説明

立方晶窒化硼素焼結体

【課題】本発明は、立方晶窒化硼素(cBN)砥粒製造時に導入された欠陥及び微視的亀裂を解消し、耐磨耗性、耐欠損性が原料砥粒よりも高い立方晶窒化硼素粒子を含んだ立方晶窒化硼素焼結体を提供することを目的とする。
【解決手段】立方晶窒化硼素及び、結合材からなる立方晶窒化硼素焼結体であって、該立方晶窒化硼素焼結体の断面において、立方晶窒化硼素が二以上の角部を有し、該角部のうち二以上の角度が90°以下であることを特徴とする立方晶窒化硼素焼結体により解決される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は立方晶窒化硼素(以下、cBNとも記す)焼結体に関するものである。特に、耐摩耗性及び耐欠損性に優れた切削工具用のcBN焼結体に関する。
【背景技術】
【0002】
cBNはダイヤモンドに次ぐ高硬度物質であり、cBN焼結体は種々の切削工具、耐摩耗部品、耐衝撃部品などに使用されている(特許文献1〜3等)。これら通常のcBN焼結体は、hBNから合成したcBNの粗粒を破砕して製造されたサブミクロン〜10μm程度の粒径を持つ微粒のcBN砥粒を結合材原料粉と混合して焼結することにより製造される。この際の製造条件は、cBNが安定となる圧力−温度領域で行われるため、cBN砥粒自体に結晶成長は生じない。このため破砕時にcBN内部に導入された亀裂・欠陥・歪を有したまま焼結されることになる。
【0003】
更に焼結時に加わる応力によって、cBN粒内の欠陥歪は助長される。このため、cBN内の欠陥及び微視的亀裂を起点に粒内破壊や粒の欠損が生じやすくなってしまい、焼結前の砥粒よりも耐摩耗性・耐欠損性に劣る状態になるという問題があった。
【0004】
【特許文献1】特開2000−44347
【特許文献2】特開2000−226262
【特許文献3】特開2000−226263
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
そこで本発明は、cBN砥粒製造時に導入されたcBN内の欠陥及び微視的亀裂を解消し、耐摩耗性、熱伝導率が原料砥粒よりも高いcBN粒子を含み、総合的に耐摩耗性に優れたcBN焼結体を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは上記課題を解決すべく、焼結条件を鋭意研究した結果、hBN安定領域に近い圧力−温度条件で焼結させることにより、cBN砥粒製造時に導入された欠陥及び微視的亀裂を焼鈍することができることを見出し、本発明に至った。
すなわち、本発明は以下の構成を採用する。
【0007】
(1)立方晶窒化硼素及び結合材からなる立方晶窒化硼素焼結体であって、当該立方晶窒化硼素焼結体の断面において、立方晶窒化硼素が二以上の角部を有し、該角部のうち二以上の角度が90°以下であることを特徴とする立方晶窒化硼素焼結体である。
(2)前記立方晶窒化硼素が焼結中に結晶成長したものであることを特徴とする上記(1)に記載の立方晶窒化硼素焼結体である。
【0008】
(3)前記結合材がFe,Co,Ni及びAlからなる群より選択される元素の単体、相互固溶体、炭化物、窒化物、炭窒化物、硼化物及び酸化物のいずれか一つ以上を含む上記(1)又は(2)に記載の立方晶窒化硼素焼結体である。
(4)前記立方晶窒化硼素の焼結後の粒径が0.2μm以上10μm以下であることを特徴とする上記(1)〜(3)のいずれかに記載の立方晶窒化硼素焼結体である。
(5)前記立方晶窒化硼素含有率が40〜75体積%の範囲にあることを特徴とする上記(1)〜(4)のいずれかに記載の立方晶窒化硼素焼結体である。
【0009】
(6)前記立方晶窒化硼素焼結体のλ=532nmレーザ励起におけるRaman散乱スペクトルにおける立方晶窒化硼素に起因するTo(1054cm-1)ピーク及びLo(1304cm-1)ピークの半値幅が10cm-1以下であることを特徴とする上記(1)〜(5)のいずれかに記載の立方晶窒化硼素焼結体である。
【発明の効果】
【0010】
本発明により、cBN砥粒製造時に導入されたcBN内の欠陥及び微視的亀裂が解消され、原料砥粒よりも耐摩耗性、熱伝導率が高いcBN粒子を含み、総合的に耐摩耗性、耐欠損性に優れたcBN焼結体を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
従来、焼結はcBNが安定となる圧力−温度領域で行なわれるため、cBN砥粒自体が結晶成長することは無かった。また、hBNが安定となる圧力・温度領域は、cBN安定領域よりも低温側であり、従来の焼結技術ではhBN安定領域においては結合相とcBNの反応が十分促進されず、耐摩耗性や耐欠損性を損なわずにcBNの粒子成長を促した焼結体を得ることは出来なかった。しかし、本発明者らの鋭意研究の結果、hBNが安定して出現する圧力・温度領域を通過させて、cBNを結晶成長させ、尚かつcBNと結合相の反応を促進し耐摩耗性や耐欠損性を損なわないcBN焼結体を得ることが可能となった。好ましくはhBN安定領域下の圧力及び温度条件において5〜40分程度焼結処理を行った後、cBN安定領域下の圧力及び温度条件において焼結を行うことにより本発明に係るcBN焼結体を得ることができる。
【0012】
また、高温且つ高圧力領域で焼結体の体積変化の許容度が大きいことを特徴とする焼結プロセスの開発により、cBNの結晶成長を伴う焼結体製造が可能となった。本焼結方法によりcBN砥粒を焼結中に結晶成長させてcBN砥粒製造時に導入された欠陥及び微視的亀裂を焼鈍することができるため、耐摩耗性・耐欠損性が原料砥粒よりも高いcBN粒を含んだcBN焼結体を得ることができる。
【0013】
cBN粒を結晶成長させるとcBN結晶特有の鋭角な面間角で囲まれた形状となる。cBN結晶の(100)及び(110)面に平行な断面はその対象性より長方形を、(111)面に平行な断面は三角形を有するなど結晶の対象性固有の形態を現す。したがって、本発明に係るcBN焼結体は、その断面において、cBN部分が二以上の角部を有し、該角部のうち二以上の角度が90°以下であることを特徴としている。なお角部とは、換言すれば、該断面平面において、cBN粒子と結合相粒子(結合材部分)の界面が直線で構成されていて、その粒子間の界面を表す直線が4本以上の直線で構成されている多角形部分を含む場合に、隣接する2直線のなす角度(頂点部分)のことを言い、本発明は該角度のうち二つ以上が90°以下であることを特徴としている。また、該断面においてcBN粒子は完全な多角形状である必要は無く、90°以下の頂点を二以上有する多角形状部分を含んでいれば、他の部分に曲線形状を有するcBN粒子であっても、本発明に係るcBN焼結体であるものとする。
【0014】
本発明に係るcBN焼結体は、結合材がFe,Co,Ni及びAlからなる群より選択される元素の単体、相互固溶体、炭化物、窒化物、炭窒化物、硼化物及び、酸化物のいずれか一つ以上を含むものであることが好ましい。
【0015】
さらに本発明に係るcBN焼結体は、cBNの焼結後の粒径が0.2μm以上10μm以下であることが好ましい。cBNの粒径が0.2μm未満になるとcBN粒子の熱伝導率が低下してしまい切削時の刃先温度が高くなり硬度・強度の著しい低下を招いてしまい耐摩耗性が悪化するため好ましくない。
【0016】
本発明に係るcBN焼結体は、cBNの含有率が40〜75体積%の範囲にあることが好ましい。40体積%未満であると、複合焼結体の強度が低下し、高負荷切削時に十分な刃先強度が保てず、耐欠損性に劣るものとなり好ましくない。また、75体積%を超える場合には、焼結体中の結合材含有率が低くなりすぎるため、耐摩耗性が劣るものとなり好ましくない。
【0017】
本発明に係るcBN焼結体は、λ=532nmのレーザ励起におけるRaman散乱スペクトルにおけるcBNに起因するTo(1054cm-1)ピーク及びLo(1304cm-1)ピークの半値幅が10cm-1以下であることが好ましい。該半値幅が10cm-1を超える場合には、cBN粒子の結晶性が低く、内包される欠陥密度が高く結晶歪みが強く、工具として使用した際に摩耗部に発生する微小クラックの進展を助長する。また粒子内部の欠陥や歪みによる熱流の散乱が生じ、cBN粒子の熱伝導率が低くなるため、切削時の刃先温度が高くなり硬度・強度の著しい低下を招いてしまい耐摩耗性が悪化するため好ましくない。
【実施例】
【0018】
(実施例1)
TiN粉末とAl粉末を80:20の質量比で均一に混合した後、真空炉でこの混合粉末を真空中で1200℃に30分間保ち熱処理を施した。その後、超硬合金製ポットと超硬合金製ボールとからなるボールミルで上記の熱処理済み混合粉末を粉砕して結合材用の原料粉末を得た。
結合材原料粉末と粒径が0.5〜6μmである立方晶窒化硼素粉末とを上記のボールミルを用いて立方晶窒化硼素粉末が65体積%となるような配合比で均一に混合した。この後、この混合粉末を真空炉にて900℃で30分間保持して脱ガスした。
次に脱ガス済みの混合粉末をモリブデン製カプセルに充填後、超高圧装置を用いて3GPa、1200℃まで加圧と同時に昇温してこの圧力温度条件下に5分間保持した。続いて同装置により、5.5GPa、1400℃まで加圧と同時に昇温してこの圧力温度条件下に再度5分間保持した。再度圧力を向上させて圧力が6.5GPaに達したところで加圧を止め、1800℃まで急激に加熱してこの温度圧力条件下で約10分間保持して焼結させ、立方晶窒化硼素と結合相を含む立方晶窒化硼素焼結体を製造した。
【0019】
(実施例2)
実施例1で作成した結合材原料粉末に粒径が0.5〜5μmである立方晶窒化硼素粉末を、上記のボールミルを用いて立方晶窒化硼素粉末が65体積%となるような配合比で均一に混合した。この後、この混合粉末を真空炉にて900℃で30分間保持して脱ガスした。
次に脱ガス済みの混合粉末をモリブデン製カプセルに充填後、超高圧装置を用いて3GPa、1200℃まで加圧と同時に昇温してこの圧力温度条件下に5分間保持した。続いて同装置により、5.5GPa、1500℃まで加圧と同時に昇温してこの圧力温度条件下に再度5分間保持した。更に続けて、同装置により、5.5GPa、1600℃まで昇温し、この圧力温度条件下で5分間保持した後、再度加圧して圧力が6.5GPaに達したところで加圧を止め、1800℃まで急激に加熱してこの温度圧力条件下で約20分間保持して焼結させ、立方晶窒化硼素と結合相を含む立方晶窒化硼素焼結体を製造した。
【0020】
(実施例3〜6)
実施例1で作成した結合材原料粉末に、それぞれ粒径が異なる立方晶窒化硼素粉末を均一に混合した後、この混合粉末を真空炉にて900℃で30分間保持して脱ガスした。
次に脱ガス済みの混合粉末をモリブデン製カプセルに充填後、超高圧装置を用いて3GPa、1200℃まで加圧と同時に昇温してこの圧力温度条件下に5分間保持した。続いて同装置により、5.5GPa、1400℃まで加圧と同時に昇温してこの圧力温度条件
下に再度5分間保持した。再度圧力を向上させて圧力が6.5GPaに達したところで加圧を止め、それぞれ焼結温度まで急激に加熱してこの温度圧力条件下で約10分間保持して焼結させ、立方晶窒化硼素と結合相を含む立方晶窒化硼素焼結体を製造した。
実施例3〜6に係る立方晶窒化硼素の粒径・体積含有率・焼結温度を表1に示す。
【0021】
【表1】

【0022】
(比較例1)
実施例1で作成した結合材原料粉末に粒径が0.5〜5μmである立方晶窒化硼素粉末を上記のボールミルを用いて立方晶窒化硼素粉末が65体積%となるような配合比で均一に混合した。この後、この混合粉末を真空炉にて900℃で30分間保持して脱ガスした。
次に脱ガス済みの混合粉末をモリブデン製カプセルに充填後、超高圧装置を用いて3GPa、1200℃まで加圧と同時に昇温してこの圧力温度条件下に5分間保持した。続いて同装置により、更に圧力を向上させて圧力が6.5GPaに達したところで加圧を止め、1800℃まで急激に加熱してこの温度圧力条件下で約15分間保持して焼結させ、立方晶窒化硼素と結合相を含む立方晶窒化硼素焼結体を製造した。
【0023】
上記の実施例1〜6及び比較例1で製造された複合焼結体に対して面出し加工により平滑な観察面を作成して立方晶窒化硼素の組織モフォロジーを走査型電子顕微鏡(以下、SEMと記す)により観察した。SEMによる組織観察は10nmの粒径が識別可能な倍率で行った。
また、顕微型ラマン分光器を用いて、実施例1〜6及び比較例1の7種類の焼結体中のcBN粒子のラマンスペクトルを測定し、cBN固有のピークであるTo(1054cm-1)及び、Lo(1304cm-1)ピークの半値幅を測定し、cBN粒子の結晶性を評価した。
続いて、上記7種類の複合焼結体を用いて切削工具を作成した。具体的には、上記の製法で製造された複合焼結体を超硬合金製の基材にロウ付けして所定の形状(ISO型番:SNGA120408)に成型することにより切削工具を作成した。この切削工具を用いて下記条件で焼入鋼に対して高速断続切削を行う切削試験を実施して、欠損に至るまでの工具寿命を評価した。
【0024】
<切削試験条件>
被削材 :SCM415丸棒(φ100×L 300mm)
切削条件:切削速度V=200m/min、送りf=0.1mm/rev、
切り込みd=0.2mm、乾式
寿命判定:切削長100m毎に刃先摩耗状態を観察し、逃げ面からの観察で刃先の稜線
が、切削前の刃先稜線より100μm以上摩耗するか若しくは、刃先の急激な
欠損により切削を継続できなくなった状態を寿命と定め、寿命に到達するまで
の時間を計測した。
【0025】
<評価結果>
SEM観察による組織モフォロジーの特徴は以下の通りである。
実施例1,3〜6及び比較例1
cBNの微粒が比較的大きな粒子の周辺に凝集しており、cBN粒子と結合相粒子の界面が直線で構成されており、個々のcBN粒子が三角形状をしている。この三角形状粒子のサイズは大小様々であるが、三角形の辺が平行になるように揃った方向に重なって配しており、重なった分で結合している。図1にcBN粒子モフォロジーの模式図を示す。
また実施例3〜6についても特徴的なモフォロジーは一致していた。
比較のため図2として、比較例1に係るcBN粒子モフォロジーの模式図を示す。
【0026】
実施例2
実施例1と同様にcBNの微粒が比較的大きな粒子の周辺に凝集している。cBN粒子と結合相粒子の界面が直線で構成されており、個々のcBN粒子が四角形状をしている。この四角形状粒子のサイズは大小様々であるが、四角形の辺が平行になるように揃った方向に重なって配しており、重なった分で結合している。図3にcBN粒子モフォロジーの模式図を示す。
【0027】
次に実施例1〜6及び比較例1に対するRaman分光分析によるTo及びLoピークの半値幅、切削試験の評価結果を表2に示す。切削試験結果は、実施例3の工具における寿命到達時間を1.0とした場合の、寿命到達時間を相対値で表示した。
【0028】
【表2】

【0029】
実施例1〜6で作成した焼結体を用いての切削試験評価で良好な結果を示すことが確認された。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】実施例1焼結体中cBN粒子のモフォロジー
【図2】比較例1焼結体中cBN粒子のモフォロジー
【図3】実施例2焼結体中cBN粒子のモフォロジー

【特許請求の範囲】
【請求項1】
立方晶窒化硼素及び結合材からなる立方晶窒化硼素焼結体であって、当該立方晶窒化硼素焼結体の断面において、立方晶窒化硼素が二以上の角部を有し、該角部のうち二以上の角度が90°以下であることを特徴とする立方晶窒化硼素焼結体。
【請求項2】
前記立方晶窒化硼素が焼結中に結晶成長したものであることを特徴とする請求項1に記載の立方晶窒化硼素焼結体。
【請求項3】
前記結合材がFe,Co,Ni及びAlからなる群より選択される元素の単体、相互固溶体、炭化物、窒化物、炭窒化物、硼化物及び酸化物のいずれか一つ以上を含む請求項1又は2に記載の立方晶窒化硼素焼結体。
【請求項4】
前記立方晶窒化硼素の焼結後の粒径が、0.2μm以上10μm以下であることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の立方晶窒化硼素焼結体。
【請求項5】
前記立方晶窒化硼素含有率が40〜75体積%の範囲にあることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の立方晶窒化硼素焼結体。
【請求項6】
前記立方晶窒化硼素焼結体のλ=532nmレーザ励起におけるRaman散乱スペクトルにおける立方晶窒化硼素に起因するTo(1054cm-1)ピーク及びLo(1304cm-1)ピークの半値幅が10cm-1以下であることを特徴とする請求項1〜5のいずれかに記載の立方晶窒化硼素焼結体。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2008−94670(P2008−94670A)
【公開日】平成20年4月24日(2008.4.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−279415(P2006−279415)
【出願日】平成18年10月13日(2006.10.13)
【出願人】(000002130)住友電気工業株式会社 (12,747)
【出願人】(503212652)住友電工ハードメタル株式会社 (390)
【Fターム(参考)】