説明

液体種菌用培養液、液体種菌及び液体種菌の製造方法

【課題】より良品なきのこを栽培することが可能な液体種菌用培養液を提供する。
【解決手段】大豆粉、糖類、リン酸水素塩及び硫酸塩を含有することを特徴とするきのこの液体種菌用培養液である。菌糸の生長を増幅し、種菌の製造期間を短縮することができる。また、このように製造された液体種菌を使用したきのこの製造工程(培養工程、発生工程、育成工程)における期間も短縮することができる。さらにまた、大豆粉、糖類、リン酸水素塩及び硫酸塩は、安価な素材であり、製造コストを削減することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、液体を培地基材とした種菌(液体種菌)を培養するための培養液と、それを用いて製造された液体種菌と、その製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
えのきだけ、ぶなしめじ、まいたけ、なめこ、エリンギ等のきのこの人工栽培では、種菌が使用される。種菌とは、きのこの二次菌糸をオガコやチップを基材とした固体培地又は液体培地で培養して、取り扱いを容易にしたものであって、植物で例えると種のようなものである。この種菌を培地に接種し、きのこ(子実体)の製造工程(培養工程、発生工程、育成工程)を経ることにより、きのこを収穫することができる。
【0003】
種菌の製造には、固体培養と液体培養の2種類の方法があるが、固体培養が一般的である。しかしながら、固体培養は、液体培養よりも操作が煩雑であり、時間もかかる。したがって、その分、培養のためのスペースも狭められてしまう。また、培養瓶を用いて種菌を培養するから、多数本の培養瓶を用意する必要があり、培養瓶の取り扱いが煩雑になる
また、固体培養の場合、実際に培地に種菌を接種してきのこを栽培してみないと種菌の良否を確かめることができないため、種菌に問題があった場合に栽培ロスが発生するし、種菌を回復させる場合も回復までに時間がかかるという問題がある。
【0004】
そこで、液体培養が注目されており、例えば、きのこの液体種菌の製造方法が特許文献1に開示されている。
【特許文献1】特開2002−51639号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1によると、種菌の栽培日数を短縮でき、少スペース化を図ることができる。また、液体培養の過程において液体培地の色や臭い等の状態によって、種菌の良否を判別できるため、栽培ロスが少なくてすむ。したがって、良品なきのこを栽培することが可能となる。
【0006】
しかしながら、特許文献1には、液体種菌の培養に用いる培養液の種類については詳しく言及されていない。きのこは、栄養源を他の生物由来の物質に依存する従属栄養生物であるため、栄養素が重要となる。従来は、液体種菌の生長に必要な栄養素を供給するために、ポテト、タマネギ又は肉のしぼり汁等の成分を培養液に添加する方法が行われてきた。しかし、液体種菌の正確な栄養要求性は解明されていない。また、培養液中に占める栄養素の割合は大きく、コストも大きい。
【0007】
そこで、本発明は、培養液の種類が液体種菌の生長へ与える影響に着目し、より良品なきのこを栽培することが可能な液体種菌用培養液を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的を達成するため、本発明は、大豆粉、糖類、リン酸水素塩及び硫酸塩を含有することを特徴とするきのこの液体種菌用培養液である。これらの栄養源を含有することにより、菌糸の生長を増幅し、液体種菌の製造期間を短縮することができる。また、このように製造された液体種菌を使用したきのこの製造工程(培養工程、発生工程、育成工程)における期間も短縮することができる。さらにまた、大豆粉、糖類、リン酸水素塩及び硫酸塩は、安価な素材であり、製造コストを削減することができる。なお、液体種菌用培養液中に、大豆粉、糖類、リン酸水素塩及び硫酸塩以外の物質を含有させることができるのはもちろんである。
【0009】
大豆粉としては、大豆粉末、脱脂大豆粉末、おから等の大豆由来の物質を用いることができる。なお、脱脂大豆粉は植物油を製造する際に大豆から油を取り去ったかすであり、また、おからは大豆から豆腐を製造する際の豆乳の絞りかすであって、これらは不要物であるため、安価に入手でき、より低コスト化を図ることができる。また、大豆粉末又は脱脂大豆粉末としては、常法により大豆又は脱脂大豆を粉末にしたものを使用することができ、市販品であってもよい。大豆粉末又は脱脂大豆粉末の粒径は、特に限定されるものではなく、通常市販されている粒径のものでよい。
【0010】
糖類としては、グルコース、フラクトース、マンノース、リボース、ガラクトース等の単糖類、スクロース、マルトース、ラクトース等の二糖類、デキストリン、デキストラン等の多糖類が挙げられる。
【0011】
リン酸水素塩としては、リン酸水素二カリウム、リン酸二水素カリウム、リン酸水素二ナトリウム、リン酸二水素ナトリウム、リン酸二水素カルシウム、リン酸二水素リチウム、リン酸水素マグネシウム、リン酸二水素マグネシウム、リン酸二水素アンモニウムが挙げられ、特にリン酸二水素カリウムが好ましい。菌糸の生長を促進させることができる。
【0012】
硫酸塩としては、硫酸マグネシウム、硫酸カリウム、硫酸ナトリウム、硫酸カルシウム及び硫酸アルミニウムを例示でき、無水物であっても水和物であってもよいが、硫酸マグネシウム七水和物がより好ましい。菌糸の生長を促進させることができる。
【0013】
より具体的には、液体種菌用培養液中に、大豆粉0.5〜7.5g/L、糖類3〜20g/L、リン酸水素塩0.05〜2.5g/L、硫酸塩0.05〜2.5g/Lを含有するようにするのが好ましい。さらに好ましくは、大豆粉1.5〜4g/L、糖類6〜19g/L、リン酸水素塩0.2〜2.5g/L、硫酸塩0.2〜2.5g/Lを含有させるのがよい。この割合によれば、高効率で菌糸の生長を促進させることができる。
【発明の効果】
【0014】
本発明によると、液体種菌用培養液中に大豆粉、糖類、リン酸水素塩及び硫酸塩を含有させることにより、菌糸の生長を増幅し、液体種菌の製造期間を短縮することができる。また、このように製造された液体種菌を使用したきのこの製造工程(培養工程、発生工程、育成工程)における期間も短縮することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
以下、本発明の実施形態を説明する。本実施形態における液体種菌用培養液は、水に、栄養素として大豆粉、リン酸水素塩、硫酸塩及び糖類を含有させてなる培養液である。よく混合した後に高温殺菌される。
【0016】
具体的には、大豆粉としては、脱脂大豆粉末を用いる。脱脂大豆粉末の培養液中の含有量は、0.5〜7.5g/Lの範囲、より好ましくは1.5〜4g/Lの範囲にあることが好ましい。
【0017】
リン酸水素塩としては、リン酸二水素カリウムを用いる。リン酸二水素カリウムの培養液中の含有量は、0.05〜2.5g/Lの範囲、より好ましくは0.2〜2.5g/Lの範囲にあることが好ましい。
【0018】
硫酸塩としては、硫酸マグネシウム七水和物を用いる。硫酸マグネシウム七水和物の培養液中の含有量は、0.05〜2.5g/Lの範囲、より好ましくは0.2〜2.5g/Lの範囲にあることが好ましい。
【0019】
糖類としては、精製砂糖を用いる。精製砂糖は、3〜20g/Lの範囲、より好ましくは6〜19g/Lの範囲にあることが好ましい。
【0020】
[液体種菌の製造工程]
以下に、液体種菌を製造する工程について順を追って説明する。液体種菌は、前培養工程及び本培養工程を経て製造される。
【0021】
1.前培養工程
まず、きのこの保存菌株を収納した試験管から菌株をシャーレの固体培地(一般的な寒天培地)に接種し、温室で培養する。培地内に菌糸が蔓延した後、シャーレから5mm角ブロック程度の塊を2〜10個取り出し、これを600mlの培養液(本実施形態の液体種菌用培養液)が入った三角フラスコに接種する。なお、培養液の入った三角フラスコは、事前にオートクレーブを使用した高圧殺菌により121℃で15分間〜20分間殺菌してある。
【0022】
次に、塊を接種した三角フラスコを、20℃〜25℃程度の室温に調整した室内で3日間静置培養する。静置培養した後、20℃〜25℃の環境下で7〜11日ほど振とう培養する。振とう培養には、振とう培養機を使用し、回転数100rpmで振とうしたが、振とう培養機の回転数は50〜150rpm程度で適宜調節すればよい。
【0023】
振とう培養が完了に近づくと、培養液中に菌糸が伸長してくる。この培養液を本培養に使用する場合は、ホモジナイザー又はマグネットスターラー等で菌糸体を細かくしてから使用するのがよい。細かくすることで本培養の際の菌まわりが速くなるからである。以上の前培養工程は10〜14日程度で完了する。
【0024】
2.本培養工程
次に、本培養に移る。本培養では、約360Lの培養液(本実施形態の液体種菌用培養液)が収容された培養タンクを使用する。
【0025】
培養タンクは、ステンレス板を用いて有底の密閉可能な容器に形成されたものである。なお、ステンレス板以外の素材を使用することが可能であり、金属板に限らずプラスチック等の素材を使用することも可能である。培養タンクの大きさは適宜設計可能であるが、本実施形態では、タンク本体の直径76cm、高さ98cmの培養タンクを使用した。タンク本体の上部に培養液を投入するための接種口が設けられ、タンク本体の側面と上面に点検用窓が設けられている。
【0026】
培養タンクは、従来からきのこの栽培で使用されている高圧殺菌釜内に収容され、培養タンクごと高圧殺菌される。121℃で1分間〜30分間殺菌した。これを放冷した後、タンク内に、前培養工程で種菌が接種され培養された調整培養液を接種する。調整培養液を接種する際には、雑菌が混入しないよう十分に注意を払う必要がある。本実施形態では、クリーンブース内で接種作業を行い、接種口を開く前に接種口の周辺を火炎殺菌し、次に、接種口のフランジ部に数cc程度プロピルアルコールを注ぎ、アルコールに点火して接種口を開口させる。アルコールの焔による気流が生じている状態のうちに、前培養工程で調製した調整培養液を培養タンク内に注ぎ込む。本実施形態では前培養工程で使用した三角フラスコの1本の調整培養液(600ml)を投入した。調整培養液を投入完了後、ただちに接種口を閉じる。
【0027】
調整培養液の接種が完了した培養タンクを培養室に移動して、培養を開始する。培養室の室温は22℃〜23℃程度である。培養は、培養タンク内にエアを吹き込みながら行う。このエアレーションの際も、フィルターを介してエアを導入し、雑菌が培養タンク内に入り込まないようにする。エアレーションの際のエア圧力は0.12〜0.15MPa程度である。培養タンク内で培養に要する期間はえのき茸等では3日〜6日程度であり、シメジ、ナメコ等では4日〜8日である。培養タンク内での培養の進み具合は、点検用窓からタンク内の培養液の状態を視認することによって容易に知ることができる。培養が進んでくるとタンク内の培養液中に菌糸体が延びてくるから、培養状態を見計らって接種することができる。
【0028】
また、点検用窓からタンク内の培養液の状態を視認することによって、種菌が不良であったり、培養不良が生じていたりすることを的確に知ることができる。また、種菌の不良は培養時の臭いによっても簡単に知ることができる。このように種菌の良否を確実に知ることができることは、不良な種菌が実際の栽培に使用されることを防止し、これによって栽培ロスが生じることを未然に防止することができる点で従来のおがくず種菌等を使用する場合にくらべて有利である。また、仮に、種菌が不良であった場合でも、培養液の調製から殺菌、調整培養液を接種する工程を再度行うことによって、短期間で回復させることができる点で、有利である。
【0029】
このように、上記工程を経ることにより、液体種菌を製造することができる。この液体種菌を培地に接種し、きのこ(子実体)の製造工程(培養工程、発生工程、育成工程)を経ることにより、きのこを収穫することができる。なお、きのこの栽培方法は、きのこの種類によって生育環境や栽培工程が若干異なるが、それぞれのきのこの分野において一般的な栽培方法を採用することができる。
【実施例】
【0030】
水1Lに、大豆粉末、精製砂糖、リン酸二水素カリウム及び硫酸マグネシウムを表1に示す割合で混合し、高温殺菌して液体種菌用培養液を調整した。表1に、この液体種菌用培養液を用いて液体種菌を製造した場合の評価を示す。なお、きのことしてはえのき茸を用いた。
【0031】
表1中の「種菌の成長状態」とは、目視により種菌の成長状態を評価したものであり、その評価方法については下記のとおりである。
◎・・・「菌糸の生長に活力があり、直径0.5cm以上のコロニー(固まり)を形成する」
○・・・「菌糸は生長し、コロニーを形成するが、コロニーの大きさが小型である」
△・・・「菌糸は生長するが、コロニーを形成せず、薄回りである」
×・・・「菌糸の生長がない」
【0032】
また、表1中の「種菌の培養日数」とは、液体種菌の前培養工程と本培養工程にかかった日数である。より詳しくは、菌糸が蔓延したシャーレから取り出した5mm角ブロック程度の2〜10個の塊を、600mlの液体種菌用培養液が収容されたフラスコに接種し前培養工程を経た後、液体種菌の本培養工程において、培養タンク(本実施例においては、600mlの液体種菌用培養液が収容されたフラスコを使用)に、前培養工程で調整した調整培養液1mlを接種(前述の実施形態に記載の培養タンク360Lに接種する前培養工程で調整した液体種菌量600mlと同比率量)してから、種菌の培養が完了する(発育状態が十分になる)までの期間である。また、表1注の<>内の数字は、種菌の前培養工程にかかった日数である。
【0033】
また、「子実体の収穫までの日数」とは、本培養工程終了後の液体種菌20mlを1100mlの瓶中のおがくず培地に接種してから、子実体(きのこ)が収穫可能な程度に成長するまでの期間である。
【0034】
また、「総日数」とは、液体種菌の前培養工程開始から、子実体(きのこ)が収穫可能な程度まで成長する期間、すなわち、種菌の培養日数と、子実体の収穫までの日数とを足した日数である。
【0035】
また、「収穫量」とは、収穫された子実体(きのこ)の量であって、液体種菌20mlが接種された1100mlの瓶1個当たりから収穫された子実体(きのこ)の重さを表す。
【0036】
【表1】

【0037】
表1より、大豆粉末、精製砂糖、リン酸水素二カリウム及び硫酸マグネシウムを含有する液体種菌用培地では、種菌及び子実体の生長がみられる(サンプル1〜26)。
【0038】
また、大豆粉末0.5〜7.5g/L、精製砂糖3〜20g/L、リン酸二水素カリウム0.05〜2.5g/L及び硫酸マグネシウム0.05〜2.5g/Lの割合で含有する液体種菌用培養液を用いて液体種菌を製造した場合、菌糸は生長し、コロニーの形成が見られ、種菌の培養日数や子実体の収穫までの日数・収量ともに優れている(サンプル1〜18)。
【0039】
特に、大豆粉末1.5〜4g/L、精製砂糖6〜19g/L、リン酸二水素カリウム0.2〜2.5g/L及び硫酸マグネシウム0.2〜2.5g/Lの割合で含有する液体種菌用培養液を用いて液体種菌を製造した場合には、菌糸はしっかりした大きなコロニーを形成し、子実体成長の活力に富み、収穫までの日数・収量ともに優れており、種菌の培養日数は13日、子実体の収穫迄の日数は約45日と短期間で完了することができた(サンプル8〜15)。
【0040】
これに対し、大豆粉末、精製砂糖、リン酸二水素カリウム及び硫酸マグネシウムのうちいずれか1種を欠く培養液を用いて液体種菌を製造した場合、極端に種菌の培養日数が長くなり(サンプル27〜30)、大豆粉末を欠いた培養液にいたっては種菌の生育がほとんど見られなかった(サンプル27)。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
大豆粉、糖類、リン酸水素塩及び硫酸塩を含有することを特徴とするきのこの液体種菌用培養液。
【請求項2】
大豆粉0.5〜7.5g/L、糖類3〜20g/L、リン酸水素塩0.05〜2.5g/L、硫酸塩0.05〜2.5g/Lを含有することを特徴とする請求項1に記載のきのこの液体種菌用培養液。
【請求項3】
大豆粉1.5〜4g/L、糖類6〜19g/L、リン酸水素塩0.2〜2.5g/L、硫酸塩0.2〜2.5g/Lを含有することを特徴とする請求項1に記載のきのこの液体種菌用培養液。
【請求項4】
前記リン酸水素塩は、リン酸二水素カリウムであることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載のきのこの液体種菌用培養液。
【請求項5】
前記硫酸塩は、硫酸マグネシウムであることを特徴とする請求項1〜3のいずれかにに記載のきのこの液体種菌用培養液。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれかに記載のきのこの液体種菌用培養液中で、保存菌株を培養して液体種菌を製造する方法。
【請求項7】
大豆粉、糖類、リン酸水素塩及び硫酸塩を含有するきのこの液体種菌用培養液中で、保存菌株を培養して得られた液体種菌。