説明

繊維強化複合体

【課題】疲労特性と衝撃特性の双方に優れた繊維強化複合体を提供する。
【解決手段】本発明に係る繊維強化複合体としての繊維強化複合バット1は、少なくともその打球部2を、高分子系母材を繊維状強化材で強化したシート状の繊維強化複合材4を層状に重ね合わせて形成したバットであって、繊維強化複合材4にミクロフィブリルセルロースを含有させたことを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、繊維状強化材で高分子系母材を強化したシート状の繊維強化複合材を層状に重ね合わせることで、少なくともその筒状部分を形成した繊維強化複合体に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、資源の有効利用の観点から、木材や金属材に代えて、樹脂などの高分子系母材を繊維状強化材で強化した繊維強化複合材を各種工業製品に適用する試みがなされている。野球又はソフトボール用のバットを例にとると、従来の木製バットや金属製バットに代えて、木材よりも耐久性に優れ、軽量で、かつ金属材と同等の強度を有する繊維強化複合材からなる繊維強化複合バット、いわゆるFRP製バットの実用化に向けた検討がなされている。また、実際に、繊維強化複合バットトの製造販売も開始されている。
【0003】
繊維強化複合バットとしては、例えば下記引用文献1に記載のように、フェノール樹脂や不飽和ポリエステル樹脂、エポキシ樹脂などの硬化性プラスチックを含浸させたガラス繊維や炭素繊維の織布又は不織布を、所定の厚さに複層に貼り合わせて硬化させたものが知られている。
【0004】
また、下記特許文献2には、せん断破壊に対する強度を向上させ、かつ、振動の減衰性を改善する目的で、外周表面層および内周表面層が織構造の強化繊維を有する所定厚さのプリプレグで形成され、上記外周表面層と内周表面層との間の中間層が非織構造の強化繊維を有するプリプレグで形成され、これらのプリプレグが加熱一体化されてなる繊維強化複合バットが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許第2739594号公報
【特許文献2】特開平7−299171号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
この種の繊維強化複合バットは、高速で飛来するボールを打撃することで大きな衝撃荷重を受けることから、衝撃に対する高い強度が要求される。また、繰り返し打撃を行うものであるから、繰り返しの衝撃に対する耐久性についても高いことが望ましい。しかしながら、繊維状の強化材を有する上記複合材は、その構造上、面に対して垂直な向きの荷重、特に衝撃荷重に対して弱く、比較的容易に層間はく離を生じる傾向にある。また、使用する樹脂などの母材は、繊維状強化材に比べてぜい弱であり、衝撃荷重下では繊維間の狭小な母材領域にマイクロクラックを生じ易い。また、このようにぜい弱な母材に発生したマイクロクラックは、上記の衝撃荷重を繰り返し受けることで容易に進展するため、疲労破壊につながる重大な欠陥にもなりかねない。加えて、この種の複合材では、炭素繊維等の強化材と合成樹脂等の母材との界面接着性が良好でないことが多いため、上記繊維が強化材としての機能を十分に発揮することも難しい。
【0007】
例えば上記特許文献2には、せん断応力が最大となる繊維強化複合バットの厚み方向中央部(外周表面層と内周表面層との間の中間層)に非織構造の強化繊維を有するプリプレグを配置することで、せん断強度の向上を狙ったものがあるが、この程度の構成変更では、若干の強度向上にしかならず、上記課題の根本的な解決には遠く及ばない。
【0008】
以上の問題は、何も繊維強化複合バットに限ったことではなく、繊維強化複合材で少なくともその筒状部分を構成するバット以外のスポーツ用品、さらには一般の工業用部材にも同様に起こり得る。
【0009】
以上の事情に鑑み、本発明では、衝撃特性および耐久性に優れた繊維強化複合体を提供することを技術的な課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題の解決は、本発明に係る繊維強化複合体により達成される。すなわち、この複合体は、高分子系母材を繊維状強化材で強化したシート状の繊維強化複合材を層状に重ね合わせることで、少なくともその筒状部分を形成した繊維強化複合体において、繊維強化複合材にミクロフィブリルセルロースを含有させた点をもって特徴づけられる。
【0011】
ミクロフィブリルセルロースは主に天然植物質を構成するセルロースに機械的せん断力を加えてフィブリル化したもので、サブミクロンスケール(0.01〜0.1μmオーダー)の繊維径を有すると共に、これら微細繊維が3次元的な網目構造を呈することを特徴とするものである。本発明者らは、繊維状強化材と高分子系母材に加えて上記ミクロフィブリルセルロースをシート状の繊維強化複合材に含有させることで、この繊維強化複合材が非常に高い衝撃特性および疲労特性を示すことを実験により見出した。すなわち、本発明は、繊維状強化材とミクロフィブリルセルロースを共に高分子系母材に配合することで、衝撃特性およびその耐久性に関して、ミクロフィブリルセルロース自体を繊維状強化材として用いる場合に得られる補強効果と、ガラス繊維等の強化繊維を繊維状強化材として用いる場合に得られる補強効果の総和を超える顕著な補強効果が得られることを見出した点を、新たな知見とするものである。
【0012】
そのため、この微細繊維と繊維状強化材、および高分子系母材とで構成された繊維強化複合材であれば、ミクロフィブリルセルロースを繊維状強化材の間や層間の狭小な母材領域に入り込ませることができ、上記母材領域におけるマイクロクラックの発生を抑制することができる。加えて、上記微細繊維はセルロースを主体とすることから、上述の炭素系充填材に比べて高分子系母材との接着性も良好であり、上記のように複雑な3次元網目構造を呈することから、上記繊維状強化材と絡み易いと考えられる。また、非常に微細で比表面積が大きいために母材との接着面積も大きい。以上より、母材と繊維状強化材との結び付きを強めて、衝撃荷重下においても繊維状強化材としての機能を十分に発揮させることが可能となる。これにより、層間はく離強度を高めることができると共に、マイクロクラックの発生ないし進展を抑制することができる。従って、本発明に係る複合体であれば、上記ミクロフィブリルセルロースを含む繊維強化複合材の働きにより、高い衝撃強度を有すると共に、繰り返しの衝撃に対する高い耐久性を発揮することが可能となる。もちろん、ミクロフィブリルセルロースの比重は上記カーボン系充填材のそれと比べて小さく高分子系母材の比重に近いことから、ミクロフィブリルセルロースを沈殿させることなく高分子系母材中に均一に分散させた状態で当該母材を繊維状強化材に供給することができる。そのため、上記の作用をシート状の繊維強化複合材の全体にわたって偏りなく得ることができる。また、ミクロフィブリルセルロースはセルロースに機械的加工を施すことで得られるものであるから、非常に低コストに入手可能である。また、その成形方法も、繊維状強化材と高分子系母材に供給するだけでよいので、手間もかからず加工コストも少なくて済む。そのため、上記構成に係る複合体であれば、その製造コストを低く抑えて量産化を図ることが可能となる。
【0013】
上記のように、本発明に係る繊維強化複合体は、少なくともその筒状部分をミクロフィブリルセルロースを含む繊維強化複合材で形成する限りにおいて、原則、自由な積層形態を採ることができる。ここで、繊維強化複合体の具体例として繊維強化複合バットを挙げることができる。この場合、本発明に係る繊維強化複合体は、衝撃特性および耐久性に優れたものであるから、例えば少なくとも打球部を、上記の繊維強化複合体で構成するのが好ましい。このように、直接衝撃を受ける部位を上記繊維強化複合体で構成することで、当該部位の耐久性を高めて、結果として繊維強化複合バットの長寿命化を図ることが可能となる。
【0014】
また、上記繊維強化複合バットについても、ミクロフィブリルセルロースを含む繊維強化複合材でその筒状部分を構成する限りにおいて、原則、その積層形態は自由であり、例えばミクロフィブリルセルロースを含む繊維強化複合材を全層にわたって設けた構成を採ることもできる。あるいは、ミクロフィブリルセルロースを含む繊維強化複合材を一部の層に設けた構成を採ることもできる。特に、ミクロフィブリルセルロースを全層にわたって設けた構成を採る場合には、後述する実験結果より静的圧縮強度に関しても高い値を示すことから、繊維強化複合バットとして要求される総合的な耐久性の面で好ましい構成と言える。もちろん、一部の層、例えば中立軸に近い層のみにミクロフィブリルセルロースを含む繊維強化複合材を設けたバットであっても、衝撃耐久性に対する一定の改善効果が期待できる。
【0015】
なお、ミクロフィブリルセルロースを含む繊維強化複合材を一部の層に設けた構成を採る場合、後述するボールとの衝突試験の結果より、ミクロフィブリルセルロースを含まない繊維強化複合材を最外層に設けた構成を採ってもよい。この場合、最外層を除く残りの層に、ミクロフィブリルセルロースを含む繊維強化複合材を設けた構成を採ることが可能である。上記の積層構成(特に後者の積層構成)を採ることで、繊維と樹脂との間の界面強度が向上し、また、繰り返しの衝撃(打撃)に伴う微細なfiber debondingの発生が抑えられる、といった効果が期待される。以上より、繊維強化複合バットの耐久性、ひいては使用寿命を飛躍的に向上させることが可能となる。
【0016】
また、以上の説明に係る繊維強化複合体又は繊維強化複合バットは、ミクロフィブリルセルロースを含む繊維強化複合材をプリプレグ化したものを重ね合わせて形成してもよい。上述のように、この種の繊維強化複合体又は繊維強化複合バットにおける筒状部分は、シート状の繊維強化複合材を層状に重ね合わせることで形成可能なことから、ミクロフィブリルセルロースを含む繊維強化複合材をプリプレグ化したものを用意し、このプリプレグを所定の積層構成に応じてマンドレル等の芯材に巻き付けていくだけで、本発明に係る繊維強化複合体又は繊維強化複合バットを簡便かつ短時間に製造することができる。また、予め、材料組成や繊維状強化材の配向角などの異なる複数種のプリプレグを作成しておくことにより、積層構成の変更にも迅速に対応することができる。これにより、本発明に係る繊維強化複合体又は繊維強化複合バットを低コストに量産することができる。
【発明の効果】
【0017】
以上のように、本発明によれば、疲労特性と衝撃特性の双方に優れた繊維強化複合体および繊維強化複合バットを低コストに提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本発明の一実施形態に係る繊維強化複合バットの正面図である。
【図2】図1に示す繊維強化複合バットのA−A断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
図1は、本発明に係る繊維強化複合バット1の正面図を示している。また、図2は、図1に示す繊維強化複合バット1の打球部2(例えば図1中破線で囲んだ径一定の領域であって、通常の打撃によりボールと衝突する可能性のある領域を意味する。)を輪切り方向に切断した断面図を示している。これらの図に示すように、この繊維強化複合バット1は中空状をなすもので、少なくともその打球部2を、層状に重ね合わせた1枚又は複数枚のシート状の繊維強化複合材4で形成したものである。ここで、繊維強化複合材4は、樹脂などの高分子系母材を繊維状強化材で強化したものであり、かつ、その全て又は一部の繊維強化複合材4は、上記高分子系母材と繊維状強化材に加えて、ミクロフィブリルセルロースを含有している。
【0020】
この実施形態では、繊維強化複合バット1は、図2に示すように、シート状の繊維強化複合材4を5層に重ね合わせた形態を有しており、最も外周側の層(最外層)に、ミクロフィブリルセルロースを含まないシート状の繊維強化複合材4bを設けると共に、最外層を除く残りの4層に、ミクロフィブリルセルロースを含むシート状の繊維強化複合材4aを設けている。
【0021】
ここで、繊維強化複合材4を構成する繊維状強化材は、高分子系母材の強化材として機能する限りにおいて任意のものが使用でき、例えば炭素繊維(PAN系、ピッチ系など)、ガラス繊維、セラミック繊維、アラミド繊維、あるいは、ポリエチレン繊維、ポリアリレート繊維、PBO繊維(ポリルーブパラフェニレンベンズオキサゾール)等の合成樹脂繊維などが有機、無機の別なく使用できる。もちろん、ミクロフィブリルセルロースを除く植物繊維(竹繊維、麻系繊維など)や動物繊維(ウールなど)等の天然繊維(天然由来の繊維も含む)も使用できる。また、高分子系母材への供給形態についても任意であり、繊維束の状態で、あるいは繊維束を単位としてシート状に織物化した状態で上記母材に供給する(母材を含浸させる)ことも可能である。具体的には、一方向繊維状(ヤーン、クロスプライなどの形態を含む)、織物状(平織りなど)、不織布状、マット状(チョップドストランドマットなど)が供給形態の例として挙げられる。また、特に炭素繊維やガラス繊維などの合成繊維の場合、後述する樹脂との接着性を考慮して、サイジング処理などの表面処理を施したものであってもよい。
【0022】
また、高分子系母材についても、特にその種類は問わず、例えば不飽和ポリエステル、エポキシ樹脂、ポリアミド樹脂、フェノール樹脂などの熱硬化性樹脂が使用可能である。メチルメタアクリレートなどの熱可塑性樹脂を使用することも可能である。また、ミクロフィブリルセルロースとの接着性を重視して、水酸基を有する樹脂を使用する場合、機械的特性に優れたエポキシ樹脂が好適に使用可能である。
【0023】
エポキシ樹脂としては、1液型と2液型の別を問わず種々のタイプを使用することができる。また、使用可能なエポキシ樹脂には、ビニルエステル系など各種変性エポキシも含まれ、例えば母材自体の高じん化を目的として、アミン末端ブタジエン−アクリルニトリルゴム(ATBN)やカルボン酸末端ブタジエン・アクリルニトリルゴム(CTBN)などのゴム微粒子や、熱可塑性微粒子(ナイロン系など)により変性された各種変性エポキシ樹脂も含まれる。
【0024】
もちろん、エポキシ樹脂に限らず、種々の方法で高じん化された型の樹脂を母材として使用することも可能である。ここで、当該高じん化樹脂の例として、東レ(株)製のタフ樹脂(型番2592)や、同じく東レ(株)製のナノアロイ(登録商標)などを挙げることができる。また、上記以外の物質であっても、繊維強化複合材に使用される充填材や添加剤として一般的に知られている物質(繊維状以外の形態を有する強化材の他、増粘剤や顔料、増量剤などを含む)であれば、ミクロフィブリルセルロースを配合することによる上記作用効果を阻害しない限りにおいて、母材となる樹脂に配合することも可能である。
【0025】
ミクロフィブリルセルロースとしては、植物質を上述のようにミクロフィブリル化したものや、バクテリア由来のもの(バクテリアにより生成されたもの)が使用可能である。ここで、植物質から生成する場合、種々の植物質が天然・人工の別を問わず使用可能であり、具体例として、木材繊維、靭皮繊維(竹繊維など)、葉茎繊維(ジュート、ケナフなど)、種子毛(コットンなど)など、各部位に係る天然繊維質を原料として挙げることができる。もちろん、これらをパルプ化したものから抽出することも可能である。このうち、例えば竹の維管束鞘やスギ等の樹木の木質部などの厚壁細胞から抽出した、いわゆる厚壁繊維はアスペクト比に優れる。また、これら原料に対するフィブリル化の程度によっては、微細な網目構造(言い換えると、くもの巣状の3次元的な微細ネットワーク構造)を有するミクロフィブリルセルロースを得ることもできる。このような構造を有するミクロフィブリルセルロースを含有させた繊維強化複合材4であれば、繊維状強化材にミクロフィブリルセルロースがよく絡まって両者の密着性が高まる、といった作用が期待される。よって、この場合には、ミクロフィブリルセルロースに捕捉された母材が結果として繊維状強化材の周囲に付着し易くなる、といった効果を奏し得る。
【0026】
上記例示した各構成要素の組み合わせの好適な一例として、例えば長繊維ガラス繊維を繊維状強化材、エポキシ樹脂を高分子系母材とし、繊維強化複合バットの長手方向に対して所定の角度(例えば30度から60度)で交差するように上記繊維を配向したプリプレグ(シート状の繊維強化複合材4)を図2に示すように層状に重ね合わせたものが挙げられる。この場合、図示は省略するが、全ての層が、ガラス繊維とエポキシ樹脂、およびミクロフィブリルセルロースからなる繊維強化複合材4aで構成される。
【0027】
なお、本発明に係る繊維強化複合バット1は、上記のように、複数枚の繊維強化複合材4を層状に重ね合わせて構成するものに限られず、例えば1枚の繊維強化複合材4を何重にも巻き付けることで、上記の複層構造を形成するようにしても構わない。また、1枚の繊維強化複合材4を全周にわたって巻き付ける必要はなく、例えば打球面が予め定まっている繊維強化複合バットであれば、その180°領域にわたってミクロフィブリルセルロースを含む繊維強化複合材4aを配設するなど、円周方向の一部領域のみに上記繊維強化複合材4aを配設するようにしてもよい。もちろん、繊維強化複合バットの長手方向や厚み方向の積層態様についても自由な構成を採ることが可能であり、例えば長手方向の積層態様に関して言えば、繊維強化複合バット1の打球部2のみにミクロフィブリルセルロースを含む繊維強化複合材4aを配設し、残りの長手方向領域については、ミクロフィブリルセルロースを含まない繊維強化複合材4bのみで構成するようにしてもよい。
【0028】
また、厚み方向の積層態様に関し、上記実施形態では、厚み方向の一部の層にミクロフィブリルセルロースを含まない繊維強化複合材4bを配設したものを例示したが、ミクロフィブリルセルロースを含む繊維強化複合材4aを繊維強化複合バット1の厚み方向の全層にわたって設けることも可能である。もちろん、繊維状強化材ないし高分子系母材(樹脂など)の種類を円周方向や長手方向、あるいは厚み方向で一部異ならせた構成を採用することも可能である。
【0029】
また、以上の説明では、ミクロフィブリルセルロースの含有の有無は別として、繊維強化複合バット1を、シート状の繊維強化複合材4のみで構成する場合を例示したが、もちろん、シート状の繊維強化複合材4以外のシート材又は筒状体を含めることも可能である。例えば図示は省略するが、高じん化した高分子系母材のみで構成されるシート材を、繊維強化複合バット1に含めることも可能である。あるいは、繊維強化複合バット1のダンピング性を向上させる目的で、ゴム等の弾性に優れた材料で形成されるシート材、いわゆるインターレイヤー層を中間層に設けるようにしても構わない。もちろん、金属製の筒状体を含めた構成を採ることも可能である。
【0030】
また、図2では中空構造の繊維強化複合バット1を例示しているが、もちろん中実構造の繊維強化複合バット1でもよい。その場合、芯材は任意であり、例えば木製や金属製の芯材をはじめとして、ゴム製の芯材や樹脂製(発泡樹脂製)の芯材、あるいは、芯材自体も繊維強化複合材で構成したものなどを採用することができる。
【0031】
上記構成の繊維強化複合バット1は、例えば上記構造のプリプレグを最内層に対応するプリプレグから順に芯材又はマンドレルに巻き付けていき、最外層に対応するプリプレグを巻き終えた後、当該複数枚のプリプレグを所定の金型(通常、割り型)内に設置し、加熱すると共に、その筒状プリプレグの内周側から圧力を加えることで所望の形状に成形することにより得られる。もちろん、繊維強化複合バット1の製造方法には、上記した方法(シートワインディング法)に限られず、種々の方法が採用でき、例えば先にマンドレルに繊維状強化材のみを巻き付けたものを金型内に設置し、これにミクロフィブリルセルロースを添加した高分子系母材を注入し硬化させるレジントランスファーモールディング成形法(RTM成形法)や、フィラメントワインディング成形法やレジンインジェクションモールディング成形法(RIM成形法)などを採用することが可能である。ただし、作業のし易さ(ひいては生産性の良さ)から言うと、シートワインディング法が好適である。
【0032】
また、ミクロフィブリルセルロースを含有するシート状の繊維強化複合材4aは、例えば、水分を含むミクロフィブリルセルロースに対してアルコール置換を行う工程(A)と、アルコール置換後のミクロフィブリルセルロースをエポキシ樹脂中に分散させ、アルコールを除去(蒸発)させる工程(B)と、上記工程によりミクロフィブリルセルロースを含有させた母材を、所定の形態で配向させた繊維状強化材に含浸させ、母材を硬化(プリプレグの場合は半硬化)させる工程(C)とを経て作成される。
【0033】
ここで、アルコール置換工程(A)に関し、水分を含むミクロフィブリルセルロースは、例えば原料となるパルプ状天然繊維質を高圧ホモジナイザ等によりフィブリル化することにより得られる。そのため、上述のようにして得たミクロフィブリルセルロースは非常に多く(約90wt%)の水分を含む。よって、このセルロースに対してアルコール置換処理を施し、ミクロフィブリルセルロースに含まれる水分を取り除く。この方法によれば、溶媒を含んだ状態のミクロフィブリルセルロースを、低粘度を保った状態で高分子系母材と混合でき、ミクロフィブリルセルロースを凝集させることなく高分子系母材中に均一に分散させることができる。具体的な手法の一例を挙げると、まずミクロフィブリルセルロースと、当該セルロースに含まれる水分と同量のアルコール液を混合攪拌し、然る後、この混合攪拌液を真空ろ過することで水分の除去を行う。そして、この作業により得られたシート状のミクロフィブリルセルロースにさらに適量のアルコール液を供給し、超音波ホモジナイザでシート状のミクロフィブリルセルロースをほぐし、アルコール液中に均等に分散させる。なお、ここでは、アルコールを置換媒体として使用した場合を例示したが、もちろん、アルコール以外の溶媒を用いて上記置換処理を行うことも可能である。
【0034】
もちろん、ミクロフィブリルセルロースの分散の方法は上記に限られるものではなく、他の方法を採ることもできる。例えば、水分を含むミクロフィブリルセルロースに対してフリーズドライ処理を施し、ミクロフィブリルセルロース中の水分を除去するようにしてもよい。この方法によれば、減圧環境下で昇華させることにより水分が除去されるので、通常乾燥のような収縮が生じにくい。そのため、内部に多数の空間を残した綿状のミクロフィブリルセルロースを得ることができる。このような状態であれば母材中への分散性も良好である。また、この方法であれば、上記溶媒置換の場合のように、母材中にミクロフィブリルセルロースを分散させた後、溶媒を積極的に除去するための作業を特に必要としないため、作業効率もよい。あるいは、さらなる他の手段として、例えばスプレードライ法でミクロフィブリルセルロース中の水分を除去する方法を採ることもできる。スプレードライ法は、一般的に、流動体中の粉状物体あるいは粒状物体を分離抽出するための手法であるが、ミクロフィブルリルセルロースの如く微細な物体であれば繊維状体であっても上記方法により乾燥状態のミクロフィブリルセルロースを取得することができる。
【0035】
また、分散蒸発工程(B)に関し詳述すると、上記置換工程(A)で得たミクロフィブリルセルロースを高分子系母材に供給し、十分に攪拌した後、真空炉内で所定温度(例えば90℃前後)にまで加熱することによりアルコール液を蒸発させる。これにより、ミクロフィブリルセルロースが均等に分散した状態の高分子系母材が手に入る。この際、高分子系母材に対するミクロフィブリルセルロースの供給割合は例えば0.01wt%から2.0wt%の間に調整される。上述した衝撃特性ないし耐久性の改善効果を得るためには、少なくとも0.01wt%のミクロフィブリルセルロースが必要であり、また、2.0wt%を超えると、高分子系母材中への分散性が極度に低下してしまうためである。もちろん、供給方法等の工夫により、ミクロフィブリルセルロースを凝集させることなく高分子母材中に均一に分散できるのであれば、その供給割合を2.0wt%よりも高くしても構わない。
【0036】
なお、上記例示の製造方法では、ミクロフィブリルセルロースに含まれる水分の除去に関し、アルコール置換法を用いた場合を説明したが、もちろん、これ以外の方法を採ることも可能である。例えば、アルコール置換に代えてフリーズドライ処理によりミクロフィブリルセルロース中の水分を除去することも可能である。この場合、上記複合材料(CFRP)は、水分を含むミクロフィブリルセルロースにフリーズドライ処理を施す工程(A’)と、フリーズドライ処理後のミクロフィブリルセルロースをエポキシ樹脂中に分散させる工程(B’)と、分散状態のエポキシ樹脂をシート状又は1方向炭素繊維に含浸させて所定の形状に成形する工程(C)とを経て製造される。なお、フリーズドライ法により乾燥処理された後のミクロフィブリルセルロースは非常に吸湿し易い状態にあるため、上記乾燥処理工程(A’)から樹脂分散工程(B)に至る一連の工程を絶乾環境下で行うか、あるいは、乾燥処理工程(A’)後のミクロフィブリルセルロースに適当な溶媒(アルコール等の揮発性溶媒が好ましい)を含浸させ、当該含浸体をエポキシ樹脂中に分散させるようにすることも可能である。
【0037】
また、上記溶媒置換法やフリーズドライ法に代えてスプレードライ処理によりミクロフィブリルセルロース中の水分を除去することも可能である。この場合、上記複合材料(GFRP)は、水分を含むミクロフィブリルセルロースにスプレードライ処理を施す工程(A”)と、スプレードライ処理後のミクロフィブリルセルロースをエポキシ樹脂中に分散させる工程(B”)と、分散状態のエポキシ樹脂をシート状又は1方向ガラス繊維に含浸させて所定の形状に成形する工程(C)とを経て製造される。
【0038】
以上、本発明に係る繊維強化複合バットについて説明したが、本発明の適用範囲は野球又はソフトボール用バットには限定されないことはもちろんである。野球やソフトボール以外の球技をはじめとする各種スポーツ・競技分野の用具のうち筒状部分を有するもの(例えば、ゴルフクラブやテニスラケット、バトミントンラケット、スキー用ストック、ウォーキング用ストック、釣竿、矢、弓など)だけでなく、車両・船舶・航空分野などの各種工業分野においても、その高い衝撃特性と軽量性を活かして、その少なくとも一部に筒状部分を有する工業製品(プロペラシャフトをはじめとする駆動系シャフト部位など)に本発明を適用することが可能である。
【実施例】
【0039】
以下、本発明の有用性を立証するため本発明者らが行った実験について記述する。今回の実験では、ソフトボール用の繊維強化複合バットを作成し、これを厚み方向に圧縮することで圧縮強度を評価するとと共に(静的圧縮試験)、上記繊維強化複合バットに野球の硬式球を繰り返し衝突させて模擬的に打撃を行い、その耐久性を評価した(加速度衝撃耐久試験)。
【0040】
(1)試験片
最初に、使用する繊維強化複合バット(試験片)の組成について述べる。強化材としての長繊維には、1方向(UD)ガラス繊維(PPG社製 TYPE1062)および1方向炭素繊維(東邦テナックス社製 UT500)を使用した。また、高分子系母材には、熱硬化性エポキシ樹脂を使用した。また、充填材としてのミクロフィブリルセルロース(以下、MFCと称す)には、ダイセル化学工業株式会社製のセリッシュ(登録商標)KY−100Gを使用した。
【0041】
次に、上記の材料を用いて、大きく分けて2種類のシート状繊維強化複合材を作成した。すなわち、母材(熱硬化性エポキシ樹脂)に対してMFCを0.0wt%配合したものに1方向繊維(ガラス繊維又は炭素繊維)を所定の角度で配向させたプリプレグと、上記母材に対してMFCを0.3wt%配合したものに上記と同様の繊維配向を有するプリプレグを作成した。各プリプレグの厚みは何れも0.125mmとなるようにした。
【0042】
ここで、母材(熱硬化性エポキシ樹脂)へのMFCの配合方法は、既述のアルコール置換工程を利用した。詳細には、まずMFCの9倍の重量のエタノール液をMFCに供給し、10分程度攪拌した。攪拌後、真空ろ過により攪拌液中の水分を除去した。続いて、真空ろ過によりシート状にされたMFC(少量のエタノールが残存)にさらに適量のエタノールを供給して超音波ホモジナイザで上記シート状MFCをほぐし(約30分)、アルコール液中に均等に分散させた。このようにしてアルコール置換が行われたMFCを母材(熱硬化性エポキシ樹脂)に供給し、十分に攪拌した後、真空炉内で約90℃にまで加熱することによりアルコール液を蒸発させた。これにより、MFCが均等に分散した状態の熱硬化性エポキシ樹脂(樹脂組成物)を入手した。
【0043】
次に、上記2種類のプリプレグを芯材となるマンドレルの外周に所定の順に巻き付けることで図2のように複層に積層した。そして、この積層体の内部に膨張体を挿入したものを所定の金型内に設置し、上記膨張体にエアを送り込んでこの膨張体を膨張させることで上記積層体を内周側から加圧しながら加熱した。これにより、母材(熱硬化性エポキシ樹脂)を硬化させ、3種類の試験片(1種類の比較例と2種類の実施例)を作成した。プリプレグの積層構成を下記の表1に示す。ここで、表中の「GF−60°」は、上記1方向ガラス繊維をバットの長手方向に対して±60°に交差配向したプリプレグ(ここでいうプリプレグは、60°配向のプリプレグと、−60°配向のプリプレグを重ね合わせたものである。「CF−45°」についても同様の構造を指す。)であることを意味している。また、表中の「第1層」は繊維強化複合バットの最外層を、「第5層」は繊維強化複合バットの最内層にそれぞれ対応している。このうち、「第1層」「第2層」「第4層」「第5層」については、ガラス繊維を±60°に交差配向したプリプレグを各3層ずつ重ね合わせることで形成される。また、「第3層」については、炭素繊維を±45°に交差配向したプリプレグ1層のみで形成される。表1に示すように、比較例では、何れの層についてもMFCを含まないシート状の繊維強化複合材(プリプレグ)とした。これに対して、実施例1では、全ての層を、MFCを含むシート状の繊維強化複合材(プリプレグ)で構成した。また、実施例2では、最外層をMFCを含まないプリプレグで、最外層を除く残りの4層をMFCを含むプリプレグでそれぞれ構成した。
【表1】

【0044】
(2)試験条件
(2−1)静的圧縮試験
上記工程で作成した3種類の繊維強化複合バット(試験片)を、その長手方向に沿って複数個に輪切りし(ここでは5個)、各々の筒状体を厚み方向に圧縮することで、静的圧縮強度(破壊に至るまでの間の最大荷重)を評価した。試験速度(圧縮速度)は5mm/minとした。
【0045】
(2−2)衝撃耐久試験
また、上記3種類の試験片に対して野球の硬式球を繰り返し衝突させ、破損に至ったところで、又は所定回数に達したところで終了するようにした。詳細には、図示しない支持装置によって、グリップ側を上方にして立てた状態の繊維強化複合バット(試験片)を、硬式球との衝突により所定の方向に振り子状に振幅するように1点支持する。そして、このように支持されたバットの芯(スイートスポット)に、所定の水平1方向から野球の硬式球を時速150km/hで衝突させるようにした。また、試験終了後、主として硬式球との衝突箇所を切断し、その断面における損傷状態をSEM(走査型電子顕微鏡)で観察した。実施例2についてはN数を3とし、実施例1についてはN数を2とした。比較例1についてはN数を1とした。
【0046】
(3)試験結果
(3−1)静的圧縮試験
試験結果を下記の表2に示す。ここで、表中の「部位○」は、輪切りにした上記筒状体のバットの長手方向位置を意味しており、「部位1」がバット先端側、「部位5」がバット基端側(グリップ側)となっている。この表から分かるように、MFCを含む全てのバット(実施例)において、MFCを含まない従来のバット(比較例)よりも高い静的圧縮強度を示すことがわかった。特に、実施例1においては、比較例に比べて非常に高い静的圧縮強度を示すことがわかった。
【表2】

【0047】
(3−2)衝撃耐久試験
試験結果を下記の表3に示す。この表から分かるように、全層にわたってMFCを含むシート状繊維強化複合材を設けたバット(実施例1)では、1つが比較例とほぼ同数の衝突回数に達しても外観からは何らの損傷も確認されず、他の1つについては比較例の約1.4倍の衝突回数に達しても外部損傷は見られなかった。最外層のみMFCを含まないシート状繊維強化複合材で構成し、残りの層をMFCを含むシート状繊維強化複合材で構成したバット(実施例2)では、1つが比較例の約1.4倍の衝突回数に達しても外部損傷は見られず、他の1つが比較例の約2.5倍の衝突回数に達しても同様に外部損傷は見られなかった。また、残りの1つに関しても、比較例の約1.7倍の衝突回数で外部に損傷が生じた。以上の結果より、MFCを含むシート状繊維強化複合材で構成したバットとすることで、バットに対する要求性能、すなわち繰り返し打撃に対する耐久性が大幅に向上することがわかった。
【表3】

【0048】
また、試験終了後の各試験片の衝突箇所をバットの長軸に直交する向きに切断して、その断面をSEMで拡大して観察したところ、以下の違いが見られた。すなわち、図示は省略するが、MFCを全く含まないバット(比較例)の最外層部分には、層間はく離がはっきりと確認された。また、中間層付近にも、同様の層間はく離が比較的円周方向の長距離にわたって確認された。これに対して、MFCを含むシート状繊維強化複合材をその全層もしくは最外層を除く4層に設けたバット(実施例1および実施例2)では、断面を拡大して観察しても、何らの内部損傷も確認されなかった。
【符号の説明】
【0049】
1 繊維強化複合バット
2 打球部
3 グリップ部
4 シート状繊維強化複合材
4a MFCを含む繊維強化複合材
4b MFCを含まない繊維強化複合材

【特許請求の範囲】
【請求項1】
高分子系母材を繊維状強化材で強化したシート状の繊維強化複合材を層状に重ね合わせることで、少なくともその筒状部分を形成した繊維強化複合体において、
前記繊維強化複合材にミクロフィブリルセルロースを含有させたことを特徴とする繊維強化複合体。
【請求項2】
請求項1に記載の繊維強化複合体で、少なくともその打球部を形成した繊維強化複合バット。
【請求項3】
前記ミクロフィブリルセルロースを含む繊維強化複合材を全層にわたって設けた請求項2に記載の繊維強化複合バット。
【請求項4】
前記ミクロフィブリルセルロースを含む繊維強化複合材を一部の層に設けた請求項2に記載の繊維強化複合バット。
【請求項5】
ミクロフィブリルセルロースを含まない繊維強化複合材を最外層に設けた請求項2又は4に記載の繊維強化複合バット。
【請求項6】
最外層を除く残りの層に、前記ミクロフィブリルセルロースを含む繊維強化複合材を設けた請求項5に記載の繊維強化複合バット。
【請求項7】
前記ミクロフィブリルセルロースを含む繊維強化複合材をプリプレグ化したものを重ね合わせた請求項1に記載の繊維強化複合体、又は請求項2〜6の何れかに記載の繊維強化複合バット。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2011−148214(P2011−148214A)
【公開日】平成23年8月4日(2011.8.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−12030(P2010−12030)
【出願日】平成22年1月22日(2010.1.22)
【出願人】(503027931)学校法人同志社 (346)
【出願人】(000005935)美津濃株式会社 (239)
【Fターム(参考)】