説明

逆入力防止クラッチ

【課題】逆入力トルクの方向が入力トルクの方向と一致する使用状況下でも異常振動や異常音の発生を抑制する機能を継続かつ安定して発揮することのできる逆入力防止クラッチを提供する。
【解決手段】出力側部材3のカム面3fと、各カム面3fに対向する外輪4の内周面4fとの間のころ収容空間8には、係合子としての一対のころ9,9が収容される。一対のころ9,9は、ころ収容空間8の円周方向両側部に設けられた、楔隙間を有する係合領域8a,8aにて、それぞれ出力側部材3のカム面3fと外輪4の内周面4fとに楔係合するようになっている。ここで、外輪4は、プレス加工により成形され、バリ取りあるいはスケール除去のために熱処理後、バレル加工を施すことで得られる。完成品としての外輪4の内周面4fを表面粗さレベルで評価した場合、その断面曲線における中心線からの凸部高さの平均値が、中心線からの凹部深さの平均値より小さくなっている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、出力側から逆入力された回転トルクを入力側に還流させないようにした逆入
力防止クラッチに関する。
【背景技術】
【0002】
この逆入力防止クラッチは、例えば特開平2−271116号公報(特許文献1)、あるいは特開2002−122158号公報(特許文献2)に開示されているように、入力側から入力された回転トルクを出力側に伝達すると共に、適当な係合子を介して出力側部材を静止側部材にロックすることにより、出力側から逆入力された回転トルクを入力軸側に還流させないように構成したものである。
【0003】
また、この種のクラッチにおいては、入力側部材に加わる入力トルクの方向と出力側部材に加わる逆入力トルクの方向とが一致する場合、係合子がロックとロック解除とを交互に繰り返し、これにより逆入力防止クラッチに大きな振動が生じ、異常音を生じるおそれがあるとの問題点が指摘されている。
【0004】
かかる問題点を解消すべく、特開2005−188558号公報(特許文献3)には、出力側部材の静止側部材への再ロックを規制する手段を設けることが提案されている。ここで、再ロック規制手段として、係合子に流体抵抗を付与する手段や、ばねやゴムなど、係合子をカム面に押し付ける既設の弾性部材(第一の弾性部材)とは別の弾性部材(第二の弾性部材)を円周方向に隣接する係合子の間に設ける手段が示されている。
【特許文献1】特開平2−271116号公報
【特許文献2】特開2002−122158号公報
【特許文献3】特開2005−188558号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、係合子に流体抵抗を付与する手段として、封入するグリースの量を多くする、もしくはちょう度の大きいグリースを使用する等の方法があるが、グリースは逆入力防止クラッチの回転と共に外部に漏れ出す恐れがあり、もしくはグリースの劣化により、流体抵抗の付与効果が低減する恐れがあり好ましくない。また、ばねやゴム等の弾性部材で係合子の移動規制手段を構成する場合には、当該弾性部材を係合子間に新たに組込む必要が生じ、組込み作業の手間が増大するだけでなく、組込み精度自体の低下を招くおそれがある。これでは、再ロック規制手段としての機能を安定して発揮することは難しい。
【0006】
以上の事情に鑑み、本発明では、逆入力トルクの方向が入力トルクの方向と一致する使用状況下でも異常振動や異常音の発生を抑制する機能を継続かつ安定して発揮することのできる逆入力防止クラッチを提供することを技術的課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
前記課題を解決するため、本発明は、トルクが入力される入力側部材と、トルクが出力される出力側部材と、回転が拘束される静止側部材と、出力側部材にトルクが逆入力された際に、出力側部材と静止側部材との間に設けられた空間に係合子を楔係合させて出力側部材を静止側部材にロックするロック手段と、入力側部材に設けられ、入力側部材へのトルク入力に伴いロック手段によるロック状態を解除するロック解除手段と、ロック解除手段により出力側部材のロック状態が解除されている時に、入力側部材からの入力トルクを出力側部材に伝達するトルク伝達手段とを備えた逆入力防止クラッチにおいて、静止側部材および出力側部材の係合子との係合面のうち、少なくとも一方の係合面の粗さに係る凸部の割合を凹部のそれに比べて減じたことを特徴とする逆入力防止クラッチを提供する。
【0008】
本発明は、静止側部材や出力側部材と係合状態にある係合子のロックを解除する際に要する力が小さくて済めば、結果的に、ロック解除方向に係合子が移動する量も小さくなる、との発明者の知見に基づきなされたものであり、具体的には、係合子のロック解除方向への移動に抗する力を直接的に付与するのではなく、従来、それほど重要視されていなかった係合面の面粗さに着目してなされたものである。
【0009】
すなわち、本発明では、係合子との係合面の粗さに係る凸部の割合を凹部のそれに比べて小さくするようにしたので、係合状態にある係合子(ころなど)が入力側部材によりロック解除方向に蹴り出されるに際し、当該凸部との引っ掛かりをなるべく回避することができる。そのため、係合子のロック解除(蹴り出し)に要する力を小さくして、ロック解除方向への係合子の移動量を低減することができる。これにより、ロック解除後における出力側部材の空転許容量が減少し、出力側部材の加速が抑制されるので、出力側部材の回転速度が入力側部材の回転速度を上回る事態を回避して、再ロックの繰り返しによる上記不具合を解消することができる。かかる構成であれば、グリース等のように熱劣化の心配がないため、継続使用にも耐え得ることができ、そもそも、従来に比べて小さい力でロック解除が可能となるため、ロック解除時の発熱自体を小さく抑えることができる。また、特段の組込み作業を必要としないので、ばね等のように組込み精度がその機能を左右することもなく、ころの移動規制手段としての機能を安定して発揮することができる。
【0010】
このように、係合面における表面粗さの観点から見た場合に凸部の低減化(数、大きさ共に含まれる)が本発明の課題解決に有効であるが、この際の凸部の低減の度合いは、例えば表面粗さを中心線平均粗さRaで評価する際の基準となる中心線からの凹凸の大きさで評価することが可能である。すなわち、係合面の断面曲線における中心線からの凸部高さの平均値を、この中心線からの凹部深さの平均値より小さくすれば、中心線の定義から、凸部の幅寸法(断面曲線長手方向の幅寸法)が凹部の幅寸法に比べて大きいものとなる。そのため、係合面の表面粗さが従来と変わらない場合でも、係合子の蹴り出し方向に沿って、実質的にフラットとみなせる領域の割合が多くなる。そのため、蹴り出し時の引っ掛かりを小さくして、小さい力でころを蹴り出すことができる。また、係合状態にある係合子に例えば不測の衝撃等が作用した場合であっても、適度な凹部の存在によりかかる係合状態を維持することができる。
【0011】
係合子との係合面を上述の表面性状とするための具体的な加工手段として、例えば研磨加工やバレル加工、めっき加工、鏡面仕上げ等を挙げることができる。これらの加工手段を施した係合面であれば、ロック解除時、係合子との引っ掛かりをなるべく回避することができ、振動ひいては異常音の発生を可及的に抑えることができる。また、上述の手段の中でも、耐久性を考慮すれば、研磨加工、バレル加工が好適であり、係合子のロック維持性もしくは加工コストまで考慮すると、バレル加工がより好適である。
【0012】
また、係合子の移動規制の観点から見た場合、係合面の表面粗さは全体的に小さいほうが好ましい。具体的には、係合面の中心線平均粗さRaが0.4μm以下となるようにするのがよい。ただし、あまりに表面粗さが小さいと、係合子のロック解除を可能としつつ、そのロック状態を適度に維持することが困難となるため、その下限値は0.05μmとしておくのがよい。
【発明の効果】
【0013】
本発明に係る逆入力防止クラッチによれば、逆入力トルクの方向が入力トルクの方向と一致する使用状況下でも異常振動や異常音の発生を抑制する機能を継続かつ安定して発揮することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下、本発明の一実施形態を図1〜図4に基づいて説明する。
【0015】
図1は、本発明の一実施形態に係る逆入力防止クラッチの断面図を示している。この逆入力防止クラッチ1は、トルクが入力される入力側部材2と、入力側部材2に入力されたトルクを出力すべき出力側部材3と、回転が拘束される静止側部材としての外輪4と、外輪4に固定された固定側板5、および出力側部材3と外輪4との間に配設される複数のころ9とを主に備える。
【0016】
入力側部材2は、円環板形状をなす基部2aと、基部2aの内周円孔部から軸方向の一
方(図1中右方向)に伸びる円筒部2b、および基部2aの外周から軸方向の一方に伸びる複数の柱部2cと、基部2aの円筒部2bと柱部2cとの中間位置から軸方向の一方に突出して形成された複数(例えば6対)の突起部2dとで構成されている。また、円筒部2bの内周には略円筒形状の軸孔形成部材6が嵌合固定されており、この軸孔形成部材6の内周面6aには、対向する二面の平面部6bが軸方向全長にわたって形成されている。これにより、図示されない入力軸の連結部に形成された平面部と内周面6aに形成された平面部6b,6bとが平面嵌合し、入力軸と入力側部材2とが相対回転不能に連結されるようになっている。
【0017】
柱部2cおよび突起部2dは、突起部2dを内径側にしてそれぞれ円周方向等間隔に形成され、かつ柱部2cと突起部2dとは半径方向一直線上に並ばないように相互に円周方向にずれて形成されている。
【0018】
出力側部材3は、軸部3aと、軸部3aの他端(図1中左側)に形成されたフランジ部3bと、フランジ部3bの外周から軸方向の他方(図1中左方向)に向けて伸びる筒状の大径部3cとで構成されている。また、大径部3cの軸方向他方の端面には、複数(例えば6対)の凹部3dが形成されており、これら複数の凹部3dには、入力側部材2の複数の突起部2dがそれぞれ所定の回転方向隙間をもって収容される。
【0019】
軸部3aの軸方向一方(図1中右側)の端部には、例えば1つの平面部3eが設けられており、この平面部3eと、図示されない出力側の機構又は装置の回動部材に形成された平面部とを平面嵌合させることにより、軸部3aとその回動部材とが相対回転不能に連結されるようになっている。
【0020】
大径部3cの外周面には、図2に示すように、複数(例えば六面)のカム面3fが円周方向等間隔に形成されている。これら複数のカム面3fは、後述するころ9との当接面となり、また、半径方向に対向する外輪4の内周面4fとの間に、ころ9を楔係合可能とするころ収容空間8を形成する。
【0021】
外輪4は、円環板形状の基板4aと、基板4aの内周から軸方向の一方に伸びる小径筒状部4bと、基板4aの外周から軸方向の他方に伸びる大径筒状部4cと、大径筒状部4cの一端から外径方向に拡がる鍔部4dとで構成されている。鍔部4dには、複数(例えば6つ)の矩形状の切欠き部4eが円周方向等間隔に形成されている。また、出力側部材3の大径部3cとの間に複数のころ9を収容する大径筒状部4cの内周面4fは円筒状に形成されており、ころ9の摺動あるいは転動を可能としている。
【0022】
上記構成の外輪4は、例えばプレス加工で図1に示す形状に成形され、バリ取りあるいはスケール除去のために熱処理後、バレル加工を施すことで得られる。この結果、完成品としての外輪4の内周面4fは、例えば図6に示すように、その断面曲線における中心線からの凸部高さの平均値を、この中心線からの凹部深さの平均値より小さくした表面粗さ性状を示している。なお、外輪4は、例えば鍛造等の他の塑性加工によっても成形することができ、あるいは焼結金属等で成形することも可能である。
【0023】
小径筒状部4bの内周面と、出力側部材3における軸部3aの軸方向中間部(平面部3eが形成されていない部分)の外周面との間には、滑り軸受としてのラジアル軸受部材7が介設されており、これら半径方向に対向する両面間での相対回転を可能にしている。
【0024】
固定側板5は板状の基部5aと、基部5aの外周縁からさらに外径側に向けて伸びる複数のブラケット部5bと、基部5aの非ブラケット5b形成部から軸方向の一方に向かって突出する複数(例えば3つ)の加締部5cとで構成される。基部5aの内周に形成された挿通孔5dには入力側部材2と連結される入力軸が挿通される。また、各ブラケット部5bには、それぞれ貫通孔5eが形成され、これらの貫通孔5eには、この逆入力防止クラッチ1をモータケース等に取り付けるための取付けボルトがそれぞれ挿通される。
【0025】
また、各加締部5cは、円周方向等間隔に形成され、それぞれ二股状に分かれた一対の爪を備えている(図示略)。従い、この実施形態では、上記構成の入力側部材2と出力側部材3とを、トルク伝達手段を構成する突起部2dと凹部3dとを嵌め合わせた状態で軸方向に対向配置する。そして、出力側部材3との間に複数のころ9およびラジアル軸受部材7を配設した状態で外輪4を外挿すると共に、加締部5cを外輪4の切欠き部4eに嵌め合わせ、一対の爪を円周方向の相反する方向に折り返して、外輪4の鍔部4dに加締ることにより、外輪4と固定側板5とが、軸方向及び回転方向に相対移動不能に結合されるようになっている。
【0026】
図2は、逆入力防止クラッチ1の要部拡大断面図を示している。この図に示すように、出力側部材3の大径部3c外周に設けられた平坦状のカム面3fと、各カム面3fに対向する外輪4の内周面4f、さらには入力側部材2の突起部2d,2dの互いに対向する円周方向側面とで囲まれた領域にはころ収容空間8が形成され、この空間8には、係合子としての一対のころ9,9が収容される。ころ収容空間8の円周方向両側部には、楔隙間を有する係合領域8a,8aがそれぞれ形成されており、一対のころ9,9が係合領域8a,8aにてそれぞれ出力側部材3のカム面3fと外輪4の内周面4fとに楔係合するようになっている。また、一対のころ9,9間には、これら一対のころ9,9をそれぞれカム面3fに押し付ける弾性部材10が圧縮状態で配置されている。この弾性部材10は、例えばコイルばね、あるいは断面S字形状の板ばねで構成することができる。
【0027】
上述の構成においては、カム面3fと、内周面4fと、一対のころ9,9とによってロック手段が構成されると共に、ころ9,9の円周方向両外側に位置する入力側部材2の柱部2cによってロック解除手段が構成される。また、入力側部材2の突起部2dと、これに遊嵌合された出力側部材3の凹部3dとによってトルク伝達手段が構成される。
【0028】
以下、逆入力防止クラッチ1の動作を図2〜図4に基づき説明する。
【0029】
図2に示すように、中立位置においては、一対のころ9,9は弾性部材10によって互いに離反する方向に附勢され、ころ収容空間8の円周方向両側部に位置する係合領域8a,8aにてそれぞれカム面3fと内周面4fとに楔係合している。この状態では、入力側部材2の各柱部2cと各ころ9との間にはそれぞれ回転方向隙間δ1が存在し、また、出力側部材3の凹部3dと入力側部材2の突起部2dとの間には正逆両回転方向にそれぞれ回転方向隙間δ2が存在する。また、この際、回転方向隙間δ1と回転方向隙間δ2との間には、δ1<δ2の関係が成り立つ。
【0030】
図3は、図2に示す中立状態から、入力側部材2に例えば時計周りのトルク(入力トルクT)が負荷され始めた状態を示す。入力トルクTによる入力側部材2の回転に伴い、回転方向後方側では、柱部2cところ9の間の回転方向隙間δ1が縮小し、やがて柱部2cがころ9に接触してころ9を弾性部材10の弾性力に抗して同方向(時計周りの方向)に蹴り出す。この蹴り出しによりころ9が係合領域8aから離脱し、出力側部材3のロック状態が解除される。さらに入力側部材2が回転すると、図4に示すように、出力側部材3の凹部3dと入力側部材2の突起部2dとの間の回転方向隙間δ2が縮小して両者3d,2dが回転方向に係合する。これにより、入力側部材2からの入力トルクTが出力側部材3に伝達され、出力側部材3が同方向に回転を始める。入力側部材2に図示例と逆方向の入力トルクTが負荷された場合も、同様に入力トルクTが出力側部材3へ伝達される。
【0031】
また、図2に示す中立状態において、出力側部材3に例えば時計周り方向のトルク(逆入力トルクTr)が負荷されると、弾性部材10の附勢力の有無に拘らず、回転方向後方側のころ9がころ収容空間8の係合領域8aに楔係合し、出力側部材3が外輪4にロックされる。そのため、逆入力トルクTrが出力側部材3から入力側部材2に伝達されることはなく、逆入力トルクTrの還流によるモータ、ギヤ等の入力側機構の損傷が回避される。出力側部材3に、図2に例示の逆入力トルクTrとは逆方向の逆入力トルクが負荷された場合も、同様に出力側部材3が外輪4にロックされ、逆入力トルクの入力側部材2への伝達が防止される。
【0032】
次に、入力側部材2に入力トルクTが負荷されると共に、出力側部材3に入力側部材2への入力トルクTと同方向(時計回り方向)の逆入力トルクTrが負荷される場合を考える。この場合、図2に示す中立状態において、入力側部材2に入力トルクTが負荷されると、入力側部材2の回転と共に、回転方向後方側の係合領域8aにてカム面3fと内周面4fとに楔係合しているころ9が柱部2cによって蹴り出され、出力側部材3のロックが解除される(図3を参照)。ここで、ころ9の係合面となる外輪4の内周面4fにつき、図6に示すように、その断面曲線における中心線からの凸部高さの平均値が、この中心線からの凹部深さの平均値よりも小さくなるよう加工(ここではバレル加工)がなされている。このように、面粗さのレベルに係る凸部の割合が凹部に比べて相対的に小さい係合面(内周面4f)であれば、凸部ところ9との引っ掛かりをなるべく小さくすることができる。そのため、ころ9のロック解除(蹴り出し)に要する力を小さくして、ロック解除方向へのころ9の移動量を低減することができる。従い、ロック解除後における出力側部材3の空転許容量を低減して、出力側部材3の回転速度が入力側部材2の回転速度を上回る事態を回避し、再ロックの繰り返しによる振動や異常音の発生を抑制することができる。
【0033】
また、内周面4fとの引っ掛かりが少なければ、ころ9のロック解除に要する力が小さくて済むため、周囲への発熱も小さい。そのため、クラッチ内部空間(例えばころ収容空間8)に封入されたグリースの過熱による劣化を可及的に回避することができ、潤滑性維持の観点からも好適である。
【0034】
また、この実施形態のように、外輪4の内周面4fに対してその表面性状改善のための加工としてバレル加工を採用可能であれば、バリ取りあるいは熱処理後のスケール除去のための処理を兼ねて当該加工を実施することができるので、実質的な工程数の増加を招くこともなく好適である。
【0035】
ここで、内周面4fの表面粗さは、ころ9との引っ掛かりをさらに低減する観点から、小さいほうがよく、具体的には、内周面4fの中心線平均粗さRaが0.4μm以下となるようにするのがよい。ただし、あまりに表面粗さ(中心線平均粗さRa)が小さいと、適度な力でころ9のロック解除を可能としつつ、そのロック状態を適当に維持することが困難となるため、その下限値は0.05μmとしておくのがよい。
【0036】
なお、上記実施形態では、内周面4fの表面性状を改善するための加工手段としてバレル加工を採用した場合を説明したが、特にこの手段に限られるものではない。すなわち、図6に例示の如く、係合面の断面曲線における中心線からの凸部高さの平均値が、中心線からの凹部深さの平均値より小さい限りにおいて、さらにいえば、係合面の表面粗さレベルにおいて相対的に凸部の割合が小さい限りにおいて、バレル加工以外の任意の加工手段を採用することが可能である。すなわち、具体的な加工手段として、バレル加工の他、研磨加工やめっき加工、鏡面仕上げ等を挙げることができる。ただし、継続使用に伴う係合面(内周面4f)の耐久性を考慮に入れるのであれば、バレル加工、研磨加工が好適である。
【0037】
また、以上の説明では、ころ9との係合面として外輪4の内周面4fの表面粗さに着目し、この内周面4fの表面性状、およびその加工方法につき説明したが、かかる構成および加工手段は、内周面4fと共にころ9の係合面を構成する出力側部材3のカム面3fについても同様に適用することが可能である。すなわち、カム面3fと内周面4fの何れか一方にのみ本発明を適用することもでき、双方の面3f,4fに本発明を適用することもできる。
【0038】
また、以上の説明に係る本発明の構成は、図示の逆入力防止クラッチ1に限定されるものではない。ロック手段とロック解除手段、およびトルク伝達手段とを備える限りにおいて、任意の形態をなす逆入力防止クラッチに本発明を適用することができる。
【実施例】
【0039】
以下、外輪にショット加工を施した場合のころとの係合面(内周円筒面)の表面性状と、同じく外輪にバレル加工を施した場合の円筒面の表面性状とを比較し、かかる比較を通じて本発明の有用性を検証する。
【0040】
加工対象となる外輪は、浸炭焼入れ処理が施されたクロムモリブデン鋼(SCM415)を材料とし、内周面がカップ形状となるようプレス加工で形成されたものを使用した。また、表面粗さの測定には、テイラーホプソン(株)製のForm TALYSURF PGI BEARING MEASURMENT SYSTEM を使用し、カットオフ0.25mm、測定長さ1.75mm、LS円弧 の条件下で表面粗さ(粗さ曲線)の測定を行った。
【0041】
図5に、外輪にショット加工を施した場合の内周面の円周方向への断面曲線(粗さ曲線)の測定結果をを示す。ここで、横軸は測定長さ(単位:mm)を、縦軸は中心線から粗さ曲線までの高さ寸法(単位:μm)をそれぞれ示している。同図より、ショット加工を施した外輪の内周面には、比較的多くの凸となる部分が形成されており、その大きさ(中心線からの高さ)は、凹となる部分の大きさ(中心線からの深さ)とほぼ等しい。言い換えると、中心線を境に対称的に凹凸が形成された形状をなしている。上述の表面性状をなす外輪を用いて行った再ロック試験(入力トルクと同方向の逆入力トルクを付与した場合のロック状態を評価する試験)では、異常音の発生が確認された。これは、比較的高速でショット材を衝突させることで凹部と同等の大きさの凸部が形成されやすくなり、その結果、外輪内周面ところとの引っ掛かりが大きくなったためと考えられる。なお、この曲線の中心線平均粗さRaは0.48であった。
【0042】
図6に、外輪にバレル加工を施した場合の内周面の円周方向への断面曲線(粗さ曲線)の測定結果を示す。同図より、バレル加工を施した外輪の内周面には、明確に凸と認められる程度の大きさの凸部は同様に認識可能な大きさの凹部に比べて少なく、かつ、凸部の大きさ(中心線からの高さ)は、凹部の大きさ(中心線からの深さ)に比べて全体的に小さい。かかる表面性状をなす外輪を用いて行った再ロック試験では、明確な異常音の発生は認められなかった。これは、研磨剤等がショット加工に比べ比較的低速でワーク(外輪)に衝突することで大きな凸部は形成され難く、外輪内周面ところとの引っ掛かりが小さくなったためと考えられる。なお、この曲線の中心線平均粗さRaは0.23であった。
【図面の簡単な説明】
【0043】
【図1】本発明の一実施形態に係る逆入力防止クラッチの含軸断面図である。
【図2】中立位置における逆入力防止クラッチの要部を拡大した軸直交断面図である。
【図3】入力トルクの負荷直後における逆入力防止クラッチの要部拡大断面図である。
【図4】出力側部材への入力トルクの伝達中における逆入力防止クラッチの要部拡大断面図である。
【図5】ショット加工を施した後の外輪内周面の粗さ曲線を示すグラフである。
【図6】バレル加工を施した後の外輪内周面の粗さ曲線を示すグラフである。
【符号の説明】
【0044】
1 逆入力防止クラッチ
2 入力側部材
2c 柱部
2d 突起部
3 出力側部材
3c 大径部
3d 凹部
3f カム面
4 外輪
4c 大径筒状部
4f 内周面
8 ころ収容空間
8a 係合領域
9 ころ
T 入力トルク
Tr 逆入力トルク

【特許請求の範囲】
【請求項1】
トルクが入力される入力側部材と、トルクが出力される出力側部材と、回転が拘束される静止側部材と、前記出力側部材にトルクが逆入力された際に、前記出力側部材と前記静止側部材との間に設けられた空間に係合子を楔係合させて前記出力側部材を前記静止側部材にロックするロック手段と、前記入力側部材に設けられ、前記入力側部材へのトルク入力に伴い前記ロック手段によるロック状態を解除するロック解除手段と、前記ロック解除手段により前記出力側部材のロック状態が解除されている時に、前記入力側部材からの入力トルクを前記出力側部材に伝達するトルク伝達手段とを備えた逆入力防止クラッチにおいて、
前記静止側部材および前記出力側部材の前記係合子との係合面のうち、少なくとも一方の前記係合面の粗さに係る凸部の割合を凹部のそれに比べて減じたことを特徴とする逆入力防止クラッチ。
【請求項2】
前記係合面の断面曲線における中心線からの凸部高さの平均値を、該中心線からの凹部深さの平均値より小さくした請求項1記載の逆入力防止クラッチ。
【請求項3】
前記係合面を、研磨加工を施すことで得た請求項1記載の逆入力防止クラッチ。
【請求項4】
前記係合面を、バレル加工を施すことで得た請求項1記載の逆入力防止クラッチ。
【請求項5】
前記係合面の中心線平均粗さRaを0.4μm以下とした請求項1記載の逆入力防止クラッチ。
【請求項6】
前記係合面の中心線平均粗さRaを0.05μm以上とした請求項5記載の逆入力防止クラッチ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2008−309222(P2008−309222A)
【公開日】平成20年12月25日(2008.12.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−156517(P2007−156517)
【出願日】平成19年6月13日(2007.6.13)
【出願人】(000102692)NTN株式会社 (9,006)
【Fターム(参考)】