
【0058】
前記導根筒10は、円筒体であってもよいし、口形が三角形、四角形等の多角形でも良いし、楕円形であっても良く、上下に貫通し、内部に前記育成材料12を挿入可能であれば、どのような口形であってもよい。また、前記導根筒は、複数連結して所定の長さにしてもよい。なお、導根筒口径は(上下)一様であることが好ましい。導根筒の口径は、根の伸長を阻害せず、植物の生長に必要な養水分の保持容量が確保できる範囲内で最小の径に設定することが望ましい。導根筒の口径を小さくしすぎると、壁面作用により根の伸長が阻害される可能性が生じ、口径を大きく設定すると、重量、容積が大きくなり、操作性が低下する。最適な導根筒口径は、植物種により異なるが、一般的には、植物苗の主根径の20倍程度に設定するのが好ましい。
【0059】
この導根筒10を構成する材質としては、透水性、保水性、および通気性を有する材質が好ましい。このような材質としては、無機および有機物の多孔性材料が使用可能である。無機多孔性材料としては、汚泥乾燥粒子を焼結して得られた多孔性焼結体などが挙げられ、有機多孔性材料としては、合成樹脂の硬質発泡体などが挙げられる。また、この導根筒10は、後述するように、植物苗11を実際に植苗する際に、植物苗11とともに土中に挿入され、そのまま放置されるので、経時的に分解し、土壌の一部となる生分解性の材質が好ましい。これは、環境を保全するためでもあり、植物苗11が太く成長する場合の束縛とならないようにするためでもある。
【0060】
また、この導根筒10の長さは、植物苗11を植苗しようと予定している地域の地層の深さ方向の含水比に依存し、定植土壌表面から植物生育上で必要な水質及び水量が存在する深さに設定すると効果的である。なお、前記含水層に至るまでの深さにぴったりの長さに導根筒10の長さを設定することは必ずしも必須ではない。というのは、導根筒10が幾分短くても、導根筒10内を成長した根は、導根筒10の下端からさらに下方に生育可能であるからである。
【0061】
前記育成材料12は、植物苗11の幹部および根を保護した状態で、植物苗11を前記導根筒10の内部に挿入もしくは上部開口部10aの内側に固定できるものであって、植物苗11の根に水分と、酸素を供給可能とするために、透水性、保水性、および通気性を有する材質から構成する。そのような材質としては、土壌、砂、礫、バーミキュライト、パーライト、スポンジ状の合成樹脂などが挙げられる。
【0062】
なお、導根筒10の内部全域に育成材料12を挿入する際には、植物苗11の根の成長速度を増大させることを可能にする硬度に育成材料12を調整することが重要であり、そのような硬度は、定植地の土壌硬度以下である。この育成材料12の導根筒10内での硬度は、できるだけ低い方が好ましい。
【0063】
かかる構成の短期育成用具に植物苗11を固定し、導根筒10を介して水分や酸素を供給することによって、図2に示すように、植物苗11の根11aを導根筒10の内部10b中を長さ方向に成長させる。導根筒10の内部10bに挿入される育成材料12が、植物苗11の根11aの成長速度を増大させることを可能にする硬度に調整されているため、根11aは速やか下方に成長する。そして、この時、植物苗11の根11aに供給する水分量を必要最小限にすると、換言すれば、水ストレスを与えると、植物苗11は、水分が充分な環境に置かれた場合よりは速い速度で根11aを水分が存在する方向に成長させる。したがって、導根筒10の下端を水に接触させたり、導根筒10の上端部に水滴を継続的に落とすなどして、導根筒10を湿潤状態に置くと、植物苗11は水源が導根筒10の下方に存在すると感知したかのように、根11aをより早く下方に成長させる。その結果、短期間の内に長尺な根を有する植物苗を育成することができる。また、導根筒10内の育成材料12の密度が低くなっているので、導根筒10と植物苗11と育成材料12とからなる全体重量はごく軽量であり、植物苗11の育成中、育成後にかかわらず、植物苗11を導根筒10ごと容易に搬送することができる。なお、この搬送および定植に有利な形態である「導根筒10と植物苗11と育成材料12」の一組は、定植用植物苗セットとして供給することにより、植物の定植が困難な地域への植苗をより一層促進することが可能になる。
【実施例2】
【0064】
図3は、本発明の実施例2を説明するためもので、前記実施例1に示した導根筒10を多数用いて、多数の植物苗11を一挙に育成することのできる植物苗の短期育成装置の第1の構成を示すものである。この植物苗の短期育成装置は、内部に植物苗の養液20aを貯留する養液槽20と、前記導根筒10の複数個をそれらの下端を前記養液槽20の養液20a中に少なくとも一時的に浸漬した状態で保持するラック部材21と、を有する。なお、この短期育成装置では、多数の植物苗を育成することにしたが、少数本であっても、たとえ一本であっても用いることが可能であり、苗の育成を効率化できることに変わりはない。
【0065】
前記ラック部材21は、前記複数の導根筒10を前記養液槽20に対して上下に移動する昇降手段(不図示)を有している。一方、前記養液槽20には、該養液槽20の養液20a中に空気を強制的に溶解させて養液20a中の溶存酸素量を増加させる曝気手段(不図示)が設けられている。前記ラック部材21に昇降手段を設ける理由は、導根筒10を常に養液槽に浸しておくと、根が腐ってしまうからである。前記昇降手段により、一時的に、一定時間、養液槽に導根筒の下部先端部分を漬け、養液を吸わせた後、再度引き上げて、余剰水を重力で落とす。
【実施例3】
【0066】
図4は、本発明の実施例3を説明するためもので、前記実施例1に示した導根筒10を多数用いて、多数の植物苗11を一挙に育成することのできる植物苗の短期育成装置の第2の構成を示すものである。この植物苗の短期育成装置は、前記導根筒10の複数個を保持するラック部材30と、前記各導根筒10の上端に養液を滴下状態で補給する養液補給手段31と、を有する。
【0067】
かかる構成によっても、前記実施例2の装置と同様の効果を得ることができる。さらに、この装置において、導根筒10への養分補給は、導根筒10の上端から行われるので、この装置に用いる導根筒10の外表面を水分の揮発を防止可能なコーティングを施しておけば、導根筒10に供給された水分の揮発は、主に上端面に限ることができ、供給養液を大幅に節約することが可能になる。コーティング材としては、ビニールシート、アルミ箔等、水分の揮発を防止可能で、かつ取付、取り外しの容易なものが望ましい。なお、根が地中まで生長した場合、導根筒上部への水分の供給は不要である。この場合、地中灌水を実施するのが有効であり、それにより地表からの蒸散量を更に低減可能である。
【実施例4】
【0068】
図5は、本発明の実施例4を説明するためのもので、下端内部に馴化層40が設けられた導根筒10を示す図である。前記馴化層40は、前記導根筒10の下端内部に、植物苗11を導根筒10内に充填された育成材料の硬度よりも高いある一定の硬度に土壌材料を充填してなるものである。この馴化層40を設ける理由は、図に示すように、植物苗11の根11aが導根筒10の下端にまで達して、植苗可能な状態にまで育成が到達した場合に、根11aが、植苗が困難な実際の土壌に耐えて、成長できるように、予め側根の形成を促し、導根筒10外の定植土壌への根張りをよくしておくためである。その手順としては、植物苗11の根11aが導根筒10の下端にまで達する前に、導根筒10の下端内部に、植物苗11を定着させようとする土壌と同等の硬度に土壌材料を充填することにより馴化層40を設け、前記導根筒10内を成長してきた根11aの先端を前記馴化層40中に成長させる。これにより、前記植物苗11を定着させようと予定している乾燥地等の比較的硬い土壌に移植する前に側根の成長を促進することができ、その結果、定植土壌への根張りがよくなり、植物苗の定着率を向上させることができる。
【実施例5】
【0069】
図6は、本発明の実施例5を説明するためのもので、導根筒10の下端部から根11aが露出するまでに育成が進んだ植物苗11に断根処理50を加えている状態を示す図である。本実施例5により示す植物苗の短期育成方法は、導根筒10の下端から露出した根11aの先端を切断(断根処理50)することに特徴がある。根11aにおいて、その先端部の生長が優先的に生じる、いわゆる頂芽優勢を抑制することによって、側根の発生、伸長を促進することができる。断根処理50が施された根11aは、側根が生じやすくなっており、図8に示すように、植苗の土壌(定植土壌)51の中に埋められると、断根処理50による切断面50aから周囲の土壌中に側根を伸ばし始める。その結果、植苗土壌51への定着がより促進される。なお、前記土壌は、定植地の土壌でなく、人工的な育成材料であっても良い。
【実施例6】
【0070】
図7は、本発明の実施例6を説明するためのもので、導根筒10の下端部から根11aが露出するまでに育成が進んだ植物苗11の成長先端の下部土壌中に根の伸長を妨害するほどに硬い物体52を置いた状態を示す図である。本実施例6により示す植物苗の短期育成方法は、導根筒10の下端から露出した根11aの先端の伸長を妨害して、側根を発生させ、発生した側根を成長させることに特徴がある。根11aにおいて、その先端部の生長が優先的に生じる、いわゆる頂芽優勢を硬い物体52によって抑制することにより、側根の発生、伸長を促進することができる。断根処理50が施された根11aは、側根が生じやすくなっており、硬い物体52を避けるようにして、周囲の土壌中に側根を伸ばし始める。その結果、植苗土壌51への定着がより促進される。なお、前記土壌は、定植地の土壌でなく、人工的な育成材料であっても良い。
【実施例7】
【0071】
本実施例7は、導根筒を用いて植物苗を育成すると、短期に長尺な根を持った植物苗を得ることができることを確認するために行われたものである。全く同じ種類で、ほぼ同じ大きさの植物苗を多数本用意し、これらを二つのグループに分け、一方のグループの植物苗は定植土壌として設定した鳥取砂丘砂(1.50Mg・m-3)で、他方のグループの植物苗は本発明の硬度調節をした(硬度を定植土壌(鳥取砂丘砂)以下に調節した)育成材料が充填された導根筒を用いて、それぞれ育成した。用いた植物種は、ダイズ(草本性植物)とクロマツ(木本性植物)である。
【0072】
導根筒による育成は、前述の図4に示す育成装置を、同じ場所に設置して行った。育成期間は、ダイズでは7日間であり、クロマツでは36日間であった。育成後の各グループの植物苗の直根の長さを計測し、各グループの平均値を算出した。その結果をグラフにて示したのが、図9および図10である。なお、本試験では、初期に土壌中の水分をコントロールしたのみで、灌水は行っていない。また、使用した導根筒の口径(内径)は、8cmのものを使用した。
【0073】
図9に示すように、ダイズでは、定植土壌として設定した鳥取砂丘(土壌硬度1.50Mg・m-3)にて育成した場合の直根の伸長長さは、8cm程度であったが、本発明の硬度調節をした育成材料(<0.5Mg・m-3)が充填された導根筒を用いた育成方法により育成した場合の直根の伸長長さは、37cm程度にまで達した。また、図10に示すように、クロマツでは、定植土壌(鳥取砂丘)にて育成された場合の直根の伸長長さは5cm程度であったが、本発明の硬度調節をした育成材料(<0.5Mg・m-3)が充填された導根筒を用いた育成方法により育成した場合の直根の伸長長さは23cm程度にまで達した。したがって、ダイズ(草本性植物)、クロマツ(木本性植物)においては、本発明の育成方法を用いれば、乾燥地などの植物の育成が困難な地域に定着可能な長尺な根を有する植物苗の育成に要する日数を、通常の育成方法を用いた場合と比べて1/4以下に短縮することが可能であることが理解される。
【実施例8】
【0074】
図11は、本発明の植物苗の短期育成方法を工場規模で稼働する場合の育成基本ユニット60の概念図である。この基本ユニット60は、保持手段61に数10本単位の導根筒10が等間隔に固定されてなるものである。このユニット60をベルトコンベアなどの搬送手段により給水スポットまで移動し、定期的に給水させる。これを繰り返して育成を完了させる。育成が完了したら、この基本ユニット60のまま、植苗現場に搬送し、植苗作業を行う。
【実施例9】
【0075】
図12は、前記給水スポットの一形態を示すものである。この給水スポット70は、ラック部材71と、このラック部材71に固定された養液滴下補給手段72とから構成されている。前記ラック部材71はゲート状の部材であり、この下をベルトコンベア73が通過する。ベルトコンベア73によって前記基本ユニット60が搬送される。ベルトコンベア73によって基本ユニット60が前記給水スポット70に移動されると、所定時間静止状態に置かれる。その間、前記養液滴下補充手段72の各給水配管72aから各導根筒10の上端に養液が滴下される。
【実施例10】
【0076】
図13は、前記実施例9に示した給水スポット70を用いた育成工場の全体見取り図である。この工場の屋内(雰囲気制御空間)には前記ベルトコンベア(移動手段)73がつづら折り状に設置されており、このベルトコンベア73は、全体としてループをなしており、駆動装置80によって無限軌道を駆動される。その軌道の一部が水、養分供給室(養液供給手段)81内を通過するようになっている。
【0077】
この水、養分供給室81内には、図示していないが、前記供給スポット70が設置されており、室外に設置された追肥装置82や循環ポンプ83によって、この水、養分供給室81に搬送されてきた基本ユニット60の各導根筒に養液を滴下するようになっている。この工場の屋内は、植物苗の短期育成に好適な温度になるように、空調システム84によって温度制御されている。前記水、養分供給室81の下流側の隣室は、モニタリング室85となっており、不良苗の有無や苗の生育状態を観察する。
【0078】
なお、図中、符号86は、前記ベルトコンベア73による基本ユニット60の搬送スケジュール、屋内の温度調整、屋内への採光、屋内照明、屋内の給排気などを育苗に最適に制御する制御装置(不図示)が設置されている制御室である。さらに、符号87は、工場内に入る作業者や物品から汚染物を除去するためのエアーシャワー室であり、符号88は、苗育成前の基本ユニット60を搬入し、苗育成後の基本ユニット60を搬出するための苗搬送用ゲートである。
【0079】
前記構成の育成工場によれば、苗育成に好適な気候環境に維持された屋内を、多数の導根筒を保持する基本ユニット60がベルトコンベア73を用いて自動的に巡回され、その途中で適切な養液補給が行われるので、短期間に多量の植物苗を育成することができる。かかる工場を建設することによって、広大な乾燥地の緑化も可能となる。
【実施例11】
【0080】
図14は、前記給水スポットの一形態を示すものである。この給水スポット90は、複数の養液循環タンク91を設置してなるもので、この養液循環タンク91には基本ユニット60をクレーン92によって搬送する搬送ライン93が架設されている。この搬送ライン93が布設されている搬送路の一部に本実施例10の給水スポット90が位置することになる。その位置にある搬送ライン93を構成する支柱にはスプレー装置94が取り付けられており、このスプレー装置94から水を噴霧して苗の表面温度を調整可能となっている。
【0081】
したがって、本実施例の給水スポット90は、正確には前記養液循環タンク91と前記スプレー装置とから構成される。前記クレーン92によって基本ユニット60が前記給水スポット90に移動され、養液循環タンク91に基本ユニット60を浸漬し、所定時間静止状態に置かれる。その間、前記養液循環タンク91内の養液が基本ユニット60に保持されている多数の導根筒の下端から補給される。この時、必要に応じてスプレー装置94から水を噴霧して苗の表面温度を調整する。
【実施例12】
【0082】
図15は、前記実施例11に示した給水スポット90を用いた育成工場の全体見取り図であり、前記図12に示した工場と同一構成要素には同一符号を付して説明を簡略化する。この工場の屋内(雰囲気制御空間)には前記クレーン(移動手段)92が多数並列されており、このクレーン92は、工場の屋内の一端から他端に往復移動が可能となっている。この工場では、基本ユニットは、養液循環タンク(養液供給手段)91に一時的に浸漬され、必要に応じて、クレーン92によりつり上げられて、移動される。
【0083】
前述のように、この工場では、通常、基本ユニット60の多数個が養液循環タンクに一時的に浸漬された後、液から引き上げられて苗の育成が行われるので、タンク91内の養液の組成に不均一が生じないように、養液は循環ポンプ91aによってタンク内を循環される。図中、符号100は前記循環する養液の水質、水温、および近傍の室温などを監視するモニタリング装置である。なお、この工場では、育成用の屋内と苗搬送用ゲート88との間に播種、間引きなどの植物苗の準備、管理を行う作業空間101が設けられている。
【0084】
前記構成の育成工場によれば、苗の育成に好適な気候環境に維持された屋内に多数個設置された養液循環タンク91に多数の基本ユニット60が一時的に浸漬され、必要に応じてクレーン92により移動可能となっているので、短期間に多量の植物苗を育成することができる。かかる工場を建設することによって、広大な乾燥地の緑化も可能となる。
【実施例13】
【0085】
図16は、本発明における植物苗の育成から植苗(苗の定植)までのプロセスの一例を示すものである。このプロセスでは、まず、製造した導根筒10を専用コンテナ110で作業場まで搬送し、作業場にて、各導根筒10に苗もしくは種を固定し、これらの多数本を前述の基本ユニット60などにより保持し、土壊水分調節槽111にて根の育成を行う。育成された「長尺な根を有する植物苗(本発明では、「深根苗」とも記す)」をユニット112にする。この場合の土壊水分調節槽111は、給水スポット70や90に設けた養液供給システムと同等であり、深根苗ユニット112は苗の育成が完了した基本ユニット60と同等である。以上の植物苗の育成が完了するまでの工程は、一つの管理型苗床工場113にて行う。この工場113は、前述の実施例10,11に示した育成工場と同等である。
【0086】
前記深根苗ユニット112をトラックなどの輸送手段により定植地116に搬送し、植苗する。
【実施例14】
【0087】
本実施例14は、本発明の定植地における植苗方法を示すものである。この植苗方法では、図17に示すように、乾燥地等の定植地116の地中に前記導根筒10の筒径と同径の縦穴120を植物が育成するために十分な良質水分を含んだ土壌層121に至るまで掘削し、該縦穴120に、前述の各育成方法のいずれかによって育成して得られた長尺な根を有する植物苗(深根苗)11をその導根筒10と一緒に挿入することによって、定植地116に植苗する。ここにおける「深根苗11と導根筒10と導根筒10の内部に挿入されている育成材料」とは、一体的として、すなわち、定植用植物苗セットとして、供給されることになる。それによって、深根苗11を傷つけたり、乾燥させたりなどの弱体化から保護しつつ、搬送することができ、しかも土中に植え付ける時も、導根筒10により深根苗11を保護しつつ、かつ効率的に、作業を行うことができる。
【0088】
なお、植物苗には、茎の長い種(長茎苗)があるが、このような長茎苗は、その茎の先端部分を地面から露出させておけば、充分に育成させることができる。したがって、苗として長茎苗を用いた場合では、導根筒10が良質水分を含んだ土壌層121に到達する長さに足りないという事態に対応して、長茎苗の先端が地面から露出する程度に導根筒10を押し下げることが可能であり、それによって、導根筒10の下端もしくは長尺な苗の先端を土壌層121に到達させることができる。
【0089】
この植苗方法によれば、縦穴120を掘削しておき、その中に植物苗11を導根筒10とともに、すなわち、定植用植物苗セットの形態で、挿入するので、植え付け作業が容易であり、植え付けに際して植物苗(深根苗)11の長尺な根11aを傷つけることがなく、多数本を短時間に植え付けることができる。また、掘削した縦穴120の最深部は植物が育成するために十分な良質水分を含んだ土壌層121に位置しているので、縦穴120に挿入された導根筒10に下端に露出している根11aは容易に良質な水分を吸収することができ、しかも、特に雨水等が自然に土壌中に再供給される地域では、この深部層に含まれる水分は枯渇することがないので、その後の水分吸収も順調に経過し、植物苗11の定着を確実なものとすることができる。
【0090】
この植苗方法においては、用いる導根筒10を生分解性資材で構成しておくことが好ましい。生分解性資材として、例えば、生分解性樹脂からなる筒体を導根筒として用いれば、植苗後に分解して土壌化するので、環境を汚染することもなく、また、植物の生長を物理的に阻害するも回避することができる。なお、ここでいう生分解性資材とは、太陽光により光分解する素材、温度により酸化分解する素材、湿度により加水分解する素材、微生物により分解される素材を意味する。
【実施例15】
【0091】
前記実施例14に示したように、定植地116に植苗した後、定植地116の土壌深層の水分量が植物育成に必要な水分量に対して不足している際の対策として、図18に示すように、導根筒製造時に予め細管(灌漑パイプ)130を挿入しておき、この細管130を介して、水分(養液)131を地表から移植後の深根苗の根系部(導根筒10最低部)に直接水供給を行うのが効果的である。
【0092】
灌漑は、根の成長部分(先端部分)に行うのが最も効果的である。というのは、根の吸水力は、成長部分で最も大きく、根が成長しきった地表部分に灌水しても、効果は小さいからである。灌漑パイプである細管130を導根筒10内に設置することで、灌漑水を根の成長部に直接供給することができる。このような地中灌漑は、地表から灌漑する場合に比べて、節水することができる。なぜなら、地表面への灌水では、灌水量のうち60〜70%が蒸発で失われてしまう。一方、地中灌水を行えばこの蒸発が抑えられ、灌漑水が植物に供給され効率が高まるためである。
【産業上の利用可能性】
【0093】
本発明にかかる植物苗の短期育成用具、短期育成装置、短期育成方法、短期育成工場、定植用植物苗セット、および定植地における植苗方法は、長尺な根を有する植物苗(深根苗)を短期に効率的に育成することができる。しかも、その長尺な根を筒体(導根筒)によって保護したまま、搬送できるので、育成の好適な場所で長尺な根を成長させた後、得られた植物苗を遠隔地域にも容易に供給することができる。乾燥地などの植物の育成が困難な地域に移送した植物苗は、導根筒と共に地中に挿入されることによって、長尺な根を痛めることなく、植苗可能である。かかる植苗によって、長尺な根の先端が植物が育成する上で必要な水質及び水量を有する土壌層に到達するので、水分の補給を積極的に実施しなくても、植物を乾燥地帯に定着させることができる。すなわち、本発明により、深根苗を短期間で育成(節水)、量産することが可能となり、かつ定着率を高めることが可能であることから、乾燥地などの植物の育成が困難な地域の緑化を容易かつ大規模に実施することができ、食糧問題や、二酸化炭素の固定という観点から地球温暖化防止等の環境問題にも貢献できるものである。
【図面の簡単な説明】
【0094】
【図1】本発明にかかる植物苗が固定された筒体(導根筒)の斜視図である。
【図2】図1に示す筒体(導根筒)の内部とその中の植物苗の根の関係を示す図である。
【図3】養液槽を用いた本発明にかかる短期育成装置の概略構成を示す図である。
【図4】養液滴下供給手段を用いた本発明にかかる短期育成装置の概略構成を示す図である。
【図5】成長後の長尺な根を定着地の土壌に馴化させるための馴化層を下端に形成した導根筒の断面構成図である。
【図6】成長後の長尺な根を定着地の土壌に根付かせるために側根の発生を促進する断根処理を行っている状態を示す図である。
【図7】成長後の長尺な根を定着地の土壌に根付かせるために側根の発生を促進するために筒体(導根筒)の下部先端の下方の土壌中に硬度の硬い物体を設置した状態を示す図である。
【図8】図6に示す断根処理によって、植物苗が定植地の定植土壌に側根を成長させた状態を示す図である。
【図9】本発明による植物苗の短期育成方法による長尺な根(ダイズ)の成長速度を示す図である。
【図10】本発明による植物苗の短期育成方法による長尺な根(クロマツ)の成長速度を示す図である。
【図11】本発明の植物苗の短期育成方法を実施するに適した基本ユニットを示す図である。
【図12】本発明の植物苗の短期育成方法を実施するに適した養液供給手段の一例を示す図である。
【図13】図12に示した養液供給手段を工場規模で採用した苗育成工場の概略構成図である。
【図14】本発明の植物苗の短期育成方法を実施するに適した養液供給手段の他の一例を示す図である。
【図15】図14に示した養液供給手段を工場規模で採用した苗育成工場の概略構成図である。
【図16】本発明を用いた植物苗の育成から植物苗の植え付けまでの一連のプロセスの一例を示す図である。
【図17】本発明の乾燥地などの植物の育成が困難な地域における植苗方法を示す説明図である。
【図18】乾燥地などの植物の育成が困難な地域にて植苗後に実施して好適な地中灌漑法を示す説明図である。
【図19】乾燥地における地中の深さ方向の土壌含水比の変化をグラフによって示す図である。
【図20】乾燥地の緑化に提案されている従来の植苗方法に用いられる構造体の構成を示す図である。
【符号の説明】
【0095】
10 導根筒(筒体)
10b 内部
11 植物苗
11a 長尺な根
12 育成材料(苗保持材)
20 養液槽
20a 養液
21、30 ラック部材
31 養液供給手段
40 馴化層
50 断根処理
120 縦穴
121 植物が育成する上で必要な水質及び水量を有する土壌層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
定植地に定着可能な長尺な根を有する植物苗を得るための植物苗の短期育成用具であって、
前記定植地の地下含水層に到達可能な長さを有する筒体と、該筒体内に充填されている育成材料とを有してなり、前記育成材料が前記筒体の上部開口部内側に固定する植物苗の根の下方への成長速度を増大させることを可能にする硬度に調整されていることを特徴とする植物苗の短期育成用具。
【請求項2】
前記育成材料の硬度が、育成後の前記植物苗を定着させようとする定植地の土壌硬度以下であることを特徴とする請求項1に記載の植物苗の短期育成用具。
【請求項3】
前記育成材料が、土壌、砂、礫、土壌代替物からなる群から選ばれる少なくとも1種であることを特徴とする請求項1または2に記載の植物苗の短期育成用具。
【請求項4】
前記筒体が透水性を有することを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の植物苗の短期育成用具。
【請求項5】
前記筒体が保水性を有することを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載の植物苗の短期育成用具。
【請求項6】
前記筒体が通気性を有することを特徴とする請求項1〜5のいずれか1項に記載の植物苗の短期育成用具。
【請求項7】
前記地下含水層が前記植物苗の生育に必要な水質および水量を有する含水層であることを特徴とする請求項1〜6のいずれか1項に記載の植物苗の短期育成用具。
【請求項8】
前記筒体の下端内部に、該筒体内に充填されている前記育成材料の硬度よりも高い硬度に育成材料が充填されてなる馴化層が設けられていることを特徴とする請求項1〜7のいずれか1項に記載の植物苗の短期育成用具。
【請求項9】
前記定植地が土壌であり、前記馴化層を形成する育成材料が土壌、砂、礫、土壌代替物からなる群から選ばれる少なくとも1種であることを特徴とする請求項8に記載の植物苗の短期育成用具。
【請求項10】
前記筒体が生分解性資材から構成されていることを特徴とする請求項1〜9のいずれか1項に記載の植物苗の短期育成用具。
【請求項11】
前記定植地が乾燥地であることを特徴とする請求項1〜10のいずれか1項に記載の植物苗の短期育成用具。
【請求項12】
定植地に定着可能な長尺な根を有する植物苗を得るための植物苗の短期育成装置であって、
請求項1〜11のいずれかの植物苗の短期育成用具の少なくとも一つと、この育成用具を保持するラック部材と、を有してなる植物苗の短期育成装置。
【請求項13】
定植地に定着可能な長尺な根を有する植物苗を得るための植物苗の短期育成装置であって、
植物苗の養液を貯留する養液槽と、請求項1〜11のいずれかの植物苗の短期育成用具の少なくとも一つをその下端を前記養液槽の養液中に少なくとも一時的に浸漬した状態で保持するラック部材と、を有してなる植物苗の短期育成装置。
【請求項14】
前記ラック部材が前記育成用具を前記養液槽に対して上下に移動する昇降手段を有することを特徴とする請求項13に記載の植物苗の短期育成装置。
【請求項15】
前記養液槽の養液中に空気を強制的に溶解させて養液中の溶存酸素量を増加させる曝気手段を有することを特徴とする請求項13または14に記載の植物苗の短期育成装置。
【請求項16】
定植地に定着可能な長尺な根を有する植物苗を得るための植物苗の短期育成装置であって、
請求項1〜11のいずれかの植物苗の短期育成用具の少なくとも一つを保持するラック部材と、前記各育成用具の上端に養液を滴下状態で補給する養液補給手段と、を有してなる植物苗の短期育成装置。
【請求項17】
定植地に定着可能な長尺な根を有する植物苗を得る植物苗の短期育成方法であって、
前記定植地の地下含水層に到達可能な長さを有する筒体の上部開口部内側に植物苗を固定するとともに、前記筒体の内側に前記植物苗の根の下方への成長速度を増大させることを可能にする硬度で育成材料を充填し、前記植物苗の根の前記筒体下方への成長を促進させることにより、前記長尺な根を有する植物苗を得ることを特徴とする植物苗の短期育成方法。
【請求項18】
前記育成材料の硬度を、育成後の前記植物苗を定着させようとする定植地の土壌硬度以下に設定することを特徴とする請求項17に記載の植物苗の短期育成方法。
【請求項19】
前記育成材料として、土壌、砂、礫、土壌代替物からなる群から選ばれる少なくとも1種を用いることを特徴とする請求項17または18に記載の植物苗の短期育成方法。
【請求項20】
前記筒体を透水性材料から構成することによって、前記植物苗の根に対する水分供給を容易にすることを特徴とする請求項17〜19のいずれか1項に記載の植物苗の短期育成方法。
【請求項21】
前記筒体を保水性材料から構成することによって、前記植物苗の根に対する水分供給を容易にすることを特徴とする請求項17〜19のいずれか1項に記載の植物苗の短期育成方法。
【請求項22】
前記筒体を通気性材料から構成することによって、前記植物苗の根に対する酸素供給を容易にすることを特徴とする請求項17〜21のいずれか1項に記載の植物苗の短期育成方法。
【請求項23】
前記含水層として前記植物苗の生育に必要な水質および水量を有する含水層を選択することを特徴とする請求項17〜22のいずれか1項に記載の植物苗の短期育成方法。
【請求項24】
前記筒体の下端内部に、該筒体内に充填されている前記育成材料の硬度よりも高い硬度に育成材料を充填することにより馴化層を設けることを特徴とする請求項17〜23のいずれか1項に記載の植物苗の短期育成方法。
【請求項25】
前記定植地が土壌である場合、前記馴化層を形成する育成材料として土壌、砂、礫、土壌代替物からなる群から選ばれる少なくとも1種を用いることを特徴とする請求項24に記載の植物苗の短期育成方法。
【請求項26】
前記筒体の上端に固定した植物苗の根が該筒体内を成長して根の先端が該筒体の下端からさらに下方に伸長したところで、該根の先端を切断処理することにより、前記筒体内を成長した根の先端からの側根の発生および伸長を促進することを特徴とする請求項17〜25のいずれか1項に記載の植物苗の短期育成方法。
【請求項27】
前記定植地が乾燥地であることを特徴とする請求項17〜26のいずれか1項に記載の植物苗の短期育成方法。
【請求項28】
気候環境を制御可能な空間と、該空間内に設けられる前記請求項12〜16のいずれか1項に記載の短期育成装置と、前記空間内において前記短期育成装置を移動させる移動手段とを有することを特徴とする植物苗の短期育成工場。
【請求項29】
前記請求項1〜11のいずれか1項に記載の短期育成用具に該短期育成用具の下端に至る長尺な根を有する植物苗が挿入されてなる定植用植物苗セット。
【請求項30】
前記長尺な根を有する植物苗が前記請求項12〜16のいずれか1項に記載の植物苗の短期育成装置を用いて育成されたものであることを特徴とする請求項29に記載の定植用植物苗セット。
【請求項31】
前記長尺な根を有する植物苗が前記請求項17〜27のいずれか1項に記載の植物苗の短期育成方法により育成されたものであることを特徴とする請求項29に記載の定植用植物苗セット。
【請求項32】
前記長尺な根を有する植物苗が前記請求項28に記載の植物苗の短期育成工場において育成されたものであることを特徴とする請求項29に記載の定植用植物苗セット。
【請求項33】
定植地の地中に縦穴を植物が生育するために必要な品質および量の水を有する含水層に至るまで掘削し、該縦穴に、前記請求項29〜32のいずれか1項に記載の定植用植物苗セットを埋め込むことによって、定植地に植苗することを特徴とする定植地における植苗方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図20】
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【公開番号】特開2007−89501(P2007−89501A)
【公開日】平成19年4月12日(2007.4.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−284590(P2005−284590)
【出願日】平成17年9月29日(2005.9.29)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)国等の委託研究の成果に係る特許出願(平成16年度科学技術試験研究委託業務、「広域水循環予測及び対策技術の高度化」、産業活力再生特別措置法第30条の適用を受けるもの)
【出願人】(000006208)三菱重工業株式会社 (10,378)
【Fターム(参考)】